無事に引っ越しが住んでいる事を祈る(ぁ
オーブ近海でザフト軍の戦艦ミネルバを攻撃していた地球連合の艦隊は騒然となっていた。
『これ以上、領海に撃ち込んだらハッ倒すから』
難しい言葉を抜きにすれば、オーブ側がそんな事を言い出したから。
「なっそんなバカな事があるか!!」
領海を出たミネルバを領海と挟む形で戦闘を始めた以上、位置関係はどうしてもミネルバを間において、その向こうにオーブと言う形になる。
当然のことながらこちらからの攻撃が全て相手に当たる訳も無く、攻撃の幾らかはオーブの領海を侵害していただろう。
連合軍から言わせてみれば『だからどうした?』という話である。着弾しているのは国土ではないのだ。
『領海は領土と変わらぬ我が国の確固たる一部。シーレーンに頼っている我が国にとってその重要性は大きい。
故にこれ以上の攻撃は認められない。繰り返す。これ以上の攻撃は認められない』
「ぐぅ!」
概ねの国でその定義は適用するし、大国とてこれを利用して切った張ったの軍事的・政治的な駆け引きを行うのだ。
中立国オーブだろうがなんだろうが、所詮は国である以上そんな事を言い出しても可笑しくはないだが……
「貴国は大西洋連邦を始めとした地球連合国と同盟を結んでいるはずだ!」
同盟。それは調印した国が多かれ少なかれ、義務を追うのが通例だ。
だがオーブの軍人 アレックス・ディノ特務大尉は淡々と返す。
『条約は正式な調印を持って効力を発揮するもの。
それに今回の同盟の主旨は同盟各国が被災地域、もしくはソレに対処する連合軍に円滑な支援を行うことだったはず。
百歩譲って正式調印を待たずして同盟国としての義務が発生しても、自国の領域に向けられる攻撃を黙って見過ごすなどという事は書かれていない!』
「ぐぐぅ……」
今回の同盟はどの国もが体面を保って調印できるように、『被災地域への支援』など優しいお題目を前面に押し出している。
だがその中身や目的が書かれていない所まで『対ザフト軍事同盟』なのだ。これは暗黙の了解だと各国軍人たちは認識しているはずだ。
だがそれは所詮『暗黙』の了解であり、一切記されていない。
記されていないのだから、後でどんな問題も起きない!と言い切れるなら、『そんな条約は存在しない』と否定する事は容易い。
子供の理論だ。政治家なら抱腹絶倒間違いなし。だが残念ながら今回の相手は軍人であり、彼らも軍人なのである。
正しい言葉は何一つ思い浮かばなかった。次は感情的に叫ぶ。
「そもそも! オーブからあの船が領海を出ると通達してきたのだろうが!?」
それはこの戦場に居た連合軍人の総意でもある。
出港を予想される時間まで詳細な情報が入れば、それは逃げられず捕捉が楽で、敵の増援の心配が無い場所で行おうとするのが軍人だ。
何一つ間違ってなんかいない。その情報を流すと言う事はこの戦闘はオーブ側にとって予想できるモノのはずだから。
しかし……
『確かにわが軍の『一部』からそのような情報が発信された記録は存在する。
だがそれは周囲を航行する船、もしくはカーペンタリアを包囲している連合軍に対する配慮だ。
こんな領海のギリギリに布陣し、わが領土が在る方向へと流れ弾をバカスカ撃たせる為のモノでは断じてない!!』
包囲する連合軍の司令部は誰が何を言わずとも共通の見解を見出していた。『詭弁である』と。
オーブの内部でも今回のミネルバを売るような情報提供に賛否が分かれているのだろう。
これもまたどんな国でもありうることだ。だとしても自分たちは此処で引き下がる真似は出来ない。
「このままでは突破されます!」
オペレーターの悲鳴。ディスプレイにはオーブを盾にしたまま横へ移動するミネルバ。
そして先ほどまでの攻勢を封じられ、艦艇からの支援砲撃も受けられず、無意味な接近戦を挑んでは落とされていく味方MS。
司令官は絞り出すように呟いた。
「■■■■■を出せ」
「え?」
聞き返すオペレーターに無意味な憤慨。既に高級軍人としての面子などは無い。
そこに在るのは闘う者として、上に立つ者としての純粋すぎる生粋のプライドのみ
「ザムザザーを出せ! こんな所で引き下がれるか!! あの艦は何としても沈めるぞ!!」
「おいおい! 大気圏内で陽電子砲だと!?」
オーブ軍の指令室にザワメキが奔る。ミネルバ艦首に迫り出してきた主砲がなんであるのか?
