05 「おっぱいと医務室」***Side Wilhelmina***「そら、バッツ、着いたぞ」「……助かった」 マジ助かりましたバルクホルンさん。 あざーっす! たぶん模擬戦の中で一番怖かったです。 重力加速を得るための落下のときはそんなに感じなかったけど……高度数千からのパラシュート無しフリーフォール……もう二度と経験したくないね! 思わず漏らす所だった。 洒落にならんわ。 格納庫前に降り立つ。 いやぁそれにしても恥ずかしかったね。 お姫様抱っことかされてしまった。 で、まったくお前は……とか呟きながらすげぇ優しい顔でこっち見てくんのこのバルクホルン。 滅茶苦茶ドキドキしたけど、俗に言う釣り橋効果だとおもうので睨み返しておきました。 べ、別に好きになったわけじゃないんだからね! はいはいつんでれつんでれ。「まったく、ヒヤッとしたぞ。 気を抜くと簡単にフレームアウトするとは……だが、カールスラント軍人たるもの、常在戦場の心構えでいなくてはならん。 今度からは気をつけろよ。 さ、降りるんだ」「ああ……気をつける」 アスファルトで固められた滑走路に足をつける。 起動していないストライカーユニットが硬い音を立てて接地。 おそらく、歩行時の衝撃吸収用なのだろう内部機構が小さな音を立てた。 ……案外普通に立てるもんだな。 バルクホルンが担いでいたオレの訓練用MG42を受け取ったところで、耳に足音が届いた。 視線を向ける。「ミーナ………………中佐」 おおっとあぶねえ階級付け忘れるところだった。 なんかこの人おっかないよなぁ……きっと身内以外には「修正してあげるわ!」とか言ってんだよ! 親父にもぶたれた事ないヤツとかぶん殴ったりさ。 ほら、立ち位置的にも、もしこれが戦艦モノだったら左舷弾幕薄いよ!とか言う立場だし。「何か失礼な想像をされているような気が……」「何を言っているんだミーナ?」「???」 勘鋭いよ!? とりあえず何言ってんですか、的な表情はしておいたけどこの体になってから妙に表情筋が動いてくれなくて困る。 いや、よく考えたらこの身体になる前からか…… ネットとか見てて、時々にやっ、ふふっ、とかするだけだったからな。「こほん。 ……バルクホルン大尉、ご苦労様でした」「は。 バルクホルン、模擬戦闘を終了し、帰投しました」「二人とも楽にして頂戴。 それで、トゥルーデ。 どうかしら? 彼女は」 う……ついに試験評価ですか。 ……前半の格闘戦はボロボロだったし、後半はそこそこだったと自分でも思うけれど、あんだけ有利だったのに負けちゃったしなぁ。「そうだな。 実際に戦ってみた感触だと、ほとんど素人だな。 後方にシールドは張るし、銃の照準はまるででたらめ。 特に銃撃など、ろくに魔力すら込められていなかったぞ」 えぇー。 マジすか。 っていうか銃って引き金引くだけじゃ駄目なんですか…… 良い勝負してたと思ってたのはオレだけで実は掌の上とか……凹む。「基本的な機動は一通り行えるようだが、どうにも歪だ。 格闘戦の最中なんか何度か勝手に失速しそうになっていたしな」「そうね、それはこちらでも見ていたわ」 ……これはだめか? すまんエーリカ、啖呵切っときながらこれは無理っぽいわ。「……しかし、こいつが普通のウィッチだったら、このまま訓練所に速攻送り返すんだがな」 はい? バルクホルンさん、何ですかその思わせぶりな台詞は。「ヴィルヘルミナ・ヘアゲット・バッツ中尉。 貴官はカールスラント空軍第131実験部隊から、当統合戦闘航空団に新型ストライカーユニットの戦技教導のために出向された。 ……合っているかしら?」「ああ……ん、はい。 エーリ……ん、ハルトマン……中尉から……聞いている……ます」 頼むから敬語を喋ってくれオレの声帯。 明らかに真面目モードなんだからミーナさんは。「本国に問い合わせてみたところ、貴官は教導終了後、そのまま当航空団に編入予定でした。 人事部でもそうなるようにもう処理が終わっているそうよ。 ……ヴィルヘルミナ中尉、貴女は戦闘訓練中に、Me262の事を思い出したわね?」「……はい」 途中、ドッグファイトから危険を冒してまでも離脱し。 その後、即座にMe262に適した戦法に切り替えたものね、とミーナさんは言った。 ああ、この人もオレが記憶障害(という設定)だって知ってるのか。 考えてみれば当たり前だよな、多分報告を最初に受けとる人だろうし。 いや、思い出したというか、原型機のことを知っているだけなんですけどね。 そんな事言っても電波っ子扱いされるだけなので言いませんが。「Me262が取るべき適切な戦闘方法と、操作方法を思い出せる?」