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No.7688の一覧
[0] コードギアス 反逆の兄妹 (現実→オリキャラ♀)[499](2014/04/02 16:15)
[1] STAGE0 皇子 と 皇女[499](2014/02/08 19:39)
[2] STAGE1 交差する 運命[499](2014/04/02 16:18)
[3] STAGE2 偽り の 編入生[499](2009/09/08 11:07)
[4] STAGE3 その 名 は ゼロ[499](2009/10/09 16:40)
[5] STAGE4 魔女 と 令嬢[499](2011/01/18 16:03)
[6] STAGE5 盲目 と 仮面越し の 幸福[499](2011/01/18 16:03)
[7] STAGE6 人 たる すべ を[499](2009/10/09 16:42)
[8] STAGE7 打倒すべき もの[499](2009/10/09 16:42)
[9] STAGE8 黒 の 騎士団[499](2011/01/18 16:04)
[10] STAGE9 白雪 に 想う[499](2011/01/18 16:07)
[11] STAGE10 転機[499](2011/01/18 16:06)
[12] STAGE11 もう一人 の ゼロ[499](2011/01/18 16:08)
[13] STAGE12 歪み[499](2011/01/18 16:08)
[14] STAGE13 マオ の 罠[499](2014/02/08 18:54)
[15] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (前)[499](2014/02/08 18:56)
[16] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (後)[499](2014/02/08 18:56)
[17] STAGE15 絶体絶命 の ギアス[499](2014/02/08 18:57)
[18] STAGE16 落日[499](2014/02/08 21:06)
[19] STAGE17 崩れ落ちる 心[499](2014/04/02 16:16)
[20] STAGE18 運命 が 動く 日[499](2014/04/03 00:20)
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[7688] STAGE8 黒 の 騎士団
Name: 499◆5d03ff4f ID:5dbc8fca 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/18 16:04
 トウキョウ租界の高級住宅街の一画に、その建物はあった。純血派の発起人にして領袖たる、ジェレミア・ゴットバルト辺境伯の私宅である。既に辺りは闇に落ち、落ち着いた静寂が屋敷を包み込んでいた。

 シックな色合いに統一された品のいい廊下を、一人の女性が歩く。
 浅黒い肌に銀の髪を持つ彼女の名は、ヴィレッタ・ヌゥと云った。おのれの才覚のみを頼りに、若くして騎士侯の位とジェレミアの右腕という立場を手に入れた才媛である。

 ほんの少し前まで、彼女は自身の好況が、永遠とまでは言わずとも、この先もしばらく続くものと信じていた。所属する純血派が順調に勢力を拡大していたからである。
 いや、その表現では少々語弊がある。純血派の成長性におのれを賭けるに足りる価値を見出したからこそ、過去のヴィレッタはこの派閥に身を投じる決定を下したのだ。上昇志向の強い彼女は、立身栄達への近道として純血派を選んだのである。

 いずれにせよ、彼女の見立ては間違っていなかった。
 クロヴィス皇子薨御の折、領袖のジェレミアが代理執政官としてエリア11の実権を掌握した事実が、それを裏付けている。そのときには、この流れのまま頂点へと駆け上がる足場が目の前に用意されているのではないかと、不謹慎ながらヴィレッタは内心でほくそ笑んだものである。まさに純血派の絶頂期であった。

(……それが今ではこのザマか)

 ジェレミアの私室へと歩みを進めながら、ヴィレッタは奥歯を噛み締める。
 コーネリア総督はホテルジャックテロの対応のために現地へと飛び、軍の有力者たちもそれに同行した。にもかかわらず、ジェレミアは租界の守りを任されるわけでもなく、ただ自宅での待機を命じられている。ヴィレッタには何の沙汰も無いが、副官なのだから追従するのが当然である。

 コーネリア総督の着任以降、枢木スザク強奪事件の責任を問われた純血派は、まともに軍事行動に参加させてもらえていなかった。オレンジ疑惑の追求までされたジェレミアに至っては、営倉から出て来られたのも最近の話である。
 純血派の力は大幅に削がれ、ジェレミア自身も派閥内での求心力を失ってきている。
 ヴィレッタの視野には、完全崩壊の未来も可能性として入って来ていた。そこまでは行かずとも、かつての権勢を取り戻すのはかなり難しいに違いない。

 どう転ぶにせよ、ヴィレッタにとっての問題は、今後の身の振り方である。
 もともとヴィレッタは純血派の掲げる理念――ブリタニア軍はブリタニア人のみで構成されるべき、という思想には、そこまでの共感を抱いてはいなかった。かといって反感を覚えることも無い。彼女が買っていたのはあくまでも純血派の成長性なのだ。
 ゆえに、ヴィレッタは既に派閥を立て直す方法よりも、純血派の力に頼らずに上を目指す方法についてを考え始めていた。

 結果、答えの一つは見つかった。というよりも、おそらく一つ以外にはあり得ないだろう。それほどまでに、ジェレミアの――ひいては副官であるヴィレッタの立場は悪い。少なくとも、普通に軍務に従事するだけではろくな出世が望めないことが確定的なくらいには。
 ならば、この苦境をもたらした原因そのものによってあがなうよりほか無い。

 つまりは、ゼロの捕縛である。

 軍が総力を挙げて追い求めているテロリストへと至るための鍵を、ヴィレッタは持っていた。確証があるわけではないが、どこかで繋がっていると信じている。

 誰に明かしてもまともに取り合って貰えぬであろう情報ではあるが、ジェレミアだけは別だとヴィレッタは考えていた。どうやら聞くところによると、取り合ってもらえぬとの予測を成り立たせる根幹部分――そこにある不可思議な出来事を、彼もヴィレッタと同様に体験しているようなのだ。

 そのために、彼女は今夜ジェレミアの邸宅に足を運んだのだった。

「ジェレミア卿、ヴィレッタです」

 やがて目的地に辿りついたヴィレッタは、ノックをして中へと入った。

「来たか」

 ソファに腰掛けたジェレミアは、テレビでホテルジャックに関する臨時報道番組を視聴していたようだった。画面には被害者の家族たちに対するインタビューの模様が映し出されている。

「人質救出作戦は、水中、上空、どちらの経路も上陸すらできずに失敗したようだ。水際に布陣したナイトメアに阻まれて接近すらままならない、というわけだ。かといって長射程の砲撃など行えば、ホテルごと人質を殺してしまう結果に結びつきかねん。狂人どもの策にしてはなかなかやるではないか。無論、戦略としてはマイナスでしかないがな。――して、ヴィレッタ。何があった? まさかコーネリア殿下が出撃命令を下さったなどということではあるまい?」

 ジェレミアは小さく鼻を鳴らし、自嘲気味に口の端を上げる。

「いえ、残念ながら」

「わかっている。この状況では一人二人ナイトメアを上手く操縦できる者がいたとしても、大した役には立たん」

 ジェレミアは三十歳にならぬ若さで純血派を有力派閥にまで育て上げただけあって、精悍で男ぶりも良く、なおかつ知的である。戦場においては好戦的であるところが欠点といえば欠点だが、それを欠点と感じさせないだけの技量が備わっているのもまた事実。
 およそ隙の見当たらない男であり、だからこそヴィレッタは賭けてみようと思ったのだが、ごく最近、明らかな短所ができた。

