……偽ラクス様ってこんな話だったよね?(なに
俺ことシン・アスカは人を待っていた。そろそろ約束の時間なのだが、相手の姿はない。
というか人影がない。何せ場所が場所である。
『ザフトが間借りしているホテルの裏にある公道にて待て』
市街地から離れた高台に作られた元より政府や大企業の要人達が使っていたのだろう大きさと豪華さ。
表では整えられた庭園に護衛のザクが二機、仁王立ちするシュールな絵面が展開されている。
しかし裏側 つまりいま居る場所は静かなモノだ。雑木に覆われた斜面を挟み、ホテルははるか上方。
二車線の在り来たりな海岸沿いの道。物流の主力と言う訳でもないそこを通る車は戦時中と言う事も伴い、決して多くはない。
路肩に止めたレンタルバイクに体を預けて、大きく伸びをした。
潮の満ち引きにより海中と空気中を往復する磯と呼ばれる岩場、そこから薫る特有の薫り。
「平和だな……」
なんて口に出して見たものの、遥か向こうの空にはディンと最近配備されたバビの編隊が飛ぶのが見えた。
もちろん停戦が成されたなんて事実は一切なく、ただ自分が暇を得ているのは所属するミネルバの今後の扱いに上層部が苦心しているからなのだろう。
地球の危機にその身を張り、オーブ沖では危機的状況から生還した戦艦。
本来ならば月軌道へと配備される予定だったのだが、宇宙では小競り合い呑みの小康状態。
分かり易い戦意高揚の看板として、その効率的な運用法を模索しているようだ。
「これから何処に行くのやら……」
ザフトに入る事を決めた時、自分はこれだけの大きな流転を想定していただろうか?
大変な仕事で在る事を頭では理解していただろう。
だけど目の前に在る世界の未来すら変える戦いの道に、自分の未来を奪われる事しかできなかったガキは漠然とため息を吐く事しかできない。
「それにしても……遅いな」
頭上を舞う海鳥の数を数えるのにも飽きて来て、私物である何処にでもある若者向けブランドのデジタル時計へと視線を落とす。
まさかあんなスパイ映画のように朝食のサンドイッチに挟まっていた直筆サイン入りの手紙が悪戯とは思えない。
思えない以上は簡単に思考を切り替えて、此処を去る事が出来ないという事だ。
「…………■■■」
「ん?」
不意に頭上から木々が擦れる音が聴こえる。かなり上の方……ホテルの裏に隣接する辺り。
「……■■■」
音が近くなってきた。背が高くもない草木に覆われた崖はかなりの角度が在る。
人が下りてくるのは難しいはず……野生動物でも駆け下りてくるのだろうか?
それこそ屈強な鹿とか猪とかが……
「…■■■」
「まさか……ね」
音はかなり近い。しかし幾らなんでも。
「とうっ!!」
「……」
当たりだ。気合いの声と共に落石防止用のフェンスを美しいフォームで飛び越えた影。
「遅れてごめんごめん」
軽い口調で謝罪を告げるのは鼓膜を心地よく撫でる美声。
簡素なTシャツの上から羽織るのは男物だろうジャケット。下にはジーパンとスニーカー。
歌姫なんて称号とは程遠い服装。
「敵の察知が思ったより早くてさ」
なんか不穏な単語が聴こえて来た。敵って何だ?
