「‥‥‥‥‥‥」
中国フレイムヘイズがほぼ全滅したと言っていいほどの惨状を向かえ、予期せぬ加勢によって九死に一生を得た、『剣花の薙ぎ手』虞軒。
そのまま連れてこられた島国にて、そのまま、既に兵団の結成に先んじてこの国に腰を据えている、とあるフレイムヘイズを訪れるため、新幹線に揺られている。
中国外界宿(アウトロー)を取り仕切っていた『傀輪会』の大老を逃がしはしたが、今なら自分が直接行った方が早いかも知れない。
何より、無事に大老たちが逃げられたという完全な保障などない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
着いた先で待機していた壮々たる面々、そしてその企図を聞かされた時には驚愕したが、実際にあの『仮装舞踏会(バル・マスケ)』と戦った身としては、そんな無茶な方針も、やむを得ないと思えもする。
ただ‥‥‥
(信用、出来るのか‥‥‥?)
あの場にいた面々の中に、徒が二人、ミステスが一人、“彩飄”フィレスに関しては、確かに一度助けられはしたが、あの後、東京総本部に連れて行って欲しいと頼んだ時の反応‥‥‥‥
『イヤよ。“私たち”、別にこの大戦の顛末自体には興味無いもの』
‥‥軽い言い方だったが、明らかに本気だった。『約束の二人(エンゲージ・リンク)』は、状況次第によっては味方とは呼べない危険性がある。
もう一人に至っては‥‥‥実際に数百年前の『大戦』でフレイムヘイズに敵対した強大な紅世の王。
そして、その三者を擁護しているのが『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
“頂の座”ヘカテーや、例のミステスの監視を任され、そして結果としてこの事態を未然に防げなかった‥‥ヴィルヘルミナである。
今さら彼女の討ち手としての能力を否定するわけではないが、今回ばかりはその言葉の信頼性は低い。
(‥‥‥だが、そう言ってもおれん状況、か‥‥)
自分たち中国フレイムヘイズでさえ、世界単位でまとまってなどいなかった。
『フレイムヘイズ兵団』とて、まともに編成されているとは思えない。
おそらく‥‥いや確実に、総力戦で勝つ事は、もはや不可能。
自分たちにまだ残されている手段があるとすれば、それは『大命』とやらの阻止、その一点。
そして、それはヴィルヘルミナたちのようなやり方でしか、為し得ないのかも知れない。
(『鬼功の繰り手』や『極光の射手』があの場に留まったのも、おそらくそう考えたから、か‥‥‥)
ならば、自分は自分のやるべき事をするだけ。
(『仮装舞踏会』の企みを阻止出来たとしても、討ち手が全滅ではな‥‥)
ふと浮かんだ、最悪の予想、それが実現する可能性が極めて高い現状に、虞軒は唇を噛む。
「質問!」
「はい、ゆかり」
最初は砂に埋もれて朽ちた石積みが所々に見え隠れする、といった、荒涼とした砂漠同然の景色しか無かった『詣道』。
道を進める毎に時流も進み、その土台たる『詣道』も確かな物へとなっていく。
崩れて風化した煉瓦の素組み、骨のように居残る、彫刻を施された石柱群、巨大建造物を支えていたであろう、折れたアーチ、円と球のラインを基礎に構えられ、未だ残るドーム、外見は質実簡素、内部は精緻な細工に満ちた身廊、どこまでも派手に複雑に、宙へと突き立てられた尖塔群。
そうやって景色と状況が変化していく『詣道』を、盟主一行は進む。
そんな中、持参したおにぎりをパクつくゆかりが、ヘカテーに疑問をぶつけてみる。
「存在の力なんて元々『狭間』には無いはずなのに、パパさんはどうやって『大命詩篇』だの『詣道』だのを作れたの?」
『神』だから、では説明がつかない。
神の力を求める者と供物がなければ『神威召喚』は成立しないし、その一点を除けば、『創造神』とて強大な紅世の王とさしたる性質的な違いは無いからだ。
「簡単な事さね。この両界の狭間でも、存在の力を得る方法があった、という事さ」
ヘカテーの出鼻を挫くようにベルペオルが説明し、ヘカテーがややむくれるが‥‥すぐに挽回のチャンスはあった。
あるいは最悪の形で、だが‥‥‥。
「??」
両界の狭間などで徒が存在の力を得られるなら、そもそも人が喰われる事などないのではないか?
