「引退する前にこんな事件に出くわすとはなあ。田舎だと油断してたのかねえ」
惨劇から一夜明けた水岐タウン。地下街への十近い入り口を全て封鎖しての現場検証の最中、鬼塚は懐から取り出した煙草をくわえながらくたびれた声を漏らした。
しかしすぐに自分の思考のお気楽さに気付き、苦笑しながら首を振る。
そもそも行方不明者が連続していた時点で、この田舎では大事件だったのだ。
それを追っていた裏の連中が成果を挙げる前に起きたこの事件。予想していなかったとしたら自分も随分耄碌したものだと鬼塚は一人ごつ。
いたる所がブルーシートに覆われ、その間を忙しそうに駆け回る青い服を着た鑑識員を眺めながら、鬼塚はくわえた煙草に火をつけようとライターを取り出す。
しかし煙草どころかライターに火をつける前に、横から伸びてきた手が鬼塚の口の煙草を流れるような動作で奪い取った。
「……いつからこの地下街は禁煙になったんだオイ」
「一昨年の暮れです。路上で喫煙しないよう指導され、従わない場合は五千円以下の過料を徴収と市の条例で定められました」
ジト目で見る鬼塚を気にした様子も無く、奪い取った煙草をしまう青年。
しなびた焦げ茶色のスーツを着たどこかだらしない印象を受ける鬼塚とは逆に、はりのある紺色のスーツを着た青年は近付きがたいほどの硬い雰囲気だ。
長めの黒髪をオールバックにし、縁の薄い眼鏡を指で押し上げるその姿は、青年の実直さと神経質な性格を表しているようにも見える。
「それに、現場で煙草を吸う事がそもそもの間違いです。その事まで私が言及する必要が?」
「あー分かった分かった。この石頭が」
「二宮カズトです。いい加減に名前を覚えてください」
「あー分かった。で、なんか報告か?」
鬼塚がわざと名前を呼んでいないことに気付いているだろうに、そんな事を告げる青年――カズト。
それに気の無い答えを返しながら問うてくる鬼塚に、カズト自身も深く問答する気は無いのか、手帳を取り出すとすらすらと言葉を紡いでいく。
「まず被害者ですが、遺留品自体は多く、この場に居合わせた人間をある程度特定する事は可能です。しかし肝心の遺体があの有様のため、身元確認と合わせて正確な数を出すには時間がかかりそうです」
「まあそうだろうよ。下手しなくても三桁はいくだろ」
「気になる事があります」
相変わらずの淡々とした口調で言うカズトに、鬼塚はピクリと片眉を上げると視線で続きを促す。
「死体の損傷が少ないものが何人か、損壊していても出血量が異様に少ない死体が幾つか見受けられます」
「それはあれだろ。生存者が吸血鬼が出たって言ってただろうが」
「その生存者も含めて共通点が見つかりました」
「何?」
ほぼ全ての人間が突然巻き込まれたであろう今回の惨劇の中で、共通点と言っても内容はピンキリだろう。しかしそれが大した意味を持たないのであれば、この青年はわざわざ報告してくるはずもない。
そう思いながら聞いた共通点は、鬼塚がまったく予想していない、予想できないものだった。
「黒木という探偵に保護された生存者――石応ユウヤ及び名持シオン。そして吸血行為の後が見られる死体の中で、免許証等の証明書の類で暫定的ながら身元が判明している被害者。
全て私と同じ中学校出身の同年代の人間です」
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鋭い円軌道で迫る攻撃を、アキラは反射的に竹刀でいなし、避ける。
それは剣を取って一ヶ月ほどの人間にしては速い動きだったが、それも攻撃にさらされるたびに乱れ、精彩を欠いていく。
「ヤアァッ!」
そして相手が雄叫びと共に放った面に反応しきれず、アキラは防具の上から綺麗な一撃をもらってしまった。
「ありがとうございました!」
「……ありがとうございました」
元気よく礼をする自分より頭一つ背の低い相手を眺めながら、アキラも竹刀を横に持ち直して礼をする。
その姿は誰が見ても分かるほどに消沈していた。
「やっぱ負けたなあ」
「あの子は幼稚園の頃からここ通っとるけんのう。ついてけるだけで大したもんなんやが」
道場の端に並んで正座していたヒメとゲンタが、アキラの稽古を見てなんとも複雑な評価を下している。
二神道場は剣道では無く実戦的な剣術を教えている道場だが、打ち合うときはもちろん防具はつけるし竹刀を使う。間違ってもヒメとアキラのように防具無しで木刀振り回すような稽古はしていない。
