「アラストール! これは!?」
空気が揺れ、大地が割れ、全てが崩れていく『詣道』。
「むぅ‥‥この異界を造り上げた“祭礼の蛇”自身がすでに帰還を果たした以上、もはやこの『詣道』は不要、という事であろう」
崩壊はシャナの後方‥‥シャナは知りはしないが、シュドナイが『詣道』そのものに全力の一撃を叩き込んだ空間から加速度的に進んでいる。
「これじゃあ‥‥‥っ‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
マージョリーたちは、とっくに崩壊に巻き込まれている。
シャナはその、最早確定的な事実を、口にする事を躊躇った。アラストールも、何も言いはしない。
何があろうと、何が起ころうと、やるべき事は変わらないから。
「急げ! いつ『詣道』全てが崩れるかわからん!」
「うん!」
紅蓮の双翼に爆発するような力を込めて、紅の少女が世界の狭間を奔る。
「はあっ!」
悠二の大太刀が奔り、メリヒムの細剣が受け止める。
「ぐ‥‥‥‥!」
下から逆袈裟に斬り上げられた一撃を止めたメリヒムの体が、そのまま高々と上方に撥ね上げられる。
「っ!?」
そこを狙い撃つように振るわれた漆黒の竜尾が大気を裂いてメリヒムを襲い‥‥‥
「ふっ!」
体を丸めるように躱したその後ろで、尖塔が一つ、断ち割られる。
(よし‥‥!)
手にくる感覚に、悠二は内心で満足する。
初めて扱う武器だったからやや不安だったが、柄紐が手によく馴染む、長い刀身とバランスを取るように柄は重く、取り回しやすい。何より、剣閃がまるで乱れない。
「行くぞ」
メリヒムの着地する場所に先んじて駆け出し、着地の寸前、踏ん張りの効かない一瞬にまた斬りつける。
当然のようにまたも斬撃の勢いに弾かれるメリヒムに向け、炎弾を‥‥‥
(っくる!)
放とうとして、もうこの短時間に何度も味わった、背筋の凍る感覚‥‥『虹天剣』の発動を感じ、前に大きく跳躍した。
メリヒムが後ろに弾かれながら放った『虹天剣』が、たった今まで悠二が立っていた空間を灼き貫く。
その上を飛び越えてくる悠二が、今度こそ特大の黒い炎弾を放り投げた。
(出来る‥‥‥)
メリヒムが、その炎弾を断ち斬るべく細剣を緑に輝かせる。その、足下には、黒い炎に照らされた‥‥メリヒム自身の銀色の影。
(狙うのは、攻撃の瞬間。メリヒムが、炎弾に全ての意識を向ける一瞬‥‥)
そして、“両者の予測通りに”メリヒムが炎弾を断ち斬った、瞬間‥‥‥
(今だ!!)
悠二が左手の人差し指と中指を二本、ピッと上に立てる。
それに誘われるように‥‥‥
ドドドドドッ!!
「ぐぁあっ!?」
足下の銀影から、同色の銀の槍の穂先が飛び出し、メリヒムの足を、背を、二の腕を刺し、あるいは貫いた。
「くっ‥‥‥‥がぁあっ!!」
メリヒムは痛みを食い縛り、忌々しげに銀槍を斬り払う。
そして、間を置かずに、上空から悠二の全力の斬撃が降ってくる。
ガァアン!!
「くっ、そ‥‥‥!」
何とか止める、が、そのまま押し切られ、弾かれるように地面を三、四回転転がる。
(まずいな‥‥‥)
自在師としての能力の幅広さ、見た目に反した強力な腕力、少ない力で大きな影響を生み出す顕現の実行力。
認めたくはないが、地力の差が出てきた。
と、その時‥‥‥‥
「「っ!!?」」
メリヒムに意識を集中していた悠二、そんな悠二を襲った奇襲を目にしたメリヒム、双方が驚愕に目を見開く。
あっという間に、悠二の体を純白のリボンが蓑虫のように絡め取る。
その先には、いつから潜んでいたのかはわからないが、『気配隠蔽』の白装束に身を包んだ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
「っ邪魔だ!!」
悠二の全身から黒炎が迸り、純白の戒めを容易く焼き散らす。そのまま漆黒の竜尾が伸び、
「あ、ぐぅ‥‥‥!」
未だ傷深く、体が追い付かないヴィルヘルミナの鳩尾に、その先端が深々とめり込み、ヴィルヘルミナを、ガァン、と轟音を立てて城壁の向こう側にぶち込んだ。
元々、今のヴィルヘルミナが太刀打ち出来る相手ではない。それは、ヴィルヘルミナ自身わかっていた。
わかった上で立ち向かい、そして“想定通りに”やられた。
(‥‥‥‥‥っ!?)
