<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.7688の一覧
[0] コードギアス 反逆の兄妹 (現実→オリキャラ♀)[499](2014/04/02 16:15)
[1] STAGE0 皇子 と 皇女[499](2014/02/08 19:39)
[2] STAGE1 交差する 運命[499](2014/04/02 16:18)
[3] STAGE2 偽り の 編入生[499](2009/09/08 11:07)
[4] STAGE3 その 名 は ゼロ[499](2009/10/09 16:40)
[5] STAGE4 魔女 と 令嬢[499](2011/01/18 16:03)
[6] STAGE5 盲目 と 仮面越し の 幸福[499](2011/01/18 16:03)
[7] STAGE6 人 たる すべ を[499](2009/10/09 16:42)
[8] STAGE7 打倒すべき もの[499](2009/10/09 16:42)
[9] STAGE8 黒 の 騎士団[499](2011/01/18 16:04)
[10] STAGE9 白雪 に 想う[499](2011/01/18 16:07)
[11] STAGE10 転機[499](2011/01/18 16:06)
[12] STAGE11 もう一人 の ゼロ[499](2011/01/18 16:08)
[13] STAGE12 歪み[499](2011/01/18 16:08)
[14] STAGE13 マオ の 罠[499](2014/02/08 18:54)
[15] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (前)[499](2014/02/08 18:56)
[16] STAGE14 兄 と 妹  心 の かたち (後)[499](2014/02/08 18:56)
[17] STAGE15 絶体絶命 の ギアス[499](2014/02/08 18:57)
[18] STAGE16 落日[499](2014/02/08 21:06)
[19] STAGE17 崩れ落ちる 心[499](2014/04/02 16:16)
[20] STAGE18 運命 が 動く 日[499](2014/04/03 00:20)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7688] STAGE15 絶体絶命 の ギアス
Name: 499◆5d03ff4f ID:5dbc8fca 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/02/08 18:57
 ある日の放課後、アッシュフォード学園クラブハウスの生徒会室には、爽やかな日の光が降り注いでいた。集まった面々の表情も晴れやかである。

 ミレイ、シャーリー、ニーナ、カレン、クラリス。リヴァルにスザクと、そしてルルーシュ。それと忘れてはいけない、アーサーとマーリン。
 生徒会の全メンバーが揃って、副会長を囲むように立ち並んでいた。

「それじゃあみんな、準備はいい?」

「はーい!」

 会長の呼びかけに、ルルーシュを除く全員が返事をする。

「それでは! 我らが有能なる副会長、ルルーシュ・ランペルージ君の回復を祝しましてっ! おめでっとー!」

 パンパンパンと、ミレイの音頭に合わせてクラッカーの音が鳴った。降り注ぐ紙吹雪を浴びるルルーシュの腕には、昨日まではたしかにあった三角巾の白い色が無い。ギプスが取れ、ようやく元通りの生活が送れるようになったのだ。

 しかし盛り上がる周りとは対照的に、紙片を頭に乗せたルルーシュは呆れ顔だった。

「祝って貰えるのはありがたいですけど、こんなに大げさにやることでもないでしょう。死の縁から生還したって訳でもないんですし。たかが骨折ですよ」

「たかが骨折、されど骨折。あんたに頼めない仕事があったのは確かなんだから、大人しく祝われときなさい」

「そうだぜルルーシュ。俺はこれでやっと会長の横暴な命令から解放される」

 リヴァルが冗談混じりの涙声で言った。
 彼はルルーシュと分担で行われるべきだった力仕事のほとんどを回されていたのだ。軍務で居ないことの多いスザクより負担は格段に大きかった。
 とは言え、リヴァルがミレイから申し付けられる用事を嫌がることは絶対にない。惚れた弱みというやつである。何でも二つ返事で了承していたのをルルーシュははっきりと覚えている。

「そうか。そりゃ大変だったろ。会長は無茶苦茶だからな。今度は俺が代わりに全部やってやろうか」

「いや、それはちょっと……」

 リヴァルの好意はわかりやすい。仕事だろうがなんだろうがミレイと交流する機会があるのは嬉しいのだろう。
 ルルーシュが唇を緩めると、妙に真面目な顔をしたスザクが目の前にやってきた。

「ルルーシュ、おめでとう。本当に良かった」

 ミレイ以下、他のメンバーは半分ルルーシュをからかって遊んでいるのが一目瞭然だというのに、この少年にだけはそういった雰囲気が一切無い。

「……何でお前はそういちいち――いや、ありがとう」

 ルルーシュは一度疲れたように嘆息し、苦笑しながら頷いた。このくすぐったさがスザクの良いところなのだ。

 そんな具合に各々の口から祝いの言葉が述べられる。ルルーシュも言ったとおり、実際はたかが骨折なので、特にプレゼントが送られたりするようなことはない。
 そうやって一通りの挨拶が終わると、生徒会室は立食パーティーの会場と化した。とは言っても大した料理があるわけではない。今日のこれはギプスの取れたルルーシュの姿を見たミレイが唐突に思いついただけの、完全な突発イベントだったのだ。せいぜいデリバリーで取ったピザが数枚ある程度である。

 メインのルルーシュ弄りも終わり、皆が和やかなムードでおしゃべりを続けていると、ミレイが突然椅子の座面に立ち上がった。
 また何か妙なことを思いついたのかと胡乱な視線を送るルルーシュに、ビシリと指が突きつけられる。

「ルルーシュ君、きみに一つ指令を言い渡す!」

「なんですか、藪から棒に」

「副会長回復記念イベントを企画開催しなさい!」

「は?」

 思わず間の抜けた声が漏れる。

「今やってるこれは何なんですか?」

 既に行われているんじゃないのかと訝るルルーシュに、ミレイはチッチッチ、と一本立てた指を振って見せた。

「これは副会長回復お祝いパーティー。あんたがやるのは副会長回復記念イベント」

「いや、言葉の違いはわかってますよ。俺が訊いてるのは内容的にどう違うのかってところです」

「私たちがやってるのは、副会長の復調をお祝いするイベント。私があんたにやれって言ってるのは、副会長が心配してくれた全校生徒に感謝の気持ちを捧げるイベント。違うでしょ?」

 説明を受けてルルーシュの表情に理解の色が生まれる。ただ納得はしていなかった。

「言ってることはわかりましたけど、そんなに大々的にお返しするほど心配してもらった覚えなんて無いんですが――」

 骨折したからといって何か特別な対応をされたという記憶は無い。初日はさすがにいろいろ聞かれはしたものの、それはむしろ気遣いというより興味本位の質問がほとんどだったような気がする。
 などと言ったところで、正論の通じないことはミレイのキラキラとした瞳を見ればわかる。ルルーシュは諦めたように溜息をついた。

「……わかりましたよ、やればいいんでしょうやれば」

「うん! 話のわかる部下をもって幸せ! というわけで、ルルーシュがなんかやってくれるみたいよー、みんな協力してあげてね!」

 お祭り好きの会長はニコニコしながらメンバーに声を掛ける。

 口々に了承する仲間たちを眺めながら、日常ってのは良いものだなと、ルルーシュは軽く頬を緩めた。
 非日常がすぐ隣にあるからこその、そして永遠には続けられないとわかっているからこその、実感だった。





 やがて日は落ち、生徒会室は普段の落ち着きを取り戻していた。

 病弱なカレンは体調を考慮して、リヴァルはバイト、スザクは軍務と、それぞれの理由で既に場を後にしており、部屋に残っているのは五人だけだった。
 その状態もそろそろ崩れつつある。

「じゃあ、私はこれで。だいぶ遅くなってきたから。また明日ね」

「送ってくよ」

 鞄を持って軽く手を振るクラリスを見て、ルルーシュが立ち上がった。

 部屋の入り口まで行き、振り返ってミレイに視線を送る。

「会長、今日はもう帰ってきませんから、あとはよろしく。シャーリーとニーナも、またな」

「おっけーい、またね。送り狼作戦成功したら、レポートよろしく」

「会長の期待してるようなことは起こりませんよ」

 淡白な返答を残し、扉はバタンと音を立てて閉まった。

 ルルーシュとクラリスが去った後、室内には短い沈黙が降りていた。
 それを破ったのはミレイである。二人の消えたドアの先を透視するかのように、彼女の目はわずかに細められていた。

