「うりゃっ!」
ゆかりが投げた何かが、一直線に向かってくる。
「こんな物!」
あっさりと風で弾き飛ばし、フィレスは一気にゆかりとの距離を詰めようとして‥‥
「っ!」
一足速く、ゆかりが突っ込んできていた。
そう、身構えるフィレス。
その目に‥‥‥‥
「んなぁ!?」
吸い寄せられるように、ゆかりがさっき投げ、フィレスが弾いた物が、再び接近、装着されていた。
それは、パーティーにでも使いそうな鼻眼鏡。
「う‥‥‥‥」
当然、普通の鼻眼鏡なわけがない。眼鏡ごしに、花畑で踊る小さな、たくさんのドミノたち、という幻影が見える。
無論、ゆかりはその隙を逃さない。取り出した水鉄砲のような物で、フィレスを射撃、派手な蛍光色のペンキ弾が直撃する。
「こん、のぉ‥‥!」
自分の顔ごと鼻眼鏡を殴って割り、怒りのままにゆかりに殴り掛かろうとして‥‥‥
「‥‥‥え?」
『星黎殿』の至る所から、無数の投擲武器が飛んでくる。躱しても追ってくる。
フィレスにベッタリ付いた蛍光色のペンキ目がけて。
「はあああああ!!」
逃げ惑うフィレスの隙を突いて、ゆかりが特大の炎弾を放り投げ、
ドォオオオオン!!
直撃させる。
「あ、あんたねえ〜〜〜!! ふざけてんのっ!?」
「大マジです」
言葉通りに大真面目に頷いて、ゆかりはさらに、妙にゆるゆるな靴下を投げつける。
(さて‥‥‥‥)
数は数十、『空軍(アエリア)』の包囲の外側から誰かに破壊してもらえると助かるのだが、どうやらヴィルヘルミナが邪魔している。
(こういうの、ヘカテーの専門分野だけど‥‥‥)
『虹天剣』を反射させる鏡である。同じ『光』の性質を持つ『星』も弾いてしまう気がする。
それに、ヘカテーとゆかりも『約束の二人(エンゲージ・リンク)』と戦っている真っ最中だ。
「自分で何とかするしかない、か‥‥‥!」
言って、目を見開いた悠二の全身から黒炎が湧き上がり、それらは数十の炎弾を形成する。
また、飛びくる『虹天剣』を一跳び躱して、
「行け!」
四方八方にそれらを向け、飛ばす。向かう先は、メリヒムの燐子・『空軍』。
(させるかっ!)
『虹天剣』の乱反射、そしてメリヒム自身が飛び出し、それら無数の黒炎弾を撃ち落とさんとして‥‥‥
「囮だよ」
悠二がぐっ、と握った掌の動きに合わせて、炎弾一つが一点を目指してその力の向きを変える。
その先は‥‥‥
「っ‥‥ ヴィルヘルミナ!」
未だゆかりに受けた傷の癒えぬヴィルヘルミナ。
(っ‥‥‥‥!)
ヴィルヘルミナはそれを躱し、代わりに『空軍』が一体破壊される。
「そっちが、ね」
そして、メリヒムがそちらに僅か気を取られた。
それで、悠二にとっては十分。
ダンッ! と石畳を砕くほどに強く跳躍し、広がる視界に『空軍』を幾つも収め。
「はあああああ!!」
クルリ、と軽く横に一回転した悠二の緩やかな動きに合わせ、漆黒の竜尾が『星黎殿』の端まで届くほどに長々と伸長し、薙ぎ払い‥‥‥
「っ!?」
『空軍』を、次々に破壊した。
(よしっ!)
全部破壊出来たわけではないが、これでさっきのような防戦一方に追い込まれはしない。
そのまま、落下の勢いに任せて、メリヒムに斬り掛かる。
「『草薙』」
大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』が、『斬撃』の性質を持つ黒炎を纏い、切れ味を飛躍的に上昇させる。
「舐めるなっ!」
メリヒムが咆え、細剣が青く輝く。
バツッン!!
剣と剣が衝突し、炎と光が弾け、両者跳び退く。
「むっ!」
跳び退きながら悠二は軽く首を振る。
漆黒の竜尾が伸び、しなり、メリヒムを襲う。
「く、そっ!」
跳び退いた不安定な体勢を狙われ、倒れるようにこれを避ける。たった今立っていた場所を、竜尾の一振りが砕いた。
そこをさらに悠二が狙って、特大の炎弾を放つ。
(だから‥‥どうした!)
メリヒムは寝転がるような体勢のまま、細剣を悠二の方に向ける。
他でもない、悠二が放った炎弾そのものを目隠しにして‥‥‥‥
「はあっ!」
『虹天剣』が奔り、炎弾を貫き、その向こうに突き抜ける。
「ははっ‥‥!」
だが、悠二はそれを読んでいたかのように、炎弾の上に跳んでいた。
燃えるように強く笑って、大剣を振り上げる。
その『吸血鬼』の一撃に先んじて、漆黒の竜尾が空気を裂いてメリヒムに迫る。
「ちぃっ!」
リベザルの大角を苦もなく止めてのけるほどの力を持つ竜尾の一撃を、メリヒムの細剣が、黄色に光って払いのけた。
連なるように、悠二の『吸血鬼』が奔る。
それを‥‥‥
「うっ‥‥‥!」
斬撃の軌道に飛び出した、緑の光が‥‥弾いた。
宙で大剣を押されてバランスを崩した悠二に、さらに橙色と藍色が向けられる。
「もらうか!」
中空で体を捻り、曲芸のように回転しながら、その光を斬り払う。
頭から落下する悠二は、そのまま"竜尾で着地"、"真横に跳躍"し、一気にメリヒムに突っ込む。
「「っはあ!」」
黒炎の大剣と閃虹の細剣がぶつかり合い、大気が弾け飛んだ。
そこで剣檄は止まらない。赤、橙、黄、緑、紫、藍、青、と次々に繰り出されるメリヒムの光剣を、悠二の黒く燃える魔剣が捌き、返す。
互いに剣の届く距離で、肌を灼くように火花の嵐が広がっていく。
それでも、剣は当たらない。
『吸血鬼』の能力で、存在の力を流す事も出来ない。
その拮抗が‥‥崩れる。
(何‥‥‥)
大剣と細剣がぶつかり、弾けるその瞬間‥‥悠二が黒く燃える左手を構えた。
(面白‥‥‥)
メリヒムも同様に虹に燃える左手を構え‥‥
(っ違う!!)
