人の目は夜の闇の中でものを見るのに適した構造を持っていない。故に光の満ちた昼に行動し、光のない夜に休息をとる。
人が夜に行動するためには目が周りの光景を認識するだけの光が必要になる。文明が進み、電気と言うエネルギーと、電球などの道具が生まれた。だが、この時代では火による灯りしかない。そしてその数も少ない。結果として人の営みの周辺も多くの闇が残っている。
そんなこの時代、この環境は潜入の難易度を大きく下げてくれる。流石に21世紀並みに灯りが多い場所に潜入なんざ出来やしない。こんな状態でも蛇さん並みの装備とサポートが欲しい気分だ。光学迷彩なんて贅沢は言わん。でもオクトカムくらい欲しい。百人は敵がいるかも知れない場所で仕事するんだからな。
闇に紛れて村に近づいて見ると、幸いなことに見張りは少なく、見つからずに村に侵入すること自体は難しいことではなかった。今までこいつらに手を出した連中がいなかったのだろう。ある程度以上の集団を見つけられれば良いといった感じの配置で、こうやって少数の人間が侵入して内部工作をする可能性が全く考えられていない。
「さ~て、まずは情報だよな」
まずはここの海賊連中から一人とっ捕まえて、捕まった遼東の兵たちがどこにいるのか聞き出さなければ話が始まらない。次いで武器と油を保管している場所だ。子懿の話では三十人近く捕まったらしいから、一戦も交えずに逃げるのは無理だろうしな。
進入して見ると、やはり元々普通の村をそのまま使っているようである。元々は割りと裕福な村だったのか、そこそこ大きな木造家屋が並んでいる。まあ、海辺の村なら魚介類だけでなく塩も取れるから、内陸の村よりは裕福な場所が多い。
こそこそと物陰を移動し、村の中心に向かっていく。建物が多い一角に身を潜める。恐らく商店街みたいな場所だったのだろうことが、見た感じで分る。ここなら人を引っ張りこめる死角が多い。時間は惜しいが、建物の陰に身を隠し、人が通りかかるのを待つ。一応ここに来るまでに巡回らしい連中とかが歩いていたからここも人が来るだろう。
時間が惜しい時は焦れて仕方ない。物陰に隠れて暫く、漸く人の気配が近づいてきた。チラッと顔を出してそれを確認すると幸いに一人だけだった時間もないしこいつから情報を貰うか。
廃屋らしい小屋の陰に移動し、相手が通りかかるのを待つ。そしてその相手が通り過ぎる。近くに他の人間の気配がない事を確認。後ろから忍び寄って当身を入れる。そして廃屋に連れ込む。その時に地面に引き摺った跡で怪しまれる可能性があるので担いでいく。
廃屋の中で、事前に用意していた火種(火縄に点火した物を竹筒の入れ物に入れた物。火は数刻もつと言われる)で小さな灯りを起こす。この時初めて相手の顔が見える。小柄な男で、衣服とかに黄巾賊らしい部分は見当たらない。やっぱりただの海賊のようだ。
そして両方の袖から流星鎚を取り出して両手両足を縛り、動きを封じる。なんか最近流星鎚大活躍な気がする。主に拘束的な意味で。ついでに男の服の袖を破ってそいつの口に詰め込む。これでこいつがパニックを起こしてもある程度声を抑えられる。
ここまで準備を整え、質問タイムに入る。転がっている男を軽く蹴る。一回では起きなかったので何回か蹴っているとやがて目を瞬かせ始める。そしてあたしは両靴に仕込んである匕首の片方を抜き出して男の首に当てる。同時に男の胸板に肩膝を乗せ、軽く体重をかける。
「むご!?」
眼を覚ますや、自分が訳の分らない状態になっているせいだろう、男はパニックを起こして暴れだそうとする。だが事前に四肢を拘束している為、制圧は楽だ。空いている手で相手の髪を掴み、地面に押し付ける。同時に胸に押し当てた膝に掛けている体重を増やす。適度に痛みを与え、動きを更に拘束する事でその注意を引き付ける。
