やばい……オーブ沖戦闘が終わりません(ぁ
ラクス・クライン(とは違って唯の人間であるミーア・キャンベル)は考える。
この状況を打破する方法を思考する。神経が擦り切れ、脳が焼き切れるほどに思いを巡らせる。
「……やっぱり無理」
そして諦める。
メインカメラは頭部ごと捥ぎ取られ、大気圏内での空中戦を支えていたグゥルも足元には無い。
目の前には巨大なカニのようなMA モビルアーマー。容易い一発でピンクちゃんをゴミクズに出来るだろう。
当然それに乗る私の命もゴミクズのように……
「コレが死ぬってことか」
極論すれば私は死にたかったのかもしれない。積極的な自殺ではないが緩慢な自死。
大好きだった歌では何処にも行けず、何物にも成れなかった。全てが『ラクス・クラインの劣化番』という終末。
それ以外が欲しかった。ミーア・キャンベルと言う名前を何処かに刻みたかったのだ。
歪んだ英雄願望……いやアイドル願望だろうか?
それすら戦いが本物によって『悪しきモノ』として封じられ、盗んだバイクで走り出したいほど捻くれていた戦後。
『ラクス・クラインをやらないか?』
そう言ってきたギルバート・デュランダル議長には感謝……しているのだろうか?
馴れない事をしている自覚はあったけど、意外と好きにやっていい雰囲気だったのが、幸いだった。
「やった所で何かが変わる訳でもないと思っていたのに……」
真似だ。仮装舞踏会だ。コスプレだ。まるで意味がない。
プラントの最先端技術で作られた新しい顔を初めて見た時の覚えたのは?
優越感だっただろうか? 絶望感だっただろうか? 多分虚脱感だ。
憧れた外見になろうとも所詮、私はミーアであるという真実だけが横たわっていた。
『私、貴方のファンなんです』
思い出すだけで腹立たしくて、同時に嬉しい。
世界一憎んでいた本物は私に向かってそんな言葉を吐いた。
自分と同じ顔をして、全く自分とは違う事を言う他人に対してそんな事を本心から言う。
本物を前にして分かった事は「コイツとは顔だけが違うんじゃない。『声以外』の全てが違う」ということ。
顔とか立場とか、そう言う事じゃなかったのだ。『人間とそれ以外』という莫大な差。
小さな違いを勝手に妄想し、その実力以外の僅差を恨んでいた自分の何と愚かしい事か。
そして……
ミーア・キャンベル……
死ぬ時はラクス・クラインと刻まれるだろう……
歌が好きで、不器用で、負けず嫌いな戦場の歌姫が走馬灯の最後に思い返したのは……
『俺は貴女の歌もきっと守る』
出会ってそう時間が経ったわけではないが……
恐るべき運命の巡り合わせで余りにも濃密な時間を過ごした……
ちょっと年下で熱くなり易くて……
『俺は貴女の歌もきっと守る』
綺麗な赤い瞳の……
可愛らしい若犬……
「ごめんね」
最後に口から零れたのは……自分を守ると言ってくれた若者 シン・アスカに対する謝罪だった。
「駄目だ」
シン・アスカは直ぐに理解した。それがどういう事を理解した。
理解はしたがそれは決して認める事が出来ない。だってそうだろ?
「ラクスが死ぬなんて」
認められるわけがない。阻止しなければならない。
だがそんな事が可能なのだろうか? 目標 ラクスとそれに襲いかかる巨大なMA。
それと自分が置かれている距離。そして自分を取り囲むように密集しているMS。
どれもこれも阻止するなんて不可能だと常識的に公言して憚らない。
「あぁああああ■■■■■■」
だがシンは選んでいた。敵に背負向けてまでの移動を……自分の命よりも守らなければならない人の命を。
それは間違いようがない自殺行為だ。相対していた敵に背中を向け、なおかつ後方を抑えようとしていた敵に対して意味のない接敵を行うということ。
「■■■■■!!」
だが彼の乗るインパルスは撃墜されなかった。後ろに目がついているのか?というような絶妙な回避。
絞り出す唸り声とは裏腹にヘルメット越しにシンの顔から表情が消えて行く。
顔色を変える筋肉を動かすのに用いる事が出来る様なエネルギーは欠片も存在しない。
全ては的確かつ迅速に操縦桿とフットペダルを動かす為に。
全ては一切の無駄がない軌道を導く為に。
『俺は貴女の歌もきっと守る』
全てはそれを現実にするために。歌どころか命を失うなんて絶対に在ってはならないのだ。
『俺は貴女の歌もきっと守る』
そう誓ったのだ。守らなければ……だって……守らないと……
「おにいちゃん♪」
そのビジョンは、その声色は、何時だってシン・アスカの心の何処かにあり続けていた。
優しくて暖かい日々。温もり溢れる最愛の妹の声。そして……
「ボトリ」
声では無い。それは音。最愛の妹 マユ・アスカがこの世に最後に残して言った音。
他の一切合財を失った腕が地面に投げ出された時の音。腕一つと言う余りに惨めな最期。
「守らないと……」
ラクスが、マユのようになってしまう。そんな事は絶対に認めない!
