ピーーーー、、、、、ヒョロロロロロロロロロ……………。
特徴的な鳴き声を上げて、大きな、鷹のような大きな鳥がベルン北部の山々をまるで潜るように飛んで征く。
しかし次の瞬間、横から恐ろしい速度で飛んできた大きな影――飛竜が鳥にその肉食獣の牙が生えた凶悪な顎で勢いよく鳥の喉笛に喰らいつき、肉を引きちぎり、そのまま銜えて巣へと飛んでいく。
そんな弱肉強食、自然界の厳しさを澄み切った青い大空に見たイデアは、まだ微かに生きている鳥を銜えた飛竜が山脈の方へ飛んでいき、完全に視界から消えると小さく溜め息を吐いた。
そして上を向いていた首を水平に戻し、視界を前面に戻す。イデアの視界には白い、ゆったりとしたローブとマントを羽織った白髪の男、ナーガが立っていた。
ナーガはいつもの様にじいっと黙ってイデアとその隣にいる彼の「姉」のイドゥンを見ている。
この数週間でもう見慣れたと思ったその態度だが、今はたまらなく恐ろしい。
がくがくと震えそうになる身体を必死に抑え、自分もナーガと同じ無表情を何とか顔に張り付かせて、「父」を見る。
ナーガが口火を切り、いつも通りに淡々とイデアにこの荒野に再び訪れた理由を念のためもう一度告げる。
「今日は、お前が元の姿に戻る練習を行う日だ」
石はもってきたな? と、その細く鋭い眼で問う。蛇に睨まれた蛙のように一瞬、心臓まで止まりかけたイデアだったが、ギクシャクとした動きで、ローブの懐に手をいれて
金色の石――竜石を取り出す。
イデアの手にあるソレを見てナーガがふむ、と小さく頷く。
そして一言。
「イドゥン、こちらに来い。イデアの近くでは潰されてしまう危険性もあるからな」
イデアの隣に立っていたイドゥンが小さな歩幅で足早にナーガに駆け寄っていく。
「ああぁ……」
唯一の味方だと思っていた「姉」が恐ろしい男(イデア視点)の傍にいってしまい、1人残されたイデアが小さく悲鳴を上げる。
ナーガがなんだ? と、イデアの悲鳴を疑問に思うが、大したことではないと気には止めず、話を進めるべくもう一度息子に元の姿に戻る方法を伝授する。
「イドゥンの時に言った竜の姿への戻り方は、憶えているか?」
イデアが大きく横に首を振った。
「そうか」
余りにも無感情な声にイデアがびくっと怯えて、肩を跳ねさせた。
だが、ナーガはイデアの内心など関係なく、相変わらずも機械的な声音でイデアに語りかける。
「まずは、眼を閉じて意識を集中させろ」
言われた通りに、イデアが瞼を下ろし視界を塞ぐ。自分の心臓の鼓動の音がトクトクと、不気味なぐらいはっきりと聞こえた。
「…………」
そのまま黙って精神を集中させると、ふと、イデアが違和感に気がついた。
意識を集中させる前には気がつかなかった、手の上にもう一つの触覚があるような、奇妙な感覚。
そこに言葉に出来ない『自分の持っている大きな何か』があるのに自分の意思で自由に動かせない何とも言えない巨大な不快感。
「……を……ど……」
ずっと遠くからナーガの声がするが、今のイデアにはそれに気を割ける余裕はなかった。只、不快感を消すべく、感じた違和感の元へと更に深く、精神を集中させる。
感覚を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど、掌の上に乗っている物の存在感が大きくなり、不快感が薄まっていくのをイデアは感じた。
そのまま意識をもっと掌の一点に深く、重く、集束させ、その触覚を動かそうと試みる。
だが、中々動かない。
何度やっても、ほんの僅かしかその『触覚』を揺らせない。徐々にイデアの心の中に苛立ちと焦燥が吹き上がるように込み上げてくる。
無意識に歯をギリッと耳障りな音がするほど噛み締め、その手に血管が浮かぶほどの力を込めて、淡く発光している竜石を握っていた。
そんな『息子』の様子をナーガはどこまでも、無感動な双つの色違いの眼で見守っている。成功するまで何時間かかろうと、イデアが投げ出さない限り執務の時間を削ってでもいつまでも見守つもりだった。
「……だいじょうぶ」
ポツリと彼の「娘」が「父」ではない、頑張っている第三者へと向けて、優しく諭すように本当に小さく独り言を呟いた。
(クソ!! 何で!!!???)
