(悠二‥‥‥)
光弾の雨が降り、仮面の討ち手がそれから逃れ続ける。
さすがに防御・回避能力に優れたフレイムヘイズ。紙一重で『星(アステル)』を躱しながら、少しずつ距離を詰めてくる。
『守れなかった‥‥!』
悠二だけじゃ、ない。
自分もあの場にいて、戦って敗れ、気絶していた。
『たった一人の女の子さえ、守れなかった!』
それが悠二の心にあんな重荷となっている事に、気付かなかった。
(私は‥‥‥)
悠二は、自分を迎えに来てくれた。大好きだと、一緒に歩いて行こうと言ってくれた。
だと言うのに‥‥
(ゆかり‥‥‥‥)
悠二が『大命』を願う、その一番根底に在るものが、自分ではない。
ゆかりは、自分にとってもかけがえのない存在。
それでも、その事に胸の痛みを覚える自分に、猛烈に自己嫌悪が湧き起こる。
一番求めていたものを得て、なおもこんな想いを抱く‥‥自分の貪欲さが嫌になる。
(でも‥‥‥‥)
それ以上に強い想いも、同時に胸に満ちていく。
悠二の願い。
大切なものを守りたい。もう失いたくない。
そんな彼の願いそのものが、嬉しかった。
『この世の本当の事を変えてやる』
そして、自分の中に湧き上がる気持ち自体が、嬉しかった。
いつものように悠二に甘えるのではない。
"悠二の"願いのために‥‥
力になりたい。
力を振るえる。
その事が、嬉しい。
『君と一緒に歩いていく。そのためにも、願いを果たす』
願いの先で‥‥
(きっと悠二は‥‥)
もっと、穏やかに笑ってくれる。
己の、神の眷属としての存在意義のために生きていた少女の、目指すものは変わらない。
だが、それを願う理由は、かつてとは大きく変わっていた。
ヒュッ!
仮面の表面を灼くほどに近く、光弾が通り過ぎる。
だけではない。全身のどこに着弾しても全く不思議のない星の雨を、舞うように躱し、あるいはいなして、『戦技無双の舞踏姫』は飛ぶ。
(行ける)
確かに凄まじい威力だが、要は当たらなければいい。
(もう少しで私の‥‥)
(射程距離)
(であります)
ただ躱すだけではない。躱しながら、光弾を放ち続けるヘカテーに接近している。
当然近づけば近づく程回避は困難になるが、ヴィルヘルミナはそんな素振りは微塵も感じさせない。
(接近に際して、後退して距離を取ろうとする素振りを見せようものなら‥‥)
(好機)
(その隙を突いて、こちらのリボンを伸ばすのであります)
遠距離から光弾を撃ち続けるヘカテー、それを躱し続けるヴィルヘルミナ。
傍目には実に単純な戦いに見えるが、これほどの光弾を撃ち続けられるヘカテーと、それを躱す事が出来るヴィルヘルミナ。とんでもなくハイレベルな戦闘である。
そして、単調な構図だからこそ、
(‥‥‥‥‥?)
ドンッ!
(っ!?)
僅かな駆け引きが、勝負を分ける。
(これはっ!?)
光弾を躱していたヴィルヘルミナの体が、突如としてガクン、と打たれる。
それが、ヘカテーが『星』に混ぜて放った突風であると気付く余裕はない。
(っまずい!!)
ただでさえ紙一重の攻防。一瞬止まったヴィルヘルミナ。それは、今の状況では致命的な隙になる。
しかし‥‥
「ふっ‥‥」
数発、着弾しそうになった左肩を、そのまま引いて、
「はああ!!」
リボンの端で捉え、独楽のように回転して投げ返す。
それは当然のようにヘカテーには届かず、別の光弾に着弾して連鎖的な融爆を引き起こす。
爆炎と爆煙に満たされた視界では、いかにヴィルヘルミナといえども後続の『星』を躱せない。
(間に合え!!)
しかし、融爆の連鎖で僅かに出来た時間で、瞬時に『反射』の盾を形成する。
ギリギリで間に合ったそれが、ヴィルヘルミナに当たる範囲の『星』を、四方に弾き返していく。
(危なかった‥‥!)
そう、"ヴィルヘルミナに当たる範囲の『星』だけを"。
「弾けよ!」
ヘカテーの声に呼応するように、"ヴィルヘルミナの脇を通り過ぎようとしていた"無数の光弾が、目を灼くような光を放って、強烈な連爆を巻き起こした。
「‥‥何で‥‥そんな事言うの」
誰にも聞こえない。小さな、小さな呟き。
ただ、胸元のペンダントだけには、届いていた。
「世界を、"変えてやる"?」
炎髪に、灼眼に、力を込めて睨み付ける。
「何様のつもり? おまえの言ってる事は、単なる願望でしかない。それを世界に押しつけて、救世主にでもなったつもり!?」
少年の願いは理解出来る。
理解出来て、しかし納得する事は出来ない。
「自惚れるな! 坂井悠二!!」
大太刀を左手に持ち換えて、右手を腰溜めに掻い込んで‥‥
ゴッ!!
