待ち合わせの時間に約束の場所に行くと、そこにいたのは佐天だけではなかった。
「あ、お久しぶりです新城さん」
「お姉さまー……」
相変わらず頭上がお花畑の花瓶少女初春が、なぜか佐天と一緒に立っている。
隣にいる佐天は涙目になっていた。
「こんにちは、涙子ちゃん、飾利ちゃん。それで、なんで飾利ちゃんがここに?」
二人で出かけるつもりだった結奈にしてみれば当然の疑問だ。
それに初春が答える。
「それはですねー。佐天さんと新城さんが二人っきりで出かけると聞いたので、新城さんの貞操を守ろうと……「初春!」」
赤くなって口を塞ごうとする佐天に対して「冗談です」と言い、初春は説明を続ける。
「本当はですね、買い物をご一緒させてもらおうと思いまして」
それでもまだ疑問が残る。わざわざこの日を選ぶ必要もないだろう。
「実は、九月三日から広域社会見学が一週間ほどあるんですけど、その準備の買い物なんです。風紀委員(ジャッジメント)の仕事の関係で、私のお休みが今日しか残っていなくて……この前一緒に買い物に行った時は、佐天さんが『お姉さまが電話に出てくれない……』とか言い続けて一日経ってしまいましたから」
「う、初春! それは言っちゃダメだって!!」
どうやら半分くらいが自分のせいだと分かった結奈も、快く初春の同伴を認めた。
「ま、それなら仕方ないね」
「うぅ……ごめんなさいお姉さま……」
佐天は肩を落とし、がっくりとうなだれる。
それを見る初春の顔は、いつもよりも五割増しの笑顔だった。
並んで繁華街を歩く三人。主に佐天と初春が店頭を見てはしゃぎ、結奈がそれに応えるという保護者のようなポジションになっていた。
「このパジャマどうですかお姉さま?」
「涙子ちゃんによく似合ってるし、可愛いと思うよ」
現在、三人は洋服店でパジャマを探していた。
「これはどうですか新城さん」
「さ、さすがにそれは飾利ちゃんには大胆過ぎると思うんだけど……」
そう言われてがっくりと肩を落とす初春。
「うぅ、やっぱり私には大人の魅力が足りないんですね……」
そんな初春に佐天が茶々を入れる。
「ほら、だからもうちょっと子供っぽい方が似合うって言ったのに」
それに対し初春はどこか決意が感じられる表情で、
「私だって……たまには冒険したくなる時だってあるんです!」
などと叫んでいた。
結奈が理由を聞いたところ、白井の下着が凄かったから、という答えだった。
(黒子ちゃん、さすがに黒下着はあなたにはまだ早いよ……それ以前に、穿くのはいいけど他人に見せちゃダメだって……)
遠い眼をして結奈は考える。主に白井の将来について。
どこからか『余計なお世話ですわー!』という声が聞こえた気がした。
「それで、次はどこに行きますかお姉さま?」
洋服店を出たところで佐天が聞いてくる。
二人の買い物はこれで全部終わったらしいので、今度は結奈の買い物に付き合ってもらう事になった。
「そうだね、アクセサリーショップに行こっか」
「あ、そうでした! 昨日の約束うっかり忘れてた」
結奈の言葉に佐天も思い出したのか、大きく頷いている。
「約束ですか?」
それを聞いた初春が佐天に尋ねた。
「うん! あたしとお姉さまの妹の座を争うみーさんに、お土産を買っていくって」
「ええ!? 新城さんにはもう一人佐天さんみたいな人がいるんですか? それはご愁傷様です……」
佐天の説明を聞き、同情の視線を結奈に向ける初春。
「初春? なんか馬鹿にされてる気がするんだけど?」
佐天もその態度に微妙に頬を引きつらせて言う。
「いえいえ、そんな事はありませんよ佐天さん。ただ新城さんも大変だなー、と思っただけですから」
「全然フォローになってなーい!!」
そう叫び、佐天が初春を追いかけ回し始める。
(なんか、会うたびに飾利ちゃんが逞しくなっていってる気がする……)
乾いた笑いを浮かべ、結奈はじゃれあう二人を見守っていた。
二人をなだめてようやくたどり着いたアクセサリーショップで、結奈は頭を悩ませていた。
(みーちゃんの言う通り区別のためってのを優先させるなら、ネックレスにペンダント、ブローチとかあたりが分かり易いよね。そういう意味ではロザリオでもよかった気がするんだけどなぁ……なんで涙子ちゃんはあんなに嫌がってたんだろ)
理由は分からないが嫌がっているならしょうがない、と考え直し、アクセサリー探しを再開する結奈。
