「‥‥‥‥‥‥」
目が覚めた。朝、ではない‥‥外は明るい。
別に、朝からずっと寝ていたわけではない。ちょっとお昼寝をしていただけだ。
「あら、ヘカテーちゃん起きた?」
「‥‥‥‥はい、おばさま」
今は、あのお腹が引っ込んでいる義母・坂井千草に挨拶。
「悠二と、ゆかりは‥‥?」
「ヘカテーちゃんが寝てる間に、お出掛けしちゃったみたいねえ」
あまり愉快ではない事を頬笑ましげに言う千草。
不思議と腹が立たない。
「あー」
仕方ないから、義妹の三草を抱き上げ、テレビのスイッチを入れる。
そのまま膝の上に乗せて‥‥しばらくは一緒にテレビを見ていた。
プチンッ
終わってしまった。千草も、番組の最中に三草の事を任せて、買い物に行った。
「‥‥‥退屈、ですね」
「あうー」
両手で脇を持って、目線の高さまで持ち上げる。何とも可愛い。
ゆかりのお姉さんのような立場にある自分だが‥‥やはりこの無邪気さは赤ん坊にしかない。
「‥‥‥出掛けましょうか」
「ばぶっ!」
ヘカテーと三草、小っさい二人、街へ出る。
「三草です」
「うー」
「あらあら、可愛い赤ちゃんとお母さんね」
背中に三草用の道具を詰め込んだリュックを背負って、時々三草を人に見せびらかしながら、ヘカテーは街を練り歩く。
「ふ、ふわぁぁあ〜〜〜ん!!」
(この、泣き方は‥‥‥)
突然泣き出した三草の泣き方に、これは漏らして、オムツが気持ち悪くなったのだと気付き‥‥‥
(『清めの炎』!)
人目に付かないように隠して‥‥ボッと、水色の炎が全ての汚れを焼き尽くす。
てくてくと、三草を自慢して回るヘカテーは、優秀な世話係である。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
色んな場所に連れ回されて疲れたのか‥‥いつしかヘカテーの腕の中で、三草はすやすやと小さな寝息を立て始めた。
公園の木陰に腰掛けて、三草の頭を優しく撫でているうちに、犬な猫、小鳥などがわらわらと集まる。
柔らかな獣毛と陽気の中で‥‥‥ヘカテーは再び眠りに落ちる。
特に珍しくもない、日常の一コマ。そんな日の夜に‥‥‥それは起きる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ゆかりは貫太郎の書斎で、貫太郎から、何やら外国の話を聞いている。
三草は寝ている。千草はさっき、服にアイロンをかけていた。
‥‥‥‥そして、さっきまで一緒に遊んでいた悠二は今‥‥‥入浴中。
「‥‥‥‥‥‥‥」
シュタッ、と軽快な音を立てて、ヘカテーが立ち上がる。
目指すは坂井家風呂場。
目的は、恋人ならではの特権。
(私はまだ‥‥‥恥ずかしい)
しかし、悠二のを見る分には‥‥好奇心が勝る。恋人なのだし、ちょっとくらい許されて然るべき。
シャワーの音が聞こえる、チャンスだ。湯槽に浸かっていたら‥‥難易度は極めて高くなる。
音もなく、周囲を警戒しつつ、ヘカテーはそこを目指す。
鼻歌が聞こえた。間違いなく気付いていない。
「‥‥‥‥‥‥ふぅ」
一息深呼吸。動悸が激しくなる胸を左手押さえ、右手でその扉を‥‥‥
「っ!?」
開、けなかった。
背後からの柔らかな圧力と共に、自身の体が宙に浮かんでいる。
「ヘカテーちゃん、親しき仲にも礼儀あり、って言葉があるのよ?」
振り返れば‥‥義母・千草。いつかの時といい、自分の後ろを取るとは‥‥何者。
ところで、この接し方はまるで‥‥‥自分が三草にする接し方のようだと感じるのは気のせいだろうか?
「ヘカテーちゃんも、自分がお風呂に入ってる時に、悠ちゃんに覗かれたら嫌でしょ?」
(いや、そんな事よりも‥‥‥)
『《ここは私の家だよ! 家のルールに従えないなら出て行きな!》』
(この状態は、もしや‥‥‥‥)
『《うちの息子を愛してる? へえ〜、なら当然、その母親である私にも優しく出来るよねえ》』
「っーーーーーーー!!」
ヘカテーの、声無き絶叫が響き渡る。
「ヘ、ヘカテーちゃん‥‥‥?」
千草の言葉にも構わず、じたばたと必死に暴れてその腕から逃れたヘカテーは、そのまま振り返らずに二階に駆け上がった。
「何か‥‥怒らせちゃったかしら」
千草には、ヘカテーの豹変の理由はわからない。
二階・悠二の部屋。頭から被った布団の中で、ヘカテーは小刻みに震えていた。
(おばさまは、怒っていた‥‥‥?)
自分の恋を、よりによって恋人の母親に妨害された、というシチュエーションが、ヘカテーを恐怖に陥れていた。
(昼にテレビで見た。これが‥‥“嫁いびり”の兆候?)
