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No.7688の一覧
[0] コードギアス 反逆の兄妹 (現実→オリキャラ♀)[499](2014/04/02 16:15)
[1] STAGE0 皇子 と 皇女[499](2014/02/08 19:39)
[2] STAGE1 交差する 運命[499](2014/04/02 16:18)
[3] STAGE2 偽り の 編入生[499](2009/09/08 11:07)
[4] STAGE3 その 名 は ゼロ[499](2009/10/09 16:40)
[5] STAGE4 魔女 と 令嬢[499](2011/01/18 16:03)
[6] STAGE5 盲目 と 仮面越し の 幸福[499](2011/01/18 16:03)
[7] STAGE6 人 たる すべ を[499](2009/10/09 16:42)
[8] STAGE7 打倒すべき もの[499](2009/10/09 16:42)
[9] STAGE8 黒 の 騎士団[499](2011/01/18 16:04)
[10] STAGE9 白雪 に 想う[499](2011/01/18 16:07)
[11] STAGE10 転機[499](2011/01/18 16:06)
[12] STAGE11 もう一人 の ゼロ[499](2011/01/18 16:08)
[13] STAGE12 歪み[499](2011/01/18 16:08)
[14] STAGE13 マオ の 罠[499](2014/02/08 18:54)
[15] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (前)[499](2014/02/08 18:56)
[16] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (後)[499](2014/02/08 18:56)
[17] STAGE15 絶体絶命 の ギアス[499](2014/02/08 18:57)
[18] STAGE16 落日[499](2014/02/08 21:06)
[19] STAGE17 崩れ落ちる 心[499](2014/04/02 16:16)
[20] STAGE18 運命 が 動く 日[499](2014/04/03 00:20)
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[7688] STAGE4 魔女 と 令嬢
Name: 499◆5d03ff4f ID:5dbc8fca 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/18 16:03
 アッシュフォード学園のクラブハウスには、一部、生徒や職員が立ち入りを自粛する区域がある。生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージと、彼の妹ナナリー・ランペルージのために改装された、二人の暮らすささやかな住まい。

 普段あまり余人に踏み込まれることのない私的な空間へと向かう通路に、小さな足音が響いていた。
 発するのは住人ではない。淡い緑色の長髪をなびかせた一人の少女である。

 いや、少女自身は自分のことを少女などとは見なしていなかった。

 外見自体は二十歳に満たないそれだとしても、その肉体はたとえ一億の夜を数えようとも朽ちはしない。老いも病も侵すことは叶わず、致死性の負傷すらも再生してのける。
 不老不滅の呪いコード が刻まれたその身は少女というよりも、そう――魔女。

 少女は自らを魔女と認識していた。
 もはや人ではないのだと、幾らかの自嘲を込めて。

 魔女は歩く。ギアスを与えた少年の、その住処を目指し。

 過日、ギアスの授受により一つの契約が結ばれた。一方の要求が明かされないというアンフェアなものであったとしても、少年はたしかにサインをし、恩恵を手にした。

 ならば彼には契約内容を果たす義務がある。

 それが成った暁には、彼の生は地獄と化すだろう。
 そうと知りながら、少女はメリットだけを提示して契約を結ばせた。卑劣と罵られようと卑怯となじられようと、知ったことではない。なぜなら少女は、人の理など通用するはずもない、魔女なのだから。

 しかしながら、少年にはまだ契約を履行する能力がない。
 ゆえに少女は彼を近くで見守らねばならぬと判断していた。途中で死なれることのないように。確実に願いを叶えるために。

 おのれの利己的な思考を冷めた視点で分析しつつ、たどり着いた扉。
 その先で魔女は思わぬ相手と出会うことになる。

 単に遭遇の可能性についてのみ話すのならば、居るかもしれないとは予想していた相手。しかしその人物像が明らかに彼女の想定の範囲を逸脱していた。

 静かな異常性は、初対面の第一声から早速発揮されることになる。室内にて妹と歓談していたらしいアッシュブロンドの少女は、侵入者の気配を感じ取るなり、振り向いてこう言ったのだ。

「待っていたわC.C.。もしかしたら今日辺り来るんじゃないかと思っていたの。正解だったわね」

 契約者の少年にすら名を明かしていなかったはずの魔女――C.C.に向かって。

 二人の邂逅がこの先の未来にいかなる影響を与えていくのか、今はまだ、誰も知らない。




 ◆◇◆◇◆




 遠くでナイトメアの駆動音が鳴っている。
 徐々に離れていくランドスピナーのモーター音を確認し、ルルーシュは仮面の下でほくそ笑んだ。

 代理執政官ジェレミアの強権発動によって、捜索に出ていた部隊が無理やり引き上げさせられたのだろう。普通ならばありえないこの命令は、無論超常の力――ギアスの強制によるものである。

 護送途中の容疑者を奪われ、さらには実行犯のテロリストを積極的に見逃した責を問われ、ジェレミアの立場は悪化するだろう。はったりに使った『オレンジ』疑惑の作用の仕方によっては、内部分裂まで期待できるかもしれない。

 不可能と思われていたであろう枢木スザク強奪作戦の成功により、レジスタンス『扇グループ』の信頼は最低限確保できたはず。中でもカレンのゼロに向ける視線は、とりわけ期待に満ちていた。
 彼女以外についてはまだまだ信用も足りぬだろうし、勢力自体も小さい。それでも一応、今回の『奇跡』によって自分の手駒として使える部隊を手に入れた。そう見ていいだろう。

