02 「イメクラとお約束」***Side ????*** 涼しげな風が頬をなでる感触で目を覚ます。 鼻につく薬品の臭い。 清潔感を感じさせる白い天井。 目が覚めるとそこは病院でした。 ……お? おお……生きてるよオレ。 凄いね、トラックに轢かれて生きてるとか夢にも思わなかったぜ。 いや、吹っ飛んでたからむしろはねられた? の方が正しいのだろうか。 あれだけ生きたい生きたいと思ってたけど、それは逆に言えば死が正しく目前まで迫っていたからだろう。 だってトラックですよ? 中学校辺りで習った運動エネルギーの法則とかで考えると、確実に人体を破壊しまくって余りあるエネルギー量だろうし。 内臓破裂とか脳挫傷とか全身粉砕骨折で人間スライム化とか。 ……おおう、考えてると怖くなってきた。 ごっごごごっごっ五体満足だよねオレ!? 半身不随とか美少年もしくは美少女なら絵になるし萌える物もあるが。 オレは美少年でもなければ美青年でもない。 三十路まで後数年のしょぼいにーちゃんである。 こ、こえぇぇ……親の遺産があるけど半ニートだから保険効かないし。 いや治療費はトラックの運転手に払わせれば良いんだよな、そうだよな!? う……現実を直視するのが怖いな、しかしオレは男の子。 男 は 度 胸 ! という訳で体を起こそうとしたわけだが「ぎ……がッ」 痛い痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ。 こらあかんわ、全身がひりつく様に痛い。 あと、打撲系の痛みとよく解らん痛みが混在している……手術かな? そんなことを思っていると。 「あっ、まだ動いては駄目です!」 可愛らしい声が聞こえた。 あ、看護婦さん居たんすか。 声のした方向に、視線を向けて――オレは絶句した。「目が覚めたんですね? 大丈夫ですよ、此処は病院です。 大変な火傷だったんですよ? まだ暫くは安静になさっていてください」 大変な火傷? いや大変なのはあんたの方ですッ!? スカート! もしくはズボン! 履いてねぇぇぇぇぇっぇぇぇ!!!! 栗色でウェーブのかかった若い白人系の看護婦さん(結構好み)、しかしその下半身はパンツ(白)丸出しだった! え、何これ、死にかけたオレへのボーナスステージとかそういうの? というかキャバクラとかイメクラとか思い浮かぶんですけど。 眼福とかそういう事考える以前にいきなりこれは引く。「喉が渇いていらっしゃいませんか?」 状況について行けず、頷くことしかできないオレ。 湯冷ましっぽい水を飲ませてくれるやたら扇情的なカッコの看護婦さん。 ぅあ、うめー……五臓六腑に染み渡るわー。 こんなに水が美味しいとか思ったことは久しぶりだ。 口の端から少しこぼれた水を手ぬぐいで拭いて貰って……じっと見つめているのに気付かれたのかにっこりと微笑まれる。 ごめんなさい、湯冷まし一杯10万円、とかぼったくりじゃねーだろーな、と疑ってしまいました。 ……うん、格好は変だけどちゃんとお礼を言わないとな。 ありがとうございます。「礼を……言う」 ……あっるぇぇぇぇっぇぇぇ???? え、なんで思ったことと口に出したことに此処までギャップがあるのさ。 おかしいだろ、常識で考えて。 しかも掠れてたけどなんかやたらと可愛らしい声だった気がするんだが。 え、ああ、そうか! そうだね! 両親が死んでから十ヶ月くらい誰とも話してなかったから喋り方忘れちゃったんだ! 声は多分声帯の筋肉が萎えてたとかそんな感じの理由で一つ。 っていうか今の礼の言い方だとすごい失礼だな。 オーケー、今度はゆっくり、喉を湿してから。 本当にありがとうございます、水、とっても美味しかったです「感謝する……水、美味かった」「いえいえ、美味しかったなら何よりです」 なんでさ! うーん、気付かないうちにオレの言語機能は相当死んでいたらしい。 ネトゲのチャットで毎晩会話はしてたんだけどなぁ……やっぱり実際に喋らないと駄目か。 元々無口な方だとは思っていたが、敬語すら使えないとか駄目だろ、成人として。 要練習だな、うん。「落ち着きましたか?」「ああ……」 いや、落ち着いたと言うより落ち込んだ感じだけどね。 自分の社会不適合さに打ちのめされて。「それではヴィルヘルミナさん、今担当医の方を呼んできますので、待っていてくださいね」 は? ヴィルヘルミナ? 誰それ?「ヴィルヘル……ミナ?」「? はい、ええと……カールスラント空軍の、ヴィルヘルミナ・H・バッツ中尉……ですよね?」 えぇぇぇぇっぇぇ誰それぇぇぇぇぇっ!?!?***Side Witches***「ねぇミーナ、病院の方から連絡はない?」