「その、私の用件というのは……ゼロについてなのですが」

「何? ゼロだと!? 何かわかったのか!」

 弾かれたようにソファから背を離し、声を荒げて食らい付く。これこそがジェレミアの欠点である。おのれを失脚へと追い込んだゼロに対する異常なまでの敵対心。執念とも言えそうな執着。ゼロに関することになると、普段の沈着さが失われてしまうのだ。

 あらかじめ過剰反応を予想していたヴィレッタは、冷静に答えた。

「ジェレミア卿は、枢木スザクを奪われたときのことを覚えていないとお聞きしました」

「ヴィレッタ! お前まで私を愚弄するのか!」

「いえ、そうではなく。……実は、私も過去に一度、シンジュク事変で記憶の喪失を体験しているのです」

「……なに?」

 低く聞き返すジェレミアの瞳に、理知的な光が戻ってくる。

「その直前、学生服の少年に会ったのを覚えています。顔までは覚えていませんが。それに、そのあとの会話の内容がどうしても思い出せないのです。ジェレミア卿も、ゼロに会ったところまでは記憶しているとのこと。――似ているとは思いませんか?」

 ジェレミアは一度吟味するように視線を宙に投げてから、しっかりとヴィレッタに目を合わせた。

「……その話、詳しく聞かせてもらえるか」




 ◆◇◆◇◆




「――『覚えていない』? 何をふざけているんだ!」

 夜の湖畔に呆れ混じりの怒声が響き渡る。Hi-TVのプロデューサー、ディートハルト・リートは、人を馬鹿にしているとしか思えぬ部下の言葉に苦々しく顔を歪ませた。

「そんな、俺に言われても。俺も聞いただけなんで。なんか、気づいたら三号車が盗られてたってギブソンが」

「はぁ!?」

 河口湖のホテルジャック事件の報道のために現地入りしていたテレビスタッフが、報道車を一台盗まれたというのだ。
 番組を部下に任せきりにして湖に釣り糸を垂らしていたディートハルトは、報告を受けて詳細を聞き出そうとしたのだが、返ってきた答えが『覚えていない』である。忌々しげに舌を鳴らし、釣竿から手を離して立ち上がる。

「で、その三号車は今何を?」

「それが……ゼロが放送を」

「え!? お前ッ! どうしてそれを先に言わない!」

 怒鳴るように言うと、ディートハルトは即座に身を翻し、仮設スタジオへと走った。使えない奴め、と悪態をつく彼の胸には、軽い後悔と、それをはるかに上回る歓喜が湧き上がっていた。

 枢木スザク強奪事件を目の当たりにしたときから、ディートハルトの世界はゼロを中心に回っていると言っても過言ではない。いや、ゼロはあれ以来表に出てきていないため、正確には回ってすらいない。
 護送中の容疑者を真正面から奪い去ったあのときの大胆なパフォーマンスに、仮面の男の派手な言動に、ディートハルトの心は深く震えた。新しい時代が人という形をとって目の前に現れた――そうとさえ感じられた。
 それほどまでにゼロという存在に衝撃を受け、心酔していたのがディートハルトという男である。

 ゼロの映らない番組に価値を見出せなくなり、給料分の仕事すらやる気が起きなくなりつつあった彼にとって、この盗難された三号車からの放送という事件は、責任問題を頭から追いやってなお余りあるほどの吉報だった。

 スタジオに着くなり、ディートハルトはスタッフに詰め寄った。

「ゼロは!? ゼロは何と言っている! 流しているんだろうな!?」

「とりあえず、流してますけど」

「良くやった! 今後も全て流させるんだ。上が何を言ってきても突っぱねろ。責任は全部私が取る!」

 言い置いて、すぐに三号車からの映像が映し出されているモニターへと目を向ける。画面の向こうには、待ち焦がれた人物の黒尽くめの姿があった。

『――コーネリア総督は、人質となった臣民を大切に思うがゆえに、強攻策を控えておられるご様子。武断の皇女とされながら、守るべきところをしっかりと理解しておられる。素晴らしいお方だ』

 演説を聞いていた一人のスタッフが少し不審げな顔をした。

「……今のこの状況って、本当にそういうことなんですか?」

 ディートハルトはモニターに目を落としたまま、ゆるく首を振る。

「いや、違うだろう。お前も何か感じたからこそ聞いたんだろうが、きっと裏に何かがある。コーネリア総督はテロに屈するようなお方ではない。個人的な印象で言えば、人質ごと砲撃で殲滅しても不思議はない、そういう性格に思える」

 着任してそれほど間もない総督のことだから、断言はできない。しかし、ディートハルトは報道部の人間として様々な資料に目を通していたし、直接政庁まで赴いたこともある。それらの経験が伏せられた情報の所在を予感させていた。

「ただ、これは一般視聴者に向けての放送だ。ゼロにとって大事なのは、そっちなんじゃないのか」

 仮面の男は夜の河口湖畔をバックに、大仰な身振りを交えながら語っていた。

『――しかしながら、人質救出については有効な手を打てずにおられるようにお見受けした。ならばここはひとつ、最後に私に賭けてみてはいただけないだろうか。罪無きブリタニア市民の命――救ってみせる、私なら!』

 力強く言い放つと同時に、ばさりとマントが翻る。

「……来た。これだ。これこそがゼロ!」

 ブリタニア軍が総力を尽くしても果たせなかったことを達成できると言ってのける。
 しかもその内容がイレブンに捕らわれた人質の救出だ。

 ブリタニア皇族を殺めたと宣言した口で、ブリタニア人を助けると言う。矛盾した行動のようでありながら、彼特有のオーラ、カリスマ性とでも呼ぶべきものが、根底に何らかの信念が存在すると強く訴えてくる。

 ディートハルトの目はゼロの中に英雄的な資質を見出さずにはいられなかった。
 興奮気味の眼差しが見守る先で、黒衣の怪人はさらに続ける。

『私はこれからテログループとの交渉に向かう。使用するのはボート一隻だ。コーネリア総督には狙撃を控えていただきたい。私は仇かもしれないが、死んだ者と生きている者、臣民を思い遣る心を持った貴女なら、どちらが大切か、正しく判断できるものと信じている』

 ゼロがそう締めくくると、三号車からの映像はそれきり途切れた。

「これは……。ゼロが人質を助けるって、本気でしょうか?」

 スタッフが半信半疑の面持ちで問う。ディートハルトはすぐに頷いた。

「そうだろう。さっきの放送はそのための布石と見ていい。全国放送であそこまで言われれば、総督も手を出しづらくなる。民衆とは理でだけで動くものではないからな。救出に向かう人間を殺せば、人質を殺したも同じ。自力で救出が成せるのなら話は別だが、それは失敗したとゼロが強調していた」

「なるほど。いざとなったらテロリストごとまとめて攻撃すればいいだけの話ですしね。ですけど、テロリストの方は大人しくゼロを中に入れますかね?」

「死を待つしかやることのない状態で、世間を騒がせている謎の人物が会ってくれるって言って来たら、お前は面談を断るか? しかも奴らにとってはそれが同じテロリストの英雄だ」