 だがその利用法について考察するのは後でいい。

(今考えるべきは――)

 ルルーシュはゼロの仮面越しに前方を見据える。そこには護送隊から奪取した枢木スザク一等兵が立っていた。作戦を手伝わせたカレンと扇は既にレジスタンスの元に帰してある。

 ゲットーの廃墟に二人きりの状況。

 ルルーシュにとって枢木スザクという人間は、七年前に離れ離れになった、唯一と言ってもいい――親友であった。
 頭に被った仮面さえなければ駆け寄って抱き合っていたかもしれない。

 しかし。

 この場においてはルルーシュはゼロ――ブリタニアの皇族を殺めたと宣言したテロリストである。
 そして、スザクはブリタニアの軍人であった。

 その立場が二人の再会の邪魔をする。

「奴らのやり口はわかっただろう、枢木一等兵」

 ルルーシュには、ゼロの正体が自分であると明かす気にはなれなかった。たとえかつての親友スザクが相手であったとしても。

 七年の時を経てスザクの心がどう変化したのか、名誉ブリタニア人として宗主国の軍に入っている親友が何を考えているのか、そこがわからなかった。

 思想が掴めない以上、危険性が計れない。
 おのれの行動に妹の命までもが掛かっていると承知しているルルーシュには、ゼロとして振舞う以外の選択肢が存在しなかった。

 ルルーシュは仮面を通して呼びかける。この選択が最善なのだと自分に言い聞かせながら。そう、もはや後戻りはできないのだから。

「――世界を変えたいなら、私の仲間になれ。ブリタニアは腐っている。君が仕える価値の無い国だ」

 スザクは瞳にたしかな光を宿し、ゼロの誘いに答えを返した。

「そうかもしれない。でも、だからこそ、僕は内側から変えて行きたいんだ」

 ブリタニアの破壊を誓ったルルーシュと、ブリタニアの改革を望むスザク。目指す地点の相違を端的に表す、一夜の出来事であった。




 ◆◇◆◇◆




 その空間には、わずかに緊迫した空気が流れていた。ルルーシュの私室である。
 主の居ない部屋に我が物顔で居座るのは、二人の少女。ソファに腰掛けたクラリスと、ブーツを脱いでベッドに乗ったC.C.。

 ナナリーに知り合い同士だと嘘の説明をして移動した先がここだった。

 悠然と構えているクラリスとは違い、C.C.の琥珀色の瞳にはかすかな警戒の色が滲んでいた。
 無理も無い。ただの契約者の妹に過ぎないはずだった相手が、いきなり得体の知れない存在に変わってしまったのだから。

 不老不死の魔女に関する情報は一般には秘されているはずだった。いや、一般という表現では生温い。世界中を見渡してもほんの一握りの人間しか把握していない、秘中の秘である。

 そうなるように仕向けたのは――世に出ぬように細心の注意を心がけていたのは、他ならぬC.C.であり、彼女は自身の長い生からその工作には十分な自信を持っていた。

 ゆえにその声には険しさが混じる。

「説明を求められるのはこちらのつもりだったのだがな。いきなり予定が狂ってしまった。教えてくれクラリス。誰から聞いた?」

「別に誰からも聞いていないわ」

「ではなぜ知っている?」

「それはね、私が特別だからよ」

 クラリスは妖しく笑って答える。

 特別。その単語はC.C.にさらに別の単語を連想させた。

 ルルーシュに対しては絶対遵守の力として発現したあの契約の恩恵は、結ぶ相手によって多種多様の変化を見せるのだ。

「お前、まさか――」

「いいえ。ギアスではないわ。そういう意味で言えば私はただの人。ギアス能力なんて持っていない。だいたい、あったとしても貴女には通用しないんでしょう?」

「情報を得るだけなら他人を経由させればいい。いや、問題はそこではないな。いったいどこまで知っている? 私にギアスが効かないなど、ルルーシュでも知らないはずだが」

「タダで話すのはリスクが大きすぎるわね」

「そこまで思わせぶりにしておいて今更代価を要求するつもりか? まぁ、交渉術としては常套なのだろうが。ただ、私にやろうとしても無駄だぞ。話したくないなら無理に聞き出そうとまでは思わん」

 C.C.の偽らざる気持ちだった。

 クラリス・アーベントロート――クラリス・ヴィ・ブリタニアは、たしかに不審であり、気になる存在ではあるが、結局はそれだけだ。

 C.C.の生きる目的とはただ一つ以外に存在せず、それ以外の全ては等しく余興である。そして最終的な目標地点に到達するのに必要なのはルルーシュのみ。
 クラリスが何を隠し持っているのだとしても、彼を害さないのであれば関知するところではなかった。単純に考えて、ルルーシュに何かを仕掛けるのであれば既にやっているだろうから、それが起こっていない以上、クラリスが何者であろうとそこにさしたる意味は無いのだ。

