09 「Raising Heart」***Side Wilhelmina*** ――そして、運命の日は訪れた。 っていうかあれだ、格好良さげに言っても結局の所ご飯食べた後、カールスラント語の勉強して寝ただけなんだよね。 料理したり訓練で凹まされたりと、何かと疲れていたから普通に爆睡しました。 ああ、緊張感の持続しないこの身が恨めしい…… 燦々と照りつける太陽の光を避けるように、格納庫の入り口付近でぼーっとしております。 ストライカーユニットを装着して、ミーナさんを待っている状態。 ミーナさんは急な仕事が入ったとかで、遅れると連絡があった。 部下を待たせるのが上司のステータスだと思ってるなら、それは間違いですよ! いや、普通に忙しいんだろうけどね。 しかもそのうちの何パーセントかはオレの所為で。 まぁ、飛行訓練中に警報鳴るよかマシだけど…… とりあえず、待機中なのに何もしてないのは新入りとしてアレだと思うので、ストライカー装備して低速運転維持の自主練習しております。 巡航速度ですら平均的なストライカーの速度を大きく上回るんだよね、このMe262。 つまり、普通に飛ばしてるとあっという間にみんなより前に出るのである。 みんなが三輪車運転してる隣でF1かっ飛ばすようなもんだ。 低速で安定運転させる技能がないと、一緒に行軍出来ないことに気付いた。 史実のMe262はフルスロットルもしくはエンジン停止しかチョイスがなかったみたいだけれど。 このストライカー版はある程度ならスロットルの制御が効くっぽいのです。 というか、流す魔力の量で調整するらしい。 なかなかに便利だけど、その分量を間違えると簡単にフレームアウトしてしまうと言う難しさ。 むぅ……面倒な。 アイドリング状態を維持しつつ、滑走路脇を見る。 そこでは、シャーリーとルッキーニが甲羅干し……じゃないな、女の子だからひなたぼっこ……肌を焼いてる……のか? 何とものんびりしててうらやましい話である。 だが、それ以上にオレの意識がそっちに行く、理由。 水着姿である。 そういえばそうだったねぇぇぇぇぇ!!! シャーリーさん、そんな、俯せになったらおっぱいがつぶれて凄いことに! しかも下のビキニのローライズっぷりがとんでもないことに! 肌の白さとかもうね! これで16歳の子供とか……けしからんな! 恐るべしリベリアンである。 スピード伸び悩んでんの、胸部の空気抵抗の所為じゃねえの。 ルッキーニは別にいいや。 普通に年齢相応で、健康的な子供体型です。 本人も言ってるとおり5~6年後くらいに期待。 きっとスレンダー美人になるぞー。 っていうか、一応戦闘待機中なんだからもっと緊張感もとうぜー。 もうすぐネウロイ来るよー。 美緒さんに告げ口するよー。 主に今来たペリーヌが。 「相変わらず緊張感のない方々ですこと……しかもそんな格好で。 戦闘待機中ですわよ?」 噂をすれば影である。 日傘をさして優雅に登場。 お嬢様丸出しである……ああ、でもペリーヌ、サーニャやエイラと並んで肌弱そうだしな。 肌の露出少ないし、シャーリーに輪をかけて肌白いし。 そう考えると日傘、結構必須なのかも。「なんだよ……中佐から許可貰ってるし、解析チームも、あと20時間は敵は来ないって言ってたぞ。 それに」 仰向けになって胸を張るシャーリーさん。 おお……すげぇ。 揺れる揺れる。 なんという視線誘導効果。 高速道路脇に居たら確実に事故が増えるね。「見られて減るもんでもなーい」「ペリーヌは減ったら困るから脱いじゃ駄目だよー」「大きなお世話です! まったく……まもなく坂本少佐がお戻りになられます。 そうしたら、真っ先にあなた方の緩みきった行動について進言させて頂きます!」「うわ、告げ口だよ……」「ぺったんこーのくっせにー♪」「お黙りなさい! って、貴女にだけは言われたくありませんわ! バッツ中尉も……見てないで何か仰ってください!」 へ? オレですか? 突然オレに無茶振りするなよ……うーん…… とりあえず……「……小さいのも……需要は、ある……よ……?」「どういう意味ですの!? というか何で疑問系!?」 物凄い勢いで睨んでくるペリーヌ嬢。 おお怖い。 そんな怒んなくても……わかったわかった。 ほらそこ、ニヤニヤしてるシャッキーニのお二人さん。 指ささない。 お行儀悪いですよ。 はぁ……まぁ言いたいことはあるんだけどね。「……あまり、気を、緩めすぎるのは……どう……かな」 もうすぐ警報鳴るよー? 多分。 この世界がアニメと同様の流れをたどるなら……だけど。 オレというイレギュラーが此処にいる以上、その通りにならない可能性だって当然あるのだ。 出来れば鳴らないで欲しい。 オレがここに来たからネウロイが世界から一気に消えてハッピーエンドとかどうよ。 で、オレは手に職つけて……そうだな、パン屋でもやるか。