驚異の速度!
今回はフルでギャグ構成です。
大気圏。それは青い奇跡の星 地球を真空の地獄と隔てるゆりかごであり、防壁である。
青い星に背を向けようとする者、もしくはその領域に入ろうとする者に灼熱の試練を与える。
「くそっ! 幾らシュミレーションでやったからって!!」
温度維持機能を超越して僅かに熱を帯び始めたコクピットの中、オレことシン・アスカは叫んでいた。
先ほどまで行っていた任務 ユニウスセブン破裁は既に終了している。
何故ならばMSの稼働可能領域を突破しているし、母艦ミネルバへの回収も不可能な高度。
もちろんシンにも撤退命令は届いていたのだが、目の前に無傷のメテオブレイカーが在ったら無茶もしたくなる。
「あ~ぁ! こんな思いまでして戻ったら反省文とか割に合わないな」
アンノウン……いや元ザフトのテロリストたちの妨害により、大気圏で安全に燃え尽きる大きさまで砕く事は出来なかった。
よって可能な限りの破裁を行うため、ミネルバが降下しながら主砲による砲撃を行うという連絡。
よって地球に降りて一人ぼっちと言う最大のピンチは免れたが、それまでにはこの最大限に気を使う任務を達成しなければならない。
「これで進入角はミネルバと一致するはずなんだけど……」
MSによる大気圏突入の問題点は機体の強度とコントロール。
強度が無ければ機体が破壊され、コントロールを間違えば海にドボン。
飛行可能な機体でも母艦や基地から離れてしまえばやっぱりドボンか、敵陣真っ只中をヒッチハイク……つうか地面に激突死。
幸いシンが乗るインパルスはセカンドシリーズ Gと呼ばれる最新鋭機だ。強度・コントロール性ともに最高峰。
他のどんな機体に乗るよりも安心して行えるはずだ。だから大丈夫……『ヒャッホー!』……あれ?
「……?」
なんかサイドモニターをピンク色の何かが横切った。ついでに最近耳に馴染むようになった美声も聞こえた。
モニターに映ったのはユニウスの破片だろうか? イヤ違う。あんなピンク色の破片があるものか。
聞こえた声はテンション高舞ったメイリン辺りの叫びだろうか? イヤイヤ違う。既にミネルバとの通信は途絶えている。
『あれ? シン君じゃん』
横につけるように減速してきたピンク色の何か 凄い色のザク・ウォーリア 通称ピンクちゃんからノイズ混じりの通信。
そこに映るのは赤服用のパイロットスーツが死ぬほど似合うプラントの歌姫様 ラクス・クライン。
「……って! なにをやってるんですか!?」
大気圏へのMSでの単機突入はスペックにより保障されていようと、危険なミッションである事は変わり無い。
それゆえに活動限界高度からかなり余裕をもって撤退命令が下されたのだ。それを破って活動していない限り、こんな事態にはならない。
もちろんプラントの精神的主柱たるこの強すぎる歌姫にもその命令は下っていたはずだ。
イヤ、もっと言えば誰よりも早く、安全に戻れと言い含められているに違いない。
それが何をどんなふうに間違えれば、命令違反してギリギリまで作業した結果、戻れずに大気圏に熱い抱擁をされているオレの横にいるのだ?
「ん~とね……」
少しだけ考える仕草をして、花の咲くような笑顔でラクスはこう言い切った。
「MS単独での大気圏突入かな?」
「……」
ラクスは頭を抱えて沈黙するオレを見て、本気で不思議なものを見る目をしていたが、思い出したように続けた。
恐ろしい事をさらっと
「あと強いて言う事があるとすれば~ピンクちゃんの調子が悪い事かな?」
「え~と……どれくらいですか?」
量産機とワンオフ機、ザク・ウォーリアとインパルスで機体強度と機体コントロール性能ではどうしようもない差がある。
ザクとてMS単独での大気圏突入を可能にする『カタログ』スペックだ。それは万全な状態を前提にして、大丈夫だと言っているのであって……
「降下ルートが安定しないくらい」
大気圏を無事に突破する事も大事だが、そこからミネルバと合流できなければ海か地面に大激突するのだ。
なのにどうしてこの人は平然としている? 全くもって理解できない。
これがラクス・クライン……これがプラントの歌姫……これがオレの目指す人。
ここでこの人を失う事なんて絶対にできない! 何か無いのか! この状況を克服できる方法が!
