「ん~♪ 良い雰囲気だな……ディオキア」
俺ことシン・アスカはミネルバから降り立つと辺りを見渡して大きく伸びをした。
辺りに広がるのは少ない語集で表現するとするならば、『古き良き南欧州』といった感じだろうか?
年代モノ染みたレンガ造りの街並みと乾燥して過ごしやすい気候。内湾であるが故だろう穏やかな海原。
オーブという国は勿論のこと、プラントに不足しているモノとして上げられるのは『歴史』だといえるだろう。
オーブ人、もしくはプラント人として歴史への憧れ、もしくは子供染みたヨーロッパへの幻想。
そんなモノが混ざり合い、視線は自然へと周囲へと向いてしまうのは仕方がないことだ。
「でも……」
この場所が置かれている現状を考えると子供染みた好奇心に僅かながらも影が差す。
ディオキアは元よりユーラシア、もっといえば地球連合と折り合いが悪い地域だった。
確か『地元の鐘楼の鐘の音に従う』みたいな諺が在るくらい、地域として身近なコミュニティーに重きを置く風習があるらしい。
それでも平時ならば問題なくやっていけたのだろうが、ユニウスセブンの落下と強引な開戦がその影をより濃くしたのだろう。
直接的な被害は無いにしろ、政治・経済的混乱は住民 如いてはこの地域の活動に大きな障害となる。
もちろん、天災に対する生活苦だけで大きな決断 『連合との関係を蹴ってプラント側に付く』をするほど単純ではないだろう。
直接的な離反の原因となったのはその後の連合の対応だろう。
物質的、金融的資源を復興と再建に割り振る事もなく、戦争に突入したのだ。
しかも戦争と言うのはお金と人が大量に消費される。その抽出先として人と金を奪われればどうなるか……
『ふざけるな、この野郎!』
……となる。子供の理論だが、大人になると逆に分からなくなるものなのだろう。
成長はしたいが、そんな大人には成りたくないな……
「まぁ、そのお陰でこうしてちょっとでものんびり出来る訳だけど……」
ふざけるなこの野郎!とつい叫んでしまったディオキアを始めとした地域が泣きついた先は、なんともまあ驚くべき事にザフトであり、プラントであり、コーディネーターだった。
これもユニウスセブン落下後、デュランダル議長の判断で即座に開始された援助の成せる技だろう。
本来ならば連合軍が使用するべき基地とも呼べない広大なだけの軍用地を埋めつくすプラント製のMSを始めとした兵器たち。
ディオキア首脳部が更なる援助と防衛の返礼として与えられたこう言った場所は、領土的な野心を持たないとしているザフトが気兼ねなく羽を休められる場所なのだ。
「よそ様のイザコザで楽をするみたいで気分が悪いですよね……あぁ」
思わず自分の数歩前へと視線を向けてしまっていた。そこにいるはずがない『あの人』を探してしまっている。
『ラクス・クライン』
プラントの歌姫 救国の聖女。
そんな風に呼ばれていた有名人と共に闘うという貴重な体験をして以来、時々その鮮烈な後ろ姿を無意識に求めているらしい。
カーペンタリアで彼女はミネルバを降り、俺はそのままミネルバと予想外の地球での任務についているが……
「いまはプラント本国にいるのかな?」
その圧倒的な知名度やら何やらで忙しく飛び回っているのは間違いない。
俺がこの数日でした事と言えば連合の支配に苦しむ小さな町を一つ解放した程度。
だが彼女はもっと大きなことをしているだろうし、これからもするのだろう。
全くもって遠すぎる憧れの背中……あれ?
