(あの衝撃波‥‥)
尖塔の上で対峙するフィレスとプルソン、先ほどのプルソンの一撃に、メリヒムは見覚えがあった。
以前、『天道宮』の上空での戦いの際に、平井ゆかりが自分に食らわせた自在法と同じ。
まず間違いなく、ゆかりの『非常手段(ゴルディアン・ノット)』とやらに自在式を刻んだ張本人だろう。
(狙いは“彩飄”‥‥‥舐められたもんだ)
フィレスの『風』の汎用性が、集団である『星黎殿』守備隊にとって脅威だという理屈はわかるが、やはり軽く見られるのは気に入らない。
「っふ!」
そんな自分に向けて、プルソンの鎮静を受けた守備隊が、淀みのない連携で一斉に炎弾を放ってきた。
すかさず、塔から飛び降りる、一拍遅れ、塔の上層が炎上する。
(近寄らせないつもり、か‥‥‥)
連携の取れた連続射撃。あの数相手でも、力負けしない自信はある。
“徒を喰らう”事は人間を喰うのとは、一度に取り込める力の量が桁が違う、先ほどの徒たちだけでもそれなりの力は得たが、これからの戦いを考えると不安が残る。
敵の狙いも、それだろう。
(“消耗戦”に付き合うわけにはいかんな)
雑魚相手にチマチマと戦うのは性に合わないが、仕方ない。
(あの獅子頭の判断を、後悔させてやる)
『星黎殿』に無数聳える尖塔、城、建物の根元を縫うように走り、敵の攻撃を逃れながら走るメリヒム。
その不規則で無軌道な動きに、姿の見えないメリヒムを見失う守備隊の隙を突いて、細剣を手にして接近したメリヒムが斬り掛かる。
「何だ、貴さ‥‥!」
大声を上げようとした獣人然たる姿の徒の口を塞ぎ、そのまま爆砕する。
「ふぅ、上であれだけの騒ぎが起こってるのに“こっち”の警備も厳重な辺り、流石だなぁ」
『星黎殿』の地下に当たる岩塊部を走る『永遠の恋人』ヨーハンは、現実として過酷な事を、まるで全く大した事じゃないように、小声で呟いた。
別に舐めてるわけではない。言うなれば、性分であろうか。
「まあ、無事に事が済むとも思ってなかったけど」
傍目にはフレイムヘイズ陣営の大逆転、というように見えなくもないが、そもそも最初から兵の総数が違うのだ。
今の優勢も、あくまで“奇襲”の要素の濃い、勢いに頼ったものにすぎない。
おそらく時間が立てば、外界宿(アウトロー)に攻めていた別動隊も集結し、外の、ゾフィー率いる決戦兵力も押し返され、『星黎殿』に援軍も送り込まれ、そうなれば、フェコルーも『マグネシア』を攻撃にも使うようになるだろう。
そうなれば、今ここにいる自分たちも一たまりもない。
今のうち、勢いを味方に出来ている今のうちに、決定的な一手を打たなければ負ける‥‥いや、死ぬ。
(この『星黎殿』を、落とす)
今、他でもないこの『星黎殿』を守るために戦っている、『星黎殿』直衛軍の真上に、である。
『星黎殿』と『天道宮』が元々一つの宝具であり、同じ性質を持っているなら、必ずその制御を司るものが何処かにあるはず。
そして、その奪取と操作を、世に名立たる自在師たるヨーハンが受け持った。
(後は、“どこにあるか”だな)
『星黎殿』を制御するような重要な宝具なら、外に面している不用意で目立つ城塞部より、地下である岩塊部だろうと踏んだのだが‥‥‥
「あ」
『気配隠蔽』の自在式を掛け、走り、探すヨーハンは、少し広い大広間に出た。
何の用途があるかわからないが、特別、大規模というほどの広さではない、所々に柱が立ち並び、まるで舞踏場のような石の『リング』が中央に在る。
ヨーハンは知らない事であるが、悠二たちが鍛練に使用していた一室であった。
どう見ても、特別で重要な装置のあるような場所ではないが、もっと重要なモノがあった。
「城塞部での闘争に姿が見えないと思えば、このような場所にまで潜っておいででしたか、『永遠の恋人』殿」
リングの中心に立つ、埴輪のような鎧、そしてそれが持つ『王』の気配。
「いかに隠蔽しようと、この『星黎殿』は我らが膝元、いつまでも隠れていられるとお思いか?」
「まあ、そこまで簡単に考えちゃいなかったんだけどね」
軽くおどけるヨーハンと、静かな怒りをうちに隠す王は、向かい合う。
「申し遅れましたが、私‥‥“駝鼓の乱囃”ウアル。自ら称すも憚りながら、“紅世の王”にございます。お覚悟を」
「何の覚悟か知らないけど、慎んで遠慮しておくよ」
飛ぶ。多少の力の消耗など無視して、今出来得る最速を以て、シャナたちは『詣道』を飛ぶ。