「早まらないでくれないかしら。誰も教えないなんて言っていないでしょう。リスクのある話だから相応の物を掛けたいと言いたかったのよ」

「乗ってやる義理は無いが?」

「それならそれで構わないわ。とりあえず私は話したいように話すから、どうするかはその後で判断すればいい」

「随分とサービスがいいんだな」

「当然よ。こちらはお願いする立場なんだから」

 クラリスは余計な表情を消し、正面の少女に透明な眼差しを送る。
 C.C.はその中に真剣な想いを見て取った。

「……いいだろう。聞いてやる」

「ありがとう」

 クラリスは気持ちを落ち着かせようとするかのように一度大きく呼吸を取り、それから居住まいを正した。背もたれから背中を浮かし、しっかりとC.C.を見据える。

「私は、これから一世一代の賭けに出るわ。今から話すことは、私の最大の秘密。だからそれを元手に、賭けをする。欲しい商品は、C.C.――貴女」

「なんだそれは?」

 訝るC.C.の視線を受けながら、クラリスはゆっくりと口を開いた。

「私ね、友達が欲しいの。貴女と友達になりたい。だから私は、誰にも明かしたことのない秘密を、貴女にだけ明かそうと思う」

「初対面の怪しい女と友達になるのか? この場合の怪しい女とは、もちろんお前のことだが」

「貴女が私をどう思うかは貴女に任せる。でも、私は貴女を友達だと思いたい。だから誠意の証として話をする。単にそれだけのことよ。その結果がどう転がるかについては――要するに、その辺りが賭けの部分ね」

「ふむ」

 C.C.はベッドの上で奥の壁に寄りかかりながら、契約者の妹をじっと見詰めた。底にある意図を見通そうとするかのように。

 不死の魔女を相手にただの友人の地位を要求してきた人間など、過去に何人いただろうか。そこに打算の介在しなかったことが、果たしてあっただろうか。
 去来するのはそういった疑問。膨大すぎておぼろげになった記憶が、脳裏に浮かんでは消えていく。

「……ねぇC.C.、私はね、ずっと昔から、嘘まみれで生きてきたの。名前と経歴を作り変えられたからなんて意味じゃない。私がクラリス・ヴィ・ブリタニアであった頃から、まだ小さかった頃から、本当に、ずっと、嘘まみれで」

 友達になりたいと話した少女は、とつとつと心情を吐露していた。

「今だってそう。ルルーシュにも、ナナリーにも、学園のみんなにも、そのほかの全ての人たちにも。世界中に、嘘をついているわ。秘密があるのに、そんなものは無いって」

 クラリスはベッドにしかれたシーツに目を落とす。ほっそりとした手がきゅっとスカートを握った。

「……けど、もう限界かなって、最近感じるようになって。疲れて、苦しくて、胸が痛くて。それで、思ったのよ。一人くらい嘘をつかずに済む相手が――友達が欲しいって。そう考えたとき、一番相応しい相手として浮かんだのが、貴女だった。会ったことはないけれど、知識に存在していた貴女。だから、私の秘密を、貴女に教えたいの」

 そこまで話すと、クラリスは真正面からC.C.に顔を合わせた。
 まっすぐに視線をぶつけてくるの瞳を、C.C.はさしたる感動もなく淡々と受け止める。

 『友達』。
 その響きは、いつの間にかC.C.とってよくわからない何かを指すものになっていた。いや、実を言えば始めから実感の薄い単語だったのかもしれない。

 その身が魔女となる以前、物心ついた頃から奴隷の身分であった彼女には、当然のようにそんな相手は存在しなかったし、そこから救い上げてくれたシスターは、友人である前に親だった。美しく花開いた時分に近づいてきた者たちは、誰もが嘘か真かも判別できない愛を囁くばかりで。

 不老不死の呪いに掛かって以降は、人と対等の視点に立とうという意思自体が希薄だった気がする。

 たぶんそれは、魔女の起源が裏切りによるものだったことに起因しているのだろう。

 遠い昔、最も信頼していたシスターに騙されていたと知り――C.C.は人外へと堕した。

 その苦々しい記憶の残滓があるがゆえに、自ずと人との交流に壁を設けるようになっていたのだろうと、C.C.は冷静に分析する。
 歪な心を持つようになった自分は、無条件に他人を信じることができないのだ、と。

 紙一枚程度の厚みであろうと、そこにはたしかに壁がある。
 過去の契約者に対しては、親を演じ、恋人を演じ、友人も演じはしたが、同時に、願いを叶えるための道具として見ている冷徹な自分もいた。八年前まで計画に手を貸していた連中は、友人というよりは協力者で、現在まで交流が続いている人物は、たぶん腐れ縁というやつだ。

 だから純粋に友達、とだけ言われると、一気にイメージが曖昧になる。

 そのせいもあるのだろうか。無論長い生で人間性が摩滅しているせいもあるのだろうが、クラリスにそれを望まれても、ありがたいとも迷惑とも感じられない。
 眼前に座る人間がそれを望んでいるという単純な事実、それのみがある。

 しかしながら。この場合の無感動にはもっと大きな理由があった。

 それ以前の段階で、このクラリスという女には根本的な問題がある。

 魔女としての感覚がC.C.に告げていた。

「――嘘だな」

 それは直感の類ではあったが、同時に長い年月を経てゆるぎない確信を抱くまでになった、暦とした技術でもある。見誤る可能性は限りなく低い。
 幾星霜もの間他人の本心を疑い続け、磨耗して擦り切れてしまった、人であったモノの成れの果て。それこそが魔女C.C.なのだから。

「具体的にどこがとまでは指摘できないが、なんというか――そう、お前の態度は、真摯すぎる」

 受けた印象をそのままに伝えると、クラリスは途端に相好を崩した。堪えきれぬようにくすくすと肩を揺らし始める彼女には、先ほどまでの深刻な雰囲気は微塵もない。

「最高よC.C.。期待した通りだわ。その答えが聞きたかったの」

「何?」

「私は嘘つきだから。嘘を嘘だとわかってくれる人が友達としては最適だと思うのよね」

「ひねくれ者め。そんな対応で友達になりたいなどと感じるやつがいると思うのか?」

「そこはどうでもいいのよ。どうせこんなのは勝率のわからない賭けなんだから。ならできるだけ勝ったときの利益を大きくした方がいいでしょう? そのために、ありのままの自分を先に見せておくの。後で友達やめたなんて言われないようにね」