それ故にアキラは防具に慣れていないというハンデがあるのだが、それでも今までのアキラに比べて反応速度が落ちている。
「精神感応能力が無くなった言よったし、反応速度が落ちたんはそのせいかな」
「死角から攻撃しても反応しよったしな。相手の攻撃のタイミングが分かるけん反応が早かったんじゃな。ほやけどそれだけじゃ無いやろ」
「うん……びびっとるなあ」
ヒメの言う通り、アキラは相手が攻撃と共に声を張り上げるたびに体が萎縮してしまっている。反応が遅く、どこか動きがぎこちないのもそのせいだろう。
「……どないしたら良いんやろ」
「それはヒメちゃんが考えないかんな。弟子の面倒はちゃんと自分でみないかん」
「なら弟子の扱いに悩む弟子の相談にのってえな」
「おお、これは一本とられたな」
そう笑いながら言うゲンタだが、あまり口出ししたくないのは本音である。
一方的な関係などありえない。弟子が師から学ぶのは当然だが、師も弟子を見守り導く中で学ぶ事もあるのだ。
故に手を出すまいと思っていたのだが、そのために自分が師としての義務を投げ出すわけにもいかない。
「まあこういう場合は荒療治しかないじゃろ。悪魔退治に引きずり回しとけばそのうち何とかなるわ」
「また大雑把な……。下手したら再起不能やないんそれ?」
「そん時はそん時じゃな」
「大雑把な……」
非難めいた視線を向けるヒメだったが、ゲンタは気にした様子も無い所か戒めるような口調で言葉を続ける。
「ヒメちゃん。魔法やら術やらが発展して、最近では重火器が発展した。それで悪魔と戦える人間が増えてきたけど、わしら人間は悪魔より下位の存在である事は変わらん」
「それは……そうやけど」
確かにヒメとて悪魔に勝る力を持っているわけでは無い。
ツインランスを振り回してはいるが、上位の悪魔と一対一でやりあうのはヒメでも遠慮したい程危険だ。人間としては特異な能力である魔法も、悪魔たちからすれば使えて当たり前なもの。
デビルサマナーとしては一流のヒメでも、悪魔と対等以上の存在ではありえない。
「それでも古から人間は悪魔に挑んで勝ったり負けたりしてきた。負ける可能性が高くても、人間は悪魔に挑み続けてきたんじゃ。
びびるんが当たり前。それでもガタガタ震えて立ち向かう。それが人間の強さなんじゃとわしは思う」
「なるほどなあ。御伽噺の英雄も、最後は知恵と勇気で怪物倒すしな。アキラくんはほっといても知恵はつけてくタイプやし、私はどうにかして勇気を奮い立たせれば良いと……」
そう言いながらヒメがアキラへ視線を向けると、当の本人は小学生相手にタコ殴りにされていた。
流石に本気が出せずに手加減してしまっているのだろうが、殴られている全身からヘタレ臭が漂っている。
「……あかん。手遅れや」
「絶妙に情けない姿やな」
「邪魔するぞー」
「おお、何か用かいな?」
ヒメとゲンタがアキラのやられっぷりを生温かく見守っていると、道場の入り口からいつも通りのスーツ姿の鬼塚が上がりこんでくる。
「ちょっと姫さん貸してもらえるか? 昨日の事で聞きたい事がな」
「構へんよ。ほんなら、おっちゃんアキラくん頼むわ」
「あー、深海アキラも連れてきてくれ。一応生存者だ。聞きたい事がある」
鬼塚の言葉に、立ち上がりかけたヒメの動きが止まる。
しかしそれも一瞬の事で、すぐにヒメは膝を立てて立ち上がると、いつのまにか年少組み数人に追いかけられているアキラに声をかける。
「アキラくーん。ちょい出かけるけん着替えてきぃ」
「え? はい、分かりました。ほら、みんなそろそろ離して」
ヒメに返事を返すと子供たちに言い聞かせて道場を離れようとするアキラだが、その後ろを纏わりつくように付いて行く子供たち。
あれはあれで慕われていると言うべきだろうか。
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「取調室で……というのも息がつまるしな。奢るからまあ好きなもん食べな」
「奢るってマックやん。せめてモスにしてや」
「モスは高いだろ」
「ケチやな公務員のクセに」
「公務員だからケチなんだよ」
二神道場からそう遠くないファーストフード店の中。ヒメと鬼塚のやり取りに呆れながら、アキラはポテトとコーヒーを注文する。
既に昼は過ぎ二時になろうかという時刻のせいか、店内にはそれほど人は居ない。聞き耳をたてられるのではとアキラは思っていたのだが、その心配はほぼ無さそうだ。
