ザクッ ザクッ
ソフィアは、あの後すぐにへたり込んで眠ってしまった。
それも仕方ない。ただでさえ彼女にとっては無茶苦茶な事が立て続けに起こった。そして何より、出血がひどかった。
街外れのガルザの家に再び連れ帰り、またベッドで休ませている。
その間に‥‥
ザクッ ザクッ
墓を作る。
父親や、親しい常連客達の"こんな姿"をソフィアに見せるわけにはいかないから急ぎだ。
自分でさえ、思わず目を背けたくなる。
が、それももう終わり。
「‥‥よし」
あまり上出来とは言えないかも知れない。
だが、無いよりはマシだろう。
横に並んだ、七つの墓。
「‥‥‥‥‥‥‥」
本来なら、『これ』が終わった時点で、ここから立ち去るはずだった。
徒にとって、フレイムヘイズとの戦いは避けるべき『災害』、それ以外の何物でもない。
ましてや、今回の相手はミステス。しかも、ミステスとなってから相当の時を経ているのだろう。もう大した存在の力は残っていない。
要するに、放っておいても近いうちに消えてなくなるという事だ。
いつものように、戦わずにさっさと姿を消すべきだ。
だが、
『もう! また寝坊ですか!?』
『ちゃんとしてたらそれなりに見える顔してるのに』
『へ〜、意外に器用なんですね』
『ぐぜの‥‥ともがら?』
『‥‥悔しい』
‥‥そういうわけにも、いかなくなったから。
「‥‥‥‥‥‥」
家に戻れば、今度はソフィアはちゃんといた。
正確には、まだ寝ているだけだが。
「‥‥‥‥‥‥」
そっと、眠る少女の前髪を撫でる。
結局、"人喰いの化け物"である自分に対して、ソフィアがどんな思いを抱いたかに関しては、何一つわかっていない。
ただ、自分の父親を、家を、大切なもの全てを奪ったあのミステスが許せないという気持ちしかわからなかった。
目を覚まし、再び顔を合わせたら、どんな顔をされるかわからない。
だが、それでいい。
それが、当たり前なのだから。
「行く、か」
大剣、ソフィアの願いが生み出した大剣を手にする。
『これ』でソフィアの願いを果たす。
そうすれば、自分がここで果たすべき事は終わる。
‥‥‥‥いや、
(花を、持ってこよう)
あんな不出来な墓でも、綺麗に彩れるくらいの、たくさんの花を持って、
また、ここに来よう。
ドンッ!
思い切り地を蹴り、全速力で飛翔する。
向こうがこっちを探しているのだろうから、こちらが気配を顕にするだけでいい。
あとは、ただ人気の無い所まで"釣れ"ばいい。
自宅とは正反対の村外れは、乾燥帯の荒野だ。
人的被害はもちろん。山火事などの心配も少ないだろう。
もちろん、村外れとはいえ人間がいない保証などないが、そこまで気を払うつもりも、余裕もない。
飛ぶ背に、強い圧迫感と威圧感を感じる。
ちゃんと気づいてくれたらしい。
(ここらで、いいか)
と考えて振り返る、直後‥‥‥
「っ!」
昨日同様、身の丈ほどの戦輪が迫り、躱した拍子に前髪が二、三本宙に舞う。
そのほんの僅かな隙に、追ってきたミステス、長髪の女はもう一つの戦輪を投げ放つ。
そして、先ほど躱した初撃の戦輪が、ブーメランのようにこちらにまた向かってくる。
結果として、前後からの挟み撃ちのような形となる。
「ふっ!」
二つの戦輪のぶつかるタイミングをずらすため、敢えて前に出て、前方の戦輪に‥‥‥
「っはあ!」
大剣、ソフィアの願いから生まれた力を叩きつける。
ギィイイン!
戦輪の軌道が逸れる。大剣には、傷一つついてはいない。
前に大鎌でぶつかった時にはろくに軌道を逸らす事さえ出来なかった。
まともに戦いもしなかったのに、大鎌はボロボロになった。
今は、違う。
「くっ!」
後方からの戦輪を何とか躱す。
パパンッ!