「あっ……良い事思いついた」
「え!? 本当ですか!」
なるほど、既にある程度の対策が頭の中で出来て……『貴方と、合体したい!』……何を言っているのか分かりません。
「つまりね?」
なるほど! 話を聞いてみれば実に簡単な事だ。
ラクスのザク・ウォーリア(愛称はピンクちゃんというらしい)は姿勢コントロールが効きにくい状況。
逆にオレのインパルスはさすが最新鋭ワンオフ機、若干の出力に余裕がある。
そこでザクが後ろからインパルスに抱きつく形で密着し、制御をインパルスに預けることで安定したコースを辿ることができる。
なるほど!……そのインパルスの制御はオレがやるんですよね? 単機突入でもヒイヒイ言っているオレが。
そんなこちらの緊張と重責を読み取ったようにラクスは事もなげに言う。
「無理なら止めましょう。大事な赤服 将来有望なエースパイロットを失う事は無いわ」
「でも! それじゃアンタが!!」
オレなんかよりもずっとプラントやザフト、世界にとって必要な存在。
それが何でそんな事を軽々しく言えるんだ!? そういえば……偶然の合流が無かったら、この人は本当にただ堕ちるつもりだったのか?
機体にガタが来ている事は分かっていたはずだ。なぜ最後まで残っていたんだ? オレの無茶とは訳が違う。
これはすでに無策や無謀の領域だ。次に告げられた言葉、先ほどと同じく素敵な微笑で事もなげに
「こういう最後も素敵じゃない?」
背筋が凍った。ただカッコいいだけじゃない。カッコ良くて危ない人。ならばオレが答えるべきはたった一つ。
「やります! かならず成功させますから」
自身ではなく確信。必ず成功させるという思い。それを受け止めてあの人はまた笑う。先ほどのどんな表情よりも輝いた笑顔で。
「よろしい! 姫のピンチを救ってみなさい、騎士君?」
騎士……か。ロマンチックな事だがこのお姫様は誰かに守られるような存在じゃない気がするのはオレだけかな?
そして二人は降りた。
唐突ですが正義の組織と悪の秘密結社の話をしよう。
「キラ、先に子供達とシェルターに行ってくださいませんか?」
「え? どうして?」
「少しやっておかないといけないことがあるんです」
「わかった。早く来てね」
「えぇ、直ぐに」
そんな何処にでも在りそうな若い男女の会話。もし普通ではない点を上げるとすれば、いま正に地球に降り注いでいる星屑くらいなモノ。
男の方は消え、残ったのは女の方。淡々と歩く廊下は当然の如くいま住んでいる家のソレ。
扉を潜り辿り着いたのはリビングだ。ソファーやテレビなど一般的なアイテムが揃った広いリビング。
多くの子供たちの声が響く場所だが、いまは女性一人。何時もなら狭い印象すら受けるのだが、一人で居るには居心地が悪いような広さがある。
しかし女性は何の躊躇いもなく、桃色の髪を翻しながら何時も使っている純白の安楽椅子に腰を降ろした。
「さぁ、始めてください」
それは最後に部屋に入ってきた人間が言うべきセリフではない。というよりも、この部屋に彼女以外の人間は居ない。
だが変化があった
「■■■」
まず低い電子音と共に大きなテレビが起動する。画面に映し出されたのは家のガラス細工。
「■■■」
次に同じく電子音と共にノートタイプのパソコンに光。画面には広大な草原。
「■■■♪」
続いてテーブルに置かれた携帯電話に着信音。ハンズフリーモードに切り替わり、画面には絵文字で作られた真珠の首飾り。
「■■■」
レトロなデザインのラジオがノイズを吐き出す。
「■■■!」
「■■■?」
「■■■♪」
「……」
さらに何処からともなく転がってきた球状の玩具ロボ ハロ。
全部で四個 青・赤・黄色・ピンクがそれぞれ違ったアクションをとり……
「では各自報告を」
まずラジオが告げた。
「プラントは既に地球側に警告を発し、被害救済の為に支援を準備中です」
答えたのはテレビ。
「大西洋連邦は対決姿勢を取るしかありません。やっかいなメディア王の誘導もありますゆえ」
続けてパソコンが言葉を紡ぎ……
「ジブリールがトップに就いてからのブルーコスモスは急進的に成りつつあります。
可能な限り抑えては見ますがロゴスとのつながりも深く、狂信的で実力もある彼を抑えるのは困難かと……」」
青いハロが答える。
「オーブもまずは自国の被害を抑える事を優先するでしょうが、いま国を動かしているのはアスハではなくセイランです。
あの狸どもはこれを気に大西洋連邦に近づき、アスハの独裁を廃そう企んでも不思議はありません」
「クスッ! 困った狸さんとカガリさん」
携帯電話の言葉に女性は困ったように呟く。
「こちらは被害の規模も大きいでしょうし、前回の戦で大西洋に使い回された傷と恨みが消えませぬ。
しばらくは我関せずを貫く方針になると思われます」