 さらにはたったボート一隻分の戦力である。通らないことはまずありえない。

「問題があるとすれば――」

「どうやって救出するか、ですか」

「ああ。そこまでは私にも皆目見当が付かない」

 しかし、とディートハルトは心の中で思う。

 ゼロならやり遂げてしまうのだろう。常人には及びも付かない発想力で。常識はずれの方法で。
 そこについては妙な確信があった。彼は必ず成功させると。

 それよりも、やはり判然としないのは目的である。
 この行動の先に何があるのか。そして彼の思考の果てに見えているものはいったい、何なのか。

 今回の登場は、その遠大な視野を元に指された一手なのだろう。

「しっかりカメラ回しておけよ。ゼロはこれを機に間違いなく何かをやる。単に人質を助けて終わりなんて、そんな奴じゃあない」

 ディートハルトは部下の肩に手を置き、闇の中に立つ巨大なホテルへと鋭い視線を向けた。




 ◆◇◆◇◆




 コンベンションセンターホテルの食糧貯蔵庫には、重苦しい空気が充満していた。どんなに周囲に無頓着な人間であったとしても、この場に放り込まれたら気づかずにはいられまい。

 無論ユーフェミアについても例外ではなかった。
 声を殺してさめざめと泣く女性や、苛立ち混じりの溜息を何度も吐く男性がすぐ近くにいるのだ。それ以外にも、囚われた当初と比べて明らかに減っている人口密度が、絶望的な雰囲気に拍車を掛けている。
 連れて行かれた人数は数えていた――というよりも自然と数えてしまっていたが、考えないようにしていた。その数字はそのまま死へのカウントダウンとなるのだ。四十八に達するとき、全ての人質の命数は尽きる。

 滅入りそうになる気持ちを、ユーフェミアはそばで毅然と顔を上げているクラリスを見て誤魔化す。姉の眼光はこの窮地にもかかわらず、思慮深く、冷静で、不安のひとかけらも宿していない。そこにあるだけで、何かの力を与えてくれそうだった。

「……バーンズ」

 クラリスは隣に控えている護衛隊長に囁く。

「地下の物資搬入口まで閉ざされたとなれば、もう侵攻経路は一つも残されてはいないでしょう。あのコーネリア殿下が大人しく交渉に応じるとも思えない。となれば、考えられる展開としては、一つ」

「長距離からの砲撃、ですね」

「ええ。報道カメラも入っているでしょうから、臣民の目も意識して、たぶんぎりぎり崩壊させられる程度の砲撃にしかならないはず。それでもここはきっと大きな揺れに襲われるわ。見張りたちにも必ず隙ができる。その期を逃さず掴みなさい。同じ死ぬにしても、抵抗した結果のことにしたいわ。それまで油断なくね」

 バーンズだけでなく、ユーフェミアの護衛の面々も頷く。
 おそらくは皆それを考えていたのだろう。わざわざ口に出したのは鬱々と圧し掛かる空気を少しでも軽くするため。

 ただ、ユーフェミアはその予想が現実のものになるかどうか、今ひとつ疑わしい思いを拭えずにいた。
 ユーフェミアの知るコーネリアの性格から考えると、やるつもりなら既にやっていなければおかしいのだ。ブリタニアの第二皇女が魔女と恐れられるのは、戦場での卓越した能力はもちろんのこと、非情に徹して効率の良い作戦を採用できることから、という点も大きく影響している。
 時間が経つごとに人質が殺されていくこの状況において、砲撃を先送りにするメリットなど何も無い。ただし、急いで決行する場合のデメリットならば簡単に思いつく。

 つまり、ユーフェミアの命を巻き込みかねないという問題があるからこそ、コーネリアは強攻策に出られずにいるのだろう。

 妹を溺愛する姉の心遣いを、ユーフェミアは嬉しく思う。同時に、そのせいで喪われる命が増えるのであれば、いっそ切り捨てて欲しいとも思う。
 それ以上に、ただ黙って事態の推移を見守るしかできないおのれ自身に、言いようのない無力感を覚えていた。

 もしかしたら、ここにクラリスが居なければ、ユーフェミアは代わりに何とかして周りの人間を鼓舞しようとしていたのかもしれない。きっと彼女ほど上手くはできなかっただろうけれど、一応皇女として。

 だが現実には、ユーフェミアの姉はたしかにここに居て、身分を隠しながらも、皇族としての役目を十二分に果たしている。できる限りの手を使い、臣民の心の安寧を護るという役目を。
 だからといって彼女一人に任せきりにしていいという理屈が通るはずもないのだが、クラリスがあまりに的確に振舞うものだから、ユーフェミアは一切行動せずにいた。知識も機転も一般人の域を大きく超えない自分などは、余計なことをしない方が良いのだろう、と。

 その判断はきっと正しい。しかしゆえにこそ、それが幼い時分に盾になってくれた姉に対する一種の甘えであることに、彼女は気づいていなかった。

「――時間だ」

 入り口の扉が開き、軍服のイレブンが姿を現した。もう何度目になるのか思い出したくもない、死刑台への誘いだ。

 三十分おきにやってくる獄吏が誰を指名するのかは、特に決まっていない。目に付いた者が引っ立てられて行くようだった。
 このときばかりは泣き声も囁き声も止む。
 静寂に満たされた空間に、兵士の履いた靴が、かつりかつりと硬質な音を刻む。一定のリズムで繰り返される軍靴の反響音が止んだとき、ヒッと息を呑むような声が聞こえた。
 まだ若い女の声だ。ユーフェミアがそちらを確認すると、やはりそれは十代半ばから後半くらいに見える女の子だった。
 眼鏡を掛けた緑髪のその少女は、目の前に停止した黒いブーツを凝視し、そこからゆっくりと視線を上げていく。やがて東洋人特有の彫りの浅い顔にまで達したとき、堪え切れぬように、震える声で小さく漏らした。

「イ、イレブン……」

「貴様! 今何と言った!? イレブンだと!? 我々は日本人だッ!」

 兵士が少女を睨みつけ、短機関銃の銃口を向ける。

「わかってるわよ、だからやめて!」

 金髪をした少女が庇うように眼鏡の少女を抱いた。軍服の男は構わず怒声を張り上げる。

「我々はイレブンではない! 訂正しろ!」

「訂正するから!」

「何だその言い方はッ!」

 しんとした倉庫の壁は、口論する男女の声を鬱陶しいほどよく響かせた。
 止めに入る者は誰も居ない。人質たちは顔を伏せるか、痛ましげにそちらを窺うばかり。皆わかっているのだ。下手に関わっては自分のほうに矛先が向いてしまいかねないと。

 やがて男は眼鏡の少女の二の腕を掴み、強引に立ち上がらせた。どうやら彼女が今回の生贄に決定したらしい。縋りついた友人らしき二人の少女が、力任せに床に突き飛ばされた。

「いやッ! いやああああああああッ!」

 狂ったように首を振り、金切り声を上げて拒絶する緑髪の少女を、男は引きずるようにして無理やり歩かせる。ろくな抵抗もせずに諦念の面持ちで連行されていった今までの犠牲者たちと比べ、その様子はあまりにも残酷で、陰惨で、耐え難い痛ましさを心に刻み付ける。

 胸の悪くなる光景を、ユーフェミアは無力感を噛み締めながら眺めていた。
 この状況を一変させる手段が、確実に一つある。名乗りを上げればいいのだ。皇女であると。なのに、それを行使していいのかどうか、そこの判断がつけられなかった。

 なぜなら、同じ手を打てる人間が隣に居るから。ユーフェミアよりずっと賢明で、皇族らしい分別を持った彼女が、その手を使わずにいるから。

 一時の感情に任せて考えなしの行動に走ったら、いろいろなものを台無しにしてしまう気がして、ユーフェミアは焦燥を抱えつつも、動き出せずにいた。

 悲鳴を上げ続ける少女がだんだんと出口に近づいていく。友人らしき少女たちは別の軍人に銃口を向けられて、一定以上近づけずにいる。
 鼓膜を打つ甲高い声が、自分を責めているような気がした。助けられるのになぜ助けない、と。