「守らないと……」
『守る』という言葉はシン・アスカという人間の隠された行動原理だ。
守る為の力が欲しくてザフトに入隊した。もう守る者なんて何もない天涯孤独の身の上だというのに。
いざという時に守る為の力を持ちえない事こそが、彼の感じる最大の恐怖だったから。
そして出会ってしまった。守りたいと思える人だ。
強くて、カッコ良くて、危なっかしくて……綺麗な人。
まだまだ遠い背中。いつかはその隣を歩ければ良いな~と言う夢想。
『ボトリ』
ソレが再び失われてしまう危機。
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
「おにぃちゃん♪」
「シン君♪」
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
「守らないとぉおお!!」
叫び!
それは戦う戦士のようであり……
叫び!
それは泣き叫ぶ子供のようでも在った。
一切の無駄なく動いていたシンの脳内イメージに『ソレ』は来た。
脳内が全て満たされる感覚。他の一切を排除する漆黒の闇。
一切の思考を失った脳に舞い降りるのは植物の種……弾ける。
黒い静寂の中をキラキラと光りながら飛散する種の欠片。
『研ぎ澄まされていくのが分かる』……なんて感情はもう存在しない。
ただ完璧に自分の思考が及ぶ範囲を理解し、ただ自分の操縦が成せる事を把握し、ただ自分がどれだけ敵を倒せるかを悟る。
「……」
もはや叫びも呪文も必要はない。彼はその瞬間……人間の領域を踏み超えていた。
「「「「「「はぁ?」」」」」」
その現状を見ていた誰もがそんな気の抜けた声を出す事しかできなかった。
それだけインパルスの、それを操るシン・アスカの行動とソレが生み出す結果は余りにも常軌を逸していたから。
簡単に説明しよう。
1.ビーム兵器による射撃を『初実戦』であるザムザザーの空中機動を支えるブースターへと命中させる。
2.巨大な敵機がそのバランスを崩す為の数発を『連続で』命中させ、『後方』から追いすがるウィンダムの射撃を完全回避。
3.リミッターを外したような速度でザムザザーの前面に回り込み、その大威力砲撃をシルエットを犠牲にして回避し、換装とほぼ『同時に』エネルギーを補給。
4.すぐさま頭部を失ったピンク色のザクを『庇いつつ片手間に』、敵機のコクピットブロックへと必殺の一撃。
文字にすればそれだけだ。だがどんな状況描写を挟むよりも、簡潔に伝えることこそがこの異常さを容易く認識して貰えるだろう。
「え?」
ミーアが目の前で何が起きたのか理解するのに数秒を有した。
本来持ち得る獣の本能のような状況把握力と行動力は全く働かなかった。
それだけ自分の目の前に在ったはずの『死』と言う存在は大きな存在感を放っていたのである。
「シン……君」
そしてソレを一瞬のうちに粉砕したトリコロールカラーのGタイプを茫然と見つめる。
口から零れ落ちたのは間違いなくその機体 インパルスに乗っているはずの若者の名前。
だが違う……何故違うと感じる? 自分が見て来た彼とは間違いなく……
「下がっていて」
冷静なのではない。感情を抑えていない。完全なOFF。
音楽機器ならばボリュームを下げるのではなく、スイッチを完全に切った沈黙。
常に、特に命がけの戦場では感情をリミットオーバーしているミーアには信じられない状態だった。
「あのっ」
珍しく一言めに言いたい言葉が出ない。この感覚は初恋の時のそれに似ていると、偽ラクスは古めかしい感想。
何時の間にか足元に戻ってきてくれたグゥルにピンクちゃんの大重量が支えられれば、インパルスを止める者は何処にもいない。
「あっ!」
飛び去る背中を見送って、ようやく届いたミネルバからの安否を気遣う通信に生返事を送りつつ、ミーアがシンの背中に感じたモノ。
目の前に迫っていた確実な死よりもそれを容易く退ける圧倒的な力に対して……感じてしまったのは『恐怖』だった。
「とっ! 止めろぉ! 相手は一機なんだぞ!?」
「三番艦アイザック沈黙! 応答ありません!」
『こちら第七MS機動隊! たっ、助けてくれ! バケモノだ! バケモノ……ギャ!』
「敵機旋回! こちらに向かってきます!!」
新兵器とはいえこの世に『無敵』などという存在は在りえない事を、軍人たる彼らは誰もが理解していた。
故に切り札の一つであるザムザザーが撃破された時も若干の驚愕こそあれ、僅かながらの混乱もなく包囲戦の陣形を立て直すように指示を出せたのだ。
だがそんなこの戦いの旗艦たる空母のブリッジは地獄のような混乱に陥っていた。
『無敵は存在しない』
そういって動揺を静めたはずなのに、コレは何だ?
