「賊将はこの関雲長が討ち取った!」
桃香様と鈴々と共に、力なき人たちを助けるために旅に出て一年余。盗賊に襲われた村を救う為、我らは武器を手に賊徒共と戦うことになった。
村人たちは賊徒たちに恐れをなした為、私たちだけで盗賊の立てこもる山まで赴くことになった。幸い敵の数が少なかった為、私と鈴々で賊徒共の砦に奇襲を掛け、指揮をとっているらしい者達を狙って切り倒していった。
その後、恐らく賊徒共を率いることの出来る者がいなくなったのだろう、ばらばらになって逃げ出し始めた。やがて殆どの賊徒が逃げ出したらしく、周りは大分静かになった。
「愛紗、もう周りに誰もいないみたいなのだ」
「うむ、なら砦を焼いて桃香様の元に戻ろう」
無人になった砦に火を放ち、再び賊徒が集まらないようにする。幸か不幸か、狙われていた村は決して裕福ではないのでもう一度あの村が狙われる可能性は少ないだろう。
「あ、愛紗ちゃん~、鈴々ちゃん~、お帰り~」
移動していた私たちの耳に聞こえてきたのは桃香様の声だった。賊徒の残党がいるかもしれないと警戒しながら移動していたのに、緊張感を根こそぎ奪っていくような声だった。
「二人ともやったね、これで村の人たちも喜んでくれるよね」
花のような笑顔を見せながら私たちに駆け寄って来る桃香様。
「ええ、これで村人たちへの脅威もなくなりました」
「鈴々も頑張ったのだ!」
そう言って鈴々が手に持った槍を振り回す。その時だった。
「「「あ・・・」」」
槍の穂先が飛んでいった。
その後、村で村長に事情を説明したら、砦を燃やした火が村からも見えていたらしく、多いに喜んで貰うことが出来た。是非ともお礼を、と言われたが桃香様はそれを断られた。今の我々の懐具合を考えれば貰えるものは貰っておきたいのが正直なところだが、桃香様らしいその行動に私も鈴々も異を唱えなかった。
それでも何か受け取って欲しい、との声に、では武器を取り扱える鍛冶屋を紹介して貰うことにした。私たちの懐が余り暖かくない事を説明し、結果まだ修行中ということで格安で村の農具を手がけている鍛冶屋を紹介して貰った。本業は兵器の作製だと言っていたから多分大丈夫だろうとのことだった。
そして私たちは教えてもらったとおり、湯姓の鍛冶屋を尋ねに隣村に赴いた。そして村人に路を尋ね、鍛冶屋がいると言う村の外れの小屋を訪ねる。
「頼も~なのだ~」
私たちの先頭に立っていた鈴々が小屋の扉を叩く。
「は~い」
妙に気の抜けた声が返ってくる。そして扉を開けて出てきたのは、
「でっかいのだ!」
「おっき~!」
桃香様と鈴々の言葉がその人物の全てを現していた。女性の中でも比較的大柄な方に入る私よりも大きな背丈、その筋骨は男でも稀に見るであろう見事なものだった。そしてその胸は桃香様に及ばないとは言え、私よりは大きかった。
一言で言えばあらゆる意味で大きな女性だった。
その女性は眠たげな表情で口を開いた。
「・・・で、ご注文は?」
え?あ、えと・・・
前振りのなかったその言葉に私はつい動きを止めてしまう。
「鈴々たちは武器が欲しいのだ!」
彼女に言葉を返したのは鈴々だった。
「あ、えと、ですね。隣村の村長さんの紹介で尋ねまして・・・」
鈴々の言葉を引き継ぐように桃香様はことの説明をする。女性は頷くと私たちを小屋の中に招き入れた。中には大きな炉が二つあり、他にも鍛冶に使うらしい器具がいくつも置いてあった。そして同時に幾つもの武具が置かれている。
