「まぁーたまたまたまたまたまた私の実験を阻みに現れましたねぇーーーー!?」
「‥‥‥いや、むしろ教授はおまけじゃん」
遠くでゆかりがポツリと呟いたのは聞こえていようがいまいが完全無視する教授。
「まあ、邪魔するつもりなのは確かだが‥‥よくよく縁があるな、親父殿」
「世界最高の舞台で戦う事になるのも一つの運命かも知れないな、我らが好敵手?」
こちらも慣れたもの。教授のテンションを、真逆のローテンションで受け流すサーレとギゾー。
「キィーーー!! 実験の失敗作風情がナァーーマイキなあっ! 今日という今日こそは明日のためにその減ぇーらず口を叩けなくしてあぁーーげましょう!!」
教授は、目の前にいるサーレと、ついでにベルペオルがしいたけよりも嫌いなのである。
ゆかりの懸念‥‥教授のやる気は、この不幸中の幸いによって多少は解消される結果となった。
教授ジャンプ、身長二メートル以上もあるドミノの丸っこいボディの上に着地し、マジックハンドと化したその右手を高速回転させて、ドミノの頭のてっぺん(つむじ)に一本ある特徴的なネジを回し始める。
「ぃいーーーまこそ秘められし封印から解き放たれ、その真の力を見ぃーせ付ける時ぃいーー!!」
「はいでございますです!!」
教授の叫びに元気いっぱいに応えるドミノ、その"相変わらず"の眺めを、サーレは苦笑しつつも傍観する気は無‥‥‥
ドォオオン!!
「っと!?」
‥‥かったのだが、横合いから飛んできた白炎の弾丸に阻まれた。
「ったく、危、な‥‥‥?」
マージョリーが戦っているはずのフリアグネの妨害に憮然として文句を言うサーレは、しかし、白炎が晴れた先に見えるものに、違和感を覚える。
先ほどまでは半ば肩車のような体勢でネジを回していたはずの教授が、"ちゃんと両足で立って"、しかも両手で全身を使ってネジを回しているのである。
"対比"で、教授がやけに小さく見えた。
「見ぃよ!! これぞ我が『成功作』! 最強最適最大最新、の! 究極の"最っ高っ傑っ作ぅーー"!!」
教授のこれ以上ない賛辞に、感極まってピーッと蒸気を吹き出し、オイルを流すドミノ。
「"我学の結晶"ェエーーークセレント28・カァンターーテェェ‥‥‥ッドォオーーーミノォオーーーー!!!」
教授の演説は相変わらず聞き流しながらも、実際には演説の言葉以上の光景に、サーレは呆然としていた。
「‥‥‥‥おいおい、この質量をどっから捻りだしてきた?」
「『儀装』の老爺たちの瓦礫の巨人とも違うね。明らかに機械だし」
「相変わらず‥‥‥何でもありだな」
そう、呆然と"見上げる"サーレの眼前で、馬鹿のように白けた緑の炎を吹き上げながら、ドミノが『巨大化』していた。
それはもう、瓦礫の巨人など小さな子供に見えるほどに。
「んーふふふふ、どぉーです! 長年改良に改良を重ね続け、遂にこれほどパァーーフェクトなフォルムを実現したドォーーミノはぁーー?」
‥‥‥まあ、これほどの巨体でありながら、弱点のはずの『コックピット(操縦席)』が何故か屋外に設置されているのはお約束ではある。
「‥‥‥‥やれやれ、遂に世界規模か」
相変わらず『気合い』などというものとは無縁な態度で、サーレは腰にあるホルスターから、十字操具型の二丁神器・『レンゲ』と『ザイテ』を抜き放つ。
「傍迷惑にも限度ってもんがあるだろ? 親父殿」
「行け」
白の狩人の周囲を渦巻いていた、トランプのカードの群れが、一斉に群青の獣へと突き進む。
「バハァアアーー!!」
群青の獣・マージョリーの『トーガ』の牙だらけの口から吐き出された群青の炎の波が、カード‥‥『レギュラー・シャープ』を文字通り、紙くず同然に焼き散らす。