「ん? 何か在るのか?」
考え事をしたままフラフラと歩いていたらしく、何時の間にやら大きな広場に出ていた。
他の区画のようにMSや陸上艦が並んでいる訳でも、質素ながらも堅牢な司令部などの建造物がある訳でもない。
本当にただの原っぱ。少し目を遠くにやれば鉄線のフェンスが見えるから、基地と外部の緩衝地帯のような場所なのだろう。
だがそこにはどうした事か人だかりが出来ていた。フェンスの内側にはザフトの制服、外には現地の人たちが見えた。
「これ、なにごとっすか?」
考えたところで的確な答えが出る訳でもないので、近くにいた年上の緑服へと疑問を投げかける。
しかしこの人もいまいちよくわからんと言う顔で返す。
「なんか慰安ライブがあるらしいぞ。さっき『空いている者は全員この場所に集合』って指示があったんだ」
「ライブ……ねぇ」
オーブにいた頃ならばまだしも、プラントに居を移してからはそう言った類には、ザフトでの生活と重なり、疎遠となっていた。
昔のように純粋な鼓動の高鳴りはない。もっともあの歌を間近で聞いてしまったのだから、並みの歌では心が動かないかもしれないが……
『私はそれまで貴方たち全てを愛し続けましょう♪』
優し過ぎる故に凶悪。
『痛みも吹き飛ばすくらい叫ぼう。頑張ってって!!』
不器用で在るが故に愛しい。
とても同じ人間の歌とはいまにしても思えないのだが、どちらも魂の底まで震わせる『威力』があったのは間違いない。
そして全くの他人にアレだけの歌が歌えるとは思えない。非常に贅沢な悩みとして、これから行われるライブに対して興味が湧かない。
「外にでも出るかな……」
小耳に挟んだ話だとザフトだろうとコーディネーターだろうと、街の商業施設ではそれなりに歓迎されるようだ。
あの感動を超えられない歌を聞くよりも、昔見たヨーロッパの幻想の実物を確認する方が有意義なはず。
そう思って踵を返そうとした時、それらはやってきた。
「なんだ、あれ?」
回りからも疑問の声が上がる。
まるで教本に掲載されていそうな魔改造MS いわゆる海賊やら盗賊やら傭兵が乗っているようなチグハグなジンにダガー。
頭の悪そうなペイント髑髏マークなどが施され、何故かグーンの腕部が接続されていたり。
もちろんそれらの登場により迎撃が始まった……りはしない。むしろ現れた方向が基地の中央部なのだ。
どう見ても敵機の襲撃などではなく、これから始まるライブの余興だろう。
ペイントに続いて頭の悪そうな三流悪役のセリフを基地のスピーカー経由で吐き散らす。
ザフトは勿論のことフェンスの外側にいる現地の人たちからも笑いが起こっている。
「あれだな……ヒーローショー」
これまたオーブ時代の懐かしい単語が脳裏をよぎり、これから起こるだろう事を容易く予測できた。
たぶん正義の味方が登場するのだろう。此処まで茶番じみていると正義の味方にも大きな期待は出来そうにな……「待てぃ!!」……っ!?
「「「「「「!?」」」」」」
だが茶番じみているはずの正義の味方は、余りにも綺麗で力強い第一声と共に悠久の青空を駆けて現れた。
周りの誰もが苦笑や呆れを放り捨て、驚愕を持って見上げるのは空。
キラリと何かが光った。MSサイズの物体を浮遊させる事が出来る大出力の燃焼機関の駆動音。
それが空気を引き裂く轟音。青空の中で徐々に大きくなる機影。それからどうやらグゥルで飛んでいる事が分かる。
そしてその色……
正義の味方は赤くない。
正義の味方は白くない。
正義の味方は黒くない。
正義の味方はピンク色だった。
「これ以上の狼藉!」
悪役たちの聞き慣れた罵詈雑言がスピーカーから返され、模擬刀や恐らく模擬戦弾が装填された銃器が掲げられる。
「■■」
発射されたペイント弾は空しく空を切り、ふわりとグゥルから飛び降りたMSのタイプはザク・ウォーリア。
手には同じく模擬刀……だが作りが綺麗で装飾も華美……勇者の剣を装備している。
「神様仏様羽クジラ様が許しても!」
そこから振るわれるのは剣舞。悪役たちの銃撃を紙一重で回避、剣撃を華麗に受け止めて流し、切り捨てる。
悪役たちの悲鳴こそ陳腐だったが、彼らが倒された斬撃は本物だった。