「……はい」 というかこれも、ある程度は前世?知識というか。 あとは飛行中に理解したんですけどね。 それも、ある程度そういった以前の知識がなければ気づけなかったことだろう。 気を抜くとフレームアウトするとかどんだけかと思いましたが。 ミーナさんがふわり、と微笑んだ。「ならば、私は貴女が我々がMe262の操作を習得するに当たって、有益な知識を維持していると判断します」 ……え、ということは。「……ようこそ第501統合戦闘航空団へ。 私たちは貴女を歓迎します」「またお前と共に飛べることを誇りに思うよ、バッツ」「ヴィルケ中佐……バルクホルン……」 ぐっ……何という人心掌握術。 なんか涙腺に来ます。 落としてから救済するとか……わかっていてもすごく嬉しく思ってしまう。 しかもこれ多分計算とかしてないんだろうなぁ……「何をほうけた顔をしてるんだお前は……」「ふふ、意地悪な真似をしてごめんなさいね? こういう形式ばった物言いも軍隊には必要なのよ。 あと、作戦中でなければ階級は付けなくていいわ」 同郷だしね、と微笑むミーナさん。「バルクホルン……ミーナ……ありがとう」 うん、言葉が足りないのはわかってる。 自分の語彙の無さに情けなくなってくる。 でも、ありがとう、と思う。 寄る辺のないこのオレが、一方的にとはいえ知っている彼女らを頼り。 それを、紆余曲折はあるといえ受け入れて貰えたと言うことが。 そして、彼女らみたいな子供に守られるだけではなく、その助けになれそうだと言うことが。 どうしようもないほどの幸運の上に成り立っていると、思ったから。「ありがとう……」 ……っていうか、ミーナさんもバルクホルンもそんなにニヤニヤオレを見るんじゃない! 今凄い良い所なんだから! あー、くそ、決まらないなぁ……!「話は終わったかい?」 んあ、この声は?「あら……シャーリーさん、どうしたの?」 おっぱい来襲。 いや、すげー失礼なのは解ってるけどおっぱいしかイメージが…… えーと他にもなんかあったような……ルッキーニの保護者? で、そのルッキーニは……ああ、なんか格納庫の扉の陰に隠れてこっち見てる。 ……あっかんべーされた。 何年ぶりだよ、あっかんべーされるとか。 というか何かオレ嫌われる事しました? 「リベリアン……お前、仕事はどうした」「今日はあたしは非番だよ。 勤務シフト表見る?」「いや、いい。 別に疑うつもりもないからな。 だが、どうしたんだ? 格納庫なんかに」「いやー、それがさ!」 そこでオレを見るシャーリー嬢。 う、なんかやたらきらきらした目で見られてるんですが…… ああ、この人スピード狂だっけ。「凄いね、そのストライカー! それにあんたも小さいのに凄いよ!」「…………」 あ、えーと……うん、なんて言ったら良いんだろう。 言い方は悪いが、こっちに来てからはじめてこういうタイプに会ったというか。「興奮するのはわからんでも無いがな、自己紹介くらいするべきだろう」「ああ、そうだった、悪い悪い。 あたしはシャーロット・E・イェーガー。 リベリオン空軍中尉。 グラマラス・シャーリーとはあたしのことさ!」 胸を張る彼女。 ……おおー、すげぇ、揺れる……なんというおっぱい。 ストライカーユニットを履いてるのでなんとか身長釣り合っているが…… 履いてなかったらオレ、今身長すっごく低くなってるから、見上げる形になってさぞや見事なおっぱいだったろう。 腰も細いし……男だった頃に会いたかった。 いや、会ってるんだけどね、二次元と三次元の境界越しに。「ヴィルヘルミナさん、貴女を病院に運んでくれたのは彼女なのよ」 え、マジですかミーナさん。 なんか、ヴィルヘルミナさんは海上でネウロイの奇襲を受けて吹っ飛ばされたんでしたっけ。 ……どうも記憶が曖昧だけど、吹っ飛ばされた直後から「オレ」だった気がする。 つまり、命の恩人だ。「……オレを……助けてくれて、ありがとう」「いや良いよ。 あんたが無事で本当に良かった。 それにあたしは足が速いから運んだだけで……一番に見つけたのはそこの堅物だよ。 その……跡は残っちゃったみたいだけどさ、命さえあれば何とでもなるしね」「……気にしてないし……それでも、ありがとう。 バルクホルンも……」「いや……当然のことをしたまでだ」 今明かされる驚愕の真実。 うん、本当にありがとうございます…… 貴女達二人には感謝してもし切れません。 バルクホルンさんには先ほどトラウマを植え付けられた気もしますが。 「で、あんたは?」 ああ、そうだな、オレも自己紹介しないと。 ひと呼吸して心を落ち着かせる。 今まで会ってた人たちは、前からヴィルヘルミナさんのことを知っていて。 