その炎波から逃れたカードたちが『トーガ』に突き刺さるも、マージョリー本人には届かず、炎の衣の中で灰と化す。
「まったく‥‥‥、楽しい異世界ツアーももう少しでフィニッシュだったと言うのに、最後の最後で無粋な邪魔者か。最悪の気分だ」
「まだまだこれからよ、『最悪』は!」
凶悪に『トーガ』の口の端を歪めて笑うマージョリー。元々が戦闘用の宝具ではない『レギュラー・シャープ』は通じない。
「血の気の多いものだ」
呟く間に、フリアグネの両手に、華美ではない程度の装飾を施された銀色の二丁拳銃が現れていた。
その内一つの銃口を、『トーガ』の獣へと向ける。
「ご自慢の人形遊びは、さっきので品切れみてーだなあ!」
「いい運動不足の解消になるんじゃない‥‥の!?」
言って、マージョリーは特大の炎弾を『トーガ』の口から放つ。
その、特大の炎弾と‥‥‥
「っ!?」
『トーガ』の衣さえも貫いて、白い炎弾が通り抜けた。
『トーガ』の内で、炎弾が掠めた頬から血が一筋流れる。
驚愕するマージョリーを無視して、フリアグネはもう一丁の拳銃をサーレに向け、撃った。
「そうだね、たまには手持ちの宝具を披露しないと、コレクターの名折れだ。ね、マリアンヌ」
「はい、フリアグネ様」
獲物を狙う狩人の顔になったフリアグネと背を合わせて、マリアンヌが、指輪・『コルデー』をはめた右手をかざす。
「っふん!」
巨大化した『神鉄如意』が一閃し、尖塔が三本、斬り飛ばされる。
その破壊の嵐を、蛇行するように極光が飛ぶ。
「おのれ、チョロチョロと‥‥‥」
舌打ちし、飛びかう極光・『ゾリャー』を睨むシュドナイへと‥‥‥
「『グリペンの咆』! 『ドラケンの哮』!」
二筋、超速のオーロラの矢が放たれた。
ドォオオン!!
「ぐっ、お‥‥‥!」
巨大化した『神鉄如意』がそれを受け止め、剛槍には傷一つつかない。
しかし、その衝撃がシュドナイを襲う。
その間にも、『詣道』を飛ぶ『ゾリャー』から、光の矢が次々に放たれる。
今度は、威力に押されぬよう、力いっぱい振り抜いた『神鉄如意』で薙ぎ払う。
「真っ正面に立つんじゃないわよ!」
「あの槍の特性と攻撃力を考えれば、力押しじゃ絶対勝てない。常に横に動きなさい」
「了解!!」
ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤの指示を聞きながら、解けた髪を靡かせ、キアラ・トスカナは飛ぶ。
いくら『加速』の自在法を以てしても、ヴィルヘルミナが"反応出来ない疾さ"など、得られるものではない。
この疾さとタイミングを覚えられたら、『加速』による優位は全くと言っていいほど無くなる。
まして、相手は『戦技無双の舞踏姫』。
だから、このスピードに、ヴィルヘルミナの感覚が追い付かない内が勝負だった。
「『胡蝶乱舞』!」
神速で舞うゆかりに翻弄されるヴィルヘルミナを、翡翠の羽根吹雪が包み込む。
ドォオオオン!!
耳に痛い轟音が響いて、翡翠の炎が溢れる。
「バレバレ!」
だが、ゆかりは全く様子も見ずに、翡翠の羽衣を前方に螺旋条に展開、自らが生んだ爆炎を裂いて突撃し、その勢いのまま‥‥
「やっ!」
ドスッ! と重い音を立てて、鉾先舞鈴・『パパゲーナ』を、"ヴィルヘルミナが展開していた"純白のリボンによる球体に突き刺した。
その切っ先が僅か、防壁の内側に潜る。
「はあああああっ!」
その切っ先から炎が奔り、ヴィルヘルミナを密閉空間で焼く‥‥‥と思いきや、全く容易くリボンの球体が弾けて、ヴィルヘルミナに逃げ場を与えた。
「く、ぅ‥‥‥!」
それでも避け切れずに炎を浴び、怯むヴィルヘルミナに、ゆかりの蹴撃が飛んだ。
(見えた!)