 真意の所在はともかくとして、とりあえず友達になりたいというのは本当らしい。
 C.C.は小さく口元を緩める。

「少しだけお前という人間がわかってきた。どうやら面白いやつのようだ」

「友達へ一歩前進したわね。いいことだわ。じゃあそろそろ疑問に答えましょう」

 クラリスは足を組み、ソファに深く背を預けた。どこか尊大さを感じさせる所作だった。見る者が見たらルルーシュに似ていると感想を漏らしたことだろう。

「それが地か?」

「その議論に意味は無いでしょう。どれも私よ。着ける仮面を変えているだけ。薄皮の真偽を論ずるなんてナンセンスだわ」

「見識だな」

「ありがとう。まぁ、話を戻しましょう。私の秘密――ありえないはずの知識についての話。ただ、その前にあらかじめ言っておくわね。どうやって知ったかについては捏造以外では納得のいく解答を用意できないから、そこは流して頂戴」

「ちなみに捏造ではない真実は何なんだ?」

「前世でルルーシュを主人公にしたアニメを見たの。もちろん貴女も重要登場人物」

「……わかった。もう聞かん」

 本当か嘘かを吟味する価値もない、ふざけた回答だった。
 C.C.は一度だけ嘆息し、身振りで続きを促した。

「さて。どこまで知っているのかという話だけど、私は限定的ではあるものの、ほぼ全てを知っているわ。ルルーシュがやろうとしていること、皇帝陛下がやろうとしていること、私とルルーシュたちが本土から遠ざけられた理由。それに、これから起こる戦乱の行く末」

「未来視まで付けるのか。大きく出たな。どうやって証明する?」

「アーベントロートの経歴を調べればいい。ウチが投資で成功したのはどの株が上がるか知っていたから。リスクを一切省みない非常識な売買をしていると思うわよ」

「いささか弱い気もするが、まぁいい。信じないと話が進まんのだろう?」

「理解が早くて助かるわ」

 クラリスは礼の代わりなのか小首を傾げて見せてから、さらに続けた。

「その未来の情報によると、まぁ、最終的には、ルルーシュの行動というのは、良い結果に結びつくんじゃないかと思うわ。ただし、『ある意味では』の条件付で。この時代の人は大勢死ぬけれど、その犠牲によって先の人々は何十年か、あるいは百年単位で平和を謳歌できる。迎えるのはそういう結末」

「なるほどな。『ある意味では』、か」

 C.C.はその注釈から、クラリスの言葉以上のことを想像した。

 ――ギアスは王の力。王の力は人を孤独にする。

 人の世の理から外れた力に携わり続けてきたC.C.がいつしか辿りついていた、ギアスについての真理である。

「ルルーシュがこれからやるのは戦争。だから当然、身近な人もたくさん死ぬ。ルルーシュ自身も戦場に身を置いて、後一歩で破滅するような窮地に何度も立たされて。それ以上に何度も何度も自分の心を傷つけて、傷つけられて。それでやっと、世界を良い方向へと持って行くの」

「……そうなのだろうな。あいつがブリタニアに戦いを挑むなら、予想できないことじゃない」

 現実的な側面だけで考えてもそうなるのは道理だし、ギアスという超常の力を用いるのならなおのこと避けられぬ運命なのだろうと、C.C.は読む。
 そう、当たり前のことだ。今ここで問題にすべきはそこではない。

「それで、その結果が見えているお前はどうしたいんだ? 私にそれを伝えて何を望む?」

「別に何も。最初に言ったとおり、私は貴女と友達になりたい。それだけよ」

 重くもなく、軽くもなく、強いて言えば投げやりな口調。しかし、だからこその重みがあった。少女の発言が本心からのものなのだろうとC.C.に確信を抱かせるほどの。

「さっきは言わなかったけれど、その未来というのは、私がいない場合の未来なの。占いとかによくあるでしょう、自分が関わると見えなくなるっていうの。そして、私はその結末がある意味ベストだと思っている。そこに辿りつくまでの過程も薄氷を踏むような展開の連続で。正直、どこがどう変わったらより良い結末に行き着くのかなんて、さっぱりわからない」

 だからね、とクラリスは皮肉げに笑う。

「私って、見方によっては、生きていないのよ」

 わずかに伏せられた瞳の奥にくすんだ色を見出して、C.C.は何故自分が友人候補に選ばれたのか、おおよその理由を悟った。同時にクラリスの知識が――少なくとも自分に関する部分については――紛い物ではないのだろうということにも確信を抱く。
 でなければ、自分が選ばれるはずがないのだから。

「……お前は、今見えている未来を崩したくないのか。つまりは何も出来ない、いや、お前の毎日は決定的な『何か』を犯さないためものでしかない――」

 そういうことなのだろう。
 そしてC.C.の願いとは、畢竟破滅である。

 虚無的な目的に向かうだけの自分と、後ろ向きな目的しか持てないクラリス。
 進歩のない生――人生とは言わない、ただの経験の積み重ねを続ける者同士。

 おそらくクラリスは自身とC.C.をどこかで重ねているのだ。

「正解。万が一の場合は皇帝陛下の悪巧みを阻止するくらいはやるつもりだけど、現状ではその程度しか。どう? 友達になれそう?」

「駄目だな。全然駄目だ。知り合いからスタートしろ」

 素っ気無く返した答えに、クラリスは嬉しそうに微笑む。

「それって拒絶はされていないってことよね? これだけわけのわからないことを話してそれなら上出来だわ。じゃあC.C.、話すことも話したし、最後に未来を知る私から貴女に、一つ耳寄りな情報をプレゼントしましょう」

