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No.7800の一覧
[0] 真・恋姫†無双 ~天人・曹仁伝~ [完結][ケン](2018/05/12 13:03)
[1] 第1話 主人公不在[ケン](2009/04/04 14:20)
[2] 第2話 主人公は遅れてやってくる[ケン](2009/04/05 23:51)
[3] 第3話 曹子孝、劉玄徳に出会うのこと[ケン](2009/04/11 14:01)
[4] 第4話 天の御遣いと劉玄徳[ケン](2009/04/16 21:43)
[5] 第5話 公孫賛との再会と趙雲との出会い[ケン](2009/04/27 19:08)
[6] 第6話 張飛拠点イベント[ケン](2009/04/27 19:51)
[7] 第7話 関羽拠点イベント[ケン](2009/05/19 22:53)
[8] 第8話 劉備拠点イベント[ケン](2009/05/19 23:07)
[9] 第9話 褚燕 前編[ケン](2009/05/24 11:10)
[10] 第10話 褚燕 後編[ケン](2009/05/30 13:23)
[11] 第10.5話 幕間[ケン](2009/06/05 18:48)
[12] 第11話 官軍の将軍[ケン](2009/06/12 20:51)
[13] 第12話 再会と1つの別れ(?)[ケン](2009/06/21 08:05)
[14] 第13話 広宗の戦い1[ケン](2009/07/05 14:39)
[15] 第14話 広宗の戦い2[ケン](2009/07/20 23:10)
[16] 第15話 それぞれの歩み[ケン](2009/08/06 22:08)
[17] 番外編 一年前[ケン](2009/08/16 19:22)
[18] 第2章 第1話 洛陽の日常[ケン](2009/08/16 19:16)
[19] 第2章 第2話 天下無双の居る日々[ケン](2009/08/30 10:42)
[20] 第2章 第3話 動き始める洛陽[ケン](2009/10/04 17:11)
[21] 第2章 第3.5話  流浪の大器[ケン](2009/11/06 21:37)
[22] 第2章 第4話 暗闘[ケン](2009/12/05 10:51)
[23] 第2章 第5話 残兵 上[ケン](2009/12/20 15:04)
[24] 第2章 第6話 残兵 下[ケン](2010/01/05 23:20)
[25] 第3章 第1話 反董卓連合[ケン](2010/01/22 16:30)
[26] 第3章 第2話 英傑達[ケン](2010/02/10 19:42)
[27] 第3章 第3話 華雄[ケン](2010/03/01 20:29)
[28] 第3章 第4話 心戦[ケン](2010/04/26 20:11)
[29] 第3章 第5話 決戦前夜[ケン](2010/05/09 18:54)
[30] 第3章 第6話 勇将達の戦場[ケン](2010/07/11 19:45)
[31] 第3章 第7話 力戦[ケン](2010/08/10 20:37)
[32] 第3章 第8話 張繍[ケン](2010/10/19 00:01)
[33] 第3章 第9話 董卓 上[ケン](2010/12/29 20:44)
[34] 第3章 第10話 董卓 下[ケン](2011/04/29 12:17)
[35] 第4章 第1話 曹操軍[ケン](2011/05/10 22:04)
[36] 第4章 第2話 青州黄巾軍[ケン](2011/07/31 12:18)
[37] 第4章 第3話 是れより始まる[ケン](2011/10/23 20:34)
[38] 第4章 第4話 臣従[ケン](2012/01/03 14:28)
[39] 第4章 第5話 曹嵩[ケン](2012/01/29 17:12)
[40] 第4章 第6話 曹孟徳の覇道[ケン](2012/03/08 22:07)
[41] 幕間 白蓮[ケン](2012/03/25 14:38)
[42] 幕間 太史慈[ケン](2012/04/12 21:40)
[43] 第5章 第1話 徐州[ケン](2012/05/12 09:45)
[44] 第5章 第2話 桃香(8/7改訂)[ケン](2012/08/07 10:52)
[45] 第5章 第3話 呂布軍[ケン](2012/08/07 11:22)
[46] 第5章 第4話 許県[ケン](2012/09/07 15:59)
[47] 第5章 第5話 河北の雄[ケン](2012/10/07 22:08)
[48] 幕間 白波賊[ケン](2012/11/25 18:39)
[49] 第6章 第1話 陳矯[ケン](2012/12/21 06:54)
[50] 第6章 第2話 赤い兎[ケン](2013/01/06 12:59)
[51] 第6章 第3話 荀彧と劉備[ケン](2013/02/17 09:29)
[52] 第6章 第4話 泰山鳴動[ケン](2013/03/30 13:28)
[53] 第6章 第5話 揚州[ケン](2013/04/27 11:49)
[54] 第6章 第6話 管槍[ケン](2013/06/22 12:13)
[55] 第6章 第7話 決着[ケン](2013/07/29 14:47)
[56] 第6章 第8話 曹家の天の御使い[ケン](2013/08/26 16:50)
[57] 幕間 西涼[ケン](2013/09/21 20:42)
[58] 第7章 第1話 華琳と桃香 その一 許での日常[ケン](2013/10/19 14:11)
[59] 第7章 第2話 王道の軍[ケン](2013/11/23 12:43)
[60] 第7章 第3話 徐晃[ケン](2013/12/15 13:28)
[61] 第7章 第4話 天子[ケン](2014/01/18 13:26)
[62] 第7章 第5話 華琳と桃香 その二 桃香とお出かけ[ケン](2014/02/08 12:23)
[63] 第7章 第6話 黄祖[ケン](2014/03/01 13:06)
[64] 第7章 第7話 華琳と桃香 その三 喧嘩[ケン](2014/03/22 07:58)
[65] 第7章 第8話 華琳と桃香 その四 旅立ち[ケン](2014/04/18 06:09)
[66] 幕間 曹仁と華琳[ケン](2014/06/03 06:16)
[67] 第8章 第1話 官渡城[ケン](2014/07/04 05:53)
[68] 第8章 第2話 江夏争乱 上[ケン](2014/08/01 17:26)
[69] 第8章 第3話 江夏争乱 下[ケン](2014/08/22 16:48)
[70] 第8章 第4話 窮地[ケン](2014/09/18 06:17)
[71] 第8勝 第5話 官渡の戦い その一 秘策[ケン](2014/10/17 05:42)
[72] 第8章 第6話  官渡の戦い その二 神速[ケン](2014/11/14 07:07)
[73] 第8章 第7話 官渡の戦い その三 陥穽[ケン](2014/12/06 11:48)
[74] 第8章 第8話 高順漫遊記[ケン](2015/01/10 11:06)
[75] 第8章 第9話 官渡の戦い その四 麗羽[ケン](2015/03/07 11:32)
[76] 第8章 第10話 官渡の戦い その五 蹋頓[ケン](2015/04/04 13:46)
[77] 第8章 第11話 官渡の戦い その六 勁草[ケン](2015/05/10 14:35)
[78] 幕間 再起[ケン](2015/05/31 01:25)
[79] 第9章 第1話 凱旋[ケン](2015/06/22 19:44)
[80] 第9章 第2話 蜜月[ケン](2015/07/16 06:48)
[81] 第9章 第3話 入朝[ケン](2015/08/03 23:57)
[82] 第9章 第4話 雪蓮[ケン](2015/08/23 11:33)
[83] 第9章 第5話 鄴[ケン](2015/09/11 12:00)
[84] 第9章 第6話 江陵[ケン](2015/10/09 23:25)
[85] 第9章 第7話 外征[ケン](2015/10/30 20:31)
[86] 第9章 第8話 露呈[ケン](2015/11/20 13:18)
[87] 第9章 第9話 兄妹[ケン](2015/12/11 16:44)
[88] 幕間 張衛[ケン](2016/01/08 19:50)
[89] 第10章 第1話 召集[ケン](2016/02/05 06:20)
[90] 第10章 第2話 潼関[ケン](2016/03/10 05:58)
[91] 第10章 第3話 急襲[ケン](2016/03/25 18:54)
[92] 第10章 第4話 荊州[ケン](2016/04/15 23:01)
[93] 第10章 第5話 厳顔[ケン](2016/05/03 01:53)
[94] 第10章 第6話 追走[ケン](2016/05/27 19:05)
[95] 第10章 第7話 長坂橋[ケン](2016/06/17 18:51)
[96] 第10章 第8話 燕人[ケン](2016/07/15 21:31)
[97] 第10章 第9話 雛里[ケン](2016/08/10 22:16)
[98] 第10章 第10話 舌戦(口喧嘩)[ケン](2016/09/01 21:06)
[99] 第10章 第11話 交馬語[ケン](2016/09/22 19:17)
[100] 第10章 第12話 速戦[ケン](2016/10/07 18:51)
[101] 第10章 第13話 好敵手[ケン](2016/11/18 18:48)
[102] 第10章 第14話 家族[ケン](2017/01/11 21:42)
[103] 第10章 第15話 韓遂[ケン](2017/01/27 19:41)
[104] 幕間 江陵後事[ケン](2017/02/03 18:47)
[105] 第11章 第1話 入蜀[ケン](2017/02/25 13:36)
[106] 第11章 第2話 宛城[ケン](2017/03/18 12:04)
[107] 第11章 第3話 帰順[ケン](2017/04/01 17:17)
[108] 第11章 第4話 秋蘭[ケン](2017/04/14 21:13)
[109] 第11章 第5話 急報[ケン](2017/04/28 17:43)
[110] 第11章 第6話 張燕[ケン](2017/05/18 07:00)
[111] 幕間 冊立[ケン](2017/06/17 13:18)
[112] 第12章 第1話 雛里[ケン](2017/07/11 17:14)
[113] 第12章 第2話 前哨戦[ケン](2017/07/29 12:54)
[114] 第12章 第3話 連環[ケン](2017/08/20 13:56)
[115] 第12章 第4話 強風[ケン](2017/09/07 19:56)
[116] 第12章 第5話 敗走[ケン](2017/10/16 20:46)
[117] 第12章 第6話 曹仁[ケン](2017/12/17 12:15)
[118] 第12章 第7話 天佑[ケン](2018/01/13 13:14)
[119] 第13章 第1話 喪失[ケン](2018/02/07 19:54)
[120] 第13章 第2話 集束[ケン](2018/02/28 20:00)
[123] 第13章 第3話 終結[ケン](2018/03/24 12:38)
[124] 第13章 第4話 終幕[ケン](2018/04/11 19:35)
[125] 再演[ケン](2018/05/12 13:01)
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[7800] 第4章 第1話 曹操軍
Name: ケン◆f5878f4b ID:c769d09e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/10 22:04
「仁! 仁! 曹仁はおらんか!?」

