仏教には輪廻転生と言う概念が有る。平たく言うと人が死んだらまた生まれ変わると言うものだ。まあ、生まれ変わると言う部分だけなら別の宗教にもある。もっともこんな事を本気で信じているのは本気で宗教を信仰している人間か、あたしの様な実際に前世の記憶を持った人間くらいかと思うんだ。
あたしの名は張郃。字は儁乂。字ってので分ると思うがあたしの生まれ変わったのは古代の中国。後漢の終わり頃。三国演義の始まるちょっと前。
何で生まれ変わるのに二千年近く時代を遡っているの?とかあたしもろに三国志の有名武将じゃね?とか、微妙にズレた部分でパニクった記憶がある。今思えばアレも一種の現実逃避なのだろうか。何せ気が付いたら赤ちゃんになって見知らぬ女性に抱き締められていたのだから。
元々あたしは21世紀の時代に生きていた極一般的な日本人だった。まあ、多少平均よりオタク度が高かったかもしれないが大体の部分では普通であったと思う。
それともう一つ言うと前世のあたしは男だった。一人称はあたしだが別にそういう趣味があったわけじゃない。喋り出せるようになってから母上から教え込まれたもんだ。この男っぽい言葉使いを維持している分頑張っているんだよ。
で、それはさて置きあたしが色々混乱してるうちにあたしを抱いている母上と思しき人物に
「あなたの名前は郃、張郃よ。真名は黒羽にしましょうか」
と言われた。
あたしがこの時代が三国志じゃね?と思ったのがこの時。確信を得たのはもう少し先のこと。や、だっていくら名前がアレでも同名の別人って可能性あるじゃん?だから「多分ここは中国で、もしかしたら三国志?」と言う程度の認識だった。
そして混乱も収まらないうちにある感覚があたしを支配した。空腹だ。まあ、生まれたばかりだから腹の中は空っぽだろうしな。で、腹が減っていると自覚した瞬間突然泣き出してしまった。
あれ?それほど酷い空腹感じゃないんだが?と疑問に思っていると母上が胸を口元に持ってくる。すると口が勝手に母上の胸に吸い付き母乳を飲み始める。どうにも自我と体の動きに齟齬がある。っつか体が制御がうまく出来ない。
この体が勝手に動くのが生存本能と言うものの一種なのだろうか?指とか、自由にとは行かないが自分の意思で動くのに対し、一部の行動がフルオートで行われるのは正直精神衛生上よくない気がする。食事とか、おしめの時とか。
自分の父親に始めてあったのは生まれてから数日経ってからだ。仕事で数ヶ月間家を留守にしていたらしい。
で、父上のお仕事。袁家の細作(忍者みたいなもの)衆の頭領なのだそうです。この時点での袁家の家督である袁逢と言う人の護衛をしていたが、あたしが生まれたから態々休暇をもらったらしい。ついでに父上配下の細作衆も休暇が取れた一部が付いてきた。細作衆頭領の第一子が生まれたことに、細作衆全体がてんやわんやのお祭り騒ぎになっているらしい。人望はあるようで。
「おお!この子が俺の子か!」
あたしを抱き上げ、頬ずりする。よほど嬉しいのだろう、その表情はだらしなく弛みまくっている。
喜んでもらえていることに関しては悪い気はしない。あたしが何かしたと言う訳ではないが、ここまで喜ばれるとこっちも少し嬉しくなってしまう。だが敢えて言うならば。
正直きついです。男に頬をスリスリされるのは。父上、勘弁してください。
「おぎゃー!」
この時あたしの「ちょっと父上に放してほしい」という感情に体が過剰反応したのだろう、右手で父上の左目を強打してしまったのだ。
「あ゛あ゛~!目が!目が~!」
左手で殴られた左手を押さえながらも右手でしっかりあたしを抱きかかえてくれているのはやっぱり愛してくれているのだろうか。
母上が慌ててあたしを受け取り、父上の部下の人たちが父上を心配そうに見つめている。申し訳ない父上。まだこの体をうまくコントロールできないのです。
「ふっ・・・ふふ・・・」
心の中で謝っていると父上が目を押さえながら危ない感じに笑い出した。なんか俯いて片目押さえてるせいで厨二病っぽいポーズになっている。まあ、そういうポーズになっているのは殴ってしまったあたしのせいなのだが。
「初めて会ったとは言え実の父に対しても躊躇なく拳をぶつけ、更には俺の隙を的確に狙うとは・・・」
いや、躊躇に関しては自由に体動かせないし、隙云々はあんなデレデレ状態で、ねぇ。周りで見ていた父上の部下らしき人たちも怪訝な表情で父上を見ている。
「この子は天才だ!きっと刺客の才がある!俺はこいつを歴史に名を残す刺客に育てるぞ!」
どういう思考でその結論に至ったか知らんが、歴史に名を残す刺客って、父上よ・・・や、確かに司馬遷の史記にはわざわざ刺客伝が立てられているが。と言うかあたしは武将になるのではないのですか?父上よ。