自然な動作で掻き上げられた長髪は輝くような桃色。
美しいボディーラインと男物の大ぶりなジャケットの上からでも分かる胸の膨らみ。
それら全てが葉っぱと泥の汚れで美しくない感じにデコレートされている。
まるで一日外で遊び倒してきた子供のように輝く表情で、彼女は告げる。
「いや~ザフトの警備部門は強敵だったわね」
頭が痛い。
「……」
つまりこの人はより自由な休日を求めて、自分を守っている人たちを激戦?を繰り広げて来たわけだ。
わざわざ気心が在る程度は知れている俺を呼び出し、野生動物のように急斜面を駆け下り、泥だらけになってまで……困ったものである。
そして何よりもこの困った人はラクス・クラインなのだ。
文字通り世界を救って魅せた御仁。プラントの精神的主柱であり、ザフトの勝利の女神。戦時下外交の切り札。
幾らでも言葉の尽くせる程に大事な人なのである。そんな人物が自分の個人的な自由の為にこれだけの無茶をすれば、言ってやらなければならない言葉あるはずだ。
「貴女って人はぁああ!!」
「う~ん! やっぱり本物の空気は違うわね!?」
シン君が借りて来たレンタルバイクの後ろに跨り、潮の香りが満たす空気を切り裂いて進む……実に爽快な気分だ。
ライブの時の悦楽にも負けないだろうと私 ラクス・クライン(って設定にも無理を感じているミーア・キャンベル)は満足気に伸びを一つ。
「でも良かったんですか?」
前方から視線を外さない安全運転を守りつつ、シン君は不安げに口を開いた。
「護衛を振り切ってくるなんて……」
まぁその心配も分からないでもない。ここ数日の地上各所歴訪にてラクスと言う存在がどれだけ大きなモノであるのか理解できた。
その父たるシーゲル・クラインが未だ世界に暗い影を落とすNジャマー投下のGOサインを出した人物であるにも拘らず。
マイナスを帳消しにして余りあるプラス。先の大戦を痛み分けの形でとはいえ終わらせ、あのジェネシスを破壊したこと。
もしくは……『怪物じみた』本人の魅力か。
「……ちっ!」
「?」
苛立ちを小さな舌打ちに込めて発散。心配そう気配を放つ運転手さんに気がついて、内心でもう一度だけ舌打ち。
自分の為に大事な休日をつぶしてくれる可愛い後輩に、不快な思いなどさせられるはずがない。
「何でもないわ。護衛の件はいわゆる不可抗力なのよ」
「はぁ?」
「仕事中に色んな人が周りにいるのは仕方がないと思うの。
でもね! 私があんな破廉恥な服を着たり、鳥肌が立つような聖句を唄わなくても良い休日にだよ!?
気心も知れない黒服やら特殊部隊上がりのマネージャーがいるなんて……私、耐えられない!!」
嘘泣きっぽい涙を拭く事もせず、前方に広がる可愛らしく見えてもやっぱり男の子の大きな背中に顔を埋める。
「■■■!!」
何か悲鳴が聞こえる。
もちろんそんな距離にいるのはシン君だけな訳で、チラリと視線を上げれば羞恥に染めた顔色は赤。
先ほどの舌打ちを誤魔化すには十分だろう。他のどんな人よりも私の魅力を直接的に感じてくれている様に子供染みた満足感を覚える。
それだけのはずだった。計算して行われたはずのお姉さんの悪戯。そのはずが……
「そんな大事な休日をご一緒できて……幸せです」
顔は直接みる事は出来ない。きっと気恥ずかしいと顔を歪めているのだろう。
狙ってカッコいい事を言える子ではない事は分かっている。だがその精一杯の言葉がただただ嬉しくて……
「このやろぉう♪」
胸を押し当てて盛大に揺さぶってみた。
「□□□!!」
さっきとは質もボリュームも異なる悲鳴が返ってきた。
「あっはっはっ~」
あ~楽しい。アルコールも無しに雰囲気だけでこれだけ酔えるなんて、私もまだまだ若者と言う事だろう。
そう言えばさっきから視界の端でクルクル回っているあの人は……
「あっ……落っこちた」
「シン君! 二つ先のカーブ! 人が海に落ちた!!」
「っ!?」
笑い声が一瞬で引っ込み、戦場での激励さながらの簡素な説明。
「急いで!」
「はいっ!!」
無意味に揺さぶられていた振動は止まり、ただ安定を求める密着の体勢。
立派に過ぎる胸の大山脈が背中を誘惑して止まないが、ソレを理性で押し込めて俺 シン・アスカは更にスピードを増す。
二つ先のカーブ……随分な崖だ。下に目をやれば水しぶきが不自然に上がっている。
