「逃ぃーがすんじゃあーりませんよぉーー!?」
《了ー解ー!!》
飛び交う傀儡を無視、サーレ一人のみを教授は、ドミノは見据え、そして放つ。
《ガオーー!!》
ドリルと化した、右腕を。
「そう来ると思ったよ、我らが好敵手」
「進化や革新を謳いながら、気に入った物には拘るからな」
遺憾ながら教授の宿敵であるサーレは、教授の『腕飛ばし(ロケットパンチ)癖』も知っている。
焦らず騒がず、天に在る大地に生える尖塔に糸を絡め、上昇、回避する。
後方で、巨大ドリルが大地をガリガリと削り飛ばす音がした。
間抜けな事に、飛ばした腕が戻って来ない。戦力大幅ダウンである。
「‥‥‥飛ばすのに夢中で、後の事に頭が回らなかったのか」
「らしいと言えば、らしいけどね」
呆れて呟き、二丁の十字操具・『レンゲ』と『ザイテ』を交差させるように振るう。
繰りに合わせて、無数の傀儡が巨大ドミノに襲いかかる。
しかし、
《なんのこれしきーー!!》
ドミノの胴体にガシャガシャと発射口が開き、数十のミサイルが白緑のジェット噴射で飛び出す。
ドドドドドドォン!!
傀儡とぶつかり、菫と白緑の爆炎が広がり奔る。
「そらっ」
続けて『レンゲ』をバッと突き出すサーレ。不可視の糸で絡め、型取られた、石の聖殿を材料にした石の腕が、菫に燃える巨大な拳撃をドミノに突き出す。
今度は命中。
「ひょげぇええ!?」
《うわひゃーー!?》
盛大にひっくり返るドミノと、操縦席で無駄にダメージを受ける教授。
(‥‥‥‥ん?)
しかし、ドミノをどついたサーレの方が違和感を覚えた。
今の一撃、サイズ的に、ドミノをひっくり返すほどの事は不可能だと思っていたのだが、実際には見事に転倒。
(あ‥‥‥‥まさか)
ドミノが、さっきよりも小さくなっている?
いや、気のせいではない。間違いなくさっきより縮んでいる。
ぴょーーーん!!
巨体な体でコミカルに、軽快に飛び起きるドミノ。
「ドォオーーミノ‥‥‥」
《キャノン!!》
そのままロケットパンチとなって肘から先の消えた右腕の、切断面‥‥否、『砲身』がサーレを狙う。
ドォオオオオン!!
またも凄まじい白緑の爆発が巻き起こる。
躱したサーレが、余波にさらされて吹っ飛んだ。
「くっ‥‥‥だが‥‥!」
やはり、爆発の規模もさっきより小さくなっている。
(この原因‥‥‥‥)
「そこ、だ!!」
不可視の糸が、ドミノの頭上へと弾かれるように飛ぶ。
「無ぅー駄無駄無駄無駄ぁあ!!」
言って、スイッチを押した教授の周りを、金魚鉢のような透明ガラス‥‥しかしその強度はドミノの装甲にも劣らない防壁が包んだ。
「こぉーーんな事もあろうかと備え付けておいたインッヴィジブル・アァーマァーー!! んーふふふ、まーるで幼児のような甘い考えですねえ、サァーーーレ・ハビヒッツブルグ!!」
(‥‥‥なら、最初から外側に作るなよ)
と、内心で教授の独演にツッコむサーレだが、ともあれ‥‥サーレの狙いは"教授ではない"。
シュルルル!!
《ん‥‥‥?》
不可視の糸が絡め取ったのは、ドミノのつむじに一本聳える、大きなネジ。
それを、"教授が回したのとは逆向き"に、凄まじい速さで回転させる。
《ぁああ‥‥‥ち、力が‥‥‥》
連動するように、ドミノはみるみる小さくなっていく。
「「‥‥‥‥‥‥‥」」
‥‥狙っておいて何だが、本当にこうなるとは思わなかった。
つまり、この巨大ドミノのエネルギーは‥‥『ネジ巻き式』なのだ。
‥‥‥普通の徒には絶対に真似出来ないような"我学の結晶"を生み出せるくせに、この随所随所の低スペック具合。
(‥‥‥意味がわからん)
むしろ、わかりたくもない。
ともあれ、目の前には通常サイズに戻ったドミノと教授。
当たり前だが、もうネジを回す暇など与えない。
他の戦局の劣勢を考えると、これ以上教授一人に時間は掛けられない。
「王手(チェックメイト)だ、親父殿」
マージョリーが、キアラが、圧倒的な力の差に圧される。
元々が拮抗した実力(シュドナイはさらに少し上とも言える)な上に、ゆかりの集団強化まで掛かっている。
普通なら、逃げた方が確実に良い状況なのだが、ここで退くわけにもいかない。
そんな局面に、
「っ!?」
数十にも及ぶ光条が飛び交い、天から聳える尖塔の根元に無数命中、桃色の瞳の紋章を宿す。
「ドッカーーン!!」
ドォオオオオン!!