全ては、この僅かな時間のため、それを無駄にするメリヒムではない。
(避け‥‥‥駄目だ、大きすぎる‥‥!)
ヴィルヘルミナに僅か意識を向け、メリヒムに戻す。
そこには、眩しいほどに輝く虹の翼を広げる、銀髪の剣士。
(“出来るか”‥‥?)
自分の右手を、見る。
だが、考えている時間は無い。
メリヒムの背にした翼が、発動の予兆として凝縮する。
「終わりだ」
一瞬で、複雑怪奇な黒の自在式が悠二の腕に絡み付く。
「喰らい尽くせ!」
七色の『虹天剣』と黒の『蛇紋(セルペンス)』が、放たれ、ぶつかる。
「はあっ、はあっ、はあっ‥‥‥‥!」
やはり、強い。
(『加速』って、こんなに厄介な物なんだ‥‥)
少し前に自分が使っていた自在法、いざ相手に使われると対応に困る。
(けど、私のスピードとヘカテーの『星(アステル)』があれば、何とかなるか‥‥)
フィレスの方は、自分たちよりも消耗している。このまま行けば、勝てる。
と、そこまで考えたゆかり、だけでなく周囲の皆が‥‥‥
ゾクッ‥‥!
上空で盟主が『存在の泉』の力を使って、秘法を練っているというのに、肌に感じる凄まじい力と力。
見下ろせば、眼下の『星黎殿』で光り、燃える、黒と虹。
(‥‥やばい、かな)
おそらく、両者全力の一撃。逃げるつもりも無いように見える。
「‥‥‥ヘカテー、少しの間、あの二人を一人で押さえられる?」
ヘカテーだって、今すぐでも悠二を助けに飛んでいきたいのはわかっている。
‥‥感情が全く入っていないと言えば嘘になるが、これはそれ以上に、『適材適所』の要素が大きい。
「‥‥‥‥‥‥‥」
ヘカテーも、わかってくれているのだろう。じーっと、数秒探るように見つめた後に、渋々く頷いてくれた。
“戦力的な意味”では迷わずに首を縦に振ってくれるのが、この上なく頼もしい。
(タイミングが、鍵‥‥!)
今までで最大の、特大の『虹天剣』が飛ぶ。
そして、黒炎で編まれた八岐の大蛇が、同様に襲いかかる。
「「っあああああああ!!」」
『蛇紋』と『虹天剣』の衝突が、黒炎と閃虹の衝撃を撒き散らし、尖塔が倒れ、城が崩れ、『星黎殿』全体が軋み、亀裂が奔り、裂けていく。
(‥‥破壊力で、互角‥‥‥っ!?)
やがて弾け、黒炎と閃虹が嵐のように吹き荒れる。
貫いた感覚は‥‥無い。
受け入れがたい事実を、しかし受け止めて、メリヒムは細剣を構え、足の痛みを無理矢理無視して、炎の中に駆け出す。
自在法の技巧では叶わない。体術も、この傷では長くは保たない。存在の力の総量では勝負にもならない。
唯一優位に立っていると思っていた破壊力も、互角。
(この一撃に、全て懸ける‥‥!)
(やっ、た‥‥!!)