「……ほ、ほら、バッツ中尉もこう仰ってます!」 待てペリーヌ、きちんと期待に応えてやったというのにその微妙な間は何だよ。「えー、ヴィルヘルミナも一緒に日向ぼっこしようよー」「そうだな。 どうだい、一緒に。 ……そういえば、ヴィルヘルミナなら別に見られて多少減っても平気なくらいあるんだっけ?」「ペリーヌの倍は大きかった!」「っく……!」 こっちを涙目で睨んでくるペリーヌ。 えぇ……だから何でそこでオレに矛先が向くのさ……? いやまぁ確かに身長に比べて大きめだけどさ…… とりあえず水着持ってないし、身体見せたくない理由有るし…… それに、オレ一応訓練中だしね、シフトだと。 新任がサボりすぎるのも問題あるでしょ。 「……オレは……いい。 ミーナ……待たないと、駄目」「ああ、そういえばそうだったね」「うぇー、つまんなーい」「本当に貴女達は……」「でも……二人とも、本当に……気をつけた方が……いい。 ペリーヌ、も……」「ご心配には及びません。 坂本少佐の教えの通り、常在戦場の心構えで日々を過ごしておりますから!」「その割りには坂本少佐のことぼけーっ、と見てること多いよね」「確かにな……これはつまり、ペリーヌは少佐のことを敵性として見てるって事か?」 お黙りなさいっ、と日傘を振り上げて威嚇するペリーヌ。 あ、耳まで赤くなってる……肌白いから余計わかりやすいなぁ。 なんというかみんながペリーヌをからかう理由がよくわかる……リアクションが可愛い。 ふと、耳にストライカーが飛翔する音。 見れば、エイラとサーニャのペアだった。 早朝からの哨戒任務の帰りだろう。 お疲れ様な話である。「はぁーい、おっかえりー」「おか……えり」 とりあえず唸ってるペリーヌは放置プレイしておいて、シャーリーと一緒に二人に手を振っておいた。 あ、サーニャ小さく手を振り返してくれた……和むわー。 とりあえずこの二人の出撃は無しか……帰還直後だから疲れてるだろうしな。 二人はそのままオレの脇を減速しながら通り過ぎ、格納庫の奥の方へと向かっていった。「まぁ、休める内に休んで置くのも兵士の仕事だよ」 そうそう、とルッキーニがシャーリーに続こうとしたところで。 それが、来た。「な――、敵襲!?」「嘘、早すぎますわ!」「…………やっぱり」 ――基地に警報が鳴り響いた。***Side Witches*** 南方よりブリタニアに接近しつつある扶桑遣欧艦隊が、大型ネウロイの奇襲を受けている。 ミーナはその報告を受けたとき、真っ先に二週間前の出来事を思い出した。 あの時点では、北方に回り込むことでこの基地を迂回し、ブリタニアの東北部に攻撃を仕掛けようとしていたのだと思った、が。「ネウロイが補給線の妨害を狙っている……?」 今までにはあまり見られ無い行動。 膨大な火力と、金属同化能力による魔力を付与されない物理攻撃に対する防御力。 ネウロイの基本戦術は、人の手ではたどり着けぬ強力な剣と盾、さらには物量に物を言わせた蹂躙戦である。 ネウロイがビーム兵器を使用し始め、大型ネウロイの火力が飛躍的に増加してからその傾向は加速していた。 水を嫌うため、島国であるブリタニアへは大型ネウロイが単~数体での牽制的、散発的な攻撃を繰り返しているに過ぎず。 さらに、その水嫌いのおかげで進行ルートはドーバー海峡周辺に限られており、迎撃を容易としていた。 現行の大型ネウロイそれ自体の火力は、単体で町を廃墟に変えることが可能なのである。 ウィッチーズがこれら大型ネウロイを上陸前に迎撃していなければ、ブリタニアの沿岸地域はとっくの昔にぼろぼろになっていただろう。 ただ、補給を妨害するならば、もっと積極的に行ってもいいはずなのに。 二週間前の輸送艦隊はともかく、扶桑遣欧艦隊…しかも、今度はそれなりに防御能力のある艦隊を――「ミーナ、どうした!」 ノックもせずに入室したトゥルーデを咎める事無く。 その声で、今すべきでない思索を中断。「――扶桑遣欧艦隊が当基地南方約150kmの地点で大型ネウロイによる奇襲を受けているわ。 現在、扶桑海軍所属空母『赤城』の航空隊と、美緒が応戦中。 出撃準備。 ネウロイによる陽動の可能性も考えて、基地には半数を残します。 トゥルーデ、指揮と編成をお願い」「了解した。 確か、今待機中なのは……ルッキーニ、ペリーヌと……イェーガーか」「……あと、飛行訓練のために、ヴィルヘルミナさんが格納庫で待機しているはず、よ」「……ミーナ」 バルクホルンが問い。 ミーナは目を瞑り、考える。 距離約150km。 ストライカーにとってはさほど遠くは無い距離だ。 もし、時間があるならば、の話だが。 平均的なストライカーユニットの速度では20分とすこし。 それは絶望的な長さである。 美緒ほどの戦士ならばその時間持ちこたえるのは可能だろう。 ただ、彼女の後ろには扶桑遣欧艦隊がいる。 