「ふむふむ♪」
「「‥‥‥‥‥‥‥」」
手が触れるか触れないか、といういかにもぎこちない田中と緒方を、後ろからニヤニヤ眺めるゆかり。
夜の校舎で二人、と言えば距離が縮まりそうなものだが、残念ながら、真後ろに野次馬がいては普段以上にくっつき辛い。
「あ、はは‥‥ごめんね、ゆかりも坂井君と一緒が良かった?」
「気にしなさんな♪ どうせ私が、『オバケ怖い〜』ってのはキャラ的に無理があるから」
苦笑い混じりに言ってみた緒方に、実にもっともな応えを返すゆかり。
ちなみに、『ゆかりが悠二を好き』というのは周知の事実となっている(ゆかりが隠してないから)。
まあ、ヘカテーが転校してくる前から色々邪推されていたし、それ以降もひたすら仲が良かったからあまり驚きはしなかったが。
しかし‥‥‥‥
(もしかして‥‥ちょっと拗ねてる?)
ゆかりが言った事ももっともなのだが、こうして野次馬みたく後ろでニヤニヤしてるゆかりの笑顔が若干怖い。
公平なくじなのだからあれなのだけれど、何か悪い事した気分になる。
などと、考えても仕方ない事を考える緒方。
その、目の前‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥へ?」
不気味にふわふわと揺れる‥‥‥人魂。
「キィヤァアアアアア!!」
「オ、オオオオガちゃんん!?」
半ば以上に信じていなかった心霊現象を前にして、たまらず緒方が卒倒し、田中が慌ててそれを支える。
(人、魂‥‥‥?)
色々と場慣れしているゆかりが、こんな時でも冷静に眼前の光景を認めて‥‥‥‥
「よっ!」
「っわぁあ!?」
田中の足を後ろから払う。そのまま、田中をクッションにして二人して倒れこみ、ゆかりが人魂の前に立ちはだかる。
「封絶!」
異常に際した条件反射のように『一般人』を破壊から隔離させようとして‥‥‥
「‥‥‥って出ない!?」
それが不発に終わった事に驚愕する。
しかし、それでも目の前の人魂に構えを取る。
(封絶無しで炎弾とか使えないし、体術で戦うしかないかな‥‥‥‥)
しかも、狭い廊下である。正体不明の相手に不利を感じて内心焦るゆかりの前で‥‥‥‥
「ふぇえっ!?」
人魂が、一つ、二つ、三つ、どんどんとその数を増やしていく。
とても、体術だけで対処出来る数ではない。
その時‥‥‥‥
「う‥‥‥うわぁああああ!!」
「!?」
こういった非日常にトラウマを持つ田中が、恐怖の絶叫を上げた。
それはゆかりに、封絶も無い至近に守る対象がいる事を明確に伝え‥‥‥
「『銀律万華鏡(カレイド・ミラーボール)』!」
銀鏡の防壁が、田中と緒方を包み込んだ。
「叫び声‥‥オメガと高菜です」
「他の組にはシャナちゃんや平井さんもいるから、そうそうやられるわけないんじゃないか!?」
「池、自分で走れよ‥‥‥‥」
さっきの騒ぎで腰を抜かした池のベルトを片手で掴んで走る悠二。いつか、メリヒムにこの運ばれ方をされて不満を漏らした事があるが、なるほど‥‥‥確かにあまり抱える気にはならない。
「な、何だ今の叫び声は!?」
「!!」
悠二たちと同じく、叫び声に気付いたらしい見回りの教師の姿を‥‥人間には見えない暗闇で、悠二が捉えた。
「池(行けぇ)!!」
すかさず、掴んでいた池を勢いよく放り投げる。
「おどぅわぁあああ!?」
「ほげぶっ!?」
いい感じに直撃して、教師を昏倒させた。
(ああ‥‥‥本当ならもっと穏便に済ませたかった)
結局自分自身が教師を気絶させた事に若干頭を抱えつつ、走り抜けざま、グロッキーの池を拾い上げる。
「坂井‥‥‥‥僕は、いつか必ずお前を‥‥‥‥」
「いました!」
「ゆかり!」
何か恨み言をぶつぶつと言っていた池を無視しつつ、二階の図書室前で狼狽えている田中、倒れている緒方‥‥そしてゆかりを見つけた。
「あ‥‥坂井、平井ちゃ‥‥‥俺たち守って、壁みたいなのが割れたら、もう倒れて‥‥‥」
田中のわかりにくい説明を聞き流しながら、ゆかりの体を起こし、状態を見る。
ミステスの体が残っているのだから、当たり前だが生きてはいる。そして‥‥傷一つついていない。
「田中、緒方さんは‥‥?」
「い、いや! オガちゃんは人魂見て気絶しただけなんだ!」
慌ててそう言う田中、続けて何か言いたそうに口籠もったが、残念ながら今は田中の自己満足のための謝罪を受けている場合ではない。
「田中、緒方さんを図書室に運んで」
言って、自分はゆかりを抱きかかえて、鍵穴に銀に光る指を数秒かざした後、図書室に入る(無論池とは違い、姫抱っこである)。
