「‥‥封絶?」
「巫女様巫女様! 大した事ではございませんから」
「‥‥でも、悠二と"千変"が鍛練している封絶とは、別の封絶です」
「ちょっと"耽探求究"が実験してるだけです! あ、ほら、それより私達のお部屋にいらっしゃいませんか?」
「‥‥‥マリアンヌと、"狩人"の部屋、ですか?」
「そうですそうです! フリアグネ様の趣味で色々なコスチューム揃えてありますから!」
「こすちうむ‥‥?」
「そうです! 可愛らしい巫女様がお召しになれば盟主も目の色が変わるに違いありませんよ!」
「目の、色‥‥‥?」
「見た瞬間に抱きついて来ますよ!」
「抱きつく‥‥!」
「はい! というわけで封絶何か放っておいて私達の部屋に参りましょう!」
「はい」
「はっ‥‥はっ‥‥はっ‥‥‥!」
大した時間戦っているわけではない。それなのに、もう全身が汗でびっしょりだ。
「どうした? まだ君は私に一撃入れる事も出来ていないのだけどね」
「わかってます‥‥よ!」
一声咆えて、右手に握った『パパゲーナ』を力一杯振るう。
「『胡蝶乱舞』!」
翡翠の羽根吹雪が舞い、白の狩人を呑み込まんと轟然と雪崩込む。
「行け、『コルデー』よ!」
フリアグネも、かざした右手から無数の指輪を放ち、それが呑まれたかと思われた瞬間に弾け、連鎖的な融爆を巻き起こす。
そして、『星黎殿』のだだっ広い廊下の、馬鹿高い天井に、爆発に紛れて平井ゆかりが舞い上がる。
「もらい!」
そして、フリアグネの真上から特大の炎弾を放り投げる。
が‥‥‥
「『アズュール』よ!」
それはフリアグネに届く直前に、結界に阻まれて嘘のようにかき消される。
(悠二の、『アズュール』!)
この火除けの指輪は元々フリアグネの物であるが、御崎市での戦いで坂井悠二の手に渡り、そして再びの御崎市での闘争という数奇な運命をたどり、再びフリアグネの左手に在る。
「相手の能力がわからない」
淡々と言うフリアグネの指先から、今度は無数に分裂したカードの怒涛が押し寄せてくる。
だだっ広い、といっても所詮は廊下の天井。
(逃げられない!)
「っはああああ!」
咄嗟に全力で炎を放出してそれらを焼き払う。
「地の利が無く、自慢のスピードが活かせない」
また、淡々と声が響いて、ゆかりが背にしていた天井がいきなり爆発し、瓦礫が降ってくる。
「っ痛!?」
咄嗟に反応するも避け切れず、人間大の岩塊が背中を強打する。
(いつの間に、天井に指輪を仕込んだ‥‥?)
悠長に、思考を巡らせる時間もない。
「っこの!」
素早く金色の鍵・『非常手段(ゴルディアン・ノット)』を取り出し、自身の中に在る『オルゴール』に『強化』の自在式を刻む。
「情報不足で適切な対処がわからず、せっかくの特異な能力も宝の持ち腐れ」
「そりゃどーも!」
昇ってくるフリアグネを迎撃すべく、一気に加速して距離を詰める。
(接近戦は、得意じゃなかったはず!)
『強化』した自分なら勝てる。そう考えて、鉾先舞鈴を突き付けて突撃する。
その、切っ先に‥‥
バチンッ!
「っ!」
フリアグネが袖口から伸ばした金色の鎖、その先端に付随するコインが磁石のように張りつき、さらに鎖が『パパゲーナ』に絡み付く。
自身を『強化』したゆかりに、フリアグネの腕力では適わない。だが、別に力比べなどする必要はない。
ぐいっ!
「わっ!?」
鎖を横に引っ張り、短剣の軌道を少し流す。
それだけで‥‥
「隙だらけだよ」
「っあ、ぐ!」
ゆかりの突進に対して同様に加速したフリアグネの膝が、カウンターの要領でゆかりの鳩尾に深々と食い込む。
苦しみに身動きの取れないゆかりの背中に、
ドンッ!!