「今度はなんだ?」

「――ルルーシュは契約を履行しない」

 さらりと出てきた言葉は決して聞き流せないものだった。C.C.の現在の生とは、ルルーシュに契約内容を果たさせるためだけにあると言っても過言ではないのだから。

 眉をひそめるC.C.にクラリスは再度告げる。

「もう一度言うわ。ルルーシュは貴女との契約を履行しない。その前に死ぬ」

「……実の兄の生き死にを随分と簡単に話すんだな」

「探りを入れても変わらないわ。私の知る未来ではそうなのよ。信じる信じないは貴女に任せる。こちらが言いたいのはただ一つ。だから私とも契約してくれないかしらってこと」

「馬鹿か。お前には生きる目的が無いのだろう。ギアスなど手にしてどうする? あれは人を不幸にする力だ」

「見解の相違ね。やることが決まっていないからこそ、武器は多いに越したことはないのよ。行使する機会が無ければ封印しておけばいいだけのこと」

 クラリスは指を組み、あごを引いてC.C.を見遣る。

「貴女にとっても悪い話ではないでしょう? ルルーシュが失敗したときの保険ができるし、契約を結んだことで私に流れる情報があるとしたら、それは既に全て知られている」

「その説得で私が折れると?」

「駄目なら最終手段ね。お友達に使いたい手ではないのだけれど、仕方が無いわ」

 言い終えるなりクラリスはポケットに手を入れ、携帯電話を取り出した。短縮でどこかに繋ぐと、すぐに耳に当てる。

「バーンズ、私よ。クラブハウスはわかるわね? 出入り口を抑えなさい。ライトグリーンの長髪をした少女が現れたら直ちに確保。学園側には私が話を通すわ」

「……校門にいた連中は、お前の私兵か」

 学園前にたむろしていた怪しい集団が思い浮かぶ。あの黒服たちは気を抜いてこそいたものの、間違いなく訓練された人間だった。逃げ切れるとは思えない。

 それ以前にC.C.はルルーシュをそばで守らねばならないのだ。それは生きる目的そのものとも言える。脅しか否かを判断するまでもなく、掛かっているものが大きすぎた。
 そして相手はその事情を察している。

 武力行使を仄めかされた時点で詰みだった。

「さてC.C.。不老不死の魔女。貴女が今の生を牢獄と感じるのなら、自由のある檻と自由の無い檻、どちらがお好みかしら」

「お前は私と友達になりたいんじゃなかったのか?」

「偉大なる皇帝陛下も仰っているわ。世の中は弱肉強食だって。でも私はそんな悲しい論理で友人を縛り付けたくないの。だから聞いてくれない? お友達としてのお願い」

「……あの親にしてこの子か。揃いも揃ってタチの悪い。いったいどういう育て方をした、マリアンヌ」





 C.C.は夜の部屋で、ベッドに横たわっていた。本来の持ち主はソファに転がって既に寝息を立てている。いろいろとあったようだから疲れているのだろう。

 帰宅したルルーシュにはいろいろと詰問されたが、本来話す予定だったこと以外は――つまりはクラリスとの会話、および契約については、一切伝えなかった。
 クラリスに話さないで欲しいと『お願い』されたためだ。

 正直なところ、ルルーシュに情報を与えたことでクラリスの見ている未来と乖離が生まれようが、C.C.にとっては所詮他人事に過ぎない。未来の知識を持たない身では判別のしようもないのだから。
 しかし、同様の理由で、ルルーシュに話さねばならぬといった使命感も無かった。

 おそらく先に会ったのがルルーシュのほうだったら、彼もクラリスには話すなと言っただろうから、まぁ早い者勝ちのようなものなのかもしれない。

 それにしても――。

「友達……か」

 面白い人間だったと思う。

 悠久を生き続ける呪いに縛られたC.C.の価値観は、楽しめるか楽しめないかという部分の占める割合がかなり大きい。それでも積極的に動いて物事を楽しもうと考えられるほど、健全な精神はしていない。
 享楽を良しとする考えが大きいにもかかわらず、楽しめるのなら楽しむという程度でしかないのだ。

 クラリスはその枯れ果てた思考回路に丁度良い素材だった。

 言うなれば、興味深い。

 ありえないはずの知識の源泉にも関心はあるが、そんな表面的なところではない。常識の枠を脱した存在などC.C.自身がその筆頭である。研究者ではない彼女にそこを解明したいという欲求は薄かった。

 そんなところよりも、あの少女には矛盾がある。大きな矛盾だ。そこがどう昇華されるのかを、暇つぶしに近くで見ていたい。その思いが強かった。

「なぁクラリス。干渉したくないというのなら、なぜお前はエリア11にいるのだろうな? 大胆不敵な行動が取れるのは、自分に自信があるやつか破滅願望のあるやつと相場が決まっているが――」

 おそらくは、とC.C.は想像する。

 クラリスの認識は間違っている。
 自分と彼女は似た者同士などではない。

「気付いていないのか、それとも気付かない振りをしているのか。あるいは私をも欺くか? いずれにせよ、人の理から外れた力というものは、やはり人を孤独の苦しみに放り込むらしい。ギアスでなくともそれは同じか。難儀なものだな」