そして収縮、爆発する。
ガラガラと尖塔が、折り重なるようにヘカテーたちに降り注ぐ。
「待たせたな!」
笑い、周囲に桃色の光球を、鋭い楕円軌道に巡らせながら、『輝爍の撒き手』レベッカ・リードが現れる。
「待たせたな、じゃないわよ!!」
「わ、私たちまで殺す気ですか!?」
まあ、あんな無茶苦茶なやり方で、上手く敵だけを攻撃出来るわけもない。
「はっはっはっ! 結果的に無事なんだからいいじゃねーか!」
確かに、マージョリーにもキアラにも当たってはいない。
そして、ヘカテーたちにも当たっていない。
否‥‥‥
「ぐっ‥‥‥‥」
『神鉄如意』を振るう、巨大化したシュドナイの右腕が、上から降ってくる尖塔を、その大きさゆえに躱しきれず、痛烈な打撃を受けていた。
「‥‥‥ヴィルヘルミナは?」
「‥‥多分、あの辺りに転がってるわよ」
言って、マージョリーは離れた、ゆかりとヴィルヘルミナが戦っていた辺りを指す。
実際、かなり大雑把な登場だが‥‥助かったのも事実だ。
あのままでは確実にやられていた。
レベッカ一人で覆せる劣勢とも思えないが、確実に頼りにはなる。
「ハッ! オーケー、死んでないならその内這い出て来んだろ。んじゃ、こっちも対等に三対三、ってえわけだ」
「‥‥あいつら全員、『強化』が掛かってる。舐めてかかる、と‥‥‥‥」
言うマージョリーの声が、尻すぼみに小さくなる。
気配を、感じたからだ。
気配は三つ。よく知る気配と、それによく似たさらに大きな気配、もう一つは、あまり覚えないが推測出来る。
マージョリーだけでなく、レベッカも、キアラも、言葉を失って蒼白となっている。
対照的に、シュドナイやフリアグネが薄く笑い、ヘカテーやゆかりが別の意味の視線を"そちら"に向ける。
何より、この気配が感じられる方向。
自分たちが来た方向の反対側、ヘカテーたちが背にしている方向‥‥‥それの意味するもの。
「間に合わなかった‥‥!!」
瞳を閉じ、両足を抱えて座り、丸まる。
その髪も、閉じた瞼の奥の瞳も、黒に冷えている。
(力を‥‥蓄える)
ヘカテーに敗れた事に心を割いている余裕はない。
余計な事は考えない。
レベッカが、どういうつもりで力を分け与えたのかは、当然わかる。
フレイムヘイズとして。
だが‥‥‥‥
『破壊はしない』
それは‥‥‥
『使命は果たす。でも坂‥‥悠二を壊したくない。どっちも私、どっちが欠けても私じゃない』
本当の本当に、どうしようもなくなった時の事。
だから今は、力が要る。
半端な力じゃ、意味がない。
だから、力を蓄える。
(その時が、来るまで‥‥‥‥)
「‥‥‥‥‥‥‥」
一番痛む傷口に、手を当てる。
べっとりと血糊が手につく。出血は、わかっていた。
抉るように、まるで獣にでも襲われたように、四筋の傷が爪痕のように残っていた。
(あの自在法‥‥‥)
自在師でもない自分には、たったあれだけのやり取りで解析する事は出来ないが、おそらくは斬撃の類だろう。
(わざと‥‥でありましょうか)
『パパゲーナ』で斬らずに、指先で斬ったから、傷が浅くなっている、のかも知れない。
まあ、出血がひどく、全身にロクに力が入らないのには違いないが。
(‥‥‥もし手心を加えたのだとしても、それは"私のため"ではないのでありましょうが)
それでも、場違いな嬉しさは湧く。
しかし‥‥‥‥
(‥‥‥間に合わなかった、ようでありますな)
自分たちにとっては絶望の塊である気配を感じて、力の入らない体を奮い立たせる。
身内に甘い、情に脆いと自覚はしていても‥‥‥
結局、自分はフレイムヘイズであるらしい。
『詣道』の奥深くから、巨大な影が見える。
それは、上も下も右も左も地に囲まれた空間をのたうつ、蛇。
鎧のような真黒の鱗を纏い翔ぶその姿は、その巨大な体躯と合わせて、まるで黒龍に身紛う。
『創造神』‥‥"祭礼の蛇"。
そして、その水晶の瞳に光る銀眼、その少し上に位置する額に立つ少年。
「悠二!」
「お待たせ!」
今まで命を削るような戦いを続けていたヘカテーが、まるで場違いに、花の咲くように頬笑んで、少年に飛び付く。
「遅かったじゃん♪」
「ごめん‥‥!」
また同様に、弾けるように笑ったゆかりが、その横に並んだ。
明らかに『創造神』より一人の少年を優先させる二人の態度に、敵味方問わず、呆然と眺める。
だが、当の『緋願花』は大真面目。
そして、誰にとっても悠長に構えている暇などない。
「行くよ‥‥‥」
悠二の全身を黒炎が覆い、緋色の凱甲と衣、そして漆黒の竜尾を靡かせる。
「はい!」
ヘカテーの周囲を水色の小さな三角形が無数舞い、その明るすぎる水色の瞳が光を失い、漆黒の闇を宿す。
「オッケー!」
ゆかりの手に握られた金色の鍵が、ゆかりの胸に再び旋律を刻み、その全身から銀炎が迸る。
「何かくるぞ!」
「わかってるわよ!」
「避けて下さい!」
「くそっ‥‥‥!」
レベッカ、マージョリー、キアラ、そしてようやっと教授を追い詰めていたサーレが、『創造神』復活のすぐ後の行動に身構える。
「‥‥‥‥‥‥」
突き出した悠二の左手に、ヘカテーが両手を重ねる。
「‥‥‥‥‥‥‥」
また、突き出した悠二の右手に、ゆかりが、両手を重ねる。
三人から溢れでた銀色の炎が、三人の手の先で、踊るように、舞うように渦を巻く。
力の解放と共に、広がり燃える銀。
その光景は、花開き、そして散る‥‥‥銀色の花にも似て‥‥‥‥
「「「『銀染花(ぎんせんか)』!!」」」
銀炎に燃え散る花の輝きが、両界の狭間を染め上げた。