『――マハザンマ!』
『――マハラギオン!』
仲魔の放った衝撃波と炎を隠れ蓑にして、九峨は一気に吸血鬼との間合をつめた。
ロキを相手にするのは、流石に骨が折れる。ならば、召喚者である吸血鬼を倒してしまえばいい。
今までの戦いの経験からして、接近戦では九峨に分がある。九峨自身の人類の限界に挑戦している身体能力に加えて、吸血鬼に武術の心得が無く力任せな戦い方しかしないためだ。
故に一気に畳み込んで勝負を決める。それが九峨の策だった。
火炎の幕が開けた瞬間、九峨は大きく踏み込んで吸血鬼へと右拳を叩き込む。
『……無視はいけねえなあ。遊び相手はオレだぜ人間?』
だがその拳は、割り込んだロキの手にあっさりと絡め取られた。
「チィッ!」
『おっと』
右拳を引き、体をひねった勢いのままに蹴りを放つ。しかしそれをロキは半身を反らして避け、続けざまに放った回し蹴りと前蹴りもすかされる。
『いっくぜぇセンリ!』
『承知!』
九峨とロキの攻防の隙に、チュルルックとセンリが攻撃の態勢を整える。
『――アギダイン!』
『――ザンダイン!』
そして放たれたのは、火炎と衝撃波の最高位魔法。
『ハハッ! 中々すげえじゃねえか! ――ブフダイン!』
だがそれも、ロキは身を引いて避け、氷の一撃で相殺する。
『じゃあ、これはどうだ?』
そして間合が開いたのを見るや、嫌らしく顔を歪めて呟いた。
『――アイオンの雨』
瞬間、世界が白く染まった。
・
・
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満身創痍。それが今の九峨の状態だった。
サングラスは当の昔に砕け散り、黒いスーツは血に塗れ、左腕は既に使い物にならない。
対する吸血鬼とロキは、無傷で九峨たちを見下ろしている。
たった一撃。魔王ロキの放ったたった一撃でライジュウとパピルザクは消し飛ばされ、チュルルックは辛うじて生き残ったが、肝心の回復役であるセンリが氷付けにされて身動き一つできない。
何の冗談だと、笑う事すらできやしない。
「……この力、魔王とはいえ強すぎる。本体に限りなく近い分霊と言った所か。何故おまえのようなガキに、そんな上魔が使役できている」
「使役はできてねえんじゃねえか? こいつ俺の言う事なんざ聞かねえし」
『ハッ。当たり前だろ。俺は俺が愉しいと思ったことしかやらねえぜ?』
吸血鬼とロキのやり取りを聞いて、九峨は理解した。
本人の言う通り、ロキは吸血鬼の支配下に無い。自我を持っている以上、召喚には成功している。しかし吸血鬼の器をロキが上回っているのか、召喚しただけで制御下から離れてしまっているのだ。
普通のデビルサマナーならば、こんないつ自分に牙を剥くとも知れない仲魔など使わない。だが吸血鬼は普通では無い故に、ロキを呼び出して好き放題させているのだろう。
「……」
九峨は無言で懐から煙草を取り出したが、ライターがひしゃげて使い物にならなくなっているのを確認し放り捨てた。
まったく打つ手が思い浮かばない。接近さえすれば、魔王だろうと殴り殺す自信があるが、ロキがそれを許してくれるはずが無い。
逃げたとしてもロキの性格だ。間違いなく追いかけてきて、猫が鼠をいたぶるようにトドメをさしてくれるだろう。
『何だ? 諦めたのか? つまんねえな。もう殺すぜアヤメ』
「……好きにしろ」
片目を歪めて言うロキに、吸血鬼もつまらなそうに視線を反らして答える。
『ま、来世があったら頑張れや――マハブフダイン』
瞬間、九峨たちの周囲が凍土に包まれていく。
ここまでか。九峨が諦めたその時、場に合わない少女の声が響き渡った。
