『王様落とした宝物!』
『ジュディが拾った宝物!』
『拾ってそのまま知らん顔っ!』
マージョリーが手を突いた地面から広がり伸びて、群青の自在式は“それ”を探す。
「‥‥‥‥爬虫類なら、腐るほどいるけど?」
「ツチノコです」
中国の山奥に、フレイムヘイズ『弔詞の詠み手』と紅世の王・“頂の座”ヘカテーが、在る。
「あーんなもん、ただちょっと胴が短えだけの蛇だろーがよ。もっとこうスリムでエレガントな‥‥‥」
「ツチノコです」
マージョリーの言葉も、マルコシアスの言葉も一切聞き入れず、目下ヘカテーの標的はツチノコである。
「大体‥‥ツチノコって確か日本の生物だったような気がするんだけど、何で中国に来んのよ?」
「そりゃおめえ、雑誌に目撃情報があったからだろ?」
「海を渡ったのかも知れません」
『グリモア』に乗ったマージョリーと、いつぞやのパンダに乗ったヘカテーは、ツチノコを求めて中国奥地を進む。
「好きだ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
決意の告白から、男女の間に長い沈黙が続く。
それを‥‥‥‥
「「‥‥‥‥‥‥‥」」
真上の校舎の屋上から覗き込む、人外の二人。
(頷いた! 今あの子頷いた!)
(って事は、オッケーなのか!?)
平井ゆかりと、坂井悠二。
その直下で、何とも初々しい雰囲気を漂わせながら‥‥男女は二人、連れ立って歩きだす。
「いや〜〜、上手くいったみたいだね♪ 協力した甲斐があるってもんよ」
「‥‥‥いや、結局僕たち役に立ってなかったと思うんだけど」
二人昨日、あの男子生徒にちょっとした相談を受けていたのだが‥‥‥悠二たちは関係も経緯も存在も特殊すぎて、あまり参考にはならなかった。
まあ、それはそれとして気になって覗いていたのだが‥‥‥。
「はぁあ〜〜‥‥‥。甘酸っぱい青春だなぁ〜〜‥‥‥」
「‥‥‥ほらゆかり、いつまでも浸ってないの」
言って、悠二は足下に銀影を展開する。それは、時計を模した悠二独自の自在式・『銀時計』。
「悠二‥‥‥乙女心がわかってないよ」
「わかってるってば」
空気をぶち壊されてむくれるゆかりの頭をポンポンと撫でながら、自在式は家出娘を探す。
「西、かぁ‥‥‥」
この距離だと、中国‥‥‥実家に帰っているのだろうか?
「えい♪」
「っと?」
さっきの告白の雰囲気にあてられて腕に飛び付くゆかり。
「うりうり♪」
‥‥‥やけに積極的だが、ここで反応したら確実にからかってくるに違いない。
(平常心平常心‥‥‥)
色々押し付けながら擦り寄ってきても、相手にしてはならない。
一体何度同じようなやり方で‥‥‥‥
「‥‥‥悠二、顔赤い♪」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
うれしそうににぱっと笑って、ぎゅうっと腕を抱き締めてきた。
‥‥後でヘカテーも巻き込んで一騒ぎ起こすだろう事がわかっていても、それでも可愛いと思ってしまう自分の負けなのだろう。
「‥‥‥『転移』」
誤魔化すように自在法を展開し、一路中国を目指す。
「来るなら来ると、前もって言っておけば良いものを‥‥大した物は出せないよ」
「いいよ別に、野暮用のついでに寄っただけだし」
中国中南部、『界戦』の傷痕もまだ癒え切らないこの地の上空に、不可視の異界が滞空している。
「全然出来てないみたいですねえ、『大縛鎖』」
「『星黎殿』の修理の方を優先させたからねえ。まあ、気長にやるさ。時間は‥‥そう、無限にあるのだから」
そんなこの地を悠二たちが訪れたのは‥‥あの戦い以来だった。
「それにしても‥‥‥」
悠二とゆかりは揃って、一点に視線を向けた。
そこは、“逆理の裁者”ベルペオルの左二の腕。
「‥‥‥‥どうした? 余の顔に何かついているか?」
くるくると三重に巻き付いている‥‥真黒の蛇のアクセサリーに、である。
「‥‥‥『人化』、しないのか?」
あの巨体が不便なのはわかるが‥‥‥アクセサリーになる事もないのに。
「うむぅ‥‥‥どうにも手足、というものに馴染めなくてな」
「御館‥‥‥マスコットが板についてきてるね」
そう、どうみてもベルペオルのアクセサリーにしか見えない“彼”こそ、紅世における世界法則の体現者・『創造神』“祭礼の蛇”である。
『神殺し』以前までの通称は汚名として捨て、今はかつて自身の意識を表出していた宝具の名を取り‥‥‥通称を『ウロボロス』と改めている。
「お前たちには、無足歩行の良さがわからんのか?」
わからん。