MSパイロットを始めとしたザフトの者は勿論、ただの一般人ですら直感でそう理解した。
コレはヒーローショーであり、悪役はきぐるみの怪人だが……
彼女だけは『真の英雄』である、と。
ズドンと重い音が三回ほど響く。切り伏せられた悪役MSが倒れた音。
ただ一人立つ機体 シンの英雄 それはそれはファンシーなカラーリングのザク・ウォーリアは剣を天へと掲げ、そのコクピットを開け放つ。
「このラクス・クラインが許さないわ!!」
同じく天へと突き上げた拳。ハラリと広がる桃色の髪。
燃えるような意思を感じさせる笑みは何故か少しだけその顔に似合わない。
相も変わらずあの凄まじく破廉恥なステージ衣装に身を包んでいる。その大き過ぎる胸部が拳を突き上げた反動で大きく跳ねた。
「「「「「……■■■■!!」」」」」
僅かな沈黙の後、周りから弾けるのは怒号のような歓声。
今までの白けた雰囲気などそこには一切無い。『数日前から楽しみにしていました!』ってくらいの盛り上がりっぷり。
「ディオキアのみなさん! はじめまして!!」
まずはそう言葉を贈るのは一連の前座で更にその数を増したディオキアの人たちへ。
「プラントの支援とザフトの駐留を受け入れてくれた皆さんには、本当に感謝しています。
皆さんの勇気ある決断と行動がより良い未来へと繋がるモノであり、そうするべく不断に努力することをプラント評議会に代わり、改めて約束します」
小さいながらもしっかりとした宣言に拍手と歓声。彼女が指示されるのはナチュラルもコーディネーターもないようだ。
それからラクスは視線を更に増え、熱気を増していたザフトの者たちへと向ける。
言葉には抑え目ながらも、しっかりと熱を帯びていた。
「ザフトのみんな……色々と言いたい事があったんだけど、こうしてステージに立ったら分からなくなっちゃった。
だから一言だけ」
大きく息を吸い込み、叫んでいた。
「ザフトのみんな! ただいまぁ!!」
スピーカーがハウリングを起こすギリギリの絶叫。
「「「「「「おかえりなさい!!」」」」」」
それに答えるのは天地を揺らすような大歓声。
「ありがとう! それじゃあ今日は鍛えている貴方たちが、へばる位に盛り上がっていくよ!?」
『♪♪』
悪役MS達がピンクのザクを囲むようにステージを運んでくる。
その上では既にセッティングを完了したバンド陣がイントロを奏で始め、更にヒートアップ。
え? 俺 シン・アスカはどうしてるかって? そんなの……無自覚に嬉し泣きしてたよ。
このディオキアでのライブは以前のラクス・クラインが行ったソレとは異なっていた。
以前の彼女のライブにおいて観衆は見て、聞くだけの存在だった。そうする事しか出来なかったと言い換えても良い。
歌っている彼女の実物と遭遇するとどうしてもそれが自分たちと同じ生き物であるという自身が無くなるのだ。
彼女が歌うのは運命であり、彼女の歌は特別にして聖なる音。
まるで神話の世界を目撃しているように、ただ恍惚と信仰にも似た感情に支配されてしまう。
だが眼前のラクス 新しいラクスはどうだろうか?
「運命はサザンクロス。張り付けられた戦いの宿命が泣いている」
ある歌は熱く。
「ミルフィーユみたいなキスをして♪」
ある歌は愛らしく。
「路地裏で見上げたネオン色の空は遠く……」
ある歌は悲しく。
「ただ貫いて満たして欲しいかも?」
ある歌はエロティカルに。
それらは全て努力であり、天上の存在では無い故の必死さが伝わり、親しみを呼び起こす。
確かに突出した歌唱力と美貌を持つが、彼女はこちら側に間違いなく居る。
そしてこれまた今までは無かった『盛り上がろう!』とか『楽しもう!』という意思がヒシヒシと感じられた。
数曲を熱唱し終えたインターバル。
熱し過ぎたテンションでは過ごしやすいディオキアの気候とて、汗くらいはでる。髪をかき上げる動作と共に汗が飛び散った。
満面の笑顔で荒い息を整え、絞り出すようにラクス・クライン(という生活に僅かながらも馴れて来た自分が怖いミーア・キャンベル)は宣言した。
「ちょ~気持ちいい」
返答は大歓声。こうして後に伝説となるライブは続いて行く。
全壊あんな最後だった癖に再登場ハヤッ!? ごめんなさい、物を投げないで