その何れもそれなりの業物に見えるが、果たして私たちに合うものがあるかが問題だ。私も鈴々も長年の鍛錬で得た膂力に耐えられる武具は意外と少ない。山賊との戦いで鈴々の槍が壊れたのも、純粋に槍の強度が鈴々の槍裁きに耐えられなかったもので、槍そのものはさして永く使っていた訳ではないのだ。
ふと、湯鍛冶師が私と鈴々を交互に見ていることに気付いた。そして壁に立て掛けてあった偃月刀を、そして鈴々に長柄の矛を放って渡してきた。
「これは?」
唐突にどういうことか?と尋ねようとしたが、言葉が終わる前に返答が来た。
「貴方達が学んだのはこれらでしょ?寧ろ何でそんなの使っているの?」
そう言って私の背に背負っている槍を指差す。
「お~、おっきいお姉ちゃんすごいのだ~。どうして鈴々たちの武器が分ったのだ?」
そう、それは私も驚いた点である。私も他の二人も、それぞれ得意な得物に関して語ったことはないのだから。尚、得意じゃない武器を使っているのは純粋に金の問題なのだが。
「相手の体付きや、動きから得意な得物が分らないとその人に最適な武器なんて造れないでしょ?」
その返答の語気と目線には彼女が「何を当たり前の事を?」と思っている事を伝えていた。だがそれだけで相手の得物を把握するのは私や鈴々のような永い修練を積んできた武芸者でも出来る者がいるとは聞かない。
「ふぇ~、加治屋さんってすごいんだ~」
「うん!すごいのだ~」
桃香様と鈴々は感心しているが、二人に鍛冶屋に関して間違った認識を持ってしまったようだ。後で言っておかなければならないかも知れない。
「じゃ、これ、外で振って見て」
そう言って私たちは外に出るよう促された。
小屋の裏に通される。そしてそこにあった湯鍛冶師は黒い岩を指差す。
「これ、斬ってみて」
そう言われて、私も鈴々も戸惑う。渡された武器は確かに良い物だとは感じるが、岩が斬れるほどには思えない。
「いいからやって」
無感情な声に僅かながら苛立ちのそれが混じる。仕方なく私は大刀を振り上げ、岩に振り下ろす。ガツンといった硬質的な音と共に刀身がグニャリと曲がってしまった。
「うん、なるほど・・・君に相応しい得物は分ったよ。後は作るだけだけど・・・」
そう言うと急に自分の人差し指を舐め、空に向かって突き立て、自身も空を見上げる。私や鈴々、桃香様もその行動の意味が分らず、ただ黙って見守っていた。
「うん。運がいいね。明日から取り掛かれそうだ」
彼女の言葉の意味が分らず、首を傾げる私たちだったが、結局今日は武器を造るのに適した日ではないとだけ言われ、明日来るように私たちに告げると小屋に戻ってしまった。
仕方なく私たちは前の村に戻り、その日は村長の家に止めて貰うことになった。
次の日、言われたとおりに再び、湯鍛冶師の小屋に赴く。それにしても天気が悪い。黒い雨雲が空を厚く覆い、何時一雨降るか分らない。
そして、湯鍛冶師の小屋に着いた時、湯鍛冶師は扉の前で空を眺めていた。その行動を不思議に思うが、取り敢えず挨拶をすると、彼女も私たちに気付き挨拶を返す。
小屋から伸びている、炉に繋がっているであろう二つの煙突から煙が出ていることから炉に火が入っている筈なのだが、何故この人が外にいるのだろうか?そう思い、それを尋ねようとした時、ポツリと一粒の雨が降ってきた。その瞬間・・・
「おっしゃー!待ってましたー!」
唐突に人が変わったかのように叫びだし、体格に似合わぬ速さで小屋に駆け込んでいく。
暫く呆然としていた私たちだが、雨足が強くなってきたので小屋に入れてもらうことにした。
「ひゃ~、暑いのだ~」
その役目を果たしている炉の働きにより熱せられた空気が漂う小屋の中は、外より大分暑かった。ぶ厚い鉄板を炉で熱している湯鍛冶師は僅かな時間しか経っていないにも拘らず、既に大粒の汗を流している。
