病院とは人が生まれる場所であり、人が死ぬ場所でもある。
特に近代に入り、誰でも当たり前に医者にかかれるようになってからは、それが顕著になっている。例えそれが突発的な事故であったとしても、死に瀕した人は病院へと担ぎ込まれる。
実際には死んだ人以上に多くの人が救われているのだろう。しかしそれでも病院に死のイメージが付きまとってしまうのは、自分が死を良くも悪くも大きく捉えすぎているためだろうかとアキラは悩む。
少なくとも、他人とは言え人の死を何度も見届ける事など自分には出来無い。数年ぶりに再会した医者志望の友人の顔を思い出しながら、そう結論した。
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誰も言葉を発することができなかった。
その場に居る人間の息遣いすら聞き取れる静寂の中、アキラとヒメ、そしてアヤは白い部屋の中……病院の一室に居た。
「……」
アヤが無言で見下ろす先には、ベッドに横たわったゲンタが居た。
ゲンタも同じく無言。いや、もうその口が言葉を紡ぐ事はないだろう。既にゲンタは息をひきとっていた。
「……アキラくん。しばらく二人きりにさせてあげよ」
「……はい」
ヒメに促され、アキラは部屋から出る。一度だけ振り返って見たアヤの後姿は、普段より細く見えた。
「アヤさんは大丈夫でしょうか」
部屋から出るなり、小声で発せられたアキラの言葉に、ヒメはしばらく考える様子を見せた後溜息をついた。
「大丈夫やないやろ。おばちゃんが亡くなったんが一年前やのに、続いておっちゃん。本当、人が死ぬ時ってなんでこう連鎖的に死ぬんやろ」
そう言って首を振るヒメにも、いつもほどの明るさは無かった。
アキラは知らない事だが、ヒメにとってゲンタは剣の師であると同時に、親としては決して褒められる人間ではなかった実父の代わりのような存在でもあった。外見に似合わない訛りも、ゲンタからいつの間にかうつったもの。ヒメの中でも、ゲンタが占める割合は大きい。
「まあしばらくは通夜やら葬式やらの準備で、悲しむ暇も無いやろうけど。そういう意味では、宗教云々抜きでもよく出来た制度やわ」
そう語るのは、ヒメ自信に経験があるからだろう。ヒメの両親も、既にこの世を去っているのだから。
アキラ自身は自分の父が亡くなったときの事はよく覚えていない。覚えているのは涙を浮かべながらも笑おうとする母と、金色の髪の……
「……え?」
見たことの無いはずの光景が頭をよぎった。
背の高い草と、太陽を隠す木々の枝葉。ぽっかりと開けた場所には魚の泳いでいない湖が広がり、その周りには――
「どしたんアキラくん?」
「え?」
ヒメの声に呼び戻され、浮かんでいた景色は消えていった。しかしそれをアキラは覚えている。覚えていなかったそれを思い出した。
「所長。神隠しって実際にはどういう現象なんですか?」
「いきなりどしたん? 神隠し言うたら……現実的な事は説明せんでも知ってそうやけん省くとして。神域、つまりは常世とかあの世みたいな別世界に迷い込んだりとか、あとは天狗とか隠し神みたいな妖怪に連れ去られるとかやね。アキラくん神隠しにでもあったことあるん?」
「……はい。よく覚えてませんけど、父の葬式の後に半日ほど。周りの大人は単に迷子になったと思ったみたいですけど」
「ふーん。まあ戻って来れたんはラッキーやったね。浦島太郎ほどではなくても、数年行方不明になったり一生戻って来んかったりするし」
確かにそれは幸運だったのだろう。しかし断片的に思い出してしまったそれは、アキラに言いようの無い焦りを感じさせた。
確かに誰かと会い、誰かと話した。そしてそれはとても重要な事だった気がする。
「ああ、あとイギリスでは神隠しの事「妖精の国に行った」て言うらしいね」
それを聞いたアキラは反射的に肩に座る妖精に目を向ける。それに対しピクシーは不思議そうに首を傾げてくるだけ。
