「…………」
夜も華やかさを失わないロンドンの街と対称的に、別空間のように静まりかえる街外れ。
もう長く使われておらず、改築の予定もない寂れた廃工場の駐車場に、一台のトラックが入り込む。
運転席と助手席から男が一人ずつ降りるのと同時、廃工場の影からぞろぞろと夜の闇に紛れる黒スーツの男たちが現れた。
「……約束の物は?」
「コンテナの中にたっぷり積んでいる。そっちこそ、金はあるのか?」
「確認が先だ。見せてもらおうか」
何とも捻りのない、というか捻る必要のない要点のみの会話を経て、配達業の服を着た二人は、黒スーツの男たちと共にトラックの後方に回ろうとした、その時………
「うわっ!?」
「何だ! どうした!?」
「こ、これはまさか……」
パッとライトが彼らを照らし、一同に動揺が走る。
そのライトを背に、逆光で姿を隠す何者かが、銀色のサーベルを抜き放ち、その刀身が光を受けて、七色の輝きを放つ。
「夜に架けたる七色は、悪を誅する正義の光……」
朗々と響くその言葉に誘われて、ライトの仕込みをしていたもう一人が、サーベルを掲げる男の隣に並び、
「「白仮面、参上!(であります!)」」
高らかに名乗りを上げた。
「貴様らが度々この場で麻薬の取引をしている事はわかっている」
男は、夜風に傲然と翻る真っ白なマント、背にまで届く長い銀髪の下には、素顔を隠す真っ白な髑髏の仮面。
「己が私欲のために、心弱き人々の心を蝕む邪薬を売り捌く。その所業許すまじ(であります)」
女も同様、ただし仮面から覗くのは肩までの桜色。スカートと線の細さ、そして声から女である事はわかる。
「観念するがいい。おとなしく豚箱に入るのなら、無用な傷を負わずに済むぞ」
侮蔑するように鼻を鳴らす『白仮面』の言い草に、黒スーツの男たちは首を縦には振らない。
「ふざけんな! 豚扱いされておとなしくなんて出来るか!」
「おとなしくしなかったらどーだってんだ、ああっ!?」
「知ってるぞ! てめえらだってこないだ東の通りを吹っ飛ばしただろうが!?」
白仮面はその罵言雑言をそよ風のように受け流し、髑髏の奥の瞳を光らせる。
「どうなる、と言うなら、」
「こうなる……なっ!」
廃工場の屋根から跳躍した白仮面(男)が、コンテナに向かって振るい……
キ、キィ……ン!
軽く固く音が響いて、コンテナに無数の筋が刻まれ、次の瞬間ズレ落ち、崩れる。
その人間離れした剣閃に恐れをなした男たちは蜘蛛の子のように逃げ散り、それを白仮面が捕まえ、拘束する……はずだった。
「っ!?」
が、麻薬を積んでいたはずのコンテナから零れ、舞い散ったのは“黒い粉”。
(この匂い……)
そして、男たちも同様するどころか、顔つきがまるで違うそれへと変わる。
そのうちの一人が、火の点いたジッポー・ライターを崩れたコンテナに放り投げる。
(火薬っ!)
赤い炎が、白仮面の目の前で弾ける。
火薬、そしてトラックの爆発に撒かれて、赤い炎が膨れ上がる。
その瞬間、
「封絶」
その一画を、陽炎の空間が支配した。
「なっ!?」
予想外の事態の急変に動揺した白仮面(女)、その足下から、
ドォオオン!
「くっ……!」
屋根ごと吹き飛ばす水色の爆発が襲う。
当然のようにそこで止まらず……
「うりゃあっ!!」
爆発の勢いを活かすように飛び上がっていた少女の、オーバーヘッドのような蹴りに吹っ飛ばされ、制止した燃え盛るトラックに叩き込まれた。
二人の白仮面が燻るはずのそこに、
「喰らえ」
廃工場のガレージを突き破って飛び出した銀炎の大蛇が襲い掛かった。
そして、銀炎を撒き散らして爆発。
赤く燃えていたトラックを、灰も残さず消し飛ばす。
「はーはっはっは!」
まるで気にせず、白仮面を蹴り飛ばした少女が水色の炎を背に、廃工場のかろうじて残った屋上の縁に立つ。
「未だ危ういこの現世に、銀の炎に喰らわれて、生まれた稀代の“化け物トーチ”! 正義を語……」
「ゆかり、対抗しないの」
「自分で“化け物トーチ”って言いました」
「見栄きりの邪魔しないでよ!」
はしゃぐゆかりにノるでもなく、悠二が工場から出てきて、ヘカテーはちょこんとゆかりの隣に並ぶ。
『白仮面』に対し、『緋願花』揃い踏みである。
「やりましたか?」
「んにゃ、蹴った時変な感触したから多分……」
「みたいだね」
白仮面に一撃叩き込んだはずの場所を見て話すゆカテーの話を継ぐように、悠二は上を見る。
そこにはためく、二つのマント。
「……ダミーか」
というかあの声、どこかで聞いた事があるような?