幸いにして、オレは自己紹介をせずに済んでいた。 だが、ここからは違う。 オレは、以前のオレではなくなる。 28年間慣れ親しんだ名前を胸の奥にそっとしまい込む。 生まれて初めて親から貰った物を捨てる訳にもいかないからね。 ただ、おそらくは二度と使う事のない物だから。 胸の奥の方に、大事に、大切にしまって。 今からオレは――ヴィルヘルミナ・ヘアゲット・バッツになる。「……ヴィルヘルミナ。 ヴィルヘルミナ……ヘアゲット・バッツ。 カールスラント空軍……中尉?」「何で疑問系なのさ?」「……彼女にも色々事情があるのよ。 彼女はカールスラント空軍中尉で、本日付でこの航空団に配属になったわ。 正式な紹介は明日になるでしょうけど」 あ、記憶障害は積極的には表に出さない方針ですか。 了解しました。 とは言っても簡単に気付かれるでしょうけど。「ふーん……少佐がそういうなら。 まぁ、よろしくたのむよ!」 手を差し出してくるシャーリー。 オレはその手を取ろうと、一歩踏み出そうとし―― 「?」「ちょっ!?」「ヴィルヘルミナッ!?」「ヴィルヘルミナさん!?」「ヴィルヘルミナ!?」 ぐらり、と視界が揺れる。 あ、れ、なんだこれ、力が抜けて。 目の前が白く染まっていく。 そういえば、飛んでる最中から体調悪いんだった。 あの程度の運動で体力切れかよ…… くそ、本当に格好つかねえな。 身体を支えようとしてくれるバルクホルンとシャーリー、ミーナさん。 駆け寄ってくるエーリカを視界に入れながら。 オレの意識はそこで一端途切れた。***Side Witches*** シャーリー、エーリカ、トゥルーデの三人は。 医務室でヴィルヘルミナの容態を聞いて、各々安堵したり多少の後悔を胸に抱いていた。 ヴィルヘルミナの気絶は、魔力切れと、体力低下と、精神的疲労が理由だろう、とのことだった。 一日しっかり休めば問題なく回復するだろう、と。 シャーリーは最初、そりゃあ病み上がりにバルクホルンにあんだけ追い立てられれば死ぬほど疲れもするだろうよ、とけらけら笑っていたが。 医師が退室してから、エーリカとトゥルーデの表情が生彩を欠いているのに気が付いた。 「どうしたんだよ堅物、こんな事で落ち込むなんてあんたらしくないね。 訓練でぶっ倒れるまでやりあうなんて、日常茶飯事だろう?」「……ん、そうだがな」「無茶だと解ってても、そうさせたのは私たちなんだ…… ちょっとは責任感じちゃうよ」 そう呟くトゥルーデとエーリカ。 シャーリーの深いため息が医務室に響く。「……事情を話してくれないのはちょっと気にくわないけどさ、そんなに気にすんなよー。 こいつ、言ってただろ? ありがとう、って。 上辺だけでそんな台詞を言う奴には見えなかったけどね、あたしには」 そんなに悪いな、って思っているなら。 こいつが目を覚ました時にきちんと世話してやれよ。 先輩だろう? シャーリーは笑って二人にそう言ってから、部屋を出て行った。「トゥルーデ」「なんだ、フラウ」「私、ヴィルヘルミナとまた一緒に飛べるのが嬉しいよ」「私もだ」「今度は、私たちが色々教えてあげる番かな」「……そうだな。 こいつには色々と世話になったからな。 そろそろ借りを返しても良いな」 さしあたっては、こいつの入団手続きとかな。 そう言って、トゥルーデは微笑んだ。 ―余談―「しかし、もし軍人としての規範も忘れているとしたら……フラウ、お前には任せられんな」「えー、どうしてよー」「馬鹿者! お前のようにずぼらな奴を手本にしたらヴィルヘルミナまで堕落してしまうだろう!」「ひどーい、トゥルーデおうぼーう」「まったく、お前は自分の日頃の行いを胸に手を当てて思い出してからだな…… っ、私の胸じゃない、自分の胸だ!」「あれ、トゥルーデちょっと大きくなった?」「ばっ、ばっ、ばかものーっ!?」「医 務 室 で は お 静 か に !」「す、すまん」「ごめんなさーい」 お後がよろしいようで。----------短いなぁ……このくらいだったら前回にくっつけても良かったかも。ようやく1エピソード終わりました。こっから本編の再構成に入ります。予定を変更して全員出すのは諦めた。もうちょっと自分の実力を考えてから展開を考えねば……出待ちしてたエーリカ、出そびれるの巻。主人公の気絶の理由は、魔力切れ+体力切れ。名前変更のストレスがトリガーになりました。気楽そうにしていても。なんだかんだ言って、見知らぬ土地に名前と身体すら奪われて放り出されるってしんどいとかそういう言葉を陵駕しそうだよね。シャーリーさんマジ大人。明るくてスピード馬鹿だけど、多分部隊で一番割り切ってる。シャーリーのイメージはそんな感じ。