思い出したようにヒメが付け加えた言葉。それがアキラには真実のように思えてならなかった。
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「九峨さん生きとる?」
「洒落にならない問いだな」
アキラがヒメについてやって来たのは、病院の奥の奥にある一室。そこには病院着を纏い、ベッドの上で上半身を起こしている男がいた。
アキラはヒメが名を呼ぶまで、それが誰なのか分からなかった。
九峨自身と顔をあわせた機会が一度しかないというのもあるが、何より病室でベッドに腰かけた目の前のタレ目の男と、黒いスーツに身を包みサングラスをかけた男のイメージが一致しなかったのだ。
「それに不謹慎だ赤猪。実際に死んだ奴がいる以上、そういった冗談は言うべきでは無い」
「固いなあ九峨さん。私がおっちゃん死んだの気にしてないとでも思たん?」
「……なるほど。俺の方が無神経だったな。後ろに居るのがおまえの弟子だったか?」
「はい。深海アキラです。表の仕事の方でも所長の手伝いをさせてもらっています」
話題を帰るためか、九峨が視線をアキラへと向けながら問う。
不思議な目だとアキラは思った。その目は決して鋭いものでは無いのに、見られると何かに狙われているように落ち着かない。しかし目を合わせてみると、そこにはどこか他者を慈しむような温かみがある。
「なるほど。若い割にはしっかりしている。旧家の跡取り連中には良い指針になるかもしれん」
「何で分かるん?」
「目を見れば全て分かる……とは言わんが見た目だな。見た目がだらしないのに中身がしっかりしている奴は稀にいるが、見た目がしっかりしているのに中身がだらしない奴は珍しい」
「んな安直な……」
九峨の言葉にヒメは呆れたが、アキラからすればある程度納得できる言葉だった。
元々ファッション等に興味の無いアキラが服装に気を使い始めたのは、人間の第一印象がどうしても見た目で決まってしまうと実感したからだった。
ある意味では、九峨の判断がアキラの努力に意味を持たせたとも言える。
「それで、何があったん?」
唐突にヒメが発した言葉に、病室の空気が変わる。
「……吸血鬼を追い詰めたまでは良かったが、そこに妙な連中が現れた」
「妙な連中?」
「白装束に布で顔を隠した女だ。最初は一人だったが、何処に隠れていたのかいきなり増えた」
「それは妙な連中やね」
「数は全部で七人。得物は刀に銃に魔法に徒手空拳までそれぞれだ。乱戦になると武器を持ってない奴の区別がつかなくなるほど、体格が似通っていた」
「……幻術とかじゃ無いん?」
「いや、似ているだけで完全に同じでは無かった。背の高さはそう変わらなかったが、その道のプロならば胸の大きさで判断出来るかもしれん」
「どの道のプロやねん」
珍しすぎる九峨のジョークに、ヒメが苦笑しながらつっこむ。もっとも九峨は大真面目に言っていたりするのだが、ヒメやアキラにそれが分かるはずも無い。
「あとは……仕込みとやらが終わっていて、雨が降ると何らかの計画を実行に移すつもりらしい」
「雨……ね。他には?」
「……無いな。情報を無造作に開示しているように見えて、重要な部分は伏せているようだった。あとは……気を失うときに個人的に気になる事を言われた」
「気になる事?」
「ああ。「あなたが真実を知ったとき、どんな反応を見せるか楽しみだ」と言っていた」
「真実……ね。何か九峨さんわざと殺さんかったっぽいねえ」
「屈辱だが、借りを返す機会が出来たと思っておく」
そう言って九峨は手を握り締める。
生かされた事。ゲンタが死んだにも拘らず生き残ってしまった事。
表には出さないが、内心は怒りと悔恨で満たされているのかもしれない。
「話ありがとう九峨さん。そういえばいつ退院するん?」