それを数条束ねたリボンで受け、弾いたヴィルヘルミナは、後ろに弾いたゆかりに、追い打ちの、硬化したリボンの槍衾を繰り出す。
それが‥‥‥
「遅い!」
さらに、一瞬で加速したゆかりに、掠りもせずに体ごと躱された。
「止まって見えるよ!」
そのままヴィルヘルミナの周りを一定の距離を保ちながらぐるぐると飛ぶゆかりは、次々に炎弾を繰り出した。
ドォン!
「ぐ!」
ドォオン!!
「‥‥っあ!」
避け切れず、何発もの炎弾が被弾する。
さらに‥‥‥
(背中、取った!)
炎弾を受け、怯んだヴィルヘルミナの背後‥‥死角から、ゆかりの『パパゲーナ』が襲い‥‥‥
バシッ!
後ろを向いたままの、ヴィルヘルミナのリボンに止められた。
リボンが、ゆかりの腕に巻き付く形で。
「ようやく、動きが掴めてきたようであります」
「覚悟」
反撃の意思に燃えるヴィルヘルミナの背で、危惧していた事態が起こりつつあると知ったゆかりは、しかし焦らず、騒がない。
初めから、わかっていた事だから。
「むっ!」
そのままゆかりを投げ飛ばそうとするヴィルヘルミナ。
ゆかりの腕に巻き付いたリボン。
それが、切断された。
ゆかりの手甲からジャキンッ! と飛び出した刃によって。
「もらった!」
ゆかりとヴィルヘルミナの距離は今、手の届くほどの至近。
(‥‥確かに、見違えるほど強くなった)
ヘカテーは、その燃えたぎる怒りをその内に押さえ込み、冷静な頭で戦況を見極める。
そう、まるで悠二のように。
(でも、戦闘様式が変わったわけじゃない。相変わらず剣技に頼った接近戦と、火力の力押し)
「『星(アステル)』よ」
水色の流星が無数飛び交い、シャナを襲う。
「ふっ!」
「はっ!」
それを掻い潜ってきたシャナ、また『トライゴン』と剣をぶつける。
「‥‥‥‥‥‥」
ガンッ! ギィン!
二合打ち合い、また距離を取る。そのシャナの背に‥‥‥
ドォン!
「くっ‥‥‥!?」
シャナが躱し、放置し、ヘカテーが操り、滞空させていた光弾の一つが、直撃した。
水色の炎がシャナの背の瞳を焼く‥‥‥否、素通りする。
(なるほど‥‥‥‥)
バレないように力を弱めにし、あの炎の外套もあるせいかほとんど効いていないが、一つわかった。
(あの瞳は、サントメールの扱う力が具現化し、視覚化しただけのもの。実際に能力を発しているのは、サントメール自身の灼眼。
そして、その力はあの瞳が示す通りの視覚系の感知能力。)
だから、背後からの、あんな単調な光弾攻撃を躱せなかった。
(つまり、死角からの攻撃に対する対応は、以前と変わらない)
他は、基本的には以前と同じ。
『飛焔』や『断罪』で攻撃力、『真紅』で防御力と速さ、そして『審判』で反応が上がっているだけ(残念ながら、死角攻撃に弱いのは別にシャナに限らず、悠二などの例外を除いたほとんどに当てはまる)。
(なら、問題ない‥‥‥)
以前と同じような戦い方で‥‥‥‥
(こっちの力をさらに上げて‥‥)
以前の鍛練の時と同様、圧倒すればいい。
(自己に思えば自己の強さに、他に及ぼせば自在法に‥‥‥‥)
それが、存在の力。
(想いの強さなら、私は負けない‥‥‥!)