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No.7688の一覧
[0] コードギアス 反逆の兄妹 (現実→オリキャラ♀)[499](2014/04/02 16:15)
[1] STAGE0 皇子 と 皇女[499](2014/02/08 19:39)
[2] STAGE1 交差する 運命[499](2014/04/02 16:18)
[3] STAGE2 偽り の 編入生[499](2009/09/08 11:07)
[4] STAGE3 その 名 は ゼロ[499](2009/10/09 16:40)
[5] STAGE4 魔女 と 令嬢[499](2011/01/18 16:03)
[6] STAGE5 盲目 と 仮面越し の 幸福[499](2011/01/18 16:03)
[7] STAGE6 人 たる すべ を[499](2009/10/09 16:42)
[8] STAGE7 打倒すべき もの[499](2009/10/09 16:42)
[9] STAGE8 黒 の 騎士団[499](2011/01/18 16:04)
[10] STAGE9 白雪 に 想う[499](2011/01/18 16:07)
[11] STAGE10 転機[499](2011/01/18 16:06)
[12] STAGE11 もう一人 の ゼロ[499](2011/01/18 16:08)
[13] STAGE12 歪み[499](2011/01/18 16:08)
[14] STAGE13 マオ の 罠[499](2014/02/08 18:54)
[15] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (前)[499](2014/02/08 18:56)
[16] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (後)[499](2014/02/08 18:56)
[17] STAGE15 絶体絶命 の ギアス[499](2014/02/08 18:57)
[18] STAGE16 落日[499](2014/02/08 21:06)
[19] STAGE17 崩れ落ちる 心[499](2014/04/02 16:16)
[20] STAGE18 運命 が 動く 日[499](2014/04/03 00:20)
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[7688] STAGE5 盲目 と 仮面越し の 幸福
Name: 499◆5d03ff4f ID:5dbc8fca 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/18 16:03
 アッシュフォード学園は歳若い健康的な男女の通う学校であるからして、授業と授業の合間の時間は当然のように喧騒に包まれる。それは文字通り当たり前のことで、その状態に陥らない休み時間というものは、すなわち異常である。
 普段よりも明らかに談笑の音量が控えめになっている教室。
 直接視線を送る者こそ少数ながら、意識の集中は疑いようもない。目を向けないまま、視界の端で、あるいは聴覚で、彼の動向を窺うのだ。

 枢木スザク。

 前日まで無かった名誉ブリタニア人の姿が一人増えただけで、室内の雰囲気はぴりりと張り詰めていた。
 気配を読むことにも長けた軍人のスザクにその空気を感じ取れないはずはない。いたたまれなさにか無表情に立ち上がった親友が教室から出て行ったのを見届けると、ルルーシュは隣に座る妹に小声で告げた。

「ごめん、ちょっと行って来る。前に話しただろ。あいつ、枢木の家の――その、友達なんだ」

 無意識に口調が淀んだのは、クラリスから彼女のイレブンに対する感情を聞かされたことが無かったと気づいたせいだろう。「いってらっしゃい」と、これもまた小さな返事を貰って立ち上がりながら、ルルーシュはその事実に思い至ってわずかに慄然とした。

 もちろん長年おのれを殺してきた妹のことだから、必要とあらば自分の好悪の感情など無視して笑顔で接することも可能なのだろう。しかし、できるならそんな不本意な演技はさせたくなかった。
 それ以前に、スザクとクラリスの間に不和が生じる事態そのものが既に問題である。どう問題なのかと言えば、主にルルーシュの感情的な部分になってくるのだろうが――。

(いや、そこはまぁいい。単に俺が目を瞑れば済むだけの話だ)

 ルルーシュは親友と妹なら何も考えずに妹を取る少年であったし、それは親友を自分に置き換えても何ら変わりのない事柄であった。
 つまりは、妹の安全が確保されるのなら、スザクとの関係など捨て去ってしまってもいい、その覚悟があるのだ。移送中の枢木スザクを純血派から強奪したあの日、ゼロの仮面越しに親友と相対したときに、ルルーシュ自身が強く認識したことでもある。

(考えるべきは俺の感情じゃない。スザクの立場が悪いのは何とかしてやりたいが、それよりも、現在のあいつの思想、意思、軍での立場、その辺りを確認することだ)

 スザクの背を追いながら、ルルーシュは考える。

 目下最大の問題は、クラリスのことをスザクにどう説明するかだ。

 枢木の家に預けられていた間、ルルーシュはクラリスについての話を一度もしていない。
 当時は、家族のこととはいえ、他国の重鎮に皇族の醜聞を進んで話したいと思わないくらいにはブリタニアへの愛国心が存在していたし、また、単純に泣き言を言いたくないというプライドもあった。
 ナナリーが話したにしても、彼女はクラリスを単に『お姉様』としか呼ばないから、名前までは伝わっていない可能性が高い。
 その線以外で幼い子供が表にも出ていない他国の皇女の名を覚える機会などあるまいし、属領となった後はイレブン、軍人となった今でも名誉ブリタニア人である。皇族関係の調べ物など許可されるわけがない。
 無論探りを入れて裏を取る必要はあるが、スザクは『クラリス』と聞いただけでそれをルルーシュの妹とは見なさないはず。

 その場合、クラリス・アーベントロートをスザクに何と紹介すべきなのか。妹なのか、友人なのか、それとも、恋人候補なのか。
 そこを判断するための材料が要る。

(やはり早めに話をしておく必要があるな)

 歩調を速めたルルーシュは、スザクを追い越しざま、制服の詰襟に指を入れ、引っ張って直す仕草を見せた。
 昔よく使った『屋根裏部屋で話そう』という意味のサインである。

 あの頃はただ楽しく語るだけでよかったのに、今は打算を抜きには話せない。一抹の寂しさがルルーシュの胸を掠めたが、その感慨が彼の決意を乱すことはなかった。





 ルルーシュとスザクは屋上のフェンスに並んで寄りかかり、空を見上げていた。他人の視線の無いここでなら、気兼ね無い会話ができる。

「安心したよ、無事で」

「お前のおかげだ、スザク」

 話題はシンジュクテロの日のことだった。
 ギアスの力を手にしたあの日、まだ無力であったルルーシュは、C.C.と共にブリタニア軍に囲まれた状態で、スザクと予期せぬ再会を果たしたのだ。彼らを窮地から逃がすためにスザクは上官に撃たれ、結果ルルーシュとC.C.はその場を脱した。スザクの存命は報道で明らかになり、一方スザクの側からはルルーシュたちの消息は知れないまま、今日に至る。

 互いの無事を喜びあい、軍事法廷からアッシュフォード学園入学までのスザクの経緯などを聞いているうちに、ルルーシュはスザクの人柄を再確認するに至っていた。

 変わってしまっている部分はあるものの、悪い変化ではない。
 尖っていたのが丸くなり、歳相応の落ち着きが出た。しかし、気の良い奴であり、根本的なところで優しい奴である、その部分は変わっていなかった。
 なによりも、話していれば自然に笑いあえるし、なんと言ったらいいのか、内から湧き上がってくる喜びがある。それが一番大きかった。楽しいのだ。

