ガッ!
大剣がリボンの先端に捉えられ、しかし力の軸はそこにはない。
(っ‥‥‥!)
斬撃を受け流し、投げ飛ばす。そのために力の軸を捉える見切りが、一瞬遅れる。
「っはあ!」
「くっ‥‥!」
すかさずリボンを大剣から放して後退し、さらに繰り出された斬撃を上体を反らして躱す。
仮面の顎の部分に切っ先が擦るが、そのままバック転の様に後方に舞い、さらに距離を取る。
「もらった!」
距離を取るのとほぼ同時、隙を見計らっていたマージョリーによる特大の炎弾が、少年・坂井悠二に直撃、海岸の高堀を粉々に吹き飛ばすほどの大爆発を巻き起こす。
(まだ‥‥‥)
あれで決まったとは、考えにくい。
「っふ!」
(来た!)
予測に違わず、群青の爆炎の中から、緋色の衣と凱甲に身を包んだ悠二が、大剣を振るって飛び出してくる。
(‥‥無傷、でありますか)
全身から黒い炎を撒き散らすその竜尾や凱甲どころか、肌や衣にすら、一点の焦げ目も見えない。
「っだあ!」
ギィン!
再びの接近戦。
本来なら、『戦技無双の舞踏姫』にとって最も望むべき展開。
しかし、
「っ!」
大剣を受け止め、投げる瞬間、剣に血色の波紋が浮かび上がり、
「くっ!」
ギリギリで捌いたリボンが、ビリビリに裂かれ、引き千切れる。
これが悠二の・『吸血鬼(ブルートザオガー)』の能力。
剣に存在の力を込める事で、刃に触れるものを切り刻む魔剣だ。
だが、当のヴィルヘルミナにまで、それは届いていない。
「さすがに、通用しないか‥‥」
ポツリと呟いた悠二が、左掌から炎弾を生み出して撃ち放つ。
至近からのその炎弾を舞うように躱したヴィルヘルミナに向けて、
「っふ!」
回避の最中の隙を突いたつもりで悠二が繰り出した斬撃を、ヴィルヘルミナは独楽のように横に回りながら、流れるようにいなしてすれ違う。
斬撃をいなされ、振り抜いた悠二の、最も『吸血鬼』から離れた背後を取ったヴィルヘルミナの、
「っは!」
リボンを硬化した鋭い、数十の刺突。
だが、
「っむ!」
それを、悠二は後頭から伸びる漆黒の竜尾の一振りで受け止め、薙ぎ払う。
そして向き直り様、再び炎弾を放ち、ヴィルヘルミナはこれをリボンの編んだ盾で止める。
(‥‥‥強い)
体術や技巧ならヴィルヘルミナが圧倒的に上回っている。
だが、悠二の『吸血鬼』は接近戦での戦いにおいて、相当に有効な宝具だ。さらに、あの竜尾の防御力。
(接近戦は‥‥)
(互角)
宝具の力を借りて、とはいえ、『戦技無双の舞踏姫』が、接近戦で優位に立てない。
‥‥‥いや、これが"初見"でなくて、助かったと見るべきか。
(手の内が知られているのはお互い様のはず。楽観は出来ないのであります)
(急成長)
初めて会った時とは、もう完全に別人となった少年を前に、
(‥‥話はまず、捕縛してからであります)
ヴィルヘルミナはそんな風に‥‥
甘くみていた。
("この体じゃ"、太刀打ちも出来ないわね)
連鎖的に起こる大爆発から逃れ、隠れて、フィレスは今、瓦礫の下敷きになって潜んでいた(吹き飛ばされたまま、伏せっているとも言う)。
(あんな弾幕張られちゃ、近づく事も出来ないし、風を使っても攻撃どころか防御も出来そうにない)
こうしている間にも、ヘカテーの『星(アステル)』による攻撃は続いている。
いつまでもこうして隠れていても、いずれ隠れる場所すら無くなってしまうだろう。
(真っ正面からぶつかるだけが戦いじゃない。今ある状況を最大限に活かして、流れを引き寄せる)
銀の牢獄に捕われたシャナ、平井に撹乱され、てこずっているらしいメリヒム。そして、ヴィルヘルミナとマージョリー、二人を相手に戦っている坂井悠二。
(‥‥事情はよくわからないけど、あれは『創造神』本人じゃなくて、悠二)
先ほどのアラストールやメリヒムの言葉、そして、悠二の言動を思い出す。
(だったら‥‥!)
(む‥‥‥?)
街に向けて次々と光弾の雨を降らせるヘカテー、その視界の端に、琥珀の竜巻が飛び出すのが入る。
一度破壊した場所だったから盲点だった。
(ようやく、来る‥‥?)
今まで防戦、どころか逃げに撤していたフィレスがこちらに向かって来るのかと判断したヘカテーが、迎撃するつもりで周囲の『星』を全て放つ。
(っ‥‥!?)
だが、フィレスは今までとはまるで違う速度で横に飛翔し、相当に広範囲な流星の雨から逃れる。
(悠二やヴィルヘルミナ・カルメルから聞いた。確か‥‥『ミストラル』)
自分はあの時、"壊刃"サブラクに負け、気絶してしまっていたから直接は知らないが、そのサブラクを倒す鍵となった移動系の自在法。
「『星』よ!」
当然、そのスピードで逆撃に転ずるだろうと考えたヘカテーは、近寄らせまいと流星群を降らせる。
しかし、フィレスは予測外の行動に出ていた。
(‥‥‥‥え?)