 少女の体が出入り口の扉をくぐる直前、ユーフェミアは堪えられなくなって大きく息を吸い込んだ。
 その瞬間だった。

「――待ちなさい」

 耳に飛び込んできたのは、凛とした声。

「日本解放戦線というのは、嫌がる女の子の悲鳴を聞いて喜ぶような下衆の集まりなの? もしそうなら唾を吐きかけるくらいしかやることがないのだけれど、違うのなら少し話をさせてくれないかしら」

 ユーフェミアのそばに、すっくと立ち上がる少女の気配があった。柔らかなアッシュブロンドがふわりと弾む。

「何だ貴様は!?」

「その子の友達よ。どうせ殺すなら誰でも同じでしょう。私なら喚きもしないし暴れもしないわ。大人しく殺されてあげるから、私にしなさい」

 いきり立つ兵士に向かって、クラリスは冷然と答えた。

 泣き叫んでいた少女が暴れるのをやめて、ぎこちない動作で振り返る。泣き腫らした目が大きく開かれ、小揺るぎもせずに立つ少女の姿を映し出した。

「クラ、リス……?」

 呆然と呟く眼鏡の少女をそのままに、クラリスは監視者の軍人たちを見回す。

「ねぇ、どうなの? 構わないでしょう? 泣いて逃げようとしている女の子を無理やり突き落とすより、自発的に飛び降りる人間の方が絵面的にもソフトでいいんじゃないかしら。日本解放戦線の名声をこれ以上はないというレベルにまで叩き落したいのなら、話は別だけれど」

 大半のイレブンは黙っていた。クラリスの言が正論であると認めてしまっているのだろう。しかし、眼鏡の少女を捕らえた男は違っていた。

「ふざけるなッ、誰が貴様らブリタニア人の意見など――」

「やめろ」

 激高する男をたしなめるように、落ち着いた声がかぶせられた。いや、そこには少々うんざりとした響きが滲んでいる。

「その娘の言うとおりだ。誰であろうと変わらん。ならば協力的な人間の方がいい」

「ですが、田辺少尉……」

「貴様は次の時間まで外で頭を冷やせ。今回は自分がその娘を連れて行く、いいな?」

 厳しく言われた男は、忌々しげに少女の腕を解放した。

 ユーフェミアには少尉の心中が推察できた。ここからまた眼鏡の少女を連れて行くという流れになれば、再びあの叫び声を聞かねばならない。一時的に静かになったからこそ、あの聞くに堪えない悲痛さがより一層強く実感できる。

「……ユフィ、大丈夫、策はあるわ。そうやすやすと殺されたりはしないから、安心して」

 微笑みかけられ、ようやくユーフェミアは自分の表情が固まっていたことに気づいた。我に返ると同時に、とんでもない失敗を犯してしまったのではないかと、逆に体が強張った。

 クラリスの言う『策』は簡単に想像がつく。少し前にユーフェミアが検討していたのと同じ手だ。たしかにそれで自分自身を交渉材料にできれば、ぎりぎりまで生き延びることが可能だろう。けれど、それではよしんば今回のホテルジャックから生還できたとしても、その先がない。
 クラリス・ヴィ・ブリタニアは、クラリス・アーベントロートとして生きているからこそ、誰にも狙われずにいられるのだから。

 その事実に思い至り、ユーフェミアは強烈な自責の念に駆られた。
 そう、冷静になって考えれば、クラリスに名乗りを上げられるはずがなかったのだ。ユーフェミアとクラリスは同じ駒を持っていたけれど、取り巻く環境がまるで違う。皇族だと露見した瞬間に、クラリスの安全は崩壊するのだ。

 ならば、手札を切るのは自分であるべきだったのだろう。
 思った途端、居ても立ってもいられなくなった。

 幸い手遅れにはなっていない。クラリスは決定的な言葉を口にしていないのだから、まだ取り返しはつく――。

 はやる気持ちに任せて声を上げようとしたとき、腰を曲げたクラリスの指が上から降りてきて、ユーフェミアの唇を押さえた。

「やめなさい。大丈夫だから。貴女のそれは私なんかのために使うにはもったいないわ。本当に我慢できないと思ったときのために取っておきなさい」

「そんな……」

 言葉を失って周囲を目を走らせたユーフェミアは、渋面をしたクラリスの護衛隊長を見つけた。バーンズは縋るようなユーフェミアの視線に気づくと、険しい顔をしたまま、諦めたようにゆっくりと首を振った。

「……お嬢様は常々、『嘘が嫌い』だとおっしゃっております。ですから、信じてもよいのではないでしょうか。少なくとも、わたくしにはお嬢様の殺される姿が想像できません」

 バーンズが言い終えると、クラリスは一度頷き、背筋を伸ばす。そしてイレブンの少尉に向けて、嫣然と笑んで見せた。

「さぁ、エスコートして下さいな。地獄の底まででもついていってあげましょう」





 田辺光彦は、なぜ自分がこのような破滅的な作戦に参加したのか、今になっても正確には把握できていなかった。
 草壁中佐からの命令はもちろんあったが、中佐自身今作戦の無謀さは自覚していたようで、士気の低い腰抜けは要らぬという建前で、希望しない者には不参加の道も用意されていた。独断専行の暴挙なのだから、そこで隊を抜けて日本解放戦線の本隊に合流したとしても、厳しく罰せられることはなかっただろう。

 ――おそらくは、と田辺は自己を分析する。

 にもかかわらず今ここにいるのは、疲れてしまったからだ。死に場所が欲しかったのだと思う。

 圧倒的な戦力差で祖国を踏みにじっていったブリタニアは、憎さと同時に絶望感をも植えつけていった。それでも、誇りと憤怒を胸に、片瀬少将率いる日本解放戦線に加わり、抵抗活動に身を投じた。
 そこでも感じさせられたのは、やはり突き崩せない壁だった。
 だからもう、やめたくなってしまったのだろう。変えられぬ現状に憤るのも、破れぬとわかりきった鉄壁を殴りつけるのも、やめたくなった。やめたくなって、『日本人はここにいる!』と叫んで死ぬ、この作戦に参加したのだ。

 しかし、諦念に飲まれてしまったおのれを認めたくないから、その結論を受け入れられない。この分析も、努めて客観視することで予想の範疇を出ないように予防線を張っている。
 だから結局は、『なぜ参加したのかわからない』となる。

 ……本当に、なぜ参加したのか。

 後ろ手に縛られて目の前を歩く少女の後ろ姿を見ていると、その想いは避けようもなく湧いてくる。
 年端も行かない非戦闘員の婦女を殺めるような作戦で存在を主張したとしても、悪名を高める以外の役には立つまいに。

 だからといって今さら降りることはできない。
 田辺は予定通り屋上手前の踊り場まで辿りついたところで、少女を座らせた。交渉に進展があった場合に備え、人質殺害の細かなタイミングについては草壁中佐が指示を出すことになっている。あとは司令部からの連絡があるまでここで待機していればいい。その後は――。

「ねぇ」

 至近に迫った未来を思って田辺が重い息を吐いたとき、無言のまま従順に歩いてきた少女が、突如口を開いた。

「貴方が今何を考えているのか、教えて欲しいわ」

「黙れ。大人しくしていろ」

「どうせ時間まで待つだけでしょう? なら、これから死に行く私に最後の手向けをくれたっていいじゃない」

 少女の言を聞き、田辺は苦虫を噛み潰したかのような顔で舌打ちした。
 忌むべきはおのれの心である。切り捨ててしまうのが軍人としては正しいとわかっているのに、話をしてやりたくなってしまう。