 聞き慣れた声が陣内に響いた。
 反董卓連合解散から、三月ほどが過ぎた。
 連合に尽力した諸将は権力の中枢に居座ることなく、州牧や太守に収まると各地に散って行った。
 一度は天子を手にした華琳が、董卓の二の舞を避け、ただ名声だけを手中に残して中央への執着を見せなかったためだ。華琳はかつて一度辞した陳留太守の肩書きを再任していた。総大将の麗羽が、それに対抗するように自身も州牧への赴任を望むと、他の者もそれに倣わざるを得なかった。
 それは漢室の権威の否定と、群雄割拠の時代の到来を意味していた。
 三月の間、曹仁は曹操軍の新任の将である韓浩の率いる部隊で、一兵卒として幾度となく戦場を駆け抜けていた。相手は、黄巾賊の残党がほとんどである。一度は収束を見せた黄巾賊の反乱が、また少しずつ活性化し始めていた。小規模な反乱や賊の横行は、もはや慢性的にこの国を蝕む病変となりつつある。
 曹操軍は陳留郡にこだわることなく、要請さえあれば兗州全域に出動した。州牧の劉岱は遠く皇族に列なり人望はあるが、軍事面での功績に乏しい人物である。反董卓連合にも参加しているが、目立った活躍は見られなかった。他の郡の太守も劉岱も、いざ戦となれば軍功重ね精強で知られる曹操軍に頼らざるを得ない。
 続く戦乱の中で、なかば請われ、なかば脅しとる様な形で華琳が州牧の地位を譲り受けたのは、つい先日のことである。太守と州牧は石高の上では同格であるが、乱世に覇を唱えようとする者にとっては、州牧の地位はより広大な地域を支配したことの証と言えた。元より華琳の陳留太守への再任は、兗州牧を狙っての布石であったのだろう。一州を手にしたことで、曹操軍の勢いはさらに増していた。

