「よっ! ほっ!」
宙空を、翡翠の羽衣を纏う平井と、足裏から炎を噴射させるレベッカが飛び交う。
その二人の間の空間で、断続的に翡翠と桃色の爆発が起こり続ける。
平井の炎弾や『パパゲーナ』と、レベッカの光球がぶつかり、弾ける。
(派手、だなあ‥‥!)
平井は、レベッカの強烈な爆撃に、同じく攻撃をぶつけて融爆させながら、あるいは躱しながら縮めた距離を、
「っだ!!」
一気に加速して詰める。
「よっ!」
「っ!」
腕に緩く絡んでいた羽衣をぐいっと引っ張り、レベッカの眼前に広げる。
そのまま、視界を奪われたレベッカに、羽衣の裏から『パパゲーナ』の刺突を食らわせようとするが、
「っと!?」
逆に、視界を塞がれた事も無視してレベッカが光球を放つのを『察知』する。
身を捩った一拍後に、羽衣を貫いて光球が行き過ぎる。
『オルゴール』に"気配察知"を込めていなければ直撃している所である。
「もう一丁!」
躱しはしたものの、体制を崩した平井に大してさらに光球を放とうとするレベッカ。
「っ!?」
その攻勢に移るレベッカの足に、平井の羽衣の端が巻き付いていた。
そのまま、力一杯引っ張られる。
「っぉお!?」
レベッカに貫かれた羽衣の穴も、まるで気体を貫いたかのように塞がっている。
「そぉ‥‥りゃあ!」
ブンブンと、羽衣の端に捕われたフレイムヘイズを振り回し、平井の意思に応じた羽衣がレベッカの足から自然に解け、そのまま下に投げ落とす。
「おまけぇ!」
投げ飛ばしたレベッカに、間髪入れず容赦なく繰り出した炎弾、避けるどころか、体勢を正す間もなく放たれた炎弾が、
ドォオオン!
直撃する。
「‥‥っこの!」
しかし、レベッカは翡翠の爆炎を掻き分けて、再びレベッカの周囲に楕円軌道を描きだす。
(う〜〜む?)
あまり力を込める間が無かったとはいえ、予想外にダメージが少ない。
『銀沙鏡(ミラー・ボール)』の反射での一撃、先ほどのトラップの『パパゲーナ』の一撃、そしてさっきの炎弾の直撃。
(‥‥‥タフだなあ)
もう少し効いていても良さそうなものだが、何かネタがあるのだろうか?
(あの、『神器』かな?)
"気配察知"が使えようと、平井は悠二のような自在師ではない。
レベッカがどんな力を使っているかを事細かに把握は出来ないので、明らかに怪しい『神器』に目を付ける。
平井の着眼点は、偶然とはいえ正しかった。
レベッカの胸の前に浮かぶブレスレット型『神器』・『クルワッハ』は、『輝爍の撒き手』自身の放つ爆発から契約者を守る鎧として常に機能しているのである(ちなみに、『クルワッハ』の浮かぶ胸部が一番防御力が高い)。
もっとも、そんな事まではさすがの平井も掴めない。
単に『相手はタフ』という認識を強める。
「バラル! もう止めんなよ!?」
「‥‥止めたら止まってくれるのかい?」
レベッカの周囲を巡る光球全てがその輝度を増し、ピッと指されたレベッカの指に併せて、平井に向かって飛び、さらにその全てが千にも及ぶ小玉に分裂し、圧倒的な破壊の嵐となって襲い掛かる。
(やば、怒った‥‥!)
全く回避不可能な桃色の豪雨を、真っ直ぐ上方に逃げる事で時間を稼ぎ、
「ッッセーフ!」
何とか『銀沙鏡』を自身の前に展開して、身を守る。
銀鏡に当たった光球が軒並み飲み込まれ、跳ね返された光球が他の光球に当たって融爆を起こす。
「こ、わぁあ〜〜‥‥」
鏡一枚の裏側に隠れる平井は、その反対側で起こる破壊と衝撃の力に身震いする。
まともに受けたらどうなることやら。
などと、攻撃を凌いだ事で油断してしまっていたのがいけなかったのか、
レベッカが起こした、次の行動への対処が遅れた。
(‥‥‥?)
全く唐突に、あれほどに荒れ狂っていた爆音と衝撃が止んだ。
ピシッ
その事に、疑問を抱く、それしか出来なかった。
バリンッ!
「っ!?」
平井の目の前の『銀沙鏡』から、光球でも"自在法でもないもの"、レベッカの腕が生えていた。
ガシャア!
それから一拍遅れて『銀沙鏡』を叩き割って、レベッカが体ごと突っ込んでくる。
その手が、平井の首をがっしりと掴んでいた。
「やっぱ、自在法以外は防げねえんだな」
驚愕に目を見開く平井の目の前に、獰猛な笑みを浮かべるレベッカの顔があった。
(や、っば‥‥!)