「静かにしろ。死にたくなけりゃ、こっちの質問に答えろ」
僅かな間、あたしの言動に呆けた反応を示した男は、しかし自分の首に刃物が当てられていることに気が回ると再びパニックに陥りそうになる。それを再び頭を地面に叩き付けることで黙らせる。その後は脅しや話術、拷問術の応用で軽く痛めつけたりで捕まった兵士たちの居場所と武器の保管場所、次いで油も保存されているであろう食料庫の場所を聞き出す。
その後、男の口をもう一度塞いで首の骨をへし折る。刃物を使わないのは、万が一でも血の臭いで気付かれないようする為である。人の血は意外と臭いが強いからな。男の死骸はそのまま小屋の隅に転がしておく。
「そんじゃ、本格的に綱渡りの始まりかね~」
小屋の屋根の上に立ち、周囲を見回す。同時に、緊張で高鳴る胸の逸りを誤魔化すように軽口が洩れた。
四方から人の気配は感じられない。高所に立つと、海からの風が全ての匂いも、音もかき消してしまうから。故に人の配置と言う情報は手に入らない。だが欲しいのはそれではない。
篝火の位置。それが密集している位置にこの村の村長の使っていた屋敷に今の海賊の頭領が住んでいる。当然そこに近づくほど警備は厳重になる。そして厳重にするために自然と篝火を増やしていく必要がある。この油断に塗れた海賊もその例に洩れず篝火が集中している区画があった。まあ、身内の裏切りを警戒したもので、あたしのような侵入者を想定してのものじゃないだろうけど。
それはさて置き、殺した男から得た情報と、村長の屋敷の位置関係で今回の作戦で把握する必要のあるポイントを、脳内で照らし合わせていく。大まかな位置を推測し終わってからまずは武器庫に向かう。
近くに人がいない事を確認してから小屋の屋根から下りる。そして海の近くの方に向かう。海賊稼業をしている為であろう、武器庫は船乗り場の近くに造られていた。実際それらしい建物を見つけた。見張りは二人、近くに他の人間は見当たらなかった。
見張りの二人は建物の扉の前で一緒に酒を飲んでいた。それだけこの村は安全だったと言うことか。こんな家業をしているにも拘らず、すっかり平和ボケしていることに、あたしは呆れると同時に心の中でガッツポーズをした。あそこまでボケてるとこっちにとっては完全なプラスだ。時間は多くない。拙速で行くことにする。
一度両腕を、広い袖の中に戻す。中に仕込んであった『穿山甲』を装着。次いで軽く袖を振るう。手元に滑り落ちてきたのは絶手ヒョウ。通常のヒョウを二回り以上大きくしたそれは、射程と取り扱いやすさと引き換えにより大きな殺傷能力を持っている。あたしがこれを使うタイミングは二つ。相手を絶対に殺したい時、そして絶対に二発目がない時である。そして今は後者、仕留め損なって増援を呼ばれる訳にはいかない。
両手に一つづつ絶手ヒョウを握り、ヒョウを放とうとする。その時、突然がやがやとした声が近づいてきた。声はあたしが隠れている建物の横から来ている。避けるように移動しようとすると武器庫の正面に身を晒してしまう。先にこっちに向かってくる連中を始末するか?無理だ。何人いるかも分らないんだからな。上手く行くか・・・
やって来たのは男が三人。彼らはあたしの潜んでいた通りを通り越し、横に曲がっていく。武器庫の正面に出て、見張りの二人と何か話を始める。
そしてさっきまであいつらが通り過ぎた場所にいたあたしはと言えば、
「危なかったわ~、マジで」
隠れていた建物に宙ぶらりんになって、連中をやり過ごしていた。連中が来る直前、あたしは咄嗟に飛爪と言う、縄を結んだ鉤爪を建物の屋根に投げて引っ掛けてそれを登った。完全に屋根の上に逃げた方が安全だったんだろうが、そんな時間もなく、結局連中が来てしまった為、これ以上音を出さない為に上半身だけ屋根の上と言う中途半端な姿勢で空中に体を固定する羽目になった。腰にクるな、この姿勢。