アキラは注文した品を受け取ると、鬼塚とヒメが向かい合って座っているのを見て、自然とヒメの隣へと座る。
「それで? アキラくんに聞いて事は全部伝えたのに、今更なんで事情聴取なん?」
「事情聴取は同じ人間相手でも何回もするものなんだがな」
二段重ねのハンバーガーにかぶりつきながら聞くヒメに、鬼塚は苦笑しながら答える。
実際事情聴取というのは、文句を言っても罰は当たらないほど繰り返されることが多い。これは供述に矛盾が無いかの確認。もしくは容疑者の供述から矛盾を引き出すために行われるのだが、今回の鬼塚の目的はそれでは無い。
「ちょいと確認して欲しいことが……って来たな」
鬼塚が言葉を止めて視線を向けた先には、店内に入ってくるカズトの姿があった。
しかしカズトはすぐにこちらへ来ずに、カウンターでコーヒーだけ注文するとやっと鬼塚の隣の席に座った。
「……まさか奢らせる気じゃねえだろうな?」
「何も注文せずに居座るのはどうかと思っただけです。奢ってくれるというなら奢られますが」
「誰が奢るか」
漫才のようなやり取りをしながら、カズトは手にしていたファイルから数枚の資料を取り出すと、ヒメとアキラに向けて頭を下げる。
「お久しぶりです赤猪さん」
「ん、おひさ。相変わらず律儀というか真面目やね。アキラくんより筋金入りやわ」
「確かに深海は私の同類だとは思いますが。久しぶりだな深海」
「……え?」
初対面だと思っていた青年に久しぶりと言われ、アキラはしばらく間を置いた後に首を傾げる。
一体どこで会ったのかと思い出そうとするが、そもそも知り合いが少ないので脳内検索は数秒で終了した。
要は知らない。もしくは覚えてない。
「……失礼ですがどちら様でしょうか?」
「二宮カズト。中学の時によく実行委員などで顔を合わせたはずだが」
そう言われてようやくアキラは思い出す。
中学一年の頃、アキラは中々決まらない運動会やら文化祭の実行委員に苛立ち、自分から志願したことがあった。そして当時チビで頼りなかったアキラの世話を焼いてくれたのが、生徒会長だったカズトだ。
「ああ! お久しぶりです。すいません覚えてなくて」
「まあ十年近く前だからな。覚えて無くても仕方が無い」
そうは言うがカズトが自身の事を覚えていた以上、アキラとしては申し訳が無い。
とは言え、アキラにとってのカズトが生徒会長という分かりやすい存在であったのに対し、カズトにとってのアキラはその他大勢の一人だ。
しかもアキラは、同級生だったシオンが悩むほどに当時の面影が薄い。よくもまあ覚えていたものである。
「アキラくんカズちゃんの後輩やったん。世間は狭いなあ」
「狭いのはこの街でしょう。中学自体この辺りでは二つしかありませんし、同年代ならば地元の人間はほぼ全員知り合いですよ。あとカズちゃんはやめてください」
ニコリともせずにヒメに呼び方を改めるように言うカズト。しかしその声に棘が無いのは、カズトなりにヒメの事を憎からず思っているためだろう。
「そしてこれもこの街の狭さを表す資料です。深海、これは君によく確認してもらいたい」
「俺に?」
カズトがアキラとヒメに渡してきた紙には、片仮名でふりがなのふられた人名が並んでいた。そしてそのどれもが、アキラには見覚えのあるものだった。
「これは?」
「地下街の被害者の中で、吸血行為の跡が確認された被害者だけをリストアップしたものだ。何か気付かないか深海?」
「……吸血」
身を貫くような殺意を思い出して顔色を悪くしながら、アキラは紙に書かれた名前を確認していく。
「私が覚えている限り、全員うちの中学の――」
「二年二組」
「何?」
カズトの声を遮って放たれたアキラの言葉に、三者の視線が集中する。
その中心のアキラは、顔色こそ元に戻っていたが表情は険しく、折れるのではないかと心配になるほど歯を食いしばっている。
「……全員二年二組。俺が中二の時の同級生です」
「間違い無いん?」
代表して確認してくるヒメに、アキラは無言で頷く。
シオンにもう気にしていないといったのは事実だが、当時クラスメイト全員を理不尽に憎んだのも事実だ。忘れようと思っても、強い感情と共に刻まれたものがそう簡単に消えるはずが無い。
「それ下手したら第一容疑者アキラくんになるんや無いん?」
「いえ、実行犯は吸血鬼ですから。問題は何故その吸血鬼が深海の同級生を狙ったのか……それに深海自身も狙われた」