ギィンッ!
悠二の‥‥『草薙』を纏った"左手の斬撃"を、咄嗟の判断で左手の炎ではなく、ギリギリで振り上げた細剣で弾いたメリヒム。
「ぐっ、むぅ‥‥!」
その、"抉られた左目"から吹き出す七色の火花を、メリヒムは押さえる。
「っは!」
そのメリヒムを、悠二は後頭の竜尾を振るって殴り飛ばした。
凄まじい勢いでメリヒムを叩き込まれた尖塔が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
その、崩落と土煙の渦の中から‥‥‥‥
「『虹連剣』」
弾かれるように飛び出したメリヒムの剣先から、七色七筋の光条が奔り、悠二を襲う。
「なっ‥‥‥!」
左目を抉られたメリヒムの怯まない反撃に驚愕する悠二の左腕を、赤い光条が掠め、血が吹き出す。
「くっ、このっ!」
他の六条を躱し、弾いて回避し、反撃に移ろうと大剣を振るう悠二‥‥その後方で、
バチィイ!
一度は躱した青の光条が、『空軍』に反射され、後ろから『吸血鬼』を直撃、弾き飛ばした。
「終わりだ」
丸腰になった悠二に向かい、メリヒムは細剣を振って駆け出す。
迎撃として差し向けられた竜尾を飛び越え、繰り出された黒い炎を、同様に七色の炎で止め、悠二に迫る。
(跳んで逃げた瞬間、『虹天剣』で狙い撃つ‥‥!)
と、メリヒムは楽観せず、丸腰の自在師相手のセオリーを一瞬で頭の中で組み立てる。
だが、悠二はメリヒムの予想に反して動かない。
(あの、斬撃系の自在法だけで斬り結ぶつもりか‥‥‥?)
そんな風に考えるメリヒムの前で、悠二は姿勢を低くし、左の腰元に両手を硬く添える構えを取る。
それはまるで、刀の抜き打ちのような構え。
この状況で、別段焦った様子は無い。むしろ、異様に落ち着いている。
「‥‥借りるよ」
小さく呟いて、湧き出た黒い炎の中から、構えた両手に、"それ"は姿を現した。
どこまでも優美な反りを持つ、細くも分厚い刀身。
切っ先は刃の広い大帽子。刀身の皮鉄と刃の刃鉄は、刃文も見えないほどに溶け合う銀色。
強者こそが持つに足る、神通無比の大太刀。
("『贄殿遮那』"!?)
ピィ‥‥‥ッ!
一閃。
丸腰の相手に斬り掛かるつもりだったために、間合いを計り違えたメリヒム。
ギリギリで身を反らしたその頬が、浅く斬り裂かれていた。
その傷から、虹の火の粉が零れる。
「「‥‥‥‥‥‥」」
両者、全く退かない攻防。
全身が燃え上がるように熱くて、攻撃を受け、避ける瞬間、凍り付くように冷たくて、腹の底から何とも言い難い衝動が湧いてくる。
メリヒムは、本当に久しぶりの。悠二は初めての感覚に‥‥‥
知らず、笑みを浮かべていた。
「「『双子座(ゆカテー・コンビネィション)』!!」」
ヘカテーの、そして『オルゴール』に刻んだゆかりの『星(アステル)』。
それが、ゆるゆるの靴下に文字通りに"踊らされる"フィレスに放たれた。
「フィレス! 靴下を!」
「わかっ、て、ひゃっ!? る!!」
ヨーハンが慌ててフィレスに近寄り、自在式の防壁を張る。
通常の時の倍の流星群がそれに直撃、阻まれる。
だが‥‥‥‥
「く‥‥‥っ!」
ドドドドドドドォオン!!
あまりに強力な力押しに、敢えなく競り負け、被爆した。
「くっ‥‥‥!」
「けほっ‥‥‥!」
水色と翡翠の爆炎を裂いて、風の恋人たちが飛び出す。
幸か不幸か、今の一撃で靴下は焼けてしまっていた。
「まだ‥‥戻って来ないの?」
「正直、きついかな‥‥!」
『神門』を見据え、二人呟く。
「フィレス、行くよ」
「お願い、ヨーハン」
短く確認しあって、ヨーハンの手の中で自在式が渦巻き、それはすぐにフィレスに掛けられる。
『加速』の自在法。
「「っ!?」」
対するヘカテーとゆかりが驚愕するほどの疾さでフィレスは翔び、ゆかりの首を掴んでヘカテーと引き離す。
そして、琥珀の風・『インベルナ』がゆかりを包む。
「ゆかり、あなた、"尽くす女"もほどほどにしておかないと、幸せ逃がすわよ?」
「っ!」
ちゃんと話してもいない事実、そして心中を語られて、ゆかりは僅か、狼狽し、そして怒った。
「余計なお世話! "これ"が私の幸せだ!!」
そして、翡翠が弾ける。