エアホッケーにて、
「とりゃあ!」
完勝。
ガンシューティングにて、
「キャッホー!」
完勝。
レーシングゲームにて、
「U字(悠二)カーブ!」
完勝。
ダンスゲームにて、
「ワン、ツー、スリー!」
完勝。
対戦格闘ゲームにて、
「超・龍・拳!」
完勝。
パンチングマシーンにて、
「コークスクリュー正拳突き!」
完勝。
UFOキャッチャーに‥‥‥ん?
ゲームセンターの外、ガラス戸の方から、本作戦の発案者が指をちょいちょいと動かして自分を呼んでいる。
「あ、池君、ちょっと待っててね!」
そう、今は平井、悠二連合による池速人攻略作戦開始から数日経った日曜日。
あれから毎日一緒に昼食をとり、池の昼食は平井の作ったお弁当。いい加減池も意識しているはずのこのタイミングで池と平井は二人でゲームセンターにいたりする。
平たく言うとデートなのであるが、遠巻きに様子を窺っている者もいたりする。
『二人』とは言えないかも知れない。
「何?」
「『何?』、じゃなくてね‥‥‥」
「普通は逆だと思うんだけどなあ‥‥」
「憐れだ‥‥‥」
悠二、田中、佐藤の見守り組(野次馬)、それぞれのリアクションである。
平井と池の事は、堂々と教室でお弁当を渡しているのだから佐藤達どころかクラス全員が知っている。
ちなみに、この場に同行している吉田、男子だらけのこの環境で発言し辛いのか黙って池とゆかりを交互に見ている。
「? 逆って何が?」
「「「あれ」」」
言われ、ゲームセンターの中に目を向ければ、たかがゲームとはいえ自尊心を打ち砕かれた少年の図が見える。
あれ?
「普通は女の子が遊びに夢中になってコテンパンになんてしないもんだけどなあ」
「平井ちゃん、強えなあ」
「‥‥プリクラとかにしたら?」
佐藤が呆れ、田中が無意味に頷き、悠二が溜め息を吐きながら代案を提示する。
「わ、わかってるってば! ちょっと羽目外しすぎただけ!」
微妙にばつが悪そうに『協力者達』に言って、平井はゲームセンターに戻って行く。
「‥‥‥‥‥‥」
ただ、誰も気づいていないが、吉田だけが、池に鋭い眼差しを向けていた。
それからしばらく、平井と悠二で作戦を立て、それを池相手に実践するという忙しない日々が続く。
ある日、平井はいつものように帰宅し、いつものようにドアの鍵を開け、自宅に入った。
「ただいま」は、言わなかった。
「‥‥いくらなんでも、焦りすぎじゃないか?」
予備校などでそこまで暇ではない池の空き時間を狙い、確かにかなり積極的に事を進めてきたつもりだが、まだ作戦開始から二週間そこそこ、色々と早すぎる気がしてならない。
「‥‥うん、わかってるんだけどね。でも、多分今ダメなら先伸ばしにしてもダメな気がするから‥‥」
あるいは、平井らしい思い切りの良さとも言えるのかも知れない。
「明日‥‥告白する」
「‥‥‥‥‥‥‥」
池は、平井に呼び出されて校舎裏に行った。
高校に入って、初めて出来た女友達(いや、中学時代も"友達"と呼べるほど親しい女子はいなかったか)。
その関係が、親友・池速人との仲を取り持つという形とは、何となく自分らしい気もする。
「‥‥‥‥‥‥‥」
どうなったのだろうか?
空回りした事もあったが、一生懸命に池に接してきた平井の好意は、池にも伝わっているはずだ。
きっと、上手くいくはずだ。
公園のベンチに座りながら、坂井悠二は"二人の"親友の成り行きについて思いを馳せる。
もう自分が平井にしてやれる事は何も無い。
あとは、池次第だ。
(‥‥断るわけないか)
冷静に考えて、こんな時期に池に別の好きな人が出来たとも思えないし、平井で不服、などという事はまず無いだろう。
「‥‥‥‥‥‥」
入学早々、随分と賑やかだった。これからは、池と平井が付き合いだして、前以上に平凡な日常になるのだろうか。
騒がしい日々だったが、やはり、自分は楽しかったのだと、なんの気なしにそう思った。
「「‥‥はぁ」」
(‥‥‥‥‥‥‥え?)
溜め息‥‥二つ?
「うぇええ!?」
考え事に耽っていたために気づけなかったのか、いつの間にか隣に少女が一人、座っていた。
平井である。ただ‥‥‥‥
(‥‥一、人?)