「……なんかさ、いい雰囲気になっちゃったよね、あの二人」

「ですよね。入り込めないっていうか。前からそんなトコありましたけど、もう本格的に。最近は普通にデートとかしちゃってるみたいですし」

 同じく扉に目をやっているシャーリーの口元には、かすかな、儚げな笑みがあった。

「失恋しちゃった?」

「……たぶん」

 シャーリーはわずかに目を伏せて返す。そしてすぐに振り切るかのように、さっぱりとした顔になった。

「でも、割とスッキリしてるんですよね。こんなに簡単に話せちゃうくらい。もちろんルルのことはまだ好きだけど、クラリスならいいかなって。負けたって素直に受け入れられてるんです」

「お父さんのとき慰めてもらったし?」

「それもあるのかも。よくわかんないけど、あの二人なら仕方ないなって、何かもう納得しちゃってる自分がいて」

「そっか。いいわよねー、そういうの。青春の一ページー、みたいな?」

「もうっ、からかわないでくださいよ。なんでそうやって何でも冗談にしちゃうんですか」

 シャーリーはぷっと小さく頬を膨らます。

「そんなに凹んでないみたいだからさ、こっちが重くしちゃったら逆に悪いかなって。気に障ったなら謝るけど」

「いいですよ別に。会長がそういう人なのはわかってますし」

「ありがと。シャーリーはやっぱりいい子だねー」

 笑い混じりに軽く言いながら、ミレイは椅子から立ち上がった。テーブルからコーヒーカップを取り上げて、窓辺の方へと歩いていく。

 パソコンデスクについていたニーナは、二人のやりとりを無言で見つめていた。それほどわかりやすく表に出ているわけではないものの、彼女の表情は失恋したと口にした少女よりも深刻そうに見える。
 昔から付き合いのあるミレイはその様子に気付いていたが、しかし触れることはしなかった。内向的なところのあるニーナに対して無理に事情を聞き出そうとするのはあまり上手い付き合い方とは思えなかったし、それ以前に、自分の中にも問題を抱えていた。

 ミレイはひと気のない夜の校庭に一度目をやり、シャーリーの方に体ごと振り向いた。

「私もさ、見習わないとね、あんたのそういうトコ」

「そういうとこ?」

「スパッと潔いところ。いつまでも逃げ回ってたって、結局どうにもなんないのよね」

 窓枠に寄りかかり、コーヒーカップを唇に運ぶ。一口飲むと、フッと自嘲気味に笑った。

「私またお見合いでさ。今度はもう逃げらんないかなって。本気でイヤだって言ったらまだ許してもらえるのかもしれないけど、私の気分的に。のらりくらりしてるだけじゃ、駄目なのよね。どっかでけりをつけないと」

 アッシュフォード家はマリアンヌ皇妃の没後――つまり政争に破れた結果、爵位までも剥奪され、没落が始まった。今ではかつての権勢は見る影もない。
 ミレイを有力貴族に嫁がせることで凋落に歯止めを掛けようというのが家の意向なのだ。

「会長……」

 事情は知っているものの、あまりに世界が違いすぎて、シャーリーには掛けるべき言葉が見つけられなかった。失恋した自分の方が何倍も幸せに思える。ミレイにはまっとうに恋をする権利すら与えられていないのだから。

「あぁぁゴメンゴメン、そんなに深刻にならないでよ。まだ何が決まったってワケでもないんだし」

 眉根を寄せるシャーリーに向けて、ミレイは気にしないで、と手を振ってみせる。

「別にそんなつもりで言ったんじゃないの。ただ話の流れっていうかそんな感じで」

「それはわかりますけど……。私が何を言ってもどうにもならないってのも」

「ならいいじゃない。だからこの件はもうこれでおしまい! もっと楽しい話をしましょ」

 ミレイは窓の桟にカップを置くと、テーブルに戻って天板に両手をついた。普段通りの悪戯っぽい顔になった生徒会長を見て、シャーリーもいつもの調子を取り戻す。

「楽しい話ってどんなのですか?」

「ルルーシュのイベントに秘密のスパイスを仕込んでやる計画とか。ね、ニーナも考えよ」

「私も?」

「ちょっと会長、ルルの邪魔しちゃ駄目ですよ!」

「シャーリーちゃんはやっぱりルル君が大事なんだ?」

「そういう言い方は――」





 明るい声が漏れ始める格子窓。

 そこを外壁側から眺め、視線を上にずらしていくと、建物の屋根に辿りつく。生徒会室がある棟の天辺だ。

 傾斜の付いたその屋根の上に立ち、遠くに目を遣っている人影があった。白い髪を首の裏で一括りにしたコートの少年である。
 彼の見つめる先では、黒髪の少年とアッシュブロンドの少女が、並んで夜の校庭を歩いていた。談笑しながら校門へと向かっていく。
 やがて門柱を曲がった二人の姿が視界から完全に消えると、コートの少年はニヤリと口の端を上げた。

 見る者に不快感を与えそうな、イヤらしい印象のある笑みだった。




 ◆◇◆◇◆




 クラブハウスのランペルージ兄妹居住区では、C.C.とナナリーがダイニングでテーブルを挟んでいた。
 基本的に傍若無人で他人の事情など顧みないC.C.ではあるが、一緒に暮らしている少女が盲目で足も不自由となれば、一応茶を入れる気遣いを見せるくらいの分別はある。二人の手元には薄っすらと湯気を立てるティーカップがあった。

「今日はお兄様遅いですね」

「ギプスが取れたからな。大方ミレイ辺りに弄られてるんだろう。そのうち帰って来るさ」

「はい、そしたら私たちもお祝いしましょうね」

「そうだな。あいつのカードで一番高いピザを奢ってやろう」

 不老不死の魔女に戸籍などあるはずもなく、当然預金口座など持ってはいない。デリバリーが使われる際はいつもルルーシュのクレジットカードから彼の預金残高が引かれていた。

 悪戯っぽく笑うC.C.に、ナナリーが楽しそうに返す。

「またピザですか? 太っちゃいますよ、C.C.さんあんまりウチから出ないのに。おなかプニプニーってなってません?」

「心配するな。いい女は何を食べても太ったりしない。影で努力できるからな」

「まぁ! やっぱり何か秘訣があるんですね、私も見習わないと」

「ルルーシュなら丸っこくなったお前でも愛してくれると思うが?」

 からかうように笑いかけると、ナナリーは少しはにかむように言った。

「でも、世の中の人はお兄様だけじゃありませんから」

 当たり前のように出てきた言葉を聞いて、C.C.は小さく口元を緩めた。

 自分がこの家にやってきた当初と比べて、ナナリーはいくらか変わったように思う。
 兄を大切にする気持ちは同じでも、二人きりで生きているかのような危うさを見せることがなくなった。以前は、ルルーシュの帰りが夜遅くになるだけで不眠に近い状態なって翌日体調を崩したり、世話係のメイドが辞した後、独りの部屋で思いつめたような顔をしていたりしたものだが、最近ではそういったことはほとんど無い。

 幼い頃にもう一人の兄と慕っていたスザクが現れたせいもあるだろうし、実の姉がちょくちょく遊びに来てくれるおかげもあるのだろう。もちろんこうやってC.C.と話す機会ができたことも影響しているに違いない。

 ナナリーを大事に想う部分は皆共通していても、やはりそれぞれで愛し方は違う。特にルルーシュの愛は異常なまでに盲目的だ。接し方がまったく同じになることなどあり得ない。