この時代にまともな照明があったらあたしはこの間抜けな姿を晒していたことになるのか。
そして数分ほど見張りのやつらと何かを楽しそうに話した後、連中は来た時と同じようにがやがやとどこかへ向かって行った。あたしは音を出さないように着地すると、気を取り直してもう一度絶手ヒョウを準備する。
目標は見張り二人の喉。声を上げられないようにそこを貫く。両肩から指先までの全ての関節を動員。可能な限りのスナップを利かせて投擲したそれは寸分も違わずその喉に命中、武器庫の壁に二人を縫い付けた。
すぐさまあたしは武器庫に近づくと、扉を開けて中に入る。扉には錠がしてあったが、鍵は見張りが持っていた。取り敢えず鞘に入った剣を十本ほど流星鎚で一纏めにして背負う。欲を言えば捕まってる連中の人数分持って行きたいが、んな事をすりゃあたしがまともに動けなくなる。十本でも充分重いが、この程度なら気で軽くブーストを掛ければ問題ない。
次はこの武器を背負って捕まってる遼東兵のいる場所に向かう。最初に始末した引き摺り出した情報に拠ればここから遠くない場所にある、食料を保存する倉庫のだった場所に詰め込まれているそうだ。元々奴隷として売るつもりだったらしく、一応生かされていると聞いた。
奴隷ね。まあ、兵士をやってた連中だ。能力的にはいいものだろうさ。体に対して最小限のダメージで心だけをへし折る方法は、まああたし自体が習っているからな~。
兎に角次の目的地に向かう。食料庫にいた見張りも、武器庫の連中と同様に処理する。扉はやはりと言うべきか、外から錠が掛けられていた。例に洩れずここの鍵も見張りが持っていたのでそれを使って錠を開ける。そして扉を開けようとした時、
「とうりゃあああ!」
あたしが扉に触れるより先に扉が開き、中から一人の女が飛び出して来て跳び蹴りをかまして来た。
罠!?気付かれていたのか!?跳んで来た蹴りを避け、扉から出てきた女と距離を置く。
「ちっ、賊の癖にいい勘してるじゃないか」
舌打ちしながらそう言ってきた女は良く見ると両手を後ろに回している。そして彼女がボロボロの衣服まがら兵士の鎧の下に纏う衣服であること、扉の後ろに何人もの、同様の格好をした男たちが立っていることに気が付いた。
「ちょ、ちょっと待った!なんかあたしたちは誤解してるっぽい!先に聴かせてもらうが、あんたら公孫子懿殿とこの兵士か?」
あたしの言葉に、相手連中もキョトンとしている。
「えと、あんた海賊で私たちに奴隷の烙印を押しに来たんじゃないのか?」
あ~、取り敢えずあたしは子懿に頼まれた事を伝え、同時に彼女も自分らがとっ捕まった遼東の兵たちである事を伝えてきた。先ほどの攻撃は、自分たちを奴隷として売るような事を話していたのを前々から聞いていたので、烙印を押される前に破れかぶれの反撃に出た、と言うことだそうだ。
まあ、焼き鏝で烙印を押されたらその時点で社会的な身分はどうしようもなくなるからな。その焼き鏝も基本的に国の所有物なんだが、偽造したのか、なんかの伝で手に入れたのか。
「で、あんたらの中で一番偉いのは誰?」
こいつらの拘束を解きながら尋ねる。返答したのは先ほど跳び蹴りかまして来た女だった。
「この隊は元々私が預かっていた。君に我らの救助を頼んだ公孫淵の叔母の公孫恭だ」
叔母と言う単語に驚き、思わず手を止めてしまうと公孫恭が苦笑いを浮かべる。
「兄と歳が離れていてな、淵とは三つしか違わん」
なるほど、見た目あたしと同じくらいにしか見えんかったからな。でもあれ?