攻撃を"躱す"という範疇ではない、明らかに大幅すぎる回避。いや、ヘカテーの攻撃を一切無視して、一直線に飛び、『星』は当然のように外れただけ。
いや、無視したのは、ヘカテーの攻撃のみではない。ヘカテー自身すらも、フィレスは置き去りにして飛んで行く。
(まずい‥‥!)
ヘカテーは僅かに遅れて気付く。だが、気付いても、スピードが違いすぎる。
(‥‥狙いは、悠二!?)
追い付けない。
「っはあ!」
大剣一閃。群青の獣・『トーガ』を両断するも、中にいるはずのマージョリー・ドーはいない。
(また外れか‥‥)
それに驚きはしない。今まで、何度も見てきたのだから。
『トーガ』を斬った間に、上空から放たれてくる無数の炎弾、それを避け、あるいは大剣で払いのけ、回避する。
「それで、余の隙を突いたつもりか?」
「似合わない喋り方ね。大体、油断なんて百年早いっての!」
怒鳴るマージョリーの声に応えるように、先ほど放った炎弾全てが、群青の獣・『トーガ』となって悠二に襲いかかってくる。
「すいません、マージョリーさん。"こう"なった時のクセみたいなもので。つい、ね」
それにも動じず、悠二は軽く首を振り、漆黒の竜尾が、全周を取り囲んでいた獣達全てを叩き潰し、薙ぎ払う。
「それに、油断したつもりもない」
「で、ありましょうな」
一見感情を感じさせない声と共に、マージョリーとは真逆、真下から、無数のリボンが迫る。
躱す間もなく悠二を包み込み、
ボンッ!!
しかし、悠二の全身から発せられた炎によって、まるで紙のように容易く、黒く燃え散る。
その間、当然マージョリーも黙ってはいない。
「せー‥‥の!」
下方のヴィルヘルミナが悠二を捕らえたほんの一瞬に、特大の炎弾を放っていた。
「っ!?」
それを飛び退くように悠二が躱し、炎弾はそのまま飛んでいき、下方のヴィルヘルミナの‥‥
「っは!」
リボンで織り成した、『反射』の自在式を込めた盾に当たり、
(『反射』か‥‥!)
また、悠二に飛んでいく。
ただ、悠二もただ躱しただけではない。
その左手に、複雑な、"ヴィルヘルミナの張ったものと同じ自在式"が漂っている。
「考える事は同じ‥‥か!」
反射した炎弾を、同じく『反射』の自在式で殴り返す。
その瞬間、炎弾の色は群青から、黒へと染まる。
(まず、い‥‥!)
信じられない速さの自在式の構築に驚愕したヴィルヘルミナは、しかし冷静に、『反射』の壁を構える。
その、特大の炎弾が、
「割れろ」
無数に分裂し、
「っな!?」
『反射』の盾を素通りし、ヴィルヘルミナの周囲を囲むような位置でピタリと止まり‥‥‥
「終わりだ」
悠二が掌を握り込むのに合わせて、その全てがヴィルヘルミナに直撃する。
‥‥はずだった。
「っ!?」
突然、凄まじい速さで接近してきた気配、それと同時に、『自分を包む一つの気配しか感じられなくなる』。
「っーーー!!」
僅かそれに気をとられるが、構わず掌を握り込むが、
ドドドドドォン!!
その一瞬で、ヴィルヘルミナは自身の体を純白のリボンで包み込んでいた。
(あの一瞬で、あれだけの反の‥‥‥)
「ぶぁっ!?」
気配が掴めないまま、横から、思い切り殴られた。
(フィレス‥‥!?)
その拳撃の主を見つけ、
(まず僕を三人がかりで仕留めようってつもりか‥‥‥!?)
即座に理解する。
(ここにいきなり飛んできたのは『ミストラル』で、"これ"は、『インベルナ』か‥‥!)
自在法・『インベルナ』。
相手を"フィレス自身たる風"で包み、それ以外の気配を一切感じさせなくする。感覚が鋭敏な悠二にはまさに天敵と呼べる自在法。
「ぐっ!」
悠二の、ガラ空きになった背中を、『トーガ』の獣が両手で強烈に殴り付ける。
「がっ‥‥!」
フィレスの、手甲をつけた拳撃が、再び頬を捉える。
悠二の推測は正しい。
フィレスは、三人がかりでまず悠二を仕留めれば、後は四対二になり、シャナが抜け出せば五対二になる、と考え、かつ、こうやって悠二を囲んでいれば、ヘカテーもあんな無茶な攻撃は出来ないだろうと考えた。
そして、悠二と自分の相性の良さも理解していた。
そう、それらのフィレスの分析は正しい。
ただ、同様に、悠二もその事に気付いていた。
それだけが、誤算だった。
ゴッ!!
フィレスの体重を乗せた重い一撃が入り、悠二の体が後ろに下がる。
その、
(‥‥‥?)
殴った後の引き手の中途で、フィレスの手首が掴まれていた。
大剣を持つ悠二の右手ではない。自在法を練る悠二の左手でもない。
"悠二の左肩口から生えた、銀色の鎧の腕に"、だ。
「うっ!?」
「なっ!?」
掴まれたフィレスも、"それ"を見たマージョリーも、驚愕に目を見開く。
ただ、フィレスにはそんな暇は無い。
「あ‥‥‥‥」
手首を掴まれた状態で、気配も何も関係ない。
渾身の力を込めたにも関わらず、悠二は平気そうな顔で大剣をぐっ、と握る。
(やば‥‥‥!)
咄嗟に風を放とうとする、手首を掴まれて逃げられないフィレスを、
「捕まえた‥‥!」
悠二の、遠慮容赦の無い斬撃が、襲った。