 たったそれだけの変化でも、少しずつ少しずつ、彼女の世界は広がりつつあるのだ。

 柔らかく笑んだC.C.が話を続けようと口を開いたとき、玄関の方で物音がした。

「お兄様かしら」

 耳の良いナナリーがすぐに顔を向ける。

 やがてダイニングのドアがゆっくりと開かれると、現れた人影を見たC.C.の体が固まった。

 見開かれた魔女の目に映っているのは、全身包帯姿の東洋人の少年である。白いコートを羽織り、手には拳銃を持っている。構えた武器の照準は車椅子の少女に向けられていた。


「――マオ……お前、生きていたのか」

「そうだよ、C.C.。嬉しい?」

「お知り合いですか?」

 状況を飲み込めないナナリーが戸惑いがちに訊く。

「……ああ。あまり歓迎したくない相手だが」

 C.C.は油断無くマオを見据えながら、椅子から立ち上がった。
 家の中で銃など携帯していない。既に後手に回ってしまっていた。

「ロックはどうしたんだ? ここには鍵が掛かっていたはずだが」

「壊したさそんなもの。別に隠れる気なんて無いから。C.C.、ボクは堂々とキミをさらって行くんだ」

 マオは片手を懐に入れ、銀色に光る手錠を取り出した。無骨な金属の輪はそのまま放り投げられ、木製のテーブルに落ちてガチャリと音を立てる。

「それ、付けて。後ろ手に」

 C.C.は手錠を一瞥し、襲撃の意図を見通そうと再びマオに目をやった。
 いや、考えるまでも無く、マオの狙いはC.C.だ。それは始めから知れていた。数週間前ルルーシュの所に姿を現したときから。

 頭を使うべきはそこではない。
 この状態から何の被害も無しに脱出する方法はおそらく存在しない。ではどうやったら最小限に抑えられるのか。ここを考えねばならない。

「やらないならナナリー撃っちゃうよ。まァ、それでも駄目ならC.C.も撃つけどねェ」

 動こうとしないC.C.の思考を見透かすかのように、マオは言う。

 ギアスの効かない魔女であっても、状況が状況だけに伝わってしまうのだろう。ルルーシュのように超高性能の思考回路を持っていれば別だったかもしれないが、いくら永く生きたといっても、C.C.はそういう意味では普通人の域を脱していなかった。

「マオ、私がお前について行けば、ナナリーには手を出さないんだな?」

「やっぱりC.C.は最高だァ! ボクの話なら全部言わなくてもわかってくれるんだね!」

 心底嬉しそうに笑い声を上げる少年を鋭く睨み、C.C.は重々しく頷いた。

「……いいだろう」

 おもむろに手錠を手に取ると、腕を後ろに回し、両手首にはめる。
 ここは大人しく従うのが最善と思えた。

「C.C.さん!」

 聴覚だけで事態を把握したのか、盲目の少女が声を上げる。

「大丈夫だナナリー、後でルルーシュが来る。私もきっと無事に帰ってくる」

 安心させようと言ったC.C.をあざ笑うように、マオがニヤリと口角を上げた。テーブルを回り込み、車椅子に手を掛ける。

「残念。大丈夫じゃないよナナリー。キミにも来て貰う」

「待て! 話が違う!」

 眉を跳ね上げるC.C.を、マオは妙に静かな目で見た。

「ねェC.C.、ボクは最近までずっと嘘はいけないって思ってたんだ。C.C.が嘘はダメだって言ってたから。でも、『本当のことを言えばなんでも信じてもらえるとでも思ってるのか?』なんて、バカにしてくれたヤツがいてさァッ!」

 ガンッと強く壁を殴る。突然鳴った乱暴な物音にナナリーの顔が強張った。

「だったら、同じじゃない。嘘をついたって。何にも悪いことなんて無いでしょ?」

「マオ、お前、そこまで――」

 少年の様子はビルの屋上で見たときと明らかに違っていた。あのときは少なくともC.C.に対しては最後まで純粋な眼差しを向けていたというのに。
 元から危うかった精神の均衡がさらに崩れたのかもしれない。一度死にかけたためか、それとも会わないうちにルルーシュへの怒りが肥大しすぎたのか。にじみ出る雰囲気が前回よりも狂気じみていた。

 C.C.の記憶に残る素直だった子供の面影は、今やどこにも見出せない。説得の言葉はどうやっても届かないのだろう。否応無しに悟らされていた。

「さァ、来てC.C.。来なかったらナナリーを人質にしてルルーシュを殺しちゃうよ」

「……わかった」

 血を吐くように言って、C.C.は唇を噛んだ。





 C.C.はナナリーと共に、学園裏手に待機させられていたトラックに乗せられた。荷台部分が上下と側面四方を覆う密閉型になっているタイプだ。
 ナナリーは猿轡を噛まされ、車椅子の上から縛られている。C.C.は着ていた拘束服のベルトを口元までがっちりと締められ、床に転がされた。脱出はおろか声を上げることすらままならない。

 マオはそういった状況を作り上げると、荷台の扉を閉め、トラックの助手席に乗りこんだ。

 運転席に座る男は四、五十代のブリタニア人である。顔色は悪く、表情は不自然なまでに固い。現在進行形で行われている犯罪行為に、脅しによって無理やり参加させられているのだ。
 運転手の男は冷や汗を垂らしながら、横にいる東洋人の少年を見た。

「……どこまで行けばいいんだ?」

「道はボクが指定するから、指示通りに走ってくれればいい」

「それで、いいんだな?」

「もちろん。大人しく従ってくれれば、どこにも漏れたりしないよ。――キミが黒の騎士団に加担してるなんて情報はね」

 ねっとりとした口調でマオが言うと、男は固い顔で頷く。トラックのエンジンが掛かり、四人を乗せた車両は夜の街へと静かに滑り出した。




 ◆◇◆◇◆




 その日、政庁の一室に一人の男が出頭を命じられていた。純血派の領袖ジェレミア・ゴットバルト辺境伯である。

 いや、その表現では語弊がある。ジェレミアを領袖と認める人間が少なくなったということも無論あるが、それ以前に、純血派は今や派閥としての体裁を保てていなかった。

 有力士官がナリタの戦闘で軒並み命を落とし、隊を指揮できる階級を有した数少ない人材であるジェレミアは、副官のヴィレッタと共に転落の引き金を引いた張本人として求心力を失った。そのためである。
 もともとの構成として、キューエルを始めとする上層陣は純血派の思想に賛同する人間で固められていたが、下位の者はそうでもなかったという、そのせいも大きい。権勢のみに寄り添っていた軍人たちは、機を見てコーネリア軍内の派閥に乗り換え、それによりいっそう力を失った純血派はさらに人材を流出させていく――。

 負のスパイラルに放り込まれた純血派は、ジェレミアが謹慎処分を受けている間に、ほぼ消滅寸前と言っていい状態に陥っていたのである。回復はもはや不可能、遠からず完全に消えるであろうことは誰の目から見ても明らかだった。

 ともあれ、久方ぶりに政庁にやってきたジェレミアは、他に誰もいない会議室で、とある人物と対面していた。
 立ったまま彼と向き合っているのは、エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアである。

「――本日付で軍務への復帰を許可する。正式な辞令は後ほど届くはずだ」

「では、私の容疑は晴れたのですか?」

 内通の疑いが掛けられていると明確に告げられていたわけではないが、状況から見て嫌疑が掛かるのは当然のこととジェレミアは判断していた。ゆえに謹慎処分は失態への懲罰と同時に、ひそかに監視を付ける目的で行われたものなのだろうと。

「一応は、そうだ」

 頷いたコーネリアに、ジェレミアはわずかに眉根を寄せた。

「『一応』、とは?」

「卿に限らず、そもそものところで、もはや個人を疑ってどうにかなる段階ではなくなっておるのだ。黒の騎士団の協力員は至るところに潜んでいる。体制側に隠れている主義者どもも多数加担していると見て間違いない。誰か一人を拘留したところで、もう情報の漏洩は止められんのだよ」

 コーネリアは体を横に向け、窓の外を見た。思い返すのはここ最近の情勢である。

 ナリタの一件で黒の騎士団の存在感は絶大なものとなった。
 日本解放戦線という旧時代の遺物を退場させて最大の反抗勢力へと至ったかれらは、コーネリア軍に対する勝利というたしかな実績を引っさげて、イレブンたちに新たな時代の到来を夢見させた。
 その影響はイレブン側だけに留まらず、ブリタニア側にも波及した。元から潜在的に存在していたブリタニアに反感を抱くブリタニア人――いわゆる『主義者』と呼ばれる者たちが、わかりやすい支援先を手に入れてしまったのである。

「認めたくはなくとも、事実は事実として受け止めねばな。誰を信じて誰を疑えばよいのか、誰にも正確なことはわからん。『一応』というのはそういうことだ。こうなってしまっては、反抗の芽そのものを摘み取る以外に、解決の方法はあるまい」