ゆかりが次に発する質問、「どこから?」と、“もう一つの事象”を察知したヘカテーが、
「“あれ”です」
錫杖『トライゴン』で前方を指した。
その指す先に在る『者』らの姿を認めて、先頭に躍り出た悠二が、その手に大剣を握む。
「やっぱり‥‥簡単にはいかないか」
一閃、斬り裂く。それが、戦闘開始の合図となった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
『星黎殿』直衛軍に所属し、また、征討軍総司令という大役を任されている大魚。
“びょう渺吏”デカラビアは、常からそうであるように、冷静沈着に戦局を“見極めていた”。
自在法・『プロビデンス』。
自身の魚鱗を介して、彼は“世界中を”見聞きし、言葉を発し、自在法まで発現出来る。
その冷静極まりない性格と合わせて、指揮官としてこれ以上ない能力の持ち主なのだ。
ただ、その合理的で無感動過ぎる性格ゆえに、彼を快く思わない者も少なからずいる。
しかし、彼はそれら好悪に分かれる自身の印象にすら、さしたる興味もない。
(‥‥“千征令”や“道司”もいれば、さらに編成は組み易かったが、致し方あるまい)
ここ数年のうちに次々と欠けた、組織の重要な構成員らが惜しまれる。
それぞれが強大な王であり、また単純な力だけでなく、軍勢をまとめる統率力と智謀をも兼ね備えた、千軍万馬の将帥だった。
『仮装舞踏会』の側は誰一人知りはしないが、数年前、“道司”ガープは史上最悪のミステス・『天目一個』に、そして“千征令”オルゴンは、メリヒムの『虹天剣』によって討滅されていたのだ。
徒やフレイムヘイズの戦いと人間の戦いの大きな違いは、強力な個人の力が戦局を覆す事がままある、という点にある。
個人個人の力の高低が、人間同士の場合とは比較にならないのだ。だから、有能な将は非常に得難い。
しかし、すでにいない者の事を考えても仕方ない。
(参謀閣下の既定の方針通り、東西のフレイムヘイズの拠点を潰し、反抗の余力を‥‥奪う)
この東西の拠点は、『フレイムヘイズ兵団』が“曲がりなりにも”成立している地であり、この『大戦』に限らず、外界宿(アウトロー)の重要拠点である事には変わりなかった。
ゆえにこその、標的。
(そして、ろくに集結もしていない“野良”を、軍として機能する前に狩る)
悠二が生み出した『神門』は、世界に対する干渉。その規模は『星黎殿』の『秘匿の聖室(クリュプタ)』でも隠せず、同時にその歪みがフレイムヘイズらに危機感をも与えたはずだ。
だからこそ、万が一にも『星黎殿』の位置を悟られぬよう、同じ国内に在る中国外界宿を真っ先に叩き、『神門』を生み出すと同時に攻勢に出るのだ。
今、デカラビアを総司令とした外界宿征討軍が、動きだす。
「攻撃、開始」
あまりに無感動、無感情に、世界の命運を左右する未曾有の大戦は、切って落とされた。
「まさか、貴女からの助力が得られるとは思わなかったのであります」
「意外爆弾」
今から起きる、あるいはすでに起きている世界規模の戦いを、フレイムヘイズの側では誰よりも知る『炎髪灼眼』一行。
「なんか色々面倒だしな、もう友達の方に手ぇ貸す事にしたんだよ」
しかし、彼女らは『フレイムヘイズ兵団』の戦列には加わらない。
『炎髪灼眼の討ち手』、『万条の仕手』、『弔詞の詠み手』、そして『鬼功の繰り手』、『極光の射手』、終には『輝爍の撒き手』。これほどの使い手たちが、『兵団』に加わらない事は、確実に全体の力を下げている。
「んで、準備は出来てんのか? フィレス」
それでも、皆がここにいるのはそれぞれ、そうするに足る理由があるからだった。
「ええ、時間も無いんだろうし、行くならさっさと行きましょう。‥‥っていうか、馴れ馴れしいわね、あなた」
ヴィルヘルミナは、自分たちの作戦、というより方針に賛同し、助力してくれるフレイムヘイズを求め、外界宿(アウトロー)に要請を出していた。
しかし、旧知とはいえ、今や東京総本部に詰めていた『輝爍の撒き手』レベッカ・リードが手を貸してくれるとは思っていなかったのだ。
実際、あまりに無茶で現実性に欠ける方針なため、他に協力を買って出る者はいなかった。
サーレとキアラの場合は、運良く直接説得出来る機会が出来た事と、彼らの性格そのもの、そしてフィレスの機転がもたらした偶然に過ぎない。
(‥‥もっとも、今という時に、この程度の運を味方に出来ないようでは、この先の戦いに勝つなど‥‥‥‥)
(不可能)
娘のような、大切な少女。その想いも、決意も、覚悟も知った。
フレイムヘイズたる自分が、少女の戦いと世界の命運を天秤に掛けている、と認めざるをえない。
坂井悠二を止める事が、この大戦の本質的な勝利を意味する、という事実がなければ、許されない事だろう。
(殺す、それが一番正しいはずでありますが‥‥‥)
『破壊はしない』
少女はそう言った。
そして、自分もその言葉に喜んでしまった。
だが、きっと、シャナは全力で戦うだろう。
想いを寄せる少年が相手だからこそ、一切の手加減を、自身に許さない。
(元々、手を抜いて勝てるような相手ではないはずでありますが‥‥‥)
少し前に、『天道宮』を求めて訪れたこの地で、完膚無きまでに叩きのめされた記憶が蘇る。
(しかし‥‥‥)
今度は、あの三人だけではない。『三柱臣(トリニティ)』をはじめとする、『仮装舞踏会』の徒たちが敵に回る。それでも‥‥‥‥
(準備は、整ったのであります)
“突入”に際して必要な最低限。
小隊規模の戦力が、揃った。
戦いでは紅蓮に燃える髪と瞳を、今は黒に冷えさせる少女が、遠く、高い空を見つめる。
その胸にあるのは憂いか、あるいは想いか、誰にも、少女自身にもわからなかった。