後ろに守るべきものが居る場合、ただ逃げ回っている訳にはいかない。 坂本美緒というミーナの親友は。 守るべきもののために壁となってネウロイの正面に立つだろう。 そしてそれは、彼女の生存率を悲しいまでに引き下げるのだ。 美緒が落ちる。 それが意味するところは、扶桑艦隊の全滅であり。 大勢の人々が、祖国から遠く離れたヨーロッパの海で果てることになるのだ。 そしてそれ以上に。 ミーナには、美緒が失われるという事が耐えられない。 その間、たった三秒の思考。 ミーナは航空隊司令としての決断を下す。 目を開ける。 迷いはない。 インカムを取り出し、耳に装着しながら、トゥルーデに指示を飛ばす。「行って、トゥルーデ」「……、了解」 目線で促されたトゥルーデもそれに倣い、インカムを装着しながら。 駆け足で部屋から出て行った。「……バッツ中尉、聞こえますか」『……ん、はい』「今、格納庫かしら?」『……はい……ストライカーユニットを……装着……アイドリング状態で、待機中……』「……都合がいいわ。 現在、基地の南南西約150kmの地点で、扶桑遣欧艦隊が300m級航空型ネウロイに襲撃されています。 艦隊所属のウィッチと航空隊が応戦していますが、ネウロイのサイズから、航空隊の援護があってもウィッチ単騎での撃退は困難と判断。 バッツ中尉、当該戦区に救援のために最大戦速で急行しなさい」『……』「……バッツ中尉、復唱を」『…………了解、これより……当該戦区に、救援に向かう……ます』「貴女の任務は、後続のバルクホルン大尉達が到着するまで、艦隊所属のウィッチを援護、戦線を維持すること。 あちらに着いたら、美緒……坂本少佐の指揮下に入りなさい」『了解』 ヴィルヘルミナのMe262ならば、確実にほかのウィッチより早く戦場にたどり着けるだろう。 たとえ一機だろうと、早くたどり着くことが出来れば、それだけ多くの人が助かることになり。 ネウロイの攻撃対象が増えれば、それだけ美緒の負担も減ってくれる。 後は、ヴィルヘルミナが、ネウロイとの戦闘時にパニックを起こさないで居てくれることを祈るのみで。 そんな不安定な彼女を一人で戦場に先行させなければならない現状が、ミーナをいらだたせた。 ***Side Wilhelmina*** 出撃だそうです。 ……覚悟はしてたさ。 なんて事はない、緊張の度合いも大学受験に行った時に比べればまぁどっこいどっこい。 現実味が無い分軽いくらいだ。 だが、これは嘘でもなければ夢でもない。 今此処にある、オレが直面した現実である。 深呼吸。 ……やるか。 やるしかないのだ。 オレの望みを、ただのガキの我が侭でなく、意味のある要求にするために。 オレを信じて、此処に置いてくれている、彼女たちのために。 オレのストライカーユニットの懸架台。 武器ラックのロックを解除する。 レールを滑る金属の音と共に、右からはMk108、左からはMG42がせり出してきた。 訓練用のオレンジ色に塗装された物ではなく、鈍い鋼の色を放つ、それを。「……」 手に取る。 魔力による増強の上からでも感じる重み。 金属のこすれる重い音。 その重量感が、なんとも心強い。 MG42を背負い、Mk108はひとまずその辺に立てかけておき、傍らに引っ掛けてあったバッグを肩にかけた。 バッグにMG42の弾倉二箱とMk108の弾倉を2クリップ突っ込む。 あと、MG42の予備の銃身も。 ……はじめて見た時驚いたが、これ四次元バッグなんだよな。 忘れ物無いかな……予備弾持ったし、水筒とレーションは突っ込みっぱなしだし……今回はそれだけあれば、良いか。「バッツ!」「……バルクホルン?」 どうしたよ、バルクホルン、そんなに慌てて。 ……ああ、心配してくれてるのか……ありがとうございます。「持って行け!」 何か輝く物を投げつけられる。 受け取る。 軽い、金属の質感。 見れば、それは長い鎖の輪に繋がれたシンプルな真鍮製の外装を持ったコンパスだった。「エーリカから聞いた。 あいつはミーナには言ってないみたいだが……迷子になるなよ!」「……」 うなずきを返す。 その心遣い、感謝します。 コンパスを首から提げ、服の中に突っ込んだ。 バルクホルンの体温が少し残った金属の温度を、微かに感じる。「……無茶はするなよ、私たちが到着するまで持ちこたえればいい!」「……わかった」「行ってこい!」「……ん!」 それだけ言って。 バルクホルンは自分のストライカーの懸架台へと走っていった。 Mk108をひったくるように両手で抱え、Me262を滑走路まで移動させる。 脇にはシャーリーとルッキーニが寝そべっていた椅子が二脚そのまま放置されていた。 今頃は二人ともペリーヌと一緒に出撃準備をしてこちらに向かっている頃だろう。 強い日差しの下。 滑走路と、その向こうに見える海と空の境界を見据える。 鳴り響く警報の音が世界を緊張という名で浸食してくる。 