「ヴィルヘルミナよぉ、さっきの電話で、言いたい事は大体わかったけど、何でこんな近くに集まんなきゃなんねえんだ?」
「黙るのであります」
「沈黙強制」
黙らされたレベッカが、辺り‥‥というより至近を睥睨する。
「‥‥‥"贄殿の"ぉ」
「‥‥シャナでいい」
数年前に、共に戦った少女に助けを求めてみるが、呼び方を間違えた(以前は"贄殿の"と呼んでいた)。
こういうの、あんまり好きじゃない。というか、ヴィルヘルミナも嫌いだと思っていたのだが‥‥。
「けど‥‥こういうのも結構楽しいですよね?」
「‥‥さっさと終わらせてくれ」
キアラが空気を読まずに和やかに笑い、サーレが本心からそう言った。
シャナは‥‥この行為の意味をわかっていないのだろう。興味深そうに参加している。
ヴィルヘルミナといいシャナといい‥‥前と大分印象が違う。
「ま、いいんじゃない? お祭りみたいで」
「カーニバルか。これが終わったら、今の時期でやってる所を探してみようか、フィレス」
『約束の二人(エンゲージ・リンク)』は、まあ大体予想通りの反応。
「‥‥‥‥面倒ねえ」
「ヒャーヒャッヒャ! 照れてやがるぜ! 我が純情なブッ!?」
マージョリーまで、微妙に違う気がする。
そして何より‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
短い付き合いながら少しは理解した‥‥"こういう事"が死ぬほど嫌い(という風にしか見えない)な男が、何も言わずに参加しているのが異様な違和感を醸し出している。
いや、"虹の翼"メリヒムの事を差し引いても違和感だらけなのは変わらないのだが‥‥。
「‥‥‥ったく、ある意味縁起でもねえぞ? "こういうの"」
言って、レベッカも渋々ながら手を伸ばす。
これほどの使い手たちが円を囲んで並び、差し出した手の先から炎を伸ばし、それが全員の中点で交ざり合う。
何処の風習なのかわからない。というか、ヴィルヘルミナは妙に偏ったおかしな知識を持っているだけに、何かを間違って理解している可能性も否定できないが‥‥‥残念ながら、自分も参加しなければ終わらないらしい。
「‥‥‥"虹の翼"に」
一人、思い切り真剣なヴィルヘルミナが始め、
「『炎髪灼眼の討ち手』に」
一番差し障りのない場所に並んでいたメリヒムが続け、
「"彩飄"に」
ヴィルヘルミナの真剣な様を汲んだシャナもまた、真剣に続け、
「『永遠の恋人』に」
フィレスが、その通称に限りない愛情を注いで続け、
「『鬼功の繰り手』に」
それを微笑みで受けたヨーハンが、視線を隣に向けて続け、
「‥‥‥『極光の射手』に」
なし崩し的に参加させられているサーレが続け、
「『弔詞の詠み手』に!」
自分の番を待っていたらしいキアラが元気に続け、
「‥‥‥『輝爍の撒き手』に」
『柄じゃない』と思いながらマージョリーが続け、
「『万条の仕手』に‥‥‥‥」
もうここまで来たら乗らなきゃ嘘だ、と割り切ったレベッカが、またヴィルヘルミナに戻した。
"出撃"前に、これをやりたがったヴィルヘルミナの意図に、何だかんだで皆付き合ったのだ。
‥‥‥それも悪くはないだろう。
今から始まるのは、世界史上最大の大戦、その結末を左右する最重要の局地戦なのだから‥‥‥
そして、皆の声が重なる。
『天下無敵の幸運を!』
「「っはあああ!!」」
悠二とゆかり、二人同時の、神速の踏み込み、そして斬撃から一拍遅れて、たった今二人が通り過ぎた場所にいた人影が千切れ飛ぶ。
「っふ!」
「『コルデー』よ!」
すかさず、フリアグネが両の手に、『トリガー・ハッピー』とは違う、もっと近代的なオートマチック式の銀色の二丁拳銃を構え、マリアンヌが指輪型宝具・『コルデー』を飛ばす。