 戦後は名を偽らねばならなかったために、ブリタニアの日本侵攻以降にできた知り合いには、どこかで壁を作っている。ゆえに無邪気でいられた時分の友人であるスザクを特別視しているのだろう。
 そうルルーシュは自覚していたが、それを悪いことだとは思わなかった。切り捨てられないほどに傾注しているわけではないのだから、と。

 いかに心が弾んでも、当初の目的を忘れてはいない。

(この休み時間だけで全ての結論を下すのはさすがに無理があるか。情報が不足し過ぎている)

「なぁスザク、今俺たちはクラブハウスに住んでいるんだが、今夜寄っていかないか? ナナリーもきっと喜ぶ」

「いいの?」

「何がさ」

「だって……ほら、教室のみんなとかも、良い顔しないんじゃないかと思って。キミの隣の席の子、ちょっと名前はわからないんだけど、ふわふわした感じの長い髪の」

「クラリスか?」

 何気ない素振りを装って返しながら、ルルーシュは注意深くスザクの様子を覗っていた。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの口から出た『クラリス』の名。
 知っている者ならば必ず何らかの反応が現れるはず。

「あぁ、クラリスって言うんだ」

 スザクの返答には何ら不審な点は無い。セリフだけでなく、口ぶりにも動揺は見られなかった。

(やはり、知らないのか……?)

「あの子さ、前にシンジュクゲットーで会って」

「シンジュクで?」

「うん。ちょっとトラブルに巻き込まれてたみたいだから助けに入ったんだけど、そしたらこっちの方が怯えられちゃって」

 スザクの言葉にルルーシュは眉を顰める。

(……クラリスがスザクに怯える? なぜだ? イレブン嫌いか? いや、それならそもそもシンジュクゲットーに行く理由の説明が付かない。ならばクロヴィス暗殺の容疑者だったからか? それも無い。あいつは沈着な人間だ。釈放された相手を無意味に恐れるような妄動は取らないはず)

「それ、本当にクラリスだったのか?」

「あんなに綺麗な子見間違えないよ。ちょっとルルーシュに似てる気がしたし。ああ、別にルルーシュが女っぽいとかいうわけじゃなくて」

 スザクはルルーシュとクラリスを似ていると認識していながら、兄妹であるという想像を一切働かせていないようだった。
 となれば、確定である。

(――知らないんだな)

 とりあえず選択肢が無いという最悪の状況は避けられた。クラリスがスザクを恐れる理由を確かめねばならなくなったが、それは後で本人に聞けば済むこと。元々スザクへの対応についてクラリスと協議する必要性は感じていたから、大した差は無い。

 内心で安堵の息を漏らすルルーシュの横で、スザクは固い面持ちで続けた。 

「まぁ、だからさ、そういうこともあったから、あんまり仲良くするのは良くないんじゃないかって。学校では他人でいるくらいの方がいいのかもしれない。キミに迷惑が掛かる」

「それは――」

 ルルーシュは思わず口ごもる。
 スザクの予想はおそらく間違っていない。そしてルルーシュに迷惑が掛かるということは、妹たちにもとばっちりの行く可能性を示唆している。

「下手をすればばれてしまう。キミたちの素性も」

「……それでも。ウチに寄るくらいはしろよ。ナナリー、ずっと心配していたんだ」

 早いうちにスザクの情報を得ておきたいという計算もあるが、もちろんこれもルルーシュの本心だった。またスザクと過ごせる時間が持てると知れば、ナナリーはとても喜ぶに違いない。

「迷惑だと思うなら見つからないように来ればいい。軍人なんだろ? 学生くらい撒けないでどうする」

 冗談めかして言うと、スザクの顔はふっと綻んだ。

「そうだね。ありがとう、ルルーシュ。じゃあ今日はナナリーに会いに行くよ」




 ◆◇◆◇◆




 ルルーシュが招いたスザクと歓談するナナリーは、本当に嬉しそうにしていた。
 ほんの一年ほどの期間ではあったものの、家族のような付き合いをしていた相手。それが七年もの間離れ離れになっていて、別離の後に消息が知れたと思えば、皇族殺しの重罪人として拘束されていたのだ。
 再会を喜ばないはずがない。

 兄の悪戯心で名を明かす前に手を握らせたら、瞬時にスザクのものだと断定してしまった。そのときのナナリーの喜びに満ちた笑顔を思い出すと、ルルーシュの口元は我知らず緩む。

「何笑ってるの。ナナリーのこと?」

「あぁ。お前に来てもらって本当に良かったと思ってさ」

 ナナリーが寝室に入った後、ルルーシュはスザクと二人きりで話す場を設けていた。ダイニングのテーブルセットに向かい合って座り、コーヒーを飲みながらの歓談だ。
 時間が時間なため心行くまでとは行かないだろうが、話しておきたいことはまだ残っている。友人として、またクラリスの兄として。

「ルルーシュは変わらないね。昔からナナリーが一番だ」

「悪いか?」

「ううん。ただ、ちょっとうらやましいと思って。まっすぐなキミが少し眩しい。僕は……変わってしまったから」

 目を合わせずに言ったスザクの口調には、ほのかな苦味が混じっていた。

「それが自然なんだよ。成長してるってことだろ」

「そう言ってもらえると救われるよ」

 柔らかな笑みを浮かべる友人の顔を眺めながら、こいつはたしかに変わったとルルーシュは思う。
 幼い頃のスザクは、優しさや気遣いはあるものの、傲慢さや利己的な思考がそれを覆い隠すように最前面に出ているような子供だった。良いか悪いかは別として、間違っても『救われる』などとは言いそうにない――他人に救いを求めるような弱さとは無縁のところにいる――そういう少年だった。

「なぁスザク、お前どうしてブリタニアの軍になんか入ったんだ?」

 ルルーシュはシンジュクテロの際、軍事行動中のスザクを目撃して以来の疑問を口にした。
 何故敗戦国最後の首相の息子が、元の自国民を虐げる宗主国の軍にいるのか。間にある事情が推測できなかった。少なくとも、枢木の家にいた頃のスザクは人並みの愛国心を持っていたと記憶している。

「お前ならまったく逆の道、例えば、枢木ゲンブ首相の息子として、抵抗勢力をまとめ上げる旗頭になることもできただろう」

「たしかに可能だったかもしれない。実際、担ぎ上げようとする人はいた。けど、それが良くないと、僕は気づいたんだ」

「ん?」

「僕の国は――日本は、ブリタニアに力で征服された。あまりにも理不尽な蹂躙だった。こんなのは間違っていると何度叫んだか知れない。だからこそ、そういうやり方は良くないと思うんだ。力で奪い取ったものになんて、何の意味も無い。得られるのは空しさだけだ」

「抵抗活動を否定するのか?」

「そうじゃない。日本人がかつての祖国を取り戻そうとするのは当然のことだよ。だけど、やり方が間違っている、そう言いたいんだ。変えたいのなら、ゆっくりでもいい、体制の中から変えていくべきだ」