 喋るなとも言えずに口を噤む田辺に、少女は再度語りかけた。

「教えてくれない? 後学のために。いえ、間違えたわ。冥土の土産、というのが正解よね、この場合」

 涼やかな声は、死を目前にしているとは到底思えぬほどに凪いでいた。

 不意に不審を覚えた田辺は、少女の整った顔を正面から見た。怯えも諦めも浮かんではいない。透き通るような紫の瞳がしっかりと見つめ返してくる。

「これから若い娘を殺そうとしている貴方の心の中には、いったい何があるのかしら。憐憫? 愉悦? 罪悪感? それとも、興奮でもしている?」

 一瞬、田辺の背筋に言い知れぬ悪寒が走った。質問を並べ立てる口調には微塵の揺らぎも無く、虚勢を張っている素振りは見られない。どこまでも自然で、それこそが不自然だった。処刑台に立たされた十代の娘の反応とはとても思えない。

「……答える必要は無い」

 簡潔に言い、田辺は視線を壁に移す。しかし端的な拒絶の意は通じず、軽やか声音は即座に耳に滑り込んできた。

「必要不必要の話じゃないの。貴方が話したかったら話せばいいのだし、話したくないのなら話さなければいい」

「黙れと言ったはずだ」

「その命令は意味を持たないわ。私はこれから死ぬのよ? 貴方に従って何の利があるというの。でも、それは貴方にとっても同じこと。私に付き合ったところで何の益も無いし、何の不利益も無い。だから、貴方のしたいようにしたらいいと言っているの。話したくないのなら一言そう言えばいいわ」

 田辺は再び口を閉ざす。

 正直なところ、話をしてやるくらい構わないのではないかという思いはある。なのに、返事をすることができない。馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、無力なはずの少女とただ二人でいるだけで、妙な緊張感を覚えていた。

 未知に対する恐怖のようなものだったのかもしれない。田辺には、この状況で下らない雑談に興じようとする少女の精神構造がまったく理解できなかった。

「ねぇ、なぜ黙っているの? 少しでいいのよ。こんな機会滅多にないもの。興味があるの。貴方の考えていること、教えてくれない?」

 田辺は答えを返さない。胸中には得体の知れないざわめきがあった。
 話したくないと口にできない自分の甘さがこの居心地の悪い緊迫を生んでいるのだとしたら、早めに捨ててしまった方がいいのかもしれないと、田辺は漠然と思う。

 わずかに流れた沈黙を破ったのは、二人のうちのどちらでもなかった。

『田辺少尉、時間である。人質を突き落とせ』

 ノイズ交じりの男性の声が通信機から漏れる。

 ようやくこの気味の良くない時間が終了するようだ。
 それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのかは、田辺は努めて判断しないようにした。どちらにしても気分のいい解答にはならない気がしていた。
 彼を動かしたのは軍人としての義務感である。

「了解」

 短く返答すると、田辺は再び少女の顔に目を向けた。今度こそ死があと一歩にまで迫っている。ほんの一分後か二分後かそこらだ。だがやはり恐怖の類はない。代わりにあったのは、小さく釣り上げられた唇だった。

「……何が可笑しい」

 お前はこれから死ぬのだぞ、と言外に含めて睨みつけるが、少女は気づいた様子もなく、ふふ、と一段笑みを深くした。

「いえ、貴方はあまり時計を見ないのね、と思って。こちらの話よ」

 最後までよく掴めない少女である。もしかすると元からどこか狂っていたのだろうか。だとしたら少しくらい話に乗ってやっても良かったかもしれぬ。
 頭を掠めた思考は今となっては何の意味も無い。田辺は少女を立ち上がらせようと手を伸ばした。

「もういい。行くぞ」

「いいえ、行かないわ。また最初からお話をしましょう。いいわよね? だってまだ伝令なんて届いていないんだもの」

 少女は笑んで言う。

「今度こそ、貴方の気持ちをきちんと聞かせて欲しいものだわ」

 アメジストの瞳が妖しく輝いた。




「コーネリアは何の返答も寄越さんか……」

 臨時司令部となったホテルの一室で、草壁は唸るように呟いた。

 成果の得られる可能性がほとんどないことは作戦立案の当初から推測できていたものの、実際に行動に移したからには多少の期待は生まれてしまうものだ。要求自体は呑まれずとも、交渉に漕ぎつけたという前例だけでもここで作り出せれば、今後の礎にならないとも限らない。

 しかし無理なのだろうと、草壁を含め司令部の全員が予想していた。

 数分前、人質を殺害するよう田辺に指示を出した。彼が殺すのは若い女子だという話だったが、それでもおそらくコーネリアは動くまい。冷血無比なブリタニアの魔女に諾と言わせるには、たとえ女子供であろうと、一般市民や会議参加者の命では足りないのだ。皇族でも捕らえられれば別なのだろうが、そんな高難度の策を立案実行できる人材がいたなら、草壁たちはここで無為に死のうとはしていなかったに違いない。

 草壁の呟きを最後に、司令部には沈黙が下りていた。
 重苦しい雰囲気はない。皆が覚悟を決めているためである。この期に及んで事態を好転させねば、などという使命感を持った者は一人としていないのだ。それゆえの落ち着きであり、静けさだった。

 どれほど経っただろうか、誰かが口を開いた。

「田辺少尉からの報告がありませんね」

「そう言えば、たしかに遅いですな。確認を取ってみてはどうでしょう」

 部下の発言に草壁が重々しく頷く。

「うむ、何か問題でも起こったのかもしれん。状況を説明させよ」

 指示を受けて一人が通信を行う。
 田辺から受け取った返答を聞いた草壁は、耳を疑った。

「――『記憶にない』だと? 気でもふれたのかあやつは!」

 人質殺害の命を受け取った覚えが無いというのである。
 田辺に指令を与えたのは間違いのないことであり、彼のした『了解』という返事も多くの者が聞いている。あれからまだそれほど経っていない。常識では考えられぬことだった。

「いや、考えても栓無きこと。もう一度指示を出しておけ」

 それだけで済んでしまうのは明日までの命であるからに他ならない。罰則を適用するまでもなく、田辺は草壁同様二十四時間後には死んでいるはずなのだ。
 人質を全て殺してしまえば、ホテルを占拠した軍人たちを守る物は何もなくなる。そうなれば相手はあのコーネリア。皆殺しは避けられない。何もせずとも確定された死がすぐそこにあるのだから、些細な失敗を咎めるのに人員を裂くのは馬鹿らしい。草壁はそう判断した。

 もしかすると、人を送るべきだったのかもしれない。その選択肢もあった。ただ、どちらが正解だったのかは、結局明かされずじまいとなった。
 田辺の一件が進展を見せる前に、室内に興奮した声が響いたのである。

『ゼロです! ゼロが小型のボート一隻でやってきます! 人数はゼロを含め八人! 武器の有無は確認できません!』

「何? ゼロだと!? ゼロがここに向かっているというのか!」

 見張りに立っていた兵士からの通信を受け、草壁が椅子から立ち上がる。司令部はにわかに騒然となっていた。

 ゼロといえば、今エリア11で最も有名な人物の一人である。しかもブリタニア側ではなく反体制側の人間であり、有能であることは枢木スザク強奪事件の実績から見て間違いない。
 その彼がいかなる腹案を持って死地確定となったこの陣に入り込むのか。不可能と思える起死回生の策を持ってくるのか、あるいはブリタニア軍の妨害のないところを見ると、人質解放の交渉でもしようというのか。

