着艦を伝える衝撃。歩を進めて所定の位置に収まる振動。
吐き出す吐息が熱くてヘルメットが曇り、五月蠅い鼓動が反響。
「最っ高ぅ♪」
変態だと思う。自分でも正常ではないと確信できる。
なぜにしてあれだけ目指して、諦めて、なのにたどり着けた職業 アイドルをする事よりもこんな事に高なるのだろう?
私 ミーア・キャ…『ラクス様? どうかなさりましたか?』…あぁ、ラクス・クラインはいまMSのコクピットに居る。
本来ならば決して乗ることが無いだろう、最大に似合わない場所。当然のごとく戦闘し、敵を殺して……帰還した。
昔やって居たとおり、何も不思議な事は無い。所詮ミーアという女はそんな風にしか自分を表現できなかったのだから。
どこにでも居るエースパイロット、どこにでも居る公共的な大量殺人者。だけどいまは違う。
平和の歌姫 ラクス・クラインなのだ。いかに仕方が無い状況下とはいえ、プラントの精神的主柱ともいえる人間がMS戦闘に参加。
しかも鬼神的にキャッホー♪(語弊あり)とピンクちゃん無双までしてしまった。
もちろん生きている事が最も優先されるのは明白だが、それと同様に「ラクス・クラインらしく」というのが与えられた任務な訳で……
「やっばい♪」
戦闘中とは違った意味で危機的な状況だわ、私ったら。とりあえず知恵を絞ろう。
何時までも狭い鋼の艦の毛で悦に入っている訳にはいかない。ここから出なければ……コッソリと。
「無理だ」
ピンクちゃんの愛らしい一つ目はこちらに視線を送りまくる整備班の皆さんを捉えている。
既に注目は必至。ならばいまこそラクスらしく出ていかなければ、そして今までの失態を返上する演技をしなければならない。
「でも……」
どんな顔をすれば良い?
どんな反応をすれば良い?
どんな事を言えば良い?
ラクスはこんな時、どんな顔をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな反応をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな事を言うのだろうか?
「あれ……なんか腹が立ってきた」
どうして大嫌いな本物 ラクス・クラインの事をこんなに真剣に考えなければ成らないのだ?
それが偽物の仕事だと言われればその通りなのだが、理論を通り越して感情を飛び越え、本能にまで刷り込まれたソレが不満の声をあげる。
「なんかもうテキトウで良いんじゃないのかな?」
思考を放り投げる。息を吐いてハッチのオープンを選択、実行。
ヘルメットをとりながら顔を出し、眼下を見渡せばそこに居る全ての者たちから贈られる視線=期待。
「ヤベ……」
コーディネーターの病的なラクス信仰を少し甘く見ていたかもしれない。
だがもう遅い。さすがにコクピットに出戻る訳には行かないのは確実……なんか言わなきゃ……
「うぅ……だぁああ!!」
口から出たのはそんな言葉。何故か握り拳を天高く突き出し、全力で叫んでみた。
こうすれば『場の雰囲気が盛り上がる』と遠い人間の本能が叫んでいる。ついでに長身で顎が出たパンツ一丁の男性も幻視した。
「「「「……」」」」
沈黙が下りる。ちょっと考えれば別に意外な結果でも何でもない。
当然の結果といえるだろう。どうして突然この人は何を叫んでいるのだ?という感想と生温かい視線を送られるのが普通だ。
だがこの体=名前は普通の人ではない。私に名前はラクス・クライン(偽)。
つまり導き出される結末は……
「「「「「だぁああ!!」」」」」
大歓声である。
『わ~い、誤魔化せたぁ~』
恐ろしいラクス信仰の片鱗を味わっている昨今。
控室でのクールダウン。飾り気ないベンチに腰掛けて、軽重力下専用のボトルで口にするのは効率的なミネラル・水分摂取を目的とした飲み物 スポーツドリンク。
パイロットスーツの上だけをはだけさせ、簡素なインナーの下から熱が奪われるに任せる。
あの戦いの興奮の後で、あの凄まじいデザインの衣装を着るのが大変に苦痛です。
「あ……他の服に変えても良いんじゃん」
別にライブが在る訳でも無いのだ。アイドルとて、何時でもあんな服を着ている訳ではないだろう。
どうやら必死にアイドルっぽい事をしようとする意識はちゃんとあるようだ。ソレとは正反対な事ばかりしている気もするが……
「おつかれさま」
自動ドアが開く軽い音、入ってきたのは今の私と同じくらいパイロットスーツが似合わない金の長髪 レイ・ザ・バレル君。
「ラクス様……ご無事で何よりです」
「ん~まぁ長いブランクも何とかなるものね」
「あれだけの数のダークダガーを単機で全滅とは凄まじい戦果です。
それに比べて自分はMA一機を撃墜できませんでした……」
宝塚クンが持ったボトルがミシリと音を立てる。表情こそ僅かに眉を上げるだけだったが、そうとう無念に思っているらしい。
「貴方の相手をしてくれたMAの方が厄介だったわ。遠目で見ただけでも鳥肌が立つ。
変幻自在のガンバレル、こちらの行動を完璧に理解しているような先読み機動。
まるでエンディミオンの鷹のよう」
思い出すだけで鳥肌が立つ。月のエンディミオンクレーター攻略作戦のこと。
前作戦の余りにも容易い結果に隊の誰もが何処か油断していた。
『ナチュラルではコーディネーターには勝てない』と
それを一瞬で撃ち崩してくれたのがあのMA、あのパイロット。
次々と撃墜される仲間、見た事が無い攻撃に防御と回避で手一杯になる私。そして聞こえたのは『あの』皮肉屋のこんなセリフ。
『不幸な宿縁だな? ムウ・ラ・フラガ!!』
その名前があのエンディミオンの鷹の名前である事を知ったのは、地球連邦が小さな勝利を大きく報じるまでかかった。
でもどうして『あの人』はその名前がポンと出て来たのだろうか?