考えてみれば、心当たりはなくもない。
元々が、成り行きで住み着いた居候。挙げ句、自分が逃げ出した事が、結果として悠二を世界規模の戦いへと導いた。
それに、今日の昼も勝手に三草を持ち出して‥‥‥。
子供を二人も取られたら、如何に温厚な千草でも怒ってもおかしくない。
(もし、もしも‥‥‥‥)
「うちの息子はやらん!」などと言われたら‥‥どうすればいいのだろうか?
‥‥‥いや、諦めるのはまだ早い。
(何か、おばさまの機嫌を直して貰うには‥‥‥)
やはり、プレゼントだろうか。しかし‥‥‥今回ばかりは悠二を頼るわけにもいかない。
ゆかりを頼るのも、心象がよくないだろう。
(‥‥‥‥‥‥‥っ!)
考えるうちに、一つの名案が浮かぶ。こういう“相談”に、明るい人物を‥‥‥自分は知っている。
その夜の坂井家の鍛練に、ヘカテーの姿はなかった。
「‥‥‥で、それで何で私の所に来んのよ?」
「そこそこ久しぶりだってえのに、随分とまあ私的な相談だなぁ」
目の前で、ウイスキーを呷る『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーに、ヘカテーは持っていた雑誌を開いて見せる。
「『中国の奥地に発見! 幻のツチノコを追え』‥‥‥‥何これ?」
「プレゼントです」
ヘカテーは、千草へプレゼントを渡し、機嫌を取ろうと決めた。
本来は、千草と外見年が近そう(嗜好が参考になりそう)なマージョリーにプレゼントの内容を考えてもらおうと考えていたのだが‥‥‥たまたま目についた雑誌に、最適なものを発見したのだ。
もっとも、それでもやはりマージョリーの手は借りねばならない。
「‥‥‥‥あんた、ユージの母親と私の外見の歳が、同じに見えるって‥‥‥?」
そんなマージョリーの問いに、ヘカテーはこくりと頷く。
途端、マージョリーの全身を『トーガ』の獣が覆い‥‥‥
「マージョリーさん! そこで暴れないで下さいって。坂井んとこの母ちゃんは明らかに若いですし‥‥‥‥」
「私は二十代だったってのよ! いくら若いったって子持ちと同じって‥‥‥しかも高校生の子持ちって‥‥‥」
「まあ、日本人は実年齢より大分下に見られるしなぁ‥‥」
一緒に近くにいた佐藤と、マルコシアスに止められる。
「ツチノコ探しに、自在師のあなたの力を貸してください」
言って、先ほど怒らせた事をよくわかっていないヘカテーは、ぺこりと頭を下げて頼む。
もちろん、それですぐにマージョリーの機嫌が治るわけもない。腹立たしげに返す。
「だーから、何で私なのよ!? それこそあんたのダーリンにでも頼めば‥‥‥ってそうもいかないか」
言葉の途中で、それを理解するマージョリー。ちなみに、ヘカテーの話には多分に主観が混じっているため、マージョリーは事実を正確に把握しているわけではない。
「私事で『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の御座を空けている身では、協力を仰ぎにくいのです。どうか‥‥‥」
言って、ヘカテーは再びぺこりと頭を下げる。
「〜〜〜ああもうっ! わかったわよ、手伝えばいいんでしょ! 手伝えば!」
頭を掻きながら請け負ったマージョリーに、ヘカテーは仄かな笑みを零した。
「‥‥‥マージョリーさんって、女の子に甘いよな‥‥‥」
「それよりよぉ、ユージの母ちゃん、こんなもんもらって喜ぶかあ‥‥?」
それを見守る男二人は、若干の不服と不安を込めた呟きを、漏らしていた。
「で、ヘカテーを見たのはそれが最後‥‥?」
「ええ‥‥‥‥」
翌朝、ヘカテーの戻って来なかった坂井家では、ちょっとした話し合いが繰り広げられていた。
「まーた何か勘違いしてる気がするね♪」
「‥‥ゆかり、嬉しそうに言わないの」
とは言っても、ヘカテーは元々結構挙動不審な所があるから、こういう事はそれほど珍しくはない。
皆‥‥特にヘカテーの心と力の強さを知っている悠二とゆかりは大して心配してなかったりする。
「まあ、今日学校が終わるまでに気配が街に戻らなかったら、ゆかりと一緒に探しに行くよ」
わりと軽く請け負い、悠二とゆかりは月曜の学校に歩を進める。
(おまけ)
感想板にて少し要望がありましたので、本編終了時点でのスペック簡易表を。
SSSS・神威召喚
SS・悠二(蛇様)、(王)アラストール、敖の立像
S・悠二(黒)、メリヒム、シュドナイ、サブラク、マティルダ
AAA・シャナ、ヘカテー
AA・悠二(銀)、ヴィルヘルミナ、マージョリー、キアラ、サーレ、プルソン、デカラビアなどなど‥‥いわゆる一流
AA−・ゆかり
A・一般的な紅世の王
何か、色々上限突破気味ですが‥‥マージョリーとかの辺りをBとか呼びたくなかったので。
状況や相性とか色々あるし、これはあくまでも“スペック”です。
悠二は上に行くごとに制限時間は短くなるし、ゆかりは『オルゴール』で上限もします。
ちなみに、師匠は器自体は小さいけど、やり方次第で何でも出来る‥‥‥という特殊すぎるキャラなので‥‥‥‥
J・リャナンシー
とでもしておきます。