「怪我は魔法で治したが、宮間に工作を頼まんと、病院側が解放してくれん」
「……工作してから怪我治そうや」
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病院を後にしたアキラたちは、通夜や葬儀の準備を手伝うために二神家へ向かった。
もっとも既にゲンタの死は周囲に伝わっていたらしく、道場の門下生の何人かが手伝いに来ており、この手の事に慣れていないアキラに出来る事はあまり無かった。
「……本当に悲しむ暇なさそうだな」
家とは別に建てられた道場の中で正座しながら、アキラは一人呟いた。
他は忙しそうなのだが手伝える事が無く、逃げるように避難してきたのだが、実際にそうしてみるとサボっているようで落ち着かないのはアキラらしいと言うべきか。
気を紛らわせるために立てかけてあった木刀を握ってみるが、どうにも落ち着かない。
「……小指に力を込める」
アキラにとっては今更な基本。それを教えてくれたのは、ヒメでは無くゲンタだった。
細かい足運びや技についてもそう。ヒメは気付いた事は指摘してくるが、新しい事を教える時はゲンタに任せることが多かった。
それは手抜きでは無く、ヒメ自身の剣技が我流混じりだったため。そしてアキラには型にはまった剣術を覚えさせた方が良いと、ヒメとゲンタが判断したためであった。
無言で木刀を振るアキラ。
こうしていると、ゲンタの指示が今にも飛んできそうな気がする。ゲンタの声が聞こえない事に違和感を覚える。
ゲンタが死んだと聞いても、アキラはミコトの時ほど動揺はしなかった。しかしそれは、ミコトの時ほど死を受け入れきれて無いためかもしれない。
ミコトはアキラにとって大切な人間だったが、そう頻繁に会っていたわけでは無い。会うこと自体がイベントといえる、ある意味で非日常に存在する相手だった。
その逆にゲンタと過ごした時間は多く、稽古のためにほぼ毎日顔を合わせていた。アキラにとって、ゲンタの存在は間違いなく日常の中にあった。
明日になったらいつも通りに、今この瞬間に当たり前のように、ゲンタが現れて剣の指導を始めてもアキラは驚かないだろう。
それほどまでに、ゲンタの死に実感が湧かない。日常の一部が壊されたという事が理解出来ない。
「……アキラさん」
「え?」
突然呼びかけられて、アキラは驚きつつも背後を振り返った。
そこに居たのはアヤ。当然と言うべきか、その顔にいつものような微笑は無く、能面のように無表情だった。
「あ……手伝いもせずに、すいません。気付いたら木刀を握ってて……」
「ふふ。前に父さんも同じような言いわけしてました」
少しだけだが笑ったアヤに、アキラは安堵した。しかし同時に、何かがおかしいと感じた。
「……少し相手をしてもらえますか? 一日に一度は体を動かさないと落ち着かないんです」
「良いですよ」
正直に言えば、剣を握ると手加減を忘れるアヤの相手は、積極的に務めたいものでは無い。しかしここで断われるほど、アキラは空気の読めない人間ではなかった。
「じゃあ、お願いします」
目つきを鋭いものに変えて言うのを聞いて、アキラはようやく違和感の正体に気づいた。
稽古との時はともかく、普段のアヤは聞いているこちらの力が抜けそうなほどゆっくりと話す。しかし先ほどからのアヤは、早口といえるほどの調子で話している。
それはまるでアヤの余裕の無さを表しているようだった。
無言で木刀を振るアヤと、無言でそれを捌くアキラ。
いつものそれに比べれば、アヤの攻撃は散漫なものだった。そうでなければ、アキラは自分から攻撃するどころか、立っている事すら数秒で出来なくなっていただろう。
「……やっぱりアキラさんは戦いより武道の方が向いてますね」
「は? ……どういう事ですか?」
唐突に放たれたアヤの言葉を理解できず、アキラは防御に専念しつつも聞き返した。