気合い一閃、拳を突き出すと同時に、紅蓮の巨腕を、巨大な拳撃として、繰り出した。
「‥‥そうだね」
悠二は慌てず騒がず、竜尾を自身の前に振り、ひゅるひゅると曲線に展開させて‥‥
ガァンッ!!
凄まじい轟音を響かせて直撃した巨腕の一撃を受け止める。
しかし、曲線に展開した竜尾が拳撃の威力を殺し、そのままバネの要領で、勢いに逆らわずに後方に吹っ飛ぶ。
その中でも、言葉は続く。
「そう‥‥確かにこれは、僕のわがままだ」
「っ‥‥‥!」
シャナの胸元に在るアラストールは、その言葉の響き、迷わず、誇る姿に‥‥‥‥
『だって私たちは‥‥』
"彼女"とは欠片ほども似ていない、
『自己満足が第一の、酷い奴らだから』
その姿が一瞬だけ重なり、どうしようもない怒りが湧き上がる。
「でも‥‥‥」
続けようとする悠二の言葉を、
ガァン!
紅蓮の双翼を広げて追っていたシャナの蹴りが切る。
それでも悠二は黙らない。
「自分の大義を押しつけてるのは、君達だって同じだ」
大太刀・『贄殿遮那』に炎を纏わせ、溶解と火炎による紅蓮の大太刀を生み出し‥‥‥
「黙れ!!」
斬り掛かる。
悠二も同じ、黒炎の刃を、大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』に上乗せして‥‥‥
「『草薙』‥‥‥」
ッガン!!
破裂にも似た音を立てて、正面からぶつかる。
刃と刃を交叉させる二人の顔を、弾けた紅蓮と黒の火花が照らし合う。
「ッシャナ! 離れろ!!」
魔剣・『吸血鬼』の性質を危惧したアラストールが叫ぶが、
(っ‥‥‥‥!)
無理だ。悠二の斬撃に押しつけられるように後足が地面にめり込み、退がれない。
(腕力が、違う‥‥!)
ドォオン!!
轟音を立て、斬撃が"シャナの脇に"落ちる。
退がれないと判断したや否や、刃の角度を変えて、受け流したのだ。
しかし‥‥‥
ビチャアッ!!
「っくう‥‥‥!」
受け流しはしても、『吸血鬼』の能力までは殺しきれない。
またも全身を斬り裂かれ、吹き出した血が路面を赤に染める。
(っ‥‥‥!?)
すぐさま飛び退いたシャナの足下が、ふらつく。
(血を流し過ぎた‥‥)
傷自体は、戦いの妨げになるほどには深くない。
だが、傷から流れた血や、消耗した体力は大きい。
「これは僕のわがまま‥‥願いだ」
「‥‥うるさい」
もはや、少年の言葉全てが、苦痛。
「そう、他の誰でもない、僕自身の願い」
「うるさい」
拒絶の意思が、握る大太刀に籠もる。
「フレイムヘイズの使命。そこに、君の‥‥"君だけの君"はどこにいる?」
「うるさい!!」
言わせず、黙らせようと繰り出した紅蓮の大太刀が、悠二を両断、爆砕する。
「っ!?」
その、"悠二の脱け殻"が黒い炎になって散る。否、自在式となってシャナに向かってくる。
「うあっ!?」
大振りの直後のそれを躱し切れず、縫い付けられたように動きを止められる。
「使命だけしか、戦う理由が無い。そんなうちは‥‥‥」
本物の悠二は、シャナの真横。
「ぐっ!?」
顎を蹴り上げられ、飛びそうになる意識を、歯を食い縛ってつなぎ止める。
ダンッ!!
ビルの横面に着地、跳び上がって、追って来ていた悠二に大太刀を向ける。
「「っあああああ!!」」
キィイイ‥‥ィン
やけに、高い音が響く。
何故か、そんな事に最初に気付いた。
(‥‥‥‥‥あ)
次に、それが剣のぶつかりあった音、自分の大太刀が弾かれた音だと気付いた。
ゴッ!!
その直後に、頬に強烈な打撃を受け、殴り飛ばされたのだと知る。
そのまま"飛ばされるより一瞬早く"、
バシィ!!
殴られ、宙に泳いだ体が、鋼鉄の鞭となった竜尾によって、軽々と叩き落とされる。
ドガァアアアン!!
そのまま、ビルを派手に割って、中に叩き込まれる。
「君には、負ける気がしない」
初めて会った時、剣を交わした。
剣は届いた。
互いを知った。
炎を得た。
また剣を合わせれば、何か通じるかと思った。
また‥‥‥‥
(どうして‥‥‥?)
自分の体によって空いたビルの亀裂から覗く、陽炎の空。
そこに見える少年に、手を伸ばす。
何かを、求めるように。
(‥‥‥剣も、炎も、届かない)
黒い塊が、どんどん大きくなる。
(どうして‥‥‥?)
それが、特大の炎の弾だと気付けない。
それほどに、意識が混濁している。
(届けば、止められると思ったの‥‥‥?)
炎が、迫る。
(私‥‥‥)
目に見える光景、全てが黒に染まった。
(‥‥‥どうしていいか、わからない)