「そらそらどーした! 一っつも当たんねーぞー!?」
ガンッ、と"銀"の兜を踏み台にして、レベッカが跳ねる。
直後、金色に燃える植物の根が、レベッカが踏み台にしたのも含めた"銀"やマネキン人形を叩き潰した。
「ハッ! 暴れるしか能がねえのかよ!?」
「‥‥‥君が言うと説得力が微妙だね」
「‥‥‥‥‥今の酷くねーか? バラル」
軽口を叩いて跳び上がったレベッカ、今は鎖が千切れて胸の前に滞空するブレスレット・『クルワッハ』から、桃色の光条が八方に奔り、燐子たちの隙間を縫うように、石柱に、尖塔に、石畳に、聖殿に命中、即座に桃色の瞳の紋章が灯る。
「"これ"でスルーだってんだから、張り合いねーわなあ‥‥‥っと、こっちにも忘れちゃいけねえや」
言って、今度は"天に在る大地"にも、数多の瞳の紋章を宿す。
「そろそろ十分‥‥かな?」
今まで同士討ちを誘うように群れの中を跳び回っていたレベッカが、一気に加速、反転‥‥離脱した。
途端、"今まで念入りに仕掛け続けてきた"レベッカの自在法・『地雷』‥‥桃色の瞳の全てが瞬時に収束‥‥‥そして、
ドォオオオオオン!!
桁外れの轟音が鳴り響き、爆炎が『詣道』に溢れ、石が粉々に割れ砕ける。
「はーっはーっ!! ブラーヴォー! エウーゲ! ターマヤーッ!!」
悠二の"銀"が、フリアグネのマネキン人形が、ベルペオルの植物型燐子が、桃色の炎に燃え千切れ、爆砕され、"天の大地"から降る瓦礫や岩塊に圧し潰される。
「味方がいちゃあそこまで出来ねえからなあ〜! イヤッ‥‥ホーーッ!!」
「気分爽快、なんてしてる場合でもないんじゃないかなあ」
言う割りに、バラルの声もイマイチ緊張感に欠ける。
「わーってるけどよ‥‥そういや、これからどうしよう‥‥‥‥?」
一応、自分も風見鶏を持たされてはいるのだが、さっき指針を一度失い、"来た方角"を指したのだ。
(要するに‥‥フィレスの傀儡がやられて、本体の方を指してる、って事だよな)
すぐに後を追うはずだったのだが、闇雲に進んでもダメ‥‥という話だったはずだ。
(さてどーすっか‥‥ここで暇してるくらいなら『星黎殿』に戻った方がマシ‥‥‥‥)
ズッ‥‥‥ンンンン‥‥‥!!
「っ‥‥とぉ!?」
思案に暮れるレベッカを‥‥否、『詣道』そのものが地震のような揺れに襲われる。
「なんっ‥‥‥!」
しかし、その揺れ以上に看過出来ない"もの"を、レベッカは感じる。
あまりにも強力な、自在法発現の気配。
そして‥‥‥‥
「‥‥‥あれか」
石柱のアーチから吹き出すように舞う火の粉‥‥明るすぎる水色。
思わぬ目印が出来た。しかし、あの規模の、水色の自在法‥‥‥
(‥‥‥誰か、やられやがったか‥‥‥?)
「何よ、これ!?」
「見りゃわかんだろーが!? "頂の座"がぶっ放しやがった!」
水色の光が視界全てを埋め尽くすほどに溢れかえり、"全ての大地"が震え、耳が痛いほどの大轟音が響き渡る。
巻き添えを避けて相当に離れていたはずなのに、この衝撃。
「‥‥‥あっちも、終わったかな?」
銀炎を纏うゆかりが、流れる血を止める事に務めながら、目を細めて眩しすぎる水色の輝きを見る。
次いで、眼下で血に塗れて落ちていくヴィルヘルミナを見る。
(‥‥‥‥これで勝負、あったね)
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
数秒、受け止めていたようだった。あるいは、亀裂を入れた‥‥もしかしたら、斬る事さえ出来たのかも知れない。
だが、結局受け切れはしなかった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
全てが吹き飛び、水色に焼かれた大地に、シャナの姿は見えない。
遥か遠くに吹き飛ばされたのか。あるいは逃げて、身を潜めているのか。それとも‥‥‥絶命して炎となって散ったのか、わからない。
(‥‥‥‥シャナ・サントメール)
徒と、フレイムヘイズ。
立場や信念が対極にあった、自分とよく似た少女。
(どこかで、少し何かが違えば‥‥‥)
こうして悠二の隣にいたのは、あの少女だったかも知れない。
一つの可能性に胸が締め付けられ、水色に燃える大地を見据える。
悠二やリャナンシーのような自在師がいない今、シャナを見つけるのは難‥‥しくはないだろうが、既に消滅してしまったかも知れない敵を探してはいられない。
それに、もし生きていたとしても、あのタイミングで避け切れるはずがない。
どちらにしろ、深手には変わりないだろう。
(‥‥わざわざ見つけだして、とどめを刺す事も無い)
気に入らない少女だが、死んでしまえとは思えなかった。
もう、勝負はついた。これ以上は、悠二を悲しませるだけだ。
既に消滅してしまった可能性がもう一度頭をよぎって、ヘカテーの胸がチクリと傷んだ。
「っ‥‥‥‥‥!?」
プルソンを討滅し、その火の粉が完全に消えたかどうか、そんな瞬間だった。
今まで、『星黎殿』でいくら自分たちが暴れていても、(おそらくは)さらなる敵の侵入を阻むために頑として維持され続けてきた鉄壁の自在法・『マグネシア』が、唐突に解かれたのだ。
(やった‥‥のか?)
