ろくに事態の収拾も待たずに、一同は近くのホテルの一室に詰めていた。
別にホテルに大した理由はない。ベッドがあれば何でも良かっただけだ。
「で、そのミサキ市で監視されてたのが"頂の座"?」
こくり
「平井ゆかりと、その坂井悠二も含めて、今までミサキ市で共闘してた仲間?」
「で、あれは?」
一つ一つ、こちらの言い分を飲み込むように質問していた『輝爍の撒き手』レベッカ・リードが、ベッドの上でノビている金の短髪の青年を顎で指す。
先の戦闘で負傷した『骸躯の換え手』アーネスト・フリーダーである。
優秀な自在師たるヨーハンによる応急措置は済んでいる。後は、フレイムヘイズの治癒力に任せておけば大して問題ない。
「『硬化』してなきゃ、首と背骨が折れてるぜ」
命に別状はないからか、その視線にはむしろ「腑甲斐ない」、という呆れの感情が込もっている。
「殺す気満々だった、って事じゃねえのか?」
"自称・仲間達"に向けて告げる言葉にも視線にも、明らかな弾劾が感じられる。
「「「‥‥‥‥‥」」」
それに対するのは、『約束の二人(エンゲージ・リンク)』と御崎市の少年少女、吉田一美と佐藤啓作。
反論できる、要素がない。
悠二達の動向はしばらく前から掴めておらず、ヘカテーに到っては「なぜ『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女があんな所にいたのか?」の説明に対して『坂井悠二』、としか応えられないのだから。
‥‥何より、実際にフレイムヘイズに攻撃してしまった。
「‥‥‥‥‥‥」
明らかに一番堪えているのは佐藤だ。
わけもわからずにうなだれている。
(坂井達、が‥‥?)
いきなり姿を消したヘカテーを探して旅立った坂井悠二と平井ゆかり。
その事も、自分が新たな一歩を踏み出すきっかけになったのだ。
それが、ようやく再会したかと思えば、フレイムヘイズとの戦闘?
しかも、すでにヘカテーを見つけだしたのなら、何故、御崎市に帰ってこない?
(‥‥何やってんだよ、坂井)
考えても、答えは出ない。
レベッカの言葉の一つ一つが、重くのしかかる。
他の三人は、佐藤ほど思考の迷路に迷い込んではいない。
ただ、黙って虚空を見つめながらレベッカの言葉を聞いていた。
「‥‥‥‥‥‥」
しばらく黙っていたレベッカが、パンッと手を叩いて場の空気を変える。
「まあ、この件に関しちゃあオレが口出しする事じゃねえ。ヴィルヘルミナの奴に言葉の責任とらせるさ」
「ほ、本当ですばっ!?」
レベッカの言葉に思わず身を乗り出した佐藤の前に、吉田が足を出してこかせた。
レディに対して近づきすぎだ。
「オレにもフリーダーにも外界宿(アウトロー)での役目があるからな。情報は回しとくけど、はっきり言ってミステスや"未確認情報"のために重い腰上げられねえんだ」
(やった! マージョリーさん達に任せてもらえるなら、何とかしてくれる!)
