肌を刺すような寒さの中、普通よりさらに寒い『上空』を、『星黎殿』は進む。
時はそう、クリスマスイブ。
「準備はいい?」
抜き足差し足、やたら寒そうな赤いノースリーブとミニスカート、そして赤い帽子。
トレードマークの触角を帽子の端から覗かせる平井ゆかりである。
「はい」
こちらもミニスカートだが、妙に裾や袖口の白いモコモコが顕著な装い、いつもと違う帽子も激しく似合う"頂の座"ヘカテー。
「大体知った顔には配り終えたしね。でも‥‥本当に行くの?」
少しばかりの不安をその顔に見せるのは坂井悠二。服の説明は要るまい。
悠二の、もう何度目かという問いに、ヘカテーは力強く頷く。
「案ずるな、坂井悠二。何のためにわざわざ私を帯同させていると思っている?」
若干溜め息混じりにそう呟くのは、「寒いから」とやたら厚い防寒着に身を包む悠二の師"螺旋の風琴"リャナンシー。
全員、サンタクロースに扮していた。
「‥‥よし、わかった。じゃあ師匠をアテにして、行こうか」
平井主催のクリスマスパーティー。盛大に行われていたその会場から、四人はさりげなく抜け出していた(リャナンシーは"連れ出された")。
皆がパーティーに酔いしれる中、彼女達は各々の部屋にプレゼントを届ける妖精なのであった。
「レッツゴー!」
「行きましょう」
「やれやれ」
そんなサンタクローズな一行は今、『星黎殿』の端、まさに今から『秘匿の聖室(クリュプタ)』を飛び出さんとしていた。
ヘカテー(平井や悠二も、か)たっての希望もある。プレゼントを届ける相手は『星黎殿』内に止まらないのだ。
通常なら感知不可能な『星黎殿』をほいほい飛び出すなどまず出来ないが、悠二の自在法・『銀時計』があるからわざわざ『星黎殿』の待機ポイントを気にする必要もない。
時は、零時に近い。
四人のサンタが勇ましく歩きだす、その前方に‥‥‥‥
タタッ!
軽快な蹄を鳴らし、ソリを引く四本の足。
雄々しい角と真っ赤なお鼻を持つ『それ』は、サンタクロースの相棒にしてもう一つのトレードマーク。
そう、トナカイである。
そのトナカイが、ニヒルに笑う。
「待たせたなげぐっ!?」
蹴られる。
「何をする。私は通りすがりのトナカイだぞ」
「待ってません」
「どこから嗅ぎつけて来た? シュドナイ」
「なっ!? この俺の変身を一発で見抜くとは‥‥‥‥」
「‥‥旦那。トナカイに化けるのは良いけど、サングラスかけてちゃダメだってば」
「し、しまった!」
「‥‥無様な」
四者四様に、トナカイに化けた"千変"シュドナイに指摘する。
そう、平井の言うとおり、シュドナイトナカイはトレードマークのサングラスを装備していたのだ。
さて、妙な邪魔も入ったが、気を取り直して‥‥‥‥
「メリークリスマス!!」
平井の号令と共に、四人は飛び出す。
トナカイは連れて行ってやらないのだ。
向かう先は彼らの‥‥大切な場所だから。
「‥‥‥‥‥‥」
いつの間にかいなくなったヘカテー達を探してうろつき、見つからなかったこどまあいいかと思って自室に戻ってきた。
そして、枕元に、可愛らしく包装した箱が置いてあった。
人間達の他愛ない風習と笑い飛ばしていたものだが、このクリスマスという特殊な状況、中身のわからないプレゼント。
こう‥‥なんというか、胸にくるものがある。
間違いなく、あの三人の仕業だろう。
可愛らしい真似をする。
(ま、まま、儘ならないねえ‥‥?)
ドキドキどぎまぎしながら、包装を解いて行く。
「!!」
中身は‥‥平井やヘカテーが持っていた御崎高校のセーラー服。
そして、ハート形の可愛らしい眼帯。
「‥‥‥‥‥‥‥」
いや、嬉しいよ? その気持ちは溢れんばかりに嬉しいよ?
しかしこれは‥‥着なければならないのか? 着る感じになってるのか?
むしろ、着ていいのだろうか?
(私はその‥‥ヘカテーやゆかりのような"可愛い系"ではないし‥‥)
着て大丈夫だろうか? 笑われやしないだろうか?
