(まえがき)
この作品は、同じ掲示板内にある『水色の星』->『水色の星S』の続編の形になります。
この作品をお読みになられる場合は、そちらを先に読む事を強く強くオススメ致します。
同じく、『水色の星0』はこの三連作の外伝となっております。
そちらの方も、読んで頂けると嬉しいです。
では、展開が原作に追い付きそうだから、オリジナル展開や執筆速度の低下などの問題は出てくると思いますが、三部を始めたいと思います。
開幕。
ある日、突然出会った、不思議な少女。
彼女との出会いが、僕の日常を外した。
外れた世界、その隣に在る、仮初めの日常、その中で、彼女と一緒に日々を過ごす。
決して長くはないけれど、今までの人生で一番、素敵な一時。
もはや馴れてしまった、戦い。
その戦いの終幕も、『いつもの事』。
そのはずだった。
なのに‥‥
突然、少女は消えた。
何も言わずに‥‥
僕は、彼女を探し、見つけだした。
少女とかけがえのない時を過ごした、もう一人の少女と一緒に。
想いを込めて、強く抱き締める。
もう、離ればなれにならないように。
戦いの日々の中で、願いが生まれた。
その願いは黒く燃え上がり、日常を大きく動かした。
その先にあるものを信じて。
そして、僕らは‥‥
「新世界の神になる♪」
‥‥‥台無しだよ。
世界の何処か、否、とある島国の上空を、常夜の異界に包まれた神殿は漂っていた。
人間を喰らい、その力でこの世に在り続け、事象を思いの儘に操る、『隣の住人』。
彼らを、紅世の徒という。
その徒の世界最大級の集団、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』。
この神殿、『星黎殿』は、その『仮装舞踏会』の本拠地である。
その『星黎殿』は今、奇妙な状況下にある。
すりすり
「♪」
少し大きめのソファーの上、座っている黒髪の少年の膝に頭を乗せて、至福の時を味わう水色の髪の少女、名は"頂の座"ヘカテー。
これでも、この『仮装舞踏会』において、構成員達から最も大きな、絶大な尊崇を受ける、最も影響力の大きな『巫女』である。
「‥‥‥‥‥‥‥」
自分の膝に頬を擦り寄せる少女の頭を優しく撫でながら、穏やかに微笑む少年。名を、坂井悠二。
元々は普通の人間の少年であった彼の身には、あまりに多くの事象が複雑怪奇に絡み合っており、この場で説明しきる事は難しい。
今やどんな存在なのかと問われても、一概に応える事は出来ない。
ただ、広義でいうなら、紅世とこの世の狭間の物体、『宝具』をその身に宿したトーチ、『ミステス』である。
バタン!
「お? 相変わらずだね、ヘカテー♪」
部屋に入ってきた、長い髪の両端だけをちょこんと縛った特徴的な髪型の少女、名を平井ゆかり。
彼女も悠二同様、元々は単なる女子高生だったのだが、親友たる悠二やヘカテーが『外れた存在』だと知り、積極的に紅世に関わって行く過程で、今は悠二と同じ『ミステス』となっている。
坂井悠二と平井ゆかり。
二人のミステスによる、"『星黎殿』襲撃"、及び受け入れという前代未聞の事態から二日。
ヘカテーは悠二にべったりである。
悠二達の街である御崎市での紆余曲折で、ヘカテーは一度、永遠の別離を覚悟して街を去った。
それが二ヶ月前の事、長い孤独に耐えていた事もあり、甘えに甘えている。
ヘカテーは以前から、坂井悠二に並々ならぬ恋心を抱いている。
そして、再会に際して、悠二"から"も同じ想いを向けられた。
平たく言えば、恋の成就である。
「〜〜〜♪」
全く、幸福絶頂といった風情。
「‥‥あんまり四六時中くっついてると、構成員達からの目が怖いかな」
「と言いながら、やはり嬉しい悠二であった」
(‥‥‥悠二?)
「ゆかり!」
(‥‥‥ゆかり?)
「まあまあ♪ 今さら恥ずかしがる事ないでしょ?」
「いや、その、まあ‥‥‥‥」
いつものやり取り、そんな中で、ヘカテーは今まであまり気に留めていなかった一つの変化に気づく。
ずっと悠二にまとわりつき、寂しさをある程度克服出来ていたからだろうか。
(悠二? ゆかり?)