 ◆◇◆◇◆




 桃色の長い髪をした少女が、ホテルの一室で難しい顔をしていた。

 少女の名前はユーフェミア・リ・ブリタニアという。
 神聖ブリタニア帝国の第四皇女である。

 まだ十六歳であることから世に出ずに学業に専念していた彼女は、この度、実姉コーネリアのエリア11総督就任に合わせて、副総督として表舞台に上がることが決定していた。

 そのため、今日が学生としての最後の休暇になる。つまりは、この日が顔を知られていない身分で外を出歩ける最後の日である。

 ここをいかにして有意義に過ごすかというのが、目下の一人会議の議題であった。

 現在滞在している部屋は二階。扉の外には専属のガードマン。正規のルートで外出しようとすれば、確実に誰かが付いてくる。それだけなら問題は無いけれど、きっとその人は自分の希望する行き先へは連れて行ってくれないだろう。むしろ何が何でも止めようとするはずだ。

 なにもいかがわしい場所へ行こうというのではない。ユーフェミアの目的地とは、シンジュクゲットーだった。

 姉の補佐とはいえ自分が治めることになるエリアである。現実を、異母兄クロヴィスが破壊命令を下したというシンジュクの様子を、その目で一度見ておきたかったのだ。

 しかしながら、求められるままに反乱分子の潜む地区まで皇女をエスコートするような護衛が居たら、その者は即刻解雇されるべきだ。それはユーフェミアにも理解できている。

 そこで彼女が取った行動は――。

「退いてくださぁい! 危なぁぁぁぁい!」

 窓からのダイブであった。
 いや、本当はカーテンを命綱にしてもっと安全に下りるつもりだったのだが、出だしから失敗していた。桟から足を踏み外して落ちた先は、親切な通行人の腕の中。

「……あら?」

 受け止めてくれた男性を見ると、偶然にも見覚えのある顔だった。有名人である。学生をやっている第四皇女などよりも間違いなく知名度は上だ。
 変装用に掛けていたのであろう大きなサングラスが思いっきり外れてしまっているので、簡単に気付けてしまった。

 枢木スザク。

 ゼロが真犯人宣言をするまでクロヴィス殺害の容疑を掛けられていた、名誉ブリタニア人の兵士である。

「大丈夫ですか? 怪我とか、してませんか?」

 がっちりと鍛えられた胸に抱かれて掛けられた言葉は、とても優しい響きがした。
 きっとすごくいい人なのだろう。こんな短時間でもわかってしまう。ひょっとしたらこれは天のお導きというやつかもしれない。

 即決で今後の方針を打ち立てたユーフェミアは、おそるおそるといった具合に、スザクにアプローチを掛けた。

「あの、私、悪い人に追われているんです。逃げるの、手伝ってくれませんか?」

 そう、始めはこんな感じで。この人となら一緒に街を回るのも悪くないに違いない。そして仲良くなったらお願いするのだ。

 シンジュクに連れて行っていただけませんか。と。




 ◆◇◆◇◆




 地面に突き刺さった大小様々なビルの残骸が、夕日を浴びて大地に長い陰を落としていた。砕けたアスファルトからは土が覗き、ときおり吹く乾燥した風に乗った砂埃が、遠くの景色を霞ませる。
 ところどころに穴を開け、あるいは中階から破壊されている建造物たちは、物寂しい風景に更なる荒廃の彩を与える、まさに負のオブジェとして存在していた。

 攻撃の激しさ、あるいは戦争の悲惨さを直截的に訴えてくる生々しい風景を眺めながら、バーンズは護衛対象に歩調を合わせてゆっくりと歩く。

 以前毒ガス報道のせいで流れてしまったゲットー視察ツアーが、この日実現していた。
 比較的活気のあるイレブン居住区を見て回り、租界で一時休憩を入れ、最後にやってきたのがここ、シンジュクだった。

 無言で進むクラリスの表情は険しい。
 推し量るよりほかないが、心中はおそらく自分と近いのではないかとバーンズは思う。

 それは、悲しみであり、哀れみであり、憤りであり、無力感である。全てがないまぜになって、腹の底からぞわりぞわりと這い上がってくるのだ。
 戦勝国民としての優越感の類は、あったとしても相当に薄いはず。でなければ、もう少し明るい顔をしているだろう。

「……バーンズ、貴方の意見を聞きたいわ。絶対に怒らないし、誰にも他言しないから、率直な感想をお願い」

 静かに問いかけてくる少女に、バーンズは重々しく答える。

「正直、ここまでとは思いませんでした。見せしめにしても、限度があるかと」

 シンジュク事変の後遺症は、今後長く尾を引くだろう。破壊の跡はバーンズの予想をはるかに上回る広範囲にわたっており、瓦礫の撤去も未だ始まっていない。虐殺により住民は激減したと聞くし、そもそももはや人の住める環境ではなくなっている。

「わたくしは主義者ではありませんが、ナンバーズとはいえ曲がりなりにも我が国の臣民となっている非戦闘員を相手に、ここまでやる必要があったのかと、疑問を覚えます」

「同感だわ」

 短く返ってきた声には、ただの小娘がちょっとした正義感でイレブンを憐れむのではない、たしかな反骨の意思が篭っていた。

 だとしても、それがどうにかなるというわけではない。バーンズもクラリスも主義者でないのは間違いないから、おそらくこの感慨は、一過性のものとして消えてゆくのだろう。
 日常に戻れば、クラリスはここの始末を請け負う業者がアーベントロートに利をもたらすかどうかを検討するだけなのだろうし、バーンズはそれで自分への報酬が増えたらいいと考えるだけ。