「どうされますか、中佐」

 軍人たちの目が草壁に集まる。

「通せ」

 実を言えば、田辺少尉からの報告はその後ももたらされなかったのだが、もはや誰一人として話題に上らせることはなかった。





 ゼロの率いるレジスタンスの面々は、彼の用意した黒い隊員服を身に付け、河口湖の人工島に上陸していた。
 ホテルの入り口付近に立つ黒尽くめの人影は、全部で七つ。リーダーである仮面の男の姿はない。ゼロは既に数人の兵士に伴われ、一人司令部へと向かった後だった。

「本当に大丈夫だってのか、この戦力を相手に」

 湖面に向かって構えた数機のナイトメアを見据えながら、玉城が苛立ち混じりに言う。
 口にこそ出さないものの、他のメンバーも同様の不安を抱いていた。

 ゼロの語った信念の力強さに心を打たれ、また彼の才に賭けるべき価値を見出し、皆で作戦に従うと決めた。とはいえ、その判断に一時の熱に後押しされた部分がないとは言い切れない。敵の主力を視界に納め続けていれば、認識は次第に揺らぎ始める。
 内部で破壊工作をするという手も用意されていたのだが、外で足止めをされ、一歩目で破綻していた。もちろん元から『上手く行けば』の注釈付きの策ではあったものの、「無理ならひとりでやってみせる」と言ってのけたゼロの言葉を、いったいどこまで信頼していいのか。

「やめなさいよ。今更でしょう。ここまで来たら、もう、ゼロに賭けるしかないわ」

 カレンが神妙な面持ちで言う。玉城の舌打ちを聞きながら、彼女は闇にそびえる巨大な建造物を振り仰いだ。

 一方、コンベンションセンターホテルの廊下を歩くゼロ――ルルーシュは、扇グループの心理状態など一向に意に介してはいなかった。
 現在の彼の最大の目的とはクラリスの救出である。それが達成できるのであれば、ナナリー以外の犠牲なら何でも払う意志があった。つまり、ゼロが作戦会議の際にメンバーに言った「上手く行けば」は、完全に文字通りの意味でしかなかったのである。多少作戦成功率が上がるかもしれないという程度の期待。上手く行くよう工作する時間も労力も惜しかったし、それで万が一メンバーに被害があったとしても、「作戦行動中のことだから仕方がない」で済ませるつもりでいた。
 というよりも、より正確には、考えを回す余裕が無かった。それほどまでにルルーシュは焦り、激怒していたのである。

 泰然とした足取りの裏で駆け出しそうになる脚の筋肉を抑え、黒光りする仮面で苛立ちに満ちた表情を隠している。

(コーネリアの行動の遅さ、そこに狙撃されなかった事実を加味すれば、人質の中にユーフェミアがいるのは確実。となれば、脱出の際の安全も確保できる。作戦の前提条件はほぼクリアされたと見ていい。だが――)

 黒ガラスの下、ルルーシュの瞳が射殺すような眼光を放つ。

 問題はクラリスだ。彼女がどういった扱いを受けているのか。
 自らの安全面を考えればギアスの射程圏内で直接コーネリアと交渉をしてからボートを出すべきだったのに、そうする手間を惜しんだのは、クラリスの身を案じたためだ。
 まさか殺されてはいないだろうと思うが、それが根拠の無い希望的観測に過ぎないことも理解している。時間が立てば経つほど殺害される可能性が上がっていくということも。
 だからこそ、ルルーシュは湧き上がる焦燥を消せずにいた。

 やがて司令部にたどり着き、兵士が来訪を告げる。

「ゼロを連行しました」

「了解した。中に入れ」

 警備の兵に通されて足を踏み入れた内部には、数人の将校をそばに控えさせて悠然と座る男――草壁の姿があった。
 憎むべきテロリストどもの首魁を発見したルルーシュの怒りは頂点に達する。沸騰しそうになる思考を冷ましている間に、草壁が口を開いた。

「どういうつもりで乗り込んできたのかな、ゼロ。人質解放の交渉をしようというのか。それとも、我々と手を組むつもりか」

「場合によっては、どちらの道も可能性はあった。だが、無理だ。貴様たちは救えない」

「なんだと貴様! 草壁中佐を――」

「よさんか」

 いきり立つ部下を片手でいさめ、草壁はさらに問う。

「それで、救えない我々をどうする? 神を気取って罰しようというのか。元より明日までの命だというのに」

「違うな。私はただお願いをしに来ただけだ」

 静かに告げると、ルルーシュは気持ちを落ち着けようと深く呼吸を取った。感情に任せて『死ね』とギアスを掛けるのは容易い。だがそれでは後が続かなくなってしまう。

「お願い? そんなものを我々が聞き入れると思うのか」

 草壁が怪訝な声を上げ、軍人たちの視線が黒衣の男に集中する。

「聞き入れるさ」

 不敵な声音が返るなり、ゼロの仮面のギミックが作動した。左目の部分に長方形の穴が開く。そこにはクラリスのものと良く似た、神秘的に輝く紫の瞳があった。

 そしてルルーシュは命令を下す。
 何人にも逆らえない、絶対遵守の王の下知であった。





 食糧貯蔵庫には相変わらず重苦しい雰囲気が垂れ込めている。わずかに軽くなっているように感じるのは、気のせいなのかそうでないのか。
 ユーフェミアは姉がそうしていたように、唇を引き結んで軍人たちの動向を窺っていた。

 クラリスが連行されてから優に三十分以上が経過している。にもかかわらず、次の被害者がまだ出ていない。
 前回の生贄が生き延びている証拠と判断すればいいのか、もしそうだとして、それを素直に喜んでいいのか、ユーフェミアにはどちらもわからない。
 ただできることは、せめて皇女らしく、と堂々としていることだけである。クラリスが大丈夫と言ったその言葉を信じて。

 さすがに兵士たちも不審を覚えたのか司令部と連絡を試みているが、何度も繰り返しているところを見ると、はっきりとした返答は得られていないようだ。それで彼らは余計に不審を募らせる。
 徐々に降り積もる不安と苛立ち。
 元々二十四時間も生きられないのが確定しているという異常な環境である。暴発するのは時間の問題だったのかもしれない。

 一人の兵士が人質に難癖を付け始めた。クラリスが身代わりとなったあの眼鏡の少女と、そのとき彼女を連れて行こうとしていた男だ。一度は外に出ていた彼は、いくらか前に戻ってきていた。

「貴様、隣まで来い。我々が日本人だとじっくり教え込んでやる!」

「そんなのわかってますから! 何で今頃言い出すんですか!」

「今になって口の利き方を改めても遅い! お前たちも一緒だ!」

 男は威圧するかのような大声を放ち、少女の友人たちに銃口を向けた。空いた手が眼鏡の少女の細い手首を乱暴に掴む。

「いやああああああッ!」

 数十分前に聞いたものと同じ金切り声が、再び室内に反響した。

 今度は誰も止めようとはしないだろう。前回もクラリスがぎりぎりで声を上げるまで、皆知らぬ振りをしていたのだから。そのクラリスも、今は居ない。

 現状の把握が終わると、ユーフェミアの体は勝手に動き出そうとしていた。目敏く見てとった付け人が制止するように手首を掴む。

「いけません副総督」

 しかし左右に首を振る付け人を振り切って、ユーフェミアは敢然と立ち上がった。

「おやめなさい!」

「今度は貴様か! 何なんだいったい!?」

 狂気を孕んだ男の睨みをしっかりと受け止め、変装のための伊達眼鏡を片手で取り去る。

「わたくしはブリタニア第四皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです」

 瞬間、時が止まったかのような静寂が訪れた。次いで一気にどよめきが広がる。男は驚きにか、眼鏡の少女の手首を離した。衝撃が過ぎ去る間も与えず、ユーフェミアは畳み掛けて言う。