と、無邪気に喜ぶ佐藤だが、吉田は違った。
"情報を回す"。つまりは、出会った場合は各々のフレイムヘイズの判断に委ねられるという事。
決して、あの三人を弁護しているわけではないのだ。
まあ、抹殺命令などが出なかっただけマシか。
「まあ、フレイムヘイズ同士の喧嘩だって、そんなに珍しくはないしね」
少し気を緩めたフィレスが、お茶を啜りながら補足する。
「僕らはすぐに御崎に戻るよ。ヴィルヘルミナに伝えてあげないといけないから」
ヨーハンは、フィレスほどには楽観していない。
早めに解決しなければ、事がどんどん大きくなりかねない。
「そーかい」
ソファに深く腰掛けていたレベッカが、その身を無造作に起こす。
「佐の字」
妙な略称で佐藤を呼んだレベッカに、佐藤は無駄に起立して固まる。
無論、レベッカはそういった態度にはあまり関心がない。
「おまえは何で、"ここ"にいる?」
「っ!」
その意味は、レベッカの言う"ここ"に踏み込むためにあらゆる葛藤と失敗を重ねた少年に、明確に伝わる。
あるいは、就職面接の定型句にも聞こえるような内容。
しかし、取り繕った回答を決して許さない声色と眼光が佐藤を刺す。
そのせいか、気付けば、第八支部の面接には使わなかった『本音』が飛び出していた。
「マージョリーさんの、力になるためです‥‥!」
佐藤、決意の告白。
「「「‥‥‥‥‥」」」
「‥‥‥‥‥‥」
フィレス、ヨーハン、レベッカ(と、バラル)が呆気に取られたように沈黙し、最初から知っていた吉田だけは意味合いの違う沈黙を浮かべる。
「ぷっ‥‥」
沈黙は、そう長くは続かなかった。
「たははははは!! へ、へぇー!? よりによってマージョリーか! ぷくく、だはははは!!」
「何、何! いつの間にそんな感じに!? 詳しい話聞かせてよ!?」
レベッカの爆笑と、瞳をやたらと輝かせたフィレスによって。
「‥‥今の、笑う所かな?」
「ごめんね、フィレスはこういう話に首突っ込むの好きで」
「‥‥はいはい」
「く、くぅう‥‥‥」
不思議そうなバラル。さりげなく恋人をフォローするヨーハン。呆れたような吉田。そして真っ赤になる佐藤。
それからしばらく、佐藤を肴に場が盛り上がり、
「ま、マージョリーによろしく言っといてくれ、佐の字」
何となく場に解散の空気が広がり、御崎市に帰る面々がドアに向かって歩きだす。
「お前は?」
その最後尾の吉田に、レベッカが先ほどと同様の鋭い質問を投げ掛ける。
それに全く動じず、顔だけで振り返って視線に視線をぶつけて、
「惚れた相手のためだ」
きっぱりと、宣言した。
「さて‥‥」
四人が去った一室で、レベッカが軽く溜め息を吐く。
「ぐえっ!?」
「レ、レベッカちゃん!?」
ベッドに横たわるフリーダーの腹に、突然肘を落とす。
「‥‥おまえ、起きてたろ?」
「‥‥こっちは怪我人だぞ。もっと丁寧に扱ってくれ」
文句を言ってはくるが否定しないという事は、やはり図星か。
のそりと上半身を起こしたフリーダーが、側にある花瓶に差してあった造花・『アンブロシア』を胸元のポケットに差す。
「結局、君でも取り逃がしたんだな」
しれっと言う辺り、隠すつもりもないらしい。
「かー! あっさりノされたおまえに言われたかねえなぁ。」
「‥‥まさか、見逃したわけじゃないだろうな?」
疑念を込めて睨まれる。
だから、言われる筋合いはない。
「フィレスの奴に邪魔されたんだよ。それに‥‥」
「それに?」
「いや‥‥‥‥‥」
見逃してもらったのはこっちかも知れない。という言葉を、飲み込む。
(坂井悠二、か‥‥)
あの、最後に現れたミステス。
自在師なのか、妙に存在感や威圧感が掴み辛くて力量自体は推し量れなかったが‥‥
そう、何か‥‥嫌な感じがしたのだ。
‥‥ただの勘だが。
「大体、あの四人にもあんな対応で良かったのか?」
「‥‥やっぱり、起きてたんじゃねえか。良いんだよ、ヴィルヘルミナやマージョリーだって、自分で撒いた種くらい自分で刈るだろ。それに‥‥」
「それに?」
相変わらずいい加減な決定方針だと呆れ気味のフリーダーが問い返す。
「あの偽ヴィルヘルミナが"頂の座"だってのは『約束の二人』の話だからな。鵜呑みにするわけにもいかねえだろ?」
「‥‥‥‥‥‥」
意外に、よく考えている。とフリーダーは若干感心する。
そう、実質的に姿が確認されたのは『ミステス二人』。
あの仮面がヴィルヘルミナではないという話は信じても、その正体が"頂の座"ヘカテーだという話は、今イチ信憑性はない。
大体、"頂の座"と言えば引きこもりとして有名な星のお姫様である。
『仮装舞踏会』がミステスなどを護衛にして送り出す、というのは非常識だった。
敵とも味方とも言えない『約束の二人』の言葉で『仮装舞踏会』に対して行動を起こすのはいささか早計というものだろう。
何より‥‥
「あの様子じゃ、下手に手ぇ出すのは野暮ってもんだろ」
結局、自分の感性で判断するレベッカに、フリーダーは疲れたように嘆息した。