 コーネリアは不愉快そうに漏らした。

 芽を摘む――敵を叩くと簡単に言っても、状況は決して芳しくないのだ。

 テロリストの延長である黒の騎士団に明確な本拠地など必要ない。ゆえにどこを攻めればいいという目標がない。ゼロの旗印の下に集まった組織であるから、彼を捕らえれば片は付くとわかっているものの、正体も所在もまったく掴めない。
 資金提供を断とうにも、そちらの方面でも尻尾を見せず、疑わしい団体はあっても踏み込めるだけの証拠が出てこない。

 仮面の指導者というのは非常に厄介な敵である。今の所、現れたところを捕縛するという後手の策しかとれないのだ。
 加えて素顔を晒さずとも人々を惹き付けるカリスマ性が備わっているのも問題だった。

「黒の騎士団の活躍で各地の反抗活動が勢いを増しつつある。ゼロに続けとな。私自ら出向かねばならぬ案件は、この先どうしても増えてくるだろう」

 コーネリアは淡々と現状を述べ、ジェレミアに向き直った。

「今日卿をここに呼んだのは、こちらの用件だったのだがな。私はそろそろユーフェミアに専任騎士を持たせるべきなのではないかと考えている。私が地方に遠征する機会が多くなる分、誰か信頼できる者をつけてやりたい。あやつも副総督だ。親衛隊を作る権限はある」

 その言葉だけでジェレミアは事情を察した。

 あるじとなった皇族の安全を一番近い場所で護るという、最も重要かつ、最も名誉な役割を任される、騎士の中の騎士。それが専任騎士だ。一定以上の要職についた皇族は、この専任騎士を中心として親衛隊を持つことができる。

 実力至上主義のブリタニアにおいて、この職に就く権利は全ての人間が有している。軍内での地位は一切関係しない。あるじとなる皇族がおのれの意思で選びさえすれば、制度上はナンバーズですらも許されるのだ。

 この際一般的に重視されるのは、実力、家柄、そして思想――すなわち皇族への忠誠心である。

 ジェレミアは騎士としては疑いようのないエースであり、辺境伯ということで家柄も良い。マリアンヌ皇妃暗殺の際の激しい悲嘆を誰よりも深く知っている当時の上官のコーネリアであれば、彼の忠節を高く評価していてもおかしくはない。

 率いるべき派閥が潰えた今なら、余計な部下の能力に左右されることもなく、純粋なジェレミア個人の資質だけが注視される。敵との内通の容疑が晴れたとすれば、候補に挙がるのは当然の流れだった。

「書類上で他の候補と区別することはできぬが、口頭で勧めることならできる。無論最終的な判断を下すのはユーフェミアになるが、私は卿の実力と忠義を信頼している」

 コーネリアはかつての部下であった男の顔を見据えた。

「ジェレミア・ゴットバルト。どうだ? 卿にその気があるのなら、口添えしてやるが。純血派ももう解散だ。ユーフェミアのために、一からやってみる気はないか? 卿なら家柄も申し分ない」

 ジェレミアはすぐには応えなかった。

 口頭で勧めると言っているが、実質的にはこれはほぼ内定と同じである。ユーフェミアは軍事方面に関する教育を十分に受けておらず、軍内部に人脈もない。任命権はあっても選ぶ能力がないのだ。
 コーネリアが推薦する人物であれば十中八九その通りに決まるだろう。

 専任騎士とはすなわち皇族の親衛隊長だ。一般の軍と命令系統が違うとは言え、軍関係の最高職の一つである。
 普通の者なら確実に諾と答えるであろうこの問いかけに、しかしジェレミアはまったく別の言葉で返した。

「コーネリア様、クラリス殿下のことは――」

 正面に立つ男の神妙な顔を目にし、コーネリアは視線を外した。仕方の無い奴だ、と言わんばかりに小さく息を吐く。

「まだあやつのことを気に掛けているのか。わからんでもないが。私は卿のその忠節をこそ、信頼しているのだからな」

 コーネリアが最も憧れた、いや、今もなお憧れ続けている無双の騎士、『閃光』のマリアンヌ――その息女、クラリス・ヴィ・ブリタニア。
 ヴィ家の最後の生き残りとなった今では、彼女の忘れ形見として、親マリアンヌ派であった貴族たちを再び一つに纏め上げる可能性を秘めている、最重要人物の一人だ。もっとも、皇帝自らの手によって行方を隠された現在では、誰もそんなことが実現できるとは思っていないが。

 だが、ジェレミアは政治的な理由とは無縁のところでクラリスを求めている。アリエスの離宮が暗殺者に襲撃された後、彼が離散した一家の四人が写った写真を、まるで自分の家族の物ででもあるかのように大事にしていたのを、コーネリアはよく覚えている。
 姉である自分と同じく、純粋に心配をしているのだろう。それがわかるからこそ、コーネリアの口調は重かった。

「……クラリスのことは知らんよ。仮に知っていたとしても、どうしてやることもできん。立場というものがある。どんな些細な形であれ、クラリスを援助してやるということは、皇帝陛下の裁定を無視することと同義だ。エリア総督が国主の決定に従わぬような人間では、国が立ち行かんだろう」

 苦々しく言って、最後に付け加える。

「無論、心情としては助けてやりたいが」

「……やはり、そうですか」

 ジェレミアは一度頷くと、凛々しい皇女の顔を見つめ、口を開いた。

「ユーフェミア殿下の騎士としてご推挙いただけるのは、大変光栄に存じます。ですが――」

「いや、いい。言うな。元より今すぐ返答を貰おうとは思っておらん」

 コーネリアは皆まで言わせずに遮る。

 皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズを除けば、最高の名誉である専任騎士の椅子。誰もが欲しがるその地位を、あっさり蹴ろうとしてのける。迷わずそうできるからこそ、この男は素晴らしいのだ。そう再認識していた。
 ヴィ家に立てられた忠義の程は尋常のものではない。

 だからこそ惜しい。ここで諦めるには勿体なさすぎる人材だった。

「時が来たらまた改めて答えを聞こう。しかし、先ほどの言葉で確信した。やはり卿は騎士となるに相応しい人物だ。良い返事を期待しているぞ」




 ◆◇◆◇◆




 夜のトウキョウは至る所でネオンを光らせ、不夜城の様相を呈している。
 とは言ってもそれは租界全体を覆うものではなく、やはり静かな地域というものも存在している。住宅街――特に高級住宅があるような区画に近づけば、比較的閑静な街並みの見られることが多くなってくる。

 アッシュフォード学園を出たルルーシュとクラリスは、繁華街を抜け、静かな通りを歩いていた。等間隔に設置された街灯が、歩道脇に作られた植え込みをほの明るく照らしている。
 人通りはほとんど無い。
 アーベントロートの警護役はいるものの、護衛対象の令嬢が恋人とプライベートな時間を過ごしているのだ。当然ながらそれとわかるような形で張り付いたりはしていなかった。

「ルルーシュは、誰かほかの子とこういうのしたりしてた?」

 二人並んで足を進めながら、アッシュブロンドの少女が隣の少年に訊く。

「いや、家まで送るのなんてクラリスが初めてだよ」

 アッシュフォード学園は生徒の大部分が寮生である――というより、一部の特権的な身分の子女以外は、全員が近くに併設された寮に入っているから、遠くまで誰かを送っていくというようなことは通常起こり得ない。

「そうじゃなくて、街を歩いたりとか」

 あぁ、とルルーシュは納得したように声を上げた。

「偶然外で会って一緒になることはあったけど、示し合わせて遊びに行ったりはほとんど無いな。たまにシャーリーに誘われたくらいか」

「もったいないって思ったりしなかった? 健全な青少年として。その気になれば選り取り見取りなくらいモテてるのに」

「思うわけないだろ」

「家に帰ったらナナリーがいるものね」

 クラリスはふふっと笑う。つられるようにルルーシュも口元を緩めた。

「まぁでも、お前とこうやって歩くのは、悪くないと思うよ」

 そう考えると、C.C.の存在が急にありがたく感じられてくる。あの魔女がナナリーの相手をしてくれているからこそ、ルルーシュはもう一人の妹とも交流できるのだ。

 もっとも、こういった和やかな時間は今後次第に取りづらくなっていくのだろう。ルルーシュはそう想像する。怪我が治ったからには、もうゼロの活動を停滞させていていい理由は存在しないのだから。