白い爆炎と爆発が、千切れた太古のフレイムヘイズを四散させた。
「今回のは、悪くないね」
手にした宝具、否、"我学の結晶"をフリアグネが短く評した。
『アエトス』、使用者の炎の威力を増大・凝縮して弾丸とする、『炎弾』の派生のような、シンプルな性能ながら使い勝手の良い武器である(教授作)。
ちなみに、フリアグネが褒めたのはデザインに関してである(少し癪だが、性能に関しては最初から疑ってない)。以前フリアグネが持っていた細剣『スクレープ』は、フリアグネの美的感覚に合わなかった。
しかし、肝心の教授はフリアグネの賛辞を聞いていない。
「んーっふふふ! 宝のぉーっ山! ザァークザックと掘ぉーり起こす、そぉーの土すらも砂ぁー金の如し! こぉーれ全てっ、我が糧、我が水、我が命!!」
周囲に広がる『詣道』を測定しながら、眼鏡を輝かせて走り回っている。
フリアグネという名前すら、今は忘れているのではなかろうか?
「"徒"たちは 嬉しくもまた悲し 夢に届くは遥か先♪」
同様に、ではないが、
「調子外れの自在法 足取り拙く 踊るワルツも台無しさ♪」
瓦礫や、人影が放つ炎弾をぴょんぴょんと跳ねて逃げ回りながら、ロフォカレが歌う。
「お二人とも、危ないから、あんまりウロウロしないで欲しいんでごはひはふへふ!?」
教授をひっ捕まえて駆け抜けるドミノに、ロフォカレも追い立てられる。
教授は捕まえられながらも、ドミノのほっぺたをつねるのは忘れない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
不満たらたらのフリアグネの肩を、慰めるようにポンと叩いたシュドナイ(ちなみに、全くありがたくない)が、
「っふん!」
一気に前に飛び出し、太さを数倍、長さを数十倍にした『神鉄如意』の一撃で、自分たちを包囲しかけていた一角を薙ぎ倒した。
ボンッ!!
そこからさらに一拍、
シュドナイを背後から襲おうとした人影が、銀の炎に包まれて蒸発するように消滅した。
人影を消し去った張本人たる少年・坂井悠二は、そのままシュドナイの背中合わせに降り立ち、魔剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を構える。
「狭間に落ちて数千年、時という感覚すら失っているだろうに、よく精神が保っている‥‥‥まったく、その執念には頭が下がる」
シュドナイのぼやきに、悠二の左手首のブレスレット・『ウロボロス』が応えた。
「しかし、こ奴らがおらねば、我が創造も帰還も成らなかったのだ。行く路に多少の手間が在るとて、感謝の念は、確と注がねばなるまい」
それに、今度は悠二自身が困ったように言う。
「気が早いよ、まだ貴方自身に会ってもいないのに」
「ふっ‥‥怖じ気づいたか?」
「まさか」
シュドナイのからかいに悠二も笑って応え、二人同時に飛び出した。
「どうだい? ヘカテー」
ベルペオルとヘカテーの周囲を廻り巡る鎖、拘鎖型宝具・『タルタロス』によって守られるヘカテー。
唐突に刮目し、動きだす。
役目を終えたと判断したベルペオルが『タルタロス』を解いて離れる。
「歪みの途切れる創造の確定部が、正面にいる一団の背後、尖塔を結ぶ渡り廊下の奥に見えます。あそこを越えれば、彼らも当分は近づく事ができなくなるはずです」
大杖・『トライゴン』で“そこ”を指しながら響くその声が、皆に届く(教授は聞いてない)。
「よし、ヘカテー! 先に行って皆の目印に‥‥」
「星(アステル)よ」
先にヘカテーを行かせようとした悠二の言葉を、ヘカテーが遮り、そして‥‥‥‥‥
ドォオオオオン!!
