「捕獲完了、かな」
と、そんなわけもなく……
「さて、どうしようか?」
「頭に血が上っています」
あっさりと銀の拘束を爆砕したメリヒムを、悠二の後頭から伸びる、漆黒の竜尾がぐるぐる巻きにする。
「殺す……」
おまけに、中途半端に怒らせたせいで手に負えなくなりつつある。
「このままだと、竜尾が千切れます」
全身から虹を迸らせるメリヒムを縛る竜尾から、少しずつ香ばしい匂いがしてくる。
「むっ……!」
「ぐあっ!?」
悠二のしっぽ好きのゆかりが、そんなメリヒムに電撃を食らわせ、ようやく沈黙した。
「さて、改めてどうしようか?」
竜尾の拘束を解いて放り出し、『大命詩篇』の稼働を解く。そして、ヘカテーとゆかりを窺う。
悠二としては、メリヒムやヴィルヘルミナは悪友のような間柄だが、ヘカテーやゆかりは、少なくともヴィルヘルミナとは仲の良い友人である。
とはいえ、四年前にお菓子の城の建築を二人に妨害された事を気にしてるのも、二人のはず。
「ヘカテー?」
「………?」
……メリヒムの髑髏仮面を奪って被っている。わりとどうでも良さそうだ。
「ゆかりは?」
「まあ、このまま引き渡しても、外界宿(アウトロー)吹っ飛ばすだけだろうしねえ」
そう、問題を起こした者を牢に入れる、などという“生易しい”対処は、個人が小さな力しか持たない“人間だから”出来る行為だ。
厳重注意や、痛い目に遭わせても無駄、と判断された徒は、その場で討滅するのが基本方針。
『界戦』以降、徒がこの世に在って、自身の存在の力を持って顕現出来るようになった。だからこそ、その無道を抑制するフレイムヘイズ側の対応はシビアである。
「……ていうかさ、二人なんだ」
ゆかりの一言に、ヘカテーの仮面の下の水色の瞳が、僅かに翳りを見せる。
「『反乱』の時も、姿を見せなかったしな……」
突然姿を消して、もうずっと姿を見せていない。言外に含ませたその意味を理解して、『銀時計』による捜索もしてない。
「……どの口が、そう言うのでありますか」
「犬畜生」
メリヒム同様に拘束を破ったヴィルヘルミナが、恨みがましく言ってくる。
「…………」
何も言わずに、彼女は消えた。だが、消えたのは自分とヘカテーの結婚式の日。
自分がその理由の一端である自覚は、あったつもりだ。
「…………」
その話題に、早くも息を吹き返したメリヒムが、めちゃくちゃ荒んだ眼で睨みつけてきた。
親代わりのメリヒム、そして元々の性格から当然な反応と言えるが……
(……これは、結構キツいんだよな)
ヘカテーの親(?)とは、自分では知らないうちに見張られ(?)、気に入られた間柄だし、ゆかりの両親は(おそらく)フリアグネの燐子に喰われ、その存在ごと消滅している。
こういう……娘を想う親からの敵慨心のようなものは、基本的にこの二人(+1)にしか向けられる事はないが、それ以前に殺し合いまでしたような間柄である。
あらゆる意味で常軌を逸した関係ではあるが、こういう目を向けられる時ばかりは、ごくごく普通の一人の男として、プレッシャーがかかる。
何より、普段なら互いの悪口がスラスラと出てくる相手にも、これに限っては押し黙るしかない。
何とも言えない罪悪感ばかりがただただ重なるばかりである。……謝るのも何か違うし。
「……旅先で噂を聞く事はある。会えてはいないが、健在なのは確かなようだ」
「…………え?」
てっきり、そのまま問答無用の『虹天剣』かと思っていたのに、メリヒムは胡坐をかいて俯いてしまった。
丸めた背中がやたら小さく見える。
「……メリーさん、何か疲れてる?」
ポンポンと背中を叩くゆかりの手を払いのけないあたり、結構深刻なダメージが見て取れる。
「連絡なども、ないのですか?」
「その通り。接触のあったフレイムヘイズたちにも、それに関しては『必要だと思うから』以上の事を語らないそうなのであります」
仮面をつけたままのヘカテーが訊ねて、こちらは仮面を外したヴィルヘルミナが、やや楽しげに愚痴を零す。
ヘカテー、という久しぶりの娘、あるいは妹のような存在に癒されているらしい。
(ずっとメリヒムと二人だと、そういう癒しが無さそうだしなぁ……)
などと、しみじみ思う。
しかし、だんだん会話の流れが自分に不利なように傾いていくように感じるのは、気のせいだろうか?
「で、どうします?」
メリヒムからマントを剥ぎ取って装着して遊びながら提案するゆかりが、その悪い予感を加速させる。
「……何が?」
「だから、シャナの捜索♪」
思わず、顔が引きつってしまった。
「本気、でありますか?」
ヴィルヘルミナが、その瞳を輝かせ、
「…………」
メリヒムが目をまん丸に見開き、
「あ………」
ヘカテーが、「なるほど」とでも言うように手を叩いた。
一斉に、視線が自分に集中する。
「……いや、けど、ほら、シャナの考えを尊重して、敢えて捜さないって話だった、よね?」
その場の空気が、一気に盛り下がったのを感じながらも、やはりイマイチ乗り気になれない。
……やっぱり、気まずいし。大体、自分たちは白仮面を捕まえに来たはずじゃなかったのか?
「もう、十年以上になるのでありますな……」
「……………」
「どこぞの馬の骨に誑かされてはいないでありましょうか……」
「……………」
「十年経っても答えを見つけられないような子ではないはずでありま」
「あーもう! わかったよ! 見つければいいんだろ見つければっ!」
かなりやけになりつつ、怒鳴るように了承する。
パンパンと皆が手を叩き合う音が、逆にこっちのテンションを下げていく。
「……………」
剣と剣のぶつかり合いで出会った少女。
己の存在や目的が朧気だった時、その迷いない姿に憧れた少女。
共に、一つの街を守るために戦った少女。
そして……切り結ぶ刃の下で、秘めていた想いを告げてくれた少女。
「……………」
それから、変わった世界で共に日常を過ごし、突然消えた。
その少女に、再び出会う。
「『銀時計』」
銀の針が、その少女との絆を表す。
「夜に架けたる七色は!」
「銀の光に照らされて!」
「闇より黒く燃え盛り!」
「悪を誅する正義の炎!」
『白仮面、参上!(であります)』
その日、イタリアのとある街外れに建てられた大聖堂に、白面の戦士が四人、降臨した。
正体が割れたのだから、その後の『白仮面騒動』は終結したかに思われたが、この後に事態は派生する。
各地で、散発的に白仮面が続出。それは時に、紅蓮の炎を操る小柄な白仮面だったり、水色の星を降らせる小さな白仮面だったり、翡翠の羽衣を揺らす白仮面だったりした。
それが流行を呼び、何人もの白仮面が出現、いつしか本物の白仮面の正体の真相は、歴史の闇に埋もれていった。