暫く三人で彼女の仕事風景を邪魔にならないように見ていた。彼女は暗い、恐ろしげな笑みを浮かべながら鉄板を熱しては槌で叩き、叩いては熱していく。
彼女が槌で叩く速さは尋常でなく、叩いている間、まるで一繋がりの音のように聞こえてしまう。文字通り、音に絶え間がない。決して広い範囲で腕を動かしている訳ではないから、それほど力をいれることは出来ない筈である。にも拘らず響く音は力強い。これもあの強靭な肉体がなせる業か。
見る見る間に、鉄板が形を与えられていく。そこから判断するに、今作られているのは大刀か。
それから数刻ほど同じ事を繰り返していただろうか。桃香様と鈴々は、雨によっていい加減蒸してきたのでさっきから小屋を出たり入ったりを繰り返している。その間も彼女は私たちが存在していないかのように作業を続けている。
ふと、窓の外に閃光が走った。次いで雷鳴が鳴り響く。いつの間にか雨も大分強くなっているようだった。
「ふぇ~ん、怖かったよ~」
「もう、お姉ちゃんは大げさなのだ」
声のした方を見れば、桃香様が鈴々にもたれ掛かるようにして小屋に入ってきた。ああ、また雷で腰を抜かしてしまったのか。
苦笑いを浮かべながら二人に声をかけようとした時、ふと、小屋の中の空気が変わるのを感じた。鈴々もそれを感じたのだろう、空気を変えた元へと視線を向けるのは、恐らく私と同時だっただろう(桃香様は気付いていない)。
湯鍛冶師がやっとこで鉄板を持ち上げ、眺めていた。形はもはや鉄板と呼べず、然るべき殺傷力を持ったものになっている。だが、熱による赤み掛かった光がそれが未完成である事を示していた。
そして何を思ったのか彼女は舌打ちしてから、それを窓に向けて放り投げた。
「「「「え!?」」」
その行動の意味を詮索するよりも先に、大刀の一歩手前の状態の物が窓の格子を裂き、小屋の外まで飛んでいった。そして、
「伏せろ!」
気が付いたら彼女の言葉に従っていた。いや、彼女の希薄に押しつぶされたと言うべきなのかも知れない。兎に角体は彼女の言葉に従っていた。そして轟音がそれに続いた。
「わ~。ボロボロなのだ~」
轟音は雷が近くに落ちた音だった。どれほど近かったかと言うと小屋が一部が崩れ、炉も片方が潰れてしまっている。幸い屋根はまだ残っているので雨に濡れることはないが、巻き上がった埃で視界が効かない。
「鈴々!桃香様は無事か!?」
ぼやける意識を無理矢理に起こし、二人の無事を確認するために声を上げる。鈴々は先の声で分るが、桃香様の声がない。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん大丈夫なのか?」
何とか起き上がると鈴々が桃香様を支えて立ち上がるのが見える。だが、桃香様は俯いたまま応えない。どこか怪我をしたのか。そう考え二人に歩み寄る。
「桃香様、お怪我を?」
私の言葉に桃香様が肩を震わせる。桃香様に肩を貸している鈴々も不安そうに桃香様を見上げる。
「愛紗ちゃん、鈴々・・・」
顔を上げた桃香様の目尻には涙が浮かんでいた。
「ちょっと漏っちゃったよ~」
・・・取り敢えず今の言葉を聞かなかったことにして、さっきまで意識が回らなかった湯鍛冶師を探す。丁度、小屋の崩れた一角から出て行く彼女を見つけた。彼女はしゃがみ込むとやっとこで拾い上げる。それは彼女が外に抛った大刀の刀身だった。
「父さんが言ってた『龍が降りる』っていうのは、こういうことなのかな・・・」
