ミネルバに帰還してから数十秒間、インパルスのコクピットで荒い息を吐いていたシン・アスカは何とか暗いその場所から抜け出した。
急すぎる初陣でゴチャゴチャに絡まった感情が制御できないような状況だったが、ソレを目にした瞬間に若干の収まりを感じる。
物々しい戦艦のMSデッキには似合わないその色は蛍光ピンク。最新鋭の兵器 ニューミレニアムに塗りつけられた色だ。
「来てくれたんだ!」
そのザク・ウォーリアは間違い無く、あの機体だ。自分を助けてくれた恩人の機体。
目を見張るような操縦センスとクソ度胸、優しくて凛とした声を持つ顔も知らない人の機体。
正直な話、ミネルバへの着艦を勧めたのは完全な思いつきであり、具体的に何がしたいというのは頭には無かった。
ただ純粋に『会って話がしたい!』という子供じみた感想が在っただけ。
「なぁ! あれのパイロットってさ……」
思わず緩くなる頬を抑えることが出来ないまま、これからが本当の仕事である整備班の友人 ヨウランへと問うた。
いや、問おうとした。それを遮るように返事が先に来た。待っていたモノではあるのだが、やはり驚きは隠せない。
「おぉ! シンか!? 聞いて驚け!! あのMSにはな!!」
『いま何処に居るのか?』とか『どんな人だった?』みたいな質問をしようとしていたのだが、ヨウランが教えてくれたのは個人名 パイロットの名前。
しかも決してこのような状況で出てくる名前では無かったのだ。
「ラクス・クラインが乗ってたんだ!!」
「はぁ?」
ヨウランの奴はどうやら突然の初陣で頭のネジが吹き飛んでしまったようだ。後で優しく医務室に連れて行ってやろう。
そんな事を考えてポンと肩を叩き、肩を叩き宥めるような視線を送るが、病気の進行は止まらない。
「ヨウラン……医務室に行こうぜ」
「あ? シン! お前信じてないな!! マジなんだってば!!」
これは幾らか説得に時間がかかるな~と思っていたが、いつにもまして不機嫌な足取りで格納庫に入ってきたルナマリアを見つけて安堵。
二人で説得すればヨウランも諦めるだろうし、自分が本当に知りたい事柄も正常なルナから聞く事が出来るだろうから。
「ルナ! ちょっと来てくれ! 実はヨウランが『あ~! もう! 何よ、あのラクス・クライン!』……え?」
何やら物騒な単語が聞こえた。ラクス……クライン? いや! 落ち着け! 餅突け!
これは何かの偶然であり、決してこのMSのパイロットがラクス・クラインなんて事があるはずもなく……
「ちょっとMSに乗れるからって!!」
一刀の下で切り捨てられた。どうやら本当にあれのパイロットはラクス・クライン……なのだろうか?
そういえばあの綺麗な声は時たまテレビの音楽番組で流れて居た声に似ていない事もなかったような気がする。
しかしだ!!
「でもさ! 『ちょっとMSに乗れる』なんてレベルじゃなかったんだぜ!?」
そうとも。ただの歌姫に、それこそMSパイロットが本職では無い者に出来る動きでは無かった。
どんな入力をすれば可能なのか分からないドロップキック、致命傷にはなりえない儀礼剣で最新鋭機を翻弄、奇襲とはいえPS装甲を一撃で切り捨てる妙技。
「……ってぐらい凄いパイロットがただの歌姫な訳が……ん?」
熱くなる口調を抑えることが出来ないまま、この眼に焼き付いている絶技を余すことなく語って聞かせると、何やら友人二人が変な視線を向けてくる。
まるで『訳の分からない事を言い始めた友人を心配するような目』である。
ついさっきまでヨウランに向けていた視線。つまり……
「シン……医務室に行きましょう」
「ラクス様がどうとかじゃなくて、そんな真似が出来る奴なんて居ないって。な?」
ジーザス……今度は自分が病人扱いされる番のようだ……
「これからMSデッキに上がります」
プラント最高評議会議長とオーブ元首にご一緒する豪華な戦闘艦案内ツアーの最中、美系という言葉しか浮かばない赤服君の言葉。
ラクス・クライン(職業名)をやっているミーア・キャンベルは驚きと共に喜びを覚えた。
昔の仕事が仕事だっただけに、アイドルなんぞに精進する今になっても、MSへの興味は尽きない。
これでも一時は『自分にはこれしかない!』とパイロットへ打ち込んでいた身なのだから。
「よろしいのですか? 私は民間人だし~こちらのわんぱくお姫様はオーブの方ですわよ? 議長」
もちろんそんな意見に深い意味など無いのだ。ちょっとした遊び心。
さっきアスランをノックアウトした私に対して、既に偽物である事を超えた敵対心を剥き出しにしている御方へのけん制。
あっ! それとアスランは死んでませんからね? 永久退場とかしませんからね?
「このような事態に巻き込んでしまったお詫びも兼ねてね?