 ルルーシュからしてみれば、スザクの主張には反駁を加えたい部分が多々存在していた。
 筆頭としては、完成された組織というものを甘く見ている点だろう。内部からの変革を望んでも、達成される前に、体制そのものに食いつぶされる。それがルルーシュの見解だった。
 しかしルルーシュの思想とは、すなわちゼロの思想でもある。これからゼロの仮面を被って様々な声明を発表していくであろうことを考えれば、ここでルルーシュとして本音の意見をぶつけるのは軽率と言えた。

「……それで、選んだ場所が軍なのか」

 中身の無い返事をするルルーシュとは対照的に、スザクの声には熱が篭る。

「そうさ。それに、彼らはあの戦争の悲劇をまた繰り返そうとしている。ならば同胞として、僕はその過ちを止めなければならない」

「……なるほどな」

 ルルーシュは心のうちに湧き上がる苛立ちを隠すように、コーヒーカップに口をつけた。

「『納得できない』」

「え?」

「そういう顔してるよ、ルルーシュ」

 ハッとして視線を上げる。

「別にいいよ。ルルーシュがブリタニアを憎んでいるのは知ってる。それに、キミには内側から変えていく手段さえ残されていないんだ。僕の話が甘っちょろい理想論に聞こえたって無理はない。でも、僕はこうしようって決めたんだ」

「……そうか」

 スザクの意志は固いように見えた。おそらく考えは変えられないだろう。
 となれば、ゼロとしての活動を続けるのなら対立は免れない。

 ままならない現実にささくれ立つ心を、ルルーシュは先程ナナリーに語っていたスザクの言葉を反芻して何とかなだめる。
 『技術部に配置換えになった』と言っていた。前線でぶつかることがないのならまだましと考えるよりほかない。

「それで、スザク。お前のことを疑うわけじゃないんだが、俺たちのことは――」

「大丈夫だよ。心配しなくていい。僕はキミたちのことを軍に密告したりはしない。絶対にだ。ルルーシュは、友達だから」

「……ああ。悪いな」




 ◆◇◆◇◆




 翌日の昼休み、クラリスは一人で猫と戯れていた。
 場所は学園の中庭、白毛に茶色のぶちの付いた可愛らしい猫である。

 なぜに猫、と一瞬疑問に思ったルルーシュだったが、大変心和む光景でだったのですぐに頭から締め出した。もっとも、ある程度歩み寄ったところでその愛すべき絵は崩壊してしまったのだが。

 逃げ去った猫を目で追いかけてから、クラリスは恨みがましい眼差しを向けてくる。

「どうしてくれるのルル君。逃げちゃったじゃない」

「ごめん。どうしたら許してくれるんだ?」

「追いかけて捕まえてきてくれる?」

「勘弁してくれ。肉体労働は苦手なんだ」

 苦笑して答えると、クラリスは立ち上がり、「じゃあ……」と近づいてくる。
 そして眼前でにっこりと告げられたペナルティ。

「――今夜一緒のベッドで寝させて」

「なっ!?」

 目を見開いて周囲に視線を送るルルーシュを、クラリスはくすくすと上品に笑いながら眺めている。

「大丈夫、誰もいないわ。いたらこんなからかい方しないわよ。ルル君ってそういう耐性なさそうだから」

「……お前な」

 どっと脱力して、ルルーシュは芝生に腰を下ろした。緑が近くなったせいか、空気に少し青臭い匂いが混じったような気がする。そよそよと吹きぬける風に心地良く目を細めていると、クラリスがすぐ隣に座った。妹と間近で顔を見合わせると、なぜだか小さく笑いがこぼれてしまう。
 
 この様子を見る者が見たら、新鮮な驚きを感じたかもしれない。
 ルルーシュは良くも悪くも冷めた印象のある少年である。そこが良いというファンも多いが、あと一歩の距離に壁を感じる友人もまた多い。余人を受け入れない領域に容易く入り込めるのが妹のナナリーだけであるというのは、彼をよく知る者にとっては常識となっている。
 そのルルーシュが、出会って間もない少女となにやら親密そうに笑い合っているのである。

 ルルーシュ自身は特に意識しての行動ではなかったが、それゆえに作り物めいたところが一切無い。ナナリーと同じ間柄――家族であるという事情を知らなければ、なにか特別な感情の介在を邪推せずにはいられまい。

「で、ルル君は何の用だったの? 無いなら無いで別に構わないけれど、マーリンの分くらいは楽しませてね」

「マーリン?」

「さっき逃げた猫の名前。結構仲いいのよ、私たち」

「俺は猫より期待されてないんだな。ここは妬くべきか?」

「猫に嫉妬なんてバカなことするより、自分を磨くのが正解でしょう。だいいち、人間が猫に勝とうってこと自体、土台無理な話なのよ」

「ならさっさと諦めて用件を話すよ。今日、ウチに寄って行かないか?」

 気安い雰囲気で話していたルルーシュは、そこで声のボリュームを下げた。

「……スザクの話をしたい。それと、C.C.――こないだゼロが現れた日にお前も部屋でナナリーと一緒に会っていると思うが、あの妙な女の話も」

 そのときは『知り合いだ』と機転を利かせてナナリーから隔離したとルルーシュはクラリス本人から聞いている。
 それで終わりなら話は簡単だったのだが、クラリスが帰宅してからもC.C.は部屋に居座り続け、今日に至っても一向に出て行く気配はない。ルルーシュにしても、軍に追われている上にこちらの素性を承知しているらしいあの危険人物を外に放り出す気にはなれずに、今や済し崩し的に同居人としての地位を認めてしまっていた。

「スケジュールが合わないなら無理に今日じゃなきゃってこともないが、できるだけ早い方がいい」

 クラリスは普段どおりの調子で答えた。

「いえ、問題ないわ。エスコートは頼むわね」

「わかったよ、お嬢様。じゃあ放課後、待っていてくれ」

 ルルーシュも何気ない口調に戻して微笑む。

 その後は軽いおしゃべりをして、午後の授業の前に教室に戻った二人だったが。

 ――偶然通り掛かった橙色の髪をした少女が、生垣に隠れて一部始終を目撃していたことなど、知る由もなかった。




 ◆◇◆◇◆




 C.C.はベッドに仰臥して、見るとも無く天井を眺めていた。シーツには未だ慣れない少年の体臭がほのかに残っている。

 このまま寝台を独占し続ければいずれは慣れるのだろうか。
 ……いや、あの未熟な少年を残して出て行くことなどありえないし、さらに寝床を譲る気がない以上、じきにこのベッドはC.C.の所有物としての性質を帯び始める。少年の残り香など消えてしまうだろう。その未来が確定しているのだから、慣れる慣れないの議論には意味が無い。

