(数千ぶりのお目通りが、ほんの僅かな間だった事が、残念ですな)
事実、それも仕方ない事か、とも思う。
あの状況ではあれがベストだと判断したのは自分だ。
『‥‥‥勝てるか?』
小さな銀蛇は、短く訊く。
(正直に言えば、厳しいでしょうな)
相手は『弔詞の詠み手』、『輝爍の撒き手』、『極光の射手』、『鬼功の繰り手』。
ゆかりの『強化』も解け、フリアグネも片腕を失っている。
『‥‥‥振り切って、戻れぬのか?』
(それは、尚更難しいですな。今の我らに、『詣道』を進む術はありません)
道筋も覚えていない。
(せいぜい、奴らと戦いを楽しむ事にさせてもらいます)
タバコに、紫の火を点す。
『‥‥‥‥‥‥‥』
世界の変容、大命の成就、この目で見たかった。
(盟主‥‥‥)
『‥‥‥‥何だ?』
だが、今はこの戦いを、享楽として受け入れよう。
(お頼みしたい事が、あります)
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
互いに、無言。戦う意志は、その瞳に、全身に充溢し、火の粉となって溢れ出している。
同じ高さ、『星黎殿』の床面に足をついて向かい合った状態、先に踏み出したのは‥‥メリヒム。
(速い!)
だが‥‥‥
(ゆかりよりは、遅い!)
十分ついて行ける!
悠二の右手に握られた『吸血鬼(ブルートザオガー)』を、すくい上げるように振り上げ、メリヒムの細剣の切っ先を撥ね上げる。
(懐かしいな)
さらにそのまま横薙ぎに振った斬撃を、メリヒムは軽くバックステップで躱した。
(初めて、メリヒムに会った時‥‥‥‥)
宝具・『カイナ』を求めて訪れた『天道宮』で出会った、白骨。
同時に戦う事になってしまった“愛染の兄妹”。成り行きの共闘。
(癪だけど‥‥憧れだった、かな‥‥‥)
不敵に笑って、堂々と立って、虹の一閃で全てを薙ぎ払う、その姿は、ただヘカテーに守られるだけの無力なトーチだった自分には、強烈な憧れとして映っていた。
(でも、今は見える)
切っ先が顔のすぐ横の空気を裂く一撃を見て、すぐに大剣を振り下ろして逆撃する。
躱され、メリヒムの足下が割れる。
(ここまで、出来るようになった‥‥!)
憧れた姿に追い付けた、そんな実感が、純粋な喜びが湧いてくる。
誰かを守りたい、望みを叶えたい、それを成せる力がある事が、たまらなく嬉しかった。
「ふっ!」
右足を軸に体を回して、全体重を乗せた斬撃を繰り出す。
その大剣の刀身に、不気味な血色の波紋が揺れる。
(もらった!)
悠二の『吸血鬼』は、込めた存在の力で触れた相手の体を斬り刻む魔剣だ。
それは、剣や盾で防いでも同じ事。
その悠二の狙い通りに、『吸血鬼』の一撃をメリヒムの細剣が受け止め、血色の魔剣がメリヒムを刻む‥‥‥と思われた瞬間、
ギュィイイイン!!
メリヒムの細剣の刀身が高速で回転し、バチィッ! と火花を上げて剣と剣が弾かれるように離れた。
「っ!?」
「何を驚いてる? この剣を俺に寄越したのは、お前だぞ」
「くっ!」
言いながら、メリヒムの疾い斬撃が五、六度襲っていた。
かろうじてこれを躱し、受け切った悠二が後ろに跳んで距離を取る。
(『吸血鬼』の能力が、効かない‥‥‥!)
悠二は、今よりも遥かに未熟な頃から、『吸血鬼』を愛剣として使っている。
この、接近戦の優位を強引に引き寄せる宝具に、無意識に“頼っていた”悠二が、まだ動揺している間に‥‥‥
「っ!!」
メリヒムの背に、七色の光背が広がる。
「「『星羽連弾(ゆカテー・コンビネィション)』!!」」
水色の流星群と翡翠の羽根吹雪が空に踊り、一点に収束、そして‥‥‥
ドドドドドドォン!!