「いないはずがあるか! 早く呼んでこい!」

「そう言われましても、我が隊にそのような者はおりません」

「ええい、隠し立てするつもりか!?」

「韓浩様、春姉」

 呼び声を追って、曹仁は本営の幕舎へと足を踏み入れた。

「夏侯惇将軍と会話中だ。控えていろ、夏侯恩」

「―――仁!」

 春蘭が、韓洪を押し退けるようにして曹仁に駆け寄った。





 夏侯恩、というのが曹仁の一兵卒としての名であった。曹操軍にあって、曹家の天の御使い曹子孝を、ただの兵卒扱いできる将校や兵などがいるはずもないためだ。偽名を用いていることは、華琳はもちろん春蘭たち一族やそれに近しい者たちは皆知っているはずだった。

「まったく、韓浩の奴め。いつもいつも小難しいことばかり言いおって」

 韓浩が席を開けると、忌々しげに春蘭が呟いた。

「あの人、すごく優秀だぞ。定石通りの沈着な戦も出来るし、それでいて肝も座っているから兵の人望も厚いし。……だいたい春姉、俺が夏侯恩と名乗っていること、知っていたはずだよな?」

「そんなもの知るか。というか、なんであやつの肩を持つのだ」

「そんなつもりは無いけど。韓浩様は、前は春姉の副官だろう? 春姉が推薦したから将として取り立てられたって聞いたけど?」

 韓浩は元は春蘭の副官で、先の反董卓連合の解散後、独立した武将に取り立てられている。曹仁はその直属の部隊に配されていた。歩兵から初めて、すぐに韓浩の目に留まった。馬を扱えることを知られると、すぐに騎馬隊に配属され、今は百騎を従えるようになっている。これほど早く将校に引き上げられたのは、曹仁の能力というより、韓浩の見る目によるところが大きいだろう。

「うむ! あまりに口うるさいから、追い出してやったわ」

「……春姉の部隊が心配だ」

 春蘭には聞こえぬ小声で、曹仁は溢した。奔放な春蘭の元で、兵達が軍律厳しく保たれていたのも、彼女に負うところが大きかったのではないだろうか。

「しかし、あいつは見る目がないな。わたしなら今頃、お前を百人長などではなく、騎兵全隊の隊長にしているぞ」

「そこは慎重になったんだろう。志願してきたばかりの者に、急に重任を与えるなんて危険すぎるからな」

 騎馬隊を今の隊長よりもうまく扱う自信はあったし、韓浩もそう評価していただろう。だが、曹仁が間諜である可能性も考えただろうし、何より軍功を伴わない急な昇格は他の士気を損ないかねない。もう少し人となりを見て、相応の功績を挙げてからと考えていたのではないだろうか。

「なんだ、久しぶりに会ったというのに、韓浩の味方ばかりしおって。……ふん」

 春蘭が鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 久しぶりに顔を見られてうれしいという思いは、曹仁も同じだった。華琳の命で、自分を甘やかさないようにと、春蘭が曹仁との接触を禁じられていることは伝えられていた。他の家族もそれは同様だし、牛金も今は蘭々の補佐に回されている。