 少し考えればすぐに結論が出てしまうそんな下らない思考に時間を割いているのは、暇なせいだった。

 『今日はクラリスを連れて帰るから大人しくしていろ』と出て行ったルルーシュの言葉を守って、C.C.は外出せずに部屋で待機していた。
 無論、傍若無人の魔女たるC.C.に対して、そんな命令など何の強制力も無い。従ってやる義務は無いし、義理も無い。
 にもかかわらず言いつけに逆らわずにいるのは、一方的にスケジュールを入れられた夕方の会談――その相手がクラリスだったためである。

 脅しをちらつかせた交渉の末に契約を結ばされたあの夜からこちら、C.C.は一度もクラリスに接触していなかった。彼女から受けた『自分たちの関わりをルルーシュには伏せて置くように』との要請をしっかりと遵守しているのだ。
 その理由は単純で、特にばらす必要性を感じなかったからというのが最も大きい。

 なんにせよ、あの様々な意味で興味深い少女を連れて来てくれるのだという。ならば、と一人で時間を潰しているのだ。
 積極的に会いに行く気にはならないが、あちらから来るのなら会ってみたい。それがC.C.のクラリスに対する姿勢であった。

(――来たか)

 放課になって少し経った頃、C.C.は居住区内に入る人の気配を察知した。程なくして寝室の扉が開かれ、見慣れた契約者の少年の顔が現れる。招かれて移動したダイニングキッチンには、いつか見たアッシュブロンドの少女の姿があった。

「お久しぶりね」

「元気そうで何よりだ――それは何だ?」

 クラリスの胸に抱かれた物体に目を留め、C.C.は訊く。

「この子? マーリンというの。かわいいでしょう」

「かわいいとは思うが――」

「昼休みに俺のせいで逃がしてしまってな。猫とじゃれ合う時間が足りなかったからって、学校から連れてきたんだ」

 ルルーシュの補足を聞いて、C.C.は訝しく思う。
 クラリスという少女がそんなかわいらしい理由でわざわざ猫を引っ張ってくるとは考えにくい。

 二人きりで話した短い時間の中で、C.C.はクラリスへの評価をおおよそ固めていた。

 ルルーシュと同じ、どんな行動にも打算と計算を交えずにはいられないタイプ。
 明かせない秘密を抱えた状態で育ったがゆえの防衛本能のようなものなのだろうが、だとすればクラリスのそれはルルーシュよりも根が深い。彼女の秘密――ありえない知識は幼少の頃から共にあったらしいのだから。

(まぁ、猫についてはおいおいわかることか)

「それで、今日の会合は何が目的なんだ? ホスト」

 戸棚からティーカップを出している少年に尋ねると、彼は顔だけで振り向いた。

「お前の紹介だ、ピザ女」

「なんだ、ピザでお前の預金残高を減らすために居候しているとでも説明するのか?」

「アリかもな。実際それ以外何もしてないだろ」

 ルルーシュは水を入れたヤカンをIH調理器に掛けながら、クラリスに向かって言う。

「そんなに難しい話じゃないんだ。この女――C.C.はとんでもなく自己中心的な奴でな、自分の話したいことしか話さないし、自分のやりたいことしかやらない。だからそいつが今までどこで何をしていたかもわからないんだが、一つはっきりしていることがある。――C.C.は俺たちの素性を知っていて、しかも軍の一部に追われている」

「爆弾みたいな人ね」

「そうだな。だから見つからないように監禁でもするか、裏切らないように抱き込むかしなきゃならない。俺は後者を選んだ」

「ピザで釣ったのかしら」

「私はそんなに安い女じゃない」

「そう思って欲しいならもうピザは食うな。ナナリーが不審に思ってる」

 ルルーシュは盆にティーカップとソーサーを載せて戻ってくると、二人に座るよう勧めてからテーブルに着いた。
 椅子に腰を下ろしたクラリスが猫の額をくすぐりながら尋ねる。

「C.C.のこと、ナナリーには紹介していないの? 一緒に住んでるのに?」

「お前の方が先だと思ってな。クラリスがこいつをどう判断するか確認してから対応を決めたかったんだ」

「なるほどね」

 クラリスは少し考える素振りを見せてから、自分の意見を口にした。

「私は――」

 その後の展開は、C.C.からしてみれば完全な茶番であった。愉快な見世物でもあったが。

 当然というべきか、ルルーシュは妹にギアス関連の話をしないつもりのようだった。その縛りがあるために、C.C.との関係の説明にどうしても怪しい点が生まれてしまう。
 対するクラリスは、ルルーシュとC.C.の間に契約があったことを承知しており、さらにはC.C.にルルーシュを裏切れない事情があることまで把握している。しかしそれを明かす気がない。

 C.C.をここに置いておくという共通した結論が始めから出ているというのに、互いに公開できる情報に制限を抱えているせいで、いかに違和感のない論理展開でそこへ持っていくか、その過程に問題が生じるのである。

 そこはさすが似たもの兄妹というべきか、馬鹿馬鹿しい共同作業の結果、納得できる議論を経て着地点へと至ったようだった。

 ナナリーにも一緒に住むことになったと紹介することでまとまった。ギアスについては伏せ、その他の説明は全てするらしい。軍から匿っているという形になるようだ。
 これについては、ルルーシュは『ナナリーにはあまり面倒な秘密を持って欲しくない』と難色を示したのだが、クラリスが兄妹間で隠し事をすることの非を説いて納得させた。

 どの口で言うんだこの女は、というのがC.C.の感想である。
 対して、実の妹からその非難を浴びせられた際のルルーシュの反応のぎこちなさは――相手が一切を知っているクラリスでなければ致命的だっただろうとC.C.に思わせた。

「――この女についてはこれでいいとして、もう一つ議題がある」

 ティーポットからカップへと紅茶を注ぎつつ、ルルーシュが言った。
 C.C.と二人のときは絶対に自分から茶の用意などしないというのに、随分と気の利いた給仕っぷりである。

「スザクについてだ。あいつはまだクラリスが俺の妹だとは知らない。そこで、クラリスのことをあいつにどう説明するか。それを決めておきたい」

「ルルーシュの意見は?」

「俺の話をする前に、クラリス、お前に訊いておきたいことがある」

 話を向けられたクラリスはわずかに怪訝な顔になる。

「何かしら」

「スザクに何か悪い印象でもあるのか? シンジュクゲットーで怯えられたって聞いて」

 クラリスは「あぁ」と合点がいったように声を漏らした。

「あれは別にスザク君に含みがあるわけじゃないのよ。悪かったと思っているわ。あのときは近くにユフィ――ユーフェミアがいて。見つかる前に確実に逃げたかったから、出しに使ってしまったの」

「ユフィって、あのユフィが? ゲットーに? どうして」

「そこまではさすがに。偶然見かけただけだもの。――まぁ、そういう理由だから、私のことは気にしないでルルーシュの思ったとおりの意見を言ってもらって大丈夫。話を進めましょう」

「そうだな、本題に戻るか」

 ルルーシュは紅茶で軽く唇を湿らせてから切り出した。

「俺は昨日、あいつとだいぶ話をした。簡単な結論だが、そこまでは――根本的なところは、変わっていないように思う。もちろん全部が昔のままとまでは言わない。それでも、俺を裏切るようなことはしない。その点は信じられる。そういう感触だった」