「恭殿、他はみな男ですか?」
あたしが拘束を解き終わったやつらが、そのまま他のやつらの拘束を解いていくので作業は直ぐ終わったが、公孫恭以外に女を見ていないことに気付く。
「?ああ、私の部下は皆男だ」
あ~・・・子懿には申し訳ないが・・・想い人のことは駄目そうだ。
「捕まっていたのは貴方たちだけ?」
「ああ、私たち以前にもいたかも知れないが、他は知らない」
還ってからのこと考えると嫌になるな~。ここの連中も何人逃がせられるかも分らんのに。鬱だわ~。
あれ?子懿の想い人が叔母さんって可能性は?あたし的にはありだと思うが(エロゲー的な意味で)聴き辛いな。
兎に角公孫恭たちに剣を渡しながら作戦を伝える。彼女たちにこの辺りにもらい、あたしは分かれて食料庫に向かう。
目算道理の場所にそれらしい大きな蔵を見つける。ここに見張りがいないのはやはり攻撃されたことがないという安心からか。
そろそろ時間がやばそうだから一目は気に出来ないか。それに、タイミングさえ会えば派手にやった方がいいだろう。気で身体能力を強化し錠のかかった扉を蹴り破る。食料の入った麻袋なんぞが堆く積み上げられたその中に、瓶や壷のおかれている一角があった。取り敢えずそれらの封を片っ端から開けていく。そんで匂いで中身を判断、でかい瓶のを中心に油や酒のを叩き割り、手ごろなサイズの壷のは食料の麻袋にかけていく。そして小さめの壷を二つ抱えると地面に滴った油とアルコールの混じった液体に火を点ける。火は瞬く間に蔵全体に広がり、あたしは急いで蔵を出る。
「おい!火事だぞ!どうなってんだ!?」
多少遠くから悲鳴や怒号が聞こえてくる。人にとって命綱である食料を焼かれ、連中の注意はそっちに向くだろう。あたしは武器庫に向かい、あたしが火を点けたら武器庫に移動するよう伝えた公孫恭たちと合流しに向かう。
「やっ、どうやらみんなご無事なようで」
あたしが武器庫に着いたときには既に、公孫恭たちが武器庫の中身で、慌しくも武装を整えているところだった。と言っても何時ここの海賊連中が来るか分らないからちゃんと戦に充分なほど整えるような悠長なことはしていないが。
周辺に数人死体が転がっているから見つけられたと考えていいだろう。そのうちここに敵が集中してきそうだ。
「ああ、貴女の陽動で私たちは動きやすかったよ」
あたしの言葉に、公孫恭は軽く笑みを浮かべて返してきた。へ~、笑顔の気持ちいい、良い女じゃん。今はあたしも女なのが惜しくなるね。
「もうじき子懿殿に陽動を頼んでんで、そん時に一気に逃げますよ?」
「何だかね~。助けに来て貰っといてアレだけどさ、うちの甥っ子の無謀さはどうにもな」
公孫恭は作戦の確認に頷きながらも呆れを含んだ溜め息を吐いた。内心で同意しつつもそれを口に出すのはやめておいた。や、こんなことに参加、と言うか計画及び実行までやってるあたしが言えた事じゃあないんだが。
暫くして、食料庫の方に集中していた海賊連中が混乱から立ち直ってきたのか、幾つかの集団に分かれて周囲に散る連中が出てきた。
「おい!もう倉庫の中のものは無視しろ!敵が来る前に逃げるぞ!」
あたしの声に皆が頷き、武器庫から離れる。
「おい!官軍が攻めてきたってよ!」
「嘘だろ!?今まで何もして来なかったのに!?」
子懿の陽動が成功したらしい。こっちに向かって来ているらしい怒号にそんな会話を見つけた。武器庫の上に立って見れば村の西の方角にある林に篝火が見える。あの小僧上手くやってるようだ。
こっちも持ってきた壷を武器庫に叩き付ける。それに火を点し、ここを使えなくする。もっとも、持ってこれた油の量のせいで消火されてしまうかも知れないが、こっちが逃げるまで相手の気を逸らせればそれで良い。
「そんじゃ逃げますかっ!」
彼の名作脱走映画と比べればお粗末に過ぎる計画だったが、外から介入できたせいか、これと言った抵抗に遭わずに村を脱出できた。偶に見つかってもこっちは武装した一団で、敵の武器は倉庫で燃えている。唯一まともな武装をしていた村の見張りも人数的に敵じゃなかったし。
結局大した損害もなく(相手にも大した人的被害はないが)無事に子懿との合流ポイントに指定した、村の近くの林を越えた先の平原に辿り着く。
「意外にみんな無事に逃げきれちゃったか・・・嘘だろ~」
正直想定外に良い結果にそんな事を呟いてしまう。半分くらい逃げられれば万々歳って考えてたから死者ゼロってのは驚きだ。敵が思った以上に優秀だったのが返ってこっちに有利に働いた感じだった。