血気に逸り、力任せの攻撃を仕掛けていたように見えて、その実は冷静に戦いを見極めていた。
歴戦のフレイムヘイズ、その強かさを痛感する平井だが、考えるよりも速く反撃に移っている。
手にした鉾先舞鈴を自分の首を掴むフレイムヘイズに突き出そうとするが、動揺した分だけレベッカの方が動きが速い。
「っく!?」
首を掴んだレベッカに、乱暴に下に投げ捨てられ、平井の反撃の刺突は虚しく空を切る。
その平井の目に、レベッカの右手、
先ほどの爆炎の嵐の力を封じた、破壊力の塊たる一つの球が、映った。
「‥‥‥‥‥」
街の十字路に堂々と、大杖・『トライゴン』をやや上段に構えるキツネメイド・ヘカテーが立っている。
ピクリとも動かない、何をしているのかもわからない状態が、一瞬で崩れる。
タンッ、とヘカテーが跳び上がった次の瞬間、ヘカテーが立っていた道路の真下から、金の短髪を刈り込んだ青年が飛び出す。
全く動揺すら見せずに、ヘカテーはその頭を『トライゴン』ですぐさま叩き潰す。
同時に放った突風が、その死に体を吹き飛ばし、吹き飛ぶ中途で鳶色の火炎と鉄鋲を撒いて爆発した。
驚くわけがない。
さっきから何度も受けている戦法なのだから。
「いい加減、姿を見せたらどうでありますか?」
そう、先ほどの青年は、『骸躯の換え手』アーネスト・フリーダーの姿を精巧に模した土人形に過ぎないのだ。
ヘカテーが言い終える間にも、辺りの地面や周囲の建物から、ぞろぞろとフリーダーの土人形達が湧いてでる。
「君こそ、どういうつもりだ?」
「"耽探求究"が暴れているというのに」
「レベッカ・リードと私事で喧嘩か?」
「君がそこまで常識外れだとは思っていなかった」
「ヴィルヘルミナ・カルメル」
違う個体がそれぞれ、言葉を紡ぐ。
おそらく、この中にも本人はいない。
まともに力を使えたら、『星(アステル)』の広範囲攻撃で隠れている本人ごと吹き飛ばしてやるのだが、『トライゴン』一つではそれも出来ない。
だからこそ、戦局が硬直状態にあるのだが。
「いつまでも傀儡を使っていても無駄。自身で戦う気はないのでありますか?」
なかなか、隠れ上手だ。土人形を使ってこちらの集中力を削いでいる事もあり、なかなか見つからない。
‥‥まともに力を使えれば良いのだが。
「あ、あのね? フリーダー君?」
「?」
今までとは違う、やけに余裕のない女性の声。
おそらく、彼の契約者であろうが‥‥。
「この子‥‥ヴィルヘルミナちゃんじゃないと思うの」
「っーーー!?」
ダメだ。
動揺するな。態度に見せるな。
こういうのは平気な顔してたら怪しまれないと、前にゆかりが言っていた。
「? そういえば、少し背が低いような‥‥」
「か、仮面もあんなにラブリーなのじゃなかったと思うわ!」
「‥‥いめちぇんであります」
大丈夫。バレてな‥‥
ドドドドドドォン!!
「「「!?」」」
上空の空を、今までとは規模の違う爆光が埋め尽くす。
(ゆかり‥‥!)
ただ、目に見える破壊力だけが理由ではない。
『輝爍の撒き手』レベッカ・リード。
ヴィルヘルミナやマージョリーと比べても遜色のないほどの使い手。
やはり、まだ平井には荷が重いのではないか?
そして、『今の平井』なら、むしろ‥‥
「‥‥‥‥‥‥」
自分が、今の状況ではまともに力を扱えない事は理解している。
だが、経験なら平井よりも遥かに上だ。
それに、この『骸躯の換え手』の戦法。
ヒュルン
『トライゴン』を、頭上に掲げて一回転。
ヒュルン
二回転。
そのまま、勢いを増して回転していく。
「私は、ヴィルヘルミナ・カルメルであります」
「ほら! ヴィルヘルミナちゃんは私(わたし)じゃなくて私(わたくし)っていうのよ!」
「待つんだブリギッド。ヴィルヘルミナ・カルメルに成り済ます理由がわからないのに断定するのは早計だろう?」
「何でそんなに頑ななのよ!?」
不毛な争いが行われる間にも、『トライゴン』は回転を続ける。
それは、真上に吹き付ける、回転を加えた突風、竜巻となって‥‥
「ふっ! であります!」
「っ!?」
ヘカテーを取り囲む土人形のフリーダー達を、文字通りに巻き上げ、上に吹き飛ばしていく。
向かう先は、『輝爍の撒き手』レベッカ・リード。
ヘカテーは別に、レベッカの攻撃の全てを読んでいたわけではない。
只、"気配察知"をうちに秘めた平井の方が、フリーダーの相手には向いている。
また、平井にレベッカの相手は荷が重いと判断して、『相手を交代する』きっかけのつもりで、土人形達をレベッカに向けて飛ばしたのだ。
それが、平井の絶対の危地を救う結果となる。
(不味い‥‥!)
放り捨てられた自分を、レベッカの光球が狙っている。
先ほどの大爆発全ての力を封じた光球。
食らえば、やばい。
だが、『銀沙鏡』は間に合わない。
乱暴に投げ捨てられたせいで体勢は崩れている。避けられない。
目の前の脅威にあまりに集中していたためだろうか。
後ろ、または下から迫る、無数の存在に気付かなかったのは。
「っ!!」
突然の後ろからの衝撃と共に、数十人の同じ顔の西洋人の青年が飛んできた。
一瞬気を取られた後にすぐさま視線を戻せば、どうやらレベッカも動揺しているらしい。
しかし、すぐに平静を取り戻し、こちらに力の塊を向けたレベッカの肩に、
一体の土人形がぶつかった。
光球の狙いは僅かに逸れ、平井は必死に上半身だけでそれを避けようとする。
ドォオオオオン!!
凝縮された破壊の光球が、建物をいくつも吹き飛ばす大爆発を巻き起こす。
その無茶苦茶な威力を向けられた当の平井の、
右のヘアゴムが、ぷつりと千切れた。