「基本に忠実すぎるんです。実際に戦うときにはそうでもないんでしょうけど。だけどその特性は戦うのでは無く、技を後世に伝えるのに向いているって、父さんが言ってました」
「……そうですか」
褒めてはいるのだろうが、実戦に重きを置きたいアキラとしては微妙な評価だった。
「アキラさん。今から連続で打ち込みます。反撃しても良いですから、全部受けて下さい」
「全部受けろという時点で、反撃は不可能です」
反撃しようと思ったら、二・三撃はもらう覚悟をしなければならない。それくらいアキラとアヤの実力には隔たりがある。
「……いきます!」
気合と共に放たれたそれは、小さく鋭い連撃。しかしそれは明らかに手加減されており、アキラでも何とか受けきれるものだった。
しかし反撃が出来そうなほどに慣れてきたとき、攻撃の質が変わった。
「な!?」
小さく鋭かった攻撃が、いきなり大きく隙だらけのものに変わる。しかし来るとわかっているそれに、小さな連撃に備えていたアキラは咄嗟に反応できなかった。
「グフッ!?」
「……あ」
頭部に危険すぎる一撃を受けて倒れるアキラと、それを見て間の抜けた声を出すアヤ。
また手加減忘れたな。そう思いながらアキラは意識を手放した。
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「……アキラさん。大丈夫ですか?」
「……はい?」
ズキズキと痛む頭に顔をしかめながら目を開くと、そこにはアヤの顔があった。
しばし呆然とした後、自分の頭と床の間に何か挟まっているのを感じ、アキラは自分が膝枕をされているのだと気付く。
「……すいません起きます」
「私の方こそごめんなさい。本当に大丈夫ですか? 無理しないでくださいね」
心配そうに言うアヤに、アキラは苦笑しながら起き上がる。
後になってこれほど心配するのに手加減が出来ないとは、ハンドルを握ると性格が変わる人が居るように、アヤは剣を握ると性格が変わるらしい。
「本当にごめんなさい。あの連携は、今度父さんがアキラさんに教えるつもりだったものなんです」
「あの連携?」
一瞬何の事かと首をかしげたアキラだったが、すぐに自分を昏倒させた一連の攻撃だと気付く。
「あれですか。反応は出来たんですけど間に合わないというか。意表をつかれました」
「そうですか。二神の技は、本来ああやって小技と大技を交えて変幻自在を心がける技なんですよ」
「まったくやってる覚えが無いんですけど」
アキラが戦うところを見た事がある二神の門下はアヤとヒメ(一応)だけだが、二人とも小技ばかりか大技ばかりで変幻自在とは程遠い戦い方をしている。
ゲンタに限って言えば確かに捉えづらい動きをしていたが、それはゲンタが特殊なのだと思っていた。
「ええ。だから私やヒメさんは技を使いこなせてないって事です。父さんはそういう意味でも、アキラさんに期待していたみたいです」
「いつの話になることやら」
アキラに才能がまったく無いという事はないが、稽古の時間がそれほどとれないという事実がある。
理屈を分かっていても、体がそれを覚えさせるには反復練習を続けるしかない。
「本当に、父さんはアキラさんの事を気に入っていたみたいです。門下生に裏の裏まで技を教えるわけにはいきませんし、私やヒメさんは自己流に近くなってしまっていますから。アキラさんを婿養子にしないかって、私に提案してきましたし」
「……あれ本気だったんですか」
確かに遠回しに似たような事をアキラも言われた事があるが、まさか娘にまで言っているとは思わなかった。
「別に私は嫌じゃ無いですよ。少なくとも仲違いする事は無さそうですし」
「いや、それはそうかもしれませんけど」
アキラもアヤも、相手に気を使い波風を立てないタイプだ。考え方も古風であり、恋愛感情が無い状態で結婚したとしても、御互いを思いやり上手く回るだろう。