「ああ、正直皆生きて逃げ出す事を諦めていたからな。君には感謝の言葉もない」
「それは甥っ子さんに言うべきでは?」
「将来人の上に立つべき者がこんな無謀を行うのを褒めろと?」
公孫恭が子懿の行動に憤慨していたので何となくフォローしてみるつもりだったが、どうやら薮蛇だったらしい。公孫恭の言ってることのほうが正論だからこれ以上何も言えん。
「で、我が無謀な甥っ子は?」
「ん~、へま仕出かさなけりゃそろそろこっちに着く頃だと思うんだがね」
まさかなんかあったのかね?もしへまこいて捕まったりしてても、これ以上面倒は見れないぞ。頼まれたのはあくまでここにいる奴らの救助だからな。
「お~い、みんな無事かー!」
そろそろ諦める頃合かな、と思っていた頃漸く子懿が林のほうから走ってきた。お~お~、無事だったか。
走って来た子懿は初め着ていた豪奢な鎧でなく、あたしが殺した海賊の襤褸を着ている。子懿にはあたしが兵士の救助の間林に篝火を用意して貰い偽兵とし、その後村に紛れ込んで官軍が来たと吹聴するよう言っていた。結果は大成功と言ったところか。
「無事だったかじゃねー!」
あたしが声を返すより早く、公孫恭の跳び蹴りが子懿の顎を捉えた。
「何考えてんだあんた!自分の立場も分らんほど餓鬼じゃないだろ!」
蹴り飛ばされ、ぶっ倒れた子懿の襟を掴んで無理矢理立たせる公孫恭。怖いわ。他の兵士たちは止めるのかなと目を向けて見れば、あたしの視線に気が付いた兵士たちはサッと目を逸らした。
「惚れた相手を守ろうとして何が悪いんだよ・・・!立場なんざ欲しくてなったわけじゃねぇんだよ!」
子懿は声を押し殺してそう返す。その声もあたしの位置からはぎりぎり聞こえると言ったものだ。
「あんた・・・まだ諦めが・・・」
公孫恭の顔に苦みばしったものが混ざる。そう言えばこいつの想い人らしい相手はいなかった。多分公孫恭でもないのだろう。さて、どう説明したものか・・・頭が痛くなる。
二人から目を離し、そんな事を考えていたら開放されたらしい子懿があたしの前を駆けて兵士たちのところに向かっていく。そしてその中の一人に泣きながら抱きついた。
「・・・へあ?」
見ると、抱きついてる子懿の顔は赤らみ、なんつうかこう・・・友情とかに起因するアレとかには見えないんだが・・・
「驚いたか?」
唐突に肩に手が置かれる。公孫恭だった。特に気配を隠してもいない相手に気付かないとは。
「えと・・・子懿殿そういう趣味?」
「残念ながらな。初めての恋からずっとだ。私たちも頭を痛めている」
やるせない表情であたしの言葉に頷く公孫恭。なんか、子懿とのやり取りでこんな危険を冒したが、なんか一気に後悔してきた。差別する気はないが、だからって手を貸したいと思えるほど理解がある訳じゃない。そしてそれ以上にこう、あたしの苦悩を返せ!と言うか・・・
ただまあ、本人の顔が余りに幸せそうで、この状況で何か言うのも空気がな・・・
ちなみに好意を向けられている相手はそれに気付いていないと言う。こっちじゃ女同士はともかく男同士はかなりのマイノリティらしい。だからこそ、そっち方面を疑ったりしないのかね?
「そう言えば、貴女の名を聴いていなかったな。アレがあの調子だから私が変わりに聴いて良いかな?それに、良かったらうちで働かないか?貴女の実力なら待遇は保障するよ」
子懿の懸想にも気付かず、いつの間にか胴上げが始まってる男連中を眺めていたら公孫恭がそう言ってきた。そう言えば名乗る時間もなかったな。子懿にもあたしの名は伝えてなかったっけ。
「あたしは張郃、字は儁乂だ。今は故あって流浪してるけど、本来は渤海太守、袁本初の配下だ」
この時、あたしは遼東とのパイプを手に入れた。これが今後、あたしが予想だにしない出来事の一因となるとは思いもしなかった。
後書き
もうそろそろ夏の祭典が近くなってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。
最近はどうも仕事場の熱にやられたのか、小説を書こうにも頭が動いてくれません。言い訳がましくて済みませんが、どうにかもう少しペースを上げていけるか頑張って行きたいと思います。
本編についてはただ一言。何故俺はこの話にはわわとあわわを出せなかったのだろう・・・それだけが悔いです。