「!?」
レイ君の顔が驚きに歪んだ。似た雰囲気というか戦い方というか、とにかく共通点を感じたけど親戚か何かだったのだろうか?
戦後はまるで申し合わせたかのように『居なかったこと』にされてしまったが、あの人は私が実物を見て知っている最強のパイロットだ。
『君は良い目をしている。何かを徹底的に憎んでいる負け犬の目だ』
たまたま遭遇した時にいきなりそんな事を言われたのだから、忘れるに忘れられない。
褒められたのか貶されたのか未だに定かではないし、仮面で覆われている表情からは私なんかよりも大きなモノを憎む憎悪の色。
「アレと戦える貴方は間違いなく私が知っている最強のパイロットと同じ資質が在るわ。
だから自信を持って? すぐに私なんて貴方は追い越せる。いつかはあの人だって……」
自分の口から洩れる言葉が余りにもらしくなくて、思わずブッ!と噴き出す。
そして噴き出すラクスなんてあまりにも想像図と懸け離れたモノを見て、宝塚クンがやる気を失われると……なんてのは余計な心配だった。
既に私に背を向けて歩き去る背中からかかる声。
「次は落とします」
「よろしい!」
「おつかれさま」
「!」
「ラクス様!?」
戦闘を行っていた場所の関係上、私・レイ君・シン+ルナちゃんの順番で帰還する事は明白。
次に現れたのは男女の二人。真っ赤な瞳と黒髪という印象的な少年 シン・アスカと印象的過ぎるアホ毛が眩しい少女 ルナマリア・ホーク。
「オレ、約束を守れませんでした」
「ん?」
週刊誌のトップを飾りそうなラクスの凄まじいスキャンダルショットを前にして、ようやく膠着から覚めたらしく、発せられる言葉。
そこには色濃い屈辱。
「今度こそ……倒して戻るって……」
「うん」
「それに……ショーンやゲイルも……」
途切れてしまったのは失った戦友の名前。下を向いて震わせる肩。
もしかしたら泣いていたりするのだろうか!?どうしよう!
お姉さんハートがドキドキしっぱなしだ!! もしかしてフラグか!?
年下が好みだが何か問題でも?
「大丈夫……艦は無事だった」
「でも!」
もし不利な状況下からの奇襲で一気に先遣隊のMSが全滅していたら、ミネルバに襲いかかる敵には最新鋭のセカンドシリーズが三機も加わっていた。
さすがの私も前期を捌き切る自信は無い。
「貴方は帰ってきてくれた。いまはそれで良いの」
「でもぉ……」
限界だった。扇情とは違う胸の高なり。震える手をぎゅっと握って立ち上がり、耳元で告げる。
しっかりとゆっくりと……刻みつけるように。
「私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?」
覗き込むように必死に涙を零すまいと震える深紅の聖杯をしっかりと見据えて続ける。
「だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
その次も……次の次も……守って、守って、守って……
でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい」
「はい」
淡々としているようで燃えたぎる情熱を孕ませた良い返事。
戦うという事は『何かを続ける』ということ。投げ出してはイケない。
投げ出した結末が私=偽モノのラクス・クラインなのだから。
プラントのアイドル ラクス・クラインに『歌』で負け、プラント救世主 ラクス・クラインに『戦い』で負け……投げ出しっぱなしの人生。
オーブ生まれの赤い瞳のロンリーウルフにはこんな風に成って欲しくない。
「続けるの……苦しくても。投げ出さなければ……」
『私のようには成らない』
そんな言葉を飲み込んだ。胸が痛いほどに詰まった。
きっとこれがミーア・キャンベルの最後の戦いになる……そう思っていた時期が私にもありました。
あとがき?
久し振りスグる……そしてルナの存在を忘れていた……
あとクルーゼ隊長は大好きです。