いつの間にやら、着たいという前提の下に考えている。
鏡の前で服や眼帯を自分に合わせながら、"逆理の裁者"ベルペオルは幸せな悩みに苦しむのだった。
「ねえ、私の可愛いマリアンヌ?」
「はい、フリアグネ様」
「これは、何だろうね?」
"狩人"フリアグネがそう言って指すのは、自分達の部屋に置かれていたプレゼント。その包装を解いた中身である。
「テディベアかと」
「‥‥やれやれ。彼女達が私をどういう目で見ているか、少しわかった気がするよ」
「でも‥‥プレゼントされれのは嬉しいですよね?」
「いや、悪い気はしないんだけどね?」
「こ‥‥これは‥‥」
まさか、まさかプレゼントだろうか?
こんな事をするのは、間違いなく、あの三人。
すなわち、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の『大御巫』と『盟主』の代行者直々の贈り物である。
常日頃苦労している悪魔は、恐る恐る包装を解き、普段彼があまり着る事の少ない青のスーツを手に取る。その下には焦げ茶のネクタイ。
スーツにはわざわざ彼用に背中の翼部分が空いている。
普段苦労が絶えないわりに報われない彼は、感極まって珍しく、部屋で一人、踊った。
やる気倍増だ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ヘカテー達に置いていかれた『将軍』。
自室の窓際で椅子に腰掛け、いつものようにタバコをくわえている。
しかし、その先端に火は点っていない。もちろん、煙も出ていない。
ふぅ、と文字通りに甘い溜め息をついたシュドナイ。その目線の先には大急ぎで開けた包装用紙が散らばっている。
中身はタバコ、シュドナイが好む銘柄のタバコの箱。
だが、そのタバコの箱の中身にニコチンは含まれていない。
『禁煙を約しなさい』
随分前に、というか、自分がこの習慣を持ってからヘカテーに繰り返し言われてきた小言が脳裏をよぎる。
「ふぅ、禁煙‥‥か」
ぼんやりと呟く"千変"シュドナイ。
彼に贈られたプレゼントは、甘くておいしい。
「むふふ♪ 昔からいっぺんやってみたかったんだよねー!」
「私は少し恥ずかしいぞ」
「またまた、異性の殻かぶるような人がそんな♪」
『転移』で気配を悟られないギリギリまで近づき、そこからタクシーを使って近づいている。
もちろん、悠二とリャナンシーの『気配隠蔽』をそれぞれ二重にかける万全の体制で。
「‥‥‥‥‥‥‥」
特にヘカテーにとっては、感慨深いものがあるのかも知れない。
「‥‥今日は、まだ気付かれちゃダメだよ?」
それはもちろん悠二も同じ事。
隣に座るヘカテーの頭を撫でながら、自分もこれから向かう先に想いを馳せる。
全部終わるまで、戻るつもりはなかった。
でも、全ての覚悟と決意で旅立ちを終えた悠二と平井とは違い、ヘカテーはただ、逃げ出しただけ。
今では何かを掴めているような感じはするが、やはり今回の申し出を断る気にはなれなかった。
寂しそうに、しかしはっきりとヘカテーは頷く。
「大丈夫です」
その後に悠二の手に頬をすり寄せてさらに撫でるように催促してくるのはご愛嬌。
「‥‥行こうか」
サンタな四人にどぎまぎしていたタクシーの運転手に代金を払い、悠二達は降り立つ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
悠二も、平井も、ヘカテーも、この眺めを、万感の想いで見つめる。
悠二と平井が生まれ育ち、ヘカテーが半身を見つけ、自分達を形づくる思い出がたくさん詰まった、この街。
(‥‥帰って、来たんだ)
過ごした日々が大切だから、目指した。
かけがえのないものだと知っていたから。
だからかも知れない。こんな目的で、この街に来たのも。
"こんな事"のために、自分は‥‥自分達は戦うのだから。
「‥‥‥‥‥‥」
傍ら、自分の恋人と、自分とずっと一緒に生きていくと言ってくれた少女に目をやり、もう一度言う。
「行こう」
「はい」
「オッケー!」
真っ白な雪に包まれた御崎を、四人は行く。
今まで一緒に遊び、日々を過ごした友達や、共に肩を並べて戦った仲間たちの許へ‥‥。
決して、その姿を見せる事なく。
(そう、出来るなら‥‥‥‥)
全てが終わるまで、出会う事のないように祈りながら。