封絶に広がるオーロラの光と、紫の火炎。
"以前のような"生温い牽制ではない、初手から全力の、『極光の射手』最強の自在法を叩き込んだのだ。
だが‥‥‥
(生きてる‥‥‥)
巨大な気配が、爆炎の先にそのまま感じられる。
どの程度効いたのかはわからないが、確実に生きている、それをキアラは見て取る。
だが、そもそも相手は自分だけではない。
爆炎の先の先、シュドナイの背後から一つの影が、否、霞が躍り出た。
「『捨身剣醒』」
神器・『昆吾』が横回転を始める、早め、より早め、直剣を取り巻く霞が剣閃に付き従う。
その輪舞が生み出すのは、紅梅色の円刃。
「っはああああ!!」
虞軒の持つ最強の一撃が、シュドナイの影を正確に捉え、それは命中した‥‥ように思えた。
「二人とも、なかなかの美技だ。だが残念‥‥」
両腕を、やたらと太い虎のものへと変えたシュドナイが、円刃を剛槍で真っ向から受け止めていた。
「俺の心にも命にも、届かんな」
そしてそのまま剛槍一閃、霞の攻撃全てを虞軒ごと弾き飛ばした。
結果として距離を取った虞軒、そしてキアラが呆然と、見た。
「う‥‥そ‥‥」
「馬鹿な‥‥」
先ほどまでと変わりなくそこに浮かぶシュドナイを。
『極光の射手』、『剣花の薙ぎ手』の最強の攻撃を受けて、シュドナイ自身にも、剛槍・『神鉄如意』にも、傷一つついてはいなかった。
その表情を察したシュドナイは、くるりと槍と腕を元の大きさに戻しながら応える。
「俺たち『三柱臣(トリニティ)』の宝具は特別製でな。この『神鉄如意』は、俺が望まない限り、折れも曲がりもしない」
その驚異的な特性に、キアラと虞軒が戦慄する中、それでも冷静に戦況の推移を窺っていたサーレが、
(ん‥‥‥?)
一つの事象を捉えた。
否、正確にはそれを捉える事に集中するために、今まで手を出さなかったというべきか。
「キアラ!」
「っ!」
師の呼び掛けに、考えるより早く体が動くキアラ。
反射的に、再び『ドラケンの咆』と『グリペンの哮』をシュドナイに放つ。
(今だ!)
その隙を突こうと再び攻撃に移ろうとした虞軒、その中核たる神器を、"見えない何かが"無理矢理引っ張った。
見ればキアラも、自分の攻撃の効果のほども確認せずに背を向けている。
そのまま、キアラと、そして自分を引っ張るサーレが、一つの方向に全速で飛んでいた。
虞軒が何か口に出す。それより先に‥‥‥
("糸"にかかった。これ以上ここにいると囲まれる)
サーレが小声で、簡潔に説明する。
(糸‥‥‥そういう事か‥‥‥)
虞軒も、そんな説明で大筋理解する。
『鬼功の繰り手』の力は、不可視の糸で周囲のあらゆるものを繋ぎ止め、操る事。
サーレはその糸を広範囲に巡らせて、気配を隠して迫る敵に対するセンサー代わりにしていたのだ。
その糸に敵がかかった、という事はつまり、すでに敵本隊による包囲網が敷かれつつあるという事。
単独行動に出ている敵の総大将を討ち取る、自分たちにとっても千載一遇のチャンスだっただけに、惜しまれる。
だが、それ以前に‥‥
(逃げ、切れるのか‥‥?)
こちらは三人、全員が全員、世に知られた使い手揃い。とはいえ、相手は『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の将軍。さらに副官らしき徒が二人、付いている。
(手間取っていては、あっという間に囲まれるぞ‥‥‥)
自分たち中国フレイムヘイズを、驚くべき迅速かつ正確な用兵で攻め落とした敵の手腕が脳裏に蘇り、虞軒に焦りが生まれる。
当然、シュドナイはそれを追う。
(逃げる、か!?)