進路上に障害物無し。 風の音。 ストライカーの音。 風の感触。 ストライカーの振動。 胸の鼓動が早くなる。 オーケー、なんかテンション上がってきた……!「……ヴィルヘルミナ・バッツ……出る!」 加速。 高ぶる心に反応してくれているかのように、ストライカーがエーテルを吸気、排出する音が響き。 足下の魔方陣が光り輝いて。 オレは、生涯四度目にして、初陣となる飛翔を始めた。***Side Fuso Fleet*** 無数のまばゆい赤光が空から降り注ぐ。 その光景は一種幻想的ですらあった。 だがそれは、その場に居るすべての人類にとって死と破壊を呼ぶ滅びの光である。 空母「赤城」 右前方にて対空砲火の弾幕を展開していた駆逐艦「うらかぜ」の中央部に、赤い光の槍が突き刺さった。 爆発。 水しぶきの柱が数十メートルも吹き上がり、艦の姿を覆い隠した。 その傍らの海面に、翼を片方失い、煙の尾を引いた戦闘機が墜落する。「駆逐艦うらかぜ大破!」「航空隊、坂本少佐を残して全滅!」 もはや悲鳴に近い報告の声が、艦隊旗艦である空母「赤城」の艦橋を駆け巡る。 赤城艦長は、依然として空を悠々と飛び回るそれを睨み付けた。 それは、強弁すれば黒い西洋凧に似た形をしていた。 だが、むしろその漆黒の翼は、伝説に言う黒い禍つ鳥を連想させる。 そして、大きい。 翼長は空母である赤城の全長と同じか、それ以上だろう。 それが光を放つたび、遣欧艦隊の周囲には暴力の嵐が吹き荒れ、命の灯火が吹き消される。 ネウロイ。 圧倒的な暴威と生命力を持つ、人類の敵がそこに居た。 「くそっ……援軍はまだか、ブリタニアのウィッチ隊はまだ来んのか……!」 回答の解っている問いだ。 援軍はまだ来ない。 距離と速度というものは絶対であり、人類が魔法をもってしても覆せない世界のルールのひとつだ。 十分ほど前にブリタニアから援軍が出発したという連絡があり。 ブリタニアまでの距離、そして配備されているだろうストライカーユニットの速度を考えれば。 さらに十分は耐え抜かねばならないのだ。 そしてその十分、たったの600秒は絶望的な数字であり。 それが解るからこそ、問わずにはいられなかった。 神に祈らずにはいられなかった。 援軍はまだなのか、と。 数瞬後。 艦橋からみて左側の空が赤く染まり。 直後、艦全体に大きな衝撃が走り、巨大な水柱が「赤城」の甲板を洗う。「至近弾! このままではスクリュウがやられ、航行不能になります!」「ぐっ……援軍の到着までなんとしても持たせるんだ……!」 一ヶ月の航海を経て、もはやブリタニアは目と鼻の先にあるというのに。 友邦国のために物資や、ウィッチを運んできたというのに。 そして、今、空でこの艦隊を守るために単身飛んでいるウィッチのために。 ここで、沈むわけには行かないのだ。、 だが、現実は常に希望を打ち砕かんと無慈悲に襲い掛かる。 海流の乱れにより船足の鈍った赤城の艦尾近くに、ビームが突き刺ささり。 これまでで最大のゆれが「赤城」を襲った。「損害報告!」「蒸気圧低下!」「第三艦橋大破!」「機関停止!」「駆逐艦『たにかぜ』に被弾! 応答ありません!」 駆け巡る報告はすべてが絶望的なもので。 「赤城」艦長は、艦長としての勤めを全うするしかなかった。 帽子を目深にかぶり、告げる。「総員……退艦準備」「総員退艦準備!」***Side Witches***「しまった!」 坂本美緒は、煙を噴き上げる「赤城」を目にして最悪の事態を想像した。 「赤城」の中には、あの少女が――宮藤芳佳が居る。 扶桑から連れて来た、宮藤博士の一人娘。 軍人にとって守るべき対象である民間人であり。 美緒にとっては、それ以上に優先度の高い保護対象。 だが、インカム越しに聞こえた悲鳴を最後に、その彼女からの言葉が無い。「宮藤! 大丈夫か、宮藤! 宮藤!」 呼びかける。 返事は無い。 心が萎えかける。 今すぐにでも「赤城」に戻り、芳佳を探し助けたいという欲求が湧き上がる。 だがそれは、空に脅威を残したままでは命取りだ。 逃げ腰な感情を噛み潰し、敵を――ネウロイを睨み付ける。 「貴様の相手は、私だと、言っただろう!」 美緒は手にした扶桑刀に魔力をありったけ篭め、空を翔る。 魔力の残滓が黒煙に染まりつつある空に青い軌跡を描いた。 だが、その光は黒い巨体に対してあまりにも小さい。 その光景は巨象に蟻が挑む様に似ていて。 そして、それ以上に絶望的だった。 迫る魔力の塊、すなわち美緒に対してネウロイが反応する。 その黒い装甲表面、赤い六角形群。 ビーム照射部位が光と熱を帯び、数十の赤い矢を美緒めがけて投射した。 狙いはやや甘いが、火線数に物を言わせたそれはもはや文字通り壁といって差し支えない密度を持つ。 突撃を行う美緒にとっては、絶望的に広大で、隙間のない壁。 その弾幕の前に彼女はシールドを張り、後退せざるを得なかった。 