「わたくしを貴方たちのリーダーに会わせなさい」

「――いいや、その必要は無い」

 突如第三者の声が響いた。張りと艶のある、どこか引き込まれるような魅力を持った男声である。

 いつの間にか入り口の扉が開かれ、そこに一人の人物が立っていた。草壁中佐と将校たちを左右に従えた仮面の人物だ。その手には拳銃が握られ――。

「ゼロ!?」

 誰かが叫んだとき、銃口が火を噴いた。同時に草壁たちの持っていた銃器が銃声を撒き散らす。
 時間にしてわずか数秒、戦闘とも呼べぬ一方的な蹂躙が終わった後には、崩れ落ちる見張りの軍人たちの姿があった。

「……な、ぜ……中佐……」

 口から血を流した男が驚愕の面持ちで問いを吐き出す。草壁は表情も無く淡々と答えた。

「我々は自決せねばならない」

「草壁中佐は今回の行動の無意味さを悟ったのだ。私の説得に応じ、最後は自らの手でけじめをつけようと決心された」

 事の経緯を説明したゼロは、最後にもう一つ付け加えた。

「君たちは、解放される」

「……解放、だって? じゃあ、助かるのか、俺たちは」

「もちろんだ。私はそのために来た。私の仲間もいる。武器を持たない者であれば、彼らが安全に脱出の先導をしてくれるだろう」

 何秒か掛けてゼロのセリフの意味が浸透すると、倉庫内には爆発的に歓声が広がった。
 抵抗すれば無事ではすまないと暗に伝わってくる部分はあったものの、気にするほどのことではない。このまま何もしなければ助かると言っているのだから。

 草壁たち将校は既に立ち去っていた。殺された兵士の銃を拾えば直接復讐することも可能だろうが、誰も追い掛けようとはしていなかった。
 ゼロの言葉に嘘がなさそうだったためだろう。
 放っておいても他のテロリストを道連れに自害するに違いない。今の一幕には、そう信じさせるに足りるインパクトがあった。

 あまりの急展開に停止していた脳が活動を再開するなり、ユーフェミアはすぐに倒れた眼鏡の少女に歩み寄った。

「貴女、大丈夫? 怪我は無い?」

「……は、はい」

 少女がか細く答えると、そこにゼロの声が掛けられる。

「人質は――これで、全員なのか」

 黒いガラスに遮られて顔までは見通せないが、その視線は眼鏡の少女たちのグループに向けられているようだった。
 金髪の少女がゼロを振り返る。

「たぶん、会議の参加者たちは別のところに」

「他は?」

「他は……あとは連れて行かれた人が何人か。屋上から突き落とすって言ってたから、居るとしたら――」

 言い終えるかどうかという時点で、ゼロは身を翻して駆け出していた。
 遠ざかっていく背中を見送ってから、ユーフェミアははたと気づく。

 ――クラリス。

 直後、ユーフェミアの体は走り始めていた。
 相手がテロリストだとしても――いや、だからこそか――皇女なのだから多少無茶な行動を取っても大目に見てもらえるはず、そういった勘定があったことは否めない。とはいっても、やはり根底にあったのは姉の安否を気遣う心である。

 優しさから生まれてくる衝動に任せて行動できるのがユーフェミアの一つの美点であり、それは皇女という観点から見ると、多くの場合欠点になり得る。
 眼鏡の少女の件に続き、その悪い癖がまた出てしまっていた。

「副総督! まだ安全と決まったわけでは!」

 背後から掛かる護衛の制止の声を受け流し、ユーフェミアは屋上へと急いだ。





 ルルーシュがそこで目にしたのは、血に濡れた少女だった。

 屋上へと向かう階段の最後の踊り場。半階上にある扉の窓ガラスから降り注ぐ弱々しい月の明かりが、その場を演出する唯一の照明だった。
 青く沈む闇の中、白いワンピースに黒々とした血の染みを浮かび上がらせ、少女――クラリスは壁にもたれて座っていた。

 アメジストを思わせる瞳が開かれていることに安堵し、衣服に傷の無い事を確認して二度安堵する。そして端正な顔に浮かぶ険しい表情を認識し、ルルーシュは自分の立場を思い出した。

 クラリスのすぐそばには、頭部と胸部に数発の銃創を刻まれた男の死体があった。いくらか離れ、こめかみに穴を開けて倒れ伏す兵士の死体がある。

「仲間割れを、したの。『我々は自決せねばならない』って、そっちの人がいきなり撃ってきて」

「……そうか」

「これは……貴方に、お礼を言ったらいいのかしら」

「一応は、そういうことになる」

 立ち尽くしたまま硬い口調で言う仮面の男に、クラリスはふっと笑い掛けた。血まみれでも、優しい笑顔だった。

「じゃあ。ありがとう。助かったわ、本当に。死ぬかと思った」

 そこでようやく妹を救うことができたのだと実感できて、ルルーシュの膝は崩れそうになった。駆け寄って抱きしめてやりたいと思った。

 だが、被った仮面がそれを許さない。

 かといってどう接するべきなのかという心算も、ルルーシュの中には無かった。
 ただクラリスを助けたい、その一念でここまで来たのだ。これからの活動のための布石にしようと考えた部分はあっても、そこはあくまで打算でしかなく、行動の理由にはなっていない。

 自然と訪れる膠着。生まれた短い空白は、闖入者の登場によって破られた。

「クラリス! 無事だったのですね!」

 走ってきた人影がゼロの衣装の横を通り過ぎ、桃色の髪がさらりと流れた。ユーフェミアである。第四皇女がクラリスの横に身をかがめていた。

「はい、なんとか助かりました。ですが、わざわざここまで来て下さらなくとも。立場をお考え下さい」

 クラリスの言葉にユーフェミアは一瞬虚を突かれた顔をして、すぐに持ち直した。

「でも、心配だったんです」

 おそらくは敬語を使われたことに戸惑ったのだろう。ルルーシュはそうあたりをつけ、二人がホテルで旧交を温めあったようだと目算を付ける。

「それよりも、何故――」

 関係を勘繰られることを恐れてか、ユーフェミアはゼロの仮面に顔を向け、強引に話題を振ってきた。

 実のところ、仮面の下に隠れるルルーシュにとって、その工作はまったく意味を成さないのだが、それのおかげで彼はおのれを取り戻すことができた。
 ユーフェミアにならば取るべき態度は決まっているのだ。ただゼロとして振舞えばいい。そこに心の痛みなど生まれない。