田中が慌てて続き、ヘカテーが池の襟首を片手で掴んで引きずり込む。
ヘカテーを除く全員を図書室に確保した後‥‥‥
「‥‥‥‥ふっ!」
ヘカテーを連れて図書室を出た後、その扉に手を突き、扉のみならず、窓も壁も、図書室全体を自在式の防壁で包んだ。
「ヘカテー、どう思う?」
そして、改めて正体不明の何かが潜む校舎に目を向け、傍らの、少しぷるぷると震える恋人に訊く。
「外傷が一切なく、ゆかりの速さでも一瞬で捕まえられてしまった。‥‥‥ほぼ間違いなく、幻術の類の力だと思います」
「‥‥‥うん、そう思う。僕の時も、似たような力だったし」
相変わらず、封絶は使えない。いつかのミサゴ祭りで、教授に封絶を封じられた時と同じである。
自在法‥‥‥間違いなく、徒‥‥あるいはフレイムヘイズの仕業。
「ゆかりは幻術や撹乱が苦手です、それに封絶が使えなかった。ですが‥‥」
「‥‥‥うん。シャナたちは、どうなってるだろ?」
シャナには『審判』がある。幻術を仕掛けられたとしても、逆に本体の居場所を見極められる。
「行こう」
しかし、その予測は外れる。
今まさに行かんとする悠二の視界に映ったのは、シャナをおぶって歩く吉田と、佐藤の姿だった。
「‥‥‥つまり、どういう事なんだ?」
「‥‥我にもわからん」
その場にいたらしいアラストールに話を訊いても、ゆかりの時以上の情報はわからない。
いきなりの出現・襲撃、そして幻術らしき攻撃を受け、『審判』を使っていたにも関わらず、シャナは突然奇声を上げて卒倒した、という事らしい。
「単なる幻術じゃなくて、精神攻撃でもあるのか‥‥? それにしても‥‥‥」
やり方が、奇妙だ。
封絶を使えないようにして、こっちの動きを制限した上で、向こうは幻術系の自在法を存分に使う。
一見、実に合理的なやり方に見えるが‥‥‥‥
(わざわざ"あっちも"建物に被害の出ないような攻撃をしてきたり、気絶させた相手に攻撃を加えてなかったり‥‥‥‥‥)
相手の狙いが、わからない。
(‥‥‥‥‥‥いや)
実を言えば、"まさか"、という一つの結論はある。
そして、もしそれならば、ほとんどの疑問が解決する。
どちらにしろ‥‥‥‥
(直接会ってみないと、わからないな‥‥)
悠二は、隣でゆかりどころかシャナまでやられた事態に警戒しているヘカテーの胸元‥‥『緋願花』お揃いのロケットに手を伸ばす。
トン‥トン‥トン‥‥
夜の静かな校舎に、悠二とヘカテー、二人の足音が響く。
(来た!)
しばらく自身を囮として徘徊していると、ゆかりやシャナを襲ったであろう人魂が、自分たちの周囲にフワフワと滞空し始めた。
運が良い、ここの廊下は、他よりずっと広い。
「ヘカテー!」
「はい!」
悠二は自分の額に指を二本当て、ヘカテーは胸元のロケットを握りしめる。
人魂が、まるで死霊の群れのように襲い掛かり‥‥‥
「はっ!」
それら全てが、悠二とヘカテーを取り巻く銀の自在式に弾かれた。
先ほどヘカテーのロケットに仕掛けたのは、この幻術返しの自在式。
強い意思総体と、自在式による耐性があれば、幻術など効きはしない。
弾かれ消える人魂の一つが消えず、淡い銀光を帯びて、飛ぶ。
(掛かった!)
この幻術を仕掛けた‥‥自在師へと返る。
タンッ!
ヘカテーが軽やかに跳び出し、廊下の角に潜んでいたらしい、怪しい人影に『トライゴン』を振るう。
「っ!」
すると、またも悠二の時と同じように空間が捻れて、一気に離れ‥‥‥
「逃がすか!」
る前に、悠二が廊下をパンッと叩き、逃げる先に鎧や歯車、発条、果ては機械までをグシャグシャに混ぜ合わせた銀の金属壁が聳え立った。
「手に!」
「はい」
一声で互いの意思を確認しあった悠二の手に、ヘカテーが"乗る"。
「っおおぉ!」
そして、悠二の怪力によって、ヘカテーが弾丸として投げ放たれた。
「っ!?」
レインコートで姿を隠しているらしい怪しい人影は、そのヘカテーを慌てて躱し、しかしヘカテーは銀壁に着地、そのまま『トライゴン』で攻め立てる。
それを、ひたすら後退して躱すレインコート人間。
「"やっぱり"、格闘は苦手か‥‥‥」
そして、悠二が再び床に手を突く。そこから、床を、壁を、天井を、無数の銀色の自在式が這い、迫る。
それは、至近にいるヘカテーには影響を及ぼさずに、人影に襲い掛かり‥‥‥
それら全てが、制御を奪われた。
"深緑"に、その色を変えて。
「少しは、自在法の扱いがマシになったな」
「やっぱり‥‥‥何やってるんだ、"師匠"」
弾け散った自在式、それと一緒に破れたレインコートの下の姿は‥‥‥‥
紫の短髪の、儚げな印象を与える‥‥少女。