湯鍛冶師の様子は先ほどまでの狂的な情動が消え去っており、既に初めてあったときのような無感情なものに戻っていた。そして彼女の言葉が気になり、彼女に歩いてゆく。そして、その大刀を間近に見ることが出来た。
「それは?」
「雷に撃たれたんだと思うけど・・・面白いことになってるよ」
そう言ってまだ冷え切っていない大刀の刀身を私の良く見える位置まで持ってくる。それを見て、私は目を見開いた。
雷に撃たれた際にそうなったのか、その刀身から形になっていない金属が流れ落ちる。その後に残った跡は、当に天に昇らんとする昇竜の姿だった。
「これは・・・何と言う・・・」
「あたしも『龍が降りる』のを実際に見ることになるとは思わなかったよ」
これを前に、私はどんな言葉を出せば良いかすら分らないでいる間に彼女は龍のような紋が刻まれた、否、龍の姿が溶け出した大刀を持ち、小屋の瓦礫を跨いで行き、溜めてあった水の中に刀身を突っ込んだ。
暫くそれを、水を数回入れ替えながら冷やしていく。よく冷え、武器としての力を得て、水に濡れたそれの放つ輝きは綺羅星と見紛うほどだった。
彼女は以前から用意してあったらしい金属の長柄に大刀を繋げていく。暫くして完成した大刀を私に放って寄越した。私はそれを受け取ると、手にずっしりとした重さを感じると共に、今まで使ってきたどの武器よりも手に馴染むその感触に驚いていた。
「その子の名前なんだけどさ」
私の意識が完全にこの偃月刀に奪われていた最中、湯鍛冶師が声をかけて来た。
「あたしは『冷艶鋸』がいいと思うんだけど、君に何か良い案はある?」
名前。私の得物の・・・否、今後戦場を共にする戦友の名。
「『青龍偃月刀』で良い。私の戦友に華やいた名はいらない」
湯鍛冶師の「冷艶鋸」も良いが、やはり私はもっと実直なのが好きだ。
「そうかい?まあ、君がそれが良いのなら構わないさ。それより、そろそろ試し斬りをしてみなよ。雷に撃たれて、どうなったのか、あたしにも分らないんだから」
そう言って、顎で一つの方向を示す。その方向は昨日斬れなかった岩の方向だった。私は頷き、裏庭に出る。その後に桃香様と鈴々、湯鍛冶師が後に続く。
そして私は岩の前に立ち、新たな戦友を構える。
「愛紗ちゃん、頑張って!」
桃香様の声が、
「愛紗!がんばるのだ!」
鈴々の声が、私の新たなる戦友、「青龍偃月刀」の輝きを拠り強くしていくように思えた。私は二人の声に頷き、己が全霊を持って戦友を振り下ろした。
後書き
何故か急に気温が下がり、山で事故やら災害やら多発している今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。
今回は番外編です。青龍偃月刀の由来を、演義ではなく民間伝承をベースに書き込んでみました。羅慣中著の演義に於いても、劉備三兄弟の武器を造った人物、湯さん。当時の職人の身分が低かったと言う理由で姓しか伝わっていないらしいですが、この人がいなかったら劉備三兄弟のキャラが大分薄くなっていただろうと言う超重要人物だったりします。そんで今回は青龍刀が出来るまでを書きました。「丈八蛇矛」も近いうちに書く予定です。劉備の「双股剣」はどうしよう?恋姫じゃ使わないしな~。
尚、民間伝承では龍が直接炉に飛び込んでいたり、制作に三日三晩掛かっていたり、試し斬りの一振りで岩どころか雲さえ断ち切ったりしています。半端ねえ威力です。
今回は中々時間がとれず、更新が遅れてしまいました。暫くこのくらいのベースが続きそうです。申し訳ありませんが、良いものが書けるように頑張りますのでご容赦願います。
PS.羅慣中も制作に参加していた水滸伝の百八将の中の鍛冶師の姓も湯だそうで。