(ふむ、万事滞りなく、順当)
征討軍総司令であるデカラビアは、自身は『星黎殿』直営軍を指揮し、中国中南部に軍を展開していた。
同時に、例え地球の裏側にまで離れていても、自らの知覚を担ってくれる自身の魚鱗・『プロビデンス』の力で、各征討軍に的確な指示を飛ばしていた。
オロバスやリベザルは、少々極端な忠誠心、すなわち感情で動くきらいがあるため、多少扱いづらくはあったが、概ね順調に戦局は運んでいた。
アンドレイ要塞を攻める“煬煽”ハボリムの部隊など、予想以上の戦果を上げてくれている。
ただ、気に掛かる事もある。
(いかに中国フレイムヘイズを壊滅させてから間を置かずに行軍したとはいえ、些か対応がおとなしすぎる)
いや、むしろ『フレイムヘイズ兵団』に中国壊滅の報が届いていないのならなおのこと、もう少し攻勢に転じても良いのではないか?
確かに、軍の総数ならば圧倒的にこちらが上だが、いつまでも守り切れぬ事くらいわからないわけがない。
(何より、上海総本部を壊滅させた時に取り逃がした討ち手三者の姿が、どこにも見当たらぬ)
それも、状況判断を迷わせる一因となっていた。
もし『剣花の薙ぎ手』あたりが東京総本部で奮闘していたならば、フレイムヘイズ兵団は確実に中国壊滅を知っている事になる。
『炎髪灼眼の討ち手』や『万条の仕手』に関しても、『緋願花』の三者によって完膚なきまでにやられ、戦意を削がれたという仮説もあるにはあるが、やはりどこにも姿がない。
(っ‥‥‥!?)
そんな疑念の中、『星黎殿』周囲に複数箇所仕掛けておいた『プロビデンス』の一つに、一瞬だが見過ごせないものが映る。
動揺しつつも、有能な指揮官たる彼は、即座に対応していた。
「ああ、相変わらず派手な出撃ですね」
「ふむ、まあ、飛び出す前に一言あっても良かったかも知れんの」
「‥‥‥我らも続こう。今のは実質的な『開戦』だ」
ゾフィーの飛翔に伴って放電された、眩い紫電の稲妻、その衝撃を受けて、前面にいたフレイムヘイズたちが軒並み吹っ飛ぶ。
軽々とした跳躍でいなしたカムシンと虞軒を除いて、否、もう一人、『犀渠の護り手』ザムエル・デマンティウスを除いて、吹っ飛んだ。
「自在式・『カデシュの血印』を展開」
地に突き立てられた『メケスト』と言葉に合わせ、カムシンの周囲の大地や岩肌に、褐色の自在式が数十、一斉に燃え上がる。
「起動」
そして、カムシンが褐色の心臓・『カデシュの心室』に包まれ、周囲の自在式から、暴れ回るワイヤーにも見える炎が、『心室』へと繋がる。
「自在式・『カデシュの血脈』に同調」
炎のワイヤーが引き寄せられ、繋がり、束ねられ、そして、生まれる。
褐色の炎を撒き散らし、その内に少年と見える太古のフレイムヘイズを包んだ、『瓦礫の巨人』。
「うわっ!?」
「は、離れろ!!」
先ほどのゾフィーの飛翔以上の轟音と粉塵、崩壊を撒き散らすカムシンから、味方のフレイムヘイズが慌てて離れる。
「‥‥‥‥‥‥」
瞳を閉じ、力を集中させた虞軒は、穏やかな笑顔と共に、力の解放を告げる。
「『捨身剣醒』」
虞軒の体が、溶け消えていく。
否、霞となって散っていく。
霧散した霞が、唯一残された直剣・『昆吾』へと集約し、“掴んだ”。
そこにいるのは、優美な盛装を象った、紅梅色の天女。
「ああ、行きましょうか」
「『孤児(シロッツィ)』、戦況の判断は任せる。出来得る最善の地に“出城を作ってくれ”」
「いいだろう、おまえたちは思う存分に暴れろ。特に『儀装の駆り手』、味方を巻き込むなよ」
「ああ、極力善処しましょう」
カムシンの非常に物騒な台詞を皮切りに、
“『星黎殿』攻略部隊”の侵攻が始まる。