『――マカラカーン!』
『なっにいぃ!?』
突如現れた魔法壁が、九峨たちを覆うとしていた冷気を押し返した。
血相を変えてその場から離れるロキ。そして間髪いれず、その場を巨大な氷の柱が支配した。
『あっぶねえな。人の邪魔をしちゃいけませんて習わなかったのかお嬢ちゃん』
『アンタこそ。人の嫌がることをしちゃいけませんて習わなかったの?』
ロキの悪態に応えたのは、白いドレスを纏った少女――ピクシーだった。
そのピクシーを守るように白銀の騎士クー・フーリンと、主であるアキラが立っている。
「大丈夫ですか九峨さん?」
「……深海か。無事とは言いがたい」
サングラスを失い、どこか威圧感の減った九峨を見て、アキラは頷いた。
「深海。来てくれた所悪いが、戦力的に絶望的だ。逃げろ」
「そういうわけにも。クー・フーリンでは足りませんか?」
「……せめてあと一体は上魔が欲しいな」
クー・フーリンはアキラが使役している事がおかしいくらいの、神話の時代の英雄だ。しかしそれでも、神にして魔王であるロキ相手では分が悪い。
「……上魔ではないですけど、それなりに強いのを呼びます」
「居るのか?」
デビルサマナーになったばかりのアキラに、クー・フーリン並の仲魔がもう一体居る。
その事を九峨は疑問に思ったが、その答えはすぐに出た。あまり嬉しくない方向で。
『――呼ばれて飛び出たぞアキラ!』
アキラがGUMPを起動し、召喚陣の中から飛び出して来たのは、青い肌に赤い毛皮を纏った巨人――妖精トロールだった。
確かにそれなりに強い。それなりに強いのだが、まったく頼りになりそうにないのは何故だろうか。
『ギャハハハハハッ!? と、トロールっておまえ! そんな頭空っぽの力馬鹿呼んでどうすんだよ!?』
『なんだとオマエ! オレの頭には夢が一杯詰め込んであるんだゾ!?』
馬鹿笑いするロキ。それも仕方が無いだろう。
トロールはロキの言う通り頭が弱く、知恵のある弱者に翻弄される事が多い。
北欧神話にも登場し、トールにトロール狩りと称して狩られたりしていたはずだ。ロキからすれば脅威でもなんでも無い存在には違いない。
「また妖精か。どういう縁だ」
「……このままだとクー・フーリンの後輩になりそうな程の縁です」
「……おまえは本当に現代人か?」
クー・フーリンの後輩。妖精の騎士になりそうだと聞いて、九峨は胡乱な目をアキラに向けた。
薄々気付いてはいたが、この青年は根っからの一般人というわけでは無かったのだろう。むしろ自分などよりも、よっぽど深く異界に踏み込んでいるらしい。
『あー笑った笑った。でもやる気はでねえなあ……。うん。もう俺帰るわ。じゃあな!』
「ばっ!? 待てロキ!?」
興が削がれたのか、突然戦線を離脱するロキ。それに九峨は眉をひそめたが、これまでのやりとりでロキが吸血鬼の制御下に無い事を知っていたため、あまり深くは気にしなかった。
吸血鬼が焦っている事からしても、本当にロキはどこかへ行ってしまったのだろう。
そう九峨は判断したが、吸血鬼がロキの勝手な行動に焦っているのは確かだが、その理由は九峨の予想とはまったく異なるものだった。
ロキはこの街で起きている事件になど興味は無かった。
ただ並の人間より少しばかり強い連中が集まっている。それだけで彼にとっては遊び場として十分であり、敵について詳しく知る必要性も感じていなかったのだ。
だからロキは悪手を取った。
離脱したふりをして、姿を隠し、嘲笑うように奇襲を行った。
相手がこの街で最も奇襲が無意味な存在だと知らずに。
(まずは女!)