伝統的に極近接戦闘を得意とする扶桑の魔女でも、圧倒的な火力の差の前には、懐にはいることも敵わず逃げ惑うことしか出来ない。 その事実に、自分の力の無さに、歯噛みする。「くッ……!」 せめて、銃が有れば。 もしくは、一人でもウィッチがいてくれれば。 目の前の仇敵を墜とすことが可能かも知れないのに。 無理なのか。 また、失ってしまうのか、と。 黒い絶望が美緒の心にひとしずく落ちようとした瞬間。 彼方、やや上方から飛来した光の弾丸がネウロイの翼を撃ち貫いた。 弾丸は六発飛来。 六発の弾丸の内、三発は当たらずにどこかへと飛び去っていったが。 命中した残りの三発は、それでもネウロイにとって十分痛打と言える物だった。 まるでハンマーで叩かれたかのようにネウロイの翼が大きく沈み、金属を毟る様な悲鳴が響き渡る。 その悲鳴にかき消されるように、遠雷の様な音が六回連続して響いた。「この威力……リーネか? いや、あの連射速度は違う……誰だ?」 美緒は一瞬、遠距離狙撃を得意とする新人の顔を思い浮かべたが。 砲声の間隔が短い。 短すぎる。 リネットの使用する対戦車ライフルはボルトアクションであり、連射の効くような物ではない。 何より、早すぎる。 まだ援軍が基地を出発してから15分も経っていないのだ。 なら、誰が。 いや、何が来た。 疑問が感情の段階を脱するよりも早く。 無数の光線が上方、まばらな雲の方向へと放たれ、それを吹き飛ばした。 赤い光は青い空に吸い込まれるように消えて行く。 雲が吹き飛ばされたあとの空には、一見何も無いように見えた、が。 弾丸の飛来した方向をにらみ、右目の眼帯をよける。 坂本美緒の右目は遠見の魔眼であり。 その目が、彼女にとって信じられない物を捉えた。 期待と疑問の混じった言葉が口をつく。 「カールスラントのウィッチ……だと?」 MG42を背負い、巨大な機関砲を構え、ストライカーユニットを履いたウィッチ。 見慣れないストライカーユニットには、カールスラント空軍であることを表す十字模様が描かれていた。 驚く美緒の耳に、抑揚の薄い、インカム越しの少し変質した声が届いた。『こちら……501……統合航空……戦闘統合航空……む。 ……ストライクウィッチーズ……所属、ヴィルヘルミナ・バッツ。 これより……美緒……少佐の、指揮下に入る……ます』***Side Wilhelmina*** めっちゃどもったぁぁぁぁぁぁ!! っていうかすげー焦る! そう、それはたとえるなら、中学校の学年集会で突然原稿を読まされる時の気分! なんて言ったら良いかわっかんねえよ! 戦闘が起こっている場所は、比較的見つけやすかった。 遠くからでも赤い光と黒い煙がよく見えるんだもん。 コンパス頼りに進んでたけど、あんなにネウロイが目立つもんじゃなかったら今頃海の上で迷子になってたかも知らん。 空戦の基本を思い出し、とりあえず速度と高度を稼ぎつつ戦場に到着し。 とりあえずビビって雲の隙間からMk108撃ってみたけど。 あんな大型ターゲットなのに命中率50%ってどうよ……。 何という下手くそ。 これは間違いなく才能がない。 ビームで反撃された時は驚いたけど、案外大した事無かった。 狙い甘いんだもん……シールド張った意味無かったね! 疲れただけだ! とか何とか思っていると、インカムからかすかなノイズのあと、女の声が聞こえた。 『こちら扶桑遣欧艦隊所属、坂本美緒だ。 援軍感謝する。 しかし、随分と足の速いストライカーだな……お前がミーナの報告にあった新型使いか?』「うん……あ、はい」 もっさんはじめまして! この世界に来る前から一方的に知ってました! あと敬語むずい。『緊急時だ、喋り方など気にはしない。 現在、艦隊が受けた被害は甚大、旗艦『赤城』は航行不可能な状態にある。 ……後続は来るのか?』「……バルクホルンと、あと三人……来る。 オレは……足が、速いから……先行して、美緒……少佐の援護を」『そうか。 ネウロイの尾の付け根の辺りに、ヤツのコアがある。 ……私が注意をひきつける。 やれるか?』 どうもこの人囮になりたがるな。 目立ちたがり屋か。 やってみます、と返事をしようとした瞬間。 ネウロイが光った。 直後、オレの周囲をビームがすごい音立てて雨あられと飛んでいく。 ……悠長に喋ってる場合じゃねえよ! 体を捻り、下降する。 高度を速度に変えるのも慣れたものだ。 一気に加速し、ビームの雨の範囲から抜け出して。 そのままネウロイを中心に大きく定常円旋回する。 これ、動きののろいヤツとか相手の基本戦術ね! テストに出るよ! オレが飛びぬけた何もない空間を、撃ち貫いていく破壊光線。 うははは! どうよ、美緒さんの速度に慣れすぎて偏差射撃の修正が追いつかないか?『……速い!』「……美緒少佐、今」『ああ!』 