 そこまで言って一旦言葉を切る。短い溜めのあと、ルルーシュは神妙な面持ちで言った。

「だから、話してもいいんじゃないかと思ってる。全て話して、いざというときには手を貸してもらえるようにしておいた方が」

 常に妹の安全を第一に考えるルルーシュが、秘すべき身分を明かしてでも頼りにした方がいいと話す。しかも七年ぶりに話した相手に対してである。
 C.C.にはそれが少々不思議に感じられた。身内以外にはそうそう心を開かない少年だと思っていたのだ。

「随分と信頼しているんだな」

「あいつはやっぱり――そう、友達なんだ」

 C.C.にとって『友達』とは定義の曖昧な単語だ。少なくとも、信頼と等号で結べるような代物ではない。
 先ごろ友達になりたいと近寄ってきたアッシュブロンドの少女などは、得体の知れないところが多分にあって、むしろ信じたり頼ったりなどとは最も遠い位置にいると考えられなくもないような人間である。

 『友達だから』と珍しく曖昧な根拠を口にした少年を見ていると、それでも、と益体も無い思考が頭を掠めた。

 自分にもいつか同じ言葉を言える日が来るのだろうか、と。

 隣に座るクラリスを横目で見る。彼女は視線に気づいてか気づかずにか、何の感慨もなさそうに淡々と意見を述べた。

「じゃあ、私の番ね。べつにルルーシュの判断を疑うわけじゃないんだけれど、もう少し、待ってもらっていいかしら。しばらくは恋人になりたがっている女友達を演じさせて頂戴。私も自分で確かめたいの」

「ああ、それはもちろん。なら、当面は現状維持だな」

「ええ、それで行きましょう」





 女同士の話があるとルルーシュを排除して移動した彼の寝室で、C.C.は定位置となっているベッドの上に腰を下ろした。

 クラリスは部屋の中に猫を放して自由に遊ばせている。
 部屋を借りる際、ルルーシュに『あまり私物を弄るな』と注意されていたというのに、守る気はまったく無いようだった。当然ながらC.C.にも守る気はないし、止める気もない。
 むしろ猫が男の子の秘密のアイテムでも見つけてくれれば大いに楽しめるのに、などと考えていたりする。

 ルルーシュが本気で発見を恐れているものはゼロの仮面なのだろう。たしかに見つかれば言い逃れの難しい品である。
 ただしそれは他の者の場合、である。今回に限れば、見られたところで何の痛手もない。なぜなら既にクラリスはルルーシュイコールゼロと知っているのだから。

 ゆえにC.C.はクラリスの行動に一切の手出しをしないのだが、一方で思う。

(無条件の信頼というのも考え物だな)

 クラリスはおそらくルルーシュの害になることはしない。その結論のみを見れば、クラリスを疑おうとしないルルーシュの判断は間違いではない。C.C.の見解とも一致する。しかし、そこに至る道程に決定的な違いがあった。

 クラリスから秘密を打ち明けられたC.C.からすると、『家族だから』という理由だけではあまりにも薄く思える。

 そう、無条件の信頼とは危ういものなのだ。

「――枢木スザクという男。信用できないのか?」

 問いかけると、クラリスは歩き回る猫を優しい目で追いかけながら答えた。

「わかる?」

「お前の場合、相手の本質を見極めるのに時間を掛けて観察する過程は必要ないだろう。重要な案件なのだから決定は早い方がいいだろうしな」

 つまりは、先延ばしにしたのは様子見ではなく、現状維持が最善であるとクラリスが判断したことを示している――その可能性が高い。

「初めての友達なんだろうから、ルルーシュは信じたいんだろうけどね」

 そう前置いてから、クラリスはスザクに対する評価を語った。

「今の彼は自己否定を糧に生きている。私の知識ではそう。どんなに固い意志があるように見えても、それは上辺だけ。真実の自分を覆い隠すためのものでしかない。自分の中に確たる信念が無いから、外からの要因で容易く軸がぶれる。そんな人を信用なんてできないでしょう?」

「自分を棚に上げてよく言う」

 C.C.は皮肉っぽく口角を上げる。
 自分が居ない場合に迎えられるであろう未来を崩したくないと語った少女。そんな後ろ向きなものを目標としている人間に、他者の信念云々を評する資格があるのかと。

 クラリスは小首を傾げてふてぶてしく返した。

「私にはあるもの。信念を持たないという信念がね。できる限り傍観者でいたいわ」

「まぁ、それも信念の在り方の一つなのかもしれないな。――で、その傍観者でいたいお前がどうしてあんなモノを持って来た?」

 C.C.は猫の方にあごをしゃくって尋ねる。余計な手出しはしたくないと言いながら、行動予測不能の動物を連れて来る。何か裏があると勘繰らずにはいられない行動だった。

「私の知識だとね、そろそろ猫が事件を起こすのよ」

「猫が?」

「そう、猫が。でも動物ってどう動くかわからないでしょう? どうせならリスクが少なくなるように自分でお膳立てしようかと」

「――いや、待て、クラリス。猫というのは、あれか?」

 C.C.の視線の先で、窓から黒い猫が侵入してくる。驚いたように眉を上げたクラリスがベッド脇に置かれていたトランクを開けると、黒猫はその中からゼロの仮面を探り当て、頭に被ってしまった。

「……私の情報ってすごいのね。まさかこんなのまでそのままになるとは思わなかったわ」

「……いよいよお前の未来視を疑えなくなって来たな。この後はどうなる?」

「猫が逃げてルルーシュが追いかける展開に」

「大丈夫なのか?」

「ルルーシュの部屋から出る瞬間さえ見られなければ、問題は無いでしょう。違う?」

 少し考えて、C.C.は答えた。

「まぁ、そうだろうな」

 何も知らずにC.C.がその光景を目にしたとしても、たぶん放置する。
 あのゼロの仮面である。持ち主でなくとも追い掛けたくなる人間は大勢いるに違いない。だとすれば、追っているからといってそれだけで所有者と判断されたりはしないはず。その程度の状況であれば、ルルーシュなら口八丁とギアスでどうとでも切り抜けられるだろう。

「窓から逃げられると面倒になりかねないから、適当なところまで私が連れて行くわ」

 言ってクラリスは黒猫を抱き上げると、寝室のドアを開けた。




 ◆◇◆◇◆




「うぅぅーーー。うー。うぅぅぅぅ。うーーー」

 クラブハウスの廊下にかわいらしいうめき声が響いている。発生源は橙色の長髪をした少女――シャーリー・フェネットである。

 昼休みに盗み聞きした話のとおりに――小声になってしまって聞き取れない部分も一部あったが――放課後になると、ルルーシュはクラリスを伴って居住区の方へと向かってしまった。何がしたいのかもよくわからないままその後ろを遠くから付けていたのだが、結局部屋の中まで付いていくことはできずに、こうして微妙な位置で悶々としている。