狙うのは珍種の妖精。じわじわと嬲って、召喚者と騎士が屈辱に顔を歪めるのを眺めてやる。
そんな事を考えながらロキはピクシーの背へと襲いかかり――
『――なっ!?』
――クー・フーリンのゲイボルグにその身を貫かれた。
「本当に……ガキみたいな魔王だな」
アキラの言葉に、ロキはニヤリと笑って返す。
この場に及んでも、ロキには焦りは無い。魔槍の貫かれたのは確かに失態だが、この程度で死ぬなら彼は魔王などと呼ばれていない。
自分はまだまだ追い詰められてなどいない。そんな自負と慢心があったから、ロキはまたしても油断し最悪の状況に追い込まれる。
「……」
槍を突き出したクー・フーリンの腕に沿うように、彼の背後に居たアキラの腕が伸びた。
その手に握られた物を見て、ロキは笑った。そんな小さな銃で、一体何をするつもりだと。自分を殺したいのならば、メギドファイアでも持って来い。
避けるまでも無い。そう判断したロキはアキラが引鉄を絞るのを何もせず見つめていた。
結果。辺りにドカンと大砲でも撃ったような爆発音が木霊した。
『ガアァッ!?』
その音量に比例するように、ロキの体を大きな衝撃が襲った。魔槍に刺さった体は衝撃と共に後方へと投げ出され、体勢を立て直す事もできず宙を舞う。
それを追うように、アキラはクルリと一回転しながらクー・フーリンの前へと躍り出ると、右手を突き出してM686の照準を吹き飛ばされていくロキへと定める。
一発。
二発。
三発。
四発。
五発。
立て続けに引鉄が引かれるたびに、拳銃には不似合いな爆発音が響き渡り、ロキの体が宙を跳ね回る。
『ガハッ!?』
ようやく空のダンスを終え、地面に叩きつけられるロキ。
ダメージは甚大だ。一発だけならまだまだ余裕があったが、立て続けに六発。人畜無害な顔をしている癖に、情けも容赦も無い。
だが彼は魔王ロキ。確かに深手を負ったが、数秒もあればすぐに動けるようになるだろう。
そう確信し仰向けに転がったロキだったが、その眼中に認めたくないものを入れてしまった。
『オシャレにあの世いきだぞ!』
『よりによって手前かよ!?』
いつの間にか顔を出していた月を背に、空から落ちてくるトロール。
神話の時代から、ロキが馬鹿にし続けていた妖精が、彼を目がけて落下していた。
『――メガトンプレス!』
『ゴハアァッ!?』
トロールの巨体にロキは押し潰された。
口からは空気と共に血が溢れ、体はトマトみたいに潰れて地面に血溜まりを作った。
『……よ、よりによってトロールなんぞに……』
『あら? じゃあトドメは私がさしてあげる』
無邪気な少女の声がして、ロキはゆっくりと顔を横に向ける。
『……』
にっこりと笑う妖精の少女。数々の美女を見て来たロキだが、この少女ほど眩しい笑顔は見た事が無い。
『――ジオダイン!』
あ、こいつ悪魔だ。
満面の笑みで雷撃を放つピクシーを見て、そんな事を思いながらロキは現世から姿を消した。
◇◆◇◆
悪魔全書
・妖精 トロール
スカンジナビアに住む巨大な妖精。巨人と描写したが、アース神族と敵対していた巨人族とは別の存在。
元々はもっと巨大だったらしいが、体が小さくなると共に力も弱くなったらしい。
ちなみに真3ではロキの宝物の番人をしている。ロキの宝を盗み出した主人公を見つけ「オシャレにあの世行きだぞ」という名言を残した。
・魔王 ロキ
言わずと知れた北欧神話におけるトリックスター。
フェンリル。ヨルムンガンド。ヘルと言った怪物たちの父であり、オーディンの駆る八本足の馬スレイプニルも彼が生み落とした。
アース神族と巨人族のハーフとして生まれ、自らも巨人族の女性を妻にする。
オーディンと義兄弟の契りを交わし、トールと仲良く喧嘩しながらアース神族と共に暮らしていたが、とある巨人族の女と出会った事でロキの運命は大きく変わる。
巨人族の女の死を期にアース神族と袂を別ち、神々の黄昏ラグナロクではアース神族に敵対した。
ラグナロクの際にはヘイムダルと相打ち最期を迎える。
ソウルハッカーズ仕様だと銃に強いのだが、気にしてはいけない。きっとこの作品では真シリーズ仕様だ。
と思ったら真1の魔神ロキも銃に強かった。
敵として出ない(敵は銃撃を使わない)のに何でそんな相性になってんだよもうどうにでもな~れ☆