他の二人にも別々に探してもらっている。
ミサカと会ったことがない初春には、美琴に合いそうなアクセサリーを選ぶように言っていた。
(これなんていいかも)
良さそうな物を見つけた結奈は、一度集合場所へと戻る。
そこには既に初春と佐天も戻ってきており、結奈に手を振っている。
「お姉さま、見つかりましたか?」
「うん。二人は?」
「あたしはばっちりですよ!」
「私はあんまり自信がないです……」
得意そうに答える佐天と、自信無さげに答える初春。
「じゃあ、まずは初春からね」
「わ、私からなんですか!? それじゃ……」
初春が後ろ手に持っていたものを見せる。
それを見て、二人は目を丸くして呟く。
「あの、飾利ちゃん?」
「う、初春? いくらなんでも……」
初春が持ってきたのは、まごうことなき金のティアラだった。
金色自体はメッキのようだが、結構な量の宝石が散りばめられている。
「なんか、御坂さんは『リーダー』ってイメージがあったので、一番『リーダー』っぽいものを持ってきたんですけど……」
どうやら彼女にとっての美琴はそんなイメージらしい。
「しまった! いつも花畑な初春に期待したのが間違いだったか!」
「そそそれはどういう意味ですか佐天さーん!!」
漫才を始める二人を無視してついていた値札を返してみると、そこにはすさまじい値段が書かれていた。
具体的には六桁突入している。買えなくもないが、これはむしろ送られた方が困るだろう。
「はいはーい、これは高すぎるから却下。とりあえず元の場所に戻してきて」
その言葉に従い、初春がうなだれながら金のティアラを返しに行った。
しばらくして初春が戻ってくると、今度は佐天が後ろ手に隠していたものを見せる。
「ふっふーん。あたしは初春みたいなおかしなものは選びません」
佐天の手に乗っているのは、五枚の花弁からなる花形のヘアピンだ。
佐天が付けている物と比べると花弁の一つ一つがかなり大きく、そこに取り付けられた宝石がキラキラと輝いている。
(確かにみーちゃんに似合うと思うけど……)
デザインの選択自体には結奈も文句は無いが、一つ問題があった。
「でも、美琴ちゃんもヘアピン使ってなかった? 似たようなの持ってるかも」
「あ……」
言われて気づいたのか、口を開いたまま唖然とする佐天。
「さ、佐天さんだって役立たずじゃないですかー」
「って、ティアラなんて選んできた初春にだけは言われたくない!」
ここぞとばかりに初春が攻撃するが、さすがに佐天の言う通りだと結奈も思う。
「はいはい。喧嘩はそれくらいにして、次は私の番だよね」
結奈がそう言うと二人は口論をピタリと止め、期待の眼差しを向けた。
(あれは、失敗を期待してる目だ……)
なんというか正直な二人に苦笑いをしつつ、持ってきた物を見せる。
結奈が選んだのは、五センチほどの大きさのシルバーブローチだった。
二匹の猫が寄り添うなデザインで、その猫達の胸元にパールが一粒取り付けられている。
「みーちゃん猫好きだからちょうどいいかなと思って。どうかな?」
「(佐天さん、最初から私達はいらなかったんじゃ無いでしょうか?)」
「(うぅ……悔しいけど反論できない……)」
何故か落ち込んでいる二人に聞くが、返事は返ってこない。
「(私達ってダメな子なんでしょうか?)」
「(そんなことない初春! きっと……)」
どうやら友情を深め合っているらしい。
「あのー……二人とも?」
「は、はい! それでいいと思います」
「あ、あたしもお姉さまのでいいと思います!」
結奈の声にようやく我に返った二人が答える。
結局、ミサカへのお土産は結奈の選んだブローチに決まった。
買い物を終えた帰り道、三人が横断歩道を渡っている時。
話しながら結奈の前を歩く佐天と初春を微笑ましそうに見ていた結奈の耳に、ガリガリと何かを削るような音が聞こえてきた。
不思議に思い視線を横にそらした結奈が見たのは、道路と歩道の間の柵に車体を擦りつけながら、すさまじいスピードで走ってくるバス。
しかも、前を歩く二人はまだそれに気づいていなかった。
「危ない!!」
結奈はそう叫びながら二人の元へと駆け出す。
その声にようやく異変に気づいた二人だったが、迫ってくるバスに混乱して呆然と立ち尽くしてしまっていた。
(間に合えっ!!)