紫電に包まれたゾフィーは、曲線軌道を描いて飛ぶ上空から敵先遣隊の総数におおよその当たりを付ける。
その中、巨体に異形、人間に物と様々の“徒”を認め、狙いを定めた。
「っきますよ‥‥‥」
その標的目掛け、修道服の裾を引き絞り、飛行体勢を反転させる。
「だぁらっしゃあーーっ!!」
後方に膨大な輝きを放つ稲妻を引いて、両足による跳び蹴りが叩き込まれた。
狙い違わず、彼らが待ち構えていた山の頂に。
噴火と全く逆向きのエネルギーの奔流を受けて、岩山は紫電そのままの軌道に亀裂を走らせ、峰はその力に耐えかねて、中から一気に爆発する。
驚愕する徒らの、巨体を持つ者が受け止めようとして潰れ、小さな者は紫電の余波に巻き込まれ、慌てて走る異形は転げる岩塊に打たれ、武器を構えた者は抗うことを許さない崩落に巻き込まれる。恐るべき殺戮の嵐が、先遣隊を翻弄した。
その中、残った岩山、まるで剣のように尖った頂に、ゾフィーは舞い降りる。
(さあ、行きなさい)
大半はダメージを受け、しかし当然無傷の者もいる。
(‥‥‥可愛い子)
新たに迫る徒らを眼下に敷いて、『震威の結い手』は笑う。
(どういう、ことだ‥‥‥‥?)
デカラビアの“眼”に、信じられない光景が映っていた。
感知不可能の『秘匿の聖室(クリュプタ)』に隠された『星黎殿』。
『神門』創造の歪みから、万が一にも特定されぬよう、事前に中国からフレイムヘイズを追い払い、さらに、その事実から特定されぬよう、間を置かず開戦した。
自分たち直衛軍も、優秀な自在師によって気配を断っていた。
“ここにフレイムヘイズがいる事自体”あり得てはならないのだ。
だが‥‥‥
(あれは、ゾフィー・サバリッシュ)
フレイムヘイズ兵団の切り札の一人が、わざわざこんな地にやってきている。
どうやら、『剣花の薙ぎ手』、『儀装の駆り手』、そして『犀渠の護り手』も、部隊を率いて現れている。それも、大軍と呼べる規模で。
(間違いない‥‥‥)
どういうわけか、“フレイムヘイズ陣営は『星黎殿』の正確な位置を知っている”。
位置を特定されない為に、当初の方針すらも変えて幾重にも方策を巡らせたにも関わらず、だ。
信じがたい事ではあるが、自身の魚鱗を通じて得た感覚は、紛れもない事実だった。
また一つ、『プロビデンス』の向こうで、雷を纏う修道女が笑い、指を差された直後に紫電が閃き、感覚が消える。
(よもや、『星黎殿』直衛軍での戦闘を演じる無様を晒す事になろうとは‥‥‥‥)
この驚愕の事態にも、その冷静沈着な性質で以て対処しようとするデカラビアは、この『現実』をすぐに受け入れた。
そんな、彼の確信を裏付けるものが、遥か高い空を往く。
「よく見つけられたもんだな」
「まあ、運良く“雲に穴が空いてた”からね」
ゾフィーたちが使用した空輸挺進よりも、さらに遥か高く、異常なまでの高度の“そこ”を、琥珀の竜巻が貫く。
「着いた、ここが“真上”よ」
気配など、下界から察知出来るはずもない。もちろん、シャナたちも下界の気配も、『星黎殿』の位置も掴めない。
“事前にこの風を知っていた”ただ一人を除いて。
「全速力出すわよ、用意いい?」
「メリヒム、余力は如何でありますか?」
突入直前という今、ヴィルヘルミナは訊ねる。
余力があろうが無かろうが、何を言っても意見は変えないだろうが‥‥。
「‥‥‥全力で三発、といった所だな」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥案ずるな」
相変わらず、こんな時にも“こんな事”を気にする女性に、やはり振り向きもせずに、“気遣った”。
「死ぬつもりも、ない」
