「‥‥ああ、ああそうだよ。おまえこそ、フレイムヘイズ全体の移動の要なんだ。状況次第じゃ真っ先に潰されるぞ? せいぜい気を付けな」
フリーダーはガタガタとうるさいが、話を信じていないわけではない。
むしろ、その“最悪なケース”に備えて準備を進めてくれている。
だが、やはり文書の通達による無益で無駄極まりないやり取りが続けられるだけ、『兵団』としての体勢を取れるのはいつになるかもわからない。
ドレル・クーベリックが改革した現在の外界宿(アウトロー)は以前に比べれば格段にその能率を上げているため、ちゃんと全体に危機感が伝われば迅速に動けるだろうが、この状況は正直焦れる。
“別動隊”の動きがわかっているだけに、尚更。だから、ちょっと国際電話で相談してみたのだ。
この自分が相談、という陳腐な事態をからかわれた時は爆撃してやりたくなったが、それは自分の役割と責任をわかっている証拠だ、と言われた時は嬉しかった。
結果として、彼の意見は意外にも賛成。以前、自分に部隊長なんてものを頼み込んだ男の発言とは思えなかった。
「気障野郎が‥‥‥」
彼なりに考えて、そう言ってくれたのだろう。考えが一致した、というのが何より嬉しかった。
大体、自分は元々他人を使うのも、大勢に混じって戦うのも向いていない。
『あっち』の方が肌に合いそうだ。
(ま、それだけでもねえけどな)
といっても、率直に言えばただの『勘』である。
全体の戦局を、頭の中で整理して、活路を見いだしたのが『ここ』。
レベッカは、それをただの勘、とは思わない。むしろ、この勘こそが自分を今まで様々な戦いから生き残らせてくれた、最も信用すべきものだと考える。
だからこそ、それに準じた行動を取る。
‥‥‥‥‥‥‥
「待て、レベッカ・リード! 自分の立場がわかっているのか!? 『万条の仕手』の言葉を信じるなら尚更、おまえにはこれから‥‥‥」
「立場なら‥‥わかってるぜ?」
追いすがる、またもうるさいフリーダー。まあ、言っている事は尤だし、もし同調者などが続出すれば目もあてられないだろう。
「だから‥‥‥‥」
こうすれば、スッキリ行動出来る。
ドォオオン!!
「ぐあっ!」
桃色の爆発が、廊下の一画を黒焦げにして、フリーダーを吹っ飛ばす。
「これで良し」
「いいわけがあるか!」
レベッカの突然すぎる暴挙に、フリーダーは当然噛み付く。
が、レベッカは聞く耳を持たない。
「これ以上邪魔すんなら、次は外で騒ぎになる威力でぶっ飛ばす」
「冷静になれ! もし本当に『仮装舞踏会(バル・マスケ)』が動けば、対『革正団(レボルシオン)』戦争や『内乱』以上の戦いになるんだぞ!」
「駄目よフリーダー君! 分かってるでしょ、レベッカちゃんの宣告は、絶対に脅し文句じゃないんだから!!」
「っ! ‥‥‥‥」
フリーダーの胸ポケットに納まるブリギッドからの必死の制止に、フリーダーは口をつぐみ、レベッカはニヤリとを笑みを作る。
「オレも、別の場所で戦うだけだ。そっちも持ち場を離れん‥‥‥‥」
と、言葉の途中でスプリンクラーの水を頭から被って‥‥‥
「‥‥‥なよ!」
わざわざ切れた所から不機嫌に言い直して、レベッカは飛び出した。
「あ、あの‥‥‥バカ爆弾が!!」
完全無欠に自分の事を棚に上げたレベッカの捨て台詞に、フリーダーは声を荒げて怒鳴った。
「ふぅ」
見晴らしの良い高原の丘に、丸顔、四十過ぎほどの女性が一人、立っていた。
黒い貫頭衣に純白のベールといった装いの修道女である。
「こんな隠居同然のおばあちゃんまで駆り出そうなんて、世界っていうのは厳しいわ」
「誰しも、いつまでも腑抜けてはいられない、そういう事でしょうな、ゾフィー・サバリッシュ君」
ゾフィー、と呼ばれた女性を諭すのは、彼女の額にある、刺繍の青い星である。
「ええ、分かっていますよ‥‥‥いえ、分かっているつもりですよ、タケミカヅチ氏」
彼女、『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュは、近代の椿事にして惨劇たる『革正団』との闘争の中で、生涯の友たる二人のフレイムヘイズを失い、隠居同然の暮らしをしていたのである(御崎市に現れた『革正団』は、思想や行動を隠していた残党、と言える)。
しかし、隠居同然の身とはいえ、その実力や指揮能力は数百年前の『大戦』で『フレイムヘイズ兵団』の総大将を務めたほど。
尤、それは戦場指揮・軍略の話であり、集団の細々とした運営などは今は亡き二人の戦友に任せていた(彼女自身は、人間時代に権力闘争に嫌気が差して修道院に入ったという過去を持つ)。
いずれにしろ、今という時節に野放しにしておける人材ではないのである。
「‥‥‥‥‥‥」
そんなゾフィーの手にあるのは二枚の手紙。
一枚は、現代の外界宿を束ねるフレイムヘイズ、ドレル・クーベリックからの直筆の書簡。
そしてもう一枚は、外界宿を通さずに直接送られてきた、知己からの手紙。
「‥‥‥シャナ・サントメール、ね」
数年前に出会い、師事した、あまりに世間知らずな、名も無き少女。
あれから数年、何の連絡も寄越さなかった少女だが、数ヶ月前からポツポツと手紙をくれるようになっていた。