「ごめん、春姉。久しぶりに頼れるお姉ちゃんに会ったものだから、俺も舞い上がってしまって、変に気を引くようなことを口走ってしまった」

「…………ふうん、そうか。なら仕方ないな」

 横を向いたまま、春蘭が幾分上擦った声で言った。
 我ながら適当な言い訳だったが、春蘭のつぼを突くことには成功したらしい。

「それで、春姉。今日は何の用だ?」

「ああ、肝心のことを忘れていた。華琳様がお前をお呼びだ」





「お呼びにより参上いたしました」

 春蘭の案内で城内の大広間に着くと、曹仁は殊勝な態度で頭を下げた。華琳は一段高くなったところの椅子に腰掛け、いつもの皮肉気な笑みを浮かべている。

「―――仁ちゃん!」

「っと、姉ちゃん、久しぶり」

 横からの衝撃に倒れかけた身体を、曹仁は何とか支えた。
 長い髪が鼻をくすぐり、豊満な胸が腕に押し付けられる。幸蘭―――曹洪が、曹仁に身をもたせ掛けていた。幾度かの邂逅はあったがいずれも戦塵の最中であり、こうして常の場で会うのは実に久しぶりのことであった。

「あらあら、少し背が伸びましたか、仁ちゃん?」

 色素の薄い幸蘭の髪が、光を反射して金色に近い輝きを放った。蘭々にも言えることだが、華琳と幸蘭の髪質は良く似ていた。性格的にも、夏侯姉妹よりも曹家の姉妹の方が華琳に近いという気がする。もっとも華琳と幸蘭では、すらっとした手足に反した要所要所の肉付きの良さに雲泥の差がある。

「どうかな? 自分ではよく分からない」

「こんなところに傷が。まあ、こんなところにも。もう、少しは気を付けてくださいね」

「……幸蘭。それぐらいにして貰って良いかしら? そろそろ話を進めたいのだけど」

「もう、野暮ですよ、華琳様」

 渋々といった感じで曹仁の体を放すと、幸蘭が引き下がった。曹仁が華琳に対面し、その左右に側近が控える、という形だ。
 こほんと、気を取り直すように一つ咳払いをしてから、華琳は曹仁に目を向けた。

「久しぶりね、仁。順調に位階を進めていると聞いているわよ」

「まあな。で、今日はいったい何の用だ? 自力でその地位を得るまでは拝謁はかなわないものと思っていたぞ」

 ただの兵卒として扱う。それが、一度は敵対した曹仁に対して華琳が課した罰だった。他にもここぞとばかりに辱めを受けたが、そこに思いを馳せることを曹仁は意識的に避けた。

「ちょっと、あんた! 華琳様に対して何て口の利き方を!」

 いつも通りの口調に戻した曹仁に喰って掛かったのは、猫の耳を模したような頭巾を被る少女だ。正式に紹介されたわけではないが、何度か見かけた事はあるし、華琳のそば近くに控える席次を思えば姓名も容易に予想はつく。筍彧。字を文若。曹操軍の文官の筆頭である。

「桂花、放っておきなさい。今さらこの子に澄まし顔で敬われても、気持ちが悪いだけだわ」

「……はい」

 華琳の言葉に、筍彧は素直に引き下がった。ただ、仇敵でも見る様な目はそのまま曹仁に向けられている。

「それと、仁。今は身内だけの場だから好きに口を利いて構わないけれど、兵や他の者の目がある時は、わかるわね」

「わかった、以後気をつけよう」

 返しながらも、華琳の使った身内という言葉に、曹仁は視線を走らせた。
 春蘭、秋蘭、幸蘭、蘭々の文字通りの身内。それに筍彧ともう一人。立ち位置でいえば誰よりも華琳に近く、背中を守る様に控えている。年の頃は蘭々よりも一つ二つ下、鈴々と同じくらいか。戦場で幾度か見た顔だった。

「そういえば、紹介がまだだったわね。桂花、季衣」

 曹仁の視線に気付いたのか、華琳が言った。
 季衣、と呼ばれた少女が、はーい、と元気良く手を上げて華琳の背後から飛び出した。

「ボクは許褚。字は仲康。よろしくね、兄ちゃん」

「俺は曹仁。字は子孝だ。……君が許褚か。噂は聞いているよ」

「噂?」

 許褚が小首を傾げてみせた。その姿はどこからどう見ても愛らしい少女のもので、曹操軍で兵士をしていれば嫌でも耳にする噂話との隔たりを感じざるを得ない。

「ああ、何でも牛の尻尾を掴んで引きずり歩いたとか」

「あははっ、やだな、兄ちゃん。そんなかわいそうなことしないよ」

「はははっ、そうかそうか」

 出来る出来ないを問題としない許褚に、曹仁は乾いた笑みを返した。

「まあ、その話は置いておいて。よろしく、許褚」

「うん! 兄ちゃんなら、ボクのことは季衣って、真名で呼んでくれていいよ」

「いいのか?」

「うん。春蘭様からよく話は聞いていたから、全然初めて会ったって感じがしないし」

「わかった。あいにく真名は持ち合わせていないから、俺のことは好きに呼んでくれてかまわない」

「うん。よろしくね、兄ちゃん」

 どうやら兄ちゃんで決定らしい。曹仁は大きくうなずき返すと、不快気に眉をひそめるもう一方の少女の方へ顔を向けた。

「荀彧殿、で合っているか? 貴殿も同様に、俺のことは好きに呼んでくれ」

「……そうさせてもらうわ、この低能男」

「…………今、なんと?」

「あら、頭だけじゃなく耳まで悪いのね。それとも、猿に人間の言葉は難しすぎたかしら?」

「…………」

 ほとんど初対面と言って良い人間からの正面きっての罵詈雑言に、曹仁は腹を立てるのも忘れてただ絶句した。
 これ幸いと、荀彧はさらに聞くに堪えない言葉をまくし立てた。

