「ドォオーミノォオー!! 早くマイナスドライバーを持ってきなさぁーい!」
「えぇ〜、さっき渡したじゃないですはひはいひはい」
白緑色の光を放つ用途不明の機械群でごったがえすこの一室に、お馴染みの二人が騒いでいる。
在不在に関わらず状態を保持されている、『星黎殿』内の『教授の研究室』である。
『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の参謀や盟主、『姫』からも頼まれている案件があり、そのためにこの『星黎殿』に招かれた(さらわれた)というのに、教授の今の探求心は少し脇道に逸れている。
「持ぉーち主の姿に併せて己が姿をも変化させる『宝具』・『神! 鉄! 如意ぃーー!』」
そう、剛槍・『神鉄如意』。本来なら『三柱臣(トリニティ)』専用の宝具にして、『大命』遂行時にしかその使用を認められていない"千変"シュドナイの愛槍である。
まあ、最近はヘカテーが軽々しく『トライゴン』を持ち出したりもしているわけだが。
「んーふふふ! 前から一度、こいつをいじくり回してみたかったのでぇーすよぉおー?」
無論、勝手に持ち出して良い代物でもなければ、教授が許可を取ってきたわけでももちろんない。
勝手に持ち出し、勝手に解析し、そして遂に完成をみた。
唯一の救いは、教授の目的(というか興味)が『槍の改造』ではなく、『槍の能力の応用』であったため、『神鉄如意』が妙な改造をされなかった事だろうか。
「さあぁーて、行きますよドォオーミノォオー! 栄えある我が新発明の第一被験者にしてあげましょぉーう!!」
言って教授が肩に担ぐのは『神鉄如意』の力を彼なりに解析して作り上げた巨大な大砲。
製作過程でこんなサイズになってしまったが、そんな事は後回し、今は重要な『実験』こそが肝要。
が、もちろんドミノとてそんな危ない目に遭いたくなどない。
「きょ、教授! 実験ならほら! 別に無生物でも良いんじゃ‥‥‥」
「問・答・無ぅーー用ぅうーー!」
ビビビビビビビッ!
大砲の先端から、あまりにもアンバランスな白緑色の光線がフニャフニャと曲線を描いて飛んでいく。
「ひぃいいいー!」
ドミノはもちろん逃げる。走る速度とそう変わらない『光線』というのも貴重ではある。
逃亡者にとっての当然の理としてドミノは研究室のドアに向かって逃げるが、そのドアが、
突然開いた。
「おじさま、ゆかりに頼まれ‥‥‥」
開いたドアに顔をぶつけてひっくり返ったドミノは、光線の軌道から外れ、
そして‥‥‥
「どう?」
「うん、美味しい」
『星黎殿』にも『娯楽としての食事』を楽しむために料理設備は存在する。
普段は下級の徒や燐子に任せるそれを、つい先ほどは一人の少女が行っていた。
元々、料理は嫌いではないし、それが好きな人に食べてもらえるというならなお良い。
巫女・ヘカテーの副官、"万華響"の平井ゆかりである。
朝はおせち料理、今は三時のおやつに軽くフレンチトースト。
普段は活発に心の赴くままに動く彼女だからか、クリーム色のセーターの上にエプロンを着けた姿は何やら新鮮で家庭的な感じがする。
美味しい、と告げた時に浮かべた笑顔も、いつもの弾けるようなものと違って、何か暖かくて、包容力のあるものだった。
「にしても、ヘカテー遅いね?」
エプロンを外して、自分もぱくりとフレンチトーストを口にすると、そこにいるのはいつもの天真爛漫な彼女だ。
女性とは不思議なものである。
「教授の様子ちょっと見に行っただけだろ? すぐに戻ってきておかしくないんだけど、冷めちゃうね」
言いながらもう一つ、口にくわえる悠二を、
「‥‥‥‥‥‥」
目を丸くした平井が見つめていた。
「な、何?」
訊く悠二だが、その返答は目の前の平井からは返らない。
「ゆーじ、わたしもたべたいです」
‥‥‥何か、聞いた事のある声が、不自然な声色とやや舌足らずな口調で返してきた。
声の発生源は‥‥上!
「ヘカテー?」
首を上に向けても姿が見えない、どころか、何かがぶら下がっているような力で髪が引っ張られた。
「い、痛いってばヘカテー!」
「ゆーじ、おちます! くびをへんにうごかしちゃだめ!」
落ちる?