追いついた結奈が二人を抱えるように掴み、一気に歩道へと飛び込む。
その直後、暴走するバスが結奈の足をかすめるようにして通り過ぎて行った。
「た、助かったみたい……だね。二人とも怪我は無い?」
肩で息をしながら言う結奈。
呆然としていた二人が、その言葉でようやく我に返る。
「だ、大丈夫ですかお姉さま! ごめんなさい、あたしがぼうっとしてたから!!」
慌てて結奈に謝りだす佐天。
「あ、ありがとうございます新城さん。佐天さん、それを言うなら私もです。これじゃ風紀委員(ジャッジメント)失格ですね」
初春の方は、とっさに何も出来なかった事に落ち込んでいる。
「みんな無事だったんだから気にしないで。それと飾利ちゃん、今の一体何だったのか風紀委員の方で分かる?」
そう言われ、慌てて携帯端末を調べ始める初春。
「あ、もう解決したみたいです。無人バスがいきなり暴走したらしくて……さすがにまだ原因は特定できてないみたいですね。夏休み終了間際で人通りが少なかった事もあって、怪我人も出ていません」
その報告に安堵の息をつく結奈。
「一安心、だね。事情聴取とか行った方がいいのかな?」
「あ、それは私が話しておきますから、お二人は先に帰ってくれて構いません」
風紀委員の腕章をつけた初春が言った。
「それなら、お言葉に甘えて私達は先に帰るね。飾利ちゃんもお仕事がんばって」
はい! と元気よく答える初春に事後処理を任せ、結奈は寮へと帰って行く。
佐天は、ありがとうございますお姉さまー、と涙目で結奈にすがりついていた。
翌日、結奈は念のために病院へ診察を受けに来ていた。
「それで? 学園都市外の海に家族旅行に行ったはずの上条くんは、なんでまたここにとんぼ返りしてるのかな?」
そこで見つけた上条に、こめかみを引きつらせた笑顔で結奈が聞く。
「い、いやこれはですね新城サン? 不可抗力と言うかなんというか……」
それをなんとかなだめようとする上条。
「じゃ、土御門さんはこれでオサラバしますにゃー」
その上条を見ながら、土御門はそそくさと病室を出て行こうとする。
「あ、待ちやがれテメェ! そもそもお前がやったんだろうがこれは!」
上条の言葉を聞き、結奈が即座に反応した。
「へぇー。あんたが犯人だったんだ」
気がつけば、ドアに向かう土御門の前に結奈が立っている。
「い、いつの間に前に!?」
驚く土御門には構わず、結奈が続ける。
「覚悟はできてる?」
静かに最後通牒をつきつける結奈。
「それはいくらなんでも横暴……ぐぎゃ!」
直後、言い訳を返そうとした土御門の鳩尾に結奈の肘打ちが食い込んだ。
しかし、それだけでは終わらない。
急所をやられて体がくの字の曲がったところで、今度は下がってきた顎を右手で下から打ち上げる。
さらに、一瞬浮き上がった土御門の体が落ちてくるのに合わせて股間を蹴り上げた。
「ちょ、それはさすがに! 大丈夫かおい!!」
青ざめた顔で股間に手を伸ばしながら上条がそう叫ぶが、
「……」
床に倒れ伏した土御門からの返事はない。
それを見下ろしながら、結奈は普段の調子に戻って言った。
「まぁ、反省してるみたいだからこれくらいにしておくけど」
「え? 今の流れのどこから反省が伝わったのですかと上条さんは問いたいのですが」