大半は、短期間のうちに異様な頻度で徒やフレイムヘイズが現れる、『闘争の渦』とも思えるミサキ市についての報告だったが、手紙の最後に『名前』があった事には驚いた。
『要らない』
自分が『それ』を訊ねた時に返ってきたのが、そんな応えだった。
だが、今は違うようだ。実直に過ぎる文面の端々から、今の少女の在り方が滲み出てくるようだった。
それでもまだ幼すぎる、早すぎる少女は今、己の戦いと、世界の戦いに同時に挑まねばならない。
「‥‥‥行きますか、タケミカヅチ氏」
「そうですな、ゾフィー・サバリッシュ君」
自分も、ぐずぐずしてはいられない。
「ああ、あれほどの討ち手が集っていても、こういう事態になってしまいましたか」
「ふむ、警戒はしておったのにぬかったの。彼女たちを信用し過ぎたのか、いや、『闘争の渦』という話も、あながち間違いではなかった、という事だったのかも知れんの」
麦わら帽子を被った小さな少年が、この世の歪みを正す少年が、手にした書簡と、それに連れられるように激しく波打つ世界の時流を感じる、そんな錯覚を覚えながら、空を仰ぐ。
ゾフィーや、レベッカのみではない。
確かに、突拍子もない布達に、世界中のフレイムヘイズが迅速な対応を取れているわけではない。
それでも幾人かの討ち手たちは、各々が、それぞれの理由で、動きだしていた。
「かんぱーーい!!」
そこかしこから炭火焼きの匂いが漂う。
ただいま『仮装舞踏会』バーベキューパーティー開幕中。
今や『仮装舞踏会』の看板となった盟主、巫女、姫の三人組、通称『緋願花』主催のパーティーだ。
来るべき大戦に向けて英気を養おう、というのが一応の名目、もちろんそれもあるが、発端はゆかりの思いつきである。
「皆、楽しんでいるようですね‥‥‥」
「‥‥‥うむ」
『ウロボロス』の存在が公になると『盟主』の威厳的な問題が生じるため、皆から少し離れた所で見守るベルペオル。
もちろんバーベキューには参加しているが、今は『彼』と話すためである。
人の姿や異なる形、騒ぐ者、ヤケ食いのように食べまくる者、黙ってひたすら酒を飲む者、様々取り取りな情景がそこにあった。
誰も彼もが浮かれている。
また同時に、浮ついてもいる。
(不安、か‥‥‥)
これから始まる戦いに対するものだけではない。
『創造神』に付き従う誰もが直面する、『世界の変革』に本質的な覚束なさを抱かされている。
己が存在というものを自覚的に維持する生き物、“紅世の徒”であればこその、大きな不安を。
いや‥‥‥‥
「ヘカテー、ピーマンもちゃんと食べなさい」
「ヤです」
「悠二の口移しなら食べるって♪」
「ゆかり! 怒るぞ!?」
「くちうつし?」
‥‥例外もいるようだ。
「ふふ‥‥‥」
薄く微笑んで、二の腕に巻き付いた『ウロボロス』の口元に、焼き肉を持っていく。
「はのもひいほほは、やあい、あえくあいのよううああけえばあ(頼もしい事だ、やはり、あれくらいの余裕がなければな)」
頬いっぱいに肉を頬張って、“祭礼の蛇”は言う。
「はい」
きっと、あの姿は他の構成員達の心をも癒すだろう。
口元にピーマンを押しつけられてイヤイヤと首を振るヘカテーを、楽しそうにピーマンを食べさせようとするゆかりを、ヘカテーを応援しながらもしっかり羽交い締めにしている軽く鬼な悠二を、二人、静かに見守っていた。
「頑張りました」
オレンジジュースでピーマンの苦味を誤魔化しながら、悠二に期待の視線を送るヘカテー。
「うん、頑張ったね」
よしよしと頭を撫でる悠二。少々物足りないが、“とりあえずは”これで許してあげようと思う。
「ねえヘカテー、前から気になってたんだけど‥‥」
「?」
ヘカテーの袖を引っ張るゆかりが、視線をベルペオルに固めたまま、質問開始。
「眷属、ってよくわかんないけど親子みたいなもの?」
「‥‥はい、それに近くはあります」
ゆかりに倣って見る先で、丁度、ベルペオルによる「あーん♪」が敢行されていた。
「‥‥‥親子であれは、アリ?」
確かに、少しアブノーマルなのでは? と、傍らの悠二もふと思った。
「それを説明するには、論理よりむしろ詩情が必要となりますが‥‥例を挙げて分かりやすく言えば‥‥‥‥」
久しぶりのヘカテー先生の講義を傾聴する悠二&ゆかり。
「ゆかりの今の体を構築したのは悠二ですが、ゆかりは悠二を父親だと考えますか?」
「全然!」
‥‥なるほど、理屈抜きで凄まじい説得力である。
にしても‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
ヘカテーが今、それを口にする時、実に軽い調子で言いながら、こっちの顔色はしっかり窺っていた。
あえてその話題を軽い調子で言う事で、自分が気にしないように配慮したのか、それとも、まだ気に病んでいるのかを心配してくれたのか、いずれにしろ‥‥‥‥
(成長、したなぁ‥‥)
と、素直に思う。
「黙ってどしたの? パパ♪」
「パパって言うな!」
それは、ゆかりも同じ。
(頑張ろう)
自分も、こんなに強くて優しい二人に、負けてはいられない。
共に歩むと、決めたのだから。
「宝を探し、火を求め、茨の坂に身は弾む‥‥」
宴を見守る美しい月を、星を仰ぎながら、ロフォカレはリュートを掻き鳴らす。