それにしてもお二人は親しき仲と窺っていたのですが……何か諍いでも起きましたかな? 姫」
「よくまぁ……」
思わず噴き出しそうになった。ギョッとしたお姫様 カガリ・ユラ・アスハの顔と言ったらない。
しかし偽物を作った張本人が、本物との仲をネタにするなんて、本当に大した大根役者だ。
「ここがMSデッキになります。搭載可能数は軍事機密に当たる為にお教えできませんし、現在その数が搭載されているわけではないのですが……」
場の空気が換気を必要とするほど悪くなる前に、イケ面の赤服君 レイ・ザ・バレル君の言葉が割って入る。
目の前には戦艦の中で最も大きな割合を占めるだろう空間。
一望出来る景色には緑のザク・ウォーリアーやゲイツRにまぎれて、私の旅の道連れ 場違いなピンク色 ピンちゃんがドンと佇む。
「って言っても見る人が見れば~」
大体の見当はついてしまうモノだ。余剰スペースや整備用のハンガー数。そして何よりも実物を見てきた第六感。
導き出した答えの確認が欲しくて会談を続ける二国の長を迂回、ザフトじゃなくて宝塚に所属していても驚かない赤服君にそっと耳打ち。
「だいたい……■■機くらいかな?かな?」
「っ! 他言無用で……お願いします」
美麗な顔が本気で歪んだところをみると、どうやら正解に限りなく近かったようだ。
長いブランクをもってしても、私の軍人スキルは衰えないようだ。お陰でアイドルスキルが上がらなかったり、軍人っぽい事をして焦るわけだが……
「だが! では今回の事はどうお考えになる! あの三機のMSのせいで、新しい力を持つが故に被ったこの被害は!?」
手摺から乗り出すように観察していると後ろからは議長とお姫様の声が聞こえ……徐々に一方のテンションが増していく。
指摘に表現するなら『愚直にして熱しやすい獅子』と『真意を見せない仮面の狐』ってところかな?
人間としてや友人として考えるならばまだしも、政治家として考えるならば……
「所詮は器が違…「さすが綺麗事はアスハのお家芸だな!」…!?」
私の呟きを掻き消すように、鋭い叫びが格納庫の広い空間を切り裂いた。
心の中では私も思っていた事とはいえ、それを口に出すとはどんな悪ガキだろうか?
「シン!?」
慌てて飛び出した宝塚クンの向かう先を見下ろせば、そこにいたのは彼と同じ新人赤服君。
黒い髪に真っ赤な瞳という組み合わせはコーディネーター的にも珍しい風貌。
その立っていた場所やエースを示す赤服からして……彼がインパルスの……よし!
一つラクスらしい事(私的基準に基づく)でもしてみますか?
こんな場所で聞こえるはずの無い綺麗事が耳に入った。何事かと見上げて、そして見つけてしまったのだ。
オーブの氏族だけが着用を許される紫色のような独特の色彩を放つ礼服。
プラントに渡ってからもこっそりとチェックしていたオーブの政治風景、そこに必ずいた人物。
カガリ・ユラ・アスハ。住民にまともな避難もさせらず、再建への希望であるマスドライバーと自爆したとんでもない父親の後を継いだ娘。
政治にはテンで疎く、常に宰相にあたるセイラン家に舵取りをさせておきながら、自分の我儘だけは大きな声で主張するのか?
「さすが!」
熱くなり易いと両親や妹、ご近所さんや友達、教官やクラスメイト、概ね出会う全ての人に言われてきた。
「綺麗事は!」
ソレに関しては自覚もあるし、軍人となった今ではすぐに直すべき弱点だろう。
しかしどうしてもこれだけはしっかりと聞かせてやりたかった。あのアスハに……しっかりと、だ。
「アスハのお家芸だな!?」
言ってしまった……だが口に出してしまった以上、後戻りはできない。
自分が何を言われているのかも理解できないような呆けた顔。それを見ているとさらに怒りと憎しみが増してくるのが分かる。
そんな事を言われるなんて欠片も思っていなかったという顔。ギリギリと奥歯を噛みしめ、憎しみを視線に宿して射ぬく。
そんな時だった。『あの声』が聴こえたのは。
「控えなさい!」
女神のような美しさと……
「仮にも友好国の国家元首」
戦士のような凛々しさを兼ね備えた声。
「国を代表し、国を守る軍人として……」
姿を見ればようやく理解できた。ルナマリアやヨウランがオレを謀っては居なかったらしい。
「無礼な振る舞いは許しません」
プラントに来てから始めて覚えた有名人の名前と顔。輝くような桃色の髪と女神にも劣らぬ美貌。
若干記憶よりも胸部の膨らみが大きい気がするが、まあ小さな問題だろう。
プラントを守った救国の歌姫、もっと言えば自滅の道を進んでいた世界すらも踏み留めた本物の救世主。
「ラクス……クライン」
その名を口に出してみれば自分が何を言われたかも理解できた。『黙れ』と言われたのだ。
どこか信仰めいた信頼があった。戦う人であろうこの声の主ならば、アスハの綺麗事に対するオレの怒りも理解してくれると。
「すっ……すいません」
落ち込んだ空気に引きずられて、怒りを湛えていた視線も地に伏せる。だが……それだけでは終わらなかった。
「それからカガリさん?」
親しみを込めた声。あぁ、そういえばアスハとラクス・クラインは友人だった。
「黙りなさい」
「「「「「え?」」」」」
空気が凍った。言われた本人はもちろん、議長やレイ。そしてオレやメカニック一同、誰もが動く事を忘れるような衝撃。
「なにぉ!?」
「平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と」
平和の歌姫とも言われるラクス・クラインならばきっとその案には大いに賛成なのだろう。
「私もそうであれば良いと思います……ただ!」
だがどうやら違うらしい。
「そんな御高説とエデンの園のような理想論は政治の場でお話しなさい。
もしくは優秀な家畜が待つ故郷の地でも構いません。ですが! ここはザフトの船。
貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!」
あぁ……やっぱりこの人は……
「私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません」
戦女神だった。
シッ! シリアスっぽい!!