「貴方は何故、兄を殺したのですか」

「クロヴィスのことですね」

「はい」

 真剣な表情を浮かべるユーフェミアに、ルルーシュはゼロの声で語った。

「私が銃口を突きつけたとき、彼は私におもねり、命乞いをした。最後まで。イレブンを殺せと命じたその口で」

「だから、殺したとでも言うのですか」

「いいえ、違います」

 正直に話せば、ルルーシュがクロヴィスを殺した理由には、私怨の占める割合が非常に大きい。少なくとも、自分たち家族を破滅へと追いやったブリタニア皇帝の息子であるというだけで、殺意は成立した。
 その論理をユーフェミアにぶつけることに躊躇いは無い。たとえ幼馴染であろうと。過去に淡い恋心を抱いていた相手であろうと。ナナリーとだけ心を通わせるようにして過ごしてきた長い歳月は、ルルーシュの価値観を歪なものへと変貌させている。
 しかしクラリスが目の前に居ては、『皇帝の子だから殺した』などとは間違っても口にできなかった。

「彼は、無力な民間人を殺戮するような作戦を展開した。それ自体が私には許せなかった。彼を生かしておいては何度も同じことが繰り返されてしまう。その未来を避けるためにこそ、私はクロヴィスを殺したのです」

「ならば姉も――コーネリア総督も殺すのですか。サイタマゲットーを壊滅させた」

「ええ。できればこの手でそうしてやりたいと思っていますよ。――話はここまでにしましょう。お迎えが来たようです」

 ルルーシュが振り返ると、階下にはユーフェミアの護衛らしき人間が数人到着していた。何を言わせるよりも先に、先手を打って話しかける。

「こちらのお嬢さんで助けられる者は全てのようだ。これより脱出に移る。ただし――」

 黒い仮面に四角い窓が生まれ、ギアスを宿す左目が露わになる。無論、その様子は角度の問題から、少女たちの視界には入っていなかった。

「私たちの安全確保のために、皇女殿下をお貸し願いたいのだが、構わないだろうか」

 そうして、ホテル内の騒動には終止符が打たれた。




 ◆◇◆◇◆




「来た、ゼロだ! 切り替えろ!」

 三号車からの映像が受信されると、ディートハルトはすぐさま食い入るようにモニターに見入った。

 小型の救命艇に乗った人質たちが岸に到着する様子を流していたHi-TVの臨時報道番組は、ここでゼロの動向を伝える内容に中身を変化させた。

 黒い衣装の男女数名を両脇に並べた仮面の男が、画面の中央に映し出される。黒服たちの顔はバイザーで隠され、下半分程度しか判別できない。そのまま数秒ほど無言の時が流れ、ゼロの演説が始まった。

『人々よ。我らを恐れ、求めるがいい。我らの名は――黒の騎士団!』

 それはエリア11全域に、ゼロの思想を端的に、そして印象深く知らしめるものだった。

『我々黒の騎士団は、武器を持たない全ての者の味方である。イレブンだろうと。ブリタニア人であろうと』

 視聴する者は皆、各々の思惑をもって彼の声明に聞き入った。

 出る幕の無かった特派の主任。その横で険しい顔をするランスロットのパイロット。

『日本解放戦線は、卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り、無残に殺害した。無意味な行為だ。草壁中佐は自らの非を悟り自決したが、それが無ければ、我々が制裁を下していた』

 日本解放戦線に身を寄せる客将。彼直属の四人の部下。

『クロヴィス前総督も同じだ。武器を持たぬイレブンの虐殺を命じた。このような残虐行為を見過ごすわけには行かない。ゆえに制裁を加えたのだ』

 ゼロの間近で救命艇に揺られる第四皇女。G-1ベースで歯噛みするエリア11現総督。

『私は戦いを否定しない。しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは、断じて許さない! 撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ!』

 車椅子に座る盲目の少女。彼女の世話をする名誉ブリタニア人のメイド。

『我々は、力ある者が力無き者を襲うとき、再び現れるだろう。たとえその敵が、どれだけ大きな力を持っているとしても』

 騎士団の母体となったグループのリーダーを務めていた男。バイザーで素顔を隠すハーフの少女。

『力ある者よ、我を恐れよ。力無き者よ、我を求めよ。世界は、我々黒の騎士団が――裁く!』

 この日からほんの数日の後、ゼロ――黒の騎士団の行動理念は、エリア11の全ての者の知るところとなる。




 ◆◇◆◇◆




 シックに統一された家具が落ち着いた雰囲気を演出する、ゴットバルト家主人の私室。

「テロリストが騎士を名乗るだと? ふざけおって」

 忌々しげな男の声が壁に跳ね返る。
 ジェレミアであった。

「騎士とは主に仕え、主を護るものだ。忠義を尽くす相手無くして、何が騎士か。そうは思わんか? ヴィレッタ」

「当然のことかと思います。私にもジェレミア卿が」

 黒の騎士団は、自分たちが漠然とした弱者全てを護る存在――弱者に仕える騎士だと言いたいのだろう。ゼロの主張がそういった意味合いを持っていることをヴィレッタは理解していたが、敢えて口にしたりはしなかった。ジェレミアにもそんなことはわかっているはずなのだ。

「嬉しいことを言ってくれる」

 気遣いを察してか、ジェレミアはフと小さく笑った。

 ヴィレッタは過去に、ジェレミアに騎士としての矜持とは何かと問うたことがある。どこまで賛同するかは置くとして、その際の返答から、彼の皇室への忠誠心の高さを知っていた。
 それが一番に向けられるのは、今となっては潰えたヴィ家である。ジェレミアは八年前にマリアンヌ皇妃が殺害されたまさにその日、アリエスの離宮で警護をしていたのだ。騎士として無双の実力を誇った閃光のマリアンヌへの憧れと、彼女の暗殺をむざむざと許してしまった自責の念とが、ジェレミアのヴィ家に対する無類の忠誠の源泉となっている。

 だが、その至心が真に発揮されることはおそらく今後無いのだろうと、ヴィレッタは思う。
 マリアンヌ皇妃はこの世に無く、遺児であったルルーシュ皇子とナナリー皇女もエリア11で命を落とした。唯一残されたクラリス皇女は、皇帝陛下御自らの手により存在を抹消されたも同然の処置をされたと聞く。

 ジェレミアが黒の騎士団に反発を覚えるのは、その辺りも関係しているのだろう。誠の忠節を知るおのれには仕えるべき相手が居ないというのに、テロリストたちは仕える対象を曖昧な多数に定め、自分たちの勝手なルールで騎士を騙る。それが気に入らなさを助長しているのかもしれない。

 ヴィレッタにはジェレミアの煩悶の全てを理解することはできなかったが、それでも――おこがましい言い方をすれば――かわいそうだと感じる。
 とはいえ、口に出したところでどうにかなることでもない。いくら慰めを言っても、ヴィ家は戻ってはこないのだから。
 複雑な想いを抱えながら、ヴィレッタは黙ってテレビに目を移した。

 ゼロからの中継は既に終了している。画面には無事の再会を喜び会う家族の姿や、新たにやってきた救命艇から陸地へと飛び移る人質たちの模様が流されていた。

「――なッ」

 と、そのとき、ジェレミアの体が落雷に打たれたかのようにびくりと震えた。

「どうされました?」

 ソファから身を乗り出すジェレミアの瞳は、こぼれ落ちんばかりに大きく見開かれている。血にまみれていたためか即座にカメラを外されたようだったが、その直前、彼の視線の先には、つややかなアッシュブロンドを背中まで伸ばした、ハイスクールくらいの年齢の少女が映し出されていた。

「まさか、あのお方は……!」

 ヴィレッタの問い掛けなど耳に入っていないかのように、ジェレミアは呆然と呟いた。

 執務机に置かれた古い写真立て。
 シンプルな意匠が施された木枠の中には、過ぎ去りし日のヴィ家の四人が、幸せそうな笑顔で佇んでいた。


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