 ルルーシュが骨折していた間、世間的にも黒の騎士団内でも、仮面のリーダーの姿が見られる頻度は非常に少なかった。言うまでも無く、代役ではボロの出る危険性があるためだ。ルルーシュはC.C.を派遣する回数を必要最低限に抑え、できる限りは通信での指示に留める方針を固めていたのである。

 ゆえにこの数週間、黒の騎士団が大規模な作戦行動を取ることはなかった。その分地盤固めは着々と進んでおり、ディートハルトという男が見せた予想以上の手腕も手伝って、租界内外の地下協力員の組織化はかなりのところまで進んでいる。計画を新たな段階に進めるための準備は、確かな歩みで進行していた。

 その一方で、ルルーシュ個人としては、ゼロをやり始めて以来の、休暇のような時を持つことができていた。無論不測の事態に備える気構えを絶やすことはできず、黒の騎士団の活動計画の策定など、やるべきことは山積していたが、それでもアジトに行けない以上、肉体的には比較的自由な時間が多かった。

 これを使って何をしていたかというと、いわゆる家族サービスというか、ランデブーというか、逢引というか――端的に言ってしまうとクラリスとのデートである。

 今夜こうして二人で歩いているのもその延長だ。
 放課後に連れ立って街へ繰り出したり、遅くなったら家まで送ったり――日によってはナナリーも交えてそういったことをしている。

 これが始まった時期は、丁度記憶が消えてしまった後からである。その頃のある日、クラリスが突然デートをしようと言い出したのだ。
 たぶん、その理由は忘れ去られた記憶の中にあるのだろう。それまでクラリスは、そこまで積極的に偽りの恋人関係を進展させようとはしていなかった。

(……きっとそのはずだ。そこで何かがあったに違いない)

 ――そう。

 今のルルーシュには、数日分ほど記憶に空白がある。

 その間のことは、はっきり言ってあまり詳しくはわかっていない。単純に調べていないからだ。

 途切れる前の記憶は、片瀬少将が爆殺された作戦の後、サザーランドを降りた辺りまで。そこから先は、夜の公園で手帳を手にしていたところから始まっている。

 手帳にあったメモ書きによると、C.C.を欲するギアス能力者が現れ、彼の思考を読む力に対抗するため、ルルーシュのギアスで意識の一部を手放したということだった。加えて、C.C.への疑惑も気にしなくていいと書かれていた。もちろんもっと詳細な文章で。

 その説明自体にはまったく訝しい点は無かったのだが、ルルーシュはそこである違和感を覚えた。
 記憶が消えてしまったら、その分を可能な限り補完しようとするのが当然である。にもかかわらず、メモ書き以上のことは調べても大した意味は無いといった旨が記されていたのだ。

 これだけで、ルルーシュは一定の事情を察した。

 記憶を消す前の自分が、メモを読んだルルーシュがそう理解すると予測した上でこのような書き方をしたのであろうということまで。
 要するに、深く追求すればおそらく何らかの形でクラリスに行き着くのだ。しかし消えてしまったルルーシュはそれを忘れた方がいいと判断した――そこまで読み取ることができた。

 だからルルーシュは調査を放棄したのである。

 無論、裏づけを取らなくても状況分析だけで予想できていることもある。というか、ルルーシュの優れた頭脳は、考えまいとしてもそういった部分を勝手に推測してしまう。
 とはいえ、どれだけ現状と見比べて齟齬の無い推論を組みあげられたとしても、客観的証拠がなければそれは想像の範疇を出ないのだ。頭の中だけで出来上がったものは、どうやっても事実にはなり得ない。

 ゆえに結局は、『詳しくはわかっていない』となる。

 ただ、それでいいと思っていた。妹を慮ったがためにの結果であることは、疑いようがなかったから。

「――どうしたの? 考え事? 必要なら相談に乗るけど」

「あぁ、すまない。大したことじゃないんだ。帰ったらナナリーが何かお祝いでも考えてるのかなって。そういうのやりそうだろ? あいつ」

「なら早く帰らなきゃね。なんなら今ここで引き返しても怒らないわよ」

「でも不機嫌にはなるだろ。だからって逆に喜んで送り出すって言われても困るが」

 クラリスを送っていくのもナナリーと家で話すのも、ルルーシュにとっては同じくらい大事なイベントだ。どちらか一方を選ぶよう求められても答えを出すのは難しい。

 今はC.C.がナナリーの相手をしてくれているからクラリスの方に来ているが、それがなければきっと逆転していたはずだ。とは言っても、これが百パーセントいつでも適用されるかというとそうでもなく、クラリスに十回誘われたらたぶん全部を断ることはできなかったと思う。
 もっとも、C.C.が家に居ない状態ならクラリスがそんな提案をすることなどあり得ないのだが。

 ともかく、ルルーシュにとってはナナリーもクラリスも同じくらい大切な妹だった。年齢も身体状況も違うから扱いに差は出るが、気持ちの面ではどちらが上ということもない。

「じゃあとりあえず歩くペースを上げましょうか。それなら私も送れるし、ナナリーもあんまり待たせずに――」

 そのとき、クラリスの言葉に被さるようにルルーシュの携帯が着信を告げた。ディスプレイを確認すると、見慣れた名前が表示されている。

「ナナリーからだ」

「どうぞ」

 促されて電話を取れば、耳に届いたのは聞き覚えの無い声である。

『ルルーシュ、ボクだよ』

「……誰だ?」

 ルルーシュは眉根を寄せた。電話越しの音声変化を考慮して記憶の捜査域を広げてみても、該当する相手は見つからない。

『キミは覚えてないだろうけど、ボクは一回キミに負けたんだ。殺されかけちゃってねェ。いや、キミは確実に殺したつもりでいたんだよねェ』

 訝っていたルルーシュの顔が一気に引き締まる。

『それがさァ、生きてたんだよ。ブリタニアの医学ってすごいよね。あんな状態からでももう動けるようになっちゃうんだから。詰めが甘かったねェルルーシュ、死体確認を怠るから』

「まさか、C.C.を奪いにきた――」

『そうそう、キミの書いたメモにあったでしょ。マオ。思考を読むギアス能力者』

 特定できた。記憶に無いのも当然だ。忘れてしまった相手なのだから。

 これで事態は把握できた。
 始末したはずの敵が死なずに生きていた。そしてナナリーから携帯を奪った。そういうことだ。

 ならば取るべき行動は一つしかない。

「用件を言え。ナナリーは無事なんだろうな?」

『――お兄様っ!』

 答えの代わりに妹の声が返ってくる。

『この通り、ナナリーは無事だ。キミ――いや、キミとクラリスがこちらの要求に従ってくれたら、何もしないよ。このまま無傷で返してあげる』

「貴様……!」

 クラリスまで巻き込もうというのか。

 怒りに目の前が染まる。だが熱くなっても事態は好転しない。交渉ごとでは先におのれを見失った方が負けだ。
 ルルーシュは努めて冷静になろうと呼吸を深く取った。

「……何が望みだ、C.C.か?」

『違うよ。C.C.のことはもういいんだ。だってココにいるから。考えを改めたんだよ、面倒な小細工なんて要らないって。やっぱりC.C.はボクが好きなんだから。変に回りくどいことなんて考えずに、始めからこうやってさらっておけば良かったんだ』

「なら何が目的なんだ! なぜナナリーをさらった!」

 語気も強く問い掛けるルルーシュとは対照的に、マオの口調は腹立たしいほど落ち着いていた。

『ボクはさァ、キミに『参ったー』って言わせたいんだよ。心の底からの声が聞きたいんだ。一回酷い目に合わされちゃったからねェ』

「ガキめ」

『挑発は通じないよ、キミの思考は丸わかりなんだから。とにかく、キミに反省してもらうための舞台はもう用意してある。これから教える場所に、今すぐクラリスと二人で来て貰えるかな? もちろん、アーベントロートの護衛は置いてね』

 ルルーシュは隣に立つ妹を見る。
 こちら側のセリフだけでおおよその事情を察したのだろう。クラリスは険しい表情で頷いた。

『わかってるとは思うけど、ボクは今キミの半径五百メートル以内にいる。考えは全てお見通しだ。もし余計なことをしようとしたら、ナナリーは死んじゃうよ。覚えといてね――』