我ながら半信半疑だったが、『虹天剣』と渡り合う威力を引き出せた。
湧き立つような万能感を感じて、それを燃え立つような喜悦へと変える。
だが、これで終わりでは無い事もわかっている。
両手で握った大太刀・『贄殿遮那』を、右下に構える。その刀身が、黒き炎を纏っていく。
(斬撃に、斬撃を重ねる‥‥‥)
『贄殿遮那』は、神通無比と表現されるほどの強度と、恐ろしいまでの切れ味を兼ね備えた業物である。
その刀身に、炎を宿した対象に強力な『斬撃』の性質を持たせる自在法・『草薙』を纏わせ、さらに強く、鋭く、研ぎ澄ませる。
(ここで決める!)
そのまま黒く燃える大太刀を構えて、虹の爆炎を突き抜け、走る。
「「っ!」」
全くいきなり、あるいは呆気なく、両者は対峙する。
互いに炎幕を突っ切り、最短距離を走った結果、容易く互いを見つけた。
「ふっ!」
メリヒムが、至近から七色に輝く『虹天剣』を振り下ろし、
「はあっ!」
悠二が、『草薙』を纏った『贄殿遮那』を振り上げる。
キィイ‥‥‥‥ン‥‥
「「‥‥‥‥‥‥‥」」
威力にそぐわない、軽い金属音が響く中、長いのか短いのかわからない沈黙を経て‥‥‥‥
「‥‥っ‥‥‥!」
カランッ、と硬い音がして、“折れた細剣の刀身”が落ちる。
口から吐血のように虹の火の粉を吹き出すメリヒムの横腹に、大太刀の刃が深々と食い込んでいた。
「‥‥‥終わりだ」
冷たい呟きを零して、身を離そうとする悠二。
その後退を、大太刀をぐっ、と握り、胸ぐらを掴む事で、メリヒムが止めていた。
「‥‥ああ、そうだ、これで‥‥‥‥」
「‥‥‥!」
意識がある限り、まだ向かってくる。そんな風に思っていた悠二は、メリヒムのその言葉に驚く。
しかし、結果的にその驚きは誤り、その前の認識が、正解であった。
「今度こそ‥‥これで終わりだ」
掴んでいた胸ぐらを、殴るようにドンッ! と離して、立つのも辛いのか、ふらふらと後退る。
「なっ!?」
そこで、悠二は気付き、戦慄する。
いつの間にか、囲まれている。
折れた刀身の代わりに虹の刃を持つ、柄だけの細剣を握り、それを悠二に向けている‥‥‥
たった今まで自分の胸ぐらを掴んでいた『本人』を含めた‥‥‥“七人のメリヒム”。
それら全ての切っ先から、一色ずつ光が流れ、混じって、悠二を囲む虹の輪を作り出す。
(これが、本当の狙い‥‥‥!?)
剣と剣の全力のぶつかり合いは、至近で自分を捕らえるための布石。
(剣と剣で『贄殿遮那』に敗ける事を想定していた? あのまま斬り殺されててもおかしくないのに‥‥!?)
メリヒムの、あまりに無茶苦茶な特攻戦術に、背筋が凍る。
(逃げ場が無いっ、上‥‥ダメだ。いい的になるだけだ!)
思考を巡らせるが、もはや逃げ場も、逃げる間もない。
傷口から派手に散らせながらも、メリヒムは強く笑い‥‥‥
「『虹輪剣』」
悠二の視界が、暗転する。
「あ‥‥‥‥?」
虹輪が収縮し、逃げる術の無い悠二を中心に炸裂する。
そのはずだった。
(これ、は‥‥‥‥?)
虹の輪が、“それ”にぶち当たり、“消えていた”。
否、呑み込まれていた。
それは、銀鏡が張り巡らされ、それだけで作られたような、銀色の球体。
それが、至る所から翡翠色の炎を迸らせている。
知っている。これと、よく似た物を、自分は知っている。
未だ思考のまとまらないメリヒムの前で、
「『銀律万華鏡(カレイド・ミラーボール)』」
銀珠の奥から、少年の声が響いて、直後‥‥パンッ! と鏡が割れ、弾けた。
中から現れた少年は、何故か見慣れた少年の姿をしていて‥‥
「“悠二”!」
何故か自分の名前を叫んで‥‥‥
次の瞬間、黒く燃えて向かってくる。
靡く緋色の凱甲と衣、流れる漆黒の竜尾。
その姿が、何故かメリヒムの目に、強く、強く焼き付いた。