イデアは焦っていた、しかしそれは先ほどまでのナーガに対する恐怖から来る焦りではなく、『触覚』を動かすコツが中々掴めない自分に対する怒りから発生した焦りだ。
何回も『触覚』を動かそうと躍起になるが、ほんの少ししか動かない。まるでその部位が麻痺したかのように動かないのだ。
後少し、後少し、と、力を込めるたびに期待感と苛立ちが積もっていく。
ナーガに対する恐怖心などは完全に頭から消え去っていた。
今彼の頭を占めているのは何としてでもこの『触覚』、または感覚を自由に動かしたいという強い想いだった。
(……ん……?)
不意に「中から」話しかけられたような気がしたイデアが硬く閉ざされていた双眸を薄く開いた。懐に何気なく視線を落とすと、手に強く握った竜石が力強く鼓動するように光を放っている。
それを見て彼は自分のやったことは効果はあったのだと少しだけ安堵する。
そのまま落ち着きなく眼球を動かし、なんとなく分かっている語りかけてきた声の主を探す。
いつもと何一つ変わらぬ無表情でこちらを見ているナーガが眼に映ったが、不思議と今は恐怖心は欠片も感じなかった。それどころか落ち着いてその顔を観察する余裕さえ不思議とある。
そしてそんな彼に寄り添って立っている「姉」と視線が交差した。いつもの無邪気な二つの赤と青の眼が嫌にはっきりと、大きく見えた。
時間にして僅か2、3秒だったが、イデアには1分間ほどにも感じられた。
もう一度瞼を閉じて視界を暗闇に戻す。先ほどまであんなに胸の中を占めていた苛立ちと焦燥、更には動かしたいと想いさえも清々しいほど綺麗さっぱりと失せている。
意識を槍のように鋭くし、突き刺すように石へと向ける。
さっきとの違いはすぐに分かった。驚くほどすんなりと、針が紙に突き刺さるように、自分の意思が石へと伝わるのがイデアにははっきりと感じ取れた。
そして変化が起きる。
最初に異変を捉えたのは視角であった。瞼を下ろした暗闇に金色の閃光が迸り、チカチカト闇を眩い金で喰い尽した。
次に彼が感じたのは身体が、手や足が猛烈な速度で大きくなるという奇妙な感覚だった。それに続いて口の端が痛みもなく引き裂けていき、背中に新しく動かせる部位が現れる。
世界を塗りつぶしていた暴力的な黄金の光が収まると、イデアは恐る恐る双眸を開いた。眼に映った世界は変わらぬ荒野と山脈、青空、そして空にて煌々と存在感を示す太陽。
さっきと何も変わらない。
ただ違うと言えば眼前にいたナーガとイドゥンがいない事と、手に強く握りしめていた竜石がなくなっている事ぐらいだろう。
二人は何処に行ったのか探すべく、イデアがキョロキョロと辺りを見回す。
地に着いた二本の後ろ足からミシリ、と、地面の歪む不愉快な音がなる。
その時、遥か下方から聞きなれた淡々とした男の声がやけにはっきり彼の耳に届いた。
「無事に成功したようだな」
首を動かし、眼をそちらに向けてみると随分と小さくなった「父」ナーガと「姉」イドゥンの二人がイデアを見上げていた。
小人のような二人を見て、まるでガリバーになったみたいだと思った。
だがそれよりも彼の気を引いたのは……
(成功……?)