不運にもその鑑に乗り合わせ、これまた不運にも大気圏突入時の主砲砲撃という初の試みも間近で確認したオーブ代表首長 カガリ・ユラ・アスハによってその情報はもたらされている。
「あぁ……やっぱりそうなっちゃうよなぁ~」
司令室で最も高い場所に存在する司令官席の上で、体育座りをするカガリは諦めたような調子で呟いた。
陽電子砲を大気圏内で使用した場合、電子の対消滅による大気汚染が問題視されている。
本当ならばこんな場所……自国の領海傍でぶっ放して欲しい代物ではない。
「だけどあんなのが出てきたら……」
『これ以上、領海に撃ち込んだら攻撃するから(笑)』と穏やかに交渉したのが不味かったのだろうか?
各艦船からの援護砲撃は止まり、MSも大人しくなった代わりに……初めて見る巨大なMA。
海産物で言うカニに似たそれに取りつかれれば、巨大な体から出力される攻撃により、戦艦とて簡単に沈められてしまうだろう。
「薙ぎ払うしかないよな~」
オーブの獅子は大きなため息。いままでぶっ放さなかった事に感謝こそすれど、いま撃ってしまう事に恨みを言う訳に行くまい。
マスコミやら環境省がブーブー五月蠅いだろうな~……なんて後の心配をしていたら
「なっ!? 陽電子砲を防ぐだと!?」
陽電子砲を撃ったことよりも大きなザワメキが指令室を満たした。
連合軍の新兵器は巨大なユニウスセブンの欠片をも砕く最強の矛を防いで無傷。
あんな物をオーブに指し向けられたら、莫大な被害が及ぶだろう。
「おい! タケミカズチを下がらせろ!!」
その場にいた軍人の誰かが反射的に指示していた。もし『不運な事故』でアレがこちらを向いたらタケミカズチとて無傷では済まない。
カツカツの予算を絞り出した虎の子。これからの激動の時代にこそ活躍させなければ意味がないのだ。
というよりも修理するだけの予算すら出ないかもしれない。
それは軍人として当然の判断だった。
「駄目だ!」
それを遮るのはこの場で、いやこの国で最も偉い人。
「なっ!? カガリ様、何を……」
困惑する軍人たちを余所に、先ほどまでの元気の無い体育座りは何処へやら?
立ち上がり凛とした口調でカガリは続けた。
「ここで退けば舐められる!」
子供の理論だった。もしくは喧嘩っ早いまちのチンピラ
しかし軍人の『一人』は思わず一歩下がり……驚きと嬉しさを混ぜて……
カガリは続けていた。誰もが聞き入る。
「決して手は出さない。だがどんな脅威も手を出す事は許さない!」
軍人の『数人』は思わず一歩下がり……驚きと嬉しさと懐かしさを混ぜて……
「アレックス! あれは倒す事は可能か?」
実物を確認している直属の部下に通信。返事は直ぐに来た
『任せてくれ。ピンクのザクやアイツの乗ったストライクには遠く及ばない容易い相手さ』
人間としてや彼氏としては少々心許ない部分はあるが、MSパイロットとしては『二番目に』強いと信頼している男は容易く請け負う。
それを聴いてカガリは力強く宣言した。
「たとえ条約に加盟しても我らは中立国であると……オーブはオーブであると世界中に示すんだ!!」
軍人の『大部分』は思わず一歩下がり……驚きと嬉しさと懐かしさを混ぜて呟いた。
『オーブにはやはり獅子がいた』と
しかし部屋の片隅でユウナ・ロマ・セイランを中心にした数人が『空しい』悪巧みの小声。
「ラクス・クライン確保の件はどうなっている?」
「わざわざご足労いただいたのに、大変申し訳ありませんが……」
セイラン派の指示を受けて対プラント、もしくは対アスハ派の切り札として『彼女』の確保へ赴いたエージェントは困惑していた。
彼らは『彼女』の実物を見るのは初めてのことだったが、データとしては理解しているはずだった。
シーゲル・クラインの娘にして、前大戦終結の立役者。それを抜けば唯の世間知らずの小娘。
そのはずだった……
「ご一緒する事はできません」
『貴方の暗殺・誘拐の危険性があるので保護するようにカガリ様の指示です』
実に切迫した口調でそう告げる。誰でもある程度は信じるだろう緊張感を持っていたはずだ。
これでもこの汚い業界で生きて来た年月はそれなりに長い。
「なぜ!?」
「カガリさんは本当に優しい私の友人……」
本心から荒げられた声は遮られる。遮られたのに嫌悪感が湧き上がらない。
酷く心地よく感じている自分に驚愕。何だコレ? コレは人か?