先程までも強かった。こちらのウィンダムが数機で抑え込んでいたのだから。
だが今はどうだ? 十数機がかりで抑え込めていない。何故だ!? ミネルバに向かわせていた機体も呼び戻した幾重の守りの構え。
『やり過ぎではないか?』
そんな意見も在るだろう。幾らかのエリート街道を歩んだ腐敗と癒着の道があるとはいえ、歴戦の軍人たる上層部は共通的に認識していた。
「コレは直ぐに落とさなければ不味い!」と。
「ありえない……」
MSの性能が突然上がることなどあり得ない。プログラミング、もしくは武装の変更により若干の差が生まれる事はある。
だがこれほど大きな差が生まれるはずがない。もし変わるとしたらパイロットだろうか?
さっきまでは人間のエースが乗っていた。
いまは人間ではない『ナニカ』が乗っている。
「悪い夢だ」
数秒で事は足りる。
額で浮かんだ冷や汗が顎まで滑り降りてくる時間。
カラカラに乾いた眼球が反射的に瞬きを要求する時間。
「これこそオーブ沖の……」
それだけで彼らの大部隊は壊滅的な姿に変わっていく。
何故かオペレーターが悲痛な声を上げている。虚空を捉えていた焦点が正常なソレに戻る。
「悪夢だ」
彼らが最後に見たのは大写しになるGタイプの頭部と振り下ろされたビームサーベルの輝きだった。
「カガリ様……これを捨て置くのは余りにも!」
「う~ん」
オーブ軍総指令室にて、オーブの長足るカガリ・ユラ・アスハは頭を抱えていた。
部下の誰もが戦況を映す大モニターに釘付け、もしくは余りの惨劇に目を逸らし、縋りつくような目でカガリを見ている。
「確かにコレは不味い」
唯の戦闘ならばオーブは便利な中立の看板を駆使して、触れないという選択が何時でも出来た。
だがコレは違う。一方的過ぎる戦局は既に虐殺の粋に片足を突っ込んでいる。
「こんな事が……」
軍隊、MS、戦争に対する知識。もっと言えば一般常識。それを持ち得る人間ならばこの状況が可笑しい事は容易く理解するはずだ。
『数隻の艦艇と数十機のMSがたった一機のMSに蹴散らされている』
そんな事をいきなり言いだしたら、テレビアニメのスーパーロボットの話か?と鼻で笑われるだろう。
だがコレは現実。
圧倒的劣勢であったはずのザフト側のGタイプが突然の豹変。
神技じみた……もっと言えば世界の摂理をひっくり返したような奇跡を連発し、連合の巨大MAを単身で撃破。
しかもその後、一斉に襲い掛かるウィンダムを容易く叩き落とし、空母群に取りつけば巨大なビームソードを振り回し、切り落としていく。
「これは知らぬ存ぜぬとは行かないな」
先ほどから混戦した無線から連合軍の悲痛な内状がダダ漏れだ。
若い女性オペレーターは口元を押さえて顔色を青くしている。
「アレックス……見ているだろ?」
『あぁ、そろそろ君から通信があると思っていたよ』
そんな事ばかり気がきく部下兼恋人にカガリは苦笑する。
もう少しばかりそれをプライベートで発揮して欲しいものであったが、いまはそんな事を言っている余裕はない。
「アレを止められるか?」
『撃墜せずに……だろ?』
アレックスはカガリがあのGタイプのパイロット シン・アスカに特別な感情を抱いている事を理解していた。
もちろん恋心とかでは全くなく、アスハ家が不幸にしてしまった国民の代表として。
「あっ……うん……」
思考を読まれた事、そして無茶な命令をしなければ成らない事に小さくなるカガリ。
そんな所もまた愛おしく、無茶に付きやってやりたくなるのがオーブの姫獅子の魅力。
『やってみよう』
「そっ、そっか! 頼む!!」
明るい返信に心地よい狭さであるMSコクピットで、アレックス・ディノことアスラン・ザラは苦笑する。
タケミカズチのブリッジに発進の意図を伝達し、愛機 ミネグモを戦闘状態に移行する。
「やっぱり君には勝てないな」
アスランは呟いた。きっとそれはあの南海の無人島での一夜で決定していたのだろう。
「アレックス・ディノ! ミネグモ、発進する!!」
おいおい・・・ミーアがアレで、ラクスがコズミックホラーで、カガリがバカライオンなんだから、シンが少しくらい病んでいても良いじゃないか(ぇ?
次回の機動戦士☆偽アスランは『偽アスラン、活躍する』かもしれませんね?
追伸・・・腕が落ちた音は死んでしまった人間のモノとしての暗喩であり……私の執筆上の都合です(平伏