ナーガの成功という言葉に何を言っている? と、一瞬だけ呆けるが、再稼動した脳がイデアの意思とは無関係に今まで自分が何をしていたかを彼に教える。
(そうだ、俺は、ドラゴンの姿に変身しようとして……)
そこまで考えが至った瞬間、弾かれたように両手をまるで殴るような速度で顔の前に持っていく。
そこにあったのはこの数週間で見慣れた幼児の腕ではなかった。
あったのは、金色の鳥の雛を連想させる毛に覆われた三本の鋭利な鍵爪。軽く一振りしただけで軽々と、あの恐ろしい飛竜の頭さえも草のように簡単に刈り取れてしまえそうなほど巨大な爪。
【竜】の爪。
(あぁ……、成功したんだ……)
自分の意思でこれを望んだので、今回は以前の祭壇の時のように取り乱すことはなかった。
それよりもイデアの胸中を満たしたのは、達成感。そして身体の奥底から湧き上る充実感。
さっき、ナーガが言っていたエーギルというものが、どういうものなのかが感じ取れた。
念の為、何回か手を握ったり開いたりを繰り返して、不備はないか確かめる。
一通り確認を終えると、次の指示を仰ぐべく眼を足元にいる二人、正確にはナーガに向ける。
「少し待て」
自分よりも遥かに大きな体躯の存在に眼を向けられても全く動じることなく、ナーガが自分の隣のイドゥンに何事かを囁く。
囁かれたイドゥンが小走りで離れていき、イデアからちょうど6メートル程の場所で立ち止まって懐に手を入れ、竜石を取り出す。
イデアと同質の黄金色の閃光が迸り、一瞬にして彼女は【竜】の姿に戻った。大きくなったことで人の姿のときの6メートルの間合いは消えて、双子は並んでいる形になった。
(早いなぁ……)
自分があそこまで集中してようやくできた事をまるで呼吸するかのように、やってのけた「姉」に少しだけ嫉妬する。
と。
「聞こえるか?」
「ΞΨっ!?」
「姉」の方にばかり注意を向けていて、完全に存在を忘れていたナーガにいきなり声を掛けられ、驚いたイデアが間抜けな声を出す。
最も、その異形と化した口から漏れたのは、人のものとは到底言えないような獣の呻き声に近いものであったが……。
その反応でちゃんと聞こえていると判断したナーガが、満足げに腕を組んで無表情で小さく頷く。
「次は、飛行を教えよう」
そういったナーガが何もない宙に足を伸ばし――――ダンッと、まるでそこに階段でもあるかのように踏みしめた。
そしてそのままカツ、カツ、カツ、と、宙を登っていく。4歩ほどで大体イデアの顔辺りまで上り、そのまま宙空に出来て当然だと言わんばかりに立つ。
(本当に何でもありな奴だな……)
大して驚きはしなかった。このエレブでは人が竜に変身するのだ(実際は逆である、竜が人の姿を取っているが正しい)この人の皮を被った化け物なら空ぐらい飛んでも可笑しくはないだろう。
じろっとイデアの眼を覗き込む。身体は自分の方がずっと大きいのに、飢えた肉食獣の前に無防備でいるかのような錯覚を感じて、ぶるっと小さく身を震わした。
「背に意識を集中させ、翼を動かせ」
言われた通りにしようとするが、これが中々上手くいかない。普段、人の姿で過ごす時に背後ならともかく、背中そのものに意識を向ける機会など滅多にないのだから当然である。
その時、バサッと鳥が羽を広げる時の音に近いものが隣から聞こえた。
音のした方をみれば、【竜】の姿に戻ったイドゥンが調子を見るかのように二対四翼の羽を規則正しく上下にバサバサと動かしていた。抜け落ちた金色の羽毛が舞い散り、辺りを彩る。
(確か昨日も……)
イデアの脳裏に映るのは、昨夜見惚れてしまった天使のような翼を背に生やしたイドゥンの姿。【竜】の姿の時の翼は昨日のあれをそのまま大きくしたものだ。
それと同時に思い起こされるのは、「姉」の文字通り天使のような満面の笑み。
そして一緒に行こうと言った彼女に返した自分の言葉。
(やってやるか)
あの音楽の奏者に二人で会いにいこう。その時に飛べないなんて恥ずかしいじゃないか。
その為の努力なら幾らでも惜しくない。
もう一度、今度は変に意識せず、力を抜き、出来るだけ自然体で背に意識を集中させてみる。
バサリ
「……?」
当のイデアが驚くほど呆気なく、いとも簡単に四枚の翼は動いた。
バサリ
余りにも呆気なかった為、只の偶然かそれに近い何かと思ったイデアが念の為もう一度動かすとちゃんと翼は手足の如く滑らかに動く。
バサリ バサリ
バサリ バサリ
今度は上の二枚と下の二枚を別々に動かす。手足と全く同じように思うがまま、自由に動かせた。
バサバサと翼で煽られた風が頭にかかり涼しい。
鳥になったことはないが、きっと鳥もこのようにして羽を動かしているのだろうと等とイデアは思った。
「最大まで翼を広げろ」
また言われた通りに背伸びをする時に腕を伸ばすのと同じように翼を限界まで大きく広げる。イドゥンも同じように動かし計八枚の翼が風を切り裂く。