自分が嫌悪感を持って声を荒げていることこそが、正しくないように感じ始める。
「彼女が私のところに人を寄こす時も、小さな事まで気を使ってくださいます。たとえば……」
スッと突きつけられた指さえも冷たさではなく温かみ。全く理解できない。
理解は出来ないのだが猛烈に自分たちはここから平和に去らなければならない義務感だけが湧きあがる。
「左胸が拳銃で膨らんだような人は決して寄こさないんです。ねっ?」
「っ!?」
それでも仕事に対する真っ直ぐさで反射的に懐へと手を伸ばし……投げ飛ばされていた。
ラクス・クラインの後ろに控えていた青年に。どう見ても特殊な訓練を受けているとは思えないひ弱そうな体格。
「バカな……」
下手をしたら女性であるラクスよりも頼り無い印象を受ける。あんな体でこんな真似をすることが可能なのか?
いや、ひ弱で儚いのは体格だけではないらしい。
「やめてよね……」
絞り出しているようなのに、全くか細い声。後半は聞こえすらしない。
澄み過ぎた視線にはラクスの柔らかな色とは異なる分かり易い『侮蔑』があった。
「このっ!」
「止めておけ」
他の者がソレに答えようとした瞬間、停止の言葉。
何時の間にか後ろに控えていた金髪にサングラス、紫のロングコートが特徴的な別の青年の手には既に銃。
こちらは見た事がある動き、よく知る闘う者の動作。何故かその場の誰もが安心する。
「……退くぞ」
戦人を前にするよりも『人間の皮を被った何か』を前にして、実戦と訓練で裏打ちされた判断力が『恐ろしい』と感じた本心を後押しし、撤退を誰もが選んでいた。
もちろん、ただ逃げる訳ではない。本来ならば使いたくはなかった『最終手段』を発動する。
「別働隊に連絡、MSを出せ……連中は危険すぎる」
「やれやれ……やはりこうなりましたか?」
「私たちも少しばかりお暇するのが遅かったみたいね」
『お客様は帰りました♪』と容易い声で告げる女神にアンドリュー・バルドフェルドとマリュー・ラミアスはため息混じりで肩を落とした。
「別にラクスが悪い訳じゃ……」
「そんな事を言っているんじゃないよ、少年」
エージェントを細身で軽々、投げ飛ばした青年が上げる声を砂漠の虎はヤンワリと抑える。
「何にせよ離脱するなら早い方が良い。聞き間違いじゃなければ少し離れた場所でMSの起動音だ」
「そうだね。これはオーブの特殊部隊に僅かに配備されている隠密戦闘用カスタム・アスイレイ、月光の音だ。数は10」
「っ!」
MS傭兵としてはそれなりにキャリアがあるブレラ・ストーンの言葉を、ただの元カレッジ学生が訂正する。
それを受けてラクスは頷き、これからの事を決定した。
「仕方がありませんわね、少し旅に出るのも悪くはないでしょう。近場に居る友達に迎えに来ていただきましょう」
学生たちが『そういえばアイツ車持ってたよね~迎えに来て貰おうぜ~ラッキー♪』みたいな話をする口調。
「りょ~かい」
無線機に向かいつつ、アンドリュー・バルドフェルドは思い出したように呟く。
「ボスゴロフ級が三隻も在れば良いですかな?」
「よしなに」
詰まらない事を確認。ラクスもお任せしますと言う態度。
「ふっ……」
この中ではラクスの友達歴が短いブレラだけが思わず苦笑。