こっちに火線が向いている間に、美緒さんが反対側からアプローチ。 ほらほら、お前の相手はあっちに居ますよー。『はぁぁぁぁぁっ!!』 美緒さんの気合が聞こえた次の瞬間、ネウロイの翼の付け根が光り輝き。 光が収まったときには翼がぶった切られている。 実際に目の当たりにすると非常識な切れ味だな……魔法すげぇ。 やたら不快なネウロイの叫び声が響き。 オレに向いていた赤い光の束が美緒さんを追いかけ始める。 ははは、単純なやつめ! 体を捻り、アプローチ軌道を取った、次の瞬間。 火線のすべてがこちらに向いた。 くそ、お見通しかよ! シールドを全力で展開。 青く光るシールド全面が赤く染まり――て、え、ちょ、待て! 重い。 押される。 速度が落ちる。 シールドの青色が薄くなる。 青色を赤い色が浸食し始める。 え、おい、マジかよ……! 左肩を思いっきりぶん殴られる。 そんな感覚と共に、オレの意識は混濁した。 ****** 落ちる。 落ちていく。 死んだ、と思った。「ひ」 ……死んだ? またオレが? 二回目かよ。 女の身体にされて。 アニメの世界に飛ばされてよ。 しかもそのままだと女子供に守られるとかクソッたれな話で。 ンな事、やってられる訳ねえからこうやって此処に居んのに。 何も出来ないまま落とされる? 「ひ、は」 そんで無様に海面にぶつかってミンチになる訳だ? お魚の栄養素になってそのうち誰かの腹の中に直行という寸法ですね?「はは……ッ」 どんなジョークだよそれは。 すげー笑える。 腹の底から笑いがこみ上げてくる。 なんという今世紀最大の出オチ!「ははははははははははは!!」 目を見開く。 視界はめまぐるしく回転しており、どちらが上か下かも解らない。 だが、視界の隅に、一瞬、黒い影がよぎった。 オレの奥の方で、何かが千切れる。 ……ブッ殺。 舐めんなよこのデカブツがッ! でかくて黒くて堅いからって調子乗ってんじゃねえ! 手前ェ、誰に断ってオレの前飛んでやがる! 首根っこひっつかんで鼻ッ柱削るぞゴラァ!***Side Witches*** ヴィルヘルミナが撃ち落とされた瞬間。 美緒のインカムは拾っていた。 ひ、という小さな悲鳴を。 美緒は、それがヴィルヘルミナの末期の声だと思った。 魔眼によって強化された視覚が捉えたのは、微かな血飛沫を上げて落ちていく姿だった。 だが。『ひ、は、はは……ははははははははは!』 戦場に笑い声が響く。 その涼やかな笑い声は、黒煙のぼる戦場には場違いなもので。 「落ち着け、落ち着いて体を持ち直せ、中尉!」 だから、美緒は彼女が錯乱していると思った。 死の淵に置いて取り乱す事は誰にでもあり得ることで。 静かに死を見つめられる者など、実際にはほとんど存在しないのだから。 だが、返ってきた言葉は、想像とは裏腹にしっかりとした物だった。『……目は、覚めてる』 強引に姿勢を立て直したのだろう。 木の葉のように錐揉みしながら落ちていく姿が、一瞬歪な機動を描き、落下。 速度を稼いでから水平飛行に戻った。「まだやれるか、中尉?」『ブッ殺……』「ぶ、ぶっころ?」『ロジカルに……考えろ、オレ……』「……大丈夫か?」 主に頭が。 そう問いたくなったが、美緒はその言葉を飲み込む。 戦闘中だ、余計な話をしている余裕はない。『美緒……少佐』「なんだ」『このクソを……堕とす』「そうか……よし、もう一度だ。 私が囮になり……」『馬鹿が……逆だ。 オレが……引きつける。』「……ッ」『五月蠅いだけの……偶に、噛みついてくる虻と…… 積極的に……刺してくる蜂、どちらが……驚異だ?』 馬鹿、と言われて一瞬苦い顔をした物の。 美緒はヴィルヘルミナの言葉を理解していた。 目の前のネウロイは、近接攻撃しか出来ない自分よりも。 速く飛び、遠くからでも痛打を加えてくるヴィルヘルミナの方を敵視している。「……わかった。 しかし、大丈夫か?」『やると……言って、るだろう。 やると言ったら……死んでも……やる!』「ふ、言葉遣いは些か気に食わんが……その意気や良し! 解った。 しかし、私にはこの刀一本しか……」『……とりあえず、下の奴から……火器を、貰ってこい』 美緒がその声の通り下を見れば。 赤城の甲板に。 青く光る広大な魔法陣が描かれていた。 その中心部。 風見の水蒸気の中、ストライカーユニットを履いた宮藤芳佳が立っていた。『坂本さん!』「宮藤! 無事だったか!」『私も手伝います!』「っ、そこで待っていろ! 今行く!」 視線を一瞬だけヴィルヘルミナの方に向ける。 そこには、ネウロイの周りに、出鱈目な速度で無茶苦茶な軌道を描きながら。 MG42をばらまいている姿があった。***Side Wilhelmina*** ロジカルに考えろ、オレ。 戦闘は速度と火力! ケンカは度胸と根性! 手前ェみたいなドンガメにはわかんねぇだろうがな……オレの方が速いんだよ! 