シュドナイにしてみれば、突然の撤退である。
向こうにしてみても、この状況で自分と戦えるのは好都合であるはずなのだから。
(逃がさん!)
"何故包囲に気付けたか"は知らないが、別に自分が彼らを逃がす理由もない。
背を向けながら次々に極光を飛ばすキアラを最後方にした三人を、飛び来る極光を弾きながら追う。
そのシュドナイが、とある一画に差し掛かった、瞬間‥‥‥
「っ!?」
シュドナイを挟んで両脇のビルが二つ、突然、菫色(すみれいろ)に燃え盛り、罠にかかった獲物を潰さんと‥‥‥‥
ドガァアアアン!!
その距離を、0にした。
さらにダメ押しとでも言うように、キアラが逃げながら放った『ドラケンの咆』と『グリペンの哮』が、シュドナイをビルごと吹き飛ばす。
『極光の射手』の力はメリヒムの『虹天剣』にこそ及ばないが、連射や誘導が自在であるがため、汎用性は非常に高い。
(くそっ!)
粉々に吹き飛んだ瓦礫をはねのけて、シュドナイが飛び出す。さっきの一撃、ビルが目隠しとなった事で『神鉄如意』で払いのけるといった反応が出来ず、それなりのダメージを受けてしまった。
(ちっ、もうあんな所まで‥‥)
しかも、その間に大分距離を稼がれてしまった。
変幻自在の『神鉄如意』を以てしても、少しばかり間合いが遠すぎる。
「オロバス!!」
叫ぶと同時に、その姿は変質する。
二足歩行の腕ばかり太い虎、だが、その膝から下は鷲の足、背に生えるのは蝙蝠の羽、虎の頭には角と鬣、おまけに蛇の尻尾まで生えている、という、"千変"の真名に相応しい、異形のデーモンの姿へと。
「はっ!」
呼ばれ、まさにそれをこそ待っていたとばかりにオロバスは跳び上がる(レライエは距離を取りつつ、サーレ達を逃がすまいとその気配を捉えている)。
そして、その蛇の尻尾にがっしりとしがみついた。
(よし‥‥‥‥)
準備が整い、シュドナイは"湧き上がる力"を、太くなった腕にさらに込め、巨大化させる。
同時に膨らんだ『神鉄如意』の大きさは紫と橙の炎を混ぜ、先ほどの、城の尖塔ほどの大きさのそれを優に上回る、桁外れな大きさとなる。
これが"獰暴の鞍"オロバスの能力。
自身の体と接触している対象の能力を強化する力である。本来ならば、この力は彼が『人化』していない本来の姿、黒い軍馬の上に対象を騎乗させるのが常套手段なのだが、残念ながら今のシュドナイと『神鉄如意』に乗られたら、オロバス自身が潰れてしまう。
だから今、オロバスは人の姿でシュドナイの尻尾に必死にしがみつく、という少々格好の悪いやり方しか取れないのである。
その、オロバスによって強化されたシュドナイの『神鉄如意』、今度こそサーレ達を間合いに捉えた長大に過ぎる剛槍が、振り下ろされる。
ドォオオオオン!!