 いったい中では何が起こっているのだろう。やっぱり男と女だから、そういう、アレとか、あったりするんだろうか。

 具体的な絵までは思い浮かべることができずに、でも曖昧な想像力だけはたくましく肥大して、結果シャーリーは謎の声を漏らすことになっていた。

 進むことも戻ることもできずに、一定範囲の廊下を行ったり来たりしつつ、意味の無い母音を垂れ流す。
 どれくらいそうしていたのかはよくわからない。我に返ると、ひどく馬鹿馬鹿しい行為に耽っていたと、力なく肩が落ちた。

(私ってば何やってるんだろ。部活もサボっちゃったし、生徒会にも行かないで)

 クラリスが出てきたら何をしていたのか尋ねようとでもいうのだろうか。たぶんそうなのだろう。
 優しいクラリスはきっと何も無かったと言うだろうから、そのセリフを聞いて自分を安心させようとしているのだ。それが事実だと信じられる根拠なんてどこにも無いというのに。

 客観視したら途端に空しくなって、盛大な溜息が溢れた。

「帰ろ……」

 そう決めて、最後にルルーシュの部屋のほうを眺めたときだった。
 静かに扉が開いて、黒くて小さい四足の動物が姿を現した。

「……猫?」

 疑問形になってしまったのは頭部が何かに隠されて確認できなかったためだ。その何かが『何』なのかを正しく認識した瞬間、シャーリーの口から間の抜けた声が飛び出た。

「へ?」

(あれって……ゼロの仮面? なんで猫が? っていうか今あの子ルルの部屋から出てきたよね? なんで? どういうこと?)

 混乱して立ちつくすシャーリーの方へ、黒猫は足音を立てずに歩き出す。

 見れば見るほどにあのテロリスト――ゼロの仮面だ。
 あんな奇抜なデザインは他に無い。テレビ越しに見たことしかないけれど、それでも見間違えようが無い。

 ……となれば。だとしたら。

 考えたくないのに、頭が勝手に嫌な結論を導き出してしまう。

(もしかして、ルルが――?)

 ぞっと背筋が冷えた。
 本当にそうなのだろうか。皮肉っぽくて何を考えているかさっぱりわからない、それでいてどこか優しい、あの部屋の主が。

 呆然と目を見開いて扉を見つめていると、中から人影が歩み出る。

 白い手指。クリーム色の制服。――艶やかなアッシュブロンド。

「クラリス……?」

 自然とこぼれた呼び掛けを無視して、現れた少女は独り言のように呟いた。

「……どうしてもこういう予想外の事態というのは出てしまうものよね。やっぱりアーサーに投げっぱなしにするよりは、私も動くべきかしら」

「……何、言ってるの? ねぇ、今、ゼロの、仮面が――ルルが」

「ごめんね、シャーリー。あんまりやりたくはないんだけれど」

 会話が噛み合わない。
 言い募ろうと開いたシャーリーの口は、声を発することなくゆっくりと閉じられた。

 目だ。

 透き通るようなアメジストの色をしたクラリスの双眸が、見たことのない眼光を放っている。いつもどおりの見慣れた制服姿だというのに、たった一つ、瞳の印象が違うだけでこれほどまでに別人に見えてしまうのかと、シャーリーは気圧されつつも思った。

 そういえば、皇帝陛下もこんな色の目をしていたような気がする。紫水晶を思わせる瞳で、臣民を睥睨するのだ。
 帝王たる人物の資質なのだろうか、うまく言葉にはできないものの、爛々と光る陛下の目にはたしかにある種の『力』が宿っていると、何度か感じさせられたことがある。

 ――丁度、今目の前にいる、この女性のように。

 表情を硬くするシャーリーに向けて片手を伸ばし、クラリスは厳かに宣言した。

「クラリス・ヴィ・ブリタニアが削る――貴女の、時」

 忘れなさい。今の一分。貴女は猫なんて見ていない――。
 続けてシャーリーの鼓膜を打った声は、意味ある形を成す前に、ぼやけて消えていった。





「――あら、シャーリー、何をしているの? こんなところで」

「ふぇっ!? あ、クラリス? な、何してるんだろうね、私ったら」

 悶々とするあまり、少々意識が散漫になりすぎていたらしい。気が付くとルルーシュの部屋のドアが開いていて、廊下に立ったクラリスが不思議そうにシャーリーを見つめていた。

「ルル君なら中にいるわ。用があるなら呼びましょうか?」

 ほっそりとした指がインターホンを差す。

 シャーリーは慌てて手を振った。
 話なんて無いのだ。自分が何を目的にここまで付けて来たのかもよくわかっていないようなのが実情で。

「あああっ、いい、いいの。なんとなく足が向いちゃっただけで、別に用とかそういうのは」

「そう?」

「そうなの。じゃあ私は帰るからっ!」

 最高潮に達したいたたまれなさに、シャーリーが踵を返したときだった。

 ――ふぅぁぁああッ!?

 部屋の奥からなんとも素っ頓狂な声が響いてきた。と思うと、転げるような勢いでルルーシュが飛び出してくる。

「ああああッ! シャーリー、クラリス、猫を見たか!?」

「猫?」

 まったく記憶に無い。クラリスに顔を向けると、彼女もきょとんとした表情で左右に首を振る。

「いや、見ていないならいい! 悪かったな、邪魔して」

 返事を確認するなり、ルルーシュはものすごい勢いで二人の横を走りぬけていった。

「……なんだったんだろ、ルルの奴」

「さぁ……?」

 遠ざかっていく背中を見送ると、シャーリーは同じく呆気に取られている様子のクラリスと顔を見合わせるのだった。




 ◆◇◆◇◆




『――猫だっ! 校内を逃走中の猫を捜しなさーい! 部活は一時中断。協力したクラブは予算を優遇します。そしてぇ、捕まえた人にはさらにスーパーなラッキーチャンス! 生徒会メンバーからキッスのプレゼントだぁッ!』

 高笑いと共に生徒会長の指令を告知してくる校内放送を、C.C.は呆れ顔で聞いていた。

「……あの女は事態を引っ掻き回すのが本当に好きだな」

「でも良いことでしょう? 何事も楽しめるっていうのは」

「違いない。たしかに、素晴らしい性質だ」

 クラリスの説明によると、猫を追うルルーシュの凄まじいまでの必死さが、シャーリーの口からミレイの耳に入ったのだろうとのことだった。
 その猫は何かルルーシュに関する恥ずかしい秘密の物件を持って逃走しているに違いない、ならば先に捕獲して哀れな少年の弱みを握ってやらねばなるまい、という風に回るのがミレイの思考回路であるらしかった。

 そこで止まらず、さらにキッスだのなんだのを付け加えて混沌とした騒ぎに持ち込める頭脳を、C.C.は本心から眩しく思う。
 枯れてしまった人間には逆立ちしても不可能な発想だ。

 窓から外を眺めると、部活を中断した学生たちが校庭を駆け回ったり、植え込みを覗き込んだりしているのが見える。

「お前は遊んで来ないのか?」

 外の喧騒とは対照的に、クラリスはテーブルについて静かにティーカップを傾けていた。

「もう少ししたら行くわ。あんまり早すぎるのもね。どうせ提出先はこの建物の中――生徒会室なんだろうから」

「ん?」

「ルルーシュの追っている本物がどんな特徴を持っているかなんて、誰も知らないのよ。シャーリーにもギアスを使ってしまったし。だったら、ほら――」

 クラリスの手が指し示す先では、白毛に茶色のぶちの入った猫が、目を細めて頭を掻いていた。




 ◆◇◆◇◆




『各クラブの皆さーん、ありがとうございましたっ! ご協力感謝致します。諸君のおかげで、ついに猫が捕まりましたぁーッ!』

(――何?)