少しでも泳げる人間の動きじゃない。あれって完全に……
「溺れてるわね」
冷静なラクスの声が逆にこちらの神経を過熱させる。
バイクのフルスピードを持ってすれば、目的の場所まではそうかからない。
だがそれも舗装された道が在る場所までだ。崖の先まで道など在る筈もなく、乗っているのは何処にでもあるオンロード用レンタルバイク。
スピードを緩め、停止するしかない。
「止めます! しっかりつかまって……?」
幾ら後ろに乗せる人が雲の上にいるVIPだろうと、溺れている人の命が賭かっているのだから、少し位は無茶もする。
急ブレーキ、車体を倒して片足が地面を捕える。少々の痛みに顔を顰めた時、恐ろしい事が起きた。
背中にあった人の感触とそれに伴う重量が消えたのである。
「ちょっ!」
ラクスの体が宙を舞っていた。手違いで手を離してしまった訳ではないだろう。
自ら加速に逆らわずに身を躍らせた格好。見事な受け身は前転一回。すぐさま姿勢を起こして走り出す。
何処に向かっているかなんて、ワザワザ確認するまでもない。崖の方であり、溺れている人の方だ。
「待って!」
対する俺はといえば運転している以上、バイクから降りるにはどんな形とはいえしっかりと停止させなければならない。
故にラクスには遅れる形となる。これは不味い……本能と経験が告げている。
あのカッコいい後ろ姿は何時だって此方の斜め上を良く行動を予告しているのだ。
「わっぷ!?」
バイクから飛び下りれば顔に当たるのは布地。慌てて取り去ればラクスが羽織っていたジャケット。
あっ……もう予告と予測とかではない確定的な事項。それでもほんの僅かだろうと希望を残し……駆け出した直後。
ラクス・クラインというプラントにも世界にも重要な歌姫は、迷いのない美しいホームで崖から海へと飛び込んだ。
さらに駆ける足を速めながら、俺は本日だけで二度目となる言葉を前回よりも力強く吐き出す事になる。
「貴女って人はぁああ!!」
『百聞は一見に如かず』と言う言葉が在る。
聞くよりも見る方がその物の本質を理解できる……みたいな意味だったと私ことミーア・キャンベルだと理解していた。
そしてついカッとなって人助けの為に海に飛び込んでしまってから更に深く理解したのだが、見ても分からない事と言うのは世界には沢山在るらしい。
「流れハヤッ!!」
知識では勿論理解していたのだ。
地球の海洋は海域による温度差が生み出す流れや月の重力による満ち引きにより、常に流れを持っていると。
本物を見て確認もしている。
『あ~あそこであんな風に波が立つってことかなりランダムに流れがあるんだな~』って。
だけど飛び込んでみて更に理解できた。若干手遅れとも呼べるタイミング。
「泳ぎにくい!」
泳げない訳ではない。ザフトに志願する前から泳ぐのは得意だった。
高飛び込みというのも戯れに経験していたし、深い所へ潜るのも苦手ではない。
だがこの潮流や波なんて呼ばれる自然現象にはそんな僅かな自慢なんて全く役に立たない。
波という圧力が強いだけではない。自然界が生み出したまさにランダムな流れが体を縛る。
それでも泳ぐ。
自分の体力と言う物を完全に把握している事は軍人にとって必須の技能。
ついカッとなっていたとはいえ(ここ重要)、跳び込んだからには溺れる相手まで泳ぎ、彼女を掴んで、安全な場所まで泳げるはずでいた。
その前提、辿り着くまでに使う体力が既にオーバーしている。それに加えて……
「ちょっと! 大人しくしなさいよ!!」
辿り着き、抱えようとした要救助者がやたらに力強く暴れる。
この段階で初めて溺れているのが軽いウェーブの金髪少女である事を理解したんだけど、そんな事は実に小さな問題。
溺れている人間と言うのは少なからずパニック状態であり、暴れる事が在る。
これもやはり知識としては理解していた。それにしても……
「力強すぎ!!」
美少女アスリートとかなのだろうか? 細い身体つきからは想像もできない力が私の体力と集中力を奪…「■■!」…波の音。
気がつけば飲み込まれていた。辛うじてどちらが海面か位は分かるけど……やばい。
直感で理解できた。これはいわゆる溺れる一歩手前、ミイラ盗りがミイラになる。
自分一人ならばなんとかなる。でもこの子を見捨てるなんて……出来ない。
少女を手放せないまま、必死に目指すのは海面。でも遠い……あれ? 推進力が増した?