『少し離れた場所ではミネルバ友軍も無く奮戦しているというのに、この怪物は容易くザフトの潜水母艦を三隻も呼び寄せられるのか?』と
そしてそれに対する反応が苦笑一つである事が、ブレラも既にこの聖なる存在に犯されている証だろう。
「なっ!?」
ラクス・クライン(的な外見のミーア・キャンベル)はミネルバの主砲たる陽電子砲 タンホイザーを受け止めたカニ(勝手に命名)を見て驚愕の声を上げた。
オーブの……もしくは愚かな子獅子の粋な計らいにより生まれた盾で、何とか連合の包囲網を突破出来そうな矢先のこと。
「あんなのに取りつかれたら!」
主砲はリフレクターで防がれ、並みの火器は分厚い装甲と対ビームコーティングで弾く。
大きさイコール出力だとするならば、ミネルバすら容易く痛手を受けてしまうだろう。
数と作戦による包囲も無く、先ほどのような小細工は一切できない。
「一対一なんてガラじゃないんだよ!」
本当は大好きなのだが、相手がこのウェイト差じゃ話にならない。シン君のインパルスが辿り着くまでもう少しかかる。
待っていたらミネルバが射程に入れられてしまう。
「やるしかないかぁ!!」
グゥルを急加速。ビームガトリングなんかじゃ致命傷は与えられないだろうから、無駄撃ちは一切しない。
正面から向かい合う形。敵の迎撃、片手間の牽制用だろうとMSとはサイズが違いすぎる。
一発でも当たれば容易く堕されるだろう……堪らない! 今日一番の興奮が神経を焼き、第六感が加速する。
「ここっ!!」
感じたタイミング、絶好の距離でグゥルの出力を下げる。もちろん機体は重力に惹かれ、その高度を下げる。
水平に放っていた敵の砲撃は頭上を通過。瞬く間に再び出力をマックスへ。
『下に回る』
相手が巨体で浮いているならば当然の選択だ。そしてソレは相手も想定済みなのだろう。
飛び出してくるカニのハサミ。失速からの急加速後、回避が遅れた。
「ちぃ! まだよ! メインカメラがやられただけ!!」
接近戦用だろう赤熱するクローは掠っただけで、ピンクちゃんの愛らしい頭部を容易くもぎ獲る。
素早くサブカメラにスイッチ。狭まり、荒くなる視界だが見えさえすれば狙う事は出来る。
グゥルの加速は限界。その上で更に吹かすバーニアはピンクちゃんのソレ。
「貰った!!」
二段ジャンプ。更に早く、更に高く。振り抜くビームアックスが狙うのは足の付け根、本体の関節部分。
そこに一撃入れられれば本体にも大きなダメージを与えられるだろう。
戦力バランス的にも、戦場の勢い的にもコイツを落とせればこの戦い、かなり楽になるはずだ。
その為になら、ピンクちゃんの可愛らしい頭の一つも易いモノだ。
「よっし!!」
左腕の根元にビームアックスが吸いこまれる。見事に切り落とされる左腕。
「っ!? 浅い!!」
そうだ! 見事に切り落とされては駄目なのだ。しっかりと本体に食い込まなければ。
ピンクちゃんの頭一つで、相手の腕部一つではつり合わない……というよりも……
「あっ私……死んだ」
ミーア・キャンベルは常に戦場のギリギリを駆けて来た。
余りにもギリギリで何度も死ぬ方向へ足を突っ込み、そのたびに帰ってきた。
一時期はそこで死ぬ事すら目標としていた完全な病人である。
だけどようやく初めて……この時本当に……『死』を理解し……悟った。
次回、機動歌姫☆偽ラクス様 『偽ラクス様、死す』をご期待ください