メリヒムは最初、この事態が、自分たちの狙いで下の岩塊部へと侵入させたヨーハンが、『星黎殿』の制御を奪うための過程で、『星黎殿』の守護者・"嵐蹄"フェコルーを討滅したのかと思った。
だが、"もう一つの最悪の可能性"かどうかの確認のために飛び上がり、見下ろして、それが誤りである事を悟る。
結果は、最悪の方だった。
(あの小僧、しくじったのか‥‥‥!)
直下を囲む『星黎殿』直衛軍、それを攻め立てる『フレイムヘイズ兵団』。
この構図自体は変わらない。
ただ、カムシンやゾフィー、虞軒らの活躍によって、勢いに乗っていたはずの『フレイムヘイズ兵団』が、押し戻されていた。
理由もすぐにわかった。
『星黎殿』を守る直衛軍、それを攻める『フレイムヘイズ兵団』、さらに、"その外側から"、新たな軍勢が侠撃するように『フレイムヘイズ兵団』へと攻撃を始めていたからだ。
「間に、合わなかった‥‥‥!」
「ふん、頭でっかちの泥魚め。大口を叩いておいてこの様か‥‥!」
「リベザル、今はそんな場合じゃないでしょ?」
「ああ‥‥蹴散らす相手は、目の前にいるんだ」
虚を突かれ、永年に渡って練られた計画を悉く阻まれてきた『仮装舞踏会(バル・マスケ)』。
「『将軍』不在のこの時に、よりにもよって『星黎殿』に踏み込むなど、奴ら‥‥‥!」
「オロバス、怒るのはいいけど、冷静さは失くさないで。貴方は指揮官なのよ」
「わかってる!」
不測の事態が起きても、集団が臨機応変に対応出来る連携。これこそ、ベルペオルが永きに渡って謳い続けてきた、"組織としての強さ"の集大成と言えるのかも知れない。
「『布告官(ヘロルト)』殿、これより自身、攻勢に出るゆえ、総司令に伝えておいてもらいたい。西方主力軍、これより『直衛軍』、及び『星黎殿』の救援に全力を注ぐ」
「了解しました。存分のお働きを」
そう、奇襲は奇襲、その最たる戦果たる動揺は、いつまでも長続きはしない。
「目的を履き違えるな。あくまで我らの目的は『星黎殿を守りぬく事』。『星黎殿』周辺一帯の安全は完璧に確保した。これより先の攻勢は外界宿(アウトロー)制圧部隊に一任し、我らは戦線を維持しつつ、『星黎殿』守備隊への増援を送る」
虚を突かれ、分散した所を狙われた『仮装舞踏会』。それが、本来守るべきものの許へと集う。
「‥‥‥プルソン、ウアル、あなたたちが繋いでくれたこの時、決して無駄にはしません‥‥‥!」
黒き蛇を中央に、この世をどこまでも広がり奔る彼ら、『仮装舞踏会』が今、その息を吹き返す。
「ああ‥‥‥‥‥‥」
その呟きには、文字通りの万感の想いが込められていた。
傍にいる悠二には、決して真似出来ないだろう、"数千年の重み"がそこには在った。
「‥‥‥永く、待たせてしまったな」
喜悦と憂いを混ぜたような奇妙な、しかし異様に深い声が、ベルペオルを包み込む。
「‥‥いいえ、狭間に数千年封じられた『盟主』に比べれば‥‥‥」
「これも我が甘さが招いた結果よ。甘んじて受け入れるよりあるまい。‥‥‥それにお前たちを巻き込んだのは我が不遇ゆえ」
悠二は、当然口を挟まない。
「永く、不便を強いたな。今こそ帰そう、お前が余に託してくれた『旗標』を‥‥‥」
言って、『彼』の眼前にて滞空していた"それ"が、金色の火の粉となって散り、それがベルペオルの眼帯‥‥‥その奥の右眼に浸透するように収束していく。
恭しく、ベルペオルが眼帯を外す。
数千年ぶりに真の意味で開かれた、右の瞳。
"逆理の裁者"ベルペオルの本来持つ、金色の三眼が蘇る。
そう、徒が傷を‥‥特に外面の傷を消せないわけがない。
元々、『眼帯』という物自体が本来なら不要。
だが、それでも右に空いた孔を隠さなければならなかったのは、"傷ではなかったから"である。
失ったのではなく。ずっと、離れた所にちゃんと存在していたから。
遠く、両界の狭間に。彼女の盟主へと辿り着くための『旗標』として‥‥‥。
「よくぞ、余の許に来たな‥‥」
その、水晶のような瞳に灯る銀光が、今度は悠二に向けられる。
「はじめまして、でいいのかな、"お義父さん"?」
場違いに軽い物言いに、『彼』もその表情を愉快げに歪ませる。
「ああ、余が共に歩む者、余の娘を預けし者、ただ一人"この世に生まれし"余の写し身‥‥‥"祭礼の蛇"坂井悠二よ」
方膝をつくベルペオルだが、悠二はあくまで立ったまま、『彼』と対する。
いつか、『彼』が何者かすらわからなかった時からそうしていたように、対等の存在として。
「急ぐぞ、これ以上、"無駄な犠牲"を出したくなければな」
会話もそこそこに、悠二とベルペオルをその額に乗せて、"祭礼の蛇"がのたうち、奔る。
今ここに、『創造神』"祭礼の蛇"が蘇った。