正面の一団が、明るすぎる水色の光の渦に呑まれ、存在の欠片も残さず掻き消えた。
『‥‥‥‥‥‥‥』
「? 急ぎましょう」
皆の沈黙の意図が読めないヘカテーは構わず、悠二を抱き抱えて自身が特定した安全圏へと飛ぶ。
『‥‥‥‥‥‥‥』
連れ去られる悠二を含めたその場の全員(やはり、教授とロフォカレは除く)が、視線と首肯で『ヘカテーを怒らせるな』を確認しあい、続く。
歌いながら、まずロフォカレが、その後に教授を抱えたドミノの首根っこを掴んだゆかりが、マリアンヌ、フリアグネと続き、最後尾に残ったのはシュドナイとベルペオル。
「助けは?」
シュドナイは、まずベルペオルに一瞥し、その後に追い迫る古強者らを睨む。
「いるものかね」
ベルペオルは軽く笑って、彼女の周囲を取り巻く拘鎖を一巡し、結節させる。
「『タルタロス』、隔離せよ」
その一声で鎖の内外は切り離され、迫りくる刃も、炎も、全て弾かれた。
薄く笑ったベルペオルはさらに、鎖の輪を一つ割る。
その中に封じられていた巨大な植物型の燐子を殿軍に残して、ベルペオルは居残っていたシュドナイに悠々と合流を果たす。
シュドナイは、可愛げのない参謀に軽く嘆息し、もう何度目か、剛槍・『神鉄如意』の猛撃で追っ手を捌いて、後に続く。
"祭礼の蛇"坂井悠二を筆頭に、一同は『神』の帰還を果たすべく、未踏の迷路を進んでいく。
通常の空輸挺身よりも高く、移動式の封絶を張る事で『人間』に無用な警戒と関心を惹かぬ形で、ひっそりと、彼女らはそこに在った。
「『大戦』に『革正団(レボルシオン)』の抗争、そして今回の『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の『大命』。どうして世界は、こういう局面で私にばかり重要な役を任せるのでしょうね?」
「始める前からの弱音は感心しませんぞ、ゾフィー・サバリッシュ君?」
「ええ、わかっていますとも、タケミカヅチ氏」
「"ああ"、東京総本部やアンドレイ要塞を"囮にしてまで"立てた作戦です。無駄には出来ないでしょう」
「"ふむ"、まあこんな状況を作り出してしまった事自体が手抜かりというものじゃが、今言っても仕方ないか」
傍らの老爺の言葉に、ゾフィーはあからさまに眉をしかめた。
「囮などではありませんよ。彼の拠点が落とされれば、"後の世界の安定"すら覚束なくなります。だから徹底して守備に務めるとドレル・クーベリック総司令は判断されたのです」
詭弁、そう、言ったゾフィーを含めて全員が思った。
世界の命運を左右する局面を打破する、という目的自体には、こんな手段しか残されていないのが現状なのだから。
だからか、敢えてゾフィーの言葉を流して、黒いスーツの女性が言う。
「奴らに開戦の痛撃を許したのも、敵を侮り慢心した我ら中国フレイムヘイズに責がある。望みを託すのが、せめてもの償いだ」
言って女性・虞軒は、華美な直剣を抜く。
「ああ、我々は、今出来る最善を尽くすしかないでしょう。」
言って、幼い少年と見える老爺・カムシンは、背負った鉄棒の巻き布を解く。
そしてゾフィーは、
「『何人にも哀れまれず、罪を犯して省みず‥‥』」
素早く十字を切り、両掌を胸の前で組み、
「『存在もならぬ無に堕ちる我らに、せめて勝利よ輝け‥‥』」
"自分自身"に祈る。
「『アーメン・ハレルヤ・この私』」
祈るゾフィーの体の縁から、眩ゆい紫電がほとばしる。
標的は一つ、"事前に知らされていた"切り札という名のか細い希望。