「このおかげで、盟主の常のお姿を知る者はほとんどいない。大抵は私の腕に居られるから、気配で悟られる事もない」
若干嬉しそうなベルペオルを見ていると、それで良いような気もする。
「まあ、本人が良いってんなら良いじゃん♪」
割とどうでも良さそうに、ゆかりが笑って黒蛇の口に饅頭を詰め込む。
まあ、それはそれとして、今日の要件は‥‥‥
「「ヘカテー知らない?」」
「「ヘカテーはどうした?」」
結局、両者とも知らなかったりした。
「ねえ‥‥あんた、まだ探すの?」
「ツチノコを見つけるまでは、帰れません」
すでに暗くなり、人間ならば何も見えない時間帯。
ヘカテーたちはまだツチノコを探していた。
「要するに、ユージの母親のご機嫌取りが出来ればいいんじゃないの?」
「べっつにツチノコに拘る必要ねーんじゃねえか?」
「そのご機嫌を取るためのプレゼント‥‥‥ツチノコです」
こうなると、ヘカテーは頑固である。
元気を失くしたパンダの背から飛び降り、わしゃわしゃと草むらを掻き分ける。
完全にお手上げ、といった風におでこを押さえるマージョリー。
そんな二人の‥‥頭上に、
「っ!?」
「この色っ!」
「何だぁ!?」
銀光が、輝いた。
「あ、いたいた♪」
「マージョリーさんも来てたんだ?」
家出娘を迎えにきた、悠二とゆかりであった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「どしたの、マージョリーさん? えらく無口になっちゃってまあ♪」
「久しぶりに会ったって言うのに、元気ないな」
「? ‥‥シチューがおいしいです」
沈黙を守るマージョリーに、悠二たちが話し掛ける。
「そう、気負わなくてもいいじゃないか。どうせ何かあったとしても、お前の独力でどうにか出来る面子でもないだろう?」
そんなここは‥‥‥
「久しいな、“蹂躙の爪牙”」
『星黎殿』。
「あんたたちねぇええ〜〜〜!!」
ヘカテー城食堂に、マージョリーの怒声が響く。
「何ですか、いきなり大声出して」
「何で私が『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の本拠地でディナーなんて食べなきゃいけないのよ!?」
「いや‥‥‥ヘカテーが迷惑かけたみたいだし」
何の問題もなさそうな悠二の言葉に、マージョリーは完全に脱力し、テーブルに突っ伏した。
「これから、遅れて変化に気付くように‥‥‥世界は加速度的に変わっていくだろう。先にその変化を認識しておかねば‥‥‥この先身が保たないよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
本来なら完全に相容れないはずのベルペオルの‥‥実に真剣な物言いに、マージョリーもいい加減割り切る(諦める)。
「‥‥‥‥‥‥そーね」
前提が変われば、行動も、存在意義も変わる。
その変化が、これから全ての存在を翻弄するだろう。
だから‥‥‥それを予め覚悟しておかねば、その流れに呑まれてしまう。
マージョリーとベルペオルのワイングラスが、カツンとぶつけられた。
そんな、あるいは世界の変化の第一歩とも見える光景の脇で‥‥‥‥
「千草さんが嫁いびり!? あはははははは♪」
「ヘカテー‥‥‥あんまり変な事で母さんや皆に心配かけないの」
「‥‥‥ですが‥‥‥」
「めっ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
アットホーム極まるやり取りが展開されていた。
(ふむ‥‥‥‥)
世界の狭間に数千年もの永きに渡り閉じ込められ、誰より孤独を知る黒蛇が、その目に宿る銀光を穏やかに揺らす。
(たまには、悪くないか‥‥‥)
内心で苦笑して、フランスパンを一本丸呑みにした。
(シュドナイも、またふらりと出掛けていなけれ、ば‥‥‥‥)
そんな物思いに耽る途中で、目の前に迫っていた顔に気付き、驚く。
ヘカテーがじっと、その明るすぎる水色の瞳でこちらを見つめていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥ヘカテー、どうした?」
その質問に、ヘカテーは応えず‥‥‥‥
「‥‥‥‥ツチノコ」
捕獲した。
「めめ、めめめ盟主!?」
「おぉ! ナイスヘカテー♪」
「まあ‥‥‥ツチノコに見えなくもないかも」
「用が済んだなら帰るわよ」
その後、坂井悠二の母・千草と、『創造神』“祭礼の蛇”の‥‥‥両家の顔合わせが実現する事になるが‥‥‥。
それはまた別の話。
(追記)
悠二の妹の名前の読み仮名ですが、三草(みぐさ)です。