「おいハルトマン、何度も言うが心配しすぎだぞ。 ……それはそれとしてミーナ、何か連絡はないか? そうだな……たとえばヤツのことについてとか」 そう聞いてくるエーリカとトゥルーデを前にして、ミーナは掌で額を押さえた。「……貴女達ねぇ」 はぁ、とため息一つ。 今まで離れていた戦友がここ、第501統合戦闘航空団の基地へとやってくる最中に重傷を負って。 最寄りの病院へと担ぎ込まれたのだ。 安否が心配になる気持ち痛いほどよくわかるが、少々浮つきすぎではないだろうか。 連絡がないかと聞きに来ること、当日の夜から始まって、三日間でエーリカが9回、トゥルーデは4回だ。 流石に忙しいのか自制しているのかトゥルーデの訪問頻度は低いが、エーリカなど午前午後に夕食後、と聞きに来ていた。 それは純粋に友の事を案じている様であり。 撤退戦の地獄を共に戦ったという強い仲間意識から来ているのだろう。 そしてそれはきっと、撤退の最後で合流したミーナとのそれよりも幾分か強いのだ。 どうせもうすぐ昼食だからと作業の手を休めていたミーナは、椅子に深く腰掛けて表情を緩める。 そして聞いた。「どういう娘だったの? その、ヴィルヘルミナ中尉は」 書類上、彼女の経歴は既に把握している。 ミーナは、信頼するトゥルーデとエーリカの目から見たヴィルヘルミナの情報を欲していた。「ん……確か年齢は17歳。 軍に入ったのはフラウより先だが、実戦に出たのは後だったな」「そうだよー。 あ、でも別に成績が悪かったとかじゃないよね。 たしかそのまま教官やってたんだって」「教官? 書類にも書いてあったけれど、その若さで?」「そうだ。 腕も良かったし、無口なヤツだったがなにかと人に物を教えるのが上手くてな…… ああ、そういう意味では教導員としては申し分ないな」「ホントに無口だったよねー。 何か教える時でもさ、最低限のことしか喋らないの」 だけど、そのお陰で色々考えさせられるんだよね、とエーリカは笑い。 だが、行き詰まった時には必ず助け船を出してくれた、とトゥルーデは頷いた。「二人とも、彼女のことを信頼しているのね」「ああ……規律を守り、祖国と人々のために勇敢に戦う。 同じカールスラント軍人として誇れる人間だ」「そう? 一緒に昼寝とか良くしたけど?」「お前とは違って節度ある範囲での休憩だろう!」 えへへー、と笑うエーリカに、全くお前は規律あるカールスラント軍人としての自覚が、と説教を始めるトゥルーデ。 そんな何時ものやりとりを始めた二人を見て、ミーナはため息一つ。 そろそろ昼食の時間だから、ほどほどにね、と。 立ち上がったところで電話が鳴った。 受話器を取る。 「はい、こちら司令室……え、意識が戻った?」「本当か!?」「本当!?」「しっ……二人とも静かにして……ん、失礼。 で、状態は……え? ああ、そう……了解しました。 追って連絡すると先方に伝えて頂戴」 受話器を置く、堅い音が部屋に響く。 ミーナは心を落ち着けるように軽く深呼吸する。 こういう時、自分が司令官で有ることを疎ましく感じる。 明るい雰囲気を壊す時も、悪いニュースを伝える時も。 だが、それも彼女の責務である。 だから、ミーナはヴィルヘルミナの安否を気にしている二人に伝えた。「彼女が、ヴィルヘルミナ中尉が目を覚ましたそうよ……ただ、記憶に障害があるそうなの」 ままならないものね。 二人の表情が強ばるのを見て、ミーナは今度は心の中でため息を吐いた。***Side Wilhelmina?*** 目を覚ますと、女の子になっていました。 あ、ついでにストライクパンt……もといウィッチーズの世界な様です。 ブルネットの白衣の女医さん(パンモロ)が色々話しながら治癒魔法をかけてくれました。 お陰で上体を起こしてももうそんなに痛くありません。 凄いね魔法。 何か暖かかったし、何にでも効く全身温湿布て感じ。 で、先ほど出て行った女医さんの話によると。 オレはどうやらヴィルヘルミナ・ヘアゲット・バッツという名前の、カールスラント空軍中尉らしい。「記憶に障害が……」 とか言っていたけど、失礼な。 若年性痴呆症じゃねーよ、単に知らないだけですっ! まぁ客観的に見れば記憶認識障害と疑わざるを得ないよね。 お仕事お疲れ様です。 オレの精神もお疲れ様です。 鏡で自分を見せて貰ったら顔の左半分に包帯巻いたブルネットの長髪のかわいらしいお嬢さんでした。 毛先のウェーブが微妙におしゃれです。 あ、微妙に視界が狭いと思ってたけど片目塞がってたのね。 