連鎖的な大爆発が巻き起こり、水色と翡翠の炎が溢れる。
それが‥‥“渦を巻く”。
見る間に炎が晴れて、そこには寄り添い、手を握る恋人たちを中心に、琥珀の竜巻が広がっていた。
「フィレスさんも随分ボロボロみたいだし、カルメルさんとメリーさんだけ連れて帰ったらどうですか?」
「ホントはそうしたいんだけどね」
「君たちも、相当ガタがきてるように見えるよ」
「むしろ、ヨーハンさんが無傷過ぎるのが気になるんだけど。何やってたんですか?」
軽口を叩くゆかりと『約束の二人(エンゲージ・リンク)』。そして、ヘカテーは力を練る。
「集え‥‥」
先ほどとは違う。一点に集め束ねた光弾が、『トライゴン』の先に渦巻く。
「『星(アステル)』よ!」
雪崩込むような星の川が奔り、
「「っ!?」」
琥珀の竜巻をぶち抜き、弾かれるように、フィレスとヨーハンは左右に飛んだ。
「行っ‥‥くぞぉおーーー!」
間髪入れず、翡翠の羽衣を靡かせたゆかりが足裏を爆発させて翔び、フィレスの右頬を蹴り飛ばした。
「いったいわねっ!!」
不意を突かれて一撃もらったフィレスが『インベルナ』にゆかりを取り込もうとして‥‥‥
「っりゃあ!」
ゆかりが全身から爆発させた翡翠の炎に弾き飛ばされる。そのまま慌てて離脱。
「‥‥手の内知られてるってのは、やりづらいわね」
「そのくらいのハンデはもらわないと、ね!」
そしてフィレスの手甲とゆかりの短剣が、ぶつかる。
「っわ!」
メリヒムから一直線に放たれた『虹天剣』を、後頭から伸びる竜尾で地面を叩いた大ジャンプで何とか躱す。
「っは!」
お返しとばかりに、左手を突き出し、五指から釣瓶撃ちに炎弾を放つ。
飛び来る炎弾群を、メリヒムは右に左に飛び回り、建物や石柱を盾にし、大きく回避し、対処する。
次々と爆発が広がり、黒い炎が溢れかえる。
(『吸血鬼』が通用しないなら、接近戦は五分。けど、『虹天剣』があるから遠距離戦は分が悪い、か‥‥‥‥)
過不足なく、彼我の力を見極める悠二。
悠二は自在師、その本領は遠距離戦。だが、距離によって威力が落ちない特性を持ち、何もかも吹き飛ばす『虹天剣』とやり合うのは向かない。
だが、幸い、というか鍛練の成果というか、悠二は体術もシャナやメリヒムと同程度には身につけている。
(竜尾が一番活かせる中距離を保って‥‥『虹天剣』はモーションで対応してから距離を潰して‥‥)
常の癖として、互いの能力を分析してから戦闘方針を決める悠二。
その悠二に、黒炎の向こうから七色の光輝の塊が飛んでくる。
「甘いっ!」
それを悠二は、横合いに飛んで躱す。元々、感知能力が異常に高いのだ。
炎の向こうから撃ったくらいで易々とは当たらない。
逆に、今の『虹天剣』の方角からメリヒムの居場所‥‥‥
「を!?」
ほとんど間を置かず、後ろから飛んできた『虹』を危うく躱す。
(『虹天剣』って‥‥こんなに、回転速く撃てるのか‥‥!?)
大砲やレーザー砲、のような印象を持っていたのだが、今のはまるで『連射』だ。
(前っ‥‥!)
思う間に、またも虹の爆光。
(一度、この炎幕の中から出てメリヒムの位置を掴まないと‥‥‥‥)
避けるので手一杯。いつか、『腕試し』という名目で戦った時と変わらないような攻防に、まるで自分が成長していないような錯覚に捕らわれながらも、悠二は次の一撃を躱して離脱しようと、感覚を研ぎ澄ませる。
(右‥‥‥?)
感覚を研ぎ澄ませているにも関わらず‥‥
(左‥‥‥?)
イマイチ、その方角をわかりづらく感じる悠二が‥‥‥
(っ! 違う!)
信じられない確信を持ち、一拍遅れてそれを目にする。
『虹天剣』が、“同時に”、“左右両方”から襲い掛かってきていた。
(嘘だろ!?)
虹の爆発が、『星黎殿』に弾けた。
「はあっ‥‥はあっ‥‥はあっ‥‥!」
左右同時の『虹天剣』、何とか躱したが、余波だけでもかなりのダメージである。
「‥‥‥‥‥‥‥」
手を上に向け、指をパチンと鳴らす。そこから広がる黒の波紋が、周囲の異能全てを“探知”した。
(‥‥そういう事か)
徒が空に入り乱れているせいで、感知能力だけでは気付かなかったが‥‥今の『探知』でようやく理解した。以前、ベルペオルに聞いていたのだ。
これが、先ほどの『虹天剣』のからくりと、もう一つの事を理解する。
「よっ‥‥‥と」
人間ではあり得ない、超がつくほどに大きく跳躍し、土煙を裂いて尖塔の先に着地する。
そして、メリヒムを中空に見つける。
「それが、『空軍(アエリア)』か‥‥‥」
「‥‥お前にしては、よく知っているな」
もう隠す必要もない、とばかりに、『星黎殿』の至る所から、影が姿を現す。
それは、宙に浮かぶ八面体の硝子の盾。‥‥その姿をした、道具タイプの燐子であった。
メリヒムが近年に蘇ってからは、悠二に力を分けられる、という供給方法から、存在の力を無闇に食う燐子を新造してはいなかったが。
かつて、メリヒムの半身とすら呼ばれた、『虹天剣』を自在に反射・変質させる、『攻撃のための盾』・『空軍』。
それが今、ここに在る。
「‥‥ゆかりにやられて、力の供給源も無いのに、こんなに燐子を作るなんてな‥‥‥」
「‥‥今日一日だけ保てばそれでいい。あのままでは、お前と戦り合うには不足だったからな」
暗に、認められている、という事実が含まれ、少し誇らしく感じられた。
「‥‥‥‥‥‥‥」
フェコルーが言うには、プルソンはメリヒムにやられたらしい。
おそらく、『ファンファーレ』の多角攻撃を、直線的な『虹天剣』で破壊出来たのも、これの力だろう。
‥‥本当に、自分が戦う事にして良かった。
これが、『両翼』、“虹の翼”メリヒムの本気。
今のメリヒムは、フェコルーも、ゆかりも、ヘカテーだって勝てない、そんな気がする。
「ふふっ‥‥‥‥」
無論、自分だって勝てる自信があるわけではない。
でも、自分が起こしたこの戦いで、自分が生かし、そして牙を剥いた最強の敵を、自分自身で相手にする事に、何処か安堵のような気持ちがあった。
「ははっ‥‥‥!」
後は、自分でもよくわからない。
『彼』の影響か、それとも元々これが自分の本質なのか。
憧れ、欲した姿が、圧倒的な力を以てそこに在る。
それを、越えたいと思った。
「来い、小僧」
メリヒムが不敵に笑って‥‥‥
「死んでも、恨むなよ」
悠二の顔に、燃え立つような喜悦が浮かぶ。