 たぶん、それだけのことなのだ。

「……私は、無力ね」

 小さく耳に届いた呟きに、バーンズは答えるべき言葉を持っていない。ただ黙って、クラリスと共に歩くのみである。

 そうしてしばらく散策を続けていけば、やがて戦禍の爪あとも見慣れてくる。大した感銘も受けずに周囲を見渡せるようになった頃だった。

 前方遠くにカップルらしき二人連れが見えた。
 おそらくは租界から来ているのだろう。綺麗な身なりをしているからすぐにわかる。

「珍しいですね。こんなところに若い男女が来るとは。デートコースには向かないでしょうに」

 何気なく言うと、クラリスは目を細めて道先を見つめた。そしてすぐに立ち止まる。

「……あれは、もしかして、枢木スザク? ……と、一緒に居るのって……まさかッ!? どんな偶然よ!?」

 悲鳴のような声を上げたかと思うと、すぐさま身を翻して走り出す。

 バーンズはこれまでこの護衛対象がこれほど取り乱した場面を見たことがなかった。さらに言えば、スカートを穿いてそんなに俊敏に動けるとも考えてはいなかった。加えてこんな場所で一人で走り出すとは想像もしていない。ゆえに反応が一手遅れた。

 一瞬にして数メートルほど離れてしまった少女の背中を後ろから追いかける。
 追いつこうとすれば簡単に達成できるだろうが、そうする気はなかった。先ほどの男女――枢木スザクと聞こえたが――かれらから逃げているのだとすれば、その間に自分を挟むのは当然の判断であり、少し距離が空いているとはいえ、護衛は自分ひとりではないのだから。進む先には部下がいる。

 だがそこに到着する前にクラリスが悲鳴を上げた。今度は本当に悲鳴である。甲高い少女の声が響き渡り、バーンズの胸には焦燥が湧く。

 なにが起きているのかわからない。見る限りでは何も異常は無いのに、護衛対象が恐慌に駆られているようなのだ。
 取り押さえるべきかとスピードを上げようとすると、少女は方向転換して近くにあった路地に駆け込んだ。

 少し入ったところでクラリスの足は止まった。追いついたバーンズに、少女は肩で息を吐きながら早口で言う。

「ごめんなさい、いきなり逃げたのは私のミスだったわ。あんまり驚いてしまって。冷静に考えたら他にもやりようはあったのに。でももうその失敗は取り返せない。だから貴方に尻拭いをしてもらいたいの。特別手当ては出すわ」

「それは構いませんが……いったい、何をなさって……?」

 クラリスはバーンズの目の前で服のボタンを外し始めていた。白い胸元が露わになり、レースつきの下着が覗く。

「時間が無いから余計な質問は無しでお願い。バーンズ、貴方は昔、軍人だったのよね?」

「……知っておられたのですか」

「貴方だって護衛対象の情報収集を人任せにはしないでしょう。同じことよ。それはともかくとして、実戦配備されている名誉ブリタニア人の兵士と徒手で戦ったら勝率はどれくらい?」

 名誉ブリタニア人は基本的には銃の携行が許されないため、軍に入ればひたすらに体一つでの戦闘術の修練を積む。それのみが自らを戦場で救うと知っているから、一心不乱に打ち込む。ゆえに一般的に名誉の軍人の格闘技術は高い。

 だがバーンズには名誉ブリタニア人制度ができる以前から訓練を続けてきた自負があった。

「一対一なら八割の相手には勝つ自信があります」

「いい答えだわ。変な見栄を張ろうとしない正直な貴方は好きよ」

 言いながらクラリスはバーンズの手を取り、おのれの手首を掴ませる。

「じゃあ、絶対に振り向かずに聞いて。これから来るのは間違いなく残りの二割だから、大人しくやられて頂戴」

「は?」

 気の抜けた返答をした瞬間。
 即頭部に衝撃を受け、バーンズの意識は刈り取られた。




 ◆◇◆◇◆




 枢木スザクはその日、なぜかデートのようなものを楽しんでいた。

 『なぜか』というのは、そうなった経緯が全くもって理解しがたかったからだ。
 ゼロの件での取調べから解放されて街に出たところ、突如上から降ってきた少女に奇抜な誘い文句で連れ出されたのだ。かなり可愛いその女の子が名乗ったユフィという名はたぶん偽名で、それがわけのわからなさに拍車を掛けていた。

 相手の子にも事情があるのだろうと追求しないでいるうちに、なんだか普通に楽しくなってきて、気がつけばもうだいぶ日の傾いた時間である。

「ユフィはなんで、シンジュクなんて来ようと思ったんですか?」

 廃墟と化した町並みを眺めつつ、スザクは隣に向かって訊く。荒れ果てた祖国の姿を見せ付けられると嫌でも気分は盛り下がるのだが、それを表に出さないよう、努めて明るく。ユフィの顔が強張っていたから、表面上の空気だけでも深刻にならないように。