絶句していたら、凄い痛々しい顔で「ごめんなさい、顔に火傷の跡が……」とか言い出したので気にしないでください、と言っておいた。 ……なんか、「心配は無用だ、そなたは良くやってくれた」とかそんな感じの返事になったけれど。 ……なんか、涙ぐまれてしまったけれど。 ごめんなさいっ! ぶっきらぼうな言い方でごめんなさい……ッ! 文句を言ったつもりはなかったんです。 貴女は本当に良くやってくれました。 回復魔法とかね。 うーん、しかし、なんか何処ぞのロシアンマフィアの女ボスみたいなフライフェイスになってそうだなぁ。 しかしカールスラントで空軍で中尉で17歳? なにこれウィッチになって空戦するとかそういう設定? 自慢じゃないけどコンバットフライトシミュレータとか超得意だぜ? あとエースコンバットとか! ……覚めてねぇー。 絶対目、覚めてねぇー。 ああ、これきっと、死の直前に脳が見せるスーパー現実逃避大戦EXってやつだな。 そうそう、そうに決まってるさ。 よりによってストライクウィッチーズとは思わなかったけどね。 両親の死後、ぼーっと見てたのがそんなに記憶に残ったんだろうか。 や、確かに衣装はやたらとインパクト強いけどさ。 でも流石にこれは夢だろ。 目が覚めたらオレ、霊安室に居るんだ……とかそんな感じの。 綺麗な顔だろ? これ、司法解剖後縫合して死化粧済みなんだぜ……とかそんな感じの。 うん、目が覚めなくてもいい気がしてきた。 というわけで看護婦さんが持って来てくれたオートミールをずるずる啜ろうと思います。 遅めの昼食です。 ずるずる……不味っ。「いかがですか?」「……ああ、美味い」 ミルク麦粥とかマジ勘弁。 しかし社交辞令を言うオレ大人。 あと、自分の会話力に関してかなり諦めがついてきました。 これは長期的な療養が必要なようです。 まぁ、直しても死んでるかも知れないんだけどね! ………… それではゆっくり休んでいてくださいね、という台詞を残して。 食器を持って看護婦さんは出て行った。 後ろから見る尻はなかなか味があったが、介護してくれる人にそういう感情を持つのはいかんよね。 ……嘘ですごめんなさい、心のアルバムにしっかり記録しました。 ……はぁ。 ため息を吐く。 吐息を吐く感覚と、そのために体が動いて、火傷の跡がひりつく痛みがあまりにリアルで。 一人になった病室は否応なくオレに考えることを強制する。 おなかも一杯になってきたことだし、そろそろ現実逃避は止めようか。 ポジティブロジカルに考えようぜ、オレ。 相変わらず窓から吹いてくる風は涼しくて気持ちいいし。 カーテンが翻るたびに見える外の景色は明らかに日本の物ではないし。 先ほど食べたオートミールは不味かったがそこそこお腹に貯まった。 痛みもある。 感覚もある。 今、生きているという実感がある。 転生とか、憑依とか、にわかには信じがたい現象かも知れない。 ただ、親父も、お袋も、親類縁者まとめてとっくに鬼籍に入っているオレにとっては自分が何処にいようと余り関係ない。 好きな人も居なかったし、友人と言える相手もごく少数だ。 収入はあるが別に就職しているわけでもないので仕事で迷惑をかけることもない。 これが現実で、この世界で生きていかなければならないとしても。 これが夢で、何時意識が死んでしまうか解らないとしても。 そこに、なんら差はないのだ。 そう、これが現実だろうが夢だろうが、オレにとっては一向に変わりがないのだ! 我思う、故に我有り。 竿と玉は無くなってしまったけど問題ないね! 童貞だから! むしろ下半身防御が薄いこの世界に来れてラッキーとか思わないとやってられないよね! うん、よし! 今は体を治すことを考えよう。 治癒魔法とかあるから早晩退院は出来るだろうけど、その後のことはそのときに考える! ぶっちゃけた話、情報が少なすぎるしね。 と言うわけで寝ます、おやすみなさーい。 と言うところで扉が叩かれる音がした。 え、何、出鼻をくじかれるとかすげー幸先悪いんですけど。 でも入室を促すオレ。 どうぞお入りください。 「……入れ」 何様だろうねオレ。 泣きたくなってきた。 ドアがゆっくりと開かれて……あれ、誰も入ってきません。 開け放たれたドアから、こちらをのぞき込むように顔を覗かせている金髪の少女。 うん、可愛いねぇ……ん、て、この顔つきは……「エーリカ……ハルトマン?」 原作キャラ来たー!?-------------------自分の中ではカールスラント組はみんなすっごい仲間思い・仲間意識が強いイメージ。劣悪な環境での地獄の撤退戦、失われた祖国、散り散りになった僚機たち。そんな環境から生まれるひねりのないイメージです。