「―――それぐらいにしておきなさい、桂花」

「……はい、華琳様」

 華琳の制止に殊勝にうなずいた荀彧が一歩下がる。
 先刻までの親の仇でも見るような呪詛を込めた視線は逸らされ、今度は曹仁の存在などまるで忘れたかのように振る舞う。
 面罵された曹仁の驚きは癒えないが、他の人間は特に気にした風もない。どうやら彼女はそういう人間だと、曹仁以外の全員が理解しているらしかった。

「他にも私が真名を許している者が何名かいるけど、その紹介はまたにしましょう。本題に移るわ」

 華琳は言葉を切って、一度広間とそこに集っている面々を睥睨した。

「―――天下平定のための戦を開始する。まずは、青州黄巾賊を兗州に引き込み、これを討つ」

「はっ」

 全員が声をそろえて応じた。華琳は満足気にひとつふたつ頷くと、曹仁へと視線を転じた。

「曹子孝。次の戦、あなたに我が軍の騎馬隊全軍の指揮を任せる」

「―――はっ。……はぁ!? なんで俺が?」

 面食らった曹仁が面白かったのか、悦に入った表情で華琳が口を開いた。

「飛燕、という名は聞いているかしら?」

「……そりゃあ、もちろん。俺が今までどこの戦場にいたと思う?」

 だしぬけの質問に、曹仁は訝しく思いながらも答えた。

「ああ、韓浩の軍には青州との境を任せてあったわね」

 未だ興奮冷めやらぬ曹仁をよそに華琳は続けた。

「それでは飛燕―――これはただの通り名ね。彼の本名が何と言うか、貴方は知っているかしら?」

飛燕という渾名は、その電光石火の用兵に由来するという。

「……いや、言われてみると知らないな。いつ頃からそう呼ばれ始めたのか知らないが、俺が初めてその名を耳にした頃にはすでに飛燕の渾名で通っていた。最近では彼自身もこの名を使っていると聞くが」

 飛燕。一年ほど前、ちょうど何進の謀殺や董卓の上洛があった頃から、よく聞こえるようになった名である。元は冀州は黒山に巣食う賊徒の頭目で、何度か討伐軍も起こされている。中央の政変もあって満足な戦力が投入されたとは言い難いが、飛燕はそれらを一蹴していた。
 どういった縁があったのか、その飛燕が青州の黄巾賊の軍事的指導者の座に就いたのは、ちょうど反董卓連合が解散された三月前と時を同じくする。

「では、褚燕の名に覚えは?」

「えっ、―――ああ、そういうことなのか?」

 褚燕。曹仁が黄巾賊鎮圧のための義勇軍として動いていた頃、一度槍を交わした相手だった。元々は義賊の類で、漢朝の腐敗を糺すために義兄とともに黄巾賊に加担した男である。その義兄を討ったのが曹仁で、その縁で一騎打ちを挑まれている。
 そう考えると、黄巾の賊徒から軍指揮を託されたというのも分からなくはない。

「褚燕。渾名を飛燕。貴方が黄巾の乱の折に討ち洩らした相手よ。喜びなさい、決着をつける機会を与えてあげるわ」

 すぐにその場は、軍議の様相を呈した。
 荀彧や秋蘭、幸蘭が疑問を投げ掛け、華琳がそれに返す。蘭々は一応殊勝な顔付きで耳を傾け、春蘭と季衣は暇そうに視線をさまよわせる。
 決着の機会を与えるなどと、恩着せがましい言い方を華琳はしたが、曹仁を騎馬隊の隊長にあてるのは目的あってのことだった。つまりは、飛燕の目を兗州に向けさせるためである。
 総勢百万とも言われる青州黄巾賊は、常に糧食を求めて移動し続ける集団である。すでに青州はかなりの部分が食い荒らされていて、放っておいても他の州へ移動する日は近いだろう。青州が境を接する州は三つ。徐州、冀州、兗州である。
 徐州は、刺史である陶謙の統治がうまくいっているとは言い難かった。賊の横行や役人の不正、それに伴なう小規模な反乱の話が良く聞こえてくる。兗州とも接しているから、賊徒の流入には手を焼かされていた。民も飢えているというから、攻め取ることを考えるなら機ともいえるが、略奪が目的となると勝手が違ってくるだろう。
 冀州の今の支配者は麗羽―――袁紹である。元々豊かな土地であり、飛燕にとっては古巣の黒山もある。青州黄巾賊がまず狙うとしたらここだろう。
 その矛先を兗州へと向けさせるための一手が曹仁との因縁であり、他にもいくつもの計略をめぐらしているようだった。情報収集や間諜の差配は幸蘭の受け持ちで、かなり細かい所にまで話が及んでいる。