左手に構えたMG42をフルオートでばらまきながらネウロイの周囲を飛び回る。 ちらりと見れば、美緒は赤城の方へと向かったようだ。 ったく……囮とか壁になりてぇなら手前で勝手にすればいいがな、よく考えろよ……お前の方が飛ぶの上手いだろうが。 こっちはかっ飛ばしてぶっ放すしか出来ねえんだよ。 戦達者が攻めないでどうすんだボケが。 しかし、アホみたいな火点と火線の量だな。 赤い斑点が黒いボディに上面と下面に四つずつ、合計八。 それぞれが数十本の火線を放てるとか、常識的に考えて難攻不落も良いとこだろ。 だがそんなの関係ないね。 人に本気の喧嘩吹っかけて来たんだ……手前ェは此処で潰す。 とりあえず、MG42の弾が切れたんで、ベルトをひったくってMk108を腰溜めに構え、適当にぶっ放し。 命中して相手の姿勢が崩れたところで弾倉の交換に入る。 ああ、ついでだ。 赤熱する銃身を、手が焼けるのも構わずに魔力保護に頼って無理矢理交換。 熱ィな痛ェな……それもこれもみんなオレとお前の所為だネウロイ! ネウロイが崩れた姿勢のまま旋回を始め。 ん……あ、手前ェ、何よそ見こいてやがる! 腹を赤城の方に向けようとしてるとか……やろうとする事見え見えなんだよ! ネウロイの翼に向けて――加速! 劇中でシャーリーだってやってたんだ、お前の薄い翼じゃこれは耐えれんだろ! シールドを全開にしながらその真っ黒な装甲に向かってMG42を叩き込み、ほどよく削れたところで接触。 目の前が黒一色に染まり、シールドがたわみ、火花を上げて――貫通した。 青い海と赤城を無視してそのまま身体を無理矢理捻り、左肩が軋むのも無視してMk108をネウロイの土手っ腹にぶち込む。 徹甲弾が黒いボテ腹をしこたま打ち据え。 光の矛先が悲鳴と共にオレに向き。 オレがコンマ数秒前までいた場所を、赤い光が薙ぎ払った。 オレはそのまま落下しながら、翼を貫通する時に低下した速度を回復。 よそ見するからそんな豚みたいな悲鳴を上げることになるんだよ……さあ、お前の相手はこっちだ! 足をめちゃくちゃに振り、ロールしながら、全身に魔力を通した。 身体が重力を感じなくなっていく。 ……世の中には空戦エネルギーという考え方がある。 通常の戦闘機は、高さと速度をそれぞれ交換しながら消耗していく、が。 今のオレが使ってるのは戦闘機じゃねえ。 ストライカーユニットだ。 それに、オレの魔法技術は――重量軽減は、上昇する時の必要エネルギー量をしこたま軽減してくれるんでな……! 上昇しながら加速する。 落ちる時とほぼ同じくらいなんじゃないかと思う速度で上昇。 相手の上を取ったところで重量軽減を解除。 Mk108の質量を増やし、振り回すことで無理矢理にベクトルの方向をいじる。 肘が変な音立てたが、まだ動く! まだ問題ない! 本来なら失速しかねない角度で曲がり、低下した速度は稼いだ高度を換金して埋め合わせる。 そして相手の直上を横切る軌道を取り、相手が直下に来たところで。 MG42の弾倉に質量増加の魔力を叩き込み、撃ち降ろした。 本来の数倍の質量を持たせた弾丸は、口径初速を鈍らせつつも重力加速度を身に纏い、ネウロイの背中を砕く。 おうおう、必至に撃ち返してきやがって……だけどな、どっかの誰かも言ってんだよ! 当たらなければ意味はねえってな!『……中尉、無事か!』 インカムから美緒さんの声。 ようやくお出でなさったか! 遅ぇ……美緒さん、あんたが来るまでにクソしてションベンしておつりが来るほど遅い! 見れば、右手に刀、左手にはきちんと機関銃を持ってこちらに飛んでくる姿。 だが、これで準備は整った。 たっぷりとぶん殴っといたからな……今更美緒さんが豆鉄砲持って来たとしてもメインターゲットは変わりゃしないだろう。 とりあえず会話に集中するためにネウロイから少し距離を取る。「……戦ってる……なら、生きてる……でしょ?」『酷い姿だが……いや、そうだな』「……美緒……少佐。 道は、オレが……作る」 Mk108の弾倉を投棄。 なるべく持って帰ってくるようにとか言われてたけどそんなの無視だ無視、欲しいなら勝手に拾いに来やがれ! そして、残しておいた最後の弾倉をバッグから引っ張り出し、装填。 弾種は、何時だかの座学でバルクホルンが自慢げに解説していた「薄殻……榴弾頭。 これで……。 少佐は、前から……オレは、後ろから、行く」『榴弾……バルクホルンも使っていたアレか。 ……なるほど、そういう手か……ならば私はそこを通り抜ければいいか』 流石美緒さん、よくわかってらっしゃる。『タイミングはそちらに合わせる。 合図は任せたぞ!』「了解……!」 オレは速度を生かして大きな旋回円を描き、ネウロイの右側から後方へと向かい。 美緒さんはその旋回性能と、操縦技術を生かしてまるでダンスを踊るように左側からネウロイの正面へと回り込む。 