分かっていない上条に、結奈が土御門を指差しながら説明する。
「だって、さっきの話からするとコレは必要悪の教会(ネセサリウス)や学園都市、その他色々な組織と繋がってる多角スパイなんでしょ? 格闘術の訓練とかも受けてるみたいだし、罪悪感も何も感じて無いなら避けてるよ」
「……そういやそうだな」
その言葉に上条も納得したようだ。
「……いや、さすがの土御門さんも、ここまでされたのは予想外だったぜい」
息も絶え絶えに呟いた土御門の言葉は、当然のように無視される。
その時、開いたままになっていた病室のドアから、幽霊みたいな足取りでインデックスが入ってきた。
そのおかしな様子にギョッとした上条が、インデックスに話しかける。
「な、何だインデックス。日射病にでもなったのか? ったく、このクソ暑いのにそんな長袖の修道服なんか着てるからだぞ。お前日本の夏をナメてんじゃ「……ぶたれた」」
上条の声に割り込むように、小さく、しかしはっきりと通る声でインデックスが呟いた。
その一言がきっかけになったのか、インデックスは半泣き状態の顔で上条に向かって叫ぶ。
「とうまにぶたれた!」
「ナニィっ!」
突如放たれた不穏な言葉に、上条が困惑の表情を浮かべる。
それに構わず、インデックスは言葉を続けた。
「せっかくせっかく海に行くっていうから楽しみにしてたのに行ったら行ったでとうまは全然私の方見てくれないしちょっかい出すたびに本気でぶってくるし挙げ句の果てには背中に向かって声かけただけで砂浜に首だけ残して埋められたっ! これは一体どういう事!?」
インデックスの言葉に最初怪訝そうな表情をしていた上条だったが、何かに気づいたのか一気に顔色を青く変える。
「へー、私もどういう事か興味あるなー」
続く結奈の言葉にさらに顔色を青くした上条が、必死に弁解を行う。
「あ、いや、ちょっと待って。チョットマッテクーダサーイインデックスサントーシンジョウサン! これには深い訳がというかアナタ達の知らない内に起こった『御使堕し(エンゼルフォール)』という世界規模の大魔術でインデックスが青髪ピアスになっていたというか……ってか新城はさっき話聞いてたはず―――」
「うるさいっ! このマザコン! まったく自分のお母さんばっかりジロジロジロジロ気にしちゃってさ、この扱いの差は何なんだよう!?」
「さすがの私も上条くんがマザコンだとは知らなかったなー」
「だからそれには深い事情がある訳で―――って何でこうなんだよ? 俺頑張ったじゃん、俺インデックスのために頑張ったじゃんホントにもうさぁ!!」
言い訳を続ける上条だったが、頑張ったさまを見ていない二人には通じない。
「ゼッタイ、許さない! とうまの頭骨をカミクダク!」
「女の子を泣かすような人には、お仕置きをしておかないとね?」
無情の宣告が結奈達の口から伝えられる。
「いやだー! 神様仏様ミーシャ様! 誰でもいいから助けてー!!」
その上条の絶叫は、当然誰にも届く事は無かった。
床に倒れていたはずの土御門の姿も、どこにも無かった。
原作既読者のための補足
今回の前半部における各キャラクターの外見は
・初春さん→ロリコンリーダー駒場さん
・佐天さん→ロリコンマスター一方さん
・新城さん→マッドドクター木原くゥゥゥン
の男祭りでお送りしました。