「なあ、ひとつ、いや、ふたつ良いか?」

 曹仁は遠慮がちに口をはさんだ。話の腰を折るような形になるが、肝心のことを誰も聞かない。問わずには入れなかった。
 華琳が、顎で先を促した。

「まだ青州黄巾賊を引き入れる目的を聞いていない。青州奪還のための布石にしては、無茶が過ぎるのではないか? 相手は百万とも噂される大軍だぞ。それに、これはふたつ目の問いにもなるが、そもそも勝算は十分に立っているのか?」

「ああ、貴方にはまだ教えていないのだったわね」

 華琳は、特に気負うことも無く軽く続けた。

「目的が青州というのは、まあ半分は正解ね。勝算については、勝てるとだけ答えておきましょうか。方法ともう半分の目的は、…………秘密にしておきましょう。その方が面白そうだから」

「っ、面白そうって、そんなことで大丈夫なのか? 騎馬隊全軍を俺が率いるのだろう?」

「問題無く勝てるわ。貴方が貴方の役割を過たなければね」

 華琳が挑発的な笑みを浮かべた。





 散会後は、視察がてら曹仁に街の案内をしてくれることとなった。
 仕事も佳境ということで、調略を担当する幸蘭の姿は無い。特に戦力になるとも思えないが、蘭々もそれに強引に付き合わされている。この場にいるのは、曹仁にとって義理の従姉妹に当たる三人だけだ。

「今から全てを見て回るのは無理ね。そうね、一応視察という目的もあるし、手分けして回りましょうか」

「それでは、華琳さま、わたしと―――」

「仁を一人にするわけにはいかないし、私、春蘭、秋蘭の三手に別れましょう」

「では、仁―――」

「仁は私の護衛をなさい」

「うぅ」

「諦めろ、姉者。華琳様お一人で街を歩かせるわけにもいくまい」

 不満気にうなる春蘭を、秋蘭が冷静な声で諭した。

「私達は南側を見て回るわ。春蘭は東、秋蘭は西を。残りはまた後日で良いでしょう。さっ、行くわよ、仁」

 言うだけ言うと、華琳はさっさと歩き出した。曹仁は駆け足でそのあとに続いた。
 陳留郡陳留。街は、曹仁の想像よりもずっと栄えていた。
 華琳が州牧となる以前から兗州各郡からの民の流入は盛んだったらしい。華琳が反董卓連合で得た声望もあるし、現実問題として治安を維持出来るだけの実力者の下に人は集まる。元より、兗州の中では陳留郡は人口も城邑の数も最大で、次いで州都濮陽のある東郡が続く。華琳が本拠を陳留から移す気配がないため、必然的に州の中心はこの地となりつつあった。

「しかし、つい最近まで無職でブラブラしていたくせに、随分と兵を集めたもんだな。装備も行き届いて―――いますね」

 兵の目を気にして、曹仁は口調を改めた。
 活気ある民草の営みの次に目に付くのが、巡回する兵の多さだった。兵は華琳の姿に気付くと、みな一様に緊張した面持ちで直立し敬礼した。

「皆をほっぽり出して、好き勝手していたあなたには言われたくないわね」

「うっ」

「兵については次の戦場でその理由もわかるわ。装備は、……お母様が身銭を切ってくれたのよ」

「ああ、なるほど」

 お母様、と変に強調して言う華琳に、曹仁は得心がいった。
 大宦官であった曹謄以来、曹家は金に不自由だけはしていない。華琳の母、曹嵩はそれで三公の地位を買ったほどだ。その行為はまだ幼かった華琳の痛烈な批判を浴び、それ以来二人の親子関係は断絶に近い状態にあった。実際、曹仁は華琳と曹嵩が仲良く会話しているところを見たことがなかった。会えば必ず諍いを始める。しかし、こうして曹嵩は華琳に金をつぎ込んでいるし、華琳は華琳で連絡は絶やしていないようでもあった。複雑な親子関係なのである。
 また、似たもの同士でもあった。外見も、華琳をそのまま成熟させたようだし、女性でありながら女を侍らせたりするところも似ていた。二人に言わせれば、女の趣味には大きな違いがあるということだが、曹仁にはその違いというものはわからなかった。二人とも、美女から美少女、きれい系からかわいい系、巨乳から貧乳まで手広く好んでいるとしか思えない。
 もっとも、華琳とは違って覇道や権力を望む様な質ではない。曹仁を一門に引き取ったことで、就任直後に三公の地位を追われたことにも、清々したという態度を貫いている。そしてそれは曹仁を気遣ってのこと、ではなく、どうやら本心であるらしいのだ。それだけに、何故官職を買う様な真似をしたのか、曹仁には理解の及ばないところであった。ただ、華琳はそれを理解した上で批難しているようにも思える。

「今は、徐州でしたか?」

「ええ、相も変わらず女遊びの日々らしいわね」

 三十代の若さながら、曹嵩は官職をとうに引退している。華琳と同じく兗州は沛国譙県の出身だが、黄巾の乱の折に難を逃れて徐州に居ついていた。相も変わらずの放蕩生活と聞いているが、この分では曹家の金蔵が底をつく日もそう遠くないのではなかろうか。