「ぷはっ!!」
思いっきり息を吸い込み、隣を見れば女の子の反対側を支えるシン君の姿が在った。
自分と少女の命が助かった理由を理解し、それでも思わず叫んでしまう。
「何してるのシン君!!」
危ないじゃないか。というかシン君まで飛び込んだら誰が助けを呼んでくるのだろ!
一瞬、ポカンとしていたシン君だったがすぐさま顔を真っ赤にして叫んだ。
「それはこっちのセリフです!!」
なんか超怒られた。
元気いっぱいに暴れる女の子を崖下の砂浜に引っ張り上げるころには、俺 シン・アスカもラクスもヘロヘロになっていた。
二人がかりでこれだけ消耗するのだから、一人では助けられなかったかもしれない。
水際でダウンしているラクスも心配だが、すっかり大人しくなった騒ぎの張本人を少し奥まで引っ張り上げる。
「おい……大丈夫か」
「?」
さっきまでの暴れっぷりが嘘のよう。改めて確認すれば金髪にスミレ色の瞳が印象的な美少女。
自分の状態が分からないと言いたげな呆けた表情。こっちが死ぬ思いで助けたっていうのに……つい語気が荒くなる。
「なにやってるんだよ! アンタは勿論、俺たちも死ぬところだったんだぞ!?」
「死ぬ……駄目……死ぬのは駄目」
呆けていた表情に皹が入っていくのが分かった。幼すぎる雰囲気が壊れ、吹きだすのは恐怖の一色。
こう言う顔を他人に、女の子にさせるのは凄く心が痛い。マユがこんな顔をしていたら、如何にかなってしまうだろう。
「□□□!!」
「おっおい!」
言葉にならない絶叫と共に駆けだす先は海の方。砂浜に囚われない脚力で疲れ果てた俺を一気に突き放す。
「も~女の子を怖がらせるなんて、まだまだね? シン君」
だが少女が向かう先にはラクスが居てくれた。歌姫の肩書とちょっと似つかわしくない体育会系の女性。
自信満々に大きな胸を張り、『さぁ、来い!』と組み合いの構えをとる。
MSでドロップキックをしたり、又聞きだが俺のインパルスを一本背負いしたり、急斜面を駆け下りたりする人だ。
格闘技にも覚えがあるのだろう。間違い無い。うん、大丈夫大丈夫。
疲れ果てた脳細胞が若干投げやりな結論を導き出した数秒後、俺はとんでもないものを目撃した。
途中までは完全に少女がラクスに取り押さえられる動きだったのだ。
だがそれが一瞬で逆転する。
どんな馬鹿力でどんな高等技術を駆使し、どんな痛みに耐えればあんな事ができるだろう?
「うぇ~い!!」
気の抜けた裂帛の声と共に少女 後に知ることになる名をステラ・ルーシェ はプラントの歌姫を見事な一本背負いで投げ飛ばしていた。
どうでも良いがラクス・クラインを投げ飛ばす輩はステラが最初で最後だろう。
だけど投げ飛ばされただけでは気が済まないのが俺の知っているラクスである。
「やっ……やったなぁ!」
なんかやたらに気合いを入れ直すと、恐慌状態のまま海へと突入しようとする輩に後ろから跳びかかる。
まぁ……そのあとはその……『きゃっと・ふぁいと』だっけ?
「ひゃぁっ!」
「どうだ!」
「駄目ぇ!」
「ここか! ここがええのか!?」
なんか卑猥な単語が混じる女性二人のドタバタ・バトルを眺めること数分。
「ふっ……この私に本気を出させた事は……評価に値するわ」
「らっらめぇ……ステラ、もうお嫁さんにいけない……」
そんな感じに決着した。
最後は完全にただの悪ふざけです
あと恋姫のSSが書きたいです。
実写版るろ剣もみたいです。
おくれてごめんなさい(箇条書き