その戦輪、そして、軌道を逸らして飛ばしたはずの戦輪の二本が、ミステスの女の手に受け止められる。
持つ存在の力自体はすでに矮小なものとなっているにも関わらず、目の前の女から感じる『力』は強大だ。
「はあああああ!!」
血色の炎を全力で放つ、が、これも"試しに"という以上の意味は無い。
「‥‥‥‥‥‥」
緩やかな動作で、女は戦輪を一本、放る。
それは次第に凄まじい回転を帯び、さらには炎を吹き出し、巨大な大火輪となって飛んでいく。
(思った通り、ダメか!?)
血色の炎を容易く斬り裂き、大火輪が襲い掛かってくる。
以前と同じ、受け止めるわけにはいかないから必死に躱し続ける。
「死ね!!」
為す術も無く逃げ回るガルザに、二本目の戦輪が、炎を撒いて襲い掛かる。
そう、わかっていた事。
たとえ強力な剣を手にしても、炎が通じないなら、遠距離で戦っても、最初から勝ち目など無い。
「っおおおおお!!」
全身から、血色の炎を吹き出させ、巨大な炎幕が張られる。
死ぬかも知れない。運任せの博打だった。
炎幕を、二つの大火輪が斬り裂き、そして、戦輪が女の手元に戻る前に、炎の中から、ガルザが飛び出す。
博打に勝ったとは言えない。炎から飛び出したガルザの左腕は斬り落とされてなくなっていた。
でも、生きている。
戦輪が手元に無いうちに、懐に飛び込んで倒す。
ここにしか勝機は、無い!
「う‥‥‥」
残った右腕に握った大剣が、血色の波紋を立てて唸る。
「おおおおおお!!」
全ての力を込めて、振り下ろす。
しかし‥‥
「甘い‥‥‥!」
このミステスは、自分の力も、その力のどこに隙が出来るかも、熟知していた。
当然、それなりの対策は常にある。
"背中に隠した剣"を抜き放ち、ガルザの大剣を受けとめる。
ギリッ!
火花が散るほどの一瞬にも満たない鍔迫り合い。
宝具でも何でもないただの剣が、ガルザの渾身の一撃を受け止めていた。
"存在の力を通す"だけで、ただの剣がこれほどの力を持つ。
やはり、恐ろしく強い相手。
(終わった‥‥‥)
この一撃に全てを賭けた。
片手で勝てる相手では無い事は百も承知。
逃げる事も、もう無理だろう。
そんな風に、ガルザが諦めかけた、次の瞬間‥‥‥‥
ボバッ!
対するミステス。ガルザの渾身の一撃を難なく受けとめたはずのミステスが、全身から血を噴き出して、
「‥‥え?」
何一つ理解出来ていない表情のまま‥‥‥
血を撒き上げ、力を失いながら、乾いた荒野に落ちていった。
「‥‥終わっ、た?」
自身、何が起こったのかわからないまま、ガルザは、先ほど心中で呟いた言葉を、全く違う意味で呟いた。
「‥‥‥‥‥‥」
家に戻れば、ソフィアはすでに起きていた。
墓の前にしゃがみ、手を合わせている。
その眺めを、大量に買い込んだ花の隙間から、ガルザは見る。
「‥‥仇、取ってくれたんですよね?」
こちらを見ずに、ソフィアは訊く。
どうやら、街外れの上空が炎に染まるのを見ていたらしい。
「‥‥少しは、気が晴れたか?」
「‥‥ううん。全然」
「だろうな」
ガルザにとっては、わかりきっていた答え。
仇を討ったからといって、死んだ者が帰ってくるわけでもない。
それにソフィアは、『憂さ晴らし』で元気になるような娘ではない。
悲しさから、寂しさから、逃れるように恨む事しか出来なかっただけなのだろう。
そして、もう恨む事で目を背ける事も出来なくなった。
それだけの事。
気が晴れるわけもない。
「お墓、作ってくれたんですね」
「‥‥‥‥ああ」
そう、仇を代わりに討ち、ソフィアが現実に目を向ける手伝いをする。
自分の役目はそれで終わり。
「‥‥その、花も?」
「‥‥‥‥ああ」
"人喰いの化け物"は、少女の悪夢の元凶は、それが済んだら姿を消す。
「ソフィア‥‥‥」
いつもと同じ。住めなくなった仮宿から、旅立つだけ。
「何ですか?」
その、はずだった。
「‥‥俺と一緒に、行かないか?」
気づけば、そんな言葉が口を突いて出ていた。