「ウチは被害の一つで壊滅しそうな小国。なんとも言い難いですが、無事に残った際は非連合国を纏めましょう」
「……」
赤いハロと黄色のハロが合いついで発言。ピンク色のハロはまるで場違いな場所に居るように沈黙、耳だか羽だか分からない部分をパタパタ。
「備えはしておくべき……ですわね?」
女性の問いに一斉に上がる同意の声。次々と決定される方針。
「はっ! ギルバート・デュランダルはクライン派に属していますが、何かを企んでいる事は明白」
「ターミナルは戦力の充実でしばらく動き難くなる。プラント内の情報は密に報告を」
「同時に連合の動きにも注意が必要だ。不意の開戦で核など撃たれてはかなわない」
「ブルーコスモスの同士の責任が重大ですね」
「ユーラシアとしてもこれからの情勢次第で……」
「……」
飛び交う議論の中、沈黙を守るのはピンク色のハロ。
全く奇妙な場に居合わせることになったと、ピンクちゃん(某ザクと同姓同名)中の人 歯牙無い傭兵MS乗りは困惑していた。
これは一体何の集まりだ? プラントや大西洋連邦にオーブを始めた各国から、コーディネーター排斥を歌うブルーコスモスの者まで集う会合。
そして何より……
「私のソックリさんのお話を聞きたいですわ」
不意に告げられた言葉。沈黙を守っていた少女の言葉に議論は止まる。
世界の行く末を決定するような重要な話し合いが、一見すると実に個人的な理由で中断する。
そしてそれこそがただの傭兵に過ぎない男がこの恐ろしい会合に呼ばれている理由だった。
「声は……貴方そっくりでした。そしてMSの操縦技量が鬼神じみていて……」
同時にテレビの画面が分割。映し出されるのは今や砕かれた巨大な墓標 ユニウスセブンの地表。
その上で行われているMSの戦闘の様子をズームアップで捉えたもの。
この映像を取った機体に乗っていた為、直接感想を聞きたいという女性の我儘。
「貴方の物とは異なる……一本の筋を持っているようでした」
そんなピンクちゃん(外見)の言葉に一斉に他のハロやテレビ。パソコンや携帯から上がる非難の声。
「偽物などと我らの■■■を比べるなど!」
「それよりもコレはデュランダルの差し金か?」
「やはり何か隠しているのは間違いありませんな!」
だがその合唱も一瞬で鎮まる。少女が手で制したのだ……アレ? おかしい。
男はいまの感覚の理由が分からなかった。手で制するのは良い。こんな奇妙な集まりを主宰する少女だ。
それくらいの権力はあるのだろうし、そのネームバリューの意味くらいは子供だって分かる。
だが問題はそんな事じゃない。
「良いではありませんか」
ゆっくりと安楽椅子から立ち上がり、自分の方(ピンクのハロ)の方へと歩いてくる女性。
ただ歩いてくるだけなのにこの飲み込まれるような感覚は何だ? 強者が纏う弾圧や拒絶の雰囲気ではない。
これは愛情、自愛。圧倒的な正のオーラ。どうして抱擁する意思がここまで畏怖の感情を抱かせる?
違う! そんな事は小さな問題だ! どうして……
「もしその方が世界を憂うお人でさえ在るなら」
先ほどの話し合いも余りにも不自然だ。集まりの主催者は間違いなくこの女性だ。
だが彼女は始まってからほとんど発言していない。ただ安楽椅子に揺られて目を瞑り、ときどき関係ない話題で笑う。
なのにこの会議を支配しているのは彼女なのだ。完全に彼女が望む方向へと舵が切られている。
違う違う!! これもたいした問題じゃない。
「ぜひ」
いつのまにか俺(外見)を優しく持ち上げて、彼女は微笑みながら言う。
優し過ぎる声と優し過ぎる微笑。花のようとかそんな比喩表現では言い表せない声と笑み。
だから違うんだ! どうして俺は……
「お会いしてみたいですわ」
通信を介したこの集まりだが、届くのはお互いの『声だけ』なのだ。
だから見えるはずがない。
どうして彼女は手で会話を制することができる?
どうして俺は彼女が椅子から立ち上がったのが分かった?
どうして彼女が俺の通信機を持ちあげたのが理解できた?
俺は知る術など無いはずなのだ。恐らく他の出席者たちも条件は同じ。
世界の重鎮たちを容易く従えるだけの魅力を持つ『ナニカ』
声だけで繋がった相手にすらその存在を認識させる『ナニカ』
言葉を発せずとも議論を己の望む方へと導く『ナニカ』
そんな存在なのに恐怖では無く異敬や友愛、正の感情しか感じさせない『ナニカ』
『ナニカ』は決して人では無いはずだ。そんなことができる人間など存在するものか!
なのに『ナニカ』はまったく違和を感じさせない。
……分かっているもうこの発言自体が矛盾だ。
既に俺の大部分は『ナニカ』を違和感なく、当たり前に雇主として受け入れている。
『ナニカ』の名前はラクス・クラインと言った。
偽物があんな感じなので、本物がこんな感じになった……止めて、物を投げないで。