 息も絶え絶えになりながら黒猫を追うルルーシュは、スピーカー越しに聞こえてくるミレイの報告に眉をひそめた。

 猫はまだ逃げている。それは間違いない。その事実は目の前にはっきりと存在している。
 だとすれば、考えられることとしては。

(別の猫が捕まったのか)

 おそらくそれで正解だろう。この状況でわざわざ誤情報を流すメリットなどほとんど無い。

 誰がやってくれたのかはわからないが、しかしこの展開は助かる。グッジョブだ。ナイスアシストだ。抱きしめて感謝の程を伝えたい。

 酸欠気味で思考が少しおかしくなっている。自覚していてもどうしようもない。なぜなら酸欠だから。

 だらしなく口を開けて喘ぐルルーシュの耳に、続けて放送が飛び込んできた。

『そしてぇ! 生徒会副会長ルルーシュ・ランペルージ君、キミにご指名だッ! 直ちにクラブハウスの入り口まで出頭しなさい!』

「ぶぇほッ!」

 思いっきりむせ返る。

(指名って、もしかして、キスか? 誰が?)

 ルルーシュの頭が高速で回転する。

 猫というのは俊敏な動物である。今地獄の苦しみを味わっている自分は嫌というほど知っている。この悪魔のような敏捷性を持つ生物を容易く捕まえられる運動能力の持ち主はきっと只者ではない。
 いったい何者だ、と考えたとき、幼い頃に無尽蔵の体力で野山を引きずり回してくれた少年の顔が脳裏に浮かんだ。

(――スザク? いや、バカな。妙な想像はよせ!)

 かぶりを振る。

(真面目に考えろルルーシュ。意味のあることをだ)

 先ほどの放送で猫捜しは終了したはず。捜索に駆りだされていた連中は、おそらく次のイベント会場、クラブハウスへと向かう。

 となれば、今こそが絶好機。人が減るのなら、そいつらにギアスで手伝わせればいい。この方法なら高確率で回収に成功する。

 集まった生徒たちを待たせることになってしまうが、仕方がない。仮面を取り返すのが先だ。

 方針を固めたルルーシュは、崩れそうになる膝に力をいれ、肉体の限界に挑んでいった。




 ◆◇◆◇◆




 クラブハウス前には大きな人だかりができていた。
 出入り口の扉の前は地面より数段分高い小さなステージのようになっており、壇上にはマイクを持ったミレイと、その後ろにつき従うように立った生徒会の面々の姿がある。

 誰が猫を捕まえたのかはまだ明らかにされていないようである。
 大層上機嫌な雰囲気のミレイ会長は、興味津々の観客を抑えつつ、それでいて煽り立てるという離れ業を、巧みなマイクパフォーマンスで実現していた。

 その光景を遠くから眺めつつ、スザクは学校は楽しい所だと口元を緩める。
 あの輪に入ることはできなくとも、同年代の少年少女の健全な熱気を感じているだけで、軍務で荒んだ心が慰められるような気がしていた。その場を与えてくれただけでも、ユフィには感謝してもしきれない。

 やがてどこか疲れた様子でやってきたルルーシュが壇上に上がると、観客の興奮は最高潮に達した。
 黄色い声を上げる生徒たちを身振りで沈め、ミレイは息を吸い込む。

「さぁ! いよいよ我らが副会長どのがやって参りました! それでは発表致しましょう。みんなのアイドル、ルルーシュ・ランペルージ君の唇をゲットする権利を手に入れたのはッ!」

 誰かがゴクリとつばを飲み込んだ。

「――生徒会メンバーでごめんなさい! クラリス・アーベントロートさんですっ!」

 はにかむように笑うクラリスが一歩前に出ると、拍手や口笛と共に歓声が溢れた。

 清楚な感じで綺麗な子だから、きっと人気があるのだろう。スザクの目からでもルルーシュとならとても良い絵になりそうに見える。

 何か挨拶お願い、と会長からマイクを手渡されたクラリスは、堂々とステージぎりぎりまで歩み出た。

「あの! イベントと関係ない話で申し訳ないんですけれど、この場を借りて謝りたい人がいます。――枢木スザク君!」

 スザクは目を見開いた。完全に不意打ちである。どうしていいかわからずに棒立ちになっていると、不意にミレイ会長と目が合った。手招きしている。
 出て来いということだろうか。

 一気に喧騒を引かせた観客たちを迂回して、スザクは早足で建物へと向かった。ステージのそばまでたどり着くと、問答無用でミレイに引っ張り上げられる。

「私もこの展開は予想してなかったんだけどさ、クラリスならきっと悪いようにはならないから、胸張ってなさい」

 そう言われても居心地の悪さは誤魔化せない。注がれる無数の視線が苦しかった。それでも顔には出さずに、スザクは状況に流されるままアッシュブロンドの少女と向かい合う。

 クラリスは手にしたマイクを口元に寄せ、話し始めた。

「私は、スザク君に謝らなければならないことがあります。以前、といっても最近の話ですが、私は、暴漢に襲われそうになりました」

 息を飲んだようなざわめきが広がった。衝撃が過ぎ去る程度の時間を空けて、クラリスはさらに語る。

「大柄な、イレブンの中年男性でした。そのイレブンに追われ、路地裏に追い込まれて、腕をつかまれ、服を――」

 状況を想像してしまったのか、誰かがヒッと小さく悲鳴を上げる。その声が聞こえて、スザクはなんだか講談師と聴衆のようだと思った。

 そしてハッと気づく。

(もしかして、それが正解、なのか? 僕に謝りたいんじゃなくて、みんなに聞かせたいんじゃ……?)