普通、告白して受け入れられれば、家の方角が違っていても二人で帰る。いや、池なら付き合う事になった女の子を送るはずである。
その平井が、一人でここにいるという事は‥‥
「‥‥‥私ね」
まさか‥‥
「フラれちゃった‥‥」
「!!」
僅かに陰った、それでも笑顔で、平井はそう言う。
「な、何‥‥‥!」
『何で』と言おうとして、慌てて言葉を切る。
訊いていいような事ではない。
しかし‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
何を言えば良いのかわからない。
予想外の事態、という事もあるし、何よりこんな状況に、生まれてこのかた遭遇した事が無い。
何と声を掛ければ良いのだろう
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
二人、黙ったまま、時間だけが、妙に早く過ぎていく。
「‥‥‥‥‥‥‥」
日の落ちる御崎市を、一人のメガネが歩く。
『好きです。付き合ってください』
実にストレートな告白。全く彼女らしい。
平井ゆかりは‥‥魅力的だ。"あの事"が無ければ、あるいは雰囲気に呑まれて、首を縦に振っていたのかも知れない。
そう、平井が初めて池にアプローチを掛けてきた日の放課後の事である。
『あいつの事、"ちゃんと見ろ"よ?』
クラスメイトの少女の、胸倉を掴み、常には考えられない威圧の込められた、真意のわからない一言だけの、警告。
ただ、"あいつ"が、平井ゆかりを指しているという事だけはすぐに理解出来た。
もちろん、ただ視覚的に"視ろ"と言われたわけではない。と、即座に理解出来るのが彼の彼たる所以だった。
言われた通り、自分に少し不自然なアプローチを掛けてくる平井を、"ちゃんと見た"。
見ながら、その様子を、真意を、よく考える事にした。
そうして考えを整理していくうちに行われた、平井ゆかりの告白。
自分に"恋心を告白する"平井を見て、それまでに感じてきた違和感が、確信的なものへと変わった。
『‥‥平井さんは、僕を見てるわけじゃない』
そう、はっきりと断言する事が出来た。
『それに‥‥』
同時にもう一つ、正確に見えたものがあった。
"平井がそうである"という事実。それが、『彼女』の行動を裏付ける。
『あいつの事、"ちゃんと見ろ"よ?』
親友のために、親友が『錯覚』によって傷つかないために、普段とは別人のような強さで自分に立ちふさがる吉田一美。
鮮烈な記憶となって、脳裏に駆け巡り‥‥
『僕は‥‥吉田さんが好きなんだ』
気づけば、言葉として発せられていた。
だが、いや、だからこそ、その想いを確と自覚する事が出来た。
『僕は、吉田さんが好きなんだ』
棒立ちのままの平井に、もう一度、はっきりと告げる。
永遠とも思える数秒を経て‥‥
『‥‥そっか』
平井は、不明瞭な笑顔を作り、
『今まで、ごめんね。まとわりついちゃって』
軽く謝り、
『バイバイ‥‥』
背を向けて、走り去った。
自分は、その背中に何の言葉も向ける事は出来なかった。
「‥‥‥‥‥‥」
胸が痛まないわけではない。
自分はあの時、平井の想いを拒むだけに止まらず、平井の想いを『全否定』したのだから。
しかし、あの時のあの言葉は、心底からの自分の本音だった。
それに、平井の目は、どう見てもこちらを向いているとは思えなかった。
あれで、良かったのだ。
(‥‥吉田さん)
自分は、『自分の想い』を、どうするのだろうか?
『あー、思い出したら腹立ってきた! 坂井君、今日はとことん付き合ってもらうからね!』
長い沈黙を打ち破る平井の雄叫び。
そしてコンビニを経て(どんなずるい手を使ったのやら)、平井ゆかりの家へと舞台は移行する。
"平井ゆかりは一人暮らし"である。
「なーにが! 『平井さんは、僕を見てるわけじゃない』よ! 勝手に決めつけるにゃーー!!」
空き缶(チューハイ)が幾つも床に転がったリビングで、平井ゆかりは酔いに酔って騒ぐ。
すでに夜遅く、悠二がいる事はある意味非常識だと言えるが、悠二は今の平井を放って帰るという選択肢を持っていない。
「ひゃかい君! さあ飲めほら飲め! 失恋祝いだコンニャロー!!」
「飲んでるよ」
大笑いしながら、怒ってるのか笑ってるのかわからないテンションで騒ぐ平井。
悠二はずっと、そんな、内心の読めない少女を宥め続けている。
「一番! 平井ゆかり、歌います!」
強がりなのか、本当に強いのか、わからない。
そんな事もわからない自分が、やけ酒に付き合う、こんな事しか出来ない自分が、ひどく無力に思えた。
また時は過ぎ、わけのわからない事を口走りながら悠二を、襟首を掴んでブンブンと揺らしていた平井は‥‥
「はぅ‥‥‥」
「‥‥平井さん?」
コテッと、悠二の胸に頭を預けて‥‥
「スー‥‥スー‥‥」
寝息を立て始める。
「‥‥‥‥‥‥」
アルコールのせいか、顔を上気させ、瞳を潤ませていた目の前の平井にどぎまぎしていた悠二は、そこで少し、優しい気持ちになる。
「よっ‥‥と」
自分も酔っているのだろうか? という『錯覚』を抱きながら、平井を楽な体勢にしてやる。
自分にもたれているところは変わらない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
酔ってはいなくても、こんな時間だし、悠二も今日は疲れていた。猛烈な眠気が、今になって襲ってくる。
(‥‥いい匂いがする)
自分にもたれている、平井の髪から。
「‥‥‥‥‥‥‥」
この少女は、親友だ。
‥‥自分が、異性に好かれる事などない。
そんな気がする。
平井の想いが池に断ち切られたと知った時に感じた、『安堵』。
それもきっと‥‥錯覚。
親友の失恋に安堵するほど、自分はひどいやつではないと信じたい。
「‥‥かい、くん」
自分にもたれる平井の寝言を聞きながら、そのぬくもりを感じながら、悠二の意識も、夢の中へと誘われていく。
当然のように、学校を二人揃って欠席する羽目になった悠二と平井。
池との気まずさもあり、それ以来昼食を一緒に食べる事も無くなったが、一週間後には悠二と平井はまた一緒に昼を食べる事となる。
その週末、坂井悠二の世界は外れ、燃え上がる。
一人の、水色の少女との出会いによって。