「おっ、大将やないですか」

「男連れなんて、珍しいのー」

「こら、二人とも仕事中だぞ。止さないか。失礼しました、華琳様」

 三人組の少女が駆け足でやってきた。正確にいうと、華琳にからかい半分に話しかける二人に、一人がそれを制止に入った形だ。

「あら、ちょうど良かったわ。凪、真桜、沙和。紹介するわ、この子が曹子孝よ」

 三人それぞれに自己紹介を始めた。
 訛りのある喋り方に、豊かな胸に水着と見紛う様な露出の多い衣装をまとっているのが李典。字は曼成。革製の腰帯に取り付けられた小物入れには、大量の工具が刺さっている。
 李典ほどではないが語尾の間延びした独特の口調で話すのが于禁。字を文則。じゃらじゃらと全身に大量の装飾具をあしらい、眼鏡の奥の目は好奇に輝いている。
 二人を止めに入ったのが楽進。字は文謙。背筋を伸ばした隙の無い立ち方は、性格もあるだろうがそれ以上に武術の鍛錬の賜物であろう。顔と言わず腕と言わず、肌を露出した部分に覗く無数の古傷は歴戦の勇士を思わせる。
 三人は曹操軍の新兵の調練を一手に担っているという。先刻から目に付く街の警備兵は、新兵にとって最初の任務の一つであるらしい。

「いやぁ、御遣い様にお会い出来たら、ぜひとも天の国の話を聞きたい思っとったんや」

「それはいいかもしれないわね。仁、後で真桜に天の国について教えなさい」

「ああ、それは構わないが……」

「真桜は技術者なのよ。それも超一流のね。貴方の国の物も、いくらかは再現出来るかもしれないわ」

「へぇ」

 曹仁の口から思わず嘆声が漏れた。
 華琳が“超一流”などと、人を手放しに褒めるのは珍しい。それも、曹仁の口から伝え聞く技術―――この世界の人間にとっては仙術や妖術の類に近いだろう―――の再現まで口にしている。

「そういうことなら。俺の方からも何か頼むこともあるかもしれないし、こちらからお願いしたいくらいだ。よろしく頼む、李典殿」

「ああ、よろしゅう」

 李典が、その体つきに似合わぬ童顔に笑みを浮かべた。差し伸べられた手を、曹仁は強く握り返した。

「……ところで李典殿、出身は?」

「なんや、曹仁様はウチに興味津々か?」

「いや、この世界のルールについて、今更ながら疑問に思って」

「るーる? なんやそれ? まぁええわ、ウチも他の二人もみんな兗州の出身やで。ウチは山陽郡の生まれや」

「……そうか」

 ちなみに霞は并州の北辺、雁門郡の出身である。北方異民族からの影響も強い一帯で、それがあの言葉使いの原因と曹仁は勝手に理解していた。が、どうもそれは間違いであったらしい。

「そろそろ視察に戻りましょうか」

 握りっぱなしになっていた手を遮る様に二人の間に体を入れて、華琳が言った。





 城郭を出て一里ほども駆けると、すぐに馬蹄の巻き起こす砂塵が目に映った。
 陳留に呼ばれた翌日、戦までの間の騎馬隊の調練を曹仁は命ぜられていた。調練場へと先導するのは牛金―――角で、今後は再び曹仁の副官となる。
 さらにもう一駆けもすると、実際に騎馬隊の姿が見えてきた。いくつかの小隊に分かれて動いているため、見るだけで正確な数は把握し難いが、総勢で五千騎の騎馬隊のうち、半数の二千五百騎が調練中と聞いている。残る二千五百は今は韓浩ら州境の警戒に当たる将の指揮下にあった。
 すぐに前線に送り込まれたため、曹仁が調練場に来るのはこれが初めての事だ。急造にしては、悪くないものが出来上がっている。簡単な造りではあるが兵の宿舎も備えられているようだし、少し離れたところにあるいくつもの丘が入り組んだ地形は、人工的に作られたもののようでもある。

「賈駆姉さん」

 勝手の分からない調練場に戸惑う曹仁に、先に気付いて馬を寄せて来たのは賈駆の方からだった。賈駆は一瞬顔を顰めると、口を開いた。

「その呼び方、やめてくれないかしら。月のことは真名で呼ぶんでしょ、ボクも詠でいいわよ」

 月の改名の現場に居合わせた曹操軍の主だった者達は、その場で真名を交換しあっている。その方が不都合が無いという理由もあるし、今後は秘密を共有しあう仲間同士という意味も込めてだ。

「えっと、それじゃあ、……詠姉さん」

「……詠よ。姉さんは要らないわ」

 賈駆―――詠が、憮然とした調子言った。
 姉さんという呼ばれ方は、存外気に入っていたはずである。曹仁は、角に視線で問いかけた。

「幸蘭様と、夏侯惇様が」

「なるほど」

 角が小声で二人の名前をささやいた。それだけで曹仁はあらかたの事情を察することが出来た。あの二人に問い詰められては、さぞや苦労したことだろう。

「それじゃあ、改めてよろしく、詠さん」

一礼をした曹仁の声音には、いくらか同情の響きが混じった。

「月とはもう会った?」

「いや、まだだ。どうしている? 不自由な思いをしてはいないか?」

「まさか。認めたくないけど、さすがに曹操は器が大きいわね。戦から離れた適所に、ちゃんと月を据えてくれたわ。張繍の名は、今後は民政の人として知られていくことになるでしょう」