 単に謝罪するだけなら二人きりのときにすればいいのだ。わざわざ人を集めて話したくないであろう暴行未遂の話などする必要は無い。
 しかし、なぜなのか。スザクにはその理由がわからない。

「――そのときに助けてくれたのが、スザク君でした。間一髪のところでイレブンの暴漢を昏倒させて、手を差し伸べてくれました。『自分は軍人だから安心して』と。なのに私は、動転して、スザク君から逃げてしまって」

 情感の篭ったクラリスの語り口に聞き入るように、いつの間にか、会場は静まり返っている。

「あのときは、本当にすみませんでした。そして、ありがとうございました。今私がこうして笑顔で学園に通っていられるのは、スザク君のおかげです。心から感謝しています。これは、その印です――」

「……え?」

 スザクの頬に触れる柔らかな感触。爪先立ちをしたクラリスの唇が顔の横にあった。

 これはルルーシュのキスイベントだったはずなのに、なぜ自分が、とスザクの頭は真っ白になる。
 それは観客の一部も同じだったようで、前列近くの生徒たちの数人が目を円くしているのが見えた。

「――お前っ、それはやりすぎだっ!」

 囁き声で、しかし強い口調でステージ奥から叱責が飛ぶ。と同時に前に出たルルーシュが、ひったくるようにしてクラリスからマイクを奪い取った。

「あー皆、ルルーシュだ。今日は会長の思いつきのイベントに付き合ってくれてありがとう。それでだ、良い機会だから、俺も言っておこうと思う」

 スザクに歩み寄って肩を叩く。

「こいつ、昨日編入した枢木スザクだが、俺の――昔からの、友達だ」

「へ?」

「そうなの?」

 生徒会メンバーが上げる声に、「ああ」とルルーシュは頷く。

「仲良くしてやってくれとは言わない。人それぞれに思想があるのは当然のことで、好き嫌いの感情も個人個人の自由のものだ。ただ、無用な先入観だけは、取っ払ってやってくれないか」

 ここまで来て、スザクはようやく事態を正しく認識できた。

「――クロヴィス殿下殺害の犯人は、こいつじゃないんだ。頼む」

 会釈程度とはいえ、頭を下げて見せるルルーシュ。

 胸からこみ上げてくるものがある。喉元を通り過ぎて瞳に溜まりそうになるそれを、スザクは唇を引き結んでこらえた。

 ルルーシュは、友達だ。

 クラリスという少女も、会ったばかりだというのに、あそこまでしてくれて。

(……ユフィ。僕は本当に、良い学校に入れてもらったみたいだ)

 静かになっていた観客の中からぽつぽつと声が上がり始める。自信家の副会長に似合わない殊勝な態度を揶揄する男子生徒の言葉がほとんどだったが、その響きには親しみの感情が滲んでいた。
 声は徐々に広がっていき、いつしか内容が判別不能になる。

 向けられる視線の数は変わらないままでも、スザクには居心地の悪さがいくらか減ったように感じられていた。

「はーい、ちゅうもーく、ちゅうもーく! さぁてー、前座も終わって場も暖まったところでっ! 本日のメインイベントッ!」

 ルルーシュからマイクをもぎ取ったミレイが観衆に告げる。

「キッスの時間です! というわけで、ルルーシュとクラリスは壇上に待機! 他の皆は降りる! あとは自分たちのタイミングで行きなさい。みんなで見ててやるから、安心してやっちゃいなー」

 スザクはミレイに袖を引かれて舞台から下がる。他の生徒会メンバーも階段を降りて、小さなステージの上には二人の少年少女だけが残された。

 やっぱりお似合いのカップルだと、スザクは先ほどよりもだいぶ温かな気持ちで、彼らを見上げていた。

 ややあって二人の距離は近づき。

 アッシュブロンドの少女は頬をわずかに赤らめながら、嬉しそうに。黒髪の少年は憮然とした表情で、しかしこちらも顔を染めて。

 無数の瞳が見つめるなか、二人はそっと、唇を重ねた。




 ◆◇◆◇◆




「やー、盛況盛況。大成功だったわねー。新しいメンバーも増えたし、万々歳」

 ミレイは生徒会室の椅子に腰を下ろし、テーブルに投げ出されていた何かの書類で顔をあおいだ。

 あの後、盛り上がった生徒たちを適当なところで解散させ、それからスザクを生徒会に誘った。
 アッシュフォード学園の生徒は、規則で必ず何らかの部活か委員会に所属しなければならないことになっている。どうせなら目の届く生徒会が一番だと判断したのだ。

 ミレイは特にイレブンに悪い感情を持っていない。かといって良い感情を持っているわけでもない。ブリタニア人と同じだと思っている。要は、大事なのはその人の人柄なのだ。
 生徒会のほかの面々も、ニーナを除けば概ね同じだろう。少なくとも、仲間のルルーシュとクラリスがあそこまでしたのだから、スザク個人に関してなら心配はいらないはず。

 結果、スザクは快く頷いてくれた。

 人員も増えたし、イベントも成功したしで、ミレイはご満悦であった。

 もっとも、キスの瞬間、「これはイベント、イベント。ルルは罰ゲーム、罰ゲーム。そう、罰ゲームなんだから」と念仏のように唱えていたシャーリーの姿は思い出さないようにしている。
 根がポジティブな子だから一晩寝て起きればすっきりしているだろう。実際、自主的なものではなく、イベントでの強制だったのだから。そんなものをネチネチといつまでも引き摺るようなタイプではない。

「それで、ルルーシュの恥ずかしい秘密って結局何だったんですか? クラリスの連れてきた猫が咥えてたあの封筒!」

 目を輝かせてリヴァルがミレイに訊いた。そこにルルーシュが割って入る。

「何の話です? 会長」

「まーたまた、とぼけちゃって。お前それで猫を追い掛けてたんだろ? もうブツはこっちにあるんだから、しらばっくれたって無駄だぜ」

「……あぁ、なるほど、そういうことですか」

 ルルーシュは口元に薄く笑みを刷き、得心が行ったという風に頷いた。

 落ち着いた仕草から危機感の薄さを見て取り、ミレイは内心でやはり、と息を吐く。一人で確認した便箋の内容を思い出すと、小さく苦笑が漏れた。

「なんていうか、あれは、公開できない代物だったわね。――ということで、封印! 皆には悪いけど教えられません。ルルーシュが再起不能になっちゃう」

「えー、会長ばっかりずるいですよ。私にもルルの秘密ー!」

「ダーメ。こればっかりはねー、さすがの私も公表するのは気が咎めるわ。見なかったことにするつもり。忘れて頂戴。私も忘れるから」

「ちぇ、つまんないの」

 リヴァルは口を尖らせ、シャーリーは不満顔になる。その程度で済んでしまうのが皆の良い所だ。

 そう、皆良い子達だから、スザクもすぐに馴染めるはず。

 クラリスとカレンと三人で何かを話している少年に視線を送り、ミレイは目を細めるのだった。




 ◆◇◆◇◆




 自室に帰り着くと、ミレイは鞄を開いて色気の無い真っ白な封筒を取り出した。クラリスが猫と一緒に提出した件の品である。

 そしてペンケースからハサミを取り出しつつ、思う。

 猫を捕まえて来たのは事実だから、ご褒美の口付けまでは許したけれど。
 でもやっぱり、公明正大なミレイ会長としては、そこまでの出来レースは認めるわけには行かないのだ。

「自分で捏造したラブレターで既成事実を作ろうだなんて。可愛い顔して黒すぎるでしょ、あの子。まぁ、皇族らしいっちゃらしいのかもしれないけどね」

 しょきしょきしょき、と紙を切り裂く音が鳴り。

 空のくずかごの中に、細切れになった紙片が散らばった。


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