 ◆◇◆◇◆




 マオはとある教会の礼拝堂、一番奥のステンドグラスの下で時を待っていた。死の縁へと追い込んで地獄の苦しみを味わわせてくれた憎き仇敵が、この場にやってくる瞬間を。

 無人の空間は蝋燭の明かりを思わせる控えめな照明でライトアップされ、幻想的な雰囲気を作り上げている。
 ざわざわと耳に届く雑音は、今この場に限っては、間近に迫った勝利を祝福する歓声のようにさえ感じられていた。

 今のマオに油断は無い。クラリスから得た知識で二度負けたことを知っており、さらに前回はこの身で実際に敗北したのだ。万全の状況を用意した。

 外から近づいてくる二人の男女の思考は、しばらく前から完璧に監視している。小賢しい策を弄する隙は一秒たりとも無かった。電話が終わった後すぐに護衛に待機を命じ、大人しくこの場に直行している。
 さらに言えば、クラリスの記憶は連続している。一度も途切れていない。先に対策を立ててギアスで忘れさせているということはあり得ない。
 閑散とした立地だから、元々少ない通行人がわざわざ目を付けて侵入してくる展開などまず起こり得ないし、関係者は先に始末してある。

 ならばもう負ける要素は無い。

 あの兄妹も知っての通り、思考を読むギアスは一対一の状況で最も力を発揮する。余人の付け入るスペースを与えない今回ならば完全に優位に立てる。
 クラリスのギアスはルルーシュと同じく目を見て掛けるタイプのもの。サングラスを装備したマオには通じない。
 枢木スザクのようなギアスを無視できるほどの超人的な身体能力は、あの二人には備わっていない。

 全ての環境が勝利を示唆していた。

 やがてギィと両開きの扉が開き、黒髪の少年とアッシュブロンドの少女が姿を現した。

「――ようこそ、泥棒ネコども!」

 マオは両腕を大きく開いて歓迎の意を表す。
 ルルーシュは軽く睨むだけでそれを無視した。

「貴様がマオか。下らない戯言に付き合っている暇は無い。ここまで来てやったんだ、さっさと話を進めろ」

「せっかちな男だねェ。でもいいよ、キミの焦りがビンビン伝わってくる。喋り方からも、心の声からもね」

 素っ気無い態度で隠そうとしても、マオには本音がわかる。ルルーシュの胸は焦燥で満たされていた。

 マオは軽く笑ってクラリスに視線を移す。
 隣に立つ兄と比べると、彼女の思考ははるかに冷静だった。しかしそれが事態を好転させる役に立たないということも正確に理解しているようだった。正しい認識だ。

「そっちの女は、焦ってるというよりは、半分諦めてるね。あとは、ちょっと怖がってる? さすが、頭のいい人間は少しの情報からでも簡単に答えに行き着く。その通り。キミが想定している内で一番可能性の高い未来が、そのまま正解だよ」

「御託はいいと言ったはずだ。ナナリーは何処にいる。無事なんだろうな」

「キミの大事な妹はこの教会の奥にいるよ。C.C.もそこだ。ただし、爆弾も一緒にね」

 眼差しをきつくするルルーシュを悠然と眺めながら、マオは懐に手をいれた。手のひらに収まる程度の小型の機械を取り出すと、一度上に投げてキャッチする。

「スイッチはこれ。遠隔操作で爆発するんだ。この部屋までは届かないけど、人ひとり殺すには十分な威力がある」

「――C.C.まで巻き込む気か」

「どうせ死なないんだ。多少怪我したって同じさ」

 もちろん血を流さずに済むならそれに越したことはない。けれど、逃げようとするなら撃ってでも止めなければならないとは元から思っていたし、それでも駄目なら四肢を切り落とすのも仕方が無いと考えていた。
 爆破くらい今更のことだ。

「とにかく、キミたちが不審な動きを見せたら――いやその前に、小賢しい策略を頭に浮かべたら、その瞬間ボクはこれを押す。ナナリーはドカンだ」

「……クラリス、そいつの言っていることは本当だ。信じられないかもしれないが、妙なことは考えるな」

 ルルーシュが青褪めた顔で口にする。クラリスは無表情で頷いていた。

 マオはフフンと鼻を鳴らす。滑稽でたまらない絵だった。
 何も言わずとも、クラリスは思考を読むギアスについての全てを把握している。記憶を消すのを許したりしなければ、こんな阿呆のようなセリフは出てこなかったというのに。

「バカだねェキミは。本当にバカだ、そんな女を信じて。自分がどれだけマヌケなことを言ってるのか、知らないのはキミだけだよ、ルルーシュ。でもその救いようのないバカさ加減に、ボクは負けちゃったんだよねェ。認めるよ。――だからさァ、今度はボクがそのバカさを使って、キミを滅茶苦茶にしてやりたいんだ」

 マオは起爆スイッチを持っていない方の手をコートの内側にやる。そこから一丁の拳銃を取り出すと、長椅子に挟まれた中央の通路に放り投げた。
 銃は床に敷かれた赤い絨毯の上に落ち、ゴトリと硬質な音を立てる。

「クラリス、それで自殺するんだ。そしたらナナリーを助けてあげる」

「なっ、貴様ッ!」

 ルルーシュが目を見開く。一瞬で意図を理解したようだ。

 マオにはどちらか一方しか助ける気が無い。

 クラリスが死ねばナナリーは救われる。クラリスが死のうとしなければナナリーが殺される。そういうことだ。
 なぜ両方殺さないのかといえば、それをやったらルルーシュに生きる理由が無くなってしまうからだ。自分で自らの命を絶ってしまう。
 妹を喪った上で生きて苦しんでもらわねばならないのだ。

 だがまだ甘い。そんなことでは終わらせない。それだけで許せるなら、もっと簡単にマオが直接片方を殺している。

「ねぇ、聞こえないの? 早く拾ってよ、その銃。小難しい手順は要らない、引き金を引けば弾は出るからさ」

 促すと、クラリスは特に大きな反応を見せないまま、神妙な顔で足を踏み出した。銃の落ちた場所まで行き、床に手を伸ばす。
 細い指がグリップに届く寸前、マオは声を掛けた。

「はい、一回」

 クラリスの肩がビクリと震えた。

「今キミはそれでボクを撃つ隙を窺おうとしたね?」

 全てが見通せていた。
 実際に対面したことの無かったこの少女は、思考を読む速さ、そして思考を読んでから行動に移るまでのタイムラグを測ろうとしたのだ。そして可能なら出し抜こうとしていた。

 だが彼女はこれで理解した。それは不可能だと。

「これがボクのギアスだよ」

 撃つ瞬間だけを読むのではなく、撃つという行動に至る前段階の予兆までをも読む。
 何処を狙うかを読む前に、まず殺意があるかを読み、その前に殺意が生まれ得る下地があるかを読む。そういった積み重ねにより、予めの対応を可能とするのだ。

「キミが引き金を引くより、ボクがスイッチを押す方が早い。二回目は無いよ」

「……わかったわ」

 深く頷いた少女の白い手が、今度こそ銃把を握った。

「待てクラリス! 早まるな!」

「邪魔しちゃいけないよルルーシュ。キミは黙ってそこで見ているんだ。一歩でも動いたら、ナナリーを殺す」

 マオの言葉を聞き、ルルーシュの顔が憤怒の色に染まる。

 聡明な少年の複雑なはずの思考回路が、わけのわからない支離滅裂な何かに浸食されつつあるのを、マオは心地良く感じ取っていた。
 窮地を脱するためのシミュレーションを何度も何度も高速で繰り返し、そのたびにエラーを吐き出している。だんだんとその試行は現実味の薄い方向に発展していき、さらにそれがいかに馬鹿げた設定であるかが自分で理解できてしまうから、進むことも戻ることもできずに混乱し始めている。

 普段のルルーシュであればそれが逆に思考能力を減退させるだけの愚行だとすぐに気付いただろうに、妹の命が掛かっているというだけでやめることができない。事態を打開せねば、という思いが強すぎるのだ。