興奮に比例してアドレナリンだかβエンドルフィンだかが盛大に分泌され、意識が加速する。 さあ、お前は此処で――墜ちろ!「――エンゲージ!」 加速する。 相手と同高度、真後ろからの突撃。 お前は、そのでけぇ尾っぽが邪魔になって真後ろにはさぞや撃ち難いだろうな! 所詮装甲と火力を重視した大型のネウロイだ、オレの最大速度とお前の最大速度の間には二倍ほども差がある。 あっという間に追いつくが、飛んでくるビームはまばらで。 それも当たり前だ。 射線が通るほど近くに来たら、自分の身体に当たるのが怖くてそりゃあ迂闊にビームは撃てねぇだろうな……! 弾の切れたMG42を放り投げ、それがビームに焼かれて消滅するのを最後まで見届けることなく、MK108を構え、魔力を込めて。 照準や照星なんて関係なく、眼前に広がるネウロイの背中に向けて、フライバイしながら腰溜めにフルオートでばらまいた。 魔力を込められ、炸裂力の増した炸裂弾は。 薄い弾殻のお陰で爆発力をなんら減ずることなく、その破壊力でネウロイの装甲殻を粉砕し、粉塵を巻き上げた。 それを隠れ蓑に、オレは身体を捻りネウロイから角度を取りつつ離脱。 ひときわ高いネウロイの叫び声が空に響き渡り、狂ったように乱射されるビームがオレの後ろを焼き払っていく。 ……おいおい、面白い位に引っかかってくれるな……そんなに一方的に殴られるのが気にくわないか? オレを追っかけるのは勝手だがな……ずいぶんと懐がお留守だぜ?***Side Neuroi*** これまでで一番の痛打を与え、粉煙の中から飛び出し、離脱していくウィッチをビームで追いながら。 ”それ”は一瞬の疑問を持った。 もう一人のウィッチは何処へ行ったのか、と。 ”それ”の意識が周囲の空に向いて、その何処にももう一人のウィッチが見えないことに気付いた瞬間。 ”それ”は、恐怖を抱いた。 飛び去っていくヴィルヘルミナを追っていたビームが、今だ全身にまとわりつく煙を薙ぎ払い、「ずいぶんと無茶をする奴だな……だが、そういうのは嫌いではないな」 そして、”それ”は見た。 己の心臓部、コアを覆う装甲殻の真上に立つ、一人の黒髪の女性の姿を。 青く炎のように輝く魔力を纏わせた刀が、彼女の右手を握られているのを。 彼女の左手に保持された、機関銃の銃口がコアへと向けられているのを。 その何れもネウロイである”それ”にとっては驚異ではないはずだった。 彼女がウィッチでなければ。 ”それ”がビームの照射の準備を整える前に。 機関銃が毎分500発という、文字通りの弾雨を解き放った。 この至近距離で、しかも魔力の込められた弾丸には、コアを守る装甲殻と言えどガラス細工に等しい。 数秒の射撃が装甲殻を吹き飛ばし、貫通したいくつかの弾丸がコアをかすめ、”それ”に耐え難い苦痛を与える。 苦痛はその巨体を駆けめぐり、ビームの照射準備を滞らせ。 ……それが致命的な遅れとなった。 「ここで、貴様は……墜ちろ!」 坂本美緒は、ストライカーの推進力と己の技量全て、そして裂帛の気合いを以て刃を突き出す。 渾身の魔力が込められたその切っ先は青く鋭い軌跡を描き。 コアの硬度という最後の抵抗すら紙のように切り裂き、深々と突き刺さった。 ガラスが砕けるような音が、響く。 ”それ”は、己のコアと、ひいては全身を焼き焦がす魔力の奔流に耐えきれず絶叫を上げ。 直後、”それ”の意識体は世界から永久に消滅した。 ***Side Yoshika*** ――みんなの歓声が、周囲に響く。 ネウロイという巨大な化け物が、白く砕け散っていく。 その光景は、一種幻想的とも言えるほど、綺麗で。 赤城の甲板の上、ただ此処にいることしか出来なかった私を、凄くちっぽけな物に感じさせた。 あのとき、鉄砲を取りに来た坂本さんは、一緒に戦うと言った私に言ったのだ。 シールドの張り方は解るか。 解るなら、この艦と、周りのみんなを守ってくれ、と。 それは多分、本音だったのだろうし、私を戦わせたくないという言い訳だったのだろう。 それぐらいは、解る。 解るからこそ、自分の無力さが惨めで。 一度撃ち落とされた、他のウィッチ……それも、私よりも小さそうな子が、血を流しながら必死に戦っているのを見て。 私は思う。 私も、あんな風に空を飛べるようになりたい。 あんな風に空を飛んで。 お父さんとの約束を守るために。 みんなを守ることが出来る力がほしいと―――― ------軍艦が壊れたらとりあえず第三艦橋大破!って言っとけば間違いないってばっちゃが言ってた!というか何処だよ第三艦橋。なんか途中で単なるノベライズやってる気がしてきた。でも、この辺の描写やりたかったんだもん!格好いいオリ主は初陣で華麗に活躍して人気者になる!へたれたオリ主は初陣で華麗にパニックに陥ってみんなに慰められる!ヴィルヘルミナは……初陣で華麗に冷静にバーサークする!多分前者のカテゴリーなんだろうけどー。