 張繍―――それがかつて董卓と呼ばれた少女の今の名だった。
 その名を聞くと、胸の奥が締め付けられるように疼いた。それは口にした詠も同様なのか、眼鏡の下の目を一瞬伏せた。

「……あいつとの約束も、これで果たせたと思って良いのか」

 小声でつぶやくと、詠が訝るように眉をひそめた。
 詠も、こうして次の大戦の主力となる騎馬隊の調練を任されているところをみると、重用されているようだった。ひとまず二人は場所を得たと考えていいだろう。

「……兵に紹介するわ」

 賈駆の命で銅鑼が鳴らされると、騎馬隊は速やかに集合、整列した。
 五騎の小隊五つの二十五騎と、それを率いる形で一騎。それを一つの隊として総勢百隊二千六百騎が居並んでいる。
 賈駆の手振りで、各隊を率いる一騎ずつ百騎が進み出た。それで曹仁の抱いた不審は晴れた。
 二千五百騎と聞かされていたし、隊を組むときは普通指揮官も含めて定員を決めるものである。二十五人の隊ならば二十四人の兵と、その指揮官を一人とする。部隊運営上、その方が様々な面で扱い易いためだ。

「指導役ってところか」

「ええ、適任でしょう?」

 詠が、自信満々といった風に答えた。
 百騎のなかには、曹仁の見知った顔がいくつも見られた。かつての董卓旗本の騎馬隊である。小隊に含まれる人員とは別ということだ。
 視線が合うと、一騎が馬を寄せて来た。見覚えのある顔。あの旗持ちの兵だ。

「皆健勝そうだな」

「はっ、戦闘に支障をきたす様な傷を負った者はおりませんでした。この百騎は以前と変わらぬ働きが出来ます」

「馬の方も問題なさそうだ」

「馬にまで、手厚い治療を賜りました。数頭、以前のようには駆けられなくなった馬もおりますが、その替えの馬も良いものを支給して頂きました。これも曹操様に口利きしてくれた曹仁様のおかげです」

 一括で牧で管理される軍馬を駆る普通の騎馬隊と違い、この騎兵達はそれぞれが一人一頭の自分の馬として識別しているし、世話も手ずから行っている。軍としての騎兵運用の利便性を考えれば欠点としか成り得ないことではあるが、普段から馬と呼吸を合わせておくこともこの騎馬隊の精鋭たるゆえんだろう。良馬の支給は譲れない部分であった。照がまとめ上げたそのままの形でこの騎馬隊は残しておきたい、という曹仁の感傷もある。

「この騎馬隊を、あんたに託すわ」

 旗持ちの兵と、横一列に居並んだ百騎を詠は示した。

「俺に?」

「月を戦場に出させるわけにはいかないし、ボクだって、調練は見られても実戦でこの騎馬隊の指揮は無理だわ」

「……俺で良いのか?」

「月がそれが良いと言っているし、本当は嫌だけど、ボクも他の人に任せるぐらいならあんたで我慢しとくわ。何より、兵のみんなもあんたが良いって」

「兵が?」

「ええ。曹操からは、それぞれを校尉として迎い入れるという話もあったのだけど」

 さすがに華琳は見るべきものは見ている。一人一人が兵をまとめるだけの力は十分にある百騎なのだ。兵にとってもそれは良い話で、今よりずっと上の待遇を得られるはずだった。

「董卓様が今の張繍様となられた日より、我らの命運は貴方様に託すものと、皆が思い定めております」

 視線を寄せると、旗持ちの兵が迷いの無い口調で言った。

「……あの日、俺の拙い指揮が無双を誇るお前達を潰滅させた。それでも俺の指揮で戦ってくれるのか?」

「あの日、あの戦場で、曹仁様は私に張旗を掲げさせました」

「それだけのことで?」

「はい。それだけのことで動くのが兵と言うものでございます」

「そうか。ならばひとまず、お前たちの命を預かろう」

 ひとまず、などと前置く煮え切らない態度に、曹仁は自嘲した。
 董卓と賈駆と共に曹操軍に降ったのは、二人の行く末を見守らなければという義務感からだった。もはや曹操軍にいるだけの理由が、曹仁にはない。これから、幸蘭ら家族と働くことを思えば、それはひどく居心地の良いものだろう。それでも、ただ流されて居つく、それだけはするつもりはなかった。

「どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。指揮の取り方は、照のやり方に合わせる。あいつがどうしていたか、お前が俺に教えてくれ」

「はっ」

「あの旗は今もお前が持っているのか?」

「いえ、今は賈駆様と、―――張繍様が」

「出陣の際には借りておけ。高々と翻ることはなくとも、お前たちの心の内にはあの旗を掲げておけ」

「―――はっ!」

 旗持ちの兵が、短く、強く返した。

「では戻れ」

「はっ」

 百騎が、二千五百を率いる位置に駆け戻っていく。
 ひとまずは次の戦。思考の放棄とも、決意とも判じ得ない思いを胸に、曹仁は指揮下に入ったばかりの騎馬隊と向かい合った。




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