「クラリス、ここまで来るんだ。そしたらルルーシュの方を向け」

 マオの指示に従って立ち上がった少女は、銃を持ったまま礼拝堂の奥まで進んだ。静かに振り向いて兄と向かい合う。

 そこまでを確認すると、マオは一歩横に引き、芝居がかった身振りで宣言した。

「さァ、刑の執行を始めよう!」

 これで準備は整った。ここから最後の一手を指すのだ。

 ルルーシュはもう一刻の猶予も無いと考えているが、実はそうではない。このままでは進まないし、よしんば進んだとしても面白くない結果になる。
 なぜなら、クラリスの兄妹に対する感情が常識的な範疇に留まっているからだ。ナナリーを大事に想ってはいるものの、その度合いはルルーシュのそれとは大きく異なる。自分の命を容易く犠牲にできるような精神を持ち合わせていない。

 妹のために死ねるかと訊かれれば、迷った末にノーと答える――クラリスはそういう人間だ。

 ゆえに後押ししてやらねばならない。彼女が命を絶てるように。
 単純な利害計算でナナリーを見捨てるべきとの結論を下す前に、彼女の価値観を粉砕してやらねばならないのだ。

 ステンドグラスの前に立つ少女を視界の中心に置き、マオは歌うように軽やかに話し始めた。

「仮面ってのは、元来何かの役になりきるために被る物だ。真実の自分を覆い隠すためにね。わかるだろう? クラリス」

 まっとうな人間なら誰にでも、見られたくない自分、他人に見せたくない部分というものがある。それは綺麗なものであれ醜いものであれ、心の中で一番大切にされている領域であり、他人が土足で踏み込んでいい場所ではない。
 だから人は仮面を被るのだ。その本質とも呼ぶべき自己を護るために。

 『心を開く』というのは、この仮面を自ら取り去ることを指す。それは本当に特別な相手に対してのみ行われるべき崇高な行為であり、ゆえにこそなかなか達成されることがない。

 だがマオは、この仮面を問答無用で剥ぎ取る力を持っている。

 それこそが思考を読むギアスの真骨頂であり、同時に最も恐るべき点である。

 無言で佇むアッシュブロンドの少女に向けて、マオは言う。

「キミはさァ、クラリス・ヴィ・ブリタニアって素顔の上に、いろんな仮面をつけてるよねェ。友達に見せる顔、護衛や使用人に見せる顔、偽りの両親に見せる顔。けどそれは全部クラリス・アーベントロートとしての仮面でさ、その内側には、兄妹を大切に思うクラリス・ヴィ・ブリタニアとしての自分を持っている。それは覆しようのない、キミの本質とも言える部分だ。キミとどれだけ深く付き合っても、そこはきっと誰も疑えない――」

 一旦言葉を切り、イヤらしく口の端を釣り上げる。

「――キミは嘘が上手いから」

 マオのギアスはクラリスの内面を完全に暴いていた。

 彼女の仮面は硬い。完璧だ。それはとりもなおさず、中にしまわれている物が、それだけ厳重に守られねばならないということでもある。

 ――つまりクラリスは、仮面を破壊されたら際限なく転がり落ちるタイプの人間だ。

 マオは立ち尽くす少女から視線を外し、教会の中をゆっくりと歩き始めた。

 ルルーシュはその様をただ見ていることしかできない。彼の頭は絶望に支配されかけている。一旦駄目だと破棄した試行を、無駄だと知りつつさらに反芻する――そんなことしかできていない。それもひどく遅いスピードで。

 浮かんでくる笑いの衝動を抑えながら、マオは続けた。

「そう。違うんだよね。嘘なんだよねェ。キミの場合、本質を築く土台になってるクラリス・ヴィ・ブリタニアっていう自分がもう、仮面なんだ」

 おのれがクラリス・ヴィ・ブリタニアとしてこの世にあると認識した瞬間から、彼女の自我は確たるものとして既に存在していた。別の人間のものとして。この世界が辿るであろう未来の知識と共に。
 それが彼女の不幸の始まりだった。そこに拍車を掛けたのは、身分に相応しい、賢明すぎた頭脳である。

 家族に対する愛情が生まれるより先に、自分という立場の人間が背負うべき義務というものを正しく理解してしまっていた。それが容易く放棄できる類のものではないということも。

「皇族としての自分、ルルーシュとナナリーのきょうだいとしての自分。臣民に、世界に対しての責任を負わなきゃいけない自分と、家族を愛する自分。キミの中では常のその二つの自分が危うい均衡で揺れ動いている。ルルーシュみたいに盲目的に家族だけを求められたらよかったのにさ、キミの精神は、そう簡単に考えられるには、少し成熟しすぎてた」

 こつこつと一定のリズムで足音を慣らしながら、マオはなおも話し続ける。

「だから全てを知っていても何も決められない。数十億の命を犠牲にしてきょうだいを救う覚悟も持てないし、きょうだいを救うために世界の人々を見殺しにする覚悟も持てない。『詰まないようにする』なんていう消極的な方法でしか世界に関われない」

 マオは足を止め、少女にニヤリと笑んで見せた。

「でもさァ、いいじゃない、悩まなくても。キミはそもそもクラリス・ヴィ・ブリタニアなんて人間じゃないんだから」

 その一言を告げた瞬間、パキリと、仮面のひび割れる音が聞こえた。

 アメジストの瞳が揺れる。視線の焦点がぶれる。

 釣られるようにしてルルーシュの心が激しく動揺していた。
 今やマオの言葉も耳から入ってそのまま素通りしているような状態だ。咀嚼も吟味もできていない。
 思考を読むギアスが他人を操れる側面を持つものだと悟っているために、掛けられる一言一言がクラリスを自殺へといざなうカウントダウンとしての性質を帯びたものなのだとわかってしまう。話の内容より、マオが口を開く度に妹が死に近づいていく――単純なその事実の方が重すぎるのだ。

「そう、知っているよ、クラリス。期待しているだろう。キミはボクがこうするのを期待していたね? こうなる可能性を考えながら何の対策も立てなかったのはなぜだ? そうだ、この展開を望んでいたからだ」

 クラリスは、マオが生き延びてこういった行動に出る未来を、たしかに想定していた。その上で放置していた。ただしそれはほんのわずかな確率としてだ。
 だがその事実だけで十分なのだ。マオのギアスはどんな小さな心の闇でも大きく成長させ得る力を持っているのだから。

「そして今も、ボクが言葉を掛けるのを待っている。決定的な言葉を。わかるよ。全部わかる。キミの考えは全て。キミは自分で決心できないから、ボクに引き金を引かせようとしているんだ」

「……そんな、ことは――」

「あるさ。そんなことはある。それが事実だ。知ってるだろう? ボクはキミの心が読めるんだ。深層意識まで」

「……違う」

 クラリスがこぼした弱々しい声には、何の力も篭っていなかった。ただ単に口から漏れただけ。それだけのものでしかない。

「違わないよ。だったらなんでエリア11に来たんだ? 何にもしたいことなんて無かったはずなのにさ。要は死にたかったんだろう? でもそれは悪いことじゃない。正しい考えだ。それで楽になれるんだから」

 マオは囁くように言い続ける。心の隙間を埋めるように。

 本人が目を背け、見ずとも構わないと放置している空隙の形を正確に読み取って、ぴったりと嵌るどす黒い塊を流し込むことができる――それがマオのギアスだ。
 人としての心を持つ限り、その悪魔めいた甘言に抗うことはできない。

「その銃を使うんだ。それで終わりだ。もう何も考えなくていい。何も迷わなくていい。キミはすべての重荷から解放される。あるべき自分に戻れるんだ」

「……あるべき、わたし――」

「大丈夫だ。これは無駄死にじゃない。キミの犠牲でナナリーが助かるんだから」

「ナナリー……。そう――ナナリー、助けなきゃ。わたしが」

 拳銃を持つクラリスの腕が震えながら上がっていく。鉛の弾丸の発射口が白い喉に向けられた。
 繰り返される呼吸が荒い。色を失った唇の奥でガチガチと歯が鳴っていた。

「――だめだ! やめろクラリス! お前はそいつに誘導されているだけだ!」

 扉の前に立つルルーシュが片手を伸ばし、たえきれぬように叫んだ。

「あれ? いいの? そんなこと言っちゃって」

 マオはニヤニヤと笑いながら起爆スイッチを見せびらかす。

「ねェ、本当にいいの? クラリスを止めちゃって。可愛い可愛いナナリーが死んじゃうよ?」

 ルルーシュは屈辱に歪む顔で床に膝をつき、両手を付いた。そして肘を曲げ、頭を垂れる。絨毯に額をつけ、搾り出すように言った。

「マオ、わかった……俺の負けだ! 俺の命ならくれてやる、だから、だから二人を……! 二人を助けてくれ……!」

「駄目に決まってるでしょ? キミは最初から自分の命を一番軽く見てるんだ。全然つりあわないよ」

 マオは知っている。ルルーシュは過去、会釈以上に深く頭を下げた経験が無い。その彼が土下座である。いかに追い詰められているかがわかる。
 心の声を聞けばさらに磐石だ。ルルーシュは本心から敗北を認めている。