「っうあ!!」
至近距離からの炎弾がたたき込まれ、そのまま床に激突する。
(この、ままじゃ‥‥)
鈍い動きで地に手をついて起き上がろうとするゆかり、その鼻先に‥‥‥
「チェックメイトだね。お姫様」
「‥‥‥‥‥‥‥」
吹き飛ばされた拍子に手放してしまっていたらしい、そして『バブルルート』の鎖に絡め取られていたゆかりの『パパゲーナ』が今、フリアグネの手で、突き付けられていた。
「さっき私が言った事は全て、『実戦』では当たり前の事だ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
両者ピクリとも動かずに、ただフリアグネが言葉を紡ぐ。
「君の能力は多彩だが、ひどく不安定だ。"虹の翼"に勝てたのも、その応用力のおかげ。しかし‥‥対応がわからない相手には、その特異な能力を満足に発揮出来ない」
‥‥‥反論、出来ない。
「そして、未知の能力を持つ相手との戦いが常である実戦で、君はそれに対応するための経験が、絶対的に不足している」
たった今、身を以て味わわされたのだから。
「坂井悠二達が過剰に心配するのも当然だよ。『何で私ばっかり』? 君が不安要素だからに決まっているだろう」
「っ‥‥‥‥!」
確かに、悠二やヘカテーに追い付いたと思っていたわけではない。
だが‥‥‥
「今まではそれで良かったかも知れない。だが、この先は今までのような戦いとは違う。私やマリアンヌも、利害の一致から行動を共にしている以上、"足手まとい"には退席してもらいたい」
‥‥‥一緒に、戦えるようになったと思っていた。
「後方支援でも、やれる事はいくらでもある。ただ、坂井悠二達と同じ場所で戦う、というのは、諦めた方が良い。君のせいで、彼らが傷つくのを見たくないならね」
「‥‥‥‥‥‥‥」
フリアグネが言いたい事は、理解出来る。
かつて、自分が佐藤啓作に告げた言葉も、それに近いものだった。
「私は‥‥‥‥」
それを、理解しているはずなのだ。
(でも‥‥‥)
『‥‥ホントはね、ずっと、皆一緒にいたいって、思ってたの。人間とか徒とか関係なく、皆でずっと‥‥‥‥』
『この世の本当の事を変えてやる』
『たった一人の女の子さえ、守れなかった!』
(いやだ!)
腕も、足も、指一本の動きも見逃さない気概だったフリアグネ。そのフリアグネにして、予想外の事態が起きる。
腕も、足も、指一本動いてはいない。
フリアグネの注視していたその部位は、毛ほども動いてはいない。
その代わり、毛が動いた。
「?」
あまりに不可思議な現象に、フリアグネは一瞬状況を掴みかねた。
ゆかりの頭の両端からチョロリと伸びている触角が、くにゃりと曲がって‥‥‥‥
ビビッ!!
その両先端から、翡翠の光線を発射した。
バチッ!
「っぐ!?」
その光線の一本は眼前の『パパゲーナ』を弾き、もう一本はフリアグネの二の腕を貫く。
(今!)
「ぐあっ!」
立ち上がりざまに蹴り上げた踵が、フリアグネの顎に決まる。
『強化』されたゆかりの身体能力による強烈な一撃が、フリアグネの体を軽々と吹き飛ばした。
さらに、追撃で炎弾を放つが、それは『アズュール』の結界によってかき消される。
「私の秘密兵器、バージョン2ですよ」
そう、以前外界宿(アウトロー)東京総本部での戦いでヘアゴムを焼失してしまったゆかりは、悠二にプレゼントしてもらった髪留めが戦いで傷つかないように、戦闘用によく似た模造品を作っておいたのだ。
しかも、ただの模造品ではなく、教授特製の"我学の結晶"である。簡単に言うと『ビーム』が出せる。
「‥‥‥フリアグネさんの言いたい事、理解出来るつもりです。でも‥‥‥」
自分の言葉が、悠二に今の道を、戦いを選ばせたのなら、それを『助ける』という事事態が間違っている。
例えきっかけに過ぎないのだとしても、他人事に手を貸すようなスタンスには立てない。
悠二を中心に置いて、自分のやる事を探すのなら、フリアグネの言葉が正しい。
だが、違う。
自分を中心に置いて、悠二に対して何かをぶつける。
そう在らねばならない。
そう在りたい。
感情論だとわかっていても。
「ここで退いたら、私は絶対に後悔する。フリアグネさんに、ヘカテーに、悠二に何を言われても、答えは変わらない」
「‥‥‥‥‥‥」
だからこそ‥‥‥
「フリアグネさんは私を足手まといだって言うけど、結果として、勝機を逃してこうして私と対峙してる」
自らの、存在そのものを懸ける。
「力が足りないって言うなら、今度こそ証明しますよ。 ‥‥‥あなたを倒してでもね」
ゆかりの、あまりにも露骨な決意に、忠告のつもりで戦いを挑んだフリアグネは‥‥‥
「はぁ‥‥‥‥」
呆れたように、あるいは降参したように、軽くて重い溜め息をついた。
うろうろうろうろ
「はぁ〜〜〜‥‥‥」
フリアグネによる、ゆかりへの『指摘』。
これからの戦い、万全の準備は整えておきたいし、世に名立たる"狩人"をきちんと味方につけておきたいという思惑もある。
だからこそ許し、"二つ目の封絶"への接触を構成員達に禁じてもいる(悠二とヘカテーには内緒)。
が、
「手荒な真似をしなければ良いのですが‥‥‥」
「奴は宝具に目が無いらしい、という話も聞いているな」
「や、やはり私が直接止めに行った方が‥‥‥」
「焦るな、我が参謀よ。これから始まる大きな戦いに、今のままの平井ゆかりでは不安が残るも事実だ」
「しかし、しかし〜〜!」
自室で、ベッドの上の小さな蛇と悩むベルペオルだった。