悠二たちの目的が『創造神』の帰還であり、この道の先にそれが在るのなら、時間こそが最大の要だとわかっているからである。
力の消耗を惜しんで『創造神』と合流などされでもしたら目も当てられない。
ヴィルヘルミナの手にする風見鶏、そして狭間に追いやられた太古のフレイムヘイズの指し示す先を目がけて、脇目も振らずに飛んでいく。
「‥‥何、あれ?」
「戦って、ますね」
進む先に見える、剣を槍を構えて戦う人影と、金色の炎を撒き散らす巨大な植物型の燐子。
「あの炎の色‥‥“逆理の裁者”の燐子のようでありますな」
「うむ、やはり確実に奴らに近づいているとみて、間違いなかろう」
それをヴィルヘルミナが見極め、アラストールがその意味する所を指した。
「良かった。急いでも、距離が詰められてなかったら意味がない」
シャナが言って、さらに紅蓮の双翼の輝きを増し、皆より僅か先行するように加速した。
「どいて」
短く、人影群に告げて‥‥‥
「燃えろっ!!」
剣先から、自在法・『飛焔』‥‥紅蓮の大奔流を繰り出し、凄まじい灼熱の炎が巨大な植物型の燐子を一瞬で焼き散らす。
炎が散る先には、まだまだ続く『詣道』、その奥へと続く道。
後ろに続く、世に名立たる使い手たちが、その威力に小さく感嘆する。
それは、ヴィルヘルミナやマージョリーも例外ではない。
(あのチビジャリ、何か火力が上がってない?)
(まあ、ようやく吹っ切れたってトコだろうぜ)
(自己の認識の変化、という事でありますな)
(成長期)
半ば絶望的な状況で頼もしくさえ思って、さらに奥へ奥へと突き進む。
「‥‥‥‥‥‥‥」
シャナは口数少なく、ただ真っ直ぐに『詣道』の奥、そこに在る者へとその灼眼を向け続けていた。
「っはあああああ!!」
「ッオオオオオオ!!」
フィレスの右拳から放たれる琥珀の竜巻、プルソンの口から発せられる音の衝撃波。
両者の自在法が、中点で激突する。
(くっ‥‥うぅ‥‥‥!)
辺りに暴風を巻き起こす拮抗も数秒、竜巻の中心を貫くように、音の弾丸が迫る。
「っと!?」
咄嗟に横に動いて、その直撃を避ける。
(ふ、む‥‥‥)
プルソンはそれを見て、フィレスの認識を上方修正した。
プルソンの自在法・『獅子吼』は、本来ならば余波だけでも相当な威力がある。あんな避け方をして、フィレスが平気な所を見ると、あの竜巻で威力の大半が相殺されていたという事だろう。
(っ危なぁ〜〜)
対してフィレスも、プルソン以上に相手の評価を上げる。
「あなた、やるわね。ちょっと舐めてたかな?」
「いえ、私も正直、今の一撃を無傷で躱されるとは思っておりませんでした」
どうやら、並みの王ではない。
(パワー勝負じゃ分が悪い‥‥‥か!)
二人一定の距離で対峙する形から一変、フィレスが真横に飛び、さらに下、また上、とにかく縦横無尽に飛び回る。
「逃がしませんよ!」
それを逃がすまいと、プルソンは破壊の咆哮・『獅子吼』を立て続けに放つ、が‥‥‥
(速い!)
なかなか当たらない、かなりのスピードだ。
(下手をすれば『姫』と同等か‥‥あるいはそれ以上!)
またもフィレスの評価を上方修正するプルソンに向けて、琥珀の風の弾丸や竜巻が、襲いかかる。
「くっ!」
何とか躱す。あのスピードから放たれる飛び道具は、止まったまま放たれるのとは感じ方がまるで違う。
しばしの間、衝撃波と風の応酬を続ける中で、フィレスはプルソンをじっくりと観察していた。
速さで勝るフィレスには、その余裕があった。
(私の攻撃を、全部後ろか横に避けてる。向こうから間合いを詰めてくる気配もない)
自在法自体は厄介だが、プルソンはそれを活かすための、典型的な遠距離タイプ。
(不可視の衝撃波って言っても、『風使い』の私にはそれほど意味はない)
ともすれば、プルソンの衝撃波は、威力は高くとも、距離さえ取れば単調な直接攻撃。
そんな風に考えるフィレスの前で、
「?」
プルソンが大きく優雅に、腕を開いた。
(何か仕掛けてくる‥‥?)
警戒するフィレスの目に、それは映る。
プルソンの広げる腕と腕の間から、宙へと並べるように、旗の付いた長いラッパが幾つも現れていた。
そのラッパという形状と、プルソンの能力、その二つの要素がフィレスの脳裏で瞬時に結びつき、そしてそれはすぐさま現実となる。
「謳え、『ファンファーレ』!」
「っ!!」
プルソンの『指揮』するラッパ隊全ての筒先から、高らかに、破壊の衝撃波が放たれた。