大気を震えさせる、その怖気を呼ぶほどに強力な一撃は、シュドナイがいる位置から封絶の端までという恐るべき広範囲を煉獄に包み込み、焦土と化す。
しかし‥‥‥
「将軍! 右です!!」
一拍置いて発せられたレライエの言葉で外れた事を知り、すかさず『神鉄如意』をそのまま右に払う。
腕の振りに合わせて、街が一瞬で廃墟ですらない塵へと変わる。
しかし、今度はシュドナイ自身が手応えで捉えた。否、正確には捉えなかった。
「レライエ! 封絶の外か!?」
叫ぶシュドナイに、返事は返らない。その意味を瞬時に理解したシュドナイは、オロバスに強化された自身の力で、さらに封絶の範囲を広げる。
果たして、そこにレライエはいた。レライエしか、いなかった。
「何があった?」
レライエに飛んで近づきながら、シュドナイは状況を確認する。
あのタイミングで隠れる事など出来ない(そもそも隠れる場所などあの一帯にはすでに無かった)。
封絶の外に突っ切る以外に回避する事は不可能だったはず。だが、おそらく常にサーレ達を見張っていたであろうレライエ、しかここにはいない。
シュドナイの言いたい事は百も承知の上で、しかしレライエは呆けたような応えしか返せなかった。
「‥‥わかりません。奴らを追って封絶を飛び出した時にはもう‥‥姿はありませんでした」
「‥‥‥‥ふん」
レライエの言葉に、シュドナイは少し考え込むように唸った。
自分が派手な攻撃をしたせいでレライエの追跡が多少は遅れたかも知れないが、新たに展開した超広範囲の封絶の外に逃げ切るなど、普通なら不可能。
気配を消して隠れるにしても‥‥‥‥
「っふん!!」
剛槍一閃、再び街を破壊する。やはり、それらしい手応えはない。
「『転移』か何か‥‥方法はわからんが、どうやらまんまと逃げられたらしいな‥‥‥」
スッパリキッパリ、思考を切り替えたシュドナイが、レライエに言う。
「申し訳ありません。私が見張っていながら‥‥」
「気にするな。今回は奴らが一枚上手だった、というだけの事だ。それに、もはや奴らの生存如何で変わる戦況でもない」
レライエの謝罪を軽く笑い飛ばしたシュドナイが、ポケットから一つ、香水瓶を取出し、振り撒いた。水滴は紫の火の粉となって、戦いで傷ついた街が、とんでもない早さで癒されていく。
余った"それ"、存在の力の結晶をぐいっと飲み干したシュドナイの目に、ようやく現れた自軍本隊の構成員達が映る。
「オロバス、もういいぞ」
「あ‥‥はっ!」
オロバスがシュドナイの尻尾から離れ、封絶の規模が元の大きさに戻る。
人の姿に戻ったシュドナイが、すぐさまタバコに火を点した。
自軍の集結を眺めながら、副官たちに語り掛ける。
「すまんな。ここ一番の大戦に、将軍たる身が外す事になる」
すでに、否、初めから決定事項として決まっている事に対して、詫びた。
未踏に踏み入れ、目指す彼ら『仮装舞踏会』。その先を切り開く事こそが『将軍』たる自身の役目だと考えているからこその言葉だった。
「こちらで戦う我らは、大命に赴かれる『三柱臣』ご一同を守る盾として配されているのです。お気に病まれる必要はありません」
シュドナイのその言葉を、オロバスが馬鹿丁寧な口調で否定した。
シュドナイは軽く笑う。
「くくっ、お前たち、少し言葉遣いが大時代的すぎる。少しはテレビでも見ろ」
ふと、その視線がレライエの掌の上に行く。
そこに在るのは、魚の鱗。
「デカラビア、仮に大軍が踊り入ったとしても、『秘匿の聖室(クリュプタ)』に守られる『星黎殿』が易々と見つかるはずもない。だが、何が起こるかわからんのが戦だ。何度も言うが、用心してかかれ」
その言葉にあからさまに顔をしかめるオロバス、そしてそれを見て吹き出すレライエ。
「作戦方針は、了解しております。私が統括する以上、心配無用」
"鱗の先で"言葉を受けた、"今からの"征討軍総司令官は、気負う感情の一片も見せず、簡単に請け負った。
予想通りの反応に、溜め息が漏れる。
「無駄に兵を殺すなよ」
一言だけ告げて、今度はこの場にいる二人に言う。
今度は、念押しではなく鼓舞。
今ここにいる者たちは、大命に向かう盟主の言葉を聞く事は出来ないのだ。
「このまま、準備が整う前に勝負をかける」
本当なら、自分こそがその先頭に立ちたかった。
「軍の体裁など取らせるな。『傀輪会』壊滅の報を聞き、奴らが危機感を覚える間も与えずに潰せ」
既定方針を軽く伝え、離れる統率者としての責務を果たす。
そして、ある意味一番大事な事。
「俺たちの帰還まで、頼んだ」
使命を託したシュドナイの手に、光り輝く黄金の鍵が握られる。