何故か心底嫌そうに、しかし覚悟を決めた表情をするメリヒム。
「行くよ!!」
渦も作らず、空に穴を穿つが如く、琥珀の『ミストラル』が急転直下を始める。
九人もの強力を使い手乗せて、それは通常の落下などとは比較にならない速度で雲を穿つ。
眼下、戦場でこの光景に慌てふためく直衛軍の姿など見えはしない。
だが、“何も無かったはずの空間”に、自分たちの姿に脅威を感じてか、臙脂色の嵐が展開された。
「『マグネシア』よ!」
「“彩飄”、竜巻の前を開けろ!!」
竜巻の形状が変化する。
フィレスを先頭にしたドリルのようだった竜巻は、その口を大きく広げて先行し、フィレスに代わり、三者が前に出る。
「いっ、行きます!」
すでに神器・『ゾリャー』に搭乗するキアラ。
「私は、竜巻を『飛焔』で燃やす」
灼眼を、嵐の先に在るはずの神殿へと向けるシャナ。
「『鉄壁』か‥‥笑わせる」
不敵に笑って細剣をかざしたメリヒム。
その他の者が背後で見守る中‥‥‥‥
「「「っはああああああ!!!」」」
竜巻の中心を、虹の光輝が奔り、それの周囲を巡るように二筋の極光が連なり、さらにそれらを包んだ竜巻全てが、紅蓮の炎に燃え上がった。
メリヒムの『虹天剣』。
キアラの『ドラケンの咆』、『グリペンの哮』。
そして、シャナが以前習った、“名称をつける事で認識の手助けとする”という教えの下に名付けた、紅蓮の大奔流・『飛焔』。
“破壊力を誇る”強大な三者による渾身の一撃は束ねられ紛れもなく天空を貫く最強の槍となって、突き下ろされた。
大気を震わす強大な炸裂の気配を撒き散らし、
衝突の瞬間、嵐から壁へとその性質を変化させた『マグネシア』を、その変化をものともせずに砕き散らし、
そして、“それ”を世界から覆い隠していた異界の殻をも、粉々に吹き飛ばした。
「あれが、『神門』!?」
その存在を目にし、真っ先にシャナが叫んだ。
「‥‥‥‥っは!」
メリヒムが、いきなり『神門』に向けて全力の『虹天剣』を放つ。
その一撃は、咄嗟に展開された『マグネシア』を貫いて爆発的な光輝を撒き散らすが、『神門』そのものには傷一つついてはいない。
「‥‥‥‥ちっ」
「『‥‥‥‥ちっ』じゃないわよ! あんたいきなり何やってんの!?」
「うるさい」
喚くフィレスを無視して、メリヒムは愛娘へと目を向ける。
それは、彼女を育てた十数年の日々と同じ、厳しい師の目であった。
「‥‥いけるな」
「うん」
シャナも短く、はっきりと返した。
「“こいつら”は俺がやる。おまえは、おまえの戦いをしてこい」
「‥‥“俺たち”、でしょ。あんた、ホントいい加減にしとかないと骨に還すわよ」
「まあまあ」
メリヒムは眼下でざわめく『星黎殿』守備隊を睨んでそう言い、フィレスはその言い草に青筋を浮かべ、それをヨーハンが宥める。
「メリヒム‥‥‥」
「行け、シャナを頼んだ」
自分の身を案じてくれるヴィルヘルミナにそれだけ返して、メリヒムは眼下に舞い降りる。
それに『約束の二人(エンゲージ・リンク)』が続く。
シャナは、メリヒムの言葉を受けて、その身に力を充溢させる。
まるで紅蓮の恒星のような輝きを纏う少女は、叫んだ。
「中天に浮かぶ、黒き鏡の名は『神門』!!」
少女の声が、両軍将兵の頭上に、朗々と響き渡る。
「創造神“祭礼の蛇”をこの世に帰還させるため敷かれた道への入り口! 代行体と『三柱臣(トリニティ)』は彼の中、旅路の途上にある!」
驚愕、喜色、畏怖、憤怒、宣言を聞く者らの様々な感情を受ける。
「我らはこれより、その阻止へと向かう!!」
誰かが呟く、『炎髪灼眼の討ち手』と。
そして誰かが呟く、『シャナ』、と‥‥‥。