 マオは笑いを堪えるのに必死だった。
 C.C.を奪った上に、あの日ビルの屋上で電話越しに散々小馬鹿にしてくれた挙句、死の一歩手前まで追い込んでくれたこの少年が、心の底から許しを請うているのだ。
 これが笑わずにいられようか。

 だがまだだ。まだ余力を残している。

 本当に状況を変えたいのなら、使えばいいのだ、人の意思を捻じ曲げる力――ギアスを。それでクラリスは助かる。無論、それは同時にナナリーの死を免れ得ぬものと確定させる行為なのだが。

 だからこそやらせたい。

 このまま終わってはマオがクラリスを殺したことになってしまう。ルルーシュ自身が愛のために自らの手で愛する妹を殺める。それが達成されてこそ、完璧な復讐を果たしたと言えるのだ。

 マオは顔面蒼白で立ちすくむ少女に向けて、呪文のように囁いた。

「何をしている。早く撃て。そうだ、死ねば戻れるかもしれない。こんなつらい決断を強いることのない、安らげる場所に。元いた世界に」

 クラリスの指が引き金に掛かる。血の気を失った唇が小刻みに震えていた。

 ルルーシュの耳にはもはやマオの声は一切届いていない。大きく見開かれた紫水晶の瞳が映すのはただ一つ、処刑台に立たされた妹の顔だけだ。

 あと一歩で陥落する。マオは確信した。

 ルルーシュの思考は完全にぐちゃぐちゃだった。普段の冷静さなど欠片も残っていない。だがクラリスを助けたいという考えだけはその中で明確な形を保っている。それこそが愛なのだろう。そしてそれゆえにルルーシュは限りない絶望を味わうのだ。

「さァ、はやくその引き金を引くんだ。それで全部元通りだ」

「やめろ! やめろ、死ぬな、クラリス! クラリス――」

 ルルーシュは唇を戦慄かせ、虚空を見据えるクラリスの目に視線を合わせる。

 そして大きく息を吸い、叫んだ。

「『――――!』」

 言った。ついに言った。ギアスを掛けた!

 ルルーシュは自らが忌むべきと認識している力をクラリスに使い――それによってナナリーの死刑執行書にサインしたのだ。
 比喩など一切無く、まったくの事実として、今のルルーシュは死ぬよりつらい目にあっている。本人がそう思っている。心底からそう感じている。

 こんなに愉快なことは無い。これほど痛快なことは無い。

 本当に気持ちが良かった。最高の心地だった。まさに天にも昇るような気分だった。

 その気分のまま――。

 マオの手から起爆スイッチが吹っ飛んでいった。




 ◆◇◆◇◆




 いったい、これは何だ? 今何が起きた?

 ルルーシュには、今目に映っている光景が信じられなかった。しかしそれは紛れもない現実だった。

 クラリスの手には銃。彼女の腕はまっすぐに伸ばされていた。最前まで不快な言葉を撒き散らしていた少年の腕へと。
 包帯の巻かれた彼の手の中にはもう、ナナリーの命を脅かしていた爆弾のスイッチは無い。銃弾を打ち込まれた衝撃によって飛んでいったのだ。

 一拍遅れてマオは驚愕に目を見開く。何が起きたかわからないという顔だった。間髪入れずに起きる再度のマズルフラッシュ。
 さらに立て続けに銃声が鳴る。一度、二度、三度。
 理解させる間も与えず、宙を走った弾丸は全て残らずマオの胸部に吸い込まれた。

 クラリスは先ほどまでとは打って変わったひどく冷めた顔をして、崩れ落ちる白いコートの少年に歩み寄る。そして何事かを言おうと唇をわななかせるマオの顔面を踏みつけて固定すると、その頭部に最後の銃弾を撃ちこんだ。

 誰が見ても疑いようもないほど明確に、マオは死んだ。あまりにも呆気ない幕切れだった。

 おそらく彼は自分が撃たれるとは微塵も思っていなかったのだろう。
 当然だ。人の思考が読めるのだから。あの状態のクラリスにマオを殺す意思などありはしなかっただろうし、ルルーシュにもクラリスに撃たせる気はなかった。

 こんな結末は予想しておらず、もちろん望んでもいなかった。

 だが現実は無情に、ルルーシュに受け入れ難い結果を突きつける。
 おそらくこれは望み得る――いや、望み得ないほどの最上の結果だったのだろう。あの状態から妹二人が助かる方法はどうやっても見つけられなかった。

 しかし、そんなこととは関係なしに、目の前の光景が途轍もない重みで胸に圧し掛かっていた。

 そう。
 マオは死んでいた。完璧に、明白に、死体になっていた。

 ――妹を殺人者にするつもりなど、これっぽっちも無かったというのに。

(何だ、これは……? 馬鹿な。なぜだ。何が起きた? 俺は、何をした……?)

 どちらが大切だったというわけではない。どちらの命が重かったというわけでもない。どちらかを選んだつもりも無い。
 ただ単に、目の前で命を絶とうとしている妹を死なせたくなかった。生きていて欲しかった。
 ただそれだけだった。

 それだけを思って、ルルーシュは叫んだのだ。

 ――『生きろ!』と。

「……クラリス、お前、何で――」

「ルルーシュ、私は生きなければならないわ」

「それは……わかる」

 誰よりもよくわかっている。おそらくクラリス本人よりも。ルルーシュこそがそのギアスを掛けた張本人なのだから。

 だからこそわからない。
 ルルーシュの告げた命令は『生きろ』であって『撃て』でも『殺せ』でもない。ギアスの強制力は絶対だ。掛かってしまえば他の行動など取れるはずがない。

 考えられる可能性としては、『生きる』という目的にマオの殺害が必要不可欠だった場合である。そこまでは推測できた。その先、どう繋がってこの結果をもたらしたのかが、ルルーシュにはわからなかった。
 自殺を断念すればそれだけで達成できる命令だったはずなのだ。

「……クラリス、どうして、そいつを……?」

 呆然としたまま、ルルーシュは訊く。

「決まっているでしょう。私が生きる上で障害になるからよ」

「生きるって、お前……」

「わからない? 貴方も感じていたんじゃないかしら、『今の自分は死んでいる』と」

 ルルーシュは息を呑んだ。唐突に理解した。

 クラリスは『死んでいた』――自分を死人と認識していたのだ。ギアスを得る前のルルーシュと同様に。
 だから『生きろ』のギアスで在り方そのものが変わってしまった。その結果がこれだ。

 つまりルルーシュは、彼女の一番深いところ――クラリスの根本にある何かの錠前を、無理やりこじ開けてしまったのだ。

 相手の意思を踏みにじる、忌まわしきギアスの力によって。

 微動だにできずただ妹を見つめるだけの少年に、凛とした声が掛かった。

「『ごっこ』は終わりよ、ルルーシュ。死人の振りなんかもうやめるわ。私はクラリス・アーベントロートじゃない。クラリス・ヴィ・ブリタニアとして、この世界を変えて見せる」

 アッシュブロンドをなびかせて振り返り、力強く宣言したクラリス。きりりと引き締まった表情には、なるほどこれが皇族かと言わしめる風格が漂っている。何人たりともそれを否定できないだろう。

 しかしルルーシュにだけは理解できていた。見逃すことなどできはしない。目をそらしたりなどできるはずがない。
 それこそが、おのれの罪の証なのだから。

 ――決然とした意志の光を宿すアメジストの輝き。愛する妹の瞳の中には、ギアスに支配された人間特有の、目に見えぬ濁りとでも言うべき何かが、たしかに存在していた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024020910263062