それを確認したナーガが宙を歩き、二人の翼の元まで歩いていく。双子の翼をじっと見定めるように、値踏みするかのように見つめる。
「……問題はないようだな」
呟いたのか、それとも二人に言ったのかは分からないが、そう口にすると、また宙を歩いて二人から足早に離れていく。
「翼を開いたまま、力の限り羽ばたいてみろ」
大体二人から10メートル程前方の空中に立つと二人を振り返り、そう指示する。
今から自分は翼を使って飛ぼうと言うのに自身は何も使わず、それどころか竜の姿に変身さえせずに、出来て当然だと言わんばかりに空に立つ眼前の男にイデアが軽く恐怖する。
だが、そんな些細な事は直ぐにイデアの頭の中から消え去った。
今から自分は自分の力で、飛行機も何も使わずに空を飛べる。そう考えるだけで大抵の事は気にならなかった。変わりに気分がどんどん高揚していく。
先ほどの数倍の力を背に込めて、地面に叩きつけるように思いっきり翼を動かす。
バチバチと電気が空気を流れる際に生じる独特の音が響く。雷はイドゥンとイデア、エーギルが雷という形態を取って二人の身体から際限なしに放出されていた。
四対の翼が大きく一煽ぎする度に物理的な破壊力さえともなった雷と光は放出され、辺りを揺らし、荒野の地に亀裂を刻む。
並みの精神を持つものなら腰を抜かし、失神してしまうほどに幻想的な光景だが、ナーガは顔にも動作にも何も浮かべずその光景をじっと瞳に写していた。
やがて、フワリと、二柱の幼いとはいえ10メートル近くの竜の巨体が4メートル程宙に浮かび上がった。高度を維持するためにバッサ、バッサ、と一つ羽ばたく為に空を羽が舞う。
それを見たナーガがほんの少しだけ、自分でも気付かない内に、本当に誰にも普段と見分けがつかないほどに小さいが、口元を緩める。
まだまだ無駄が多いがとりあえずは飛行は成功だ。それに、一度飛行や竜の姿に戻る感覚を覚えてしまえば、後は自分達で勝手に覚えていくだろう。
時間にして約20分、結果として高度20メートル程度の高さに飛び上がった双子はナーガという監視の下、朝の眩い光に照らされて自力での飛行を思う存分堪能した(特にイデア)。
地上に降りたイドゥンとイデアだったが、疲れ果てた様に地に翼を着けて動かない。ハァ、ハァ、と疲労した犬のような荒い呼吸を何度も繰り返す。
答えは簡単。疲労である。始めての飛行で体力を使い果たしたのだ。まだまだ産まれて間もない、人間でいう赤子に近いほど幼い二人には飛行という行為はかなり体力を必要とするものであるのも要因の一つであるが。
「ブレスは……、まだ無理か」
今にも横向きに倒れこんで泡を吹いてしまいそうな双子を見てナーガがポツリと小さく判断を下す。
飛行でこれほど体力を使用するとなれば、純粋なエーギルを破壊力に変換して放つ、飛行よりもずっと体力を消費する行為に二人の体力がついていくとは思えなかった。
寄り添うように倒れている二頭の頭の近くに歩いていき、パンと小さく手を打ち合わせ、二人の注意をこちらに向けさせる。
きょろっと、二対の眼がナーガを見据える。
「今日はよくやった。人の姿になれ」
小さく左の竜――イドゥンが小さく鳴くと、黄金の光が一箇所に集まり、子供の拳ほどの竜石が形作られ、一頭の竜が幼い娘の姿になる。
それを見た右の竜――イデアが荒い息を吐きながら、視線でナーガにどうやればいいか問う。
「人の姿を思い浮かべて、体内の力を一点に集中させろ」
イデアが息を整えながら、眼を瞑り疲労した精神を研ぎ澄ませる。数瞬後、彼の身体から金色の光が放出され、石の形になる。
竜の姿に戻るのにあんなに苦労したのが嘘のように、容易く人の姿に戻る。
光が収まるとそこには一人の幼い少年が倒れていた。
ナーガが早足で駆け寄る。そして脂汗を額に浮かばせ、眼を瞑っている息子を覗き込む。
「……ぅ」
眠っているだけなのを確認する。そして長衣の裾から手をだしてイデアの額に軽く、優しくあてる。
【リカバー】
癒しの魔法を照射し、体力を回復させる。少しだけだが確実に、イデアの寝顔が安らかになった。
隣に寄り添うように倒れているイドゥンにも同じ様に【リカバー】を照射する。
その後30秒程度双子の寝ている姿をじっと瞼に焼き付けるように観察していたナーガだったが、やがて二人をベットで寝かせるため、殿に向けて術を発動させ、転移した。
あとがき
念願のファイアーエムブレム・キャラクターズを購入しました。
火竜ヤアンの頁を読んで、彼への見る目が変わったの自分だけではないはず。後は聖女エリミーヌが極度の竜嫌い等、様々な有益な情報を手に入れられました。
だが、何よりも問題なのは……>ハノンが女性
男だと思い込んで、ssへの出演予定まで入れていた自分にはかなりのショックでした……orz
では、次回の更新にてお会いしましょう!!