「大した理由なんて無いんです。ただ、見てみたくて。見て、どう思うのかなって」

「そうですか。それで、何か感じた?」

「……はい、たくさん。うまく言葉にはできないんですけど、たくさん。今も感じてます」

「そう」

 願わくばそれがユフィの糧になりますようにと、スザクは心で想う。せめてそれくらいでもなければ、やりきれない。

 なぜならこれは、本当は毒ガステロへの報復ですらないのだから。

 重要物資をテロリストに奪われたため、それの奪還を目的にしらみつぶしの捜索が行われた。その際に邪魔な人とモノが手当たり次第に排除された。
 真実はそれだけのことで、言ってみれば軍の不始末のとばっちりである。

 そんな横暴がまかり通っていいはずがない。だが、スザクの身分では事実を世に明かすことさえも許されない。

 だから、とスザクは強く奥歯を噛み締める。

 この体制を何とかして変えねばならないのだ。

 道は険しく、先は長く、まだ取っ掛かりすら見つからない。それでも必ずやり遂げるという気概だけは、スザクの中に強く息づいていた。

「……スザク、あれって、もしかして」

 内側に入り込みかけていた思考がユフィの声で引き戻される。隣の少女が指差す方向を見てみれば。

 長いアッシュブロンドをなびかせて走る少女を、黒服の男が追いかけていた。

 何らかの事件性を匂わせる光景に、スザクの目は鋭利に細められる。その直後、少女のものであろう悲鳴が耳に飛び込んできた。

「ユフィ、ここで待って――るのは危ないかもしれないから、ゆっくり追いかけてきて。僕はあの子を」

 いかに連れが危険にさらされる恐れがあるといっても、現在進行形で襲われているらしい少女を放っておけるほど、スザクの正義感は惰弱ではなかった。むしろ自分の手で救える人間が居るのなら誰であろうと全力を挙げて救いたいと考えるのが枢木スザクである。

 ユフィに言い置き、即座に地を蹴った。

 スザクの身体能力は一部では人間の枠を超えていると噂されるほどのレベルである。走る速度は尋常のものではない。距離があろうが追いつかないなどという思考はまるで無かった。

 そして事実、スザクは間に合った。

 細い路地に追い込まれた少女が男に腕を掴まれている。華奢な鎖骨と服のはだけられた胸元を視認したとき、スザクの頭から事情を聞くという選択肢が消えた。
 スピードを緩めないままビルの隙間に飛び込み、減速を兼ねて壁を蹴る。三角跳びの要領で男の背後に到達すると、勢いよく片足を振り抜いた。足の甲に感じる衝撃。同時に側頭部を蹴り抜かれた男が崩れ落ちた。

 驚いたように目を見開いている少女に、スザクは声を掛ける。

「大丈夫ですか? 僕は、その、怪しい者じゃなくて。ちゃんとしたブリタニア軍の――」

「……ク」

「え?」

「……枢木、スザク……?」

 身を抱くようにして肌を隠す少女の顔には、怯えの感情が覗いていた。

 そこでようやく思い至る。ユフィと一日過ごしていたせいで感覚が薄れていたが、自分はついこの間までクロヴィス皇子殺害の容疑者としてニュースを賑わせていた危険人物なのだ。

 恐れられて当たり前だと思う反面、いかに自分がユフィに救われていたのかに気付く。彼女に会う前にこんな反応をされていたら、もっと気分が沈んでいただろう。だが今ならそれなりに落ち着いて対応できる。

「僕が怖いなら、これ以上は近づきません。約束します。警察に行くのでも租界に戻るのでも、僕はそこまで行くから、好きなだけ離れて付いてきて下さい。キミと同い年くらいの女の子もいるから、安心して」

「いえ……大丈夫です。電話すれば。その辺に家の者がいるはずなので……」

 スザクの申し出を震える声で拒絶し、少女は脱兎のごとく路地の奥へと走っていった。

 携帯を耳にあてているから、彼女の言葉が本当ならすぐに保護されるのだろう。
 そう思うことにした。たとえそうでなかったとしても、あれだけ怖がっている相手を無理やり引っ掴んで租界まで連れていったら、こっちが犯罪者だ。

 上を見ると、抉れたビルの形に切り抜かれた黄昏の空がある。思わず小さく溜息が漏れた。大通りに体を向けると、丁度追いついてきたユフィの姿が見える。

「スザク、あの人は?」

「もう大丈夫です。心配要りません」

「そうですか。良かった……」

 ほっとした様子の笑顔を見ると、こちらの頬も自然と緩む。

 やはり自分はユフィに救われていると、スザクは改めて実感した。




 ◆◇◆◇◆




 数日後、スザクは学校に通うことになった。私立アッシュフォード学園である。

 ユフィは実はユーフェミア皇女殿下という途轍もなく貴い人だったらしく、彼女の一声があって、スザクは学生の身分を手に入れられる運びとなったのだ。

 しかし、軍籍にある人間、しかも名誉ブリタニア人が一般のブリタニア人の学校に入るというのは異例中の異例で、スザクはその風当たりの強さを登校初日の朝から感じていた。

 まだクラスに入る前の段階、職員室に向かうときからである。向けられる視線に恐怖や敵意が混じっているのだ。

 だがそれにも慣れねばならないとスザクは思う。せっかくユフィが学生にしてくれたのだから。学べるだけ学んで、楽しめるだけ楽しむのだ。

 ひそかな決意を胸に、担任教師の先導で足を踏み入れた教室。
 そこでスザクは二度驚愕させられることになる。

 なぜなら。

 生死を危ぶんでいた幼き日の親友ルルーシュと、先日シンジュクで助けた名も知らぬ少女がおり、しかもその二人が隣同士の席でにこやかに談笑していたのだから。


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