全く意味がわからないまま首を正すと、引っ張られなくなった(ただ、首を起こす時が一番痛かったが)。
そのまま頭を何やらいじくり回されて、ようやく落ち着いたような気配を感じる。
「あ、あああ‥‥」
「?」
何か変な声に反応して目を向けてみれば、平井が瞳をウルウルとさせて口元に隠しようもない笑みを浮かべている。
この少女がこんなに機嫌が良いとロクな事がない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
猛烈に嫌な予感を感じつつ、恐る恐る頭の上の『何か』をつまんで、そっとテーブルの上に乗せた。
小さい。元々小柄な『彼女』ではあるが、あまりにも小さすぎる。
しかも何か二頭身気味にデフォルメされていらっしゃる。
「‥‥‥ヘカテー?」
「?」
「かーわいいーー!!」
呆気に取られた悠二と、諸手を上げて喜ぶ平井に見守られ、フレンチトーストを口いっぱいに頬張る、やたら小さくなったヘカテーが、
不思議そうに小首を傾げた。
「‥‥また教授か」
事の顛末を聞いた悠二が、重い、重い溜め息を吐く。
もちろん、教授を捕まえるのにも一苦労だった。
「『神鉄如意』の変幻自在の能力を応! 用! でぇーきれば君達にとってもプゥーラスなはずでしょう!?」
などと言っていたが、
「ヘカテー、元に戻れる?」
「‥‥‥‥?」
‥‥どこが変幻自在だ。
悩みの種となった恋人を頭に乗せて、悠二と平井は『星黎殿』のヘカテー城を歩く。
あまり人目につくわけにもいかないため、このプライベートエリアから動くわけにもいかない。
「はぁあああ〜〜〜」
メロメロ、といった形容詞が似合いそうな溜め息を吐く平井。
彼女はこの状態を思う存分楽しむつもりらしい。
わしゃわしゃ
「♪」
ヘカテーは、悠二の頭上にて上機嫌である。
自分のサイズが変わった事に関しては、とりあえず脇に置いておく。
今はこの漆黒の草原が自分の庭である。
わしゃわしゃ
(いいにおいがする‥‥)
まとめて、混ぜて、束ねてみて、毛の根元をつぶさに観察してみる。
ごろごろ
一通り毛繕いを終えたら、うつ伏せに大の字なってから愛しい足場に頬擦りする。
(ゆーじのにおい‥‥)
うっとりと、意識を手放しそうになったヘカテーが、
「む‥‥‥‥」
唐突に顔を上げる。
帽子の両端にぶら下がっている赤い珠がセンサーのようにピコンピコンと明滅している。
「ゆーじ」
「ん?」
くいくい、と悠二の髪の毛を引っ張って、元来た道を指差して促す。
「ここ、なんかおやじくちゃい」
「ぐはあ!」
ヘカテーに促され、踵を返した悠二の後方の柱の影で、何かが苦しげに倒れ込んだような音と声がしたが、無論悠二達は気付いていない。
気を取り直して悠二の頭の上で丸くなるヘカテー。
しかし、またも邪魔が入る。
「っ!」
唐突に、悠二の頭上からつまみとられた。
その犯人を視線で追えば、親友・平井ゆかり。
「‥‥‥‥‥‥」
ジッ‥‥と不満の意を込めてしばし凝視する。
それほど長くはないが、これ以上なく深い付き合いだ。これで十分通じるはずである。
(?)
しかし、こちらの意図を察してくれているはずの平井は、体をクネクネと捩るばかりで一向に解放してくれる気配がない。
こうなれば実力行使。
しゃかしゃか!!
「‥‥‥‥‥」
ダメだ。短くなってしまったリーチばかりは如何ともしがたい。
だが、だんだん焦れてくるヘカテーに、平井がそっと耳打ちする。
もちろん、悠二に聞こえないように少し距離をとって、だ。
(いつも頭の上にいたんじゃ、悠二の顔が見れないよ?)
「っーー!」
ニヤニヤしながら言った平井の一言に、ヘカテーは小さな体を凄まじい勢いで硬直させた後、力尽きたように脱力する。
平井にしてみれば、面白くて、可愛くてたまらない。
そのまま、絶望の淵にあるヘカテーに救いの言葉を投げ掛ける。
もちろん、自分のために。
(だ・か・ら♪)
「「♪」」
「‥‥‥‥‥‥」
何だかんだで、ヘカテーが頭上に居座っていた状況をちょっと気に入っていた悠二が、平井に目をやる。
先ほどまで悠二に乗ってたヘカテーは、平井の頭上から悠二を眺めながら、平井の触角をくいくいと引っ張っている。
平井はといえば自身のチャームポイントを好き放題にされているというのに全く怒っていない、どころかいたくご満悦な様子である。
「‥‥‥ぷっ」
何とも微笑ましい。
自分に乗られていてはヘカテーが見れないし。これはこれで悪くない。
「ベルペオルも、そう思わない?」
「‥‥‥バレてたかい」
影からコソコソとヘカテーを盗み見ていたベルペオルも、バレたなら仕方ないとばかりに遠慮なしに近づいてきた。
ターゲットは、言わずと知れたヘカテー。
「‥‥今回ばかりは、教授に感謝してもいいねえ」
「でしょ!? も〜〜ベルペオルさん話わっかる〜〜♪」
「ま、元に戻ればいいんだけどね」
「と、言いながらヘカテーのほっぺたを引っ張る悠二であった♪」
平井の頭から平井の両掌の上に移動させられたヘカテーが、一斉にもみくちゃにされる。
が、
「むぅ‥‥‥やぁ‥‥!」
もみくちゃにされる方からすれば、快適であるはずがない。
小動物を可愛がる子供が加減を間違える現象に近い。
が、もちろんそんな事はヘカテーにとっては関係ない。
だんだんストレスが溜まる。
「へ〜〜‥‥」
悠二達は、可愛がるのに夢中で気付かない。
「か〜〜‥‥」
両腕を胸の前で組んで、まるで力を溜めるようにプルプルと震えるヘカテーに‥‥‥
「ちゅう〜〜〜!!」
年を明け、往年より大幅にその姿を変えた『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の本拠地に、水色の光がほとばしった。
そんな、平和な日常の一ページ。