二人の、"呼び方"である。
以前は、『坂井君』、『平井さん』で呼び合っていたはずなのだが。
「‥‥‥‥‥‥‥」
まあ、呼び方くらい大して気にする事ではない。
自分だって、まだ互いの事をほとんど知らないうちから『悠二』と呼んでいたのだし。
世事に疎いヘカテーは、男女間でファーストネームを呼び合う事の重大さを、まるでわかっていなかった。
「ふぅ」
自室でレモンティーを飲みながら、思案に耽る妙齢の女性。
三眼の右眼に眼帯をつけたその女怪は、『仮装舞踏会』の『参謀』、"逆理の裁者"ベルペオルである。
『仮装舞踏会』、そして『大命』において最重要と言っても過言ではない『巫女』ヘカテー。
彼女がこの一年足らずで起こしてくれた事象に対して、考える。
目下の悩みは、家出娘を追い掛けてきた、娘の『恋人』に関してである。
『大命』の鍵の一つたる宝具・『零時迷子』。そのミステス。
(本来なら‥‥)
遥か太古に両界の狭間・『久遠の陥穽』に追いやられた『仮装舞踏会』の盟主・"祭礼の蛇"。
『零時迷子』に組み込んだ自在式・『大命詩篇』は、その盟主が、復活するために、"この世で"その意思と力を振るう『代行体』を生み出すための物だった。
もちろん、ミステスなどという形ではなく、その体には『暴君』と呼んでいる西洋鎧を用いるはずだった。
(それが‥‥)
『大命詩篇』を扱う『巫女』が、あろう事か『零時迷子』を宿した"ミステス自体"に恋慕を抱き、『大命詩篇』は未だ未完成のまま。
しかも、"未完成の『大命詩篇』"を使い、ミステスの少年‥‥坂井悠二は『創造神の力』を引き出している。
どうやら、坂井悠二と盟主が、互いに同調可能な性質を持ち合わせていた事で、未完成の式でも奇跡的に力を出せているらしいが、"創造神"の力をミステスが勝手に使えるはずもない。
要するに、『巫女』どころか、『盟主』までが坂井悠二に肩入れしている事になる。
「‥‥‥儘ならないねえ」
昔から奇嬌の性が強い方だとは思っていたが、まさかこんな‥‥。
いや、むしろ元々の性格から考えれば、"まさか"はヘカテーの方か。
「‥‥‥‥‥‥‥」
『仮装舞踏会』の『参謀』としては、はっきり言って坂井悠二は邪魔だ。
『零時迷子』を取出し、『暴君』に収め、『大命詩篇』を完成させる。
どう考えてもそれが最善なのだが、ヘカテーや盟主の意向が、それをさせない。
これ以上、『大命詩篇』を打ち込む気もないようだ。今の奇跡的に繋がっているだけの状態が、ヘカテーにとって最良であるらしい。
全く計算外な事に。
というか、ヘカテーに限れば、少し前までの様子と、今の様子を見る限り、再び坂井悠二を失えば、今度こそ、"壊れる"。
(考え方を変える。坂井悠二を除去するのではなく、生かしたまま最大限に生かす方向に‥‥)
あんな幸せそうなヘカテーは見た事がない。あの坂井悠二を『仮装舞踏会』にとって危険な因子から、有力な存在へと昇華させねばならない。
(あの平井ゆかりは、ミステスであるという事さえ皆に納得させれば傘下に加えるにさして難しくは無い、か?)
いや、ミステスであるという事を納得させるのが難しいのだが。
そもそも、あの少女は坂井悠二の何なのだろうか? 立ち位置が読めない。
(いや、とりあえずあの襲撃に関して何らかの説明をせねば話にならないか)
数千年にかけて進めてきた計画のイレギュラー因子に、参謀閣下は大忙しである。
だが、悠二と離ればなれになって、ヘカテーが塞ぎ込んでいた時より、ちょっとやる気に満ちているベルペオルだった。
「‥‥‥‥‥‥」
そっと、壁に掛けられた絵画の縁に触れる。
一枚の絵、愛する男が果たしてくれた、約束。
これのためだけに、フレイムヘイズに目をつけられないよう、"トーチから"存在の力を集めてきた。
目的を果たして、今なお自分はこの世に留まっている。
少し前までは、あの未熟な少女、かつての自分によく似た道を辿っていた少女の"結果"が見たかっただけなのだが‥‥
今度はさらに大事を起こすだろう。
要するに、まだ見ていたいと思ったのだ。
「さ、参謀閣下ー! 大御巫がー!!」
「‥‥‥‥‥」
あの、"弟子"の行く末を。
その、紫のベリーショートの髪の少女、"螺旋の風琴"リャナンシーは、何やら騒いでいる声を聞いて、呆れたように嘆息した。
「ふう」
何やら騒いで駆けて行く『星黎殿』の守護者、"嵐蹄"フェコルーを、サングラス越しに見下ろす(上階から)。
プラチナブロンドの髪をオールバックにしたダーツスーツの男、『将軍』・"千変"シュドナイである。
「‥‥‥‥‥‥」
坂井悠二と出会って(いや、再会か)からのヘカテーは輝かんばかりだ。
"あの決闘"の結果以上に、"その後の出来事"に感じるものがあったのだが。
どうやら、正しかったようだ。
‥‥そうでなければ、自分が困る。
まあ、予想以上だった事は確かだ。
(あのヘカテーが、なあ‥‥‥)
あの、氷のような冷厳さを見せていたヘカテーが、今や誰がどう見ても恋する少女(しかも、重度の)。
なんと可愛らしい事か。
坂井悠二様様である。
どうしよう。
坂井悠二がここに居着いてから二日だが。
近づいて大丈夫だろうか。
前に一度、ちょっとした事があって、殺されかけているのだが。
何か、柔和な生き物に変身して話し掛けてみようか。
段々、余裕が出てきたシュドナイであった。
駆けるフェコルー、何か平和な悩みを抱えるシュドナイらを眺める、白いスーツのペアルックの二人がいた。
ヘカテーの部屋の扉に、一枚の紙が貼ってある。
置き手紙のつもりらしいそれには、ヘカテーの伝言が書いてあった。
『テニスをしに行ってきます。夕方には帰ります。悠二とゆかりも一緒です』
繰り返し言う。ヘカテーは今、幸福絶頂であった。