「まさかその吸血鬼までアキラくんの同級生とかいうオチとか?」
「それなら名持か石応が気付くと思いますけど」
あの吸血鬼がアキラの知り合いでないのは確かだ。ならば何故、誰が意図したのか。
「そもそもタタリクスとかいう女は、二十年前の事件の関係者っぽいこと言うとったやん。両者が仲間なんはケルベロスの動き見たら間違いないやろうし、アキラくんのクラスメイトと繋がるとは思えんのやけど」
「ファントムとか名乗ったんだったか。ソサエティとは別組織なんだろうが、聞いたことが無い組織だな」
「あの時のプログラムを流用しているのは本当かもしれませんが、目的がどうにもはっきりしません」
「……」
話が次第に専門的になっていき、アキラには理解できない領域へと入っていく。
それに特に抗議するでもなく、アキラは黙ってしなびたポテトへと手を伸ばした。
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「後は警察と探偵さんに任せるしかないなあ」
鬼塚達と別れて国道沿いを歩いて帰路へとつく中、ヒメが背伸びをしながら呟く。
国道と言っても、中心市街から少しでも離れるとちらほらと田んぼや畑が広がっており、日曜日だというのにあまり車の量は多くない。
ヒメの後ろを歩くアキラは、無言で時たま通る車を眺めている。表面的には静かに、だが内心では様々な疑問が浮かんでいる。
アキラ自身が気絶した後の出来事はヒメから聞かされている。だがそれでも何故あのような事件を起こしたのかという理由が分からない。
さらにあの吸血鬼は明らかにアキラに的をしぼっていた。
それはアキラが吸血鬼の餌食になった者たちと同じクラスだったからなのかもしれない。しかしそれではアキラだけ連れ去ろうとしていた理由が分からない。そもそも何故アキラ達のクラスメイトが狙われたのかも分からない。
分からないことばかりだ。
「……そういえば二十年前の事件って?」
「ん? 正確には十七年前やけどね」
聞けば答えが得られそうな疑問が湧いてきたので、目の前を歩くヒメへと問いかけてみる。
それにヒメは体ごと振り返ると、足を止めて話しはじめる。
「今から十七年前。まだインターネットじゃなくてコンピューター通信が全盛の時代に、ある一つのプログラムが不特定多数の人間にばら撒かれた。配信者の名前はスティーブン。配信されたプログラムの名前は悪魔召喚プログラム」
「は? 一般人に悪魔召喚プログラムをばら撒いたんですか?」
「うん。まあ殆どの人は悪戯やと思って削除したらしいんやけどね」
目を丸くして聞くアキラに、苦笑しながら答えるヒメ。
当時ヒメもまだ子供だったため詳細は知らないが、根っからのデビルサマナーである以上、良い感情は持っていない。
「まあ一応理由はあるんやけどね。悪魔召喚プログラムがばら撒かれた時期は、東京は混乱して人心が乱れて、その上悪魔が頻繁に出現する混沌の中にあった。
そしてその混乱を助長する存在が東京に現れた。自衛隊を率いてクーデターを起こそうとした男と、それに呼応するように海兵隊を動かしたアメリカ大使のふりした悪魔」
「……それはまた大事件ですね」
アキラの認識では、悪魔というのは社会の闇に潜み、人目につかない影である。
にも関らずその悪魔が歴史の表舞台に、露見していないとは言え関与したという事実は、背筋を寒くさせるものだった。
「もちろん悪魔とか云々は秘匿されて、表向きにはクーデターは未遂で首謀者逮捕、アメリカ大使は病死したことになった。でも当然裏でその二人を止めた人間が存在する。
それがヒーロー。本名は不明で、当時まだ高校生やった一人の少年。そしてその何の変哲も無い高校生のはずの少年は、手製の防具とハンドヘルドコンピューターを身に着けて、悪魔を使役しながら戦っていた」
「悪魔を? じゃあその少年が使っていたのが?」
「スティーブンがばら撒いた悪魔召喚プログラム。スティーブンは元々クーデターの首謀者の下で働いとったらしいんよ。それで東京に現れ始めた悪魔に対抗出来る人間を少しでも増やすために、悪魔召喚プログラムをばら撒いたんやって」
その言い分は理解できる。だがアキラはどこか納得がいかず眉をしかめる。
「その……ヒーロー以外の悪魔召喚プログラムを受け取った人はどうしたんですか? 全員が破棄したわけじゃないでしょう」