しかしだからと言って、アヤがそれを簡単に受け入れるのはおかしい。そもそも何故このタイミングでそんな事を言い出したのか。
「……アヤさん弱気になってませんか?」
「え……?」
何気なく発したアキラの問いに、意表をつかれたようにアヤの顔から表情が抜け落ちる。
言ってしまってから「しまった」とアキラは思った。
弱気になってないわけが無い。もしゲンタの死が二十年以上も先の事だったなら、アヤも悲しみはしても、いつも通りに振舞えたかもしれない。
しかし現実としてアヤはまだ二十代前半だ。普通の家庭だったならともかく、道場を所有し門下生も多い家を継ぐには、まだ経験が足りないだろう。深山ではそれなりに古い家系だという事も、それに拍車をかけているのかもしれない。
「あ……そう……だったんだ」
俯きながら、アヤは辛うじて聞こえる声量で呟いた。それを聞き取ったアキラは、何故かは分からないが「まずい」と本能的に思った。
「ヒメさんもアキラさんも、凄いですよね。大切な人が死んでも、ちゃんと前を見て立ってて」
「……前を見ないと立っていられないだけですよ」
それはアキラの本心。一度後悔してしまったら、後悔の渦に巻かれて立ち直れなくなると、考えるまでも無く理解していた。
だから振り返らずに走り続ける決意をした。それは前向きなようで結局は逃避。後悔から逃れるために、全力で前だけを見て走っている。
「分かって無かったんです。いつかはこんな日が来るって、知ってるつもりになって本気で考えた事が無かった! お父さんなら大丈夫って、お父さんならどんな奴にだって負けないって信じていたかったのに!」
俯いたまま語られるアヤの言葉は、次第に強く、しかし何かに耐えるようにかすれたものへと変わっていく。
「私まだ何も返せてない、何も伝えてない! 時間なんてたくさんあったはずなのに、私は未熟なままで、でも父さんが居るからまだ大丈夫って、いつまでも父さんが居てくれるんだって勘違いして!
父さんやヒメさんに甘えてばっかりで、何も出来ない自分を何とかしようとすらしなかった! 後悔と不安ばっかりで、もうどうすればいいのか……分からない……」
慟哭のような告白は、最後には泣き声に紛れて小さくなっていた。道場にはただアヤが時おり鼻をすする音だけが響き、床に点々と水滴が落ちていく。
どうすれば良いのか、アキラは悩んだ。
アキラ自身にも先行きが見えず、何をすれば良いのか分からなかった時期はある。だがそれは、逆に言えば何でも出来る状態であったとも言える。アヤのように、目の前に進み方の分からない道があったわけでは無い。
大丈夫だとか頑張れだとか、励ましの言葉をかける事は簡単だろう。だが気休めの言葉だけでは無責任だと、アキラには思えてならなかった。
散々悩んで、アキラは先の事を考えるのを諦めた。
とにかくアヤを落ち着かせようと思い、そっとアヤへと近付き、無言でその頭を抱くように抱えた。
「え……?」
「……」
驚いた素振りを見せたアヤに、アキラは何も言わなかった、何も言えなかった。
ただかつて遠い昔に誰かがそうしてくれたように、アヤの頭を胸元で抱えるようにそっと抱いた。
「……何やってるんですか?」
「何やってるんでしょう。えーと……この際だから思いっきり泣いた方が良いんじゃないかなと。えー……なんだろう。とにかく安心してください。自分でも何言ってるか分かりませんけど」
「ふふ」
自分でも自分の行動が理解しきれていないのか、しどろもどろに言葉を発するアキラ。その様子がうけたのか、胸元に顔を埋めたアヤから笑い声が漏れる。
「じゃあ、少しだけ……胸を借りますね」
それきり道場は静寂に包まれた。アキラは一言も話さず、泣いているアヤも声はあげなかった。
その様子を、少女の姿をしているはずの妖精が、子供を見守るような優しい目で見守っていた。