あ、あのサーベル………。
「…………」
「…………」
「…………」
両勢、何とも言えない微妙な沈黙。
「白仮面……」
「ア、外界宿(アウトロー)の罠だったようでありますな」
「……あります?」
「馬鹿! あ〜……、互いに市民の安全と正義を重んじる我々が争う事もあるまい」
「シロ仮面……」
「では! これにてさら……」
「シロ」
もっともらしい事を言って誤魔化そうとする(墓穴を掘る)白仮面ズの抗弁を遮る、ヘカテーの連想ゲームの終着点が、白……いや、メリヒムとヴィルヘルミナを硬直させる。
「……シロちゃん、こんなトコで何やってんの?」
「お前にシロとか呼ばれたくない!」
ゆかりにからかわれて怒鳴るメリヒム。なら何でシロ仮面とか名乗ってるのか。謎である。
「お揃い……」
ヘカテーのぼそっと呟いた一言にあからさまに狼狽する二人。
「ここ数年見ないと思ったら……いい年してヒーローごっこか? ゆかりやヘカテーなら可愛いで済ませられるけど、メリヒムがやっても……」
「何だと! 俺の何が……ゴホンッ! 私はメリヒムなどという名前ではない。通りすがりの夜を駆ける白き仮面の戦士だ」
わざとらしいベッタベタな返しが、元々の自己中心的な印象と相まってかなりイラッとくる。
「と、とにかく! 我々を襲撃した事は綺麗さっぱり水に流すのであります。では、また会う日まで……」
まだ正体を隠し通せてるつもりか。自在法抜きでは自分たちに対抗出来ないから、さっさと逃げるつもりらしい。
「……まあいいや、だったらはた迷惑な“赤の他人”を外界宿に引き渡す事にするから」
が、当然そうは問屋が卸さない。
「行っくよ骸骨戦士(スケルトン)!」
ゆかりが一気に加速して空へと舞い上がる。一度灸を据えるくらいで丁度いい。
「『星(アステル)』よ!」
ゆかりが翔ぶのと同時、ヘカテーの『トライゴン』の遊環の先端から、水色の光が無数に伸びる。
「っ!? くっ!」
驚き、反射的に展開したヴィルヘルミナの純白の濁流に、『星』が次々と着弾。
撒き上がる水色の炎を突っ切って、ゆかりが上空に舞い踊る。
そして……
「だぁらっしゃあぁーー!!」
“翡翠の稲妻”を纏って、落雷そのものの両足蹴りをリボンで編まれた、白く分厚い繭に叩き込む。
「「っ!?」」
紙のように容易く灼き散らされ、繭からメリヒムとヴィルヘルミナが転がり出てきた、そこを……
「もらった!」
大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を手にした悠二が狙い打つ。
……が、
「うわっ!?」
その刃をリボンの端に捉えられ、そのまま投げ飛ばされる。
しかし、飛び掛かったのは悠二だけではない。
「『三星矛(トライデント)』」
悠二と僅かにタイミングをずらして繰り出された錫杖の遊環が水色の光を帯びて、さらにその光が三叉に岐れた穂先を形作る。
それが、今度も攻撃を捉えたリボンを、しかし灼き切って……
「はっ!」
「っ!!」
ヴィルヘルミナの髑髏の仮面を断ち斬った。外れた仮面の下に、『万条の仕手』の、狐を模した仮面が現れる。
そのまま、ヴィルヘルミナを見下ろすヘカテーの眼が、僅かに見開かれ……
「ぐぁ!」
不可視の衝撃波がヴィルヘルミナを直下に吹き飛ばす。
なおも攻勢は続く。未だにその全身から翡翠の雷光を迸らせるゆかりが、メリヒムに迫る。
「ジンギスカンにしてやるぜ!!」
「ちぃっ!」
その接近に、なりふり構わず剣先に虹の光を集中させる。それを、
「やっ!」
十分な力が集まるより早く、ゆかりの指先から奔った翡翠の雷槍が叩き、弾いた。
「っこの……!」
サーベルを振るうメリヒムの斬撃を、舞うようにゆかりが避けた次の瞬間。
ヘカテーの『三星矛』がサーベルを捉え、槍の刃と刃の間に引っ掛かったサーベルをそのまま弾く。
「っだあ!」
「がっ……!」
その瞬間を逃さず、悠二の繰り出した拳撃がメリヒムの後頭部に叩き込まれ、そのままメリヒムは落下する。
間髪入れず、叩き落とされたメリヒムとヴィルヘルミナ両名を、影から這い出た銀の腕が束縛した。
「捕獲完了、かな」
一仕事終えた気分になっている悠二は、この先にあるもう一つの波乱を、まだ知らない。