「受け取った人全員を把握しとる人間なんかおらんけんね。ほやけど、悪用した人間も確かにおった。高校の敷地がまるごと魔界に転移したとかいう大事件も起きたし」
「……なんかもう理解の範疇越えてるんですが」
いきなり高校が魔界に転移したと言われても、何をどうして転移したのかアキラにはまったく想像がつかない。そもそもそれは悪魔召喚プログラムは関係あるのだろうかと、疑問に思っても仕方が無い。
さらに話を聞いて思ったのは、東京で起こった事件が遠いものにしか感じられないという事だった。
山に囲まれた閉鎖的な箱庭のようなこの街と、東京で起こったという事件が繋がらない。
まるで単体で完結している世界に、調和を乱す異邦人がやってくるような。噛み合わない現実に、悪魔の事を知った時以上の違和感を覚える。
「まあ私もそん時は十歳やったし。詳しいことは流石に知らんけどね」
「……そうですか」
肩をすくめて言うヒメに、アキラは視線を反らしながら言葉を漏らす。
何気にヒメの年齢が発覚したのだが、その事についてどうコメントしたらいいのか分からないので流すことにしたらしい。
しかし態度があからさま過ぎたのか、ヒメがどこか不満そうな表情で、手を後ろで組んで上半身を低くしながら反らした視線の方へと回り込んでくる。
「アキラくーん。ここはこう……所長って意外と若いんですねとか言って欲しいんやけど」
「……」
「何でフリーズするん!?」
ヒメの要求は理解したが、「予想より年齢が低い」という意味か「実年齢より若く見える」という意味なのか判断がつかず悩むアキラ。
深く考えずにオウム返しに答えればいいだろうに、律儀というより不器用な青年である。
「傷ついた。バツとして今日は寝るまで酒に付き合ってもらう」
「寝るまでって。昨日の今日だからあまり遅くに帰宅したくないんですけど」
「何言よん? 今日からアキラくん私ん家に泊まってもらうよ」
「あんたが何言よんですか」
予想外の事を決定事項のように言われて、アキラは真顔で聞き返す。
表面的には落ち着いているように見えるが、動揺してイントネーションがヒメの訛りと同じになっている。
「アキラくん吸血鬼に狙われとるやん。私があげた悪魔だけじゃ不安やし、下手して家族巻き込むんは問題やろ」
「言いたいことは分かりますけど、別の問題が発生すると思うんですが」
確認した限り、ヒメの家には他の人間が住んでいる気配は無かった。
一人暮らしの女性の家に泊まるというのは、お堅い人間であるアキラには抵抗がある。というよりあり得ない。
「またまた、アキラくん問題起こすようなタイプや無いやろ。起こす度胸も無いやろし」
「……」
笑顔で右手をパタパタと振りながら言うヒメに、無言で顔をそらすアキラ。
信頼されているのか嘗められているのか微妙だが、少なくとも男としては嘗められているだろう。確実に。
まあ仮にアキラが変な気を起こしたとしても、電撃でこんがりと焼かれる未来しか見えないのだが。
「ああ、でも私が襲う可能性があるか」
「……勘弁してください」
何かを思いついたように手を打つと、どこか色のある視線でアキラを見るヒメ。
羊の顔をした青年に食らいつくライオンの顔をした女性。草食系男子とやらについての記事にあったそんな風刺画を思い出しながら、アキラは溜息をつく。
もちろんヒメが冗談で言っているのは分かっているが、からかうのは本気で勘弁して欲しいのがアキラの本音だ。
「まあそんな警戒せんでも、流石に同衾せえとか言わんけん安心し」
「でも部屋は一緒とかいうオチはいりませんよ?」
「惜しい」
「何が!?」
そんなやり取りをしながら帰るアキラとヒメ。
これから一緒に暮らしてもフラグは立ちそうに無い二人だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
あとがきみたいなもの
カズトのようなノンキャリアが二十代前半で刑事というのは、あり得なくは無いけど珍しいです。二十二で刑事になった人とか居ますが。
真・女神転生の事件について言及されましたが、事件の顛末は殆ど作者の想像です。
デビルサマナーでゴトウの逮捕とトールマンの病死はニュースになっていましたが、実際に何があったかは分かりません。下手すりゃヒーローが活躍せずに、本当にニュース通りの事が起きただけかもしれません。
あと真・女神転生の